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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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16話 魔法の授業やりますか? そして、連れ去られたアイツたち

 朝。

 まどろみの中で微かな影を感じる。

 眠る俺を、誰かが覗き込むような気配。


 あぁ。ルゥシールが俺を起こしに来たのか。


 もう少し眠っていたい。

 瞼を開けるのをやめ、深く息を吐く。


 そうしていると、いつもルゥシールは俺の体を優しくゆすって起こしてくれるのだ。

 肩に手をかけ、覗き込むような格好で。

 そうすると当然、前かがみの胸元ではけしからん膨らみがゆっさゆっさゆっさゆっさ……

 俺の密かな毎朝の楽しみである。


 そうこうしているうちに、俺の視界を覆う人影は接近してきて…………腹部に激しい痛みが走った。


「いつまで寝てんのよ、アシノウラ!」


 小さな足が、俺の土手っ腹を踏みつける。

 胃袋の形が変わるかと思うような衝撃に身もだえる。


「……エ、エイミー…………てめぇ……」

「ようやく起きたの? まったく、手間かけさせないでよね」


 蹲りながらも何とか顔を上げると、仁王立ちで俺を見下ろすエイミーがいた。


「今日は魔法を教えてくれるんでしょ? みんな楽しみにしてるんだから、遅刻なんか許さないわよ」


 それはいいが……何故お前がここにいる?


「お母さんに言われたのよ。今日からお世話になる『先生』を優しく起こしてあげるのも、生徒の役目よって」


 先生?


「あんたのことよ。広場に簡易の教室を設置してあるから、そこで授業をするのよ」


 っていうか、お前も参加するのかよ?


「当然でしょ!? なに、文句でもあるわけ?」


 いや、別に構わんが……相変わらずなんで会話が成り立っているんだ?


「だから、あんたの顔って分かりやす過ぎるのよ!」


 まるで自覚がないのだが……とりあえず、ギャンブルはやめておいた方がいいだろうな。


 痛みも引き、俺はようやく起き上がる。

 軋む体で大きく伸びをすると、関節がバキバキと音を鳴らした。


「どうせなら、母親の言いつけ通り『優しく』起こしてほしかったがな」


 ゆっさゆっさまでは望まないが……世の中には不可能なことはあるもんだしな。

 けど、せめて手段は選んでほしかった。


「あたしだって、優しく起こしてあげようと思ってたわよ。……ここに来るまではね」


 そう言って、エイミーが他所へと鋭い視線を向ける。その先には、もうひとつのベッドで丸くなるルゥシールがいた。


「なんで、若い男女が……結婚しているわけでもないくせに……、同じ部屋に泊まってるの?」


 すげぇ怖い顔をしている。

 その表情が醸し出す殺気が凄まじいせいか、ルゥシールは丸まった体を小刻みに震わせていた。


「あ、あの、ご主人さん……わ、わたしは、何か悪いことをしているのでしょうか?」


 まぁ、本来なら別の部屋が望ましいのだろうが……今更新しい部屋に移るのも面倒くさいし、ルゥシールなら別に同室でも問題ないし……なにより、エイミーにどうこう言われる筋合いではない。


「あんたたち、まさか、へ、変な関係なんじゃないでしょうね?」

「へぅっ!? そ、そそ、そんなことはありませんよ!? ご主人さんは驚くほど寝つきがいいですし、夜も一切そういう雰囲気になりませんし!」


 ルゥシールがまくしたてるように反論をする。


「え、そうなの?」


 小さくつぶやいた後、ほぅっと息を漏らすエイミー。

 なんか、やたらと安心したような表情を浮かべる。


「いい心がけね。今後も、おかしな気は起こさないように!」


 得意満面で、俺に指を突きつけてくる。

 こいつは何が言いたんだよ?


