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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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143話 闇、動く

 真龍、デカい……


「近くで見ると、ますますバケモノだな……多頭のドラゴンよりも大きいとは」


 テオドラがガーゴイルを操りながらそんな感想を述べる。


「オラ、一応ついてきてしもうたども……よぅ考えたら矢ぁば使い果たして武器がないがぁよ」


 トシコが今更すげぇ不安なことを言いだす。


「だったら、あんたは私に魔力を送りなさい。必要な人に転送してあげるから」


 トシコを乗せたグリフォンがフォローするように言う。


「……実態がないドラゴン……効果があるとすれば、テオドラのルプトゥラ・ドラガオンか、ルゥシールのブレスね」


 白い翼をはためかせ、フランカが冷静に分析する。


 そして俺は……


「だから速ぇって! お前、俺を振り落としたいのか!?」

『えぇ? なんですかぁ? よく聞こえませんよぉ!?』


 アホみたいな速度で飛ぶルゥシールに、落とされまいとしがみついていた。

 耳元で轟々と風がうなる。

 さほど距離もなかったのですぐに真龍の頭上に到着し、他のメンバーが到着するまで上空を旋回して待機という間抜けっぷりだ。

 何故そんなに飛ばした?

 ただ俺が怖かっただけじゃん!


 こいつもしかして、まだ力が制御出来ないんじゃないだろうな?


「お前……大丈夫か?」

『え? なんですか!?』


 いい知れない不安が胸に広がっていく。

 こいつが……、力に振り回されている気がして。


『ご主人さん、来ます!』


 突然、ルゥシールが速度を上げる。

 体が重力に引かれて振り落とされそうになる。


 直後、俺たちのすぐ後ろをどす黒い光線が通り抜けて行った。

 下を見ると、真龍がこちらを見上げてニヤリと笑みを浮かべた。


『流石だ……ダークドラゴン』


 真龍が、しゃべりやがった。

 あいつら、人語を解すのか?

 実態を持たないエネルギー体なのに…………一体ヤツ等はどういう存在なんだ?


