146話 光の行進
無理無理無理無理!
絶対無理だこれ!
闇のブレス半端ねぇ!
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ! みんな、無事か?」
「はぃ…………なんとか……」
返事をしたのはルゥシールだけだった。
他の面々は…………地面に寝転がり青い顔をしている。
結界を解除し、俺たちは魔力全開で飛び出した。
その直後、闇のブレスに根こそぎ魔力を奪われてしまったのだ。
ほんの一瞬の出来事だった。
焼け石に水滴を垂らしたように、一瞬で魔力が枯渇した。
あの闇のブレス、反則だろう!?
『どうした? 来ぬのか?』
真龍が上空で余裕をかましている理由が分かった。
俺たちは完全に捕らえられているんだ。脱獄不可能な闇という名の牢屋に!
……お、今のセリフカッコイイな。
よし、ちょっとみんなの前で言っとこう。
「俺たちは完全に捕らえられているんだ。脱獄不可能な闇という名……」
「どうしましょうか、ご主人さん? 打つ手がありません!」
………………そこで邪魔するかなぁ、普通?
「そうだな。何か手を考えないとな……っ」
「痛いっ! イタタタッ! ごしゅ、ご主人さん!? な、なんで、なんでわたしの鼻を摘まむんですか!? 摘み上げるんですか!? 痛いです! 痛いですよっ!?」
空気の読めないルゥシールの鼻を解放し、俺は作戦を練り直す。
…………もう一回パルヴィの魔力こないかなぁ?
おっぱいスイッチ連打してみるか?
『ふふん……万策尽きたようだな……』
『諦めて土へ帰るがいい愚かなる者どもよ』
『足掻きは見苦しい』
『実に見苦しい』
『愚かなり』
『愚かなり』
『愚かなり』
『愚かなり』
『かなり、愚かなり』
あ、一人増えてる。
後から加入したから個性出そうとしてやがるな? 狡いことを……
「……このままじゃ、また魔力切れになるわね……」
「じり貧というヤツか……」
フランカとテオドラが身体を起こす。
テオドラのガーゴイルも闇のブレスの中では上手く動作しないようだ。
テオドラの魔力を起点に、魔石に込められた魔力で動かしているらしく、テオドラの魔力が少しだけとはいえ必要なのだそうだ。
「くそ……これじゃあさっき、みんなに意味なくチューしただけじゃねぇか!」
「……いや、それは別にいいのだけれど」
「う、うむ。意味とか、別に……いや、意味がある接吻はもっと重要ではあるが……」
なんだか二人がもにもに言い始めた。が、今は無視だ。
この状況をどう打破するか……
「敵は攻めてきませんね」
「あぁ。闇のブレスに飛び込むと自分たちも危ないんだろう」
「ということは、【ゼーレ】にも闇のブレスは通用するということですね?」
「ん~、そうなのか?」
俺は視線をロッドキールへと向ける。
「すまんが、分からん。【ゼーレ】との戦いは今回が初めてだからな」
「そうかい」
一度エンペラードラゴンに変身し、再び人間の姿になっているロッドキール。腰に巻いたスカーフがダメージを受け、変質者に磨きがかかっている。
なるべく見ないようにしておこう。
一方のルゥシールは、羽織った布がところどころほつれ、薄くなって……いい感じになっている。
「ありがとうございます!」
「ご主人さんの自重は、ほんの一時しか効果を発揮しないんですね……」
軽く呆れられてしまった。
ここまで結構頑張って自重してきたんだから、これくらいいだろう!?
「とにかく闇のブレスを何とかしないとな……。なぁ、ルゥシール」
「はい?」
「お前なら、闇のブレスをどれくらいの時間吐き続けられる? あいつと同じ条件で」
「同じ条件で、でしたら………………半永久的に?」
え………………マジで?
「ご主人さんの結界から魔力が得られますし、空気中にも魔力は含まれています。ですので、魔力切れが起こることはありません。可能性があるとすれば、眠たくなったりおなかがすいたりして気力が途切れるなどすれば……一時的に止む、かも、知れません…………かねぇ?」
物凄く確率は低いんだな。最終的に疑問文になっていた。
「…………はぁ……はぁ……」
マズい……魔力が切れかかってきた。どこかから供給しないと……意識が…………
「ご主人さん! わたしの魔力を使ってください!」
ルゥシールが俺の頭を抱き寄せる。
――もにゅん。
ありがとぉー!
世界よ、この奇跡を生んでくれてありがとぉー!
「……俺、もう死んでもいいかもしれない」
「ダメですよっ!? 生きるためにこうしてるんですからね!?」
どうすればいい……
何か、突破口があれば……
「お婿はん。コレば使えんだか?」
最後まで寝転がっていたトシコが身体を起こす。
手には、一本の矢が握られていた。
あれは…………?
「あっ! エイミーが送って来た矢か!」
「コレさ使うて、アイスドラゴンばぁ撃ち落としたら、仲間だで、ブレス止めんやろうか?」
アイスドラゴンを巻き添えにしないように、闇の【ゼーレ】がブレスを止める…………
「ないな」
「ないでしょうね」
「……私もそう思うわ」
「ロッドキールは、どう思うのだ?」
「ないだろうな」
「私も同意」
満場一致で却下だ。
闇の【ゼーレ】に『仲間を思いやる心』があるとは思えない。
やつらの眼に映っていたのは、純粋な破壊衝動だ。
「う~ん。ほだら、悔し紛れにこん矢ぁばぁ真上に射って、闇のブレスを一瞬だけでも途切れさせちゃろうかね?」
「なにっ!? そんなことが可能なのか!?」
トシコが口にした一言に、ロッドキールが食いついた。シルヴァネールも身を乗り出している。
「え……あ、あぁ。ほ~んの一瞬くらいなら、魔力と勢いでブレスをかき消せるはずだべ」
「真上に、空まで届くくらいにか!?」
「ん、んだ。ただし、こ~んな細っこい切れ目んなる程度が限界だでな」
「それで十分だ! 準備をせよ、シルヴァネール!」
「うん!」
ロッドキールとシルヴァネールが立ち上がる。
「我らがドラゴンになり、高速移動で闇のブレスを突っ切る」
「そうか、その手があったか!」
こいつらの高速移動なら、闇のブレスがほんの一瞬でも途切れさえすれば……ブレスを抜けられる!
