外伝その1 あれやこれやがありまして
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そんな、全部終わりましたみたいな顔してんじゃねぇよ」
その言葉は、ボロボロだったわたしに……とてもよく響きました。
ボロボロだった身体と……
ボロボロだった心に……
グサッと、突き刺さったのです。
「負けたままで悔しくねぇのかよ。意地でも生き延びてあの金ぴかに目に物見せてやれよ」
思いがけない一撃を喰らい、撤退したシルヴァを差して、その『人間』は言いました。
そして、『人間』は、わたしに向かって、こう言ったのです。
「テメェは終わってない。たった今始まったんだよ」
衝撃的でした。
この力を受け継ぎ……母を犠牲にし……仲間に追われ…………もう、どうしようにもなくなっていたわたしには、衝撃的過ぎる言葉でした。
わたしは、まだ終わっていない……
たった今、始まった…………
この『人間』との出会いが、わたしの新しい物語の……始まりの合図なのでしょうか。
『彼』が――新しいわたしを、生み出してくれるのでしょうか……
「んじゃ、傷が治ったらさっさと巣にでも帰れよ。町の連中には上手く言っといてやるから」
『彼』はそんな言葉を残し、さっさと洞窟を後にしました。
もはや、わたしになど用はないと言わんばかりに……
『彼』がいなくなった後の洞窟はとても静かで……わたしは思わず『彼』の後を追ってしまいました。
なぜかは分からないのですが、堪らなく……寂しくなったのです。
グレンガルムという丘の中にある大きな洞窟。
シルヴァから逃れるために逃げ込んだその洞窟は切り立った崖の中腹にあり、普通の人間が足を踏み入れるのは困難な場所でした。
足を踏み外せば、一気に崖の下へと真っ逆さまです。
「『彼』にもしものことがあったら……」などと、不安が胸に広がりました。
「おっ、なんだ? 見送りか?」
しかし彼は飄々とした顔で、切り立った崖を器用に降りている途中でした。
器用な人です。
素直にそう思いました。
「なぁ!」
人間とは思えない動きで崖を降りる彼が、不意にわたしを呼びました。
「あれ、海かな?」
『彼』が指差した先には人間たちの町が広がり、真っ赤な夕焼けに照らされて影を濃くしていました。
その町のずっと向こう。
地平線の彼方に、キラキラと輝くものが見えました。
海……
たぶん、そうなのだと思いました。
海は、ちゃんと見たことがありませんでした。
大陸の中心部にある龍族の集落を出て、わたしは山や森など、入り組んだ地形を選んで逃げ続けていましたので。
海なんて……隠れる場所がない危険な場所ですから。
遠くに見える微かな海を眺めていると、そこへ吸い込まれるように夕日が沈んでいきました。
火が消えるように空は暗くなり……
その光景があまりに綺麗で……
なぜかわたしは涙が止まりませんでした。
折角の綺麗な景色が、涙で滲んではっきり見えませんでした。
「よかったな、生きてて」
随分下の方から『彼』の声がしました。見ると、彼も崖の途中で沈みゆく夕日を眺めていたようでした。視線は海へと向いたままで、わたしに話しかけてきていました。
「あぁいうのを見ると、『生きててラッキー』って思うよな」
こちらを振り向いた『彼』の顔はとても無邪気で…………その笑顔に一撃でやられました……
恥ずかしながら、わたしは数百年という時を生きてきて……初めて恋をしたのです。
その時のわたしは、涙でグシャグシャになった、酷い顔をしていたと思います。
けれど、どうしようにもなくて、涙も止まらないし、心臓はバクバクで呼吸もろくに出来ないしで…………わたしは、その場から逃げてしまいました。
洞窟へと引き返し、頭を抱えて、身もだえて、お腹の底から湧き出してくる正体不明の感情を吐き出すように、力一杯に咆哮しました。
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
そして、わたしは決めたのです。
あの人に、何が何でも――恩返しをしようと。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜。
ブレンドレルの王都にある、とあるシャレオツな宿屋。その最上階の一室。
そこに、俺とルゥシールは二人っきりで泊まっていた。
他の連中の目を盗んでこの場をセッティングするのは相当苦労をした。
まず、パルヴィの『眼』を遮るためにポリメニスことポリッちゃんに魔道具を作らせた。
「へぇ、今回はおっぱい型じゃないんだ」と言うと「その話はもう忘れてってば!」と半泣きになっていた。
しかし、流石ポリッちゃん。
半日ほどでパルヴィの『眼』を遮る結界を開発してみせたのだ。
パルヴィの『眼』さえ防いでしまえば、後の連中などどうとでもなる。
「アレぇ~? そう言えば、アノ時のアレ、今どうなってるかなぁ~」などとさり気なく姿をくらませれば誰にも気付かれずに一人になることが出来るのだ。
唯一心配だったのがルゥシールだ。
何せ、アホのルゥシールの地位を不動のもとするどん臭さを持ち合わせているからな。他の連中に感付かれる危険が高かった。
しかし、さすがはルゥシール。やる時はやる女である。
見事に他の連中に気付かれることなく集合場所へとやって来たのだ。
そんなわけで、夜中に城を抜け出し、ゆっくりと時間をかけて王都を縦断し、人目につかないこの宿屋までやって来た。時刻は深夜。
部屋には二人きり。
今日、俺はついに……大人になりますっ!