「主、ルゥシール! 少し下がって!」


 叫びと共に、テオドラが真龍に向かって突進していく。


「ルプトゥラ・ドラガオンッ!」


 二本の剣とカタナから高エネルギーの斬撃が飛ぶ。

 しかし、真龍は瞬時に飛び上がり、その斬撃を回避する。……ヤツめ、かなり速いな。


 ゲル状だった時の緩慢な動きからは想像も出来ないような俊敏な動きだ。

 現在もその姿はおぼろげで不安定ではあるものの、はっきりとドラゴンの姿を形成している。

 まるで、蜃気楼に浮かぶドラゴンの像を見ているようだ。そこにいるのに、そこにはいないような……そんな不安定な存在感。


『【ドラゴンスレイヤー】か……確かに、以前の男と同じ匂いがしよるわ』

「失敬な事を言うな、影ドラゴン!」


 テオドラが憤慨する。

 父親と同じ匂いと言われたのが気に障ったのだろう。なにせ、あいつの父親は現在ハンバーグの匂いがするらしいからな。……だから、何があったんだよ、父親に。


「……ヤツ等は九つ首のドラゴンが持っていた【ゼーレ】ね」


 フランカがルゥシールの背中に乗ってくる。流石に並走はキツイのだろう。

 追いつくのも大変だったようで、肩が激しく上下している。表情は、そんなに崩れていないのだけれど。

 九つ首のドラゴンとは、ヤマタノオロチのことだろう。


「……ヤツは何度もテオドラの故郷を狙っては返り討ちにあっていたらしいわ」

「なるほど。だからその時の記憶を持っているのか」


 はやり、【ゼーレ】はドラゴンの中で別の意識として生き続けていたようだ。


「……それにしても、ルゥシールはどうしたの? どうしてこんなに高速で飛びまわっているの?」

「わからん……もしかしたら、力に振り回されているのかもしれない」

「……そんな」


 自分の周りに結界を張り、吹き付ける突風から身を守る。

 そのおかげで、「目が開けられない」や「呼吸が出来ない」といった問題からは解放されているが……


『くくく……力が抑えきれぬようだな、ダークドラゴン』


 真龍が不穏な発言をする。


「……どういうこと、黒色ドラゴン?」

「説明してもらうぞ、影ドラゴン!」

「なにか知っとぉなら全~部包み隠さず話すべや、ドロドロドラゴン!」

「……なぁ、呼び名統一しねぇか? 真龍とかどうかな?」


 なんとなく、言いたいことは伝わるんだけどさ。


『……うっ!』


 突然、ルゥシールがうめき声を上げる。


「どうした、ルゥシール!?」


 叫ぶも、ルゥシールには届かない。

 首を伝って耳元まで行こうとしたのだが、ルゥシールが暴れて先へ進めない。


「苦しいのか、ルゥシール!?」


 返事はない。

 俺はたまらず飛行し、ルゥシールの耳元まで飛んでいく……つもりが、ルゥシールの速度に置き去りにされてしまった。

 ルゥシールの背中から飛び立った途端、叩きつけるような風に弾き飛ばされた。


「くそっ!」


 見上げると、フランカも振り落とされていた。


「……急に速度が上がったわ」


 俺の隣まで来て、フランカが言う。視線はずっとルゥシールを追っている。

 もがき苦しむように何度も身をよじりながら、凄まじい速度で空を飛び回る。

 一体どうしちまったんだよ、ルゥシール!?


『くくく……』


 気が付くと、背後に真龍がいた。

 ……気配を感じなかった。

 向かい合うと、恐ろしいほどに不気味な気配を浴びせてくるというのに……背後に回られたことに気が付かなかった。


『ヤツが取り込んだ、我らの仲間が「悪さ」を始めたのだろう』


 ルゥシールが取り込んだ…………


「あっ!?」


 俺に乗り移ったとかいう、最初のヤツか!?


「テメェら、一体何企んでやがるんだ!?」

『なに、実に詰まらぬ、小さなことだ……』


 その声は小さく……だが、心臓に刻み込まれるようにはっきりと聞こえてきた。


『我らは我らの主権を取り戻す……ダークドラゴンがあの女に宿った時から、この計画は進行していたのだ』


 こいつの言っている意味がわからない……なのに、その迫力に押されて、身動きが取れなかった。

 フランカやトシコも同様だったようで、硬直したように真龍を見つめている。


 この中で動けたのは、暴れ狂うルゥシールと……


「封印してくれるぞ、【ゼーレ】!」


 テオドラだった。

 テオドラがガーゴイルにまたがって真龍に突撃していく。


「ルプトゥラ・ドラガオンッ!」


 今度は絶妙のタイミングに見えた。

 真龍は身動きすら取れずにテオドラの放った斬撃をまともに…………


「なにっ!?」


 斬撃が真龍を捕らえたと思った時、もう一体別の影が現れたのだ。

 斬撃はその影を切り裂き、そして白く輝く結界が影を飲みこんでいく。

 しばらくして、影を飲みこんだ光の玉がゆっくりと地面へ落下していった。


 閉じ込められた影は、その後出てくることはなかった。


『ふむ……やはり厄介なものよなぁ、【ドラゴンスレイヤー】というものは』


 真龍がテオドラに向かって腕をかざす。――と、黒い煙のようなものがテオドラを覆い、そして、その体を締めあげた。


「ぅあああっ!?」


 テオドラが悲鳴を上げる。

 メキメキと、骨が軋む音が聞こえてくる。

 細長く形状を変えた煙が、テオドラの全身を拘束している。


「テメェ!」

『動くな……その方が身のためだぞ』


 余裕な表情で真龍が呟く。

 対照的に、切迫した声を上げたのはトシコだった。


「お婿はん! 周りっ! 見てみるべっ!」


 言われて辺りを見渡すと……


 俺たちを取り囲むように、無数の影が空に浮かんでいた。

 ゆらゆらと揺らめき、空中に浮かんでいる。


 ……こいつらは、なんだ?


『そこにいるのは、みなドラゴンの体内に閉じ込められていた【ゼーレ】たちだ』


 これがすべて、【ゼーレ】?


