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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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15話 呼んでないヤツばかりが出て来る

「おい。どういうことだ?」


 俺は、地下牢を守護する看守に詰め寄る。

 この看守も、ギルドに雇われた冒険者だ。

 まだまだ新米なのだろう。鎧が体に馴染んでいない。鎧に着られている感じが否めない、そんな青年だ。が、そんなものは関係ない。

 俺は容赦なくこの理不尽の説明を乞う。


「で、ですから、ジェナ、フランカの両名が協力を頑なに拒否しておりまして……」


 看守が俺の威圧に押されてじりじりと壁際に後退していく。

 目じりに涙を浮かべ、今にも泣きそうな勢いだ。

 それでも俺の歩みは止まらない。


 それは仕方のないことなのだ。追及が必要だ。

 なぜなら、再び協力を求めて地下牢に訪れた俺の目の前に現れたのが……

 

「なんでこんな筋肉ゴリラだるまの乳を揉まなきゃいけないんだ!?」

「こっちこそ願い下げだ、クソがっ!」


 破砕の闘士デリックだったのだから。


「ジェナを出せ! この際、百歩譲ってすっかすかのフランカでもいい!」


 俺が懸命に叫ぶも、事態は変わらない。

 ただ、遠くから「……やかましいわっ!」というフランカの怒号が聞こえてきた気がしたが。

 残念ながら姿は見せなかった。


 森の中で泥だらけになったため、宿屋に戻って体を洗い、こうして再び足を運んだのだ。

 なのに、ジェナとフランカは出て来もしない。

 代わりに現れたのが筋肉だるまこと、破砕の闘士デリックだ。


「彼も、体内に秘めた魔力量は相当のものですし、協力には支障がないと、ドーエン様もおっしゃっておりました」

「あのジジイ…………何も分かっていない!」


 俺の手は繊細なのだ。

 包み込むような、ふわっとした柔らかさでないと荒れてしまうのだ。

 こんな鉄板みたいな筋肉に触れるなど言語道断!

 ……あぁ、くそ! さっきのハーレム状態を分割してほしかった。一気にドカンとじゃなくて、徐々に、細く末長くが俺の好みなのに……


「お二方とも、『冷静に考えたら、有り得ないだろう』と、おっしゃっていました」


 怯えたような目で看守が言う。

 拘留中の犯罪者に敬語を使うなよ、ギルドの看守が。


「ご主人さん。どうしましょうか?」


 ルゥシールが俺の傍らに来てそう呟きながら、俺の肩をぐいぐいと引っ張る。

 案に、「それ以上看守さんをいじめないであげてください」と言わんばかりに。


「この際、破砕の闘士さんで手を打ってみては?」

「ふざけるな! 頼まれでも御免だ!」

「誰が頼むか、ボケェ!」


 鉄柵の中でゴリラが吠える。

 檻がよく似合うじゃないか。


「テメェが苦労しているみたいで嬉しいぜ。精々あがけ! そして、絶望しろ! がっははははは!」


 馬鹿笑いするデリック。

 イラッとする俺。

 そして、抜き放たれるミスリルソード。

 イラッてしたから斬ってやる。えい。


「ぬぉわぁああっ!?」

「ご主人さん!?」


 青い剣閃が駆け抜け、デリックが愉快な格好でひっくり返ると同時にルゥシールが俺の腕に取り縋ってきた。


「捕まった人を斬っちゃダメですよ!?」

「心配するな、峰打ちだ」

「両刃剣じゃないですか、ご主人さんの武器は!」


 おや、そうだったか?

 けれど、かなり手加減をした、ちょっとした威嚇のようなものだ。血すら出まい。


「……て、テメェは、いつか絶対ぶっ殺す……っ!」


 衣服に軽く切れ目が入っているが、流石は俺だ、ちょっとしか血が出ていない。


「血、出てるじゃないですか!?」


 あれ?

 おかしいな?