「おかしな気なんか起こすわけないだろう。ルゥシールは旅を共にする仲間だぞ」

「ご主人さん……!」


『仲間』という言葉に、ルゥシールは瞳を潤ませる。

 言った俺も、ちょっと照れくさいのだけれども……

 もっとも、まだルゥシールとはどこも旅していないのだがな。

 けど、俺が連れていくと決めたその瞬間から、こいつは俺の仲間なのだ。もう変更は効かない。俺がそう決めたのだから。


「仲間に変な気など起こすわけがない」

「そうですよね。ご主人さんの言う通りです」

「ふぅん。ま、信用してあげるわ」


 よく晴れた朝の光が差し込む部屋で、二人の笑顔が俺に向けられる。

 よしよし。いい感じにまとまった。

 折角綺麗にまとまったので、毎朝俺が目覚めの巨乳ゆっさゆっさを密かな楽しみにしていることは伏せておこう。


「毎朝俺が目覚めの巨乳ゆっさゆっさを密かな楽しみにしていることは伏せておこう」

「………………………………は? なんて?」


 瞬間冷却されたエイミーの表情を見て察する。

 …………あ、俺、また心の独り言が口から漏れたみたいだ。


「……ご主人さん…………残念です」


 ため息を吐くルゥシールだったのだが、向こうを向いたその頬は微かに赤く染まっているように見えた。


 ただ、その真偽を確認するより早くエイミーの平手が俺の頬を打ったので、真相は闇の中である。







 村の中央広場に赴くと、そこには机といすが並べられ、教会を背にするように大きめの黒板が設置されていた。

 黒板の両サイドには教会の司祭とシスター――共にシワだらけの老人――が、立っていた。


「お化け屋敷か?」

「失礼ですよ、ご主人さん」


 さらりと注意され、俺は司祭に軽く会釈する。


 それから、司祭に細々とした説明を受ける。

 どうやら、この司祭たちはギルドからの要請で青空教室を設置してくれたらしい。


 元々、月に数度村の子供たちを相手に神学を教えているらしく、今回はその設備をそのまま借り受けることとなったようだ。


 司祭と話をしている間にも、あちらこちらから子供がわらわらと集まってくる。

 シスターの指示に従い、それぞれが空いている席に着いていく。

 見ると、大人も数名、興味深そうにこちらを窺っていた。


「先日の、あなたの魔法を目撃した者たちでしょう。あれは、鮮烈でしたからね」


 干物よりカサカサの司祭が、人の良さそうな声で言う。

 まぁ、どうせ無料の魔法講座だ。見たい奴には見学させておけばいい。

 それにしても、本当にカッサカサだな。お湯に浸けておくと戻せそうな勢いだ。


 そうこうしているうちに、席は子供たちで埋め尽くされた。

 とはいえ、小さな村で子供の数自体が少ない。

 全部で十五人の参加者だった。

 年齢は、最年少が五歳で、最年長は十四歳だそうだ。

 全員の視線が俺に向いている。


「ご主人さん。わたしはどうしていればいいでしょうか?」


 俺の隣でルゥシールが所在なさげに問いかけてくる。


「じゃあ、黒板の横にでも立ってろ。お前は助手だ」

「はい!」


 指示を出してやると、嬉しそうに頷く。

 本当に嬉しかったのか、軽く弾むような足取りで黒板の横へと移動していった。

 ……そんな歩き方をするもんだから、大きなお胸がゆっさゆっさゆっさゆっさ。

 その場にいた男全員の視線がルゥシールに向いていた。

 一部からは「おぉ~ぅ……」という声も漏れていた。


「何見てんのよ、アシノウラ!?」


 真ん前の席に陣取っていたエイミーから非難の声が上がる。

 何を見ていたかって? 

