外伝その2 あれやこれやとありまして
「ご主人さんっ! 海ですよ海っ!」
ポリメニスのゴーレム馬車に揺られ、俺たちはソニアルードの近くまでたどり着いていた。
白い砂浜の向こうに、紺碧の海が広がっている。
「綺麗ですねぇー!」
大きな瞳をキラキラと輝かせて、ルゥシールは遠く広がる海を見つめている。
潮風が漆黒の髪を揺らして……それは、とても綺麗な風景で…………
「俺は、もっと綺麗なものを知ってるけどな」
「え? なんですか?」
無邪気な笑みがこちらを向く。
教えてやりたい。この無防備な顔に、それは本当に身近にあるのだということを……
「それはな……」
「……なにかしら?」
「気になるところだな」
「オラも是非聞きたべな」
「さっさと言いなさいよ、アシノウラ」
「……………………」
無邪気な笑顔の向こうに、なんだかすごくプレッシャーをかけてくる笑顔が並んでいた。
………………え~っと。
「ご主人さん?」
「それは………………下乳?」
「下乳っ!?」
「あ、あぁ! 下乳の描くカーブは、まさに自然界が生み出した芸術作品と言ってもいいくらいだ」
「もぅ……、なにと比べてるんですかっ。まったく、ご主人さんは……」
くっ……ぬかった。
この状況では迂闊なことは言えない……
「マーヴィン君……しっかり」
運転手として同行しているポリッちゃんが、憐れむような目で俺を見てくる。
同情などいらん。そんな目で見るな。
町の人間が驚くといけないとかいう理由で、俺たちはソニアルードのそばで下車し、ここから数キロ海岸線を歩くことになっている。
天気もよく、少し汗ばむ陽気だ。
この中を歩くのか…………
「ルゥシール、エイミー。それから、念のためにテオドラも。ちょっと来てくれ」
「なんですか?」
「どうしたのよ?」
「ワタシもか?」
俺は該当者に、手のひらサイズに折りたたんだ、吸水性が高く肌触りのいいハンカチーフを手渡す。
「わぁ。素敵なハンカチですね」
「え……くれるの?」
「主からの贈り物かっ! これは嬉しいなっ!」
「……私には?」
「どうしてオラたちだけ無いんだべ?」
「ちょっと待て。これはプレゼントじゃない。暑さ対策だ」
俺は、一同を見渡しハンカチーフの使用方法を伝える。
「おっぱいの下に挟んでおくといい。あせもになるから」
「お返ししますっ!」
「いや、使ってから返してくれ!」
「アシノウラ、あんたどこまで行っちゃうつもりなの!? もう誰も追いつけない領域よ、それは!?」
「ふむ……汗を収集する男の話が、確か先王の書斎に……」
「テオドラさんっ! その書斎にある書物は一切信用してはダメですよっ!?」
「…………で、私のは?」
「……どうしてオラたちだけ無いんだべ?」
「え、説明が必要か?」
「……えぇ、聞かせてもらいたいわね……」
「じっくりとお願いするだべ……」
フランカとトシコが禍々しいオーラを発生させる。
なんだろう……背筋が寒い…………暑さ対策、必要なくね?
結局、下乳ガードは誰も使用せず、俺たちは町を目指して歩き出した。
あせもになっても知らないからな……
「じゃあみんな、せめてこまめに乳ポジを変えるように!」
「言われなくても独自の判断で変えますよっ!」
あ、変えるんだ。ならよかった。
「ムードのある旅行には……ならなそうだなぁ…………参考にはならないかも」
なぜか、俺の隣を歩くポリッちゃんが肩を落としていた。
なんだ?
何か気分が重そうだが…………あっ、そういうことか。
「ポリッちゃん」
「ん? なんだい?」
「……俺らも、適宜ポジションチェンジをしていくぞ。……悟られないようにな」
「……そんなことをわざわざ言いに来ないでくれるかな?」
なんだよ、気遣ってやってるのに。
それからしばらく、誰もポジションチェンジをすることなく、俺たちは町のそばまでたどり着いた。
「あっ! アレですかね?」
砂浜が途切れ、岩肌が目立つようになった海岸線。町の奥に港が広がり、遠くに立派な灯台が姿を現した。
「アレが『奇跡の灯』か……」
恋人たちがこぞって眺めに来るという、観光名所だ。
……実際見ると大したことないな。ま、名所なんかそんなもんか。
「後で、みんなで見に行きましょう!」
わくわくと、ルゥシールが提案をする。……の、だが。
「……みんなで行ってどうするのよ」
「ルゥシール、主と一緒に見てきてはどうだ?」
「んだな。オラたちはまた今度でええべや」
フランカ、テオドラ、トシコの三人はそれを拒否した。
……こいつらは名所とかに興味がないのかな?
まぁ、言い伝えとか伝承とか、あんまり信じてなさそうだもんな。
「じゃあ、ルゥシール、二人で行くか?」
「え……そう、ですね」
断られたからか、ルゥシールが少し寂しそうにうな垂れる。
「ちょっと待ちなさいよ」
そんな中、エイミーが俺の前に体を割り込ませてくる。
「お前、ホント大きくなったよな」
「胸以外に興味がないの、あんたは!?」
いや、身長の話なんだが……
こう、俺を見上げてくる角度とかが変わったよなぁ……って。
まぁ、言ったところで、どうせ信じてくれないんだろうけど。
ならおっぱい見~よぉ~っと!
「ちょっ!? ガ、ガン見はやめなさいよ!」
「じゃあ、チラ見で!」
「チラ見もやめて!」
「……ご主人さん。それなんだか、わたしにも覚えがあります……」
「なんだルゥシール。お前もそんなことしてたんだな」
「されたんですっ!」
したっけっかなぁ?
「二人で話さない! あたしが話しかけてるの!」
エイミーが目を三角にして吊り上げる。
こいつは、ホント自分が放ったらかしにされると怒るよな。
「今回は、あたしとアシノウラの約束を果たすためにここまで来たんだからね! まずはあたしとの時間を作ってよね!」
「…………また、狩りに行くのか?」
「こんな海まで来て狩りなんかするかぁ!」
いやぁ、どうもエイミーを見ると「狩りに連れて行け!」って言われるような気がしてなぁ……
「今日一日、あたしとデートしなさい! ずっと前からの約束なんだから、最優先でね!」
と、言われても……
俺は視線を真横へスライドさせる。
ルゥシールはキョトンと、テオドラとトシコは静かにこちらを見ている。
そして、フランカは…………
「……約束なら、しょうがないわね」
……え?