『エンペラードラゴンによって無理矢理縛り付けられていた、我が同胞たちだ……』


 その言葉には、憎しみが込められていた。

 悔しさが込められていた。

 怒りが、悲哀が、憎悪が……ありとあらゆる負の感情が込められていた。


 それで俺は確信した。

 あのドロドロの影が俺に見せた記憶……あの中で俺が思ったこと……

 ドラゴンは【ゼーレ】の器に過ぎなかったという仮説……あいつは正しかったのだと。

 少なくとも、こいつらはそう思っているのだ。


 下手に刺激するのは得策ではないか……


 テオドラに視線を向けると、「大丈夫だ」と頷きを返してくれた。


 視線を戻すと、真龍は不気味に沈黙しているのみだった。

 これ以上テオドラに危害を加えるつもりはないようだ。

 ……少なくとも、俺たちが大人しくしている間は。


『我らは、この世界が誕生した頃より存在していた。ただし、不安定な存在であった』


 静かな声で、真龍は語り出す。


『我らには、我らという存在を受け入れる「器」が必要だった』

「それが、ドラゴンか」

『いかにも』


 心なしか、その返答は嬉しそうに聞こえた。


『酷く未熟で、知性すら持たぬただの獣だったドラゴンに、我らは憑依した』


 おそらく、その影響でドラゴンは知性と力を得たのだろう。

【ゼーレ】を持たないドラゴンにまで、影響を及ぼすくらいに進化を遂げたのだ。


『「器」が古くなれば新たな「器」に乗り換える。そうして、我らは数千年の時を平穏に過ごした。最初十しかいなかった我らも、いつしかその数を数千にまで増やしていた。我らが繁栄は永遠に続くものだと思っていた……』


 だが、違った……

 変化が訪れたのだ。

 歴史ってのは、そういう変化の積み重ねだからな。


『我らが仲間を増やすうち、突然変異で厄介な【ゼーレ】が誕生してしまった』

「それが……無の【ゼーレ】ってわけか」

『いかにも』


 無の【ゼーレ】は現在に至るまで龍族を統べる者の象徴だ。

 もし、支配関係をひっくり返したヤツがいるのだとすれば、それは無の【ゼーレ】以外にあり得ない。


『無の【ゼーレ】は獣であったドラゴンに加担し知恵と力を授けた……そして、我らをドラゴンの体内へと縛り付けたのだ』


 主権を取り戻す……真龍がそう言ったということは、その瞬間から主導権がドラゴンへ移行したのだろう。

【ゼーレ】が生み出した【ゼーレ】を統べる者。

 一種のクーデターみたいなものか。


『あの時から、空は我らの物ではなくなった。世界は我らの物ではなくなった……我らに与えられたのは、闇と……憎しみだけだった』


 名実ともに世界の覇者だった【ゼーレ】たちが、ドラゴンにとって代わられ、世界は安定したのだ。

 それ以降、ドラゴンのみならず、人間をはじめとする動物や魔獣がこの世界に数多く誕生し繁栄していった。


 無の【ゼーレ】が何を思いドラゴンに肩入れし、加担したのか。

 何故、最初からいた【ゼーレ】をも凌ぐ力を得たのか。

 それは分からない。

 分からないが、その時歴史は変わったのだ。


 もしドラゴンが今のように、人間を避けてひっそりとした生活を送っていなければ……

 この世界には【ゼーレ】と、【ゼーレ】の認めた者以外存在していなかったかもしれない。


 真龍を見ていれば分かる……

 こいつらは他者と共存出来るような存在ではない。

 こいつらを通して見えるのは、破壊と捕食。

 創造性の欠片もない眼をしている。


 破壊神。

 そんな言葉がしっくりくるような、そんな眼だ。



 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!



 突然ルゥシールが咆哮する。

 ルゥシールの周りを、シルヴァネールが心配そうに飛び回っている。

 しかし、ルゥシールはそんなシルヴァネールが見えていないかのように一人でもがき苦しんでいる。


 そして……


 ルゥシールの魔力がどんどん大きく膨れ上がっている。


『だが我らとて、この数千年もの間手をこまねいていたわけではない。我ら九つの力と共に誕生した「破壊する者」……闇の【ゼーレ】を強化し続けてきたのだ』

「どういうことだ!?」


 こいつらが闇の【ゼーレ】を強化してきただと?

 いつの日か、ドラゴンから主権を取り戻すために……


『【ゼーレ】は、強き者の中で時を過ごせば、その影響を受け少し力を増す。そして、力を増した【ゼーレ】を得たドラゴンは強くなり……強い子を産む』

「まさか……それで、ドラゴンを一掃できるような強力な魔力を持ったドラゴンが生まれるのを待っていたってのか?」


 バカげている。

 何年……いや、何千年かかるんだよ、そんなもん!?


 だが、真龍はそれが当然であるかのように頷いた。


『いかにも』


 ……こいつらは、バカだ。

 どうかしている…………


『そうして誕生したのが…………アイツだ』

「!?」


 真龍が指差したのは、上空を高速で旋回し続けるルゥシールだった。


「……てめぇ」


 怒りが沸々と湧いてくる。


「そんなくだらねぇことのために、ルゥシールを利用しやがったのか?」

『利用したも何も……あいつは「そのためだけに生まれてきたのだ」よ』

「――っ!」


 気がつけば、俺は真龍に向かって突進していた。

 魔力を込めて拳を振りかざす。

 その面、ぶん殴ってやる!


