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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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外伝その3 すったもんだの大団円

 全裸ワカメマンを海の底へ沈め、俺たちはソニアルードの町へと戻ってきた。


「……激しい戦いだったな」

「あの、ご主人さんっ!? 戦った相手がわたしの身内だったことになっているんですが!?」


 あの一連の騒動を振り返った時、誰が一番の悪かを考えれば、それはとても自然なことではないか。


「この世界には、変態が多過ぎる!」

「あんたを筆頭に、でしょ。アシノウラ」


 エイミーが失礼なことを言う。

 こいつは……海坊主との戦いに一切参加しなかったクセに……


「だいたいな、エイミー。今回の戦いは、お前がしっかりしていれば防げたかもしれないんだぞ?」

「あたしが? どうしてよ?」

「お前が一切育たず、貧乳ちんちくりんのままだったら、あの海坊主どもはもっと早く戦意を喪失していたはずだ! そう、お前がつるぺた裸エプロンをしていれば!」

「仮に育ってなかったとしても絶対しないから、そんなアホみたいな格好!」

「エイミーさん、その発言は龍族の女子二人を激しく傷付けてますよっ!?」


 それにしても、地味に手強い相手だった。

 シルヴァネールのつるぺた裸エプロンがなければ、戦闘は熾烈を極めたかもしれない。

 つるぺたも、時には役に立つんだな。

 シルヴァネールのおかげで戦いは終わったのだ。

 決して全裸ワカメマンの功績などではない。そんなものは認めない。


「お~い、みんな~!」


 町へ戻る俺たちに向かって、ポリっちゃんが手を振りながら駆け寄ってくる。


「おぉ。戦闘の際はいつも後方支援に徹して、一切危険を冒さないポリっちゃんじゃねぇか」

「酷い言われようだね……そのおかげで助かったこともあったでしょ?」


 あったかもしれんが、実感がわかない。

 なんか楽をしているイメージしかないのだ、こいつは。


「魔獣、無事に退治出来たみたいだね」

「あぁ。シルヴァネールのおかげでな」

「あぁ、シルヴァネールも来てくれ……どぅわぉぅううっ!?」


 ポリっちゃんがシルヴァネールの格好を見て口と鼻からよく分からない液体を吹き出す。


「みんな、逃げて。触れると溶ける!」

「私は、そんな特殊能力を持っていませんよ、シルヴァネール!」


 一時期、共に行動をしていたせいか、この二人は微妙に仲がいい。


「なんて格好をしているんですか」

「おニィちゃんの趣味」

「おいコラ、シルヴァネール。風評被害もいいとこだ」

「とにかく、何か服を着なさい。そんな格好で出歩くと、ドーエンがやってくるからね」

「なんだか、ドーエンさんがご当地妖怪みたいな扱いになっていますね……」


 うむ。ルゥシールの指摘は正しいかもしれない。

 あれはもはや妖怪だ。


「じゃあ、ポリメニス。服屋へ連れて行って」

「いや、私ではなく、女性に頼んでください。目のやり場に困りますから」

「おい、ポリっちゃん……こんな幼女の裸に照れるなんて…………まさかお前、急性ドーエン病なんじゃあ……?」

「今度はウィルスみたいな扱いになってますね、ドーエンさん!?」


 まぁまぁ、ルゥシール。

 似たようなもんじゃないか。


「ポリメニスになら、見られても平気……」

「え……っ?」


 シルヴァネールの言葉に、ポリっちゃんの表情が固まる。

 へぇ……シルヴァネールのヤツ、そうだったのか。


「だって、ポリメニスは私にとって……」

「…………」

「……犬のような存在だから。犬に裸を見られても、別に」

「ルゥシールさん、もう一回教育し直してもらえませんかね、この娘!?」


 普段は呼び捨てにしているルゥシールをさん付けで呼んでいる辺り、マジでお願いしたいみたいだな。

 ならばそのまま大きく育て、シルヴァネール! その方が面白いから!


「やれやれだよ、もう……それじゃあ、私はシルヴァネールの服を見てきます」

「……待って、ポリっちゃん」


 町へ戻ろうとするポリっちゃんを呼び止めたのは、フランカだった。

 なんだかんだ、面倒見がいいんだよな、こいつは。


「……今のあなたの姿、三六十度、どこからどう見ても完全に犯罪者よ?」

「じゃあ、どうしろって言うのさっ!?」


 オッサンが裸エプロンの幼女の手を引いて歩いていたら、まぁ、よくて捕縛。最悪その場で成敗か。


「長く続いたブレンドレルの歴史は、ポリっちゃんのつるぺた至上主義によって終焉を迎えるのか……」

「そう思うなら、君がなんとかしてよね、マーヴィン君!」


 バカ野郎! 俺はよそのつるぺたにかまけている暇はないんだよ!


「つるぺたは、こいつらだけで十分なんだよ」


 そう言って、フランカとトシコの肩に手を乗せる。


「……【搾乳】」

「……お婿はん」


 囁きが漏れ、二人の瞳がジッと俺を見つめる。そして……


「「殴る」べ」

「あれぇ!?」


 おかしいな?

「嬉しいっ!」「ギュッ!」「抱きつかれても当たらないなぁ、お前たちは」「ヤダもぅ、意地悪なんだからぁ」「いや~すまんすまん、あっはっはっ!」的な流れになると思ったのに!?


「……まぁ、よそのつるぺたにうつつを抜かしたら承知はしないけれど」

「んだな。でもオラたちが特別つるぺたを意識しとるわけではねぇだどもな」

「……えぇそうね。私たちはつるぺたではないものね」

「んだんだ。もう卒業しただ」


 言いながら、二人が不自然に胸を張る。

 そこには、控えめな膨らみが…………


 こいつら、水着に偽パイを仕込んでやがるな……


 俺は二人の偽パイをこれでもかと握りしめる。


「寸止め」

「あたっとるべっ!?」

「……これでもかと握りしめているわよ」

「だが、本体には触れていない! 故に寸止めだ!」

「くっ……なぜバレただ……!?」

「……自然に見えるように、最初はBカップから始めたのに……」


 いや、お前らの場合、Bカップでも一足飛び感が半端ないんだよ。


「水着だったからバレたんだべ?」

「……そうね。私服ならもう少し上手く誤魔化せるわ」

「聞こえてるぞー」

「……【搾乳】。シルヴァネールの服は、私たちが見てくるわ」

「おぉ、それがいいだ! やっぱり、女子のセンスで選んでやる方がえぇだべな」


 ははぁ~ん……仕込む気だな?

 絶対騙されないからな。


「……テオドラとエイミーも手伝って」


 フランカがジッとテオドラを見つめる。


「うむ。そういうことか。心得た」

「あたしも? …………まぁ、いいけどさ」


 何かを納得し、二人はフランカのそばへと歩み寄る。

 それを確認して、トシコが俺たちに向かって手を振る。


「ほんだら、お婿はん、ルゥシール、んでお邪魔虫なポリっちゃん! 行ってくるだでな」

「……トシコさん、サラッと酷いよね」


 へこむポリっちゃんと、俺とルゥシールを残し、フランカ達はみんなで買い物に行くという。

 ……これは、チャンスか?

 ルゥシールと二人で、ちゃんと話をする、絶好のチャンスかもしれない。


 よし、さり気なく二人きりの状況に持ち込むぞ。


「ソウダネー、うん、まぁ、アレだからねー。いいんじゃないかな、みんな服を見に行けば。あ、そう言えばルゥシール。この前のアレは結局どうなったのかな? 悪いけどちょっと居残って教えてくれたりしないかな?」

「え? この前のアレ?」

「……(いいから、空気を読め!)」

「……(え? あっ! あぁ、なるほどです!)あ、あぁー、はいはいはい、この前のアレですね。アレはえっと……驚愕の結果になりましたよー、いやーまさかアレがあそこまであぁなるなんてなぁー」


 ……くっ!

 ルゥシールはどうしてこうも誤魔化すのが下手なんだ!?

 棒読みもいいところじゃないか!

 少しは俺のナチュラルな演技を見習ってだなぁ……!


「……はぁ…………みんな、二人は何か用事があるようだから、私たちだけで先に行きましょう」

「うむ、ソウダナー」

「んだな、ソウスルベカネー」

「はいはい。ゴユックリー」

「それじゃあ、ルゥ、マタアトデネー」


 なにっ!?