「……いいんじゃないかしら。今日一日、【搾乳】を貸し出しましょう」
「んだな。そんかわり、明日はみんなで観光するべ」
「では、今日はワタシたちだけで町を回るとするか。どうだろうか、ルゥシール?」
「え? あ、……そ、そう…………ですね」
唯一、ルゥシールだけが困ったような表情を浮かべたが、不気味なほど穏やかな空気に、結局意見を揃えたようだ。
…………いいのか?
なんか、「【搾乳】は渡さないわ!」的な展開になるのかと…………あれ? もしかして俺、割とどうでもいい存在?
「……それじゃあ、夕方、宿で合流しましょう」
「そうだな。夕飯は一緒でも構わないだろう?」
「え? あ…………う、うん。え、あの……」
「ん? どがんしただ、エイミー?」
「いや…………」
逆にエイミーが戸惑っている。
エイミーは、戦ってでも俺との時間を作るくらいの勢いだったのだろう。肩透かしを食らったような表情だ。
「いいの、ルゥシール?」
結局、聞きやすいルゥシールに意見を窺っていた。
「そうですね……まぁ、約束でしたらしょうがないですよね」
そう言ったルゥシールの笑顔は、少し寂しそうだった。
「……それじゃあ、また後でね。【搾乳】」
「え、あ……あぁ。またな」
「主、今日の夕飯は魚でいいかな? 美味しそうな店を探しておくよ」
「おぅ、頼むよ」
「歩き疲れたら、オラがマッサージばしてやるでなぁ」
「……手つきがエロイよ、トシコ……」
「ご主人さん」
「ルゥシール」
俺の前に立ち、微かに俯いて……数度呼吸を繰り返す…………
顔を上げたルゥシールは朗らかな笑顔を浮かべていて、俺にこんなことを言ってきた。
「知らない巨乳さんに話しかけられても、ついて行っちゃダメですからね」
「俺は子供かよ」
「いや……子供はそんな人にはついて行かないわよ、アシノウラ……」
「くすくす……では、ご主人さんをよろしくお願いしますね、エイミーさん」
「あ……うん。任せて」
手を振って、ルゥシールたちはソニアルードの町へと入っていった。
テオドラとトシコはとても楽しそうに立ち並ぶ建物を眺めている。そう言えば、あまり旅行をしたことがないと言っていたな。
フランカが先頭を歩き、ルゥシールはそんな輪の中でくすくすと笑っている。
……なんだろう。置いて行かれた気分だ。
「……そんな顔しないでよ」
「え?」
「……あたしと一緒じゃ、つまんない……みたいな」
寂しさが表情に出てしまったのだろうか。エイミーが少し拗ねてしまった。
まぁ、約束は約束だ。
今日一日は開き直って、こいつと楽しむとするか。
「んなことねぇよ。俺たちも行こうぜ」
「……うん」
笑みを向けると、弱々しいながらも、エイミーは笑ってくれた。
折角の旅行だ。楽しまないと損だ。
「どこか行きたいところはあるのか?」
「買い物もしたいけど……海に行きたいな」
「よし。砂浜に行って巨乳を探すぞ!」
「それは探さない……てか、探させないから」
エイミーが小さな魔法陣を展開させる。
……こいつ、もう魔法使えるようになったのかな?
次元の穴の魔法陣消失後、人類は魔神との直接契約によってのみ魔法が使えるようになっていた。
エイミーはミーミルと既知の仲だし……何かしら使えるのかもしれん。気を付けよう。
「んじゃあ、海でも行って、泳いだりするか?」
育ったエイミーのボインがぽいんでぽろりもあるかもしれん。
「いや、海に行くのは夕方以降にしましょう」
「なんでだ? 陽の高い内の方がよくないか?」
「いいの。夕焼けの海が見たいんだから」
俺は揺れるビキニおっぱいが見たいのだが?
「あたしたちも町に行って買い物をしましょう。ほら、早く」
「え、おい……水着は……っ、おい!」
半ば強引に、いや、かなり強引に手を引かれ、俺たちはソニアルードの町へと入っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
わたしたちは、ソニアルードの町に入り速攻で宿へとやってきました。
「……さぁ、始めるわよ」
「うむ!」
「任せるだ!」
てっきり買い物にでも行くのかと思っていたので、少し戸惑っています。
「あの、みなさん……これから一体、何を?」
まるで別荘のような、一軒を貸し切るタイプの宿で、部屋数も多く、景色もいい建物でした。
そこのリビングを忙しなく行き交うフランカさんたち……一体、何が始まるのでしょう?
「……ルゥシール」
「は、はい?」
フランカさんが私の前に立ち、真剣な表情でこちらを見つめています。
その背後にテオドラさんとトシコさんも加わり、わたしは三人にジッと見つめられ……なんだか、物凄いプレッシャーをかけられています。
「……花嫁修業をするわよ」
「はなよめしゅぎょう……? ですか?」
「うむ。ルゥシールは少々女子としての能力に欠けるところがあるからな」
「酷くないですかっ!?」
「そうだべ、テオドラ。もう少し言葉を濁してやるだ」
「例えば、どんなふうにだ?」
「そうだべなぁ…………ルゥシールはちょっとアホだで、せめて普通レベルになれるよう頑張るだ」
「余計酷くなってますよっ!?」
なんだか最近、とみにアホの子扱いが酷くなっている気がします。
ここはガツンと、わたしがアホの子ではないことを証明するべきではないかと、わたしはそのように思うのです!
「わたし、早口言葉が得意ですよっ!」
「…………アホの子ね」
「うむ。アホっぽい特技だ」
「んで、たぶん、そこまで得意じゃないと思うだ」
「酷いですよ、みさなんっ!」
言われ放題です。
悔しいです。
「じゃあ、わたしと勝負してください!」
「……いいわよ。その代わり、私が勝ったら、こちらが課す課題をすべてクリアしてもらうからね」
「望むところです」
わたしとフランカさんの視線がぶつかり、火花が飛び散ります。
「ふっふっふっ……負けませんよ」
「……では、お題はあなたが決めていいわよ」
「え…………わたしがですか?」
「……得意なヤツでいいわ」
「得意な……………………………………………………パ、パスでっ!」
「この時点でフランカの勝ちでいいのではないだろうか?」
「んだな。やっぱりアホのルゥシールにフランカの相手は荷が重かったべ」
「アホじゃないですよ! 今はちょっと思いつかないだけなんですっ!」
「……じゃあ、私がお題を指定していいかしら?」
「はい! どんな言葉でもいいですよ。
「……じゃあ、『 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 』」
「………………すみません、聞き取れる速さでお願いします」
高速詠唱は聞き取れません。
「この時点でフランカの勝ちでいいのではないだろうか?」
「んだな。やっぱりアホのルゥシールにフランカの相手は荷が重かったべ」
「ですからお二人とも、まだ早いですってば!」
「……では、もう少し簡単な言葉にしましょう」
「はい。それで、出来ればゆっくり言ってください」
「……じゃあ、『手術室』」
「分かりました………………行きますっ! 『ちゅじゅちゅちちゅ』っ!」
言えたような気がします!
