141話 ドラゴンと【搾乳の魔導士】
「く……っ! なんてパワーだ……っ!」
全身に叩きつけるような突風を浴びる。吹き飛ばされないようにしがみ付くだけで精いっぱいだ。
くっそ……遠慮なく全力出しやがって…………っ!
ちょっとは遠慮しろよなぁ……ルゥシール!
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
「『キシャアア』じゃなくてっ! ちょっとは、背中に、乗ってるっ、俺のことも……って、危ねぇっ!?」
ルゥシールが突然錐もみ飛行を開始する。
こいつ……俺を振り落とす気か!?
「お前、なにテンション上がってんだよ!? ちょっと、落ち着けって!」
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ダメだ、全然聞いてない……
ダークドラゴンの姿へ変身したルゥシールは、最初から全開だった。
覚醒したルゥシールは、以前よりも一回り大きくなっており、角や鱗の形状が少し変化していた。全体的に鋭く、刺々しく。
まぁ、おかげで捕まりやすいんだけれども。
あと特筆すべきは、スピードがスゲェ上がってる。
なんというか、感じる風が別次元だ。
まるで殴りつけて来るような、世界を作った神とやらがおのれの領域に踏み込もうとしている存在を排除しようとでもしてるんじゃないかと、そんなことを思ってしまう様な突風が全身に襲い掛かってくる。
「くそ……ここまでパワーアップしてるとは……スゲェな、覚醒……っ!」
現在、エンペラードラゴンとの戦闘真っ最中なのだが……
戦況がまるで分らない。
なに、この置いてきぼり感!?
俺、完全に蚊帳の外なんですけど!?
なんだか、俺の周りでバリバリと恐ろしい爆音が鳴り響いているのは分かるのだが、その音が、誰が何をした音なのかが全く分からん。
一応、俺はノーダメージなのだが…………なんか、俺何してんだろう?
現在俺がやっていることと言えば、ルゥシールに振り落とされないようにしがみ付いているだけだ。……ルゥシールとの戦いじゃねぇか、これじゃ。
ポリメニスから送られた魔力を使い、俺はルゥシールを救出に向かった。
龍族の里にそびえ立つ巨大な塔。そこの地下にルゥシールはいた。
透明な結晶に閉じ込められて、神殿のような場所で眠っていたのだ。
全裸で。
……いやぁ、いい物を見た。
直立で、結晶に閉じ込められ、天井近くに浮かんでいた。
謎の光のせいで肝心なところは見えなかったが……回り込んでも、しゃがんでみても、飛んでも跳ねても、ど~しても見えなかったが……
けど…………アレはアレで、よかった。
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
凄まじい衝突音の後に激しい衝撃が俺たちを襲う。
エンペラードラゴンが無茶をしやがったのだろう。
……俺、戦火の真っただ中にいるのに何も状況が分からない。
だからこうして、おっぱいのことを考えているくらいしかすることがないのだ。
…………命がけで何を考えているんだ、俺は。
「ルゥシール! 一度距離を取れ! 俺も参戦する!」
ルゥシールをダークドラゴンへ変身させるために、俺の魔力はすべてルゥシールに渡してしまった。少しでも魔力があれば、風の抵抗を和らげる魔法でも使えるのだが……
なんにせよ、こうまで切迫した状態では何も出来ない。
ほんの少しだけでもいい、時間が欲しい。
なのだが……
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールは果敢にエンペラードラゴンへと突っかかっていく。
…………このアホドラゴン……
「人の話を…………」
俺は、鱗をしっかりと握り、しがみ付きながら、右腕をルゥシールの首もとへとのばす。
そして……
「聞けぇぇえっ!」
逆鱗を思いっきりもにもにしてやった。
「にゃぁぁあああああああああああああっ!?」
ルゥシールが失速し、墜落していく。
その時、俺の頭上を、掠めるように毒々しい色をした光線が通り過ぎて行った。
…………っぶねぇ!?
毒々しい光線は、俺たちを素通りして背後の岩山へと直撃した。
で、直撃した途端…………岩山が吹き飛んだ。
光線が触れると同時に恐ろしい爆発が起こり、岩山の頂付近が抉れ、そして吹き飛ばされた。
…………娘に向かってなんてもん吐き出しやがるんだ、あのバカ親。
あんなブレス、これまで吐いたことなかったよな?
ってことは、ヤマタノオロチとかいうやつの【ゼーレ】を取り込んで得た力ってことか……
どうなってんだよ、龍族ってのは!?