 ルゥシールの大根芝居に、全員ころっと騙されただと!?


 うっわ、ルゥシールが物凄いドヤ顔してる!


 ……こいつら、ちょっと大丈夫か?

 いささか純粋過ぎやしないか?

 詐欺とかに引っかからないように、俺が色々教えてやった方がいいかもしれんな。


 やれやれ……手間のかかるヤツらばっかりだぜ。


「……ホント、あの二人は……」

「しょうがなかろう。主とルゥシールなのだから」

「んだな。今度オラたちが色々教えてやらねばいかんかもしれんだな」

「ったく、世話の焼ける男よね、アシノウラは……」

「ルゥも、昔からそういう一面がある」


 服屋へ行くチームが円陣を組んで何やら密談を交わしている。

 あぁ、そうか。女子は洋服選びに命をかけてるんだよな。お気楽なヤツらだぜ。こっちは色々策略練ってるってのによ。


「……それじゃ、【搾乳】、ルゥシール。また後で」

「おう! お前らも気を付けてな」


 こうして、俺たちは二手に分かれた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「よかったの?」


 町に戻ると、エイミーが私に尋ねてきた。

 端的な質問だと、思った。


「……何がかしら?」

「二人っきりにして」

「……何か問題があるかしら? あの二人は間もなく夫婦になるのよ。二人で何をしようが、誰も咎めることなど出来ないわ」

「そうじゃなくて!」


 若干イラついたような顔をして、エイミーは私の前に回り込む。

 純粋な瞳が、真っ直ぐ私を睨みつける。


「あんた、アシノウラが好きなんでしょう!?」

「………………」

「…………」

「……私には、足の裏を特別嗜好する特殊な性癖はないわ」

「違う! 足の裏に特別な思い入れがあるのはあいつだけよ! そのあいつのこと!」


 分かっている。

 けれど、真面目に答えるのは……少し、気が引ける。

 けれど、この真っ直ぐで純粋な少女に誤魔化しは通用しないのだろう。


 ある意味で、彼女はまだ子供なのだ。


「あんたたち見てると、イライラするのよ。あいつのこと好きなくせに、なんか遠慮しちゃってさ……ヤキモチなんて妬かないいい女でも気取っているの?」


 いい女……

 そんなものに、なんの価値があるというのか……


 気が付けば、テオドラとトシコが私の隣に立っていた。トシコのそばにシルヴァネールもいる。


「このままでいいの? 取られちゃうわよ、ルゥシールに」


 そんな言葉が、私たちに向けられる。


「……そういう意味で言うならば、もうとっくに取られているわ」

「……え?」

「そうだな。主はルゥシールに夢中だからな」

「んだな。オラと二人っきりになっても、いっつもどこかでルゥシールんことばぁ考えよるべ。……ちょっと失礼なくらいだべな」


 まぁ、それでも……


「……一度決まった勝負を、私たちのワガママで延長してもらったようなものだから」

「完全に押しかけだったからな、アレは」

「二人がお人好しでなかったらぶっ飛ばされてるとこだべな」


 私は、【搾乳】に私たちを側室と認めさせた。

 非道にはなりきれない彼の優しさに付け込んだ。その自覚はある。


「……だから、せめて。納得はして欲しいと思っているのよ」

「うむ。納得のいくまでとことん、主の思うように行動してもらいたい」

「けじめばぁ、つけたいっち言うなら、つけてもらえばええだよ」

「あんたたち……」


 エイミーは戸惑った表情を見せる。

 この娘には、理解出来ないかもしれない……けど。


「……ルゥシールといる時の【搾乳】は、本当にいい顔で笑うのよ。その笑顔を独占したいと思う気持ちもないではないけれど……でも、私は、【搾乳】が幸せであることを何よりも望んでいる」