「デリック……お前、肌弱いの?」

「弱いわけないじゃないですか、こんなガチムチなんですから!」


 ルゥシールが慌ててデリックの胸に布を押し当てる。

 看守の休憩所にあった応急処置用の清潔な布だ。

 手当なんかしてやらなくてもいいのに。


「すいません、すいません。ちゃんと手当しますから、どうか裁判沙汰だけは……」


 捕まった囚人に危害を加えるのは法律で禁止されている。

 外部からの口封じを防ぐための法律だ。

 それを破った者は、当然身柄を拘束され、裁判所へ突き出される。


 なるほど。それはマズい。


「おい、デリック!」

「あん!?」


 大人しくルゥシールに手当てをされているデリックが、額に血管を浮かび上がらせて俺を睨む。

 怒っているようだな。

 ……仕方ない。手を打っておくか。


 俺は、デリックを指差し、その人差し指を立てたまま唇へと当てた。


「しぃ~」

「やかましいわ、ボケェ!」

「約束破ると『メッ!』だぞ」

「テメェ、ちょっとこっち来い! この傷と同じ分だけ殴らせろ! それで黙っといてやる!」

「ははは。それは断る。痛いのヤだし」

「おい、女! お前の連れ、頭おかしいんじゃねぇのか!?」

「すいません、すいません」


 ぺこぺこと頭を下げるルゥシール。

 手際よく傷口に薬を塗ると、最後に血を拭って処置を完了させた。


「ご主人さん。証拠を隠滅しておきました!」

「お前もおかしいな、女!?」


 こちらに戻ってくるルゥシールに向かってデリックが吠える。

「バカばっかりだ!」と、髭面の顔をゆがめて唾をまき散らす。

 まったく……ルゥシールはともかく、俺を同類扱いするんじゃねぇよ。


「おい、【搾乳】……」

「呼ばれてるぞ、爆乳」

「ご主人さんが呼ばれてるんですよ! あと、ばく……爆乳とか、やめてくださいっ」

「ッダァ! 話を聞け、【搾乳】!」


 ガッシャガッシャと鉄柵を揺らして、デリックが吠える。

 おいおい。ガッシャガッシャ揺れちゃまずいだろう、牢屋。


「テメェに協力すれば、ジェナやフランカの身に危険が迫る可能性があるんだよ!」


 感情的に吠えて、デリックは獣のように息を吐いた。

 そして、落ち着きを取り戻した後で、真剣な瞳をこちらに向けた。


「魔導ギルドからの通達でな。魔導士はお前に力を貸せねぇ。こんな片田舎で、それもちょっと触れ合っただけなら問題はないだろうが…………これ以上、あいつらに関わるんじゃねぇ」