どうですか、みなさん!?
「…………ここまで酷いとは……」
「……気の毒になってきたな」
「…………今ので、なんで自信満々な顔ばぁ出来るんか、オラそこが知りてぇだ」
「え? なんでですか? 言えてましたよね? 『ちゅじゅちちゅ』」
「……一言も言えてないわ」
「おまけに、言い直した方はなんか短いぞ」
「胸以外、本当に残念なんだべなぁ……」
「トシコさん、酷過ぎませんかっ!?」
なんだか、わたしの旗色が悪いです。
結局、わたしはみなさんが用意した『花嫁修業』なるものをやるはめになりました。
花嫁になるための修業らしいのですが…………何をするのでしょうか?
まぁ、皆さん、わたしのためによかれと思っての行動のようですので、おかしなことにはならないと思いますが……
「……それじゃあ、ルゥシール。とりあえず、裸になってこのエプロンを身に着けて」
……ろくでもないことにしかならない気がしてきました……っ!?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
マーヴィン君たちは二人でデートらしいので、気を利かせよう。
そう思ってルゥシールたちについて宿へと向かったのだけれど……なんか、みんなしてルゥシールの服を強引に脱がし始めたので、慌てて宿を出てきてしまった。
……あの後何が行われるのか……私は関知したくなかった。
それにしても……
この町に着いてから、誰も私の存在を気に留めない。
私、引率者なんですが……
マーヴィン君に頼まれて同行を決め、宿を取って、ゴーレム馬車を運転してここまで来たんですが…………放置って、酷くないですかね?
「海でも見て、黄昏て来ようかなぁ……あ、そうだ。折角だから『希望の灯』を見に行こう…………一人ぼっちで……」
一人旅には慣れている…………寂しくなんか、ないもん。
「お~い! あんちゃん!」
遠くから、オジサンの声が聞こえた。
振り返ると、漁師風な格好をしたオジサンがこちらに向かって走ってくるところだった。
「どこ行く気だ? 今にも海に身投げしそうな顔して」
……私、そんな顔してましたかね?
「いや、ちょっと、灯台でも見に行こうかなって……」
「あぁ、ダメだダメだ。海岸へは立ち入り禁止だぞ」
「え? でも、私たちは、さっき海岸線を歩いてきたんだけど……」
「町の外はまだ大丈夫だが、灯台の方へは近付けなくなってるんだよ」
「何かあるんですか?」
「なんだ、知らねぇのか?」
そのオジサンは、さらりととんでもないことを口にした。
「魔獣が出るんだよ」
「魔獣?」
「あぁ。灯台を見に来たカップルが何組も襲われてるんだ。あんたも行かねぇ方がいいぜ」
カップルで見ると永遠に結ばれる灯台……そこに、カップルを襲う魔獣が…………?
「な、なんて………………性根の歪んだ魔獣なんだ」
嫉妬以外の何物でもない。
傍から見ていて、これほど悲しい魔獣もいないだろう。
でも……
だとするなら、マーヴィン君たちに教えた方がいいかもしれないな。
「まったく。俺らも困ってるんだよ。地元のもんは襲われなくなったけどよ……観光客が来なくなっちまってなぁ」
まぁ、魔獣が出るなら、それも仕方ない気がするけど。
「ほら、あの丘が見えるか?」
オジサンが指差したのは、海とは反対側……町のずっと向こうに見える、小高い丘だった。
丘のふもとに、別の町が広がっているように見える。
「何年か前に、あそこにドラゴンが棲みついてなぁ。それから魔獣が現れるようになっちまったんだよ。おそらく、ドラゴンの魔力に呼び寄せられたんだろうなぁ」
「ドラゴン?」
「あれ、あんた知らないのかい? 一時期この辺りでは有名だったんだぜ。漆黒の鱗をした、恐ろしいダークドラゴンが棲みついたってな」
「それって…………あの、あの丘の名前ってなんですか?」
「ん? あそこか? あそこは、『グレンガルムの丘』さ」
それは、彼らが出会った場所に違いなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アシノウラが上の空だ。
「ちょっと、聞いてるの?」
「ん? どうした? 乳ポジが気に入らないのか?」
「そんな報告するわけないでしょ!?」
さっきから、終始こんな感じなのだ。
「この髪飾り、似合うと思う?」
「どうかな?」
……こいつは…………こういう時は、「似合うよ」って言うのがセオリーでしょ!?
まぁ、……アシノウラに普通なんて期待してないけど。
「……そんなに気になるの?」
「なにがだ?」
「ルゥシールのこと」
「は……?」
とぼけた顔をしちゃって。
分かっているのよ。あんたの考えていることくらい。
あたしがやってるのが、ただのワガママだってことも。
でも……そうでもしなきゃ…………あんたはあたしを見てくれないじゃない。
あたしは、最後の望みを『奇跡の灯』の伝承に賭けたのよ。
『奇跡の灯』に夕日が重なる時、光の屈折で太陽がハートの形に見える。それを大切な人と一緒見れば……その二人は永遠に離れ離れになることは無い。
そんな伝承に頼りでもしなければ、あんたはあたしを見てくれないでしょ?
今みたいに……あたしがここにいるのに……あたしを通り越して別の人を見て……
「いや、ルゥシールのことは、今は考えてなかったけどな?」
「へ?」
アシノウラは、あっさりと言う。
嘘や誤魔化しを言っている風には、見えない。
「ちょっと昔のことを思い出してたんだよ。お前がまだ、こんな小さかった頃のことをさ」
そう言って、アシノウラは自分の胸に手のひらを添える。
「って、どこが小さかった頃の話だって!?」
「胸だが?」
「言葉にしてほしかったわけじゃないわよ!」
「おっぱい」
「なんで言い直した!?」
……こいつは。昔っからそう。何一つ変わってない。
いや…………雰囲気が少し、変わったかも。
なんだろう? どこが、変わったのかな?