 なぜなら。


「……どうしようにもないくらいに、彼が好きだから」

「……フランカ…………」


 こんなセリフ、【搾乳】には聞かせられない。……恥ずかしくて死ねる自信がある。


「主の笑顔を見ていると、こちらまで幸せな気分になれるからな」

「あぁ、分かるだぁ。なんちゅうか、こう……可愛いんだべなぁ」

「はは。主には聞かせられない会話だな」

「こっ恥ずかしいこと言うとるべな、オラたち」


 みんな同じことを考えている。

 それがなんだか、とても嬉しかった。


「だから、あんたたちは譲るって言うのね」

「……譲る?」

「自分は二番手でもいい。ただそばにいたいって、そういうことでしょ?」


 私はエイミーの顔をジッと見つめる。

 とんでもない勘違いだ。


「……譲る気なんて、さらさらないわよ」

「え……でも」


 戸惑った表情を浮かべ、海の方を指差すエイミー。

「今、ルゥシールに譲ったではないか」とでも言いたいのだろうか。


「……【搾乳】は、自分の中で決着がつかないとそのことばかりを考えてしまう人なのよ」

「周りが見えていないというか、ワガママというか」

「そんことに、自分で気が付いとらんようだどもな」


 今、仮に【搾乳】と二人きりになったとしても、彼はルゥシールのことばかりを考えているだろう。

 そんなの、悲しいじゃない。

 隣にいるのに、自分を見てもらえないだなんて。


「……あなたがしたデートも、そうだったんじゃない?」

「う……まぁ、確かに別のことを考えていたみたいだけど……でも、ルゥシールのことじゃなくて、あたしのことを……昔のこととか実家のこととかを考えてたんだもん」

「……『ルゥシールとは明日時間を作ればいいから、今はエイミーと』」

「う…………」

「……って感じかしらね」

「…………それは、凄く感じたけど」


 まずルゥシールありきで、その後どう行動するかの選択をする。ここ最近の【搾乳】はずっとそんな感じだ。


「……今のルゥシールは無敵なのよ。【搾乳】の中で答えが出るまでは、誰も勝てないわ」


 テオドラとトシコもうんうんと頷いている。思い当たる節でもあるのだろう。


「……だから、今はルゥシールに貸しているだけ。二人の決着がいい形で収まるように」


 最後の最後に押しかけて、【搾乳】に心の整理をする時間を与えなかったペナルティー……とでも思えば、それも耐えられる。


「……けれど」


 そう、これだけは自信を持って言える。


「……ルゥシールに負けたままでいいなんてこと、一度だって考えたことはないわ」


【搾乳】の中で一番にならなくていいだなんて……これから先も、絶対に考えない。


「……これでも私は、負けず嫌いなのよ」

「確かにルゥシールは手強い。だが、同じ土俵に立てば、敵わない相手ではない!」

「んだな。今はお婿はんの気持ちばぁ昂ぶってサービスタイム突入しとっけんども、それが過ぎれば、かっさらってやるくらいの気概ば持ちよるべ、オラも、二人もな」


 恨みっこなしの戦い。

 終わることのない聖戦。


 今日負けても明日勝てばイーブン。

 時流が変われば独占出来る時が来るかもしれない。


「……口を開けばおっぱいで、視線が追うのもおっぱいで……基本どうしようもない変態だけれど…………」

「改めて聞くと最低よね、アシノウラって……」

「……そんな最低な彼だけれど……私にとっては初恋の人だから」

「お、フランカもそうなのか!? お揃いだな」

「何を隠そう、オラだってそうだべ!」

「……諦めないわよ。いつまでも」

「うむ。今は正妻特典で大目に見ているだけだ」

「オラが本気ばぁ出せば、ぶっちぎりんなるべ。覚悟しとくだよ、オメさんら二人もな」


 視線がぶつかる。

 激しい火花……こそ、散らないものの、誰も視線を逸らさない。やる気満々だ。


 こんなところまで同じ考えだなんて…………

 それを私は、嬉しいと感じていた。


「あ~ぁ、もう……やんなっちゃうなぁ」


 エイミーが、ガシガシと頭を掻く。

 盛大にため息を漏らし、そして……


「あんたたちにも、勝てる気がしないわ」


 柔らかい笑みを漏らした。少し、悔しそうな笑みを。


「……大人の恋に、子供が叶うと思っていたの?」

「そんないくつも歳違わないじゃない」

「……経験の差よ」

「初恋なんでしょ!?」

「……大人の魅力に歴然とした差が……」

「黙りなさいよ、貧乳」

「 ―― ・・・ ・・・ …………」

「待つのだ、フランカ! 町の中で魔法はマズイ!」

「エイミーもエイミーで、臨戦態勢ばぁ、取らんでえぇだべ!」


 ソニアルードの町角に二つの魔法陣が展開される。……生意気な、私に魔法で挑もうなんて。


「どっちも、子供」


 ……と、この中で一番の幼児体型、ロリペタのシルヴァネールが呟く。


「…………幻の巨乳」

「むっ!? 魔力さえ回復すれば、またあのスタイルに戻るもん!」

「……では、定期的に勝負を挑むとするわ」

「大人げ無しかっ!?」


 私より年上だけれど、私より外観年齢の低いシルヴァネール。

 この場合どちらが大人かといえば、きっと私だろう。


「……大人ぶるのは、ドーエンにはぁはぁされなくなってからにすることね」

「…………ぐぅの音も出ない……」


 それこそが大人と子供の境界線。

 おそらく未来永劫重度のロリコンで居続けるであろうドーエンは、少女が女性に変わったかどうかを量る正確無比なセンサーとなる。


 ……私は絶対そんなもので量られたくはないけれど。


「まぁ、取ったり取られたりっちいう段階じゃねぇだよ、オラたちは」

「相手と比較してとか、誰かを出し抜いてとか……そんな刹那的なものでは主の心に触れることは出来ないのだ。ワタシは、もっと自分自身を磨かなければいけないと悟ったよ」

「……その結果、テオドラは卑猥な文章作品を山のように読み漁っているわ」

「それ間違ってるわよね、努力の方向性が……」

「エイミーよ、女騎士とオークの組み合わせというのがだな……」

「聞きたくないから口を閉じてくれるかな?」


 エイミーに拒絶されたテオドラが「む~」っとむくれる。


「ホンット……あんたたちって、アシノウラそっくりよね」

「……偏平足顔ということかしら?」

「あんたが【搾乳】とか呼んでる男のことよ!」

「……ややこしい呼び名はやめてほしいわね」

「【搾乳】も大概でしょう!?」


 何を言っているの?

【搾乳】は彼の二つ名、【搾乳の魔導士】から来ているのよ? これは正統な呼び名だと言って過言ではないわ。


「ワタシたちが主と似ているというのか?」

「そうよ」

「どんなところが似とるんか、気になるべな」

「見直したと思ったとたん見損なわせるところよ」

「「「あぁ……」」」


 と、私たち三人は同時に頷く。


「「「この二人は確かにそういうところがある」」べな」


 …………なんだか、とても失礼なことを言われた気がする。

【搾乳】の嫁の中で唯一の知識人である私に向かって……


「……剣と訛り、失礼よ」

「おいフランカ! 君の方が失礼ではないか!?」

「そうだべ! オラのどこが剣だべ!?」

「君は訛りの方だよ、どう考えてもね!」

「オラ、そがん言うほんど訛っとらぁせんだがね」

「そのツッコミがいつも以上に訛っているではないかっ!? わざとか!? わざとなのか!?」


 言い合う私たちを見て、エイミーが不意に笑みをこぼした。


「賑やかね……」


 そう呟いた彼女の顔は、その光景を羨んでいるように見えた。


「伝承に頼っても、勝てなかったかもね……これじゃあ」

「……伝承?」


 気になるワードに興味を引かれた。

 そんな私にエイミーは「ま、もう教えちゃってもいっかな」と前置きをして、こんな話を聞かせてくれた。


 曰く――

 この町に立つ『奇跡の灯』と呼ばれる灯台を大切な人と見ると、一生離れることはなくなるという。

 さらにエイミーが独自で調べたもっと詳しい情報によると……

 灯台を見るだけでは不十分で、その灯台の向こうに沈む夕日に意味があるのだとか。

 なんでも、沈む夕日を灯台越しに見ると、光の屈折によって夕日がハートの形に見えるのだそうだ。


 そのハートの夕日こそが『奇跡の灯』なのだという。


 それを、【搾乳】と二人で見ることが出来れば………………ルゥシールにだって勝てるっ!


「……ごめんなさい。急用が出来たわ。みんなは先に帰っていてくれるかしら?」

「すまんが、ワタシも外せない用事が出来てしまったのだ」

「オラもだべ。奇遇だべなぁ」


 視線がぶつかる。

 激しい火花……こそ、散らな…………いや、めっちゃ散ってる。これでもかというくらいにバチバチと飛び散っている。

 どうやら、やる気のようね。


「……武器の無いあなたたちに、私を止められるかしら?」

「甘いな、フランカよ……」

「武器なら、持ち歩いてるべ!」


 そう言って、二人が得意の武器を構える。

 どうして、水着に剣と弓矢!?


「曲がりなりにも魔獣との戦闘に向かったのだ。擁していて当然だろう」


 ビキニに二本の剣とカタナを差し、テオドラが得意げな表情を見せる。

 ……そのままビキニが脱げ落ちればいいのに。どこに剣を差しているのか分かっているのだろうか? パンツの腰紐のところだ。ちょっと力を加えればあのパンツは脱げるだろう。


 私がその一点を狙い、テオドラの動きを封じようとした時、トシコがあることに気が付いた。


「お婿はんたち……灯台の方へと向かったんでねぇべか?」

「「――っ!?」」


 息がつまった。

 ……もし、【搾乳】とルゥシールが二人で『奇跡の灯』を見たりしたら……


「決定的な差が生まれてしまうではないか……」

「ここは、いったん協力して阻止しに行くべっ!」

「……正妻特典とか、けじめとかどうしたのよ?」

「バカモノ、エイミー! あまりに差をつけられると追いつけなくなるではないかっ!」

「背中が見えてくるくらいが追いかけ甲斐があるだよ!」

「…………あんたたち、小っさいわねぇ…………」


 エイミーに言われて、テオドラとトシコが「ぐぬぬ」と歯ぎしりをする。

 ……が、問題はそんなところではない。

 誰も気付いていないというの、迫りくる……恐ろしい可能性に…………


「……今、【搾乳】と一緒にいるのは、ルゥシールと…………ポリッちゃんよ」

「「ポリっ…………!?」」

「……もし、あの【搾乳】とポリッちゃんが二人で『奇跡の灯』を見てしまったら…………」


 世にもおぞましい想像が脳裏に浮かび、全身に鳥肌が立つ。


「……止めなきゃ」

「なんとしても、阻止しなければっ!」

「んだな! たとえ……」

「「「ポリッちゃんの息の根を止めることになってもっ!」」」

「…………いや、あんたらさぁ……」


 統一意志で強い絆を確認した私たちは、なぜだか呆れ顔を晒すエイミーを残し、今来た道を引き返していった。

 海へ――


 愛する人を、爛れれた世界へ迷い込ませないために――


「いや、だから……ありえないって! ねぇ! …………もうっ! シルヴァネールも行くわよ!」

「え……私の、服は?」

「あんた子供なんだから、多少の露出は許されるわよ!」

「私、この中で一番年上なんだけど……っ!?」

「いいから、早く来なさい!」

「も~ぅ!」


 そんな感じで、結局はエイミーとシルヴァネールも私たちの後を追いかけてきたのだった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 波の音が耳に心地いい。