「心の準備はいいか、ルゥシール?」
「は…………はい」
ギシッ……と、木製のベッドが軋みを上げる。
決して高級とはいえない布団に横たわるルゥシールは、暗闇の中でも分かるほどに頬を赤く染めていた。
瞳が羞恥で潤んでいる……なんだかとても色っぽい。
「じゃあ、準備をしますね……」
そう言って、ルゥシールはうつ伏せに寝転がる。
今、ルゥシールが身に纏っているのは薄い絹のローブ一枚。
うつ伏せになると、ルゥシールご自慢の爆乳が見えなくなってしまうが……その代わり、純白の衣に包まれた形のいいヒップラインが夜の闇にくっきりと浮かび上がる。
そして、俺はその前に腰を掛ける。
そう。
今日……
これから……
俺はいよいよ…………
お尻枕に初挑戦するっ!
「おっしりーん!」
「ご主人さん!? 窓の外に向かって叫ばないでください! お忍びなんですよっ!?」
はっ!?
しまった……テンションが上がってしまって、つい窓の外に向かって絶叫してしまった。
そうそう、お忍びなんだっけな。
では……
改めて……
「じゃあ、ルゥシール……いくぞ」
「は、はい…………ふつつかなお尻ですが……どうぞ」
「いやいや、結構なお尻で。この太ももの付け根とかぷっくりとしてて……」
「そ、そういうのいいんで、早くしていただけますか!? は、恥ずかしいですので……」
……では。改めて…………
吸って~……
「すぅ~~~~~~…………」
吐いて~……
「はぁ~~~~~~…………」
吸って~……
「すぅ~~~~~~…………」
………………止めるっ!
「行きますっ!」
「うつ伏せでこようとしてませんかっ!?」
「違うのかっ!?」
「仰向けですよ! 後頭部を乗せてください!」
「いや、でもっ、鼻を置くヘコミもあるしっ!」
「それは鼻を置くヘコミではありませんっ!」
「フィット感が! 凹と凸がっ!」
「噛み合いませんよっ! そのためのヘコミではありませんのでっ!」
全力拒絶だ。
寝転がっていたルゥシールは起き上がって、全力で拒絶している。
え、仰向けが普通なのか?
マジでかっ!?
「ちょっと待ってくれ……今、頭がこんがらがって……」
「どんだけパニくってるんですかっ!? 普通に頭乗せてくださいよ!」
「なんか、楽しさ半減!」
「こっちは恥ずかしさ倍増ですよっ!」
そんな口論をしていると、突然ドアが開いた。
「「「やるなら早くやれっ!」」」
フランカとテオドラとトシコが部屋へとなだれ込んできた。
「ぅええっ!? みなさん、どうしてここに!?」
「……あれで誤魔化せたつもりだったの?」
「ワタシたちも舐められたものだな」
「思いっきり不自然だったべ」
なんてことだ……
やはりアホのルゥシールの名は伊達ではなかったか……
バッチリ見破られ、あまつさえ尾行され、それに気付きもしなかったとは……
「残念だぞ、ルゥシール」
「……いえ、【搾乳】。あなたも人のこと言えないから」
「主よ、『アノ時のアレ』とか、雑過ぎて失笑ものだったぞ」
「あと、歩くときに手と足が同時に出てたべ」
「ご主人さん……残念です」
「いや、お前には言われたくねぇよ!」
くそ……なんて勘のいい連中なんだ!?
折角パルヴィの目を盗んでここまで来たというのに……
「おにぃたん。脇が甘いですよ」
「パルヴィ!?」
な、なぜここに!?
パルヴィの『眼』は遮断しているはずだ!