とにかく、【ゼーレ】を無効化しないと厄介なことこの上ないな。
テオドラみたいな技が他に無いのだろうか……
「なぁ、ルゥシール! お前【ゼーレ】を……」
ドォォォォオオオオン………………
そんな音を響かせて、俺たちは地面へと墜落した。
…………お前、ちょっとは飛べよ。
濛々と土埃が舞い上がり、光が遮られる。
乾いた大地に巨大なクレーターが出来上がっていた。
その中心に、ルゥシールは横たわっている。
「……おい、大丈夫か?」
「きあっ!」
突然、ルゥシールの顔がこちらを向く。
長い首が「ぐりんっ!」ってこっち向いたからちょっとビクッてなったじゃねぇか。
「きあ! きあっ!」
何か抗議をしているようだ。目尻に、軽く涙が溜まっている。……腹でもぶつけたか?
「きぁああ!」
どんなに吠えても「きあ」しか言えないのか、こいつは。アイスドラゴンでさえも流暢にしゃべってたってのに。
「覚醒しても、全体的に強化されるわけじゃないんだな」
「きあ!?」
【ゼーレ】をいっぱい取り込んだ方が、知能が上がる気がするな。
覚醒してパワーは格段に上がったが、アホのままだからなぁ……
そんなことを考える俺を、ルゥシールはジッと見つめていた。
なんだ? 抗議でもしようってのか?
「ぴぃっ!」
「バリエーションが増えた!?」
いやいや、そんなことはどうでもいいんだ、ルゥシールよ。
それがお前の精一杯なんだろうけど。いや、そんなドヤ顔するようなことじゃないからな。
「エンペラードラゴンの【ゼーレ】を無効化することは出来ないか?」
「ぴ?」
ブルードラゴン戦のような決着が理想的なのだ。
このまま全力でぶつかり続ければ、仮に勝利したとしても……
「エンペラードラゴンを殺したくはないだろう?」
「…………!?」
手加減の出来ない相手故に、全力を出さざるを得ない。
そうなれば……勝敗がつくころにはどちらかが息絶えている可能性が高い。
そんな戦いを、こいつにはさせたくない。
「お前は、お人好しだからな」
目を真ん丸にして俺を見つめる、そんなルゥシールの鼻頭を撫でる。
シルヴァネールが力を使って縮んでいくことをあんなに思い悩んでいたヤツだ。
仕方なかったなんて理由で親を手にかけたとなると……こいつは一生後悔し続けるに違いない。
そんなもんは、勝利とは呼べねぇ。
勝った奴が笑ってなきゃ、そんなもん、意味がないだろうが。
「俺がお前に、最高の勝利をくれてやる」
「…………きゅう」
鼻から頬へ腕を伸ばし、目の傍を撫でてやると、ルゥシールは目を細めて短く鳴いた。
……と、そこへ。
『二人で何をイチャイチャしているぅぅぅぅぅぅうううううううううっ!』
エンペラードラゴンが絶叫し、口から八種類ものブレスを一気に吐き出した。
色とりどりのブレスは、それぞれに凶悪な魔力を帯び、俺たちの命を刈り取ろうと接近してくる。
マズい、結界を……っ!
と、俺が思うより早く、ルゥシールが動いた。
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
世界を埋め尽くさんばかりの勢いで闇が吐き出されていく。
一瞬で世界から光が消え失せ、俺たちに迫ってきていた凶悪なブレスを飲み込んでしまった。
凄い……覚醒したダークドラゴンは、ここまで強いのか…………いや、ルゥシールが特別なんだったな、確か。
闇はブレスを飲み込んだ後もそこに留まり、俺たちを世界から隔離している。
闇の向こうで凄まじい轟音が響いている。
エンペラードラゴンが闇を打ち破ろうとブレスを吐いているのだろう。先ほどの恐ろしい爆裂のブレスだろうか、凄まじい爆音が轟いている。
闇を吐き、その効果のほどをしばし観察した後、ルゥシールは改めて俺の方へと顔を向けた。
「きゅう♪」
「いや、続きやる気かよっ!?」
どこまでマイペースだ!?
そりゃ俺もさ、一瞬浮かれてムードに流された感はあったけど、一回現実に引き戻された後に改めてそっちの世界に戻ろうとするって……お前、スゲェな。
ルゥシールがぐりぐりと頭をこすりつけてくる。
痛い痛い! 角! 角が前よりさらに鋭くなってるから! 触れるだけでも痛いから!