 時折吹きつける風は、潮の香りを運んでくる。


 海を眺めながら歩く俺の背後に、そっと寄り添ってくるヤツがいる。

 そいつが、俺の耳元で囁くようにこう言った。


「……で、どうして私はこっちにいるのかな?」


 俺と歩幅を合わせて、ポリっちゃんが不服そうに言う。


「つるぺた裸エプロンから離されたくらいで、そんなに怒るな」

「そんな理由で怒ってるんじゃないよ!」


 ポリっちゃんはルゥシールに一度視線を向け、俺の腕を引っ張って少し距離をとった。


「……二人きりの邪魔してるみたいで居心地悪いよ」

「あのなぁ。お前はものの数にカウントされてないんだから、そんなことをいちいち気にするな」

「それはそれでショックだよっ!」


 あれやこれやとこだわる男である。


「ここに来る前にも言ったろう。『そばにいてほしい』って」

「でも、……折角のデートなのにさぁ」

「折角のデートだからこそ、お前を連れてきたんだよ。……ここにな!」


 そう言って、俺は、予てより訪れてみたかった場所を指さす。

 そこは、『奇跡の灯』がよく見える、海沿いの小さな教会だった。


「わぁ、綺麗な教会ですね」


 教会を見た途端、ルゥシールのテンションが上がった。

 小さいが、木の温もりを感じる赴きある教会を、ルゥシールはとても気に入ったようだ。

 俺も、この教会はなかなか洒落ていると思っていたんだ。

 だから、ここにした。


「ルゥシール」

「はい?」


 俺が呼びかけると、当然のように返事をしてくれる。

 その当然を、俺はとても幸せなことだと思っているのだ。

 だから……


「結婚しよう」

「………………え?」


 ここで、一足先に。


「二人っきりで、結婚式をしよう」

「…………二人で、ですか?」


 ゆ~っくりと、ルゥシールの視線がポリっちゃんへと、向けられる。


「ほらやっぱり! 邪魔じゃないかさぁ、私!」

「あ、いえ。決してそんなことは……これっぽっちしか思ってないですよ」

「これっぽっちは思ってるんだねっ!?」

「落ちつけ、アホ二人」

「「酷い言われよう!?」」


 俺の意を解さない二人に、分かりやすく説明をしてやる。


「ルゥシール。ポリっちゃんは、牧師だ」

「牧師……ですか?」

「あぁ、……それで私を連れてきたんだね。まぁ、確かに、いないと締まらないよね」


 ポリッちゃんは納得したようで頷く。

 だが、ルゥシールは理解が追いつかないのか、難しい顔をしている。


「……どざえもん?」

「ルゥシール。それは牧師ではなく溺死だ」

「……殺さないでね、いくら私が邪魔だと思っても……」

「あっ! も、もちろん、わたしは手を下しませんよ!?」

「誰かに依頼する気はあるの!?」

「いえ、そんな。ただ、ポリッちゃんさんは微妙に皆さんから疎まれていますので……」

「さらっと酷いこと言った、この人!?」


 号泣する顔を隠そうともせず、ポリッちゃんが俺に同意を求めるような視線を向けてくる。

 いや、そんな顔されても……可愛くもないし。


「なぁ、ルゥシール。結婚式を見たことはないか? あの……ほら、あ…………愛をな……誓い合う二人を見届けるオッサンがいるだろう、結婚式には」


『愛を誓い合う』とか、超恥ずかしいセリフだな。

 よく言えたもんだよ、俺。


「はて……よく、覚えていませんねぇ……そう言えば結婚式ってそんなに見たことがなくて……」


 ルゥシールが大きなおっぱいの上についている首をこてんと傾ける。


 …………俺、なんで今わざわざおっぱいに言及したんだろう?

 まぁ、目を引くのは確かだけれど……

 牧師を知らないのか。知名度は高いと思ったんだけどなぁ。


「ほら、あれだよ。新郎新婦の前に立って、『揉める時も、すこぶる揉みたい時も』みたいなことを言う……」

「マーヴィン君……情報が物凄く間違っているよ……神の前で何を誓わせてるのさ、その牧師」

「あっ! そういう人なら見たことがありますね!」

「見たことあるの!? 本当に!? 『揉める時も』って言ってた!?」


 ほら見ろ、ポリッちゃん。二対一だ。や~い、マイノリティ!


「なので、そういう牧師をやってくれ」

「ちょっと、待ってください、ご主人さん!? その感じですと、わたし教会で揉まれませんか? 神前で!」

「ルゥシール……結婚っていうのは、そういうもんだ」

「だから、情報が物凄く間違ってるからね!? ルゥシールも信じちゃダメだよ!?」


 小さなことにこだわるポリッちゃんを無視して、俺は灯台の見える教会へと近付いていく。

 3メートルほどもありそうな大きな木製のドアを押してみると……想像以上に軽く開いた。

 建付けいいなぁ。潮風に晒されているのに錆びてすらいない。これが、神のご加護というものか。


 教会の中は、神聖な静けさに包まれていた。

 高い天井にはめ込まれたカラフルなステンドグラスから差し込む光が神秘的に教会内部を照らしている。

 祭壇はシンプルながらも威厳と風格を感じさせる造りをしており、そこの前に立つだけで敬虔な気分にさせられそうだ。

 整然と並べられた長椅子は左右に八脚ずつあり、中央には入り口から祭壇まで真っ直ぐに伸びた真っ赤な絨毯が敷かれている。

 これが、ヴァージンロードってやつか。

 穢れなき乙女が通る道…………か。


 …………………………はっ!?


「ポ、ポリッちゃんっ!?」

「ど、どうしたの、そんなに慌てて!?」

「ルゥシール、お尻の経験あるんだけど、ヴァージンロード歩いていいのかな!?」

「語弊がありますよ、ご主人さんっ!? ちゃんと略さず『お尻枕の経験がある』って言ってくださらないとまるで別の意味に……お尻枕の経験もありませんよ、わたしっ!? というか、教会で何回『お尻』って叫んでるですかわたしっ!?」

「あぁ……うん。とりあえず、君たちみたいな面白カップルでも、ヴァージンロードは歩いていいものだから、落ち着いて」


 な~んだ。それなら安心…………誰が面白カップルか!?


「けどまぁ、最初に聞いておいてよかったよ」


 ポリッちゃんが懐から何やらスイッチを取り出す。


「「おっぱい型じゃない……」」

「二度とおっぱい型のスイッチは作らないから!」

「そんな……おっぱいと言えばポリッちゃんさん、みたいなイメージを持っていましたのに……」

「えっ、マーヴィン君を差し置いて!? お宅の旦那さんこそが重傷なんだよ!? そばにい過ぎで感覚麻痺しちゃったのかな!?」

「きゃー! 旦那さまとか、キャーです、キャー!」

「あぁ、そうか……ルゥシールにはもう、どんな言葉も届かないんだね」


 そんなアホな掛け合いをしていると、澄み渡った空に、怪しげな飛行物体が姿を現した。

 ポリメニスのゴーレム馬車だ。


「町の人を怖がらせないために遠くに停めてきたんじゃないのかよ?」

「でも、荷物があの中に入ってるから。仕方なくだよ」


 そう言いながら、俺たちの目の前に着陸した馬車へと入っていく。


「ほら、二人とも、早く。着替えるよ」

「着替え?」


 俺とルゥシールは、ポリッちゃんに呼ばれるままにゴーレム馬車の中へと入っていった。







 数分後、俺は真っ白な衣装を身に纏い、教会の祭壇前に立っていた。


「よく似合ってるよ」

「……うっせ」


 褒められると、なんだか照れくさくなるような、そんな格好だ。

 タキシードと呼ばれる礼服のようだ。こんな服、着る機会なんかなかったからなぁ。


「そういうお前も、すげぇ似合ってるぞ」

「それは……微妙な気持ちになるね」


 ポリッちゃんは教会関係者のような格好をしている。

 どこからどう見ても牧師だ。

 王族には見えない。


「顔が庶民臭いもんな」

「うるさいよ」


 涼やかな笑みで、ポリッちゃんは怒りを表現する。器用な男である。


「遅いな、ルゥシール」

「ドレスは着るのが難しいからね。……私が手伝うわけにもいかないし」

「じゃあ俺がっ!」

「君は脱がすことしか出来ないでしょう!?」


 むっ、まぁ、その通りだが。

 …………って、バカ。まだ照れちゃって脱がすなんて出来ねぇよ! 言わせんな恥ずかしい!


「もうそろそろ陽が沈むね」

「ん……おぉ、ここからだと灯台と夕日がよく見えるな」


 教会の壁には大きな窓が設けられていて、そこから灯台の姿がはっきりと見ることが出来る。

 海との対比も美しく、この景色が映えるように設計されているのがよく分かる。

 そんな大きな窓に近付き、夕日に照らされる灯台を眺める。


「綺麗だねぇ……」

「でもな、もっと綺麗なものがあるんだぞ」

「そっから先、私に言わないでくれるかな!? それは女性に言ってあげて!」

「あぁ、そうか。なんか言わなきゃいけないルールかと思って」

「ないから、そんなルール! あとでルゥシールに言ってあげな」

「機会があればな」


 ルゥシールに灯台でも見せて、「大きいですね」「でもな、もっと大きいものがあるんだよ。それはな……」『ぽい~ん』「お前だ」「もぅ……ご主人さん…………嬉しいです」とか、こんな感じで言ってやろう。


 そうして、ルゥシールを待ってる間、俺はポリッちゃんとボーっと夕日を眺めていた。


「……【搾乳】ぅーっ!」

「主ぃーっ!」

「お婿はぁーーんっ!」

「アシノウラァー!」

「おニィちゃぁ~んっ!」


 よく見知った連中が俺を呼びながら、物凄い速度でこちらに向かって駆けてくる。

 ……なんだ?