「最後の夜にさ、二人で星を見上げたろ? 牧場の柵に腰かけてさ」
覚えてて、くれたんだ……
「あの時お前言ってたよな……」
あの時、あたしは自分の幼さに気付き、未熟さを知って、もっと勉強すると誓った。
牧場のことも、魔法のことも……そして、大人になるって。
「大したもんだよ、お前は」
アシノウラが柔らかい笑みを向けてくれる。
これは、あたしに魔法を教えてくれた『先生』の顔だ。「よく頑張ったな」って、頭を撫でてくれた、あの時の……
「よく頑張ったな」
「――っ!?」
あたしの思い描いた言葉と、まったく同じセリフを言って、同じように頭を撫でてくれた。
……心臓が、早鐘を打つ。
どうしよう……ドキドキが止まらない…………顔が、見れない。
「よく遺伝に打ち勝ち、おっぱいを育てたもんだぶひゅっ!」
思わず、グーが出た。
「……い、痛いよ…………」
「自業自得でしょう!?」
「いや、だって、お前言ってたろ? 『次に会うまでに文句を言われない大きな胸になってる』って。有言実行したから褒めてやろうと……」
「もっと他に褒めるべきところあるでしょう!?」
「え………………………………っとぉ……」
「そんなじっくり考えなきゃ見つけられないかなぁ!?」
あたしが何度魔法であんたを手助けしたか……
「そういや、牧場の方はどうなったんだ?」
「…………」
それは、一番聞かれたくないことだった。
「……エイミー?」
「牧場は…………もういいの」
「もういい?」
「…………出よっか」
店の中で長話をするのはよくない。
あたしは、手に持っていた髪飾りを棚に返し、店を後にした。
しばらく歩いて、あたしたちは海沿いの道に出た。
人気がなく、波の音だけが聞こえていた。
灯台があるのは、このもっと先のはずだ。
建物の間から微かに覗く海は、キラキラと光を反射して、とても綺麗だった。
「エイミー」
アシノウラが心配そうに声をかけてくる。
そりゃそうか、あんな態度を取ったら…………
本当は、『奇跡の灯』を見ながら伝えるつもりだったけれど……このまま誤魔化してデートを続けるわけにもいかないか……
「……何か、あったのか?」
「…………ウチね、弟が生まれたの」
「……え?」
「…………跡取り息子」
「ってことは…………」
アシノウラが、おもむろに海に向かって叫ぶ。
「あいつら、まだイチャコラしてやがんのかぁー! 爆発しろぉぉぉおおっ!」
「やめなさいっ! 海に罪はないから! また夥しい殺気出まくってるから! 魚獲れなくなったら漁師さん困るでしょ!?」
アシノウラを押さえつけ、なんとか落ち着かせる。
……まったく。あたしは真剣に話したいのに。
「まぁ、お目出度いことだな。跡取り息子が生まれたんなら」
「そうね。お父さんたちにはお目出度いことよね」
「嬉しくなかったのか?」
「だって……弟が出来たら…………あたし、いらない子だもん」
今まであたしは一人っ子だった。
牧場はあたしが継がなきゃと思っていた。責任も感じていた。
けれど、弟が生まれて、それは一変した。
牧場は弟が継ぐ。
あたしは、突然責任から解放され、自由を手にした。
……もう、あたしは必要じゃなくなった。
両親の尋常じゃない喜びようを見て、それを確信した。
「だから、あたしは思い切って旅に出られたのよ。あたしがいなくても牧場は平気だし……あたしは、もう…………必要ないし」
だから、あたしは何も我慢しない。
魔法の勉強もして、行きたいところに行って……
そして、好きな人と結婚したい。
たとえ…………あたしが一番じゃなくても。
「んなわけねぇだろ」
「え……?」
アシノウラが、普通の声で、普通な感じに、そんなことを言う。
「あの両親が、お前を必要ないなんて思うわけねぇだろ」
「いや、だって……弟が生まれた時は、それはもう、すごく嬉しそうで……」
「そりゃ嬉しいだろ」
「そうじゃなくて! なんかもう、弟しか見えてないって感じで……」
「だとしたら、ちょっと浮かれ過ぎたんだろうな」
「浮かれたとか……そういうんじゃなくて……」
「断言してもいいが、お前が必要ないなんてこと、お前の両親は一秒たりとも考えたことはないぞ」
真っ直ぐにあたしを見て、アシノウラが断言する。
……なによ。何も知らないくせに。なんでそんなこと言い切れるのよ……
「嘘だと思うなら、一回家に帰ってみろよ。何ヶ月も会ってないなら、お前の顔を見た途端抱きついてくるぞ」
そう言われて、もしあたしが家に帰ったらって想像してみる…………すると、アシノウラが言った通りの光景が容易に想像出来た。
「ほっぺた擦り擦りしてよ」
お父さんがやりそうだ。
「頭を撫で撫でしてよ」
お母さんが、きっとそうするだろう。
「おっぱい揉み揉みしてよ」
「ウチの家族に、そんな卑猥な人いないわよ!」
アシノウラがウチの家族なら、そういうことも…………いや、ささ、させないわよ、そんなこと!