「ポリっちゃんを脅迫し…………もとい、協力をお願いして、偽の魔道具を渡してもらいましたです」
「あいつ……拷問ごときに屈しやがって……っ!」
「おにぃたん。拷問は行いましたが、行ったとは言っていませんですよ?」
「行ったんですかっ!?」
「軽~いやつですよ。軽~く、トラウマが残る程度のです」
「アウトですよ、それっ!?」
結局、撒きたかった連中が全員揃ってしまった。
……こいつら、手強い…………
「あ、あああ、あの、あのあの、みなさん! い、いつから見てたんですか?」
「……最初から」
「バ、バレているのなら、最初から止めてくださいよっ!」
ルゥシールが顔を真っ赤に染めている。
あ、フランカが光の魔法を使ったので部屋は明るくなっている。
「……ルゥシール、あなたは勘違いをしている」
「勘違い、ですか?」
「うむ。ワタシたちは止めるつもりなどない」
「えっ!?」
「んだんだ。むしろ、オラたちはオメさら二人ん背中ばぁ後押しするつもりだべ」
「え、で、でも…………どうしてですか?」
「……順番」
「じゅ…………順番?」
「一応、正妻の座は譲ったわけだからな。そこら辺はワタシたちも我慢をしないと」
「んだ。側室は側室なりに気を使うてるだ」
「えと…………それは、その……」
「……つまり、さっさとやることやって私たちに回しなさい」
「回すってっ!?」
「主の嫁となる以上、ワタシたちも子孫を残さねばならぬだろう」
「テ、テオドラさんがそんなことを!?」
「だもんで、お尻枕とかぬるいことばぁやってる場合でなかべや!」
「い、いえしかし……ご主人さんですし……それに、まだ正式に結婚したわけではありませんので……」
「……待ってる方の身にもなれー!」
「いいか、ルゥシール! 基本は全裸に靴下、それも黒のハイソックスのみだ! これが夜の正装だぞ!」
「ルゥシールがもたもたしてるで、テオドラがどんどん耳年増になっていくだ。これ以上放置ばぁすっと、取り返しのつかねぇとこまで行ってまうだぞ!?」
「いえ、それは、わたしのせい……では、ないのでは?」
「……テオドラ。あなた、どこでそういう勉強をしているの?」
「主の父君の書斎だ。幼女の小水が聖水だと書いてある書物がいっぱいだった」
「そう言えばそういうご趣味でしたよね、ご主人さんのお父さん!?」
「小水ばぁいうたら……おしっ……」
「言わなくていいです、トシコさんっ!」
出てくるなりたいへん賑やかなのはいいのだが……
お前らが楽しそうにしている横で俺、実の妹にめっちゃ怖い笑顔を向けられているのだが?
マジで呪われる五秒前なんだが?
「おにぃたん……?」
「な…………なんだ?」
「水臭いですよ」
「なん……の、ことだ?」
「お尻枕でしたら、私がして差し上げますですのに…………もちろん、生で、うつ伏せで……」
「「「「アウトー! そこの兄妹アウトー!!」」」」
龍族をも打ち破った固い絆のパワーで、パルヴィが取り押さえられる。
「こ、これで勝ったと思うなですよぉーっ!」
どこかの魔王のような言葉を残し、パルヴィは強制連行されていった。
四人の団結力が、パルヴィを凌駕したのだ。
……で。
暗い部屋に、俺一人が残された………………寝よう。
今から城に戻るのも面倒くさいし、……なんか疲れたし…………お尻枕…………残念だ。
ふて寝でもしようと布団に入ると、控えめにドアがノックされた。
深夜のノックと言えば……
俺はベッドから飛び起き、木製のドアを開いた。
そこには――
「よぉ! やっぱりお前らだったか」
ドーエンがいた。
「いや、仕事でこっちに来とってな。どうじゃ、久しぶりの再会を祝して一杯飲…………」
ドアを閉めた。
そして、魔法で絶対開かないように厳重にロックをした。
四重に結界を張り、ドーエンのロリコン菌が入ってこないようにした。
寝よう。
何も見なかった。
明日はきっと、いい日になるさ。
そう信じて、俺は一人眠りに就いた…………枕を濡らしながら。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「アシノウラ。約束、覚えてるわよね?」
ブレンドレルに来てもう数ヶ月が経つ。流石に街にも慣れた。
オルミクル村とは何もかもが違う。けど、この街も割と好きだ。
あたしは、最近見つけたお気に入りのカフェに、アシノウラを呼び出した。
店内は落ち着いた雰囲気の内装で、静かに話をするにはうってつけの場所だ。
差し向かいで座るアシノウラに視線を向ける。
「……約束?」
ダンッ!