「しかし……いろんな呼ばれ方してるよね、マーヴィン君は。あとあれに『ご主人さん』と『おにぃたん』と『おにぃたん様』でしょ……他にもあるんじゃないの?」

「まぁ、なんかあったような気がするな……」

「好かれてるよね」


 そうなのだろうか…………あからさまに、こっちに向かってくる連中は全員怒り心頭な雰囲気なのだが?


「……ポリッちゃんの目を使い物にならなくしてやるわ!」

「いいや、まどろっこしい! 一思いに息の根を止めてくれるっ!」

「んにゃ! じわじわ苦しめておのれの浅はかな行いばぁ反省させちゃらんねばなんねぇだ!」


 恐ろしいセリフを吐いている。


「……お前は、スゲェ嫌われてるな」

「なんでぇ!?」


 青ざめるポリッちゃん目掛けて、フランカ、テオドラ、トシコの三人が同時に飛びかかる。

 手には魔法陣と、剣とカタナと、弓矢と……得意の武器が構えられている…………マジでヤる気だ!?


「「「成敗っ!」」」

「わぁああああっ!? マーヴィン君助けて!」


 牧師役のポリッちゃんを失うわけにはいかない!

 牧師役だから!

 牧師役が終わるまでは、失うわけにはいかないのだ!

 牧師役だからね!


「ごめん、勘で言うけど……すんなり助けてよっ、余計なこと考えてないでさっ!」


 しょうがない。

 俺は、両手を広げ、三人に向かってこう告げた。


「今から五分間、頭もふもふタイム!」

「……【搾乳】ぅ~」

「主ぃ~」

「おむこはぁ~ん」


 ポリッちゃんに飛びかかっていた三人は、空中で軌道を変え、光の速さで俺の胸へと飛び込んできた。


「……もふもふして」

「もふもふしてはくれまいか」

「もふもふばぁしてほしいだべぇ~」


 こいつらはみんな、髪の毛をふわっと掴むように撫でられるのが好きなのだ。

 うちではこれを「もふもふ」と呼んでいる。


 最初にやって欲しいって言ったのはフランカだったかな…………


「あぁ……主の腕が三本あれば、待ち時間がなくて済むのに……」

「どうせなら百本くらいあればええだ」

「……今、鋭意研究中よ」

「やめてくれな、フランカ……」


 俺は人間の枠から外れるつもりは毛頭ない。


「なんていうか……マーヴィン君、凄いね」

「猛獣使いも真っ青よね」

「ルゥはドラゴン。当たらずも遠からず」


 生温い目が俺たちを見つめている。

 あんま見んな。

 アホなカップルみたいで恥ずかしいんだから、これ。


「……あれ?」

「どうした、フランカ?」


 もふもふタイムの終了と同時に、フランカが視線を灯台へと向ける。


「…………夕日が、遠い」

「夕日?」


 振り返ると、随分と海に近くなった夕日が目に入った。

 鮮やかな赤が世界を美しく染めている。


「そりゃ、夕日は海の向こうに沈むんだから、遠いだろうよ」

「……そうじゃなくて…………遠いのよ」

「確かに……これではどこから見たとしても……」

「んだ。重なっては見えねぇだな……」


 テオドラとトシコが首や体を必死に動かし、夕日を眺め始める。

 何がしたいんだこいつら?


「……どういうこと、エイミー?」

「さぁ……あたしも、ここから見れば重なるんだと思ってた」

「全然位置が違うではないか!」

「なぁ~だべかぁ……せっかく、お婿はんを一生オラのペットに出来るかもしれねぇだべなぁ、っち思いよったとにぉ……」


 ん? こらこら、トシコ。怖いこと口走ってんじゃねぇよ。


「それにしても遅いな」

「そうだね。もう、みんなに隠してっていうのは無理なんだから、フランカたちに手伝ってもらえば?」

「そうだな」


 ポリッちゃんの意見ももっともだ。

 そんなわけで、俺がここでやろうとしていたことをフランカたちに打ち明ける。

 怒られるかと思ったのだが……


「……そう。そういうことだったの」

「ワタシたちの勘違いだったわけか」

「な~んっちゃ、おかしいばぁ思いよっただよぉ」


 とても、ホッとした顔をされた。

 なんだと思ってたんだ、こいつら?


「……そういうことなら、協力をするわ」

「主がけじめをつけたいというのなら、その望みが叶うように尽力するのがワタシたちの務めだ」

「んだんだ。そん代わり、けじめばぁついたら、今度はオラたちも本気ばぁ出すで、覚悟しとくだぞ」


 物分かりの良過ぎる、出来た嫁たちだ。

 こいつらのことも、きちんとしてやりたいなと思う。それは、本心から。


「ありがとうな。いつも」


 思わず口を衝いた言葉に、ウチの嫁たちは頬をぽっと染める。


「……別に、いいわよ」

「たはは……照れるではないか」

「素直なお婿はん……可愛ぇだぁ……」


 ひとしきり身悶えた後、三人は仲良くゴーレム馬車へと入っていく。

 これで、ルゥシールの着替えも完了するだろう。


 この夕日が沈むまでには…………


「その結婚っ、ちょっと待ってもらおうかっ!」

「そうです! 待つのですっ!」


 そこで、思いがけない闖入者が現れた。


「……ウルスラ……パルヴィも…………お前ら、どうして……」

「『ここにいるのか』と聞きたいですか、おにぃたん?」

「あ、いや。どうして…………ドレス着てんの?」


 パルヴィとウルスラは、純白のドレスを身に纏っていた。


「結婚するです」

「お前とウルスラが!?」

「違うですよぉ、おにぃたん。ウルスラが結婚するのは…………」


 そう言って、パルヴィはすっと指を差す。

 その先にいたのは……ポリッちゃんだった。


「ぽ、ぽぷ、ぽぽ…………ぽろりです!」

「ぽろりはしてないよぉ。全然してないから」


 ウルスラ、緊張のあまり噛むの巻。


「ち、違う! ポリメニス!」


 今にも泣き出しそうな顔で、ウルスラは必死に言葉をひねり出す。

 あまりに一生懸命過ぎて、見ているこちらの胸が締めつけられる。


「待って……くれないか?」


 震える声で、ウルスラがポリメニスに訴えかける。


「私を置いて……遠いところに…………行かないでほしい」

「……ウルスラ……さん…………」

「私は…………ポリメニス……君に…………」

「…………」


 言葉に詰まったウルスラは、胸元から貝殻のついた首飾りを取り出した。


「君に、盗聴器を仕掛けておいた」

「なにしてんのっ!?」

「電波が悪くて、聞きにくいところが多々あったのが残念だった」

「そんな感想をもたらされて、私はどうすれば……?」

「それで…………途切れ途切れの電波で得た情報なのだが…………君と、おにぃたん様は…………」


 ウルスラの目が俺をチラリと見て、すぐに逸らされる。


「…………お尻の経験があるとか……」

「その情報は根本的に誤報だよっ!?」


 今となってはなんの役割も果たさない貝殻の首飾りを、ポリッちゃんは取り上げる。没収だ。


「まったく……最近私の手伝いを良くしてくれると思ったら、技術をパクってこんなものを……」

「だって………………好き、なんだもん……」


 ウルスラが呟いた、本当に小さな声に、ポリッちゃんは分かりやすい反応を見せる。


「…………っ!?」


 顔が、真っ赤に染まったのだ。

 ……なに。今初めて言われた感じか?


「…………………………あぁっ!」


 両手で顔を押さえ、ポリッちゃんが蹲る。

 そして、盛大に息を吐き、何かをぶつぶつと呟いている。……何言ってんだ?