「そんなことで拗ねてたのか?」
「拗ねてたわけじゃ……ないもん」
拗ねてた……
そうか、拗ねてたのか……あたしは。
「誰かを好きだと思ったり、大切に思ったりってのにな、一番も二番もねぇんだよ」
海を見つめながらそういうアシノウラの顔を見て……
「誰かを大切に思うってことは、順位とか気にしてらんないほど一生懸命で……誰に対しても全力なんだよ」
まるで言い訳するように……でも、逃げずに真っ直ぐ前を見つめようとしているその目を見て…………
「……俺も今、似たようなことでスッゲェ悩んでんだから、気持ちは分かるぜ」
……あぁ、勝てないなぁ。
――と、思った。
アシノウラにこんな顔をさせているあの人が、凄く羨ましくて……
少しだけ、八つ当たりしたくなる。
「でも、ルゥシールが一番なんでしょ。どうせ」
「ん………………まぁ、な」
認めちゃった。
「けど、だからけじめをつけたいんだけどな」
「けじめ? 結婚するんでしょ? それでいいじゃない」
「フランカたちとも結婚するんだよ」
「モテモテで羨ましい限りね」
「……どうだろうな」
「嫌なら断っちゃえばいいのに」
今のあたしは、意地悪だ。
アシノウラが、絶対そんなことしないって分かってて、こんなことを言っちゃう。
「嫌なわけじゃねぇよ」
「ルゥシールと二人きりがいいんじゃないの?」
「や、それはない」
「とっかえひっかえ?」
「そんなんでもねぇよ」
「ハーレムじゃない」
「……そういうのでもないんだよなぁ……」
アシノウラがどんどん深みにはまっていく。
はっきりしない。
優柔不断。
そういうのとは、少し違うように感じる。
「ルゥシールは特別なんだよ。俺にとっては。これはもう、変えられないことなんだ」
そう。
アシノウラはそこに関しては一貫してぶれていない。
あの頃から、ずっとそうだった。
「でも、同じくらいに大切に思えるんだ……あいつらのことも」
あいつらというのは、他の三人のことだろう。
命を懸けてアシノウラについて行ったと聞いている。
魔界に乗り込み、命がけで修行して、見事に生還した。
力や魔力の強さだけじゃない……彼女たちは、心が強い。
その根幹にあったのは……恋。
女の子が誰しも胸に抱いている恋心だった。
……あたしの恋心は、それだけの強さを持っているだろうか…………
「だから、けじめだ!」
拳を握りしめて、アシノウラは力強い目で宣言する。
「ルゥシールが特別であるってことを、俺自身の中で決定的にして…………」
そして、とても優しい目で言う。
「その後は、今まで通り楽しく暮らすさ。あいつらと一緒に、みんなでな」
平等に愛するために、あえて一人に執着する。
矛盾しているようで……その気持ちは分かる気がする。
もし、あたしがここで意地を張って、強引に、無理矢理、アシノウラのお嫁さんにしてもらったとして…………あたしはやっぱり、家族のことを気にするのだろう。
牧場のことを気にして、帰りたくなるのだろう。
そうしたら、優しいアシノウラは、ひょっとしたら一緒に来てくれるかもしれない。
一緒に牧場で楽しく暮らしてくれるかもしれない…………
けど、それはあたしのわがままだ。
そうなれば嬉しいけど、同時に苦しいと思う。
アシノウラの自由を奪っているようで……
あたしは結局、一番を決められずにいる。
アシノウラを優先したいのか、自分の思いに正直に生きたいのか、家族の望むようないい娘でいたいのか……
アシノウラ。あんたは今、それを決めようとしてるんだね。
……じゃあ、邪魔出来ないや。
「……帰ろっか」
「ん? もういいのか?」
「うん。みんなで海でも行こう」
「そうだな。水着は多い方がいいって言うしな」
「……あんた以外言わないわよ」
「バカヤロウ! 俺の場合は『おっぱいは大きい方が……』」
「あなたはおっぱい以外のことが考えられないのっ!?」
「エイミー……俺だって成長してるんだぜ?」
「へぇ……どんな風に?」
「お前……『お尻枕』って知ってるか?」
「あ、ごめん。その話聞きたくないから黙ってくれる?」
話を聞こうとしたことを後悔したわ。
ほら、「えーっ!?」みたいな顔しないの!
まったく……こんなヤツのことで悩んでたなんて…………
……本気で、好きだったなんて…………
「ねぇ」
「ん?」
「あたしが、あんたのお嫁さんになりたいって言ったら、どうする?」
「………………」
「………………」
「…………平均バストが上がって喜ぶ、かな?」
「……殴ろうか?」
あぁ、そうか。
こいつと結婚すると、毎日こうやって、バカなことをで笑っていられるんだ。
それって、凄く幸せかも…………疲れちゃいそうだけどね。
「冗談よ」
でも、無理だな。
あたしはやっぱり、順番にこだわっちゃうから。
「あんたのお嫁さんにはなってあげない。あたしは、素敵な旦那様を見つけて、それで……一緒に牧場を経営するの……うん。今決めた」
「実家を継ぐのか?」
「さぁ。弟が継ぎたいって言うなら、隣にもっと立派な牧場を作ってライバルになってやるのもいいかもね」
あたしには、やっぱりそっちの方が似合ってる。
魔法の勉強も、趣味の範囲で続けられればそれでいい。
きっとあたしは、魔界に乗り込んで修行するなんて……そんな燃え上がるような恋は出来ない。疲れちゃって。
「なんなら、俺の知り合いを何人か紹介してやってもいいぞ」
「あんたの知り合いって、どんな人よ?」
「ドーエン、デリック、バスコ・トロイ、四天王とポリッちゃん……」
「どいつもこいつも、もれなく変態ばっかりじゃない……」
ここまで典型的な類友も珍しいわね。
「まぁ、まだ十三歳なんだし。ゆっくり探せばいいだろう」
「いやよ。すぐに見つけてやるわ」
ゆっくりなんて……悔しいじゃない。
あんたたちがみんな楽しそうな恋愛してんのにさ。
あたしは、負けず嫌いだから。
「よし! 宣戦布告しに行こう!」
「宣戦布告?」
「あんたの素敵なお嫁さんたちによ」
あたしは、もっと素敵なお嫁さんになってやるって。
あんたたちなんかには、負けないんだからってね。
そして、アシノウラを連れだって宿に戻ってみると…………
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
「ルゥシール、落ち着くだ!」
「裸エプロンは恥ずかしいことではないぞ! 新妻の正装なのだ! だから……うわぁあっ!? ブ、ブレスを吐かないでくれまいかっ!?」
……ダークドラゴンがフランカたちに襲い掛かっていた。
「……何やってんのよ、あんたたち」
「……【搾乳】にエイミー。見ての通りよ」
「見て分かんないから聞いてんのよ!」
「……ルゥシールに、新妻のなんたるかを叩き込んでいたら……恥ずかしさのあまりにルゥシールが暴走を……」
「なにやらせたのよ……」
「……嗜み程度のことよ。裸エプロンとか、女体盛りとか」
「なにやらせてんのよ…………」
えぇ、なに、怖い。
アシノウラのそばにいるとみんなこうなっちゃうの?
感染力が半端じゃないわね……
「……でも見て、ルゥシールの首元を」
フランカが指差す先……ダークドラゴンの首に、白くふわふわした布が引っ掛かっている。
あれは……エプロン?