――と、思わずテーブルを叩いてしまった。
静かな店内が一瞬ザワつき、視線が集まる。……しまった。自重しなくては。
あたしはもうあの頃のあたしじゃないんだから。大人に、なったのだから。
「約束、したよね?」
笑顔で語りかける。
なに、どうということはない。ちょっと思い出せないだけ。きっかけがあればすぐに思い出すわよ。
「『お前のおっぱいが大きくなったら揉んでやる』?」
「いつそんな約束したのよっ!?」
またしても、店内の視線があたしに集中する……いけないいけない。落ち着いて。
アシノウラってこういうヤツじゃない。ペースに巻き込まれちゃダメ。
今日は、何が何でも約束を果たしてもらうんだから。
「『古の遺跡』に行ったよね? 覚えてる?」
「あぁ、あのM字開脚の遺跡な」
「なんちゅう覚え方してんのよ!? もっと色々あったでしょ!?」
「白いぶにぶに……臭シール……あとは…………う~ん……」
こいつ……本気で忘れてるの?
ド忘れじゃなくて?
無かったことになってるの?
……ダメよ。
落ち着いて。
ここで怒っちゃ、何も変わらない。
あたしは、あたしを変えるって決めたのよ。ちょっとしたことで怒ったりしない。
優しくなって、女らしくなって……そして、そして…………
「アシノウラさ、バスコ・トロイにシレンシオ・ジュラメント埋め込まれて苦戦してたよねぇ」
「ん~……そうだったっけなぁ?」
「それ、どうやって外したのか、覚えてる?」
「え~………………気合い?」
「あたしが外してやったの! あんたの顔から詠唱を読み取って! 魔力とか物凄く少ないにもかかわらず、初めての実戦で、物凄い大活躍したの、このあたしが!」
店員さんが数人、遠巻きにこちらを窺っている。
……いけない。いい加減にしないと出入り禁止になっちゃう。
「あ! あ~あ~! 思い出した! あの時は助かったよ、マジで」
ようやく、アシノウラはあの時のことを思い出したようだ。
ならば、その時交わした約束も……
「あれ? そういえば、あの時……俺、お前と約束したよな」
そう。あたしたちは約束を交わした。
「たしか、作戦が上手くいったら……」
無事に戦闘が終われば……
「おっぱいのカップ数を二つ上げてやる」
「そんな約束はしていない!」
怒りに任せてテーブルを殴ったら、真っ二つになってしまった。
そして、あたしたちは速やかに店の外へと追い出されてしまった。
……お気に入りのカフェだったのに…………
「あ~……そういや、デートしてやるって話だったっけ?」
カフェを出て、王都をブラブラと歩きながら、あたしは一から十まで、事細かに語って聞かせた。
アシノウラに何かを期待するなんてこと自体が無謀なのよ。
アシノウラはアシノウラって動物だと思って接するのがいいみたいね。
「分かったら、その……ちゃんと約束守ってよね」
「今してんじゃねぇか。デート?」
「これは、ただ二人で歩いてるだけだもん」
「……何が違うんだ?
「全然違う!」
「そんなもんかなぁ……」
そう。
王都を二人で歩くだけなんてダメ。
あたしはちゃんとデートをするの。行き先も、もう決めてある。
「あたしね、行きたいところがあるんだけど。連れて行ってくれる?」
「ん~……まぁ、今日は暇だし。いいぞ。どこでも連れて行ってやる」
「ホントっ!?」
「あぁ。約束だしな」
よし、言質ゲット!
「じゃあ、ここに行きたい!」
あたしが差し出したのは、一枚の紙。
この前、街で見かけたチラシだ。
「…………ソニアルード?」
「うん!」
それは、ソニアルードという町の観光PRだった。
美味しい料理と、美しい景色を堪能しに来てくださいという謳い文句がでかでかと書かれている。
「……え。旅行?」
「そう。ほら、さっさと行きましょう」
「今から!?」
「だって、どこでも連れて行ってくれるって言ったじゃない」
「ソニアルードって……ここから二週間くらいかかるぞ」
「楽しみだねぇ」
「……あ~……もう何を言っても無駄な感じなんだな……」
多少強引だとは思う。
けど、仕方ないじゃない。
だって……
アシノウラが、あたしのいないところで勝手に結婚するとか決めちゃうんだもん。
あたしに残された時間はわずか。
あたしに残された手段は、この強行旅行だけなのよ。
この旅行の間に……アシノウラを落としてみせる!