「……この旅で色々考えようと思ってたのに……戴冠式までは何事もなく平穏に過ごそうと思ってたのに……その方が国政もスムーズに行くし、こんな引継ぎの最中にそんなことしたら、絶対バタバタしてお互いのためにならないって分かってるのに……そもそも、私なんかで本当にいいのかという問題も……いや、それはたった今答えは出たけど……でも、だからって、私だったずっと考えてて……………………ぁああああっ! もういいですっ!」


 勢いよく立ち上がり、ポリッちゃんは俺を指さす。


「君と関わる人間はみんなこうだ! そこに巻き込まれた常識人は例外なく苦労を強いられる羽目になる!」

「俺が何したってんだよ?」

「何もしてなくても、みんなが君に影響されるんだよ!」


 睨むような、真剣な目で俺を見つめ、ポリッちゃんはらしくないことを言う。


「みんな、君に憧れているんだよ。君は、みんなのヒーローだからね」


 俺を褒めたって、なにも出んぞ?

 だがまぁ……もし俺がヒーローなんだというのなら、それは『共感』のなせる技なのだろうな……


「結局のところ、みんな巨乳が好きだってことか?」

「褒めた直後に後悔させるのやめてくれるかな!?」


 ポリッちゃんの目がいつもの「あ~……この人ダメだわぁ」みたいな目に戻る。

 ……いつもどんな目で見てくれてんだよ、おい。


「それに、前にも言ったけど……私は、巨乳より、少し控えめな胸の方が…………好きですし」


 恥ずかしそうに言って、ポリッちゃんはウルスラを見る。

 ウルスラは、驚いたような顔でポリッちゃんを見つめる。そして、その名を口にする。


「…………ロリメニス」

「ポリメニスっ! その言い間違いだけは看過出来ないよ!」


 そして、ポリッちゃんから離れたところでシルヴァネールがエイミーの背後に身を隠す。


「…………エイミー、私を守って」

「君のことはなんとも思ってないから! で、いつまで裸エプロンのままなの!? 服着て!」


 まったくもうはこっちのセリフだ。

 きゃんきゃんとよく吠える癖に、肝心なことを言葉にしないからこういうことになるのだ……


 しょうがない。


「ポリッちゃん。選手交代だ」


 俺はポリッちゃんの肩をポンと叩いて、祭壇へと上がる。

 そして、ポリッちゃんとウルスラに祭壇の前に立つように指示を出す。


「…………え……」


 戸惑いを見せるポリッちゃんだが……


「どうせ、もう腹は決まってるんだろ?」


 そういう顔をしてるぞ、お前。


 ジッと見つめるとポリッちゃんは真剣な顔でしばらく黙考した後、力強い視線を俺に向け、そして明確に、はっきりと、頷いた。

 そして、懐に手を突っ込み、小さな箱を取り出す。


「……おっぱいスイッチか?」

「そんなわけないでしょ、このタイミングで!?」


 なんだ、違うのか?


 ウルスラは、ポリッちゃんが取り出した小さな箱を見て、目を大きく見開く。

 微かに、体が震えている。


「ポリメニス……それはまさか……」

「……うん」

「前に私が欲しいと言った、給料三か月分のおっぱいスイッチか?」

「おっぱいスイッチじゃない!」


 ウルスラ……お前、何を欲しがってんだよ。


「これを、受け取って欲しい」


 小さな箱から出てきたのは、大きな宝石が埋め込まれたセンスの光る指輪だった。


「…………これ」

「私の妃になってください、ウルスラさん」

「ポ…………リメニス…………」

「お願いします」

「………………考えさせてほしい」

「マジでっ!? この流れで!?」


 衝撃的な返事だ。

 ウルスラ、お前……なにちょっとでも優位な位置に立とうとしてんだよ。


 が、そんなことは取り越し苦労だったようで……


「……うん。やっぱりどう考えても、断る理由が見つからない。私は、……正直なところ、自分に自信というものが持てない……だから、きっとポリメニスには相応しくない相手なのだと思うし、そういう自覚もある。でも……でもねっ……………………それでも、あなたが好きです」


 ウルスラが、ポリッちゃんの胸に飛び込む。

 しだれかかるように体を預け、精一杯の思いを囁く。


「私を、世界一幸せなお嫁さんにしてください」

「…………はい。喜んで」


 ポリッちゃんが、腹を決めた。

 夕日が海に触れそうになり、水面を美しく煌めかせる。

 眩いほどの光の中で、ポリッちゃんとウルスラは結ばれたのだ。


 ならば、この流れで誓いの言葉をもらっておこう。


「ポリッちゃん、ウルスラ。フリだけだが……一度やっとくか?」


 衣装の交換は出来ないので、せめてもの雰囲気にとポリッちゃんの被っている牧師の帽子を借りて被る。

 臨時の牧師だ。


 さぁ……誓いの言葉を述べてもらおうか。


 祭壇に向かって立たせ、俺はウルスラに向かって言う。


「ウルスラ」

「……はい」

「汝はポリメニスを夫とし……」

「誓います」

「……早い。最後まで聞け」

「聞くと誓います!」

「俺には誓わなくていいから、いいから聞け」

「……考えさせてほし……」

「聞け!」

「分かった、聞く」

「……ったく。ウルスラ。汝はポリメニスを夫として……」


 ため息をついてから、もう一度初めからやり直す。

 そして、誓いを立てさせる。


「揉める時も、すこぶる揉みたい時も、変わらず揉ませると誓うか?」

「誓いの言葉が出鱈目過ぎるよマーヴィン君!?」

「誓いますっ!」

「誓っちゃダメだよ、ウルスラさんっ!」

「よし! これでお前らは夫婦だ!」

「これで認められるのは凄く嫌かな!?」


 そんなことを言いながらも、ポリッちゃんの手はしっかりとウルスラの手を握っていた。


「おにぃたん!」


 見事に牧師役を務め上げた俺に、パルヴィが抱きついてきた。


「パルヴィも誓うです! パルヴィは一生、おにぃたんと一緒に……二人っきりで一緒にいると誓……」

「そこまでですよっ!」


 パルヴィの誓いの言葉を遮ったのは……


「……ルゥシール」


 真っ赤に染まる世界の中を、真っ直ぐこちらに向かって駆けてくる……


 純白のドレスを着たルゥシールだった。


「ご主人さんの独占は許しませんよ!」


 俺からパルヴィを引き剥がし、そして俺とパルヴィの間に体を割り込ませてくる。


「くっ! ルゥシールさん、あなたにそんなことを言う権利があるのですか!?」


 いや、あるぞ、パルヴィ。

 そいつは俺の婚約者だ。


「権利なんて関係ありません!」


 いや、あるぞ、ルゥシール。

 お前は俺の婚約者だからな?


「わたしは、世界中の誰よりもご主人さんのことを好きだという自信があります! みなさんの溢れるほどの想いですらも、わたしに言わせればちゃんちゃらおかしいレベルです! わたしの、わたしの中のご主人さんに対する『好き』の気持ちは……もっともっと、皆さんが思っている以上に、凄くすご~く、大きいんです! もう『どっか~ん!』ってくらいですっ!」


 しゃべればしゃべるほど、アホを露呈させていく。

 そんなルゥシールが…………たまらなく好きだ。


 俺を背に庇うような格好で、パルヴィと対峙するルゥシール。

 俺に背を向けている。


 だから、背後から腕を回してギュッと抱きしめた。


「ほにゃっ!? ご、ごご、ご主人さんっ!?」

「…………ちょっと、このままで……」

「ぅえ………………はい。分かりました」


 ルゥシールの匂いがする。

 ルゥシールの温もりを感じる。


「お前が好きだ。何があっても、お前を離したくない。そう思うほどに、大好きだ」

「…………はい。知ってます」


 ルゥシールの声が微かにビブラートする。

 こいつ、涙もろくなってないか?