「……ルゥシールは今、全裸。裸エプロンはクリアしたわ!」
「いや……あれでいいの?」
「……【搾乳】なら、あれでも十分喜ぶはず!」
「いやぁ……流石にそれは無いでしょう……」
念のため、アシノウラを窺い見ると……
「ルゥシール! それはそれで有り!」
……満更でもなさそうだった。
「にゃあああっ!」
ダークドラゴンが変な声で鳴き……顔を覆って体をよじらせる。
うわぁ……照れてるし………………こんな町中で大騒ぎして……
やっぱり無理だわ、あたしには……
この人たち、次元が違い過ぎる。
「ちょっと、みんな! 何やってんのさっ!?」
大騒ぎをする宿の庭に、ポリメニスが駆け込んできた。
「町の中でドラゴンの姿になんかなったら……!」
ポリメニスが言い終わる前に、異変は起こった。
地面が振動し、遠くで大きな水音が聞こえた。
「……マズいな。出てきちゃったかも知れない……」
ポリメニスが顔を青く染める。
「この町には、ドラゴンに誘われた魔獣が棲みついているんだ」
「きあ?」
「『きあ?』じゃなくて!」
ポリメニスは慌てた様子で海の方を指さす。
「すぐに海に出て魔獣を退治してきて! ドラゴンに誘われるままに街に上陸なんかされたら、この町は壊滅しちゃうよ!」
「きあ!?」
ルゥシールが両手を広げ「まぁ、ビックリ」みたいなジェスチャーをして見せる。
……これが、有史以来人類に恐れられてきた龍族の、現在最強を誇るダークドラゴン…………マヌケ過ぎる。
「きあ! きあきあ! きあぁあ!」
「何言ってるのかまるで分かんないけど、とにかく、早く行って!」
「まぁ、待て、ポリッちゃん。俺が通訳してやろう」
「出来るのかい?」
「龍族との戦いの際、なんとなくだがルゥシールの言葉が分かるようになったんだ」
「じゃあ、お願いするよ」
アシノウラがルゥシールと向かい合い、会話を始める。
「きあ、きあ! きあきあきあ!」
「なるほど……」
「なんて言ってるんだい?」
「『町に被害が出るのは看過出来ないから、今すぐ魔獣を抑えに行きましょう』」
「そうだね。急ぎでお願いするよ」
「『ただ、……ポリッちゃん、いたんですねってことに一番驚いています』」
「ずっといたよ! ゴーレム馬車運転してたでしょ!?」
「きあぁ…………」
「『馬車は印象に残っているんですが……』」
「もう、いいから早く行ってきて! みんなもね!」
「……ポリッちゃん、いたのね」
「いるならいると言っておいてはくれまいか?」
「急に出てきたから、おったまげてもうただなぁ」
「いいからみんな行きなさい! 私はここに残ってちょっと泣いてるから! みんなが帰ってくるまでには泣き止んでおくから、さっさと魔獣をどうにかしてきて!」
目尻に大きな粒を浮かべてポリメニスが叫ぶ。
……この一家の関係者って、気の毒よねぇ……
「じゃ、行くか!」
「きあ!」
「……そうね」
「うむ!」
「んだな!」
一瞬で、みんなの顔が引き締まる。
あたしも、負けじと参加する。
「あたしも行くから!」
こうして、あたしたちは影の薄いポリメニスを残して海へと向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
海に現れたのは、巨大な海坊主だった。
全身が灰色をしており、大きな頭の下に太く大きな腕がついている。
海の中に立っているから正確に分からないけれど、全長は10メートル程度はあるだろうか。
そんな巨大な魔物が三体同時に出現したのだ……
と、そんなことはさておき。
「……【搾乳】、どうかしら? 水着を新調したのだけれど」
「あんた余裕よね!?」
エイミーが私に意見してくる。
少し乳が育ったと思って生意気である。
「やっぱ黒なんだな」
「……黒は女を美しく見せるのよ」
「いや、黒は引き締まって見えるから、無い胸が一層……っ!?」
一段と速くなった高速詠唱を行うと同時に、【搾乳】の顔面が爆ぜた。
「…………【搾乳】、どうかしら? 水着を新調したのだけれど」
「……す、素敵だぞフランカ……顔が痛くてよくは見えないけれど」
まったく、【搾乳】は。
こういうものはおかしな感想を挟まず素直に褒めてくれればいいのに。
これでも、かなり冒険したのだ。
ビキニは流石にハードルが高かったため、ワンピースではあるが、背中が大きく開いているデザインなのだ。胸と腰にフリルをあしらったゴシック且つフェミニンな水着は、ちょっと自信がある。
「っていうか、なんで水着なのよ? これから戦うんでしょ?」
「……海と言えば水着」
「フランカ、あなた……もう手遅れなのね」
とても憐れまれてしまった。
……私は、そんなに変わってしまったのだろうか?
「どうしたのだ、フランカ?」
「水着のサイズばぁ、合わんなんだと?」
鮮やかなブルーのビキニを着たテオドラと、セパレートだがタンクトップとホットパンツのような形状の水着を着たトシコがやってくる。
……うん。私が変なわけではない。
海で水着は普通。
「……少数派はエイミー」
「あたし、少数派でも一切心細くないんだけど」
エイミーはメンタルが強いようだ。
心臓周りの防御力の差……?
「一応、ルゥシールの水着も用意しておいたぞ」
「気が利くだな、テオドラ。いい嫁っこになるべ」
「そうかなぁ……へへへ」
「ねぇ、……なんなの、この穏やかなムード。あんたたち、あの海坊主が見えてないの?」
「ん? あぁ。あんなのは主とルゥシールだけで余裕だろうからな」
「んだな。オラたちはのんびり眺めとったらえぇんだ」
確かに。
ただ大きいだけの魔獣が三体程度では、【搾乳】一人でもなんとかなる。
それだけ、ならば……
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールが闇のブレスを海坊主へ浴びせかける。
だが、海坊主が霧のようなものを吐き出し、闇のブレスを打ち消す。
相殺?
何でも飲み込む闇のブレスを、相殺したというの?