「……旅行行くの?」
「――っ!?」
背後から突然声をかけられ、あたしの心臓は跳ねる。
振り返ると、フランカがいた。
その向こうにはルゥシールと……えっと……剣の人と田舎者エルフ。
アシノウラの嫁候補勢ぞろいだ。
……あたしの敵だ。
「いいですね、旅行! 楽しそうです!」
ルゥシールが、もうすでに行く気満々になっている。
……この娘、本当にどこか抜けてるのよね。まぁ、ルゥシールのことはどうしても嫌いにはなれないんだけど……
「旅行かぁ……そう言えば観光なんてしたことなかったなぁ」
「んだな。オラちょと楽しみだべ」
……なんだか、完全にみんなで行く流れになっているわね。
「エイミーさん!」
「な、なに。ルゥシール?」
「グッジョブッ!」
……よく、分かんないけど。なんだか、物凄くいい笑顔と親指を向けられてしまった。
別にあたしがみんなで行く旅行を立案したわけじゃないんだけど……
けどまぁ……別に……あんたたちが付いてきても問題ないわ。
あたしの目的は、もっと別なところにあるんだから……
「んじゃあ、みんなで行くとすっかぁ」
そんな、気の抜けたようなアシノウラの声で、あたしたちの旅立ちは決行されることとなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……見つかるわけにはいかない…………
コツ……コツ……コツ……
ガチャ…………ギィィィ………………
「…………ここにも、いない……」
息を殺し、身を固くする。
……少しでも動けば見つかる。
気配を消すんだ…………
ギィィィィ………………バタン……
………………ほっ。
「行ったようだね……」
私は、身を隠していた机の下から這い出す。
ここは私の書斎で、誰も入ってはこない。
ここに隠れていれば、見つかることは無…………
「みぃつけたぁ……」
「うゎああああああああっ!?」
背後から声がして、慌てて飛び退く。
振り返ると……その人はそこにいた。
「酷いじゃないかポリメニス! 私を置いて先に行ってしまうなんて!」
「ウ、ウウ、ウルスラさん……さっき、出て行ったんじゃ……?」
「残像だ」
「それ、ここで使う言葉かなぁ!?」
ここ最近、ずっとウルスラさんに付き纏われて、私は物作りが出来ずにいる。
いや、ウルスラさんが邪魔というわけでは、決してないのだけど………………いや、正直言えば邪魔なんだけど。
どういうわけか、ウルスラさんには必要以上に気に入られてしまったようで……
なんでも、今のウルスラさんは、本人の弁によると……「ポリメニスから一秒でも離れると死んでしまう病」にかかっているそうだ。
逃げるだけで、私は殺人未遂になってしまうらしい。
「今日はどんな魔道具を作るんだ? 私に出来る事なら、なんだって手伝うぞ!」
「あの……そう! 魔道具はある程度の知識がないと危険なんだよ。だから……」
「大丈夫だ! 覚えた!」
「いや……そんな一週間二週間で覚えられるものじゃないんだけど……」
一時期は物凄く避けられていて、すご~~~~~く遠くからジッと見つめられていただけだったのだけど、何か吹っ切れたのか、ここ最近は物凄く、それはもうものすっっっっごくそばに近付いてくるようになっていた。
一人の時間なんか、作れない。
「お~い、ポリッちゃ~ん」
気の抜けるような声で私を呼び、書斎に入ってきたのはマーヴィン君だった。
天恵! 天が与えし逃亡のチャンス!