「賑やかな暮らしになるぞ、きっと」

「でしょうね。だって、ご主人さんですもの」

「……ルゥシール、俺な」

「はい」

「……あいつらのことも、ちゃんと大切にしたい」

「…………はい。大切にしてあげてください」

「…………嫌か?」

「とんでもないです」


 首に回した俺の腕を、ルゥシールの手がそっと掴んでくる。


「優しいご主人さんが、大好きですから」


 誰より優しいのは、お前だと思うがな。


「……【搾乳】! ルゥシール!」


 フランカたちが俺たちに駆け寄ってくる。

 そして、三人同時に飛びついてくる。


「……泣かせないで」

「まったくだ……自分の小ささに、嫌気が差してしまう」

「オラ……ルゥシールには勝てる気がしねぇだ」


 ルゥシールと二人っきりになって、けじめをつける気でいたが…………これが俺の納まるべき形なのかもしれない。

 そう思えたから、もういいや。

 こだわるのは、ここでおしまいだ。


「みんなで、幸せになろう」


 何とも日和見な言葉だ……でも、俺の本心だ。


「はい」

「……そうね」

「無論だ」

「んだな」


 それぞれに短い返事をくれる。

 すべて肯定。俺、愛されてるな。

 子供の頃もらえなかった分、ここにきて沢山もらってるのかもな。


「おにぃたん! パルヴィも一緒に幸せに……っ!」

「パルヴィさんは、別の人を探しましょうねぇ」

「ポリッちゃん!? 離してください! パルヴィは、おにぃたん以外の人となど……!」

「は~いはい。駄々捏ねないの。大人しく身を引きなさい」

「あなたは、バスコ・トロイと一緒にいた、エイミーさん、でしたですか?」

「そうよ。ようこそ、失恋者の世界へ」

「嫌ですっ! パルヴィはおにぃたんを独占して、二人きりで幸せになるのです!」

「アシノウラ!」


 暴れるパルヴィを押さえつけながら、エイミーが俺に向かって手を振る。

 しっしっと、追い払うような手つきだ。


「ほとぼりが冷めるまで、嫁たちを連れてどこか行っちゃって。あとのことはあたしたちに任せてさ」

「お……おぉ」


 そうだな。

 エイミーにポリッちゃん、それからウルスラにシルヴァネール。

 どいつもこいつも頼りになる連中だ。


「じゃあ、後は任せる」


 甘えん坊のパルヴィをどう宥めるつもりなのか知らんが……あいつらなら何とかするだろう。


「パルヴィ」

「おにぃたん! パルヴィは、おにぃたんが好きです! とても好きです!」

「あぁ。俺もパルヴィが好きだぞ」

「おにぃたん……っ!」


 歓喜に打ち震えるパルヴィに、俺は本心を伝える。


「お前は、最高の妹だよ」

「…………妹…………?」

「兄ちゃん、幸せになるからな。応援してくれな」

「………………ズルい、です。そんなの……」


 パルヴィが俯く。

 俺から顔を隠すように。


「ほら、早く……っ!」


 小声でエイミーが言い、さっさと行けと腕を振る。


 んじゃ、行くとするか。


 俺は、ルゥシールの手を引き、フランカ、テオドラ、トシコを連れて教会を飛び出した。

 潮の香りを乗せた風が吹き抜けていく。

 空は真っ赤に染まり、幻想的なまでに美しい。


「ルゥシール、飛べるか?」

「はい。ドレスを脱げば」

「じゃあ、ちょっと連れて行ってほしいところがあるんだけど」

「どこでしょうか?」


 その問いに、俺はその場所を指さして答える。


「グレンガルムの丘……お前と初めて会った場所だ」


 ずっと思っていた。

 あの日見た美しい夕日を、もう一度見たいと。

 今から、ルゥシールの全力で向かえば間に合う。

 沈み始めた夕日が海に飲み込まれる前にたどり着けるだろう。


「ご主人さん…………それは、ちょっと………………泣きそうです」


 しかし、ルゥシールは顔を両手で覆い、肩を小刻みに震わせ始めてしまった。


「嫌か?」

「嫌なわけないです!」


 顔を上げたルゥシールの頬が涙で濡れて、夕日の光をキラキラと反射させていた。


「嬉しい……です…………」


 そして、着込んだ純白のドレスを大切そうに、けれど気持ち焦り気味に脱ぎ捨てる。


「……あんまり見ないでください」


 無理な注文をしてきやがる。

 めっちゃ見るっつうの。


「…………いきます」



 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!



 夕日に向かってダークドラゴンが吠える。

 俺たちは急いでその背中に乗り、そしてはるか向こうに見えるグレンガルムの丘に向かって空を翔けた。


 流石龍族最強のダークドラゴンだ。

 あっという間に数十キロの距離を移動し、見覚えのある丘へとたどり着いた。


「たしか……」


 俺は記憶を頼りに、切り立った丘に視線を向ける。

 そして、大きく口を開く洞窟を発見する。


「あった、あそこだ!」


 その洞窟へと降り立ち、俺はすぐさま海の方へと視線を向ける。

 割と早い速度で夕日が海へと飲み込まれていく。


 それは、とても美しい光景で……

 記憶の中の景色と合致した。


「ルゥシール、覚えてるか?」

「きあ」


 ルゥシールが頷く。

 そっか、覚えてたか。


「あそこがさっきの教会だな」


 俺たちがさっきまでいた教会を指さす。

 みんなの視線がそちらに向かう。

 と――


「……あっ」

「おっ」

「ほぁあ……」


 ――同時に三人が声を漏らした。


 こいつらも気が付いたか。


「あの日自分で見たものが信じられなかったんだよな。それもあって、もう一回見たいと思ってたんだが……」


 俺の記憶は正しかったわけだ。


 教会の向こうに『奇跡の灯』と呼ばれる大きな灯台があり、この位置から見ると夕日が丁度灯台に重なるように見えるのだが……

 光の屈折とか、そんなもんの影響なのだろう……


 沈む夕日がハートの形に見えるのだ。


「また見られてよかった。な、ルゥシール」

「…………きぁ」


 ルゥシールは言葉を失って、ジッと夕日を見つめていた。


「……なんだ。最初から勝負は決まっていたのね」

「勝てるわけがなかったのだな……」

「オラたちが出会う、ずっとずっと前に、二人は『奇跡の灯』ばぁ見とったんやね」

「『奇跡の灯』って、あの灯台だろ?」

「……エイミーが調べたところによると、この角度から見える灯台と重なる夕日のことらしいわ。大切な人と見ると一生そばにいられるという伝承のね」


 大切な人と見ると……か。


「じゃあ、俺たちはもう一生離れられないんだな」


 大切な人と見ると……って一文には、人数制限はないようだ。


「大切なお前らと見たんだ。一生そばにいてもらわないとな」

「……【搾乳】」

「主……」

「お婿はん……」


 フランカが涙に声をつまらせ、テオドラとトシコも、泣きそうな声を出す。

 そして、もう一つ、聞き慣れた声が俺を呼ぶ。


「ご主人さん……」


 振り返ると、ルゥシールが人間の姿に戻っていた。

 ドレスでも真っ裸でもなく、海で着ていた白いビキニ姿で。


「ドレスの下、それだったのか」

「はい。急にドレスは着られないもので……こんな格好で失礼します」

「いや、とてもいいよ」


 おっぱいもいい感じに谷間を作ってるし。

 俺的にはなんの問題もない。むしろ大歓迎な格好だ。


「一生……そばにいてくださいね」

「あぁ。なんなら、今ここで誓ってやろうか?」


 俺は、俺を取り囲む四人の顔を一人一人見渡す。


「夫婦の証を、ここで……」

「ご主人さん……それって…………まさか」

「あぁ、そのまさかだ」


 夫婦でもなければ出来ないであろう、あの究極の愛の形。


「さぁ、みんな! 夕日に向かってお尻枕だっ!」


 尻を出せ!

 出来れば生尻をっ!


 ………………あれ?

 なんか、みんなの目が生ぬるい…………あれぇ?