 そんなもの、決まっているだろう。


「男が見つめているもの、それはいつだって『夢』だよ」

「さっさと授業始めてくれる?」


 食い気味で言われた。

 温もりの一切ない声だった。

 バッサリだ、バッサリ。


 ただ、向こうの方で拍手を送ってくれたお父さん方。あんたたちにだけでも理解してもらえて嬉しいよ、俺は。

 その後、奥さんらしき女性に引きずられるように何名かのお父さん方が強制退場させられたようだが……ここは気にしないでおこう。


「授業を始める前に、聞いておきたいことがある」


 俺は、目の前に座る子供たちはもちろん、それを取り囲む大人たちにも視線を向ける。


「この中で、魔法が使える者はいるか? この村の中ででもいいが…………いないのか」


 結果、誰も手を上げなかった。


 ギルドも、冒険者ギルドはあるが魔導ギルドがないことからも、この村に魔導士が派遣されていることはないと分かる。

 司祭やシスターが治癒魔法を使えないかと思ったのだが、この老齢の聖職者たちは信仰心のみで今の地位を手にしたようだ。


 つまり、この村に魔導士はいないらしい。


「魔法が使えれば、こんな村にとどまってないで、大きな町にでも行くわよ」


 机に頬杖をつきながら、エイミーがふてくされた様子で呟く。

 魔法が使えれば、その先の人生で食うに困ることはないだろう。もっともそれには、しかるべき場所に拠点を構えれば、という条件がつく。

 つまり、魔法が使えるのならば需要のある町へ行くのが得策であり、常人の発想なのだ。


 そんなわけで、こういう辺鄙な村には魔導士が一人もいないなんてことがざらにある。

 たま~に、郷土愛溢れる魔導士が貧しい村のためにおのれの才能をフル活用していることがあるようだが、そんなのは極少数だ。


「ってことは、俺がお前たちに魔法を教えると、この村は過疎化決定だな」


 広場がざわりと沸き立つ。

 みな声には出さないが、動揺と衝撃が各々の中に走り抜けたようだ。


 つーか、まさか、誰もその可能性に気が付かなかったのか?

 魔法舐めんなよ。

 この村で一生かけて畑を耕しても手に出来ない金が一年やそこらで手に入る可能性があるんだぞ。もっとも、それくらい桁外れな報酬にはそれなりの技能が必要だが……


 種火のひとつでも使えりゃ、引く手は数多だ。

 魔力のあるド素人専門の魔法入門講座で一生安泰コースだ。


 広場にいる数名の大人たちが俄かにざわつき始める。

 何人かが村の奥へと駆けていった。あの方向がギルドだろう。ドーエンの指示を仰ぐつもりか。


 さて、どうする大人たち。

 魔法教室は延期するか?


 なんて思っていたら……


「ルエラ、魔法でおとーさんとおかーさんのお手伝いするのー!」


 エイミーの後ろに座っていた小さな女の子が元気よく手を上げながらそんなことを口にした。

 ルエラと名乗った少女は、この中の最年少。五歳の元気溌剌な女の子だ。

 柔らかそうなねこっ毛を右側頭部で結んだしっぽ髪をピコピコと揺らしている。


 目を凝らしてみると、驚くことにエイミーに次ぐ魔力を持っていた。

 この子は、このまま成長すれば王宮騎士団に入れるかもしれない。そう思わせるだけの素質を持っている。


「なぁ、ルエラ。お兄ちゃんに足の裏を……」


 言い終わる前に腹部とこめかみに激痛が走った。


 こめかみにはルゥシールの投げた白いチョークが、腹部にはエイミーの蹴り上げた靴が命中していた。

 ……お前ら、なぜ俺の邪魔をする…………


「純粋な女の子に、なんてこと言おうとしてんのよ、あんたはっ!?」

「ご主人さん……超えてはいけないラインが、この世界にはあるんですよ」


 何を真剣な顔をして……心配し過ぎなんだよ。過剰に反応し過ぎだ。

 こんな小さな……五歳だぞ?……幼女の足の裏を舐めて喜ぶような変態、いるわけないだろう。


 そんな反論をしようとした矢先、広場が少し賑やかになった。


「おいおい。いきなりトラブルとは、どういうつもりじゃ、【搾乳】?」


 ドーエンが、村人に引き連れられて広場にやってきたのだ。

 迷惑そうな表情で俺たちを見つめるドーエンを指さし、ルゥシールは静かに口を開く。


「……このような事例もあることですし」

「本当に申し訳ございませんでした」


 素直に頭を下げた。

 これは完全に俺が悪かった。

 幼女の足の裏を舐めて喜ぶ変態、いた。この村に。

 発言には気を付けないと。


 いくら俺が爽やかで、俺に限って言えば変質的な要素が皆無だからと言って、ルエラにそんなことを頼むのはやめた方がいいだろう。

 俺という善人への助力が前例となり、ルエラが「足を舐められるのは普通のことなんだ。変じゃないんだ」なんて勘違いをしてしまったら、…………一人の幼女の人生が酷いことになってしまう。