「やぁマーヴィン君! 私に何か用かな? ははぁ~ん! 分かった! その顔は、卑猥な話だねぇ!」
「え、何、その勝手な決めつけ!?」
「あ~! 分かってる! 女性の前では話しにくかろう。ちょっと二人きりで話をしようではないか!」
「おい、ちょっと、待て! ポリッちゃん!?」
「いいから、早く! こっちに来て!」
「おい!」
強引にマーヴィン君の腕を引き、私は書斎を出る。
チラリと見えたウルスラさんの顔が少し悲しそうだったけれど……ごめん。今は、何も出来ないんだ。
強引にマーヴィン君を連れ出し、私たちは城の中庭へとやって来ていた。
「なんでウルスラを避けんだよ?」
「……避けたくて避けているわけじゃないよ……」
「なるほどな…………分かるよ、お前の気持ち」
草の生える庭に寝転び、マーヴィン君が空を見上げる。
「ウルスラを見ていると、どうしても……『おっぱいないじゃん!?』って、言いたくなるんだよな?」
「いや、ならないけど!?」
「けど、面と向かっては言えないもんな。……分かるぞ、お前の気持ち」
「ごめん、マーヴィン君。まるで分かってないよ、君は」
私は別に、ウルスラさんが憎いわけではない。
むしろ、少し…………
けれど、私は間もなくこの国の頂点に立つ身。
今は引継ぎや、破壊された街の修繕などで立て込んでいるけれど、それらが済めば正式に私がこの国の王になるのだ。
国の頂点に立つものが、流されるままに妃をめとるなど……出来るはずがない。
そんな愚痴を、マーヴィン君に話してしまった。
私は、疲れているのかもしれないな。彼に、こんな話をするなんて。
マーヴィン君は何も言わず、静かに空を見上げていた。
話し終わった私は、彼に倣って空を見上げた。
無言で見つめる空は、高く、澄んでいた。
「なぁ……ポリッちゃん……」
「ん……?」
空を見上げて、小さな声で会話をする。
男同士の内緒話というのも、たまにはいいものだ。
「俺、旅行行きたいんだけど、乗り物貸してくんない?」
「聞いてた、私の話!?」
「え? 『ぺったんこだから揉み甲斐がなさそうだ』って話だろ?」
「そんな話はしていないし、私は別に小さくても気にしない!」
「マジでかっ!?」
「ここ一番の食いつきだねっ!?」
体を起こし、私を見ながら「ないわぁ……」と小首を傾げるマーヴィン君。
私に言わせれば、君の方が「ないわぁ」だけどね。
「そんなに嫌なら、さっさと振っちまえばいいだろう」
簡単に言ってくれるね……
自分に好意を寄せてくれている女性を、そうそう簡単に……
「って、押し切られて側室を三人も囲った君に言われたくない」
「バカヤロウ! あいつらを振ろうものなら……死人が出るぞ……」
「そんな大袈裟な」……と、言い切れないところが怖い。
今や、あの三人はブレンドレルでも五本の指に入る実力者……と言っても過言ではない程度には強い。いや、五本の指は流石に言い過ぎか……
「それで、旅行だっけ? どこに行きたいの?」
なんだか、自分の話をする気が削がれてしまって、マーヴィン君の話に乗ることにした。
少しは、気がまぎれるかもしれないし。
おそらくは、ゴーレムを貸してほしいという話なのだろうけど……そんなもので行って、目的地に住んでいる人たちが驚かないだろうか? それが心配だ。
「ソニアルードって知ってるか?」
「えっと……たしか、港町だっけ?」
「そうだ。よく知ってたな」
「聞いたことがある程度だよ」
確か、何もない小さな町だった気がする。
「どうしてそんなところに?」
「いや、まぁ、流れでな。それに、丁度いい機会だし」
「いい機会?」
そこで、少しだけマーヴィン君の声色が変わった。
「前にな……ルゥシールが言ってたんだよ。海が見たいって」
思わず彼を見てしまった。
今、どんな顔をしているのか、とても興味があった。
「……んだよ」
少し照れくさそうに、悪態をつく。
そして、私から視線を逸らし、また空を見上げる。
その横顔は、まるで、初恋に揺れる少年のように見えた。
彼の中で、やはりルゥシールは特別なのだろう。
もちろん、他の三人をないがしろにしているとは思えない。
けれど、やっぱり違うんだろうな、初恋は。
「じゃあ、楽しい旅行になりそうだね」
「さぁ、どうだかな」
何もない街でも、大切な人と一緒なら、特別な場所になるだろう。
そういう感覚は、少し羨ましいと思う。
あ、そう言えば……
「ソニアルードって確か、なんとかって灯台があったよね? 古い言い伝えのある……」
なんて名前だったかな……
「『奇跡の灯』」
「あ、そうそう。『奇跡の灯』だ」
大切な人と見ると、永遠に一緒にいられる――そんな言い伝えがある灯台だ。
「見るの?」
「……見られればいいな、とは思う」
「二人で?」
「……嬉しそうだな?」
自分でも意外だったが、どうやら私はこの手の話が好きなようだ。