「やつら……ただものではなさそうだな」
「だべな」
「……私たちも戦闘準備だけはしておきましょう」
「……って言いながら、なんでパラソル立ててるのよ?」
テオドラが手際よくパラソルを砂浜にセットしている。
「……日焼けをしたくないからだけれど?」
「…………フランカ、真面目にやる気あるの?」
出番が回ってくれば真面目にやる。
「あ、見てみるだ! ルゥシールが!」
トシコの指さす方向を見ると、ルゥシールが海坊主の霧を全身に浴びてもがいていた。
そして……
「……えっ!? きゃあっ!」
空中で、ルゥシールが人間に戻った。
「ルゥシール!」
【搾乳】が飛行でルゥシールを受け止める。
「大丈夫か!?」
「は、はい……でも、どうして変身が……?」
戸惑うルゥシール。
しかし、その答えは意外なところからもたらされた。
『ふははは! どうだ、龍族よ!』
『我らは、貴様らの力を無効化することが出来るのだ!』
『故に、我らこそが最強!』
三体の海坊主が声を発した。
ヤツらは、龍族の力を無効化する力を持っているようだ。
「……厄介な敵のようね」
「とにかく、一度ルゥシールたちを呼び戻そう」
「だべな」
テオドラとトシコが【搾乳】たちに向かって手を振る。
【搾乳】がこちらに向かって飛んでくる。
『逃がすか!』
『ここで朽ちるがよい、龍族!』
『以下同文!』
三体の海坊主が【搾乳】に向かって霧を吹きつける。
……三体目、いらなそうね。
私は高速詠唱で、三体の海坊主に炎の塊をぶつける。
『熱っつ!?』
『燃える! 燃えるぞぉ!』
『同じくっ!』
海坊主が慌てて海へと潜る。
……三体目、いらない。
「主、無事か?」
「あぁ、俺はな。ルゥシールは?」
「はい、大丈夫です。変身は解けましたが体は無事です」
「んだ。傷一つ付いとらんで、完璧な裸エプロンだべ!」
「はだ…………ぅにゃあっ!?」
ルゥシールは、ようやく自分の姿を顧みることが出来たようだ。
「み、みみみ、見ないでください、ご主人さん!」
「うん、それ無理」
「見ないでくださいっ!」
【搾乳】の目を両手でふさぐルゥシール。
暴れる度に際どいことになっていく。
「……ルゥシール」
「な、なんですか? 今、ちょっと忙しくて……」
「……『ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?』よ」
「今、そんなこと言ってる状況じゃないんですよっ!」
ルゥシールがお決まりのセリフを拒絶した。
「……ルゥシール。あなた……一体何のためにそんな格好をしていると思っているの?」
「なんでこんな格好になっちゃったのか、わたしにも分かりませんよ! とにかく、何か着るものをお願いします!」
折角の裸エプロンを拒絶し、ルゥシールはテオドラの用意していた水着を着ることになった。
その間、【搾乳】の視界はエイミーが塞ぐことになった。
「ねぇ、本当にいいの? 海坊主を放っておいて……」
エイミーはまだ魔獣にこだわっているようだ。
「……大丈夫。適度に焼いておく」
海坊主たちが何かをしようとするたびに、私が一斉に焼き払う。
その火を消すために海坊主たちは海に潜る。そんなことを繰り返しているうちに、ルゥシールの着換えが完了した。
純白のビキニ。
…………胸元がどうしても目立ってしまう。
「す、少し派手ではないですか?」
自身の水着を見て、ルゥシールは頬を染める。
…………くそう。
私はルゥシールの右乳を平手でたたく、
まったく同時に、左乳をトシコが叩いた。
「なにするんですかっ!?」
育ち過ぎた乳を覆い隠し、ルゥシールが牙を剥く。
私たちが乳を叩くのに、理由が必要なのだろうか?
「……それにしてもしぶとい」
もうすでに十発ほど魔法を叩き込んでいるというのに、海坊主は一向に倒れる気配がない。
「……【搾乳】。何か策はある?」
「そうだなぁ……」
【搾乳】が腕を組み、考え始めた時……
ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
上空に二頭のドラゴンが姿を現した。
エンペラードラゴンと、ゴールドドラゴンだ。
『なにやら、我が一族に刃向かうものがおるようだな……』
巨大なドラゴンが二頭、上空から海坊主を睨みつける。
『あまり調子に乗ると、痛い目を……』
と、そこまで言った時、エンペラードラゴンは思いっきり海坊主の霧を浴びせかけられた。
ついでゴールドドラゴンが霧の餌食となり、二頭のドラゴンは海へと落下した。
……何をしに出てきたの、あの二人は。
「……助けに行ってくるわ」
「あの、でしたら、これを!」
救出に向かう私に、ルゥシールがエプロンを手渡してくる。
「シルヴァ、なにも着ていないでしょうから」
なるほど……
「……裸エプロンの被害者を増やしたいと……」
「裸よりかはマシだと思ってですよっ!」
ムキになって否定するルゥシール。
今は、そういうことにしておこう。
「……【搾乳】。何とかしておいてくれるかしら?」
「おう。たぶん、お袋の炎で片が付くだろう」
そう言って、【搾乳】はルゥシールの大きな胸を鷲掴みにする。
「にゃああっ!」
「騒ぐな。魔力は有り余ってるんだろう?」
「ご、ご主人さんは、触れずに吸収出来るようになったはずですよね!?」
「触れても出来る!」
「なぜ誇らしげなのか、理解しかねますっ!」
ルゥシールから魔力を吸収し、魔力を纏った【搾乳】が空へと舞い上がる。
おそらく、これで勝負がつくだろう。
私は私の仕事をしよう。
シルヴァネールを助けに行くのだ。
「ねぇ、フランカ。もう一人落ちたよね? そっちはいいの?」
「……エイミー。この世界には、やるべきこととやらない方がいいことがあるのよ」
「いや、だから。助けるべきなんじゃないの?」
「……私は、スカーフの恨みを忘れない」
「よく分からないんだけど?」
大丈夫。
私のスカーフをダメにしたあのオッサンは殺しても死なない。
助けるのは可愛らしい女子だけで十分だ。
私は『魔界蟲』を召喚し、空へと舞い上がった。
海へと出ると、すぐにシルヴァネールを発見した。
それと同時に、海の上に巨大な火柱が三つ立ち昇った。
「……派手ね」
張り切る【搾乳】は、少し可愛くて好きだ。
シルヴァネールを助けだし、一糸纏わぬ姿の彼女にエプロンをつけさせる。
「これ……なに?」
「……正装よ」
戸惑うシルヴァネールに、簡単な説明をして、私はみんなのもとへと戻る。
海の上には、海坊主が三体浮かんでいた。
流石は【搾乳】。一撃で決めてしまったようだ。
「シルヴァ!」
「ルゥ!」
私が戻ると、ルゥシールが飛びかかってきた。
よほどシルヴァネールが心配だったのだろう。
「怪我はありませんか?」
「怪我はない……けど、この格好はなに?」
「ぁうっ、そ、それは……オ、女らしさを磨くための特別な服です!」
ルゥシールが適当なことを言った。
では、今後、その理屈でルゥシールに着てもらおう。
「じゃあ、帰るか」
【搾乳】が勝利を決め、私たちは砂浜から引き返すことにした。の、だが……
『……ま、待て』
驚いたことに、海坊主が三体とも、その巨体をむくりと起こしたのだ。
……なんてタフな魔獣なの。
『龍族には……負けるわけには……』
「あ、あの!」
海坊主に向かって、ルゥシールが声を投げかける。
「どうして、そこまで龍族を目の敵にするんですか? 龍族が何かしましたでしょうか!?」
『龍族に挑む理由…………ふ、知れたこと……』
海坊主が、ありもしない髪の毛をかき上げる仕草をして、きっぱりと言い切った。
『強いとモテるからな!』
「………………はい?」
『龍族は人間界最強の魔神だ。そいつに勝てば、きっとモテる!』
彼らは……何を言っているの?