闇の【ゼーレ】の上にさえ出られればいいのだ。
「……でも、もし闇の【ゼーレ】があなたたちに狙いを定め、ブレスを浴びせてきたら?」
「そうしたら、俺たちが自由になる! 下から闇の【ゼーレ】をぶっ飛ばしてやればいい!」
要するに、二手に分かれさえすればいいのだ。
片や、エンペラードラゴンにゴールドドラゴン。
こちらは、俺にフランカ、テオドラにトシコ、おまけのグリフォン。うん、戦力的には申し分ない。
そして、ルゥシールだが……
「お前はこっちだ」
「……はい。そばにいます」
ダークドラゴンに戻れるまでは、俺の傍から離さない。
もう二度と、こいつを手放したりはしない。
「ちゅうわけで! 魔力が削られる前にさっさと行くぞ!」
俺の合図で、トシコが矢を番え、ロッドキールとシルヴァネールが身構える。
「いくだぞぉぉぉぉおおっ!」
トシコが残った魔力のすべてを込めて、天に向かって矢を放つ。
ゴッ! ――という、空気を突き破るような破裂音がして、放たれた矢は一直線に空へ昇って行った。
高速で翔け昇る矢が、埋め尽くされた闇を切り裂いていく。
ほんの一瞬ではあるが、空が顔を覗かせ、光が差し込む。
「今だ! 行くぞシルヴァネール!」
ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
切り裂かれた闇の中を、二頭のドラゴンが高速で翔け抜ける。
『小癪な! 叩き落とせ、アイスドラゴン!』
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
上空で、金と銀のドラゴンがぶつかり合う。
そしてもう一頭、白銀のドラゴンは……
『その力……返してもらうぞ!』
闇の【ゼーレ】に向かって突撃していった。
だが……
『させぬと言っておる!』
『ぐ……っ!』
真龍に妨害され闇の【ゼーレ】に近付くことが出来ない。
『貴様らも、結晶に閉じ込めてくれるわっ!』
エンペラードラゴンが白銀のブレスを吐き出す。
だが、それは真龍に届く前に横入りしてきた影たちによって遮られてしまった。
『こいつらは……』
『解放された【ゼーレ】たちだ』
あれは……
「……さっき、私たちが結晶に閉じ込め損ねた【ゼーレ】たちね」
「身を挺して真龍を守っているのか……それとも守らされているのか……」
「あっ! 見てみるだ!」
トシコが指差した先へ目を向けると、今さっきエンペラードラゴンのブレスで結晶に閉じ込められた【ゼーレ】が浮力を失い落下するところだった。
そして、落下して闇のブレスに当たった瞬間……
「消えた!?」
おぼろげながらも確かに存在していた【ゼーレ】が、一瞬で消えてしまったのだ。
「闇の【ゼーレ】に吸収されてしまった……ということでしょうか?」
ルゥシールが青い顔をしている。
自分の持っていた能力の恐ろしさを、改めて見せられた。そんな気分なのかもしれない。
「早く……何とかしなければ…………【ゼーレ】がみんな飲み込まれてしまいます……」
祈るように、ルゥシールが呟く。
「……私たちが結晶に閉じ込めた【ゼーレ】は、もうすでに飲み込まれた後の様ね」
そう言われてみると、先ほどまで地面に無数転がっていた光の玉がなくなっている。
……闇の【ゼーレ】は、一体どれだけの力を飲み込んだのだろうか…………本当に、あんなものをルゥシールに返して平気なのか?
暴走……したりしないだろうな?
『ぐぅっ! 闇の【ゼーレ】に近付けん!』
『んふふ……ここで魔力を使い果たせ、エンペラードラゴン……そして死ね!』
真龍が八つのブレスを吐き出す。
それらを器用にかわすエンペラードラゴンだが……長引けば不利だ。
真龍を倒すのではなく、闇の【ゼーレ】を抑え込むのが目的だからだ。
このまま魔力が足りなくなってしまえば、本末転倒だ……
「くそ……俺が出るか」
「……待って。ここで無茶をすればそれこそ元の木阿弥……いいえ、最悪全滅よ」
「……だが」
完全に手詰まりだ。
もう一手……
もう一手だけ何かがあれば……
けど、そんな一手は…………もう…………
「ご主人さん!」
突然、ルゥシールが声を上げた。
そして、俺の頬を両手ではさみ、真正面から俺の顔を覗き込んでくる。
鼻が触れそうな距離で。
目の前が、ルゥシールでいっぱいになる。
「『そんな、全部終わりましたみたいな顔してんじゃねぇよ』……」
…………え?
「負けたままで悔しくないんですか? 意地でも生き延びてあの闇の【ゼーレ】に目に物見せてやりましょうよ!」
「……お前」
「わたしたちはまだ終わっていません! たった今始まったんですよ!」
それは、記憶に残っている言葉で……
「これ、偉人の言葉なので、覚えておいてくださいね」
……こいつに言い返されるとは、思わなかった。
「へぇ、偉人でイケメンで超~~ぅイカした男の言葉なのか」
「そこまでは言ってませんけど」
ニコリと笑う。
いつものように。
ルゥシールが笑っているなら、なんだか大丈夫な気がする。
「じゃあ…………偉人に倣って足掻いてみるかな」
「はい!」
とはいえ……どうしたもんかなぁ…………
「……【搾乳】! あれ!」
そして、足掻こうと決めた瞬間に事態は好転した。
案外、人生ってのはそういう風に出来ているのかもしれない。
諦めないヤツのそばでだけ、起こるのかもしれない。……奇跡ってやつは。
「ドラゴンたちだ!」
「ホンマだべ! あっ! ブルードラゴンもおるだ!」
空に、数百頭ものドラゴンが浮かんでいた。
あいつらの【ゼーレ】は、きっちりと本体と結びつき、この騒動でも解放されなかったのだろう。
一頭に一つ、ドラゴンと【ゼーレ】を結びつける無の結界は完璧と言える強度を持っていたと、真龍が言っていた。強化されていたブルードラゴンも、本来持っていた【ゼーレ】は失わずに済んだようだ。
『貴様ら、なんの真似だ!?』
ギジャァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ゲォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ギャギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ドラゴンたちの咆哮が轟く。
みんな、エンペラードラゴンを守ろうとしているのだ。
あいつは、これだけの仲間に慕われていたってわけだ。
大したもんだな、エンペラードラゴン。
無数のドラゴンが一斉に真龍へと襲い掛かる。
『おのれっ! 煩わしい!』
真龍がブレスを出鱈目に吐き出す。
何頭かのドラゴンが撃ち落とされるも、数で勝るドラゴン軍は次々に真龍へと襲い掛かる。
『すまん、みんな……恩に着る!』
そして、エンペラードラゴンは闇の【ゼーレ】に向かって突進していく。
『もう一度眠れ! 闇の【ゼーレ】!』
エンペラードラゴンが白銀のブレスを吐き出す。
そして、ついに……
闇の【ゼーレ】が闇のブレスを上に向けた。
エンペラードラゴンのブレスに対抗するつもりのようだ。
「……【搾乳】、今よ!」
「あぁ、行くぞみんな!」
俺たちは結界から飛び出し、空へと翔け上がって行く。
「ルゥシール、お前は俺に掴まってろ!」
「はい!」
ニヒツドラゴンに翼はない。
ルゥシールは俺が抱えて飛ぶことにした。
けたたましい鳴き声と、炎が燃え盛る音、イカヅチが天を貫く音、爆発音と、上空は様々な音が鳴り響いて騒然としている。
そんな中、一際大きな叫び声が轟いた。
『舐ァアアアアアアめるなァァアアアアアアアアアアアアアッ!』
真龍が九つの影に分離する。
それらが各々、強烈なブレスをノーモーションで吐き出していく。
その一方で……
「ドラゴンの中で、俺たちに魔力を分けてくれるヤツはいないか!?」
俺たちは戦闘準備に手間取っていた。
このまま突っ込んでも返り討ちに遭うだけだ。
少しでも戦えるように……
ガァァァアアアアアアアアアアアアッ!
そこへ、一頭のドラゴンが近付いてくる。
「ブルードラゴン!」
「ガァア!」
複数の【ゼーレ】がなくなり、人語を話せなくなったようだ。
だが、間違いなくこいつは、あのブルードラゴンだ。顔をみりゃ分かる。
「ピッピとタメキチは安全な場所に置いてきたんだろうな?」
「ガァア!」
「愚問だ」とでも言いたげな鳴き声だった。
そして、ブルードラゴンは俺に背を見せる。
乗れってことか?
俺はルゥシールを伴い、ブルードラゴンの背に乗る。
逆鱗に触れさせてもらおうと手を伸ばすと……そこに矢筒に入った無数の矢があった。
「これは?」
「ガァガァ!」
「ダークドラゴンの牙で作った矢だそうです。トシコさんに使って欲しいと言っています」
「お前、ドラゴンの言葉分かるのかっ!?」
「そりゃドラゴンですからね!」
驚きだ。
なんか、こいつは意味もなく「きあきあ」言っているのだと思ってた。
通訳が出来るとは……
「とにかくありがとう、ブルードラゴン。トシコに渡しておくよ」
「ガア!」
「んじゃ、逆鱗を……」
と、腰をかがめた時、ブルードラゴンは加速し、俺を振り落としやがった。
「ガア! ガァ!」
「……『それは、いや』だ、そうです」
「おぉい! ちょっとくらいいいだろう!?」
ったく!
龍族の連中は、どいつもこいつも逆鱗の出し惜しみしやがって!