「とにかく、お前の魔力を分けてもらうぞ」
ルゥシールは闇のブレスを通して魔力を吸収することが出来る。
エンペラードラゴンの放った、全力のブレスを今なお、現在進行形で飲み込み続けているのだ。魔力は腐るほどあるだろう。
「だから、だな……あの、また……その……逆鱗を、だな……」
これまで、何度か触れてきた逆鱗だが……つかついさっきももにもにしたところだが……『おっぱいよりも大事な所』と言われてしまった箇所を、面と向かって「触らせてくれ」と言うのは、やはり少し恥ずい。
だったら、「おっぱい揉ませてくれ」の方が言いやすい。
「ダメだったらおっぱ揉ませてくれ!」
「きあっ!」
なんか怒られた。
「じゃあ、ダメでもダメじゃなくてもおっぱいは揉む!」
「きあぁっ!」
もっと怒られた。
そういうことじゃないようだ。
こほんと咳払いをし、ルゥシールは俺をジッと見つめる。
ミーミルに教えてもらった、魔力を文字列に変換する読心術を……スゲェ苦手なんだけれど……試みてみる。
『…………魔力を得るためには、仕方ないですので…………いいですよ』
と、そんな風に言っている気がした。
「……いいのか?」
読心術の結果に自信がなかったので、念のために聞いておく。
するとルゥシールは、こくり……と、頷いた。
そして……
「…………きぁ」
小さく鳴いて……闇のブレスを吐き出した。
世界が更に暗くなる。
……いや、「明るいと恥ずかしい」とか、そんなこと言ってる場合じゃないから。
世界が暗闇に覆われ、その中で漆黒の鱗の中から逆鱗を探り当てなければいけない。
難易度高すぎるだろう、これ!?
まったく……さっきからルゥシールに苦労させられてばかりだ。
こんな手探りじゃあ、逆鱗を触ったところで分かるわけが……
「んにゃぁぁあああ……っ!」
……あ、みっけた。
意外とわかりやすかったな。
うん。
手触りもぷにぷにしている。
そのぷにぷにした鱗をむにっと掴むと……
「にゃあっ!」
ルゥシールの悲鳴が聞こえ、それと同時に、おびただしい量の魔力が俺の中へと流れ込んできた。
……スゲェ。
こいつら、どんなレベルで魔力の押収してやがったんだよ……
こんなもん、人間がどうこう太刀打ちできるレベルじゃねぇじゃねぇか。
まぁ、もっとも、「普通の人間には」だけどな。
「なぁ、ルゥシール。答えられるなら答えてほしんだが……」
闇に覆われ、何も見えない。
だけれど、確実にそこにルゥシールがいる。
声は届くだろう。
顔が見えない分、逆に話しやすいかもしれない。
どうしても、確認しておかなければいけないことがある。
「お前、本気を出せばエンペラードラゴンを殺せるよな? 今のままで、十分」
返事は、しばらくしてから返って来た。
「…………きあ」
それは、肯定しているように聞こえた。
「けど、そうしたくなくて、力を抑えて戦ってたんだよな、さっきのは」
「…………きあ」
「で、それじゃあ決着がつかないから、どうしたらいいのか、迷ってたんだよな」
「………………きぁ」
最後の声は、微かに震えていた。
魔力の量を比べるならば、エンペラードラゴンの方が大きい。
攻撃力や戦闘技術も、きっと向こうが上だろう。
だけど、そんな不利な状況などものともしないほどに、ダークドラゴンは特別なのだ。
こいつの背中にしがみ付きながら、ずっと違和感を覚えていた。
伝わってくる振動や鳴き声のタイミングから、ルゥシールが防戦一方だったことは分かっていた。
だが、この闇を吐き出した時もそうだが……ルゥシールのブレスは強力、かつ、吐き出すまでに『溜め』を必要としないのだ。
どのドラゴンも、ブレスを吐き出す前には魔力を『溜め』ていた。
かつてのルゥシールもそうしていた。
しかし。
さっきのブレスはノーモーションだった。
俺の無詠唱に近い速度だ。
それで確信したのだ。
こいつは、手を抜いている――と。
龍族を総べるエンペラードラゴン相手に、手加減をして互角にやり合ってやがったのだ。
すなわち、勝つことは容易なのだ。
それをしないのは、エンペラードラゴンを……父親を傷つけたくないからに違いなかった。
ルゥシールは、母親が亡くなったのを自分のせいだと思っている。
その上父親まで……なんてことになれば、こいつは自分の血を呪うようになるかもしれない。
いつの日か、笑顔を失ってしまうかもしれない。
そんなこと、俺がさせない。
だって……
だって俺は…………
「俺は、ルゥシールの笑顔が一番好きだからよ」
「きあっ!?」
「ん?」
「きあっ!? きあっ! きあっ!?」
なんだ?