 鋭さを増した視線が俺を真っ直ぐに捉える。

 隠すつもりもない殺気がひしひしと伝わってくる。

 すなわち、「俺の仲間に何かあったら、テメェをぶっ殺すぞ」と。


「割と仲間思いなんだな。……顔に似合わず」

「ウルセェ! 顔は関係ねぇだろ」

「気持ち悪い顔のくせに」

「だから顔は関係ねぇ……って、誰が気持ち悪い顔だ!?」


 傍から見ればただのゴロツキ。

 しかし、それは仲間を守るための一種のポーズであったりもする。

 冒険者稼業は、舐められると『獲物』として扱われることが往々にしてある。

 多少狂気染みているくらいが、旅をする中では丁度いいのだ。


 こいつも、そういうタイプなのかもしれない。

 仲間思い、なんて顔じゃないけどな。


 あぁ、そうか。そういうことか。


「お前…………どっちかに惚れてるな?」

「はぁっ!? 馬鹿か、お前は!? そんなわけないだろうが!」

「その反応がすでに肯定したようなもんだろうが」


 ヌフーッ! っと、両方の鼻の穴から突風を噴き出させ、デリックは明らかに取り乱す。

 しかも、自分の気持ちをまだ打ち明けられていないと見える。

 片思いなんて繊細な面かよ、この筋肉ひげゴリラ。


「そっかそっか。お前も巨乳好きだったのか」

「ふざけんな! ジェナはガキの頃からの親友だ。そんな目で見たことはねぇ!」

「え、じゃあ、あの侘しい胸の方か?」

「フランカを悪く言うなっ!」

「…………ほほぅ」

「っ!?」


 あぁ……な~る。


 デリックは俺の顔を見るや、目を見開いて歯を食いしばる。

 額から大量の汗が吹き出し、滝のように流れ落ちていく。


「…………ふ、ふふ…………ふっ」


 唇がプルプルと震え、鼻息が荒くなり、目が血走って、厳つい顔が一層禍々しい様相を呈していく。


「…………フランカは、今のままで……今のままが一番いいんだよ」


 とても小さな声で、とても早口に吐き捨てられた言葉に、俺はニヤニヤ、ルゥシールはキラキラした表情になる。


「つるぺた派め」

「ウルセェ! 巨乳好きなんてのは下劣な思想だ! その証拠に、どいつもこいつも、下卑た目でしか見ないだろうが!」

「失敬な。俺は、とても純粋無垢な下心で見ているぞ」

「それが下卑てるって言ってんだよ!」


 否。

 それは、健全な男子のあかしだ。

 なぁ、ルゥシール?


「……すみません。この流れでこっちを見ないでください」


 俺の視線から逃げるように、ルゥシールが背中を向けてしまった。

 …………あれぇ?


「その点、つるぺたはいい…………穢れなく、清らかで、尊い。特に、フランカのつるぺたは完璧な芸術だ。そう……俺は芸術を愛しているんだ! 分かるか!?」

「あぁ、よく分かった。お前、変態だな」

「誰が変態だ!?」

「ロリコンか?」

「違うわぁ!」

「おぉい、うるさいぞ、小童ども!」


 デリックが頭を赤く染め怒髪天を衝いた時、地下牢に降りてくるジジイがいた。

 ギルドの責任者、ドーエンだ。

 このタイミングで本物のロリコン登場か……デリックと出会うことで嫌な化学変化を起こさなければいいが……


「お前は、もう少し静かに行動出来んのか」


 呆れ顔で現れたドーエン。

 その後ろから、見覚えのある赤髪の少女が顔をのぞかせた。


「まったく。どこに行っても騒がしいんだから、アシノウラは」

「エイミー?」


 エイミーが、腰に手を当てて俺を睥睨している。


「この子がどうしてもお前に会いたいというのでな、案内してきたんじゃ」

「いや、地下牢に子供を案内してんじゃねぇよ」


 絶対に子供を入れちゃいけない場所だろう、ここは。


「あんたが守衛に連れて行かれたりするからいけないんでしょう!?」

「連れて行かれたのは俺のせいじゃない」

「いえ……残念ながら、ご主人さんの発言がきっかけでしたよ」


 そうだっただろうか?