魔力伝導率が高いからそこだっつってるだけで、こっちは逆鱗触っても楽しくもなんともないんだっつうの!
いいか!?
魔力伝導率が高い箇所ってのは、人間でいえばおっぱいだ!
人間の女子たちを見ろ! 頼めばみんな快くおっぱいを触らせてくれるんだぞ!
………………いやぁ、そんなこともないかぁ?
「ご主人さん、とにかくこの矢をトシコさんに」
「ん? あぁ、そうだな」
俺は、残り少ない魔力でトシコのもとへ飛行した。
「わぁ! 助かるわぁ! ありがとうだべ、お婿はん!」
「いや、俺じゃなくて、ブルードラゴンがな」
「届けてくれたんはお婿はんだで! オラ、感謝しとるだよぉ!」
トシコが矢筒と俺をまとめて抱きしめ、頬をすりすりしてくる。
やめろって……なんか、ルゥシールの眼が冷たいから。
「んだば! ちょっくらえぇとこばぁ、見せちゃらんとね!」
トシコが弓を番える。
「あ、そうだトシコ」
俺は弓を構えるトシコに教えておいてやる。
「その矢はダークドラゴンの牙で作られているらしいんだが、ダークドラゴンの牙は相手から魔力を奪う力を持っている」
「牙にそんな力ばぁあると?」
「ルゥシールの魔力はそれで抑えられていたんだ、間違いない」
ルゥシールを見ると、こくりと肯定してくれた。
「おまけに、真龍には物理攻撃が効く」
エイミーの矢でダメージを受けていたからな。
「なら、オラでもやれることばぁありそうやね」
「そういうこった。盛大にかましてやれ」
「了解だべ!」
そうして、強く引いた弦を弾く。
放たれた一本の矢が白い輝きを纏い真龍の一つへと直撃する。
『ぐぉぉああああっ!?』
九つに分離した真龍の内の一つ。
そいつの全身が白く輝く光に飲み込まれていく。
『無の結界か!? 小癪な!』
しかし、真龍はそれを気合いで弾き返した。
力負けしたか……
「ほだら、次々いくでなぁ! 覚悟するだ!」
そうして、トシコは矢を何発も何発も連射した。
矢の雨だ。かなり横殴りだけどな。
「鳥さん、もっと接近するだぁ!」
「よし、任せて……って鳥じゃないって言ってんでしょう!?」
騒がしく空へ昇って行くトシコとグリフォン。
あいつらのコンビ、大丈夫かなぁ?
「……【搾乳】」
フランカの声がして、振り返ると……
「んんっ!?」
いきなりキスをされた。
…………え?
「……少し余ったから、魔力をあげるわ」
「いや、余ったって…………お前」
「……余ったのよ。じゃあ、また後で」
それだけ言うと、フランカは翼を羽ばたかせる。
いや、それだけって……
「フランカさん、きっと怖くて、不安だったんでしょうね……」
ルゥシールがの言葉が、妙に納得できてしまった。
……ったく、あの強がりめ。
「フランカっ!」
名を呼ぶと、離れた位置でフランカが立ち止まる。……飛んでるのに立ち止まるってのも変な感じだけど。
こちらに振り返り、俺を見つめる。
「これが終わったら、買い物でも行くかぁ!?」
距離があるので、フランカの声は聞こえない。
いや、何も言っていないのかもしれないが。
ま、こっちの声が聞こえればいいや。
「お前! 白も似合うから、白い服見に行こうぜ!」
フランカが墜落した。
「って、フランカーっ!?」
「……ご主人さん、オーバーキルも甚だしいです」
「え? なにが!? 俺、何か悪いこと言った!?」
「いいえ……」
呆れたような表情を見せていたルゥシールだったが、すぐにくすりと笑い。
「きっと、想像以上の仕事をしてくれると思いますよ、フランカさん」
そんなルゥシールの予言は的中し……その直後からのフランカは神がかった強さを発揮していた。
「…………ふふ………………白も似合う…………白、『も』、似合う…………ふふふふ…………ふははははははっ!」
高らかに笑いながら、強力な魔力を辺り一帯に放出していく。大魔王みたいだな……
あいつ、魔力そんなに残してたのか?
マジで余ってたのかな? う~ん……
「主!」
ガーゴイルの調子が悪いのか、ガッコンガッコンしながらテオドラが飛んでくる。
「お前、もう飛ばない方がいいかもしれないな。危ないぞ」
「なに……これも、慣れれば、どうと、いう、ことは、ない!」
「……ホントにか?」
ガッコンガッコンしてるぞ?
「これくらいのハンデは克服してみせる! そのかわり! 一つ頼まれてはくれまいか!?」
テオドラがガッコンガッコンしながら、真剣な顔で俺を見つめてくる。
「なんだ? 言ってみろ」
「ご褒美をくれまいか!?」
「…………金かぁ」
「違う! 違うぞ主! ワタ、ワタシが欲しいのは……ものではなく……」
「……命?」
「主よ……ワタシをどんな目で見ているのだ?」
物じゃないとすれば……なんだ?
「見事武勲を上げることが出来た暁には…………あ、……」
「あ?」
「『あ~ん』をしてはくれまいか!?」
「あ~はん?」
「どこの国の疑問文だ、それは? 『あ~ん』だ、『あ~ん』! ご飯を食べさせてほしいのだ!」
いや、それくらいいいけどよ……
「そんなんでいいのか?」
「う、うむ! ……ワタシは、母の温もりというものをあまり知らない……なので、たまに、凄く……甘えてみたくなる時があるのだ……」
こいつは、幼い時から父親と二人で剣の修業をしていたんだっけな……
「わかった。いいぞ」
「本当か!?」
「あぁ。蕎麦でやってやる」
「蕎麦でっ!? 胸の辺りがべちゃべちゃになりそうだな!?」
「あと、頑張ったらいいこいいこしてやる」
「マジでかっ!?」
お、おぉう……テオドラの口調が変わった…………
「そ、そういうことなら………………真龍ども! 今からこのワタシが、おヌシらを殲滅してくれるぞぉ! ヒャッハァー!」
悪役のような奇声を上げ、テオドラはガッコンガッコンと空を翔けて行った。
「……ですから、オーバーキルが……」
「あ、うん……今のは、なんか分かった」
九つに分かれた真龍。
それに対し、トシコ、フランカ、テオドラ、そして無数のドラゴンたちが応戦する。
戦況は、こちらに分がありそうだ。
すでに九つの内いくつかは無の結界に閉じ込められている。
あいつらになら、任せておける。
「じゃあ、俺たちは闇の【ゼーレ】のもとへ!」
「はい!」
向かおうとして…………
「……あ、魔力がないんだった……」
そのために飛び回っていたのだが……
手に入ったのは、フランカがくれたちょっとした魔力だけだった。
こんな魔力じゃ、足手まといになっちまう…………
「ご主人さん!」
「ん?」
名を呼ばれ振り返ると…………熱いチューをされた。
「…………ぇ?」
「ご主人さんは脇が甘いです」
「いつの間に舐めたんだ、脇フェチめ!?」
「そういうことじゃないです! 油断してると、こうして簡単に唇を奪われちゃうってことです」
「いやそれはお前が……」
「……気を付けてくださいね」
頬を膨らませて、ルゥシールが俺を睨む
なにこいつ…………超可愛いんですけどぉ!?
「おかわり!」
「い、いえ! 今はダメです、今は! とにかく、この戦いを終わらせましょう!」
「言ったな!? じゃあ戦いが終わったらな! 絶対だからな!」
これだけ念を押しておけば「なんのことでしたっけ?」とかとぼけられないだろう!
絶対反故にされないように強く要求すると、ルゥシールはふわりとした柔らかい笑みを浮かべた。
「はい。また、後でです」
あぁ…………好き。
俺、この娘、好き。
今なら、闇の【ゼーレ】を、俺が吸収してもいいくらい、テンション上がってる。
だが。
そんなテンションに水を差すヤツがいた。
ゴォゥァアァアアアアアアアアアアアアアアアッ!