ルゥシールが騒がしい。
何か言いたいのか?
「きあ! きあ! きあきあ!」
「なんだよ? わかんねぇよ」
「きあぁあああ………………わんもあ!」
「しゃべった!? ねぇ、今しゃべんなかった!?」
「きあ?」
なんか、こいつは生物の限界を超えてきてないか?
つか、何が「わんもあ」なんだ………………あれ?
俺、さっき…………もしかして、また心の声が口から漏れちまったのか!?
あぁ、なんかそんな気がするっ!?
だって、さっきのルゥシールの嬉しそうな声……つか、浮かれきった鳴き方とか!
あぁぁ~~~~~~あああっ!
その癖、治そうとすげぇ頑張ってたのに!
だってよ、おっぱいを見たら反射的に「おっぱい」って言っちゃうんだぞ?
困るだろう、色々?
ルゥシール見たら反射的に「揉みたい」って言っちゃいそうになってたんだって!
それを防ごうと努力して…………あぁっ! ここ最近は上手くいってたのにぃっ!
「きあきあ! きあっ!」
「えぇい、うるさい! 今はそんなことを言っている場合じゃないだろう!?」
「…………きあぁ」
「不満そうな声を出すな! とにかく!」
俺がやるべきことはただ一つ!
「みんなで笑えるハッピーエンドにしようぜ」
「きあっ!」
元気な鳴き声と共に、ルゥシールが起き上がる。
俺の中にも十分過ぎるほど魔力が溜まっている。
ルゥシールは【ゼーレ】を眠らせる技を持っていないようだ。
これまでの話を総合するに、ダークドラゴンの力は【ゼーレ】を飲み込む……つまり、力が強過ぎて完全に消滅させてしまうのだろう。
だから、ルゥシールはエンペラードラゴンに攻撃できないのだ。
こいつがブレスを吐くのは、いつも自分に向けられたブレス――攻撃にだけだった。
もし、闇のブレスをドラゴンにぶつければ……おそらくそのドラゴンの【ゼーレ】は消滅してしまうのだ。
【ゼーレ】は、ドラゴンが絶命すると次のドラゴンに受け継がれるらしい。だが、【ゼーレ】が先に消滅してしまった場合はどうなるのだ?
おそらく、その【ゼーレ】は完全に失われ、もう二度とこの世に生まれてくることはないのだろう。
さらに言うなら、ドラゴンの絶対数は決まっていると言っていた。
……【ゼーレ】が消滅し続ければ、やがて龍族は途絶えてしまうだろう。
何頭ものドラゴンの肉体へと転生を繰り返し、その数を減らすことのなかったドラゴンが、絶滅してしまうのだ。
それは恐怖に違いなかった。
だからこそ、龍族はダークドラゴンを恐れた。
そして――ルゥシールも、自分の力を恐れ、悩み、苦しんでいた。
「お前の力ではエンペラードラゴンを抑えられない……そうだな?」
力が強過ぎるから……そういうニュアンスを込めて問いかけると、闇の中から微かな動揺が伝わって来た。
そしてルゥシールは、本当に小さな声で「……きあ」と鳴いた。
「なら、俺がなんとかしてやるよ」
「きあ……」
「なんだよ、不安げな声出しやがって。俺が信用できないか?」
「きあ!」
「…………肯定?」
「きあきあきあ!」
「否定か」
「きあ!」
……いまいち自信はないが、まぁ、信じてくれていると信じよう。
信頼は、まず信じることから始まると言うし。
「んじゃあ、まぁ。さっさと終わらせるかな」
この戦いも、随分と長引いちまったからな。
いい加減、ゆっくりしたいぜ……ルゥシールと二人で。
…………いや、仲間とみんなで、かな。
あぁ、そういや、ルゥシールに出会うまでは俺、一人旅してたんだよなぁ。
バスコ・トロイがアホみたいな圧力を全方面にかけやがったせいで………………帰ったらお仕置きしてやる。
けど……
ルゥシールをきっかけに、随分と変わったもんだな。俺を取り巻く環境は。
随分と多くのヤツらに出会ったけれど、その誰が欠けてもここへは辿りつけていなかったんだろうな。…………あ、ドーエンは別にどうでもいいや。あいつはオルミクルの村で幼女を愛でて、カジャの街につるぺた信仰を根付かせただけのヤツだ。むしろ諸悪の根源だ。あいつとの出会いだけは不要だったな。
「ルゥシール。なんか…………ありがとな」
「きあ?」
「いや、なんとなく。言いたくなった」
「…………きぁ」
ルゥシールがなんと言っているのかは分からんが……きちんと伝わった気がした。
そもそも、意思の疎通は、言葉に頼るものじゃないしな。
「じゃあ、ルゥシール! そろそろ行くぜぇ!」
「きぁあっ!」
本当に伝えたいことは、態度で示してやらぁ!