 俺がルゥシールに確認の目を向けると、ルゥシールは重々しく頷いた。

 う~ん……俺のせいではないような気がするんだがなぁ。


 そんな俺たちのやり取りを見て、エイミーが呆れたような顔で、でもどこかホッとしたような表情で嘆息する。


「とにかく、無事でよかったわ」

「なんだ? 心配してくれてたのか?」

「べ、別に!」


 険しい表情でそっぽを向くエイミー。


 その隣に立つドーエンを見ると、どこか微笑ましげにこちらを見ていた。


「お前に会わせろと聞かなくての」


 そう言って、困ったように口元をゆがめる。

 なるほど。子供の頼みを断り切れなくなったのか。

 だからって、地下牢に入れるのはどうかと思うがな。


「『会わせないと、あんたのこと大嫌いになるから!』と、言われては逆らえんしのぅ」

「いや、逆らえよ!」

「嫌われるじゃろうが!」

「嫌われとけよ、そこは! 甘んじて!」

「心が張り裂けるわ!」

「このロリコンジジイ!」


 おのれの保身に走った職権乱用ジジイは、いつかきちっと糾弾する必要がありそうだ。

 とにかく、エイミーをこのジジイのそばから離さなければ。


 エイミーに、こちらへ来るよう手招きをする。

 と、そこで牢の中から野太い声が飛んできた。


「おい、【搾乳】!」

「呼んでるぞ、ルゥシール」

「だから、ご主人さんですよ!」


 爆乳を押さえて俺を睨むルゥシール。

 その向こうで、デリックが俺を手招きしていた。表情は真剣そのものだ。


「なんだよ?」


 面倒くさいが、わざわざそばまで行ってやる。

 と、デリックは体をかがめ、俺に耳打ちをしてきた。


「今入ってきた、あの小柄なプリティエンジェルは誰だ?」

「あ?」

「すげぇ好みだ。是非紹介を……おぅぶっ!」


 ここにも重度のロリコンがいた。

 ので、みぞおちに拳をめり込ませておいた。


「何をやっておるんじゃ! バカモノが!」


 ドーエンが慌てて駆け寄ってくる。


「収容中の者に手を出すのは犯罪じゃぞ!」

「あぁ、そうだっけ? じゃあ、みんな。『しぃ~』な」

「『しぃ~』じゃないわい! これは、看過出来んぞ!」


 ドーエンが唾を飛ばして俺に食ってかかってくる。

 煩わしいので共犯者を増やしておくか。


「このつるぺたマニアがいやらしい目つきでエイミーを紹介してほしいとか言ったもんだから、つい……」

「貴様ぁ! 犯罪者の分際で、まだ罪を重ねるか!? ワシの子供たちを色メガネで見るとはいい度胸じゃのぉ! 今ここで処刑してくれるわぁ!」


 鉄柵越しに、ドーエンが拳打を乱発する。鉄柵まで破壊しそうな勢いだ。

 ドーエンの鬼気迫る連打に晒され、デリックは「ごっ!」「どっ!」「がふっ!」と、面白い声を上げてダメージを蓄積させている。


「ドーエン様! 収容中の者に危害を加えるのは規律違反です! ドーエン様っ!」


 気の弱そうな看守が必死にドーエンを宥めようと取り縋る。

 しかし、怒れるジジイは止まらない。

 よし、これで俺の殴った痕は上書きされたことだろう。

 はい、俺無罪。


 っていうか、さらっと「ワシの子供たち」とか言っちゃうところが重症だよな、このジジイ。


「……ご主人さん、これは?」

「ロリコンゴリラVSロリコンジジイだ。世にも珍しく、何ともくだらない一戦だな」

「…………こんな、一箇所に集まらなくても」


 ルゥシールが虫を見るような目で荒れ狂うロリコンどもを睥睨している。

 やめろ、ルゥシール。お前のその目つきも、ドーエンのジジイにはご褒美になるんだ。とんだオールラウンダーだぜ。


「ねぇ、アシノウラ。どうしちゃったの、ギルド長さん?」

「あぁ、気にするな。よい子は見ちゃいけないヤツだ」


 歩み寄ってきたエイミーの視界を遮るように手をかざし、俺は地下牢を出ようと促す。

 ここにいても、もう協力は得られそうもないしな。


 看守に目配せをしてから、地下牢を出る。

 地下牢がある部屋を出ると、細く長い地下通路に出る。

 硬い石で造られた陰気な通路には、ところどころランプがぶら下がり、暗闇を照らしている。

 やたらと長い地下通路は、仲間の奪還を企てる侵入者対策らしい。