『俺らがそうやって努力してるのに、カップルで灯台とか来やがって! 思い出しただけで腹が立つ!』
『まったくだ! 何度襲っても、次から次に別のカップルが来やがって!』
『上に同じ!』
……なんだか、最低な魔獣だ。
「人間に迷惑かけるの、ダメ」
シルヴァネールが眉を怒らせて海坊主たちに注意をする。
と、先ほどまで管を巻いていた海坊主たちがピタリと口を閉じた。
…………ん?
「分かったのっ!?」
『『『はいっ!』』』
海坊主たちの声が揃う。
……あ~……この魔獣たち…………そうか。
「あの、まさか……カップルを襲うためにここに留まっていたんですか?」
『そんなわけあるか! この巨乳っ!』
『考えれば分かるだろう!? 奇乳っ!』
『ミートゥー! おっぱい凶器!』
「ルゥに酷いこと言っちゃ、ダメ!」
『『『はい! ミススレンダー!』』』
……魔獣の世界にもいるんだ……末期な人って。
『俺たちは、あの丘にいるドラゴンを見張っているのだ』
『龍族最強と言われるドラゴンだそうだ』
『だってさ』
「なぁ、三番目いらなくねぇか?」
「……【搾乳】。みんな気付いてることだから。しぃ!」
どんな生物であれ、存在意義の否定はするべきではない。
「あの丘に、龍族が…………?」
ルゥシールが海坊主たちの指さす方向へ視線を向ける。
視線の先には、少し小高い丘が見える。ふもとに街が広がっているようだ。
『俺たちは水から出られないから、ここまでしか来れなかった』
『陸に上がると干からびるんでな』
『お湯をかければ元に戻るんだぜ!』
「三番目、話の絡み方がイラッてするんだが……!?」
「……我慢してあげて、【搾乳】」
今はそれよりも、あの丘にいるというドラゴンが気になる。
龍族最強って…………
「何言ってんだよ。あそこにはもう誰もいねぇぞ」
「え? ご主人さん、あの丘のことご存じなんですか?」
目を丸くするルゥシールに、【搾乳】はため息交じりに応える。
「知ってるも何も……あの丘は『グレンガルムの丘』だぞ」
「え………………えぇっ!?」
思い当たる節があるのか、ルゥシールが素っ頓狂な声を出す。
「じゃ、じゃあ、あそこにいた龍族って……?」
「お前だろうな」
『『『なんだとっ!?』』』
海坊主が一斉に食いつく。
『では、我々は、龍族最強のダークドラゴンに勝利したということか!?』
「ま、まぁ……そう、なりますかね?」
『では、モテるのか!?』
「いや、それはどうでしょう……?」
『どうなの!?』
三番目のいらなさ加減が際立ちつつも、ルゥシールは飲まれ気味だ。
そもそも、強ければモテるという理論が分からない……
だって、龍族で最も強い『男』と言えば…………
「いやぁ~まいったまいった」
噂をすれば……
「いきなりドラゴンの変身が解けてしまうとはなぁ。おかげでちょっと溺れかけちゃったぞ」
海の中から、白髪の髭を蓄えた、ダンディなおじさんが這い出してきた。
それは、エンペラードラゴンだった。…………全裸の。
「こんな技があるとは、私もまだまだ修行が必要だな。はっはっはっ!」
幸い、局部はいい角度で張り付いた海藻のおかげで見えない。
海藻、グッジョブ!
「……あなたたちは、アレに勝つために長年ここに留まっていたのね」
『『『うわぁぁあああっ! 俺たちの時間は何だったんだぁぁぁああっ!?』』』
「ふぉおっ!? なんだ!? 何があったんだっ!?」
海坊主たちの精神をへし折った張本人だけが、事態を理解していない様子だった。
そこで【搾乳】が、海坊主たちに止めの一言を向ける。
「お前たちの時間は、あいつに会うために使われたんだよ。龍族最強の男……この全裸わかめマンに会うためになっ!」
その言葉を聞いて、海坊主たちは三人揃って海へ倒れ込んだ。
激しい水音を響かせて……ソニアルードを騒がせていた魔獣は退治されたのだった。
ご来訪ありがとうございます。
水着を書いてみたかったんですっ!
……まぁ、最終的には全裸ワカメでしたけども。
ちなみにですが、ワカメと昆布では、どっちの方が隠せるんでしょうか
昆布の方が厚みがあるようですね。
形状も、昆布は包帯や一反木綿のような細長い長方形で、
ワカメは枝分かれしているようです。
そして、もっとも大きな違いが含まれる栄養素ですかね。
昆布にはグルタミン酸(うま味成分)が豊富で、
ワカメにはアルギン酸(食物繊維)が豊富なのだとか……
「成分かよっ!?」と思われた方……そこで突っ込むのは早計です。
何故なら……
グルタミン酸は
ぬるぬるします。
アルギン酸はぬるぬるしません。
ですので、「水着はぬるぬるした方が好みだなぁ~」という方は、
ワカメではなく昆布をご使用くださることをお勧めします。
『昆布一丁』とかいう言葉が誕生した瞬間です。
水着ギャルをナンパする際のキメ台詞は
「いい出汁、出してやろうか?」
今年の夏はこれが流行るかもしれません。
女性の皆様、
もし、今年の夏、
海でそんな風に声をかけられた際は……
迷わず通報してください。そして全力で逃げてください。とても危険です。
(ただし、昆布に非はございません)
あぁ……折角の水着回だったのに、昆布とワカメの話しかしていない……
では最後に、水着の話を……
最近のビキニは、おっぱいを綺麗に見せる工夫が無数施されているようですね。
パットや肩紐を調整したりして、
綺麗な谷間を演出してくれるのだそうです。
で、思ったのですが。
そろそろですね、
横乳を強調するような水着とか出ませんかね?
谷間と違って、横乳を強調するためには、
胸のサイドを解放する必要があり、
そうなると、包み込むような作りには出来ませんので、
波でぽろりしやすくなってしまうのかもしれません。
だからでしょうかね? 横乳ビキニが流行らないのは……
でも、ここはジャパンで、今は2015年です。
最高の技術と夢とおっぱいにかける情熱は世界最高峰と言っても過言ではないでしょう、2015・ジャパン!
きっとジャパンは生み出してくれるに違いないと、私はそう信じております。
我々横乳派のリビドーを満たしてくれる横乳ビキニが!
夢は膨らみますね。
おっぱいに触れて、この国の先鋭的な技術に触れてみるのもいいかもしれませ…………触れていいおっぱい、どこかにありませんかね?
次回もよろしくお願いいたします。
とまと