マーヴィン君の話を聞いているとワクワクしてくる。
「その言い伝えに乗っかって、灯台の見える場所に教会が作られたんだってさ」
「へぇ。そこで結婚式を挙げると、二人の愛は永遠――ってことなのかな?」
「そうなんだろうな」
女性は、そういうのが好きなのだろうな。
「で、だな……俺も、そこで結婚式をやりたいなって」
「え…………」
正直驚いた。
マーヴィン君の結婚式は、ブレンドレルにある由緒正しい教会で、正妻と側室全員揃って盛大に挙げることになっている。
その前に、ルゥシールと二人っきりで結婚式をしてしまおうというのだろうか。
「フリで、でもいいんだ。なんていうか……俺なりの意思表示、っていうか……」
「うん。いいんじゃないかな。私は好きですよ、そういうの」
「そっか」
「ええ」
本当に好きなんだな、ルゥシールのことが、
でも、彼のことだから、フランカたちにも同じだけ愛情を注ぐのだろう。優劣をつけられるほど器用じゃないだろうしね。
そして、みんなで楽しく暮らすのだろう。
その前に、形だけでも、今の気持ちを伝えたい。
そんなところか。
「なぁ……一緒に来てくれねぇか?」
旅行先までの運転手……だけじゃなく、他にも頼みたいことがあるのだろう。
なんだかそれが嬉しかった。
それはつまり、彼が私を信頼してくれているということだろうから。
「…………いいよ」
ついて行こう。
彼のバカ正直な恋愛模様を傍から見ていれば、私の悩みも解決するかもしれない。
私とは似ても似つかない彼をアシストすることで、私自身も成長出来るかもしれない。
そんな気がした。
「私に、何を期待しているんですか?」
「別に……お前はただ、そばにいてくれるだけでいい」
それはつまり、その時々であれこれ利用しようという魂胆なのだろう。
まったく、君というヤツは……
「了解です」
「……よろしく頼む」
それから、私たちは並んで寝転がったまま空を見上げていた。
無言ではあったが、彼の感情や思いのようなものが感じられるような気がして、心地よかった。
本気で恋をして、懸命にもがいて……彼がどんな結末を迎えるのか。それが見たくなった。
見上げた空はとても高く、そして、とても澄んでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
王都は平穏を取り戻しつつありますです。
ですが、それでもやるべき仕事は一向に減らず、私は朝から晩まで大忙しです。
こんな時は、おにぃたんに膝枕でもしてもらいたいです。
午前の仕事が一段落し、私は気分転換に中庭へとやってきましたです。
やはり休憩には中庭が一番です。
なにせ、今、中庭にはおにぃたんがいるはずですから。『眼』を使えば一目瞭然です。
そして私は、中庭の一角でおにぃたんとポリッちゃんを発見したです。
すぐさま邪魔者を排除しおにぃたんと二人きり、甘いブレイクタイムを過ごそうと思ったのですが、おにぃたんと他一名の醸し出す空気が普段とは違ったので、思わず身を隠してしまいましたです。
真面目な話をしているですかね?
私は、身を低くし、気配を消して、おにぃたんと排除目標(仮)に接近しましたです。
「じゃあ、楽しい旅行になりそうだね」
「さぁ、どうだかな」
旅行?
おにぃたん、旅行に行くですか?
そんな情報は聞いていませんですけど……
「ソニアルードって確か、なんとかって灯台があったよね? 古い言い伝えのある……」
ソニアルード……港町ですね。
「『奇跡の灯』」
「あ、そうそう。『奇跡の灯』だ」
その灯台なら、私も存じ上げているです。
たしか、『大切な人と見ると、永遠に一緒にいられる』とかいう言い伝えがある灯台です。
「見るの?」
「……見られればいいな、とは思う」
「二人で?」
「……嬉しそうだな?」
……ん?
なんでしょうか……何やら不穏な空気を感じますです…………なぜポリッちゃんはあんなに嬉しそうに…………?
「その言い伝えに乗っかって、灯台の見える場所に教会が作られたんだってさ」
「へぇ。そこで結婚式を挙げると、二人の愛は永遠――ってことなのかな?」
「そうなんだろうな」
教会……結婚式…………
「で、だな……俺も、そこで結婚式をやりたいなって」
「え…………」
え……っ!?
おかしいです。
おにぃたんと腐れメス豚どもの結婚式は、ここブレンドレルにある由緒正しい教会で行われ、私にぶち壊される予定です。最終的に、ウェディングドレスを着た私はおにぃたんと二人で逃避行する予定になってるはずです。
……なぜ、ソニアルードで?
「フリで、でもいいんだ。なんていうか……俺なりの意思表示、っていうか……」
「うん。いいんじゃないかな。私は好きですよ、そういうの」
「そっか」
「ええ」
結婚式のフリ……意志表示……
一体、誰とそんなことを……
「なぁ……一緒に来てくれねぇか?」
――っ!?