闇の【ゼーレ】が、咆哮した。
初めて聞いたヤツの声は…………地獄を連想させるような、うめき声にも似た絶叫だった。
「父上!」
エンペラードラゴンが闇の【ゼーレ】の首に噛みついていた。
しっかりと喰らいつき、全身から白銀の光を放っている。
「首に噛み付けば、ブレスを浴びることはない! 考えたな!」
だが、暴れ狂う闇の【ゼーレ】は、そんなことでは大人しくならない。
闇のブレスをまき散らし、エンペラードラゴンを振り払おうと出鱈目に飛びまわる。
「危ねぇっ!」
闇のブレスが無軌道に放出される。
ブレスに触れてしまった者は魔力を奪われ墜落していく。
なんて傍迷惑な戦いだ!?
「抑えに行くぞ!」
「はい! 行きましょう!」
しかし……
「……待って、【搾乳】!」
「何かおかしい、止まるのだ主!」
「闇の【ゼーレ】ばぁ、体が膨らんでいきよるよ、お婿はん!」
それらの指摘は正しかった。
追い詰められた闇の【ゼーレ】は、これまでにない行動に出やがったのだ。
急激にその体が膨らんでいく。
…………いや、ドラゴンの姿をしていた黒い影が、ただの影となって辺りに広がり始めたのだ。
実態を捨て、純粋な力の集合体へと戻る。
黒い闇が徐々に広がり、辺りを飲み込んでいく。
俺は急ブレーキをかけ、距離を取る。
この影はマズい!
影に飲み込まれたドラゴンが例外なく墜落して行っている。
これは闇のブレスと同じ効果なのか!?
『 マリョク ヲ スワセ ロォォ ォォォォ ォオオ オオ ! 』
これまでに聞いたこともないような声が闇の中で響いていた。
それはもはや声ではなく……意志のような……闇の言葉だった。
『 ム ノ ケッカイ ハ イラナイ ! オレ ヲ モウ トジコメル ナァァ ァアア アアアア アア ! 』
静かなのに、鼓膜が破れそうな、圧力のような意志が体内に流れ込んでくる……っ!
闇の【ゼーレ】の喉元にくらいついていたエンペラードラゴンは、闇の【ゼーレ】が実態を失った今も同じ場所に留まっている。
エンペラードラゴンを包む光が激しさを増す。
『 ヤメ ロォォ ォァアアア アアア アア アアアアアア アア ! 』
実態を無くし、ただの影になっていた闇の【ゼーレ】だったが、突然エンペラードラゴンの背後に巨大なドラゴンの首が出現する。
鋭い牙を剝き、無防備なエンペラードラゴンの背中に喰らいつこうとする。
ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
そこへ、シルヴァネールが現れて、闇の【ゼーレ】に光のブレスを浴びせかける。
『 ガァ ァァア アァアア アアア ァアアアアア アア ! 』
光と闇の【ゼーレ】は相反する力。ぶつかれば相殺される。
これほどヤツに効果的な攻撃はないだろう。
『 メ ザワリ ダッ ヒカリ ノ ゼーレ ッ! 』
闇と光が衝突する。
巨大なドラゴンの首が、シルヴァネールに体当たりをし、突き飛ばした。
おそらく、ゴールドドラゴンを吸収することを嫌ったのだろう。
さっきまでは、無だろうが光だろうが、お構いなしで吸収していたくせに…………もしかして、エンペラードラゴンの結界の影響が出始めているのだろうか?
無の結界に遮られることで、闇は無限の物ではなくなる……
だから、光を嫌うようになったのかもしれない。限られた範囲の中では、光を完全に飲み込むことが難しいから……
だとするなら、いい仕事してんじゃねぇか、エンペラードラゴン!
だが……
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
アイスドラゴンがエンペラードラゴンに襲い掛かった。
闇の【ゼーレ】を抑え込むことに専念していたエンペラードラゴンは成す術なく弾き飛ばされる。
くそっ!
シルヴァネールがこっちに駆けつけた時に気が付くべきだった!
シルヴァネールが相手をしていたアイスドラゴンが自由になってしまったことに!
「余計なことしやがって! マーヴィン・エレエレ!」
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
闇に飲み込まれない距離を保ちつつ、アイスドラゴンに接近する。
そして腕を伸ばし魔力を吸収する。
…………きたきたきたぁ!
魔力が流れ込んできたぜ!
どうやら、反旗を翻し、憎いとまで言ったエンペラードラゴンの無の結界は使用していないようだ。プライドがそうさせるのだろうか。こちらとしてはありがたいことだ。
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
アイスドラゴンがこちらに向かって突進してくる。
いいぜ! 相手になってやる!
だが……
『 マリョク ヲ ヨコセ ェェエエ エエエエ ! 』
アイスドラゴンの背後から、猛然と闇が押し寄せてくる。
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
アイスドラゴンがそれに気づくも、少し遅かった。
闇はアイスドラゴンにまとわりつき、蝕むように飲み込み始める。
ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
アイスドラゴンが闇に飲み込まれる直前、エンペラードラゴンが闇の中へと突撃していく。
そして、飲み込まれかけたアイスドラゴンを救出したのだ。
あいつ、なんだってんだよ……
テメェを裏切り、窮地に追い込んだヤツを…………助けたのか?
「父上は……あんな怖い顔をしていますけど……とても優しい人なんです」
俺の腕の中で、ルゥシールがホッとしたような声で言う。
いや、それって……お人好しなんてレベルじゃねぇぞ。
でも、そうなのだとしたら。
「お前は父親似なのかもな」
「え?」
「この、お人好しが」
お前、この一連の騒動で、誰一人として恨んだり怒ったりしてねぇだろ?
俺ならブチ切れて、刃向かったヤツは片っ端から二度と太陽を拝めない体にしてやってるとこだぞ。
皮肉のつもりが、このお人好しは褒め言葉ととらえたのか、俺の腕の中でくすくすと笑う。
「ありがとうございます」
そしてそんなことを言ったのだ。
まったく……お前というヤツは…………まったく……
「でも、ご主人さんだって十分お人好………………し…………っ!」
突然、ルゥシールの声が途切れた。
体がビクンと震え、硬直した。
『 カラダ ヲ ヨコセ …… マリョク ノ ツマッタ オマエ ノ カラダ ヲ ! イマ ナラ マダ オレ ガ シハイ デキル ! 』
ルゥシールの背中に、闇が突き刺さっていた。
「え…………あの…………」
ルゥシールの体がガクガクと震えだす。
「ルゥシール! しっかりしろ! おい、ルゥシール!」
目を見開き、口をぱくぱくとし……すがるような瞳で俺を見る……そして…………
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
空を劈くような咆哮を上げた。
「うっ! …………ぁああっ!?」
凄まじい突風に俺の体は吹き飛ばされる。
ルゥシールの体が…………離れる。
「ルゥシール!」
ルゥシールが、闇に飲み込まれていく。
なんだよ。
何をしようってんだよ!?
テメェから抜け出てきたくせによぉ!