 ここは自重するべきだろう。


 こんなダメな大人がいるんじゃあなぁ……


「なんなんじゃ? 人のことを憐れむような目で見おってからに」


 血圧が低いのか、ドーエンはけだるそうに眉根を寄せる。

 ジジイのくせに朝に弱いとは、自然の摂理に反している。神への冒涜じゃないか?

 だから変態を見るような目で見られるのだ。主に、俺に。


「実は、うまうましかじかでな……」

「うましかはお前じゃ」


 失礼なことをのたまう低血圧ジジイに、俺は魔法の授業を行うことへの懸念を伝えた。


「なんじゃい、そんなもん!」


 俺の説明を聞き終わったドーエンは、それを一笑に付した。


「出たい奴は出ればええじゃろうが。子供たちの人生は子どもたちのもんじゃ。村に縛りつけるために子供たちの可能性を奪うような真似は、大人のすることではないわ!」


 言いきって、周りで傍観している大人たちをぐるりと睨みつける。


「そんなことで悩むこと自体、馬鹿げておるわ! 過疎化してほしくないのなら、町に負けない村にせい! 子供たちがいつまでもここで暮らしたいと思えるような村にせい! 出て行った後も、ずっと心を寄せる最高の故郷にするのが大人の役割じゃろうが!」


 朝の広場にジジイの雷が落ちる。

 その場にいた大人たちが、全員叱られた子供のような表情になり、そして、それはゆっくりと明るくも力強い顔へと変化していく。


「ふん。そんな当たり前のことに、ようやく気が付いたようじゃの」


 悪態をつきながらも、どこか満足げにドーエンは鼻を鳴らした。


「凄いですね、ご主人さん」

「あぁ」

「まるで、ドーエンさんがまともな大人のように見えました」

「あぁ。さもそうであるかのように錯覚してしまったな」

「聞こえとるぞ、お前ら!」


 ジジイのくせに耳が遠くないとか……自然の摂理に反している。神への冒涜じゃないか?


 広場にいた大人たちに、迷いはなくなったようだ。

 おそらく、今この場にいない者たちもドーエンの言葉を聞けばみな同じ意見になるだろう。


 そんなわけで、俺は魔法の授業を心置きなく行うことにする。


 目標は、この中から初級魔法を使える者を排出することだ。

 エイミーとルエラなんかはいい線まで行くと思う。

 あと、年長の男二人も可能性があるだろう。

 十四歳のトゲルと十三歳のロッコだ。


 年長の男二人のうちどちらかが魔法を使えるようになれば、ギルドに見つかる前にちょっと手を貸してもらえるかもしれないしな。

 女児や幼い男児には頼み辛いが、トゲルとロッコなら、まあ多少無理をさせても平気だろう。

 トゲルは来年には成人するわけだし、ロッコも、体格だけで言えばトゲルにも負けていない。

 流石は田舎の農家。体が資本なだけはある。


 そんな、微かな企みを抱く俺の目の前の席で、エイミーは静かに闘志を燃やしていた。


「絶対魔法を覚えてやる……それで、あたしもアシノウラと…………」


 凄まじいやる気だ。

 やる気が具現化して見えそうなほどだ。

 エイミーの背後に燃え滾る炎が見える。エイミーはやる気だ!