 だが……



 グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!



 背中に強烈な衝撃を受け、俺は真龍を殴ることなく墜落した。

 地面へ激突し、砂埃が舞い上がる。


 両腕が折れたが、なんとか命はとりとめた。

 すぐさま回復し、頭上を見上げる。

 そこにいたのは……


「……なんで?」


 銀色に輝くドラゴン……アイスドラゴンだった。


『幸運とは、同じ時期に群がって来るものだな』


 上空で、真龍が俺を嘲るように言う。

 参戦しようとしていたためか、フランカとトシコは無数の影に取り囲まれていた。……あれでは下手に動けないだろう。


『ドラゴンを一掃できる強力な「器」が誕生した時、同じ時代に有能な協力者が現れたのだからな』

「協力者…………てめぇが?」

『いかにも』


 アイスドラゴンは、冷たい声で言う。

 あいつは、おのれの【ゼーレ】と引き換えにヤマタノオロチの【ゼーレ】を解放した。そのために、ドラゴンの姿にはなれないはずだ。…………嘘だったってわけか。


『無の結界は、ドラゴンの肉体との親和性が優れている』


 アイスドラゴンを傍らに控えさせ、真龍が口を開く。


『内から何度結界を解こうとしても失敗するばかりだった。一頭に一つ、ドラゴンと【ゼーレ】を結びつける無の結界は完璧と言える強度を持っていた……だが』

「…………エンペラードラゴンは、一頭に複数の【ゼーレ】を与えた……」


 真龍がニヤリと笑う。


 たしか、真龍はヤマタノオロチの【ゼーレ】を見て、新たな技術に気が付いたと言っていたな。

 そして、それを実用化し、強化ドラゴンを量産した。


「……そうか」


 俺はアイスドラゴンを見上げ、そして睨む。


「全部、テメェが仕組んだことだったのか!」


 アイスドラゴンは、エンペラードラゴンの側近だ。

 そして、ヤマタノオロチがなついている存在でもある。


 真龍たちの指示に従い、エンペラードラゴンに新たな技術を「気付かせる」ように働きかけ……結果として、ドラゴンと【ゼーレ】の結びつきを弱くした。

 今、俺たちを取り囲んでいるのは、強化ドラゴンに与えられた【ゼーレ】たちなのか。


 ルゥシールやシルヴァネールが無事であるところから考えて……新しく付与された【ゼーレ】だけが解き放たれたと思って間違いないだろう。


『愚かなり、エンペラードラゴン……』


 アイスドラゴンが冷淡な笑みを浮かべる。


『臆病風に吹かれ、軍を強化したつもりが、結果的に【ゼーレ】を失うことになったのだ。軍は壊滅だ……様を見るがいい』


 アイスドラゴンの笑みには、歪な憎しみがくっきりと映し出されていた。


 あいつは、本当にあのアイスドラゴンなのか?

 エンペラードラゴンを助けてほしいと俺に頭を下げた、あの優しそうな表情は何だったんだ?


『私は……ラミラを殺したあの男を許さないっ!』


 アイスドラゴンの叫びは、世界が凍り付くほどに冷たく、全身に鳥肌が立った。

 心臓が、ぞくりと冷えた。


 ラミラ……ラミラネールというのは、ルゥシールの母親か?


『ルゥの魔力を甘く見て、無謀な指令を下した無能め! 愛すると誓った女を、みすみす死に追いやった冷血漢め! 大切なものを何一つ……誰一人救えもしない男が一族を総べるなど…………寝言を抜かすなっ!』