「ふざけんなよ、闇の【ゼーレ】! テメェらの勝手で、ルゥシールを利用してんじゃねぇぞ!」
俺は猛然と闇に突撃する。
『 ジャマ ダ ッ! 』
闇が渦を成し俺に襲い掛かる。
竜巻のように俺に延びてきた闇の渦は、俺の肩を掠めて後方へと飛び去って行った。
掠っただけで、肩が燃えるように痛み、全身にその鋭い痛みを伝染させる、
だが、そんなことよりも……
ルゥシールの体内に闇の【ゼーレ】が戻ってしまった。
いや、戻そうとしていたのだが……それとはワケが違うのだ。
なにせ、今のルゥシールは、全身に闇を背負っているのだから。
ルゥシールが乗っ取られてしまった。
無の結晶で闇の【ゼーレ】の力を抑え込んだ後、ルゥシールの体内に戻す予定が……
これほどの力を解放した状態でルゥシールの体に戻すのは、無理がある。
ルゥシールの『器』はそれほど大きくはない。
目覚めた後、明らかにルゥシールはおかしかった。
強力な力に振り回されているようだった。
このままじゃ、また制御を失い……今度こそ酷いことになるぞ。
そんな俺の危惧をよそに、闇の【ゼーレ】はルゥシールの体にまんまと潜り込みやがった。
それでも、ルゥシールはドラゴンに変身はせず、人間の姿のまま、全身に闇のオーラを纏っている。そんな状態になっている。
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
人間の姿のままで咆哮するルゥシールは、まるで泣いているように見えた。
「テメェ、このクソ闇ヤロウ! ルゥシールを返せ!」
俺は闇の中に分け入り、ルゥシールへと手を伸ばす。
もう少しで手が届く……というところでブレスを喰らう。
「がっぁああっあ!」
全身が焼けただれ、魔力がごっそり奪われる。
死なない程度に回復させ、俺の魔力を奪いやがった闇の【ゼーレ】からマーヴィン・エレエレで魔力を奪い返す。
俺が搾取されるだけの人間だと思ったら大間違いだぜ!
『 ワズラワシイ ニンゲン メ …… 』
もう一度、ルゥシールへと手を伸ばす。
だが、またしても手が届く前にブレスにやられる。
『 キサマ ハ キケン ダ …… オレ ニ フレル ナッ !』
「おいこら……ルゥシールの口から、汚ぇ言葉吐いてんじゃねぇよ……!」
ルゥシールはなぁ、どんなに怒っても、いつだってどこでだって、温和でたおやかな言葉づかいをしてんだよ!
テメェごときが気安く汚すんじゃねぇ!
「だぁあらぁあ!」
三度目の突撃。
しかし、またしても俺の手はルゥシールに届かない。
奪われた魔力を奪い返すも、全部は回収できない。
おまけに回復に使う分があるから、こっちの魔力は徐々に減っていく……
早いとこ勝負をつけなきゃな……
まるで勝算は無いのだが…………
ルゥシールに手が届けば、なんとかなる様な気がするのだ。
何より……次に捕まえることが出来れば……
もう死んでも離さねぇ!
「ルゥシールゥ!」
四度目の突撃!
腕を精一杯伸ばすが、闇の【ゼーレ】はまたしてもブレスを吐き出す。
『 シツコイ ゾッ !』
全身に狂暴な闇が浴びせかけられる。
体の細胞が一つ一つ消滅していくような絶望的なまでの痛みと恐怖を感じる。
このままでは消されてしまう。
死ぬのではなく……消滅だ。
だが……っ!
「ルゥシールゥゥゥゥウウウウッ!」
俺は、諦めねぇ!
「目を覚ませルゥシールゥッ!」
何遍でも言ってやる!
「……ごしゅ……じん…………さ……ん……」
何遍でも、何遍でも言ってやる!
「手を伸ばせ、ルゥシールッ!」
この次、手を掴んだら……
「ご主人……さんっ!」
死んでも離さねぇ!
「届いた!」
「ご主人さんっ!」
『 バカ ナ ッ! オレ ノ シハイ カラ ノガレタ ダト ッ!? 』
バカが!
なに驚いてやがるんだ!
お前ごときが……
「俺たちの間に割って入れるわけねぇだろうが!」
掴んだ手を引き寄せて、俺はルゥシールを抱きしめる。
ルゥシールの体からあふれ出してくる闇のオーラに全身を蝕まれ、気絶しそうな激痛に見舞われる。焼けた針で全身を貫かれているような気分だ。
だが、それ以上に…………ルゥシールの温もりを感じる。
「魔力を、貰うぞ」
「……はい。お返しします」
そっとルゥシールに唇を重ねる。
魔力が体に流れ込んでくる。
同時に、闇に呑まれて魔力が奪われていく。
俺とルゥシールの間を、魔力がぐるぐると行き来する。
俺の傷を癒す度に、その量を減らして……
ルゥシールの腕に力がこもる。
気付いたのだろうか。
このままでは、後一分と持たずに魔力は枯渇する。
そうなれば、俺の体は闇に呑まれ、消失してしまうだろう。
けれど……手放したくなかった。
この温もりを、柔らかさを……二度と手放して堪るか!
もう御免なんだ、あの時の――『ご主人さん。……さようなら』――あんな思いをするのは!
『マーヴィン・ブレンドレル!』
それは、エンペラードラゴンの声だった。
『あと十分もたせろ! あと十分で闇の【ゼーレ】を抑えて見せる!』
無茶を言いやがる。
もって後一分だ。
『あと十分持たせることが出来れば、義理の息子にしてやるぞ!』
アホ。
お前の息子になりたいんじゃねぇよ。
ルゥシールを嫁に欲しいんだっつの…………だが。
忘れんなよ、その言葉!
俺は全神経を研ぎ澄まして魔力を探した。
どこかに魔力はないか?
少しでもいい!
草だろうが虫だろうがなんだっていい!
魔力を持ってるヤツはみんな俺に預けやがれ!
十分、もたせるぞ!
「……【搾乳】! 使って!」
フランカから魔力が贈られてくる。
はは……初めて会ったころの半分もねぇな。
こんな、限界近くまで頑張ってくれてたのか……
助かるぜ、フランカ。
お前がいてくれてよかった。
「主! ワタシのも、持って行け!」
テオドラからなけなしの魔力が届く。
テオドラ……最初は酷い濡れ衣着せられて「なんだこいつ」って思ってたけど……お前を知る度にどんどん惹かれていったよ。
バカが付く程純粋で、真っ直ぐで……竹を割ったような性格は嫌いじゃない。
お前が仲間でよかった。
「お婿はん! オラとグリフォンの分だべ!」
トシコとグリフォンの魔力は、二人足しても微々たるものだった。
偶然出会って、勢いで付いてきて……お前の奔放さには呆れることも多々あったが、その自由さに救われたこともあった。
あの出会いは偶然じゃなくて、運命だったのかも知れないな。なんて、今はそう思うよ。
お前と出会えてよかった。
ついでに、グリフォンも、サンキュウな。
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
エンペラードラゴンを狙ってアイスドラゴンが強襲するも、それをシルヴァネールが阻止する。
シルヴァネール。お前も、ずっと頑張り続けてたんだよな。
あんな小さい体で……消滅の恐怖に怯えながら……
お前がルゥシールの幼馴染でよかったよ。
というか、ルゥシールの幼馴染は、お前でなきゃダメだっただろうな。
後は俺が……「いてくれてよかった」って言われるような活躍を見せなきゃな!
魔力を分けてもらったと言えど、残りの魔力はわずかしかない。
十分は無理だ。
ではどうする?
答えは、……これしかない。
俺は、【搾乳の魔導士】と呼ばれた男だ。
この切迫した状況でやることなんて、一つしかない!
俺は、ルゥシールを抱きしめていた腕の内、右だけを話して……ルゥシールの左乳を鷲掴みにした!
「んにょっ!?」
口を塞がれているルゥシールが、籠った悲鳴を上げる。
だが、我慢しろ!
お前の口と乳、両方から魔力を奪う!
さぁ、闇の【ゼーレ】!
テメェも魔力が必要なんだろ!?
死に物狂いであちこちから魔力を掻き集めろ!
テメェの抵抗力が落ちれば、無の結界に封印されるのも時間の問題だ!
さぁ、どうした!?
早く魔力を掻き集めろ!
無くなっちゃうぞ!?
いいのか!?
無くなっちゃうんだぞ!?
……ねぇ、いいの?
本当にいいの!?
今ならまだ間に合うよ!?
ねぇ! ねぇってば!
早く!
ちょっ、マジで早く!
体溶けちゃう!
無くなっちゃうから!
今ならまだ間に合うから!
早くしてって!
早くしてください! このとーり!