 そんな細長い通路を、エイミー、俺、ルゥシールの順で並んで歩く。


「……ねぇ、アシノウラ」


 地上への階段へ向かう途中、俺の前を歩くエイミーが背中越しに俺を呼んだ。

 ……って、いつまでアシノウラ呼ばわりなんだよ。まぁ、いいけど。


「なんだよ」

「さっきはありがとね」

「あ?」


 何に対して礼を言われたのかが分からない。

 俺が無理解な声を上げると、エイミーはこちらを振り返り、少し不機嫌そうに表情を歪めた。


「だから、その……」


 俺を睨んでいた瞳が落ち着きを無くし、そわそわと右往左往し始める。

 最終的には、恨みがましそうな上目遣いで俺に固定され、非難めいた色合いを強める。


「さっきの大男が、あたしのこといやらしい目で見てたから怒ってくれたんでしょ? ……捕まる危険を冒してまで殴ってくれてたし」


「そこまで言わせんな!」という苛立ちと、素直になりきれない感謝の念が混ざり合ったような表情で、エイミーはぼそぼそと感謝の言葉を述べる。


 いや、まぁ。別にそこまで考えていたわけではないんだが……感謝してくれるならさせておこう。恩を着せられそうだし。


「まぁな。俺の中の正義の心がそうさせたんだよ」

「ご主人さんが言うと、なんとも胡散臭いですよね、『正義』という言葉も」


 おいおい、何を言うんだ、ルゥシールよ。

『愛』と『正義』と『モテモテイケメン』ってのは、俺のために存在する言葉だろうがよ。


 ルゥシールに抗議でもしてやろうかと思っていると、エイミーが俺の服を軽く摘まんできた。

 キュッと袖を摘ままれ、視線を向ける。

 エイミーは斜め下を睨みつけるような格好をしていた。


「……あんまり、無茶しないでよね」


 無茶?

 デリックを殴ったことか?

 素手のあいつなんかに反撃されても、痛くもかゆくもないのだがな。

 体格差だけ見て優劣を決めてしまうのは、素人なら仕方のないことか。


「大丈夫だよ。俺は強いから」

「そうじゃなくて!」


 心配を払拭してやろうとした俺を、エイミーは再び険しい目つきで睨み上げてくる。

 ほんの少しだが、目尻に涙が浮かんでいた。

 俺がそれに気が付くと同時に、エイミーは勢いよく顔を背ける。また、俯いて、静かな声でしゃべりだす。


「……法律を破って、捕まったりしたら…………大変でしょう」


 そんなもん。いざとなったら地下牢を破壊して逃げ出すまでだ。

 必要ならドーエンをぶっ飛ばしてな。

 まぁ、なるべくは穏便に済ませるようにはするけどな。

 国に命を狙われている状況で、今更だよ、そんなもんは。


「俺は、法律よりも強い!」


 胸を張って宣言すると、エイミーが重た~いため息を漏らした。


「バカじゃないの?」


 吐き捨てるように、小さくつぶやく。

 聞こえてるぞ、しっかりと。


 俺の胸の前あたりでふらふら揺れている小さな頭でも小突いてやろうかと思った矢先、エイミーは俺の胸を突き飛ばし、ふらりと、俺から距離を取った。


 こちらに背を向けて、背筋を伸ばし、はきはきとした声を発する。


「困るでしょう、色々と。……まぁ、お母さんは『別に気にしないわよ』とか、『ウチを継いでもらえばいいじゃない』とか言ってたけど…………あたしは嫌だもん」


 そこまで言って、エイミーはゆっくりと顔をこちらに向ける。

 肩越しに、横顔が少しだけ見える。

 耳が、真っ赤に染まっていた。


「…………自分の旦那さんが、前科者なんて」


 その発言を受け、隣でルゥシールが息を呑む。

 地上へ向かう階段の手前で、エイミーがジッと俺を見つめている。


 これは、何かを言ってやらなければいけない場面か?

 しょうがないな。


「前科者じゃないヤツと結婚すればいいだろう」


 なんだか色々と言っていたようだが、単純な話ではないか。

 前科者の旦那が嫌ならば、前科者になりそうもないヤツを婿にもらえばいい。

 というか……


「むしろ、お前の方が前科者になる可能性が高い気がするけどな」


 町中で弓を乱射するわ、ストーカー行為が度を超すわ。

 まずいな。こいつと一緒にいると、俺まで危険人物だと勘違いされないだろうか?