 アイスドラゴンの口から、真っ赤な血が一筋垂れてくる。

 喉が裂けたのだろう。


「お前は、ラミラネールの……」

『姉だ。ルゥシールは、私の姪にあたる』


 エンペラードラゴンの側近を務めていたのは、そういう血縁関係も大きく影響しているのかもしれない。

 パルヴィがウルスラを傍に置くように、統治者には信頼できる人間が必要なのだ。


 ……もっとも、重要なところで裏切るのも、信用していた人間であることが多いのだがな。


「……つまり、思慮の浅いエンペラードラゴンは、ルゥシールの封印に成功しながらも、【搾乳】の存在に怯え、まんまとあなたの口車に乗ってしまったというわけね」


 黒い影に囲まれた状態で、フランカがアイスドラゴンに問う。

 軽く毒が混ざっていた。


『そうだ』

「なら、お目出度いエンペラードラゴンを主やワタシたちが倒すことも既定事項だということか」


 拘束されながら、テオドラが問う。

 また、サラッと毒が含まれていた。


『守りに入った者に勝機はない。貴様らがヤツを下すのは分かっていた』

「ほんだら、ヘッポコピ~なエンペラードラゴンばぁ、お婿はんに『にゃあにゃあ』言わされ取ったんは、えぇ気味じゃあち、思いよっただか?」


 影におびえるグリフォンの上で、トシコが問う。

 悪意の塊だ。猛毒だな、こいつのは。


『くははは……無様であったな……ふふふ……』


 アイスドラゴンは笑いを漏らす。

 そして、それを聞いて三人はこくりと頷いた。


「……なるほどね」

「よく理解したぞ」

「んだ。もう十分だべ」


 そして、顔を上げると同時に、全身からまばゆい光を放つ。


『なっ!? なんだ、その力は!?』


 目も眩むような輝きに、アイスドラゴンが驚愕の声を上げる。


 俺もびっくりだ。

 あいつら、何やろうってんだ!?


「……ミーミルが解析した無の結界の解除法を、少し応用した魔法」

「うむ。ワタシはよく理解出来なかったのだが……これでいいのか?」

「オラにも出来とるべな。案外簡単なんやねぇ」

「あのねぇ!? 私が、この私が! あんたたちの体内に分かりやすいように情報を乗せた魔力を送り込んであげたんでしょうが! フランカのくみ上げた魔法構成式を頭じゃなくて心で理解できるようにっ!」

「うむ。ワタシはよく理解出来なかったのだが……これでいいのだな?」

「聞いてた、私の話!? あなた、剣振ってない時ちょっとボーっとし過ぎよ!?」

「まぁまぁ、鳥さんもちぃ~っとは偉いちぃ思いよるでな、そう怒らんで」

「ちょっとじゃないわよ! 物凄いことなのよ、この技術!? 使えるの、私とあと数人いるかどうかなんだから! ミーミルにだって出来ない芸当なのよ!?」


 姦しい。

 女三人にグリフォンが寄って騒がしい。


 だが、しかしだ。


 あいつらを取り囲んでいた黒い影――【ゼーレ】が一瞬で数体姿を消していた。

 そして、足元には光の玉が転がっている……あれは、テオドラが見せたルプトゥラ・ドラガオン……?


「……無の結晶の解除を逆方向にちょっと弄って、無の結界を使えるようにしてみたわ」

「いや、サラッと言ってるけど、それ凄まじいことだぞ!?」


 なにせ、無の結晶は、この世界でただ一人、龍族を総べるエンペラードラゴンにしか扱えない魔法なのだ。

 ……こいつら、出鱈目にもほどがある。


「ん~! やっと動けるようになったな」


 真龍に拘束されていたテオドラが両腕を組んで伸びをする。

 こいつら、話を聞くためにあえて動けない振りしてやがったのか?


「……【搾乳】。周りの【ゼーレ】は私たちでなんとかするわ。あなたはルゥシールを」

「あぁ、そうだな」


 だが、俺一人で真龍とアイスドラゴンを相手にするのは少しきついか……

 と、思っていると。



 ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!