おぉおおいっ! 闇の【ゼーレ】!
やばいって! もう限界だって!
「ご主人さんっ!」
「バカ! 口を離すな!」
「もう限界です! ご主人さんだけでも逃げてください!」
「ふざけんな!」
「でも!」
「二度と手放さないって決めたんだ!」
「このままじゃ、ご主人さんがいなくなっちゃいます! わたし、そんなのヤです!」
「いなくならねぇよ!」
「でも現実的に……っ!」
「お前が好きだから、いなくなったりしねぇ!」
魔力が……無くったって…………俺は…………
「結婚、しよう。ルゥシール」
「ご主人さん……」
「そして……ずっと……一緒に…………」
「ご主人さんっ!?」
あぁ……何やってんだよ俺……また……まただよ……
肝心な時に、返事が聞けなくて…………
「します! 結婚しますから! だから……死なないでくださいっ!」
…………やった。
ルゥシールは俺の嫁。
はは…………最高だ。
「ご主人さんっ!?」
ルゥシールの喉から掠れた悲鳴が漏れる。
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールの体が大きく膨れ上がっていく。
ドラゴンに変身するつもりか……魔力、もうないってのに……
『いかん! 落ち着けルゥシール! 今ドラゴンに変身したら、力が暴走するぞ!』
魔力が空の状態でドラゴンになれるとしたら、それはどこか別のところからエネルギーを調達してるってことだ…………そんなエネルギーは、【ゼーレ】以外にありえない。
ルゥシールが【ゼーレ】を受け入れようとしているのか?
それとも、【ゼーレ】がルゥシールの弱いところに付け込んでいるのか?
どちらにせよ見過ごせねぇ。
魔力……
魔力だ……
魔力が欲しい!
何でもいい……誰でもいい……
俺に魔力をくれぇ!
その時――
「よぉ、待たせたねぇ。マー坊」
この声は……
それに、このふざけたまでにデカすぎる魔力は……
空気の質が変わった。
世界の音が変わった。
空間の密度が上がった。
こんな馬鹿げた、桁違いの魔力をばら撒いてるってのに、接近に気が付かなかった。
どんなスピードで飛んで来たんだよ…………お袋。
「助けにきてやったよ!」
なんてタイミングだ。
カッコよすぎるぜ、お袋!
さぁ、早く俺に魔力を!
その前に、今にも死にそうなんで、回復を!
「……でさぁ。実はあたしな。いつか子供から『肩たたき券』ってのを貰いたいなぁって思ってんだよねぇ」
……そういう催促いいから……早く回復を……でなきゃ魔力を……
「……ほしいなぁ」
「やる! やるから! 早く! 俺、死ぬから! 早く!」
「約束だぞ、マー坊! 二十四枚綴りでよろしくな!」
心底嬉しそうな声を上げ、お袋が指をパチンと鳴り響かせる。
途端に、全身から活力がみなぎってくる。
傷は跡形もなく消え去り、痛みもなくなる。
そして……
「ぉぉおぉおおおおおっしゃあ! 魔力全快だぁ!」
俺は完全復活を遂げた!
『 メザワリ メザワリ メザワリ メザワリ メザワリ メザワリ ッ! 』
闇の【ゼーレ】がしゃべってやがる……
ルゥシールの意識はどうなったんだ!?
「テメェ! 悪あがきはやめて大人しく結晶に閉じ込められろ!
『 ウル サ イッ !! 』
闇の【ゼーレ】がブレスを辺りにまき散らす。
自棄になってやがるんだ。
何もかもを巻き添えにするつもりなんだろう。
けれど……
「魔力の心配がもういらねぇからな! こっからは、フルパワーで相手してるぜ!」
突風を吹かせ、闇を吹き飛ばす。
ガクッと魔力が減る。
が、すぐそばにお袋がいる。
遠慮なく魔力をいただく。
「マーヴィン・エレエレ!」
いい!
いいねぇ!
魔力が豊富にあるって素晴らしいね!
『 ナラ キサマ カラ サキ ニ マリョク ヲ ウバイ トッテ ヤル ッ! 』
闇の【ゼーレ】がお袋に闇のブレスを吐き掛ける。
「おぉ! 凄い速度で魔力を吸われていくな!?」
だというのに、なんだかお袋は余裕そうだ。
もしかして効果がないのか? と思ってみたりもしたが、夥しい量の魔力がルゥシールへと流れ込んでいくのが見える。
そんだけ取られてもケロッとしてられるほどなのかよ、お袋の魔力って……
「さぁどうした? 魔力を奪い取り過ぎて破裂するまでがデフォだぞ?」
いやいや、待て待て!
その場合破裂するのルゥシールの体になっちゃうから。
こりゃさっさとケリをつけた方がよさそうだな。
「いい加減諦めろ、闇の【ゼーレ】! お前の負けだ!」
『 ウル サ イッ ! オレ ハ マケ ナイ ッ! 』
あぁ、こいつバカなんだなぁ。
「あのなぁ……最強の魔神ガウルテリオ。龍族の長エンペラードラゴン。そして、人類史上最強にして超絶美形のマーヴィン・ブレンドレル。各界の最強を相手にして、お前に何が出来るってんだよ」
最強、揃い踏みだぜ!
「……人類代表が頼りないので、加勢するわ」
「うむ。美形かどうかは、個人の見解に寄るからな」
「ほだら、加勢しとかにゃあねぇ」
グリフォンの力を借りて、全員魔力が満タンらしい。
俺たちを取り囲むようにして空に浮かんでいる。
「……光よ」
「光よ!」
「光だべ!」
ルゥシールの体を乗っ取った闇の【ゼーレ】。
そのルゥシールの体が、無の結晶に埋め尽くされていく。
『 バカ ナ …… チカラ ガ ヌケ テ ……ヤ メォ ォォオ オオオ オァオォ 』
闇の【ゼーレ】が目に見えて弱っていく。
『よしっ! 捉えたぞ!』
エンペラードラゴンを包む光がまばゆさを増す。
『後は、ルゥが目覚めてくれれば抑え込める!』
「ルゥシールの意識が必要なのか!?」
『無論だ! どちらが上か、はっきり知らしめる必要がある!』
主従関係の主が眠ったままってわけにはいかないってわけか。
『叩き起こしてこい! マーヴィン・ブレンドレル!』
「分かった! 揉み起こしてくる!」
『叩けぇ! いや、揉むなぁ!』
意味の分からん叫びを無視し、俺はダークドラゴンへ近付く。
『 クル ナ ! コロ ス ゾ ……ッ! 』
「やってみろよ」
挑発すると、高速移動を使って俺をかみ殺しにきやがった。
「……っぶねぇ!? マジでやるヤツがあるかよ!? 言葉の綾だろ、どう考えても!?」
あと半分の半分秒でも反応が遅れていれば、食いちぎられていた。
『 ウル サ イッ ! シ ネッ! コロ シ テヤ ルッ! 』
ったく、こいつは……
「さっきも言ったがよ……」
……学習能力ってもんがないのかねぇ。
「ルゥシールの口で汚ぇ言葉使ってんじゃねぇ!」
ダークドラゴンの逆鱗から溢れる魔力にターゲットを絞り、その魔力粒子に向かって飛行する。
一瞬で懐に飛び込まれたダークドラゴンは俺を見失ったようで、顔面ががら空きだった。
高速移動返しだ!
『 ……ゴッ !! 』
堅く握りしめた拳を、左頬に叩きこむ。
骨が軋む音がして、闇の【ゼーレ】が低く唸り声を上げる。
……ルゥシール、ごめんな。後で治療してやるから。「痛いの痛いの飛んで行け~」もやってやるから。
今だけ殴られててくれ。
大きく振られた首に、後ろ回し蹴りを食らわし、無防備な脳天を踏みつけて、一気に逆鱗へとたどり着く。
目を覚まさせてやりゃあいいんだろ!?
なら、こうだ!
こすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこすこす
『 ガァァア アアアア ッ! ヤメ ロッ! ハキケ ガ スル ッ!! 』
ダメか……
これで「にゃあ」と鳴いてくれれば成功なのに……
…………優しく撫でてみる。
『 オレ ニ ヤサシ ク スル ナァ ァァアア アア ッ! 』
これもダメか……
「……なんだか、コミュ症をこじらせた人の発言みたいね」
「うむ。それで荒れていたのか……」
「なんだか、気の毒になってきただなぁ……」
「いや、あんたたち、真面目に見てなさいよっ!?」
遠くからのんきな会話が聞こえてくる。
独りぼっちの旅が長かった俺には分かる。
強がっているんだよな?
一人でなんでも出来るって、意地張ってるだけなんだよな。
優しくされると、これまでの自分が否定されるような気がして怖いんだよな。
でも大丈夫だ……お前は一人じゃない。
「闇の【ゼーレ】! 俺は、お前ごと、全部ひっくるめて、ルゥシールが好きだ!」
『 …… …… …… ハ? 』
「これからは、もっと仲良くやって行こうぜ!」
『 キサマ ナニ ヲ イッテ …… ? 』
「とりあえず、ルゥシールは返せ」
争いではなく、和解しようじゃないか。
優しくしてやるよ。お前にも。
そう思い、俺は……
逆鱗を優しく舐めた。
『 ギャア アアア アアア アアア アア ッ! 』
「ふにゃぁぁぁぁぁあああああああああああっ!?」
二つの声が重なった。
そして……
『ご、ご主人さんっ!? なめっ、舐めるのはっ、ちょっとっ!?』
馴染みの深い、耳に心地のいい声が勝った。
ルゥシールが、還ってきたのだ。
「よし、今だエンペラードラゴン! 封印しちまえ!」
『あぁ、分かっている……封印してやるぞ、マーヴィン・ブレンドレル!』
「って、バカ! 俺じゃなくて闇の【ゼーレ】!」
『やかましい! このハレンチ王子!』
「新しい二つ名とかいらないから、早くしろよ!」
『あぁ、もう! 分かったと言っておるだろうがぁ!』
物凄くヤケクソ気味に、エンペラードラゴンは無のブレスを吐きだす。
ルゥシールの全身をブレスが包み込み……目も眩むような輝きを放つ。
そして……
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
復活の咆哮を上げた。
咆哮だけでも十分わかる。
これがルゥシールだ。
正真正銘、ルゥシールの声だ。
「おかえり、ルゥシール」
呟いた瞬間、なんだかほっとした。
これで終わったんだと思うと、安堵から全身が弛緩した。
もう、くたくただ。
ふかふかのベッドで横になりたい。
心地よい倦怠感に包まれて……
全身から力が抜けて…………
…………その油断を突かれた。
『まだ終わりじゃないぞ、ドラゴンども!』
突然現れた影に、俺たちは誰も反応出来なかった。
魔力とは違うエネルギーで動きまわる【ゼーレ】を、俺の目は捉え切れなかった。
そいつは、真龍……その生き残りだった。
「くそっ! 仕留めそこねたヤツがいたのか!?」
「……そんなはずないわ。確実に九体、封じ込めたはずよ!」
「だども、現にあそこに一体おるだで!」
不測の事態に、全員が色めき立つ。
だが、今はそんな場合じゃない!
真龍が、ルゥシールの顔を覆うように張り付いているのだ。
「ルゥシールから離れろ!」
『断る』
魔法で撃ち落とそうにも、こうまで密着されてしまっては、ルゥシールにまで被害が及ぶ。
真龍に張り付かれて呼吸が出来ないのか、ルゥシールは必死に口を動かしている。
しかし、効果はないようだ。
早くしないと……ルゥシールが…………
ルゥシールが大きく口を開く。
……そう。顔に張り付かれた時の対処法など……そういくつもない。
ましてドラゴンであれば、たいていの者がとるであろう行動は一つに限られる。
だが、それは罠だ……
でも、このままじゃ……
しかし……
そんな意味のない思考を繰り返している間に……ルゥシールがブレスを吐いた。
それが、真龍の狙いであるにも関わらず……
闇のブレスを浴びた真龍は、瞬く間に消滅し…………そして、吸収された。
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールが再び苦しみ出す。
最初、俺にとりついた真龍の時もそうだった。
ヤツ等はダークドラゴンの中で自我を保ち、自由に行動できるのだ。
そして厄介なことに……
今現在、ルゥシールの体内には、ここに現れた無数の【ゼーレ】が吸収されている。
ルゥシールがドラゴンの姿で人語を放していたことで、それは疑いようのない事実だと分かる。
さらに、狡猾な真龍が、『ソレ』を利用しないはずがない……
『見事だ! 貴様らのおかげで、ドラゴンを支配し我らが主権を取り戻すという計画は失敗だ! 認めよう! だが、ただでは済まさん! 貴様ら全員、この世から消滅させてくれる!』
理性のタガが外れた、憎悪の塊がそこにいた。
『素晴らしい力だぞ! この力があれば、何度でもやり直せる! 必ずや、貴様を葬り去って、我らが主権を取り戻してやる! 我らの得たこの力で、貴様ら下等生物を根絶やしにしてくれる! 時が来れば! 必ずな!』
ダークドラゴンの中に入り、昂ぶっているのだろう。口数が多い。
そして、実に楽しそうだ。
だが……
「それ、お前の力じゃねぇからな?」
俺の心は驚くほど冷めていた。
ルゥシールが再び乗っ取られたことに対する焦りは……まぁ、多少ある。
けど、それもなんとかなる。いや、なんとか出来る自信と確証がある。
目の前でバカ騒ぎしてくれたおかげで、すげぇ冷静になれた。
「そのすげぇ力はダークドラゴンのものだろうが」
『いいや、これは我ら【ゼーレ】のものだ』
「百歩譲っても、『闇の【ゼーレ】』のもので、お前のじゃない」
『同じことよ! 我らは同胞! 価値観を共有し共に苦楽を共にした家族だ! 闇の【ゼーレ】の力は、我が力も同然だ!』
「そこが、分かってないってんだよなぁ……」
俺は後ろに振り返り、フランカに視線を向ける。
ちょっとした作戦を、魔力を文字に変換して伝える。まぁ、的確に読み取ってくれるだろう。
それから、今にも暴れたそうにしているお袋に視線を向け「大人しくしてろ」と釘を刺しておく。……出てきてくれたことには感謝するけど、やっぱりこっちで暴れられてはかなわない。
もう、そこにいるだけで魔力ダダもれだからな。
いいから大人しくしてろ。
視線でそんなことを伝えると、フランカもお袋も頷きを返してきた。お袋は不服そうな表情をしていたが。まぁ、無視だ。
『どうした? 仲間に助けを求めたのか? よいぞ? たとえガウルテリオであろと、我が力の前では無力に等しい……まとめてかかってくるがよい……すべてを吸い尽くしてやろう!』
だからよぉ……
「テメェの力じゃねぇっつってんだろ。ぶっ飛ばすぞ」
遠慮なしの殺気を込めて睨みつける。
微かに瞳孔が開いたように見えたが、真龍は平然と笑みを浮かべて見せる。
『やってみるがいい……』
「じゃあ、後ほど」
その前に、テメェにゃ思い知ってもらわなきゃなんねぇからな。
「時間をかけて自分の力を磨いた本物と、それを借りて上っ面だけ取り繕った偽物の、決定的差ってヤツを見せてやるよ、三下」
『ほぅ…………我らが偽物の三下だと申すのか……』
「同じ土俵に上げてやってるだけ寛大だと思うぜ。本来なら廃棄処分でもいいくらいだ」
俺の挑発が頭に来たのか、真龍は闇のブレスを吐き出した。
俺の右半身が焼けただれ、魔力がごっそり持っていかれる。
『どうだ!?』
「なにがだ?」
すぐさま焼けた右半身を回復させ、ダークドラゴンから魔力を奪う。
『ぐぅっ!?』
「そんなもん、俺にだって出来る。なに得意げになってんだよ」
お袋からではなく、あえて真龍から魔力を奪ってやった。
そして、一瞬で回復。
「格の違いがわかんねぇか?」
『黙れっ!』
「だいたい、テメェ一回負けてんじゃん」
『力を手に入れた今、我らは無敵だ!』
手に入れてねぇっつの。
借りてるだけだろが!