え、まさか…………
「…………いいよ」
――っ!?っ!?っ!?っ!?っ!?
そんなバカな……そんなこと、あるはずが……
「私に、何を期待しているんですか?」
「別に……お前はただ、そばにいてくれるだけでいい」
おにぃーーーーーーーたぁーーーーーーーーーーーんっ!?
「了解です」
了解したですっ!?
「……よろしく頼む」
頼んだですっ!?
それから、二人は空を見上げたまま、ずっと黙っていましたです。
でも、言葉は交わさなくても心は通じ合ってる――そんな空気を醸し出していたです……
私は、気配を完全に消し、全速力でその場を離れました。
途中、王城の中庭で放し飼いになっている臆病なシマリスの群の中を突っ切りましたが、シマリスはそれに気付かずのんびり食事をしていましたです。それくらい、完璧に気配を消したということです。
そして、城に戻るなり、私は声の限りに叫んだです。
「ウルスラさん! 旅の準備を! 今すぐに旅行の準備をしてくださいですっ!」
渡してなるものか、渡してなるものか、渡してなるものか、渡してなるものか、渡してなるものか!
「それから、おっぱいが必要以上に大きく見える際どい水着も追加でっ!」
この国と、王家の力、そして、私自身の女子力……そのすべてをかけて、おにぃたんとポリッちゃんの結婚式を阻止してやるですっ!
そして翌日。
私たちは、戦いの地ソニアルードへ向かったのです。
ご来訪ありがとうございます。
ご無沙汰しております、とまとです。
大変ありがたいことに、完結後にPV等々が、
ぷるんっ!
と上昇いたしました。
足を運んでくださった皆様、
新たにブクマしてくださった皆様、
評価をいただいた皆様、
感想をくださった皆様、
ただ見てるだけだよ~という皆様、
「ま、間違って入っちゃっただけなんだからね! 勘違いしないでよね!」という皆様、
その他、チラリとでも興味を抱いてくださった皆様方、
すべての方に心より感謝を申し上げます。
正直、ビックリしてしまいました。
それまでの1日のPV数が1時間で超えられてしまったり……
実は、似たタイトルの、どなたか別の方の面白い作品と間違えているのではないかとか、
貧乳監視委員会・日本支部・ネット小説内貧乳の地位向上推進部の視察なんじゃないかとか、
実は、これはみんな私の母が複数アカウント取っていっぱいに見せてくれているのではないかとか……
色々考えましたが、
どうやら沢山の方に楽しんでいただけたようで、
恐悦至極、
感謝感激、
搾乳放題、
巨乳専科、
貧乳思考、
とにかく、ありがたい気持ちでいっぱいです。
(あ、おっぱいではないです。いっぱいです)
そんなわけで、
ほんの僅かでもこの感謝の気持ちをお返し出来ればと、
少しの間、またこちらにお邪魔させていただこうと思います。
あと3回。
150話まで、書かせていただこうかなと、
このように思っておる次第です。
お時間とお暇のございます方は、是非ご笑覧くださいますよう、
よろしくお願いいたします。
さて、
ひとつこちらで
皆様に謝罪といいますか、報告といいますか、
お伝えしておきたいことがあります。
紅井止々という名前でずっと書いておりましたが、
諸事情により、マイページの名前を変更いたしました。
それに伴いまして、小説情報からマイページへジャンプ出来なくなっております。
「めんどくせぇ!」と思われた方、申し訳ございません。
『同一作者の作品』辺りから飛んでいただけると助かります。
名前が変わっても、やってることはほとんど同じですので、
引き続き仲良くしていただけると非常に喜びます(私が)。
どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。
(あ、いや、コングじゃないです。今後です)(え、おっぱい? 言ってないですよ?)
久しぶりにここに書き込むと、何を書いていいやら悩みますね。
久しぶりなのに変なこと書くのもどうかと思いますし、
かと言って真面目なことを書いても……
そもそも、あとがきがあんまり長いのも考えものですよね。
というわけで、
最後に真面目なおっぱいの話を書いてまとめたいと思います。
おっぱいの由来は……
「おお、うまい!」
だという説が有力なのだとか……
…………昔から、おっぱい信者は思考回路が似通っていたんですね。
おっぱいに触れて、この国の雄大な歴史に触れてみるのもいいかもしれませ…………触れていいおっぱい、どこかにありませんかね?
次回もよろしくお願いいたします。
とまと