 シルヴァネールがアイスドラゴンに襲い掛かった。

 これまでに見せたことのないような気迫だ。

 ルゥシールを利用されて怒っているのだろうか。


「……アイスドラゴンはシルヴァネールに任せましょう」

「わかった!」


 俺はルゥシールに向かって飛行する。

 しかし、俺がたどり着く前にルゥシールは遠くへと行ってしまう。

 今度こそ! ……と、移動を繰り返すが、何度やっても俺が到達する前にルゥシールが移動してしまう。それもかなりの速度が出ている為に全然近付けない。


 ……なんだか、スゲェ避けられている気がして泣きそうだ。


『嫌われたな、人間よ』

「お前のせいだろうが」


 俺の目の前に、真龍が現れる。

 音もなく移動をする様は、本当に不気味に見える。実体がないこいつは、そこにいるのにも関わらずこの世界のどこにも存在していないような違和感を覚える。


「正直焦ってんじゃないのか? お前らの大嫌いな無の結界が量産されちまったぞ」

『くくく……人間ごときが見よう見真似で扱う結界など、脅威にすら成り得ぬ』

「お前が怖くて仕方ないのはエンペラードラゴンの結界だけだもんな」

『…………不快だな、今の発言は。取り消してもらおう』


 目の前の空間が歪んだような、そんな錯覚に捉われた。

 存在しないものが存在感を増した……耳鳴りに似た頭痛がする。

 触れてはいけないものに触れようとしている……本能が警鐘を鳴らす。


 だが、それがどうした。


「認めるのも怖いのか、この腰抜けが」


 言葉を発して、唇を閉じるまでのほんの一瞬で――俺の体はイカヅチに貫かれた。


「…………か……っは!」


 全身がしびれて、指の一つも動かせない。

 なんだこいつ……予備動作も、その予兆すら何もなく魔法が使えるのかよ……

 いや、違ったな……こいつは魔力なんか持っていないんだ……これは魔法じゃない。ヤツ特有の能力…………俺たちが飛んだり跳ねたりするのと同じく、何の準備もなく行える普通の動作なのだ。


 油断したな。

 魔法の予兆を感じ取って回避する癖が付き過ぎていたのだ。

 こうも綺麗に魔法を喰らったのは久しぶりだ。


 あれはたしか、俺がまだガキだったころで……お袋に魔法の稽古をつけてもらっていて……そうそう、魔界の森で模擬戦をしていて、開始早々お袋を見失っちまって、それでお仕置き代わりにきつい一発を喰らわされて…………はは、懐かしいな…………………………


 ってぇ!

 走馬灯見てる場合じゃないだろう、俺!?


 ……危ない危ない。もう少しであの世に召されるところだったぜ。


 ダメージを受けたらすぐ回復。

 そして、次の攻撃に備えて回避行動。及び、反撃のための予備動作だ。


『……遅い』

「――っ!?」


 落下の途中、真龍を見上げようとした俺の背後から、その真龍の声が聞こえた。

 完全に背中を取られ、成す術なしだ……

 次の瞬間、俺の背中で激しい爆発が起こる。岩山を吹き飛ばした例のアレか?

 咄嗟に結界を張っていなければ体がバラバラにされていただろう。


『ほぅ……なかなか』

「…………っけ! 嬉しかねぇぜ!」


 身をよじり、真龍に反撃の一発をお見舞いする。……が、あっさりとかわされてしまった。

 ……速い。

 もっと広範囲で逃げられない魔法を使う必要があるか。


「 ―― お袋 頼む ―― 」


 詠唱を行い、ありったけの魔力を両手に集める。

 そして体を大の字に開き、魔力を解放する。


 俺の全身から放射線状に黒いイカヅチが迸る。

 クモの糸のように空へとイカヅチを張り巡らせる。


 そしてそれを、折りたたむように一点へ集束させる。

 空の上をいく筋もの光が走っていく。

 獲物を追い込むように、羽を閉じる蝶のように、広げた指を握るように、黒いイカヅチが真龍を捉える。


「これで逃げ場はねぇぞ!」


 無数のイカヅチが、全方向から真龍を追い込む。前後左右、最早どこにも逃げ場はない。

 鋭利なイカヅチに切断され、焼け焦げろ!


『浅はかなり……』


 俺の放ったイカヅチは、完全に真龍を捉えた。

 だが……真龍の体が八つの影に分裂した。

 体が途切れ、生まれた隙間をイカヅチが通り抜けていく。


 ……ノーダメージ…………当てられなかった。


『我らは、ヤマタノオロチの【ゼーレ】であると言ったであろう?』


 そうだった。

 やつらは九体の影の集合体なのだ。

 その内一体はルゥシールに憑りついているから、残りは八体。

 くそぉ、まさかかわされるとは……


 絶対捉えられると思って魔力をありったけ込めたってのに…………


 マーヴィン・エレエレを使おうにも、相手は【ゼーレ】。奪おうにも、魔力その物がない。

 かと言って、仲間から魔力を借りられる状況ではない。そんなことをすればあいつらがやられてしまう。


 どうすればいい……

 どうすれば…………


 そうだ!


 俺は懐からおっぱいを取り出す。

 いや、違うぞ。俺のおっぱいを放り出したわけではなく、ポリメニスから貰ったあのおっぱいスイッチだ。

 もしかしたら、もう一度押せばもう一度魔力の補充が出来るかもしれない。


 微かな望みをかけて、俺は乳首を押し込んだ。



 ……し~ん。


 押しが弱かったかな?