 本当に、牧場の経営が芳しくないんだろうなぁ……勤労少女め。

 お前が魔法を覚えられるよう、俺も全力で教鞭を振ってやると約束しよう。


 パンッ! と、手を鳴らし、一同の視線を集める。


「ルゥシール」

「はい」


 俺に呼ばれて、ルゥシールは一歩前に出る。

 全員の視線がルゥシールへと移る。


「その場で軽く三度ジャンプしろ」

「は、はい! こう、でしょうか?」


 ぴょんぴょんぴょんと、ルゥシールは素直に三度ジャンプをした。


 ……たゆん、たゆん、たゆん。


 全員が意識を集中する中、広場のあちこちから「ごくり……」という音が漏れ聞こえてきた。


「よし! じゃあ、魔法の授業を始めるぞ!」

「え、ご主人さん!? 今のジャンプはなんだったんですか!?」


 野暮なことは聞くんじゃないよ。

 お前のおかげで、この場の一体感が高まっただろう?

 男連中限定で、ではあるけれども。


「ルゥシール。戻っていいぞ」

「なんだったんですか? 教えてくださいよ!」

「ハウス!」

「…………ぷぅ。分かりましたよ」


 とぼとぼと所定の位置へ戻るルゥシール。

 それを見届けて、俺は再度声を張り上げる。


「今度こそ、授業を始めるぞ! 準備はいいか!?」

「「「はーいっ!」」」


 年齢の低い子供たちを中心に、とても元気のいい返事が返ってきた。

 なかなか悪くないかもしれない。

 俺、こういうの向いてるのかも。


 若干気分の高揚を感じながら、俺は黒板の前に立った。

 視界の隅で、ルゥシールが納得いかない風に小首をかしげているが、そんな些末なことは気にしない。


 俺は背筋を伸ばして、子供たち……いや、生徒たちと向かい合った。

 まずは、魔法の歴史から教えてやるか。そこを理解していないと、魔法がどういうものか分からないしな。

 分からないものには恐怖が生まれ、また同時に過剰に魅せられることがある。

 どちらも、一流の魔導士には不要なものだ。

 遠回りに見えるかもしれないが、基礎中の基礎から始めよう。


「まず、大前提として、『人間は魔法が使えない』!」


 そうして、俺の授業が始まった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 馬車が激しく揺れる。


「うおっ!」


 後ろ手に拘束されたデリックはうまくバランスが取れず、激しい揺れに体勢を崩した。


「……随分と、運転が乱暴ね」

「ちょっと! もう少し丁寧に運転しなさいよ、下手くそ!」


 フランカとジェナも身を寄せ合って、襲いくる横揺れに堪えていた。

 たまらずジェナが吠えるが、それに返事する者はいない。


「おかしくねぇか? この馬車は街道を走っているはずだよな?」


 いくら田舎とはいえ、街道がここまで悪路なわけがない。

 頑丈な木で作られた護送用の馬車は、武骨で乗り心地が悪く、当然のように窓もないため景色すら見ることが出来ない。

 強固な木の牢獄。そのような造りだ。


 尚も馬車は上下左右に容赦なく車体を揺らす。その度に体が浮いて、尻が痛い。


 向かい合う長椅子の両サイドに各一人ずつ、計四人の兵士が無言で座っている。

 デリックが一人で、そしてジェナとフランカがその向かいに座らされている。

 四方を囲まれたデリックたちは、不満げな視線を兵士に向ける。が、これも無視された。


「なんなんだよ、チクショウ……」


 そう吐き捨てるのが精々だった。


 そうこうするうちに、馬車は突然移動をやめる。

 ガタガタとやかましく鳴っていた車輪が止まり、馬の蹄の音も聞こえなくなる。

 無言の兵士は些細な物音も立てない。


 馬車の中を、不気味な静寂が包み込む。


「ちょっと、一体なんなの……っ!」

「……しっ」


 苛立ち、兵士に食ってかかろうとしたジェナを、向かいに座るデリックが制する。

 目配せをして、全員の意識を馬車の外へと向けさせる。


「……誰か来るぞ」


 耳を澄ますと、微かだが物音が聞こえる。

 ザッザッと、土を踏む足音。


 その足音が近付き、やがて馬車の前で止まる。

 そして、ドアが静かに開かれる。

 途端に、兵士四人が一斉に剣を構え、切っ先をデリックたちへと向ける。

 ドアの向こうに立つ人物への攻撃を防ぐためだ。