「テオドラ!」
「了解した!」
グリフォンに跨って、テオドラが俺の前へ回り込む。
二本の剣とカタナを構えて、真龍と対峙する。
何故ガーゴイルでなく、グリフォンに跨っているのかというと……
「……魔力をすべてテオドラに送るわ」
「オラの魔力も好きに使ってくれだ!」
フランカとトシコ、二人の魔力を借りるためだ。
「見覚えがあるだろう、真龍……いや、多頭のドラゴンよ……」
『く……っ!?』
真龍がくっきりと焦りをにじませる。
テオドラのルプトゥラ・ドラガオンは、【ゼーレ】を封印する技だ。
そして、こいつは一度それに敗れている。
恐怖がトラウマとなり、表情を引きつらせているのだ。
『ふ……ふははは! その技をダークドラゴンに使うのか!? 貴様の仲間もただでは済まんぞ!』
「ルゥシールなら、大丈夫だ」
『ふん! 何を根拠に……っ!』
「……試してみればわかるさ」
『…………っ!』
わずかに、ダークドラゴンの体が首をすくめる。
真龍が恐れているのだろう。
そして、テオドラの全身に十分な魔力が行き渡り、剣とカタナ、二本の刃が輝きを放つと……
『うっ、うわぁぁぁぁああああっ!』
真龍は逃げ出した。
巨大な体を翻し、大きな翼を羽ばたかせ、敵に背を向けて全力で。
だが。
ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
シルヴァネールがその行く手を阻む。
『貴様らぁ! 寄ってたかって……っ!』
寄ってたかってはテメェらだろう。わらわらと【ゼーレ】を集めてルゥシールを苛めやがって。
ダークドラゴンが闇のブレスを吐き出す。
すかさずシルヴァネールも光のブレスを吐き出し、光と闇が空中でぶつかり相殺されていく。
足が止まってるぞ、真龍。
「喰らうがいいっ! ルプトゥラ・ドラガオンッ!」
猛る気迫と共に、鈍色の斬撃が真龍に襲い掛かる。
『ガァァァアアアアアアアアアアアアッ!?』
絶叫が響く。
ダークドラゴンの体が苦しそうに身もだえる。
そして……
『ォボァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
ダークドラゴンの口から、黒い靄のような、【ゼーレ】の集合体が吐き出される。
黒い靄は次第にドラゴンの姿を形成する。
最初の真龍よりも巨大化していることから、ダークドラゴンの体内にいた【ゼーレ】がいくつも集まっているのだと分かる。
好都合だ。
『おのれっ、【ドラゴンスレイヤー】っ! おのれ、ダークドラゴンめっ!』
ダークドラゴン?
視線を向けると、ダークドラゴン――ルゥシールは肩で息をしながらも、ニッと口角を上げた。
『わたしだって……いつまでもやられっぱなしじゃ、ありませんよ……っ!』
そうか。
テオドラのルプトゥラ・ドラガオンによって【ゼーレ】が封印され弱体化していく中、その混乱に乗じてルゥシールが体外へ吐き出したのか。
つまり、今ここに浮かんでいる【ゼーレ】の集合体はルプトゥラ・ドラガオンの封印を免れた連中ってわけだ。
封印された【ゼーレ】はまだルゥシールの体内にいるのだろう。
ルゥシールがしゃべっているのがその証拠だ。
「まぁ、要するにアレか」
俺は拳を握り、そこへ魔力を集中させる。
「……あとはテメェをぶっ飛ばせば終わりってわけだ」
『ふざ……けるなっ! 我らは…………我らは終わらない! 我ら【ゼーレ】こそがこの世界の支配者だ! 貴様らは黙って我らにひざまずけばいいのだっ!』
「時代は変わったんだよ……『おじいちゃん』」
『――っ!? 貴様ぁぁああっ!』
真龍が牙を剝き、俺に襲い掛かってくる。
いやぁ、凄いもんで……さすが俺の仲間たち、ってところか。
この状況で、俺を助けに来ようとか、「危ないっ!」って叫んだりとか、そういうのは一切なく、むしろ誰一人として動こうとしなかった。
まぁ、こうなったら結末は見えているよな。
後は各々、ごゆっくりご鑑賞ください、だな。
「最後は派手に……俺の十八番で決めてやるよ」
右の拳を腰だめに構え、全神経を集中させる。
極限の集中力のおかげで、高速で向かってくる真龍の動きがゆっくりに感じられる。
理性を失い血走った眼も、獲物を蹂躙するためだけに存在する鋭く尖った牙の一本一本も、はっきりと確認できる。
深く息を吐き、一気に酸素を吸い込んで、止めるっ!
「喰らいやがれ……」
俺のすべての力を乗せて、右の拳を打ち出すっ!
「マーヴィン・エレクトリカルパレードッ!」
真龍のアゴを拳が打ち抜き、破砕する。
そして同時に、真龍の全身に無数のイカヅチが走り激しくスパークする。
『ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
実態を持たない【ゼーレ】の集合体は、激しいスパークと共にはじけ飛び、小さな欠片となって落下して行く。
そうして、すべての【ゼーレ】が沈黙し……ようやく、長い戦いが終了した。
「……ふぅ。もうなんもないよな?」
先ほど、この油断で事態が悪化した経緯もあり、俺は慎重に仲間の方へ振り返る。
真龍をぶっ飛ばすためにみんなよりも高い位置にいた俺を、全員が見上げていた。
……とても、険しい表情で。
なんだ?
まだ何かあるのか!?
俺の体に緊張が走る。
『ご主人さん……』
ルゥシールが静かに口を開くと、他のみんなが一斉に同じことを言った。
『『『「「「「 その技、初登場っ! 」」」」』』』
あれ?
そうだっけ?
一人旅の時は好んで使ってたんだけどな?
いや、なんかこう、久しぶりに~、みたいな?
『ご主人さん……残念です』
ルゥシールが俺の目の前に飛んできてため息を漏らす。
やっぱ最後はこうなるのか。
まぁ、俺ららしいっちゃらしいが……なんて思っていると、ルゥシールがゆっくりと頭を俺に摺り寄せてきた。
『でも…………最高ですっ!』
なんだか、鼻の奥がムズッとした。
ちょっと、照れ臭い。
「お、おぅ……! ……だろ?」
あぁ、なんでこんな味も素っ気もない返ししか出来ないのか……
でもまぁ、このムズ痒さは…………悪くはないかなぁ。
そんなことを思った。
いつもありがとうございます。
今回は、え~…………
一言でまとめると……
長い話でした。
なんだか、
この戦いをどこかで切ってしまうのはちょっとなんだろうかと、
そう思いまして、
「え~い、書ききっちゃえ!」と。
その結果、
2万文字オーバーでした。
えっと……
読了してくださった皆様。
誠に申し訳ございませんでした。
お疲れ様です。
心の中で皆様の瞼をマッサージさせていただいておきます。
なので、せめてあとがきは短めに……
4月に入り、もうあっという間に
東京では桜がかなり咲いております。
桜を見ると、
子供のころに、友人とした会話が思い出されます……
友「桜が薄紅色に色付くのは、桜の木の下にあるものが埋まってるからなんだって。なんだと思う?」
私「う~ん………………薄ピンクのパンツ」
友「正解!」
私「やっぱりねぇ~」
ある時期からストライプがやたら重宝されておりますが、
縦縞もいいですよ?
あと私は、グレーとか、好きです。
疲れた目で見ていただく話ではなかったですね。
次回もよろしくお願いいたします!
とまと