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ!


 乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首乳首っ!


 押してダメなら引いてみる!


 ………………それでもだめなら、優しく、指先で転がすように…………



 ………………なら、思い切って口に含んで……っ!


『何をしているのだ、貴様は?』


 おっぱいスイッチの乳首を咥えようとしていたところを、真龍にバッチリ見られていた。


『…………頭がおかしくなったのか?』


 めっちゃ恥ずかしい!

 うっわ、なんだろう、この羞恥プレイ!?

 辛い! 辛すぎる!


『気の毒にな』

『人間は脆い生き物だからな』

『次元の違う敵に臆したのだろう』

『無理からぬこと』

『愚かなり』

『愚かなり』

『愚かなり』

『愚かなり』

「愚か愚かうっせぇ!」


 八体の真龍に淡々と言われ、恥かしさ急上昇だ。

 別に恐怖でおかしくなったわけじゃねぇや! 元々だ!


「…………誰が元々おかしいだ、こらぁ!?」

『何も言っていないが?』

『あぁ、言っていない』

『人間は、かくも愚かな生き物よな』

『愚かなり』

『愚かなり』

『愚かなり』

『愚かなり』

「だから、愚か愚かうるせぇっつの!」


 もういい!

 こいつら素手でぶっ飛ばす!


 そう思い、拳を握りしめた時……


『ぐぅっ!?』


 真龍の内、一体の影を何かが貫いた。

 貫通した『ソレ』は、俺の方へと向かってくる。


「ぅわっ!」


 反射的にキャッチすると……それは一本の矢だった。

 トシコか?

 ……いや、トシコの矢は尽きているはずだ。

 じゃあ一体……


「ん?」


 よく見ると、矢に紙が巻き付けられている。

 ……矢文?


 その髪を開くと、なんともまるっこい文字でこう書かれていた。



『連射するなっつってんでしょ! アシノウラノあほー!!』



 ……エイミー?


 その手紙に寄れば、あのおっぱいスイッチはパルヴィの魔力を俺へと送るための『魔力転送砲』の発射ボタンらしい。

 パルヴィの魔力を詰め込めるだけ詰め込んで、その魔力を俺のいる場所へと発射する。ポリメニスの発明らしい。

 だが、パルヴィの魔力はすべて転送用に回すため、発射に使用する魔力を別のところから集めなければいけないらしい。その『別』というのが、エイミーたち組織と、バスコ・トロイや四天王他、王国の魔導士たちらしい。


 つまり……


『すっごく魔力使うんだから、そう何回も使うな! 努力で切り抜けなさいよね!』


 ということらしい。


『追伸。この矢は、あたしとナトリア、ルエラの三人の魔力で超々距離の飛行を可能にし、しかもアシノウラに命中するまで前進をやめない魔道具なのよ。高いから、今度会った時に返してね。…………壊すんじゃないわよ?』


 だ、そうだ。

 …………けち臭い。

 今すぐに折ってやろうか?


 と、そんなことよりも……


「驚きの新事実だな」


 俺は、俺の目の前にぷかぷかと浮かぶ真龍どもに向かって言ってやる。


「実体はなくても、こちらの攻撃は効果があるようだな」


 黒い影の塊は、表情を窺い知ることは出来ないが……相当頭にきている様だ。

 不穏な空気が辺りを支配していく。


『………………』

『………………』

『………………』

『………………』

『………………』

『………………』

『………………』

『…………滅する』


 そんな言葉を吐いた直後、八つに分かれていた影は再び集結して一頭のドラゴンを形成する。

 そうやってようやく表情を見ることが出来るのだが…………怒り心頭なようだ。眉間にくっきりと深いシワが寄っている。


 真龍が大きく口を開く。

 ……マズい。魔力が尽きかけて……まともに飛べるかも怪しい。


 真龍の喉の奥に、毒々しい輝きを放つエネルギーが集まって来る。

 ……あれは、爆裂のブレスかっ! 一番厄介なのが、それもなんかフルパワーっぽい感じで出てきやがった。


 喰らうとマズい。


 なんとか回避を……


『……滅びろ』


 そんな短い言葉をと共に、凶悪なブレスが吐き出され…………なかった。



 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!



『ぐ……ぅっ!?』


 真龍の側面に、高スピードで突っ込んできたルゥシールが体当たりをかましたのだ。

 真龍は吹き飛ばされ地面へと叩きつけられた。

 地響きがして、濛々と砂煙が舞い上がる。



 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!