 俺の的確な指摘にぐうの音も出ないのか、激しくうなだれたエイミーの肩が小刻みに震えている。

 それにしてもだ。

 この歳で旦那様とか……マセガキめ。


「そもそも、お前が結婚出来るかどうかも怪しいじゃねぇか。その短気な性格直さねぇと、男に逃げられるぞ? で、どこかにいい男でもいるのか?」


 まぁ、もし何か悩みでもあるのなら、この恋愛マスターたる俺が相談に乗ってやらないでもないけどな。


 そんな、心の広い俺の目の前で、エイミーは静かに半回転し、こちらに向き直る。

 俯いたまま、腰に携えた弓に手をかけ、そして、慣れた手つきで矢を番えた。


「………………しっ………………死ねぇぇぇぇええっ!」


 逃げ場のない、細い通路に矢が乱れ飛ぶ。


「うわっ! バカ、お前っ! やめろ!」

「うっさいうっさいうっさい! 死ね! バカ! 鈍感! 女ったらしの巨乳バカ!」

「おい、ルゥシール。お前の巨乳がバカにされてるぞ?」

「ご主人さんのことですよ!」

「いや、でも、『バカ巨乳』って」

「『巨乳バカ』ですよ! っていうか、毎回わたしを巻き込まないでください!」


 襲い掛かる矢を回避しながら、俺とルゥシールは来た道を引き返す。

 手を取り、地下牢へ戻る。


「イチャイチャするなぁあーっ!」


 矢の勢いが増す。

 若干、鏃が魔力を帯びている。

 凶器だな、まさに。


「まったく。あいつの考えていることは理解出来ん!」

「……どうして理解出来ないのかが、わたしには理解出来ませんよ」


 走りながらルゥシールが嘆息する。

 なんだよ、ルゥシール。何か知ってるなら教えろよ!


 ダッシュで引き返し、地下牢に出る扉をくぐる。


「うぉっ! なんじゃい、お前ら? そんなに慌てて!?」


 ドアのすぐ向こうにドーエンが立っていた。

 牢屋の向こうでは、ボコボコになったデリックがうずくまっている。

 やり過ぎだろう、ギルド長よ。ほらみろ、看守が半泣きじゃねぇか。


「と、そんなことより! いいところにいたな、ギルド長!」

「は? なんじゃい?」


 俺とルゥシールは、無言のうちにお互いの意思を疎通させ、ほぼ同時にドーエンの背後へと回り込む。そして、二人そろってドーエンの背中を押した。


「なんじゃ、なんじゃよ!?」


 そして、ドアの向こうへと押し出す。


「おい、お前、ら……ぁぁぁぁぁあああああああっ!?」


 ドーエンの悲鳴が轟く中、俺とルゥシールはそっとドアを閉じた。

 ふぅ…………これで一件落着だ。


「なにさらすんじゃい、このバカたれどもがぁ!」


 ドアをけ破り、ドーエンが地下牢へと侵入してくる。

 ホント、賊そのもだな。

 やっぱり、こいつを真っ先に討伐するべきだろう、ギルドは。


「危なく死ぬところじゃったわ!」


 肩や胸に数本の矢が刺さりつつも、ドーエンは元気な声を上げる。

 さすが化け物。

 筋肉の強度は伊達じゃない。


「文句なら、俺たちじゃなくて突然凶行に走ったエイミーに言え」

「可憐なエイミーちゃんに非があるわけがないわ! 完全無欠にお前が悪い!」


 ……この村では、公正な裁判など不可能なんだろうなと、俺は思った。


 ドーエンの背後から、涙目のエイミーが顔を覗かせる。

 凄まじい目で俺を睨んでいる。


「おい、エイミー。どうしたんだよ、いきなり?」

「別に、何でもないわよ!」


 何でもないことで人に矢を放つな。

 やはり、最も前科者になりそうなのはエイミーなんじゃないだろうか。


「まぁ、いい。折角戻ってきたんじゃ、ワシの話を聞け」


 ドーエンが体に刺さった矢を引き抜いて、それをエイミーに手渡す。

 ……再利用するのかよ、それ。

 ドーエンはドーエンで、何事もなかったかのような顔してるし…………なんなの、この村?