「ご主人さん……」


 そんな中、全員を代表してルゥシールがこの言葉を口にする。



「……残念です」



 あぁ、たぶん、こんなことを繰り返しながら、俺たちは日々を過ごすのだろう。

 そんな未来も……まぁ、悪くないな。


 そう思った。





 もう、随分と前のことになる。

 俺は、ここでダークドラゴンに出会い、行きがかり上そいつを助けてやった。

 そいつは、人間の姿になってわざわざ俺に会いに来て、こう言ったのだ。


『恩返しをさせてほしい』と。



 そして、俺はきっちり恩返しをしてもらった。


 世界はこんなにも輝いているのだということを……

 俺は、こいつに教わったのだ。



 この、最高に可愛い、ダークドラゴンに。








ご来訪ありがとうございます。



そして、

最後までお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。



夕日に向かってお尻枕


真のラストシーンを描けて満足です。むふーっ。(未遂ですけども)



この後、ご主人さんたちは正式な結婚式を、ブレンドレル王国最高峰の教会で盛大に挙げ、

多くの人々に祝福されます。

そこにはパルヴィの姿もあり、ちゃんとおめでとうと言葉にして伝えます。

パルヴィも、自分の中できちんとケリがつけられたようです。



そして、国王が変わり、ブレンドレルは大きく発展します。


新たに国王となったポリメニスにより、魔道具が世間に公開されます。

それは、これまで魔法が使えなかった一般市民たちにも、

魔法のごとき利便性を与えてくれる画期的な発明でした。


ボタン一つで明かりがつき、

洗濯が楽になり、

掃除機の吸引力は変わらない。


次元の穴の魔法陣が消失し、魔法を失った魔導士たちも、

魔道具を駆使することで新たな道を見出していくことでしょう。


更に研究は進み、ポリメニスはついに、

『魔神の魔力を抑制する魔道具』を完成させます。

これにより、魔界から無数の魔神が人間の世界へとやってくるようになりました。


しかし、魔神たちが人間を襲うことはなく、

人間の世界を興味深く観光して回る者ばかりでした。

中には、人間の世界が大層気に入り住み着く者まで出始め……

人類と魔族は新たな時代を迎えます。二つの文化が融合し、新世界が誕生することになります。



と、いうわけで、

ご主人さんの当初の目標、

『魔界と人間界を一つにつなげる』は無事完遂されたのでした。




さて、

今回出てこなかったガウルテリオとオイヴィですが、

ご主人さんが夕日に向かってお尻枕と叫んでいたころ、

彼女たちが何をしていたのかというと…………




ガウルテリオ「さぁさぁ、オイヴィ! グイッといっとくれ! 魔界で一番強烈な酒だよ!」

オイヴィ「うむ。いただくとするかの。ワは、見た目こそこんな感じじゃが、これで酒は嫌いではないからの」

ガウルテリオ「……ん? ありゃりゃ、すまん。酒がもう残ってなかった」

オイヴィ「まだ半分ほど残っておるように見えるんじゃが?」

ガウルテリオ「これはあたしの分だよ。一口分だ」

オイヴィ「でかい口じゃのぅ……では、新しい酒を調達するとするかの」

ガウルテリオ「だったらさ、一つ頼まれてくれないかい?」

オイヴィ「なんじゃ?」

ガウルテリオ「人間の世界の酒が飲みたい。あたしはまだ魔力が抑えられていないから手に入れられないんだよ」

オイヴィ「ふむ……ワに買ってこいと言うておるのじゃな?」

ガウルテリオ「あぁ。頼む!」

オイヴィ「ワを使い走りにするとはの……よかろう。では、ちっと行ってすぐ戻る故、しばし待っておってくりゃれや」

ガウルテリオ「気を付けてな。知らないオッサンに声をかけられてもついて行くんじゃないよ」

オイヴィ「子供扱いするでない」

ガウルテリオ「にはは! んじゃ、よろしくな」


――そして、人間の世界。某酒場。


オイヴィ「おい、店主や」

店主「おや、お嬢ちゃん。お遣いかい?」

オイヴィ「ワはお嬢ちゃんではないのじゃが……まぁ、よい。酒を売ってくりゃれや」

店主「すまねぇな。未成年には売れねぇんだよ」

オイヴィ「ワはとうに成人しておるわ」

店主「んじゃあ、年齢を確認出来るものはないか?」

オイヴィ「ワはギルドなどには所属しておらんからのぅ……」

店主「身分が証明出来ないんじゃあ、無理だな」

オイヴィ「まて、店主よ。これでもワはわりと有名人での。オイヴィ・マユラという名に覚えはないかぇ?」

店主「オイヴィ・マユラっ!?」

オイヴィ「うむ。そのオイヴィ・マユラじゃ」

店主「『永遠のロリっ子オイヴィ・マユラたんを陰に日向に応援支援する会』の絶対的象徴のオイヴィ・マユラたん!?」

オイヴィ「うむ……その会に覚えはないのじゃが……おそらくそのオイヴィ・マユラじゃ。あと、『たん』はやめてくりゃれ」

店主「あぁ、なんてことだ……オイヴィたんに失礼な口の利き方を…………ましてお顔を拝見しても気が付かなかったなんて…………」

オイヴィ「まぁ、人の顔など伝聞ではよぅ分からぬ故、そう自分を責めるでない。あと、『たん』はやめてくりゃれ」

店主「あぁ……ドーエン名誉会長に怒られる……っ!」

オイヴィ「ふむ……やはりあやつが一枚噛んでおったか……」

店主「お詫びに、当店で一番の高級品を差し上げます! どうか、これでご容赦を!」

オイヴィ「ふむ。ワは別に気にしとらんのじゃが……まぁ、くれるというのであればもらうかの。店主や、あまり気に病むでないぞ」

店主「オイヴィたん、マジ天使っ!」

オイヴィ「じゃから、『たん』はやめてくりゃれと…………もうよい。その病が完治せんことは知っておるからの……精々、養生することじゃ。ではの」


――そして再び、魔界


オイヴィ「手に入れてきたぞ」

ガウルテリオ「おぉ! 待ちかねたぞ!」

オイヴィ「なんでも、店主が言うには最高級品らしいのじゃ」

ガウルテリオ「そりゃ楽しみ……だ…………な………………おい、こりゃあミルクじゃないか?」

オイヴィ「なんじゃと!?」

ガウルテリオ「オイヴィにミルクっていうと…………実は、最近魔界で広がりつつある、『永遠のロリっ子オイヴィ・マユラたんを陰に日向に応援支援する会』の会員が言っていたんだがね」

オイヴィ「待ってくりゃれ。広がりつつあるのかぇ、その会?」

ガウルテリオ「魔界だけで会員数が五百を超えた。千に届けば布教活動も活発化して爆発的に増えるだろうと、ミーミルが分析していたよ」

オイヴィ「……なんてことじゃ」

ガウルテリオ「んで、その会員が言っていたんだが、『毎日せっせとミルクを飲むも、一切育たないおっぱいをお風呂場の鏡で眺めて「むぅ……」って言うオイヴィたん最高!』という妄想がブームになっているそうだぞ」

オイヴィ「なんと勝手な妄想じゃ!?」

ガウルテリオ「だが、育たんのだろ?」

オイヴィ「レプラコーンと契約しておる以上は育ちはせんが……非常に不愉快じゃのぅ」

ガウルテリオ「愛されている証拠じゃないか。しょうがない。今度からは大人であるあたしと一緒に買い物に行こうな」

オイヴィ「むぅ! 子供扱いするでない!」

ガウルテリオ「は~いはい。オイヴィたんは大人だもんなぁ~」

オイヴィ「それが子供扱いじゃと言うておる! あと、『たん』はやめてくりゃれ……はっ!? まさかおぬし、入っておらぬよな? その怪しげな会に入ってはおらぬよな!?」

ガウルテリオ「あたしが『永遠のロリっ子オイヴィ・マユラたんを陰に日向に応援支援する会』に? まさかぁ」

オイヴィ「その長ったらしい名をスラスラ言えるところが怪しいんじゃ!」

ガウルテリオ「疑り深いオイヴィたん、マジ天使」

オイヴィ「そのフレーズ聞いたことがあるのじゃが!? 物凄く聞いたことがあるのじゃが!?」

ガウルテリオ「さぁ、酒の調達に行くぞ。ミルクじゃ酔えないからね」

オイヴィ「まつのじゃ、ガウルテリオ! 話はまだ終わって……これっ! 抱っこをするでない! ワを子ども扱いするでないっ! ガウルテリオーっ!」


――魔界の夜は長い……






というわけで、

二万文字オーバーの本編の後に長いあとがきですみません!


オイヴィ、書きたかったんです……




本当に長々と、お付き合い下さりありがとうございました。



(諸般の事情により)別名義ではありますが、

他のお話も書いておりますのでご興味がありましたらそちらも是非ご贔屓に願えれば幸いです。

小説情報の『同一作者の小説』から「ぷるんっ!」とジャンプできますので。

ひとつよろしくお願いいたします。



本当に楽しかったです。

最後まで書かせていただけたこの環境と、

温かく見守ってくださった皆様に、


最大級の感謝を。


どうもありがとうございました。



また、どこかでお会い出来ますことを心より願って。


とまと

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