 そんなことよりも、ルゥシールの様子がおかしい。


「ルゥシール! どうした!? 苦しいのか!?」


 名を呼ぶと、真紅の瞳が俺を見る。

 その瞳が、不安げにゆらゆらと揺れている。


『………………ご主人さん』


 今にも泣きそうな、か細い声。

 落ち着かせてやろうとそっと手を伸ばす。


「きあっ!」


 しかし、ルゥシールは体を震わせ、俺を拒絶するように距離を取った。


『ご……ごめんなさい…………でも…………』


 ゆらゆらと揺れていた瞳が、突然見開かれる。

 瞳孔が限界まで広がっている。


『ダ…………ダメ…………ですっ…………目覚めては…………っ!』


 巨大なドラゴンが、身を縮めるように丸くなっていく。

 胸を掻き毟る様な素振りを見せ、首を振る。



『ヤツが取り込んだ、我らの仲間が「悪さ」を始めたのだろう』



 真龍が発したそんな言葉が思い起こされる。


 まさか、ルゥシールの闇の【ゼーレ】を目覚めさせようと言うのか……

 ヤマタノオロチと真龍が別人格だったように、ルゥシールの体の中には、ルゥシール本人とは別の人格……闇の【ゼーレ】が眠っているだ。

 最初から存在していた十の【ゼーレ】の最後の一人。


 そいつを目覚めさせて、ルゥシールの体を乗っ取るつもりか?

 それとも……


『ぁぁああああああっ! ダメですっ! もう、限界ですっ!』


 ルゥシールが絶叫し……次の瞬間…………ダークドラゴンの口から黒い影が二つ吐き出された。

 そして……


「ルゥシール!」


 脱力して落下して行くルゥシールは……全身がグレーの鱗で覆われていた。

 これは……ニヒツドラゴン?


 やがて、ドラゴンの姿さえ維持できず、ルゥシールは人間の姿に戻る。

 地面に落ちる寸前で、俺はルゥシールを受け止めた。

 ゆっくりと着地する。


 その時、空でけたたましい咆哮が鳴り響いた。



 キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!



 ……俺たちの頭上に、ゆらゆらと揺らめく、存在が不安定な…………ダークドラゴンがいた。









いつもありがとうございます。



【ゼーレ】さんってば、激おこプンプン丸なんだからねっ!

――の回でした。




今回は、

セル編でピッコロさんが片腕をやられて「もうダメぽ~」状態に陥り、

セルから情報を聞き出して、

「ザンネーン! 実は腕、生え変わるんでしたぁー!」


みたいなことになっています。


私の中の「かっこいい」は割とピッコロさんベースなのかもしれません。



じゃあ、こうしましょう!




実は今作の出演者、全員肌が緑色だった!





……いやぁ、ないわぁ。

せめて額に「ぴよん」っていう触角が付いてる程度に留めておかないと…………留まってないわぁ、それもないわぁ。






そして、新技術。

グリフォンの『データ送信』です。



魔法の習得は、さながら、

60文字近くあるメールアドレスを携帯でちまちま打ち込む作業に似たり。



私「はぁ~、やっと入力できた……」

友「送信してみて~」

めーるでーもん「そんなメアドは無いっ!」


私「…………」

友「どっか打ち間違えたんじゃん? よく見て、ほら。もう一回」


その後、めーるでーもんからの受信多数。

私、友よりもめーるでーもんとメル友っぽい。



そんな苦労をしていた矢先……


私「アドレス教えて~」

友「赤外線送るね……はい、OK」

私「今、何した!? 私の携帯に何したのっ!?」

友「赤外線送ったんだよ。こっから赤外線が出てるの」

私「この携帯が魚だったら中までふっくら焼けちゃってるとこだよっ!」

友「……いや、何に怒ってるのか知らないけど、遠赤外線ではないから」

私「あ、でも……心なしか温かく……」

友「なってねぇよ」



と、

これくらい便利になったのです!

本人が理解していなくても、そいつが使えるようになる。

これってすごいですね。

これでアドレスを何十万文字にしたって平気ですね。

携帯なりスマホなりを向け合って「チン!」と赤外線を飛ばせば、

ホカホカのデータが送れるんですよね。


なので、今現在テオドラとかトシコはちょっと温かいかもしれません。



んなわきゃない。





次回もよろしくお願いいたします。


とまと

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