「明日の朝一で、魔法教室を開催するからの」

「はぁ!?」


 なに勝手に決めてくれたんだよ!?


 俺はドーエンに詰め寄り、エイミーに聞かれない声量で文句を言った。


「こっちは遺跡の結界を解かなきゃいけないっつってんだろう!?」

「どちらにせよ、もうこやつらは協力するつもりはないようじゃ。結界の解除は別の方法を見つけ出せ」


 おのれ、言い返せない。


 デリックが言ったように、大っぴらに俺への協力をすると、魔導ギルドがこいつらに何かしらの制裁を加えるだろう。

 それを考えると、強引に協力をしろとは言いにくい。

 下手したら、命を狙われる事態になりかねないからな……


「今晩にも、王国からの使者が到着し、デリックたちを引き渡す。明日の朝には移送されることになるじゃろうよ」


 時間切れか……


「そういうわけじゃ。結界はまたあとで考えるとして、こちらの要求を呑んでもらおうか」


 言いながら、ドーエンは俺の肩に太っとい腕を回し、顔を近付けてきた。

 なんだよ、気持ち悪い!

 そして、加齢臭がひどい!


「……ここと森の中で派手に魔法をぶっ放した件と、収容された者に危害を加えた件も併せて、働いてもらわねばのぅ」

「ちょっと待て! デリックを痛めつけたのはお前もだろうが!」

「ふふん! 小童よ、この世にはな……権力ってもんがあるんじゃよ」

「……最悪だな、糞ジジイ」


 その後、でかい手が二度、俺の背中をバシバシと叩き、ドーエンは高笑いと共に勝手に話をまとめる。


「じゃあ、明日の朝、しっかり頼むぞ『先生』!」

「…………分かったよ」


 俺は、痛む背中をさすりつつ、ドーエンを力いっぱい睨みつける。


 どちらにせよ、結界を解く方法を考え直さなければいけないのだ。

 考えがまとまるまでの間にちょちょっと魔法を教えてやるくらいは造作もないだろう。


 冒険者ギルドの課した刑だということであれば、魔導ギルドも表立ってちょっかいをかけては来られないだろうしな。


 それにしても腹が減った。

 そろそろ夕飯時だろうか。


「ルゥシール。今日のところは宿に戻って休むぞ。とにかく飯だ」

「はい、ご主人さん」


 ルゥシールを連れだって地下牢を出ようとしたのだが……


「……なんだよ?」

「別に!」


 入り口でエイミーに思いっきり睨まれた。

 まったく、子供の考えることは分からない。

 結局、何しに来たんだよ、こいつは?


 機嫌の悪いエイミーを先頭に、どこか怪しい目でエイミーの後ろ姿を追うドーエン、背中がまだひりひりする俺、それを優しくさすってくれているルゥシールの順で地下道を進み、俺たちは外へ出た。

 空はすっかり日が落ちて、空の境界線が深い紫色になっていた。


 エイミーを送っていくと言うドーエンと別れ、俺とルゥシールは宿へと向かった。


 魔法を教えるのはいいとして、どんな流れで授業をすればいいのやら……

 そして、結界を解くにはどうすればいいのやら……


 そんなことに頭を悩ませながら、俺は薄暗い道をとぼとぼ歩いていた。



 王国から使者が到着するという話などすっかり忘れて。

 そして、そいつらが何をしでかすのかなど、知る由もなく……









ご来訪ありがとうございます


1~3話以来、久しぶりに3日連続更新とかしてみました。


知人に「早く古の遺跡行けよ!」とか言われちったよ2014年秋。


魔法の勉強が終わったら……(たぶん)……遺跡へ向かいます!




次の更新時にもお会いできますことを願って・・・


とまと

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