 ゆっくりと開け放たれたドアの向こうは、どういうわけか森だった。

 街道沿いは、開けた牧草地帯だったはずだ。と、デリックは予想外の風景に戸惑った。

 しかし、それ以上に、ジェナとフランカはそこに立つ人物を目の当たりにして戸惑っていた

 いや、狼狽していた。


「あ、あんたは…………」

「…………うそ」


 恐怖に顔が引きつる。

 声が掠れる。

 体の奥から、得体のしれない震えが襲ってくる。


 見つかってはいけない人物に見つかった。

 ジェナは恐怖を覚え、フランカは絶望を感じていた。


 唯一、【魔導ギルド】に所属していないデリックだけがその人物に面識がなかった。


 デリックたちを護送するのは冒険者ギルドに所属する冒険者のはずだった。

「なぜお前がここにいる?」と、問いたかった。しかし、出来なかった。


 問うより前に、その人物が口を開いた。

 静かで、よく通る……怖気の走るような声だった。


「貴様ら…………マーヴィン・ブレンドレルに、協力したな?」


 ジェナとフランカの背筋が凍る。


『王国の第一王子には協力するな』


 それが、魔導ギルドに所属する魔導士の間で交わされる暗黙のルールだった。

 魔導士は全員そのことを知っているし、そのルールに背けばどうなるかを熟知している。


 故に、二人は恐怖したのだ。

 目の前に現れた人物は、その恐怖を現実のものと出来るだけの力を持っている。

 絶対に逆らってはいけない人物なのだから。


「おい、待てよ! 俺たちは【搾乳】に協力なんざしてねぇ! あいつが勝手に……っ!」

「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 息巻いて腰を浮かせたデリックだったが、最後まで言い切る前に顔面で爆発が起こった。


 超高速詠唱。

 魔法発動の時間を可能な限り短くした、高位の魔導士にのみ使用可能な超技術。

 威力の弱い魔法であれば、刹那のうちに発動が可能になる。


 魔法を放ったその人物は、表情を崩すことなく冷淡に伝えた。


「貴様らには、口を開く権利を与えていない」


 それは、抗う余地もない宣告。

 絶対的な強制力を持つ命令。


 この人物に睨まれた時、魔導士には自由など存在しない。

 ただ黙って発せられる言葉を享受するしかないのだ。


「ジェナ……そして、フランカよ……」


 名を呼ばれ、二人は肩を震わせる。

 足元に、ピクリとも動かなくなったデリックの巨体が横たわっている。


 カチカチと歯が鳴る。

 後ろ手に拘束され、自由に出来ない体を寄せ合って、ジェナとフランカは辛うじて正気を保っていた。


 そして、そんな二人を見て…………初めて、その人物が笑みを浮かべた。


「喜ぶがいい。貴様らには、崇高なる使命を授けてやろう」


 その言葉を合図に、馬車の中へと無数の兵士が流れ込んでくる。

 迅速且つ手際よく、兵士たちはジェナとフランカを拘束し、馬車の外へと連れ出す。

 床に倒れるデリックには見向きもせずに。


「必ずや、そなたらにとって僥倖となるであろう」


 連れ去られる間際耳にした言葉が、ジェナとフランカの心に闇を落とした。

 二人は確信したのだ。


 ……もう、決して助かることはないのだと。



 ジェナとフランカが連れ去られた後、残された馬車は静かに前進を始める。

 終始無言を貫いていた護送の兵士たちは床に転がるデリックを担ぎ上げると、動き出した馬車のドアから外へと放り投げた。

 その後、静かにドアを閉め、無言のまま着席した。



 ガタゴトとやかましい音を立てながら、馬車は森の中を進み……やがてその姿は森の闇の中へと消えていった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆









いつもありがとうございます。



後半は主人公視点ではないちょっとシリアスなお話・・・

どうなるジェナ&フランカ


そして、お気楽ムードなご主人さんたちは!?


…………つづく


というわけで、

またのご来訪お持ちしています。


とまと

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