『お前の願いは、俺が叶えてやる』ってな!
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールが咆哮すると、闇が徐々に晴れていく。
それにつれて、エンペラードラゴンの吐き出すブレスの音も大きくなっていく。
凄まじい轟音がはっきりと聞こえて…………
『ルゥ! ここを開けなさい! 男と密室で二人きりなんて! パパりん許しませんよっ! 開けなさぁいっ!』
…………ブレスの音じゃなかった。
このオッサン、デカい声で何を叫んでやがるんだ?
『パパりん』って誰だよ……
そして、闇が晴れて俺たちが姿を現すと、エンペラードラゴン、改め、パパりんは目を剝いて絶叫した。
『ぎゃぁぁあああああっ! 逆鱗、揉ませてるぅぅぅぅううううううううううっ!』
……ユニークだな、龍族の長。
『貴様ぁっ! 責任を取るつもりはあるんだろうなっ!?』
「おぅ! いくらでもとってやるぜ!」
『貴様に娘はやらんっ!』
「どっちだよっ!?」
もう、このオッサン、意味わかんねぇ。
『娘の背にしがみ付くしか出来ぬ男に、娘が守れるかっ!? 認めるわけにはいかぁん!』
「じゃあ、よ」
俺は、魔力をこれでもかと籠めた右腕を突き出し、エンペラードラゴンに突き付ける。
「……俺がお前を止められたら、認めてもらうからな?」
『人間風情が…………我が【ゼーレ】を抑え込めるとでも思っているのか!?』
「あぁ。思ってるぜ」
『フンッ! へそが茶を沸かすわ!』
「ならこっちは、尻がご飯を炊くぜ!」
『マジでかっ!? 凄いな、貴様っ!?』
「きあっ! きあっ!?」
なんだかルゥシールが「きあきあ」言っているが……まぁおそらく、「だったらわたしは、おっぱいでソバを打ちます」とでも言っているのだろう。
………………なに、そのソバ!? めっちゃ食いたい!
『思い上がりもほどほどにしておけよ、人間……』
エンペラードラゴンが大きく羽ばたき、ゆっくりと空へ昇って行く。
『貴様ごときに私は抑えられぬ。十もの【ゼーレ】を持つ私に、敗北など有り得ん!』
「どうせ聞きゃしないんだろうが、その傲りがお前の敗因だ、……とだけ、先に言っておいてやる」
『笑えぬ冗談だ』
「じゃあ、冗談じゃねぇんだろ」
『………………来い』
「………………断る」
『いや、来いよっ!?』
「しょうがねぇなぁ……これだから構ってちゃんは……」
「……きあきあ」
なんだろう。
今ルゥシールに、「……本当に仲いいですよね、お二人とも」って言われた気がした。
『命を賭してでも……私は一族と娘の幸せを守るっ!』
「気が合うじゃねぇか! ……俺も、こいつを守るって決めてるんでな」
『……ふん』
エンペラードラゴンが翼を大きく広げる。
それだけで、世界が機嫌を損ねたように突風が吹き荒れる。
『とくと味わうがよい…………これが、龍族の長、エンペラードラゴンの全力だっ!』
エンペラードラゴンの全身から炎が噴き出す。
いや、あれは魔力か!
魔力が濃度を上げ可視化したのだ。
とんでもない量だ……エンペラードラゴンめ、本気で終わらせる気らしいな。
なら……こっちだって。
「こっちも喰らわせてやるよ……俺の必殺技をなっ!」
右手にすべての魔力を集め、拳を固く握る。
暗黒のイカヅチがバチバチと音を立てる。
漆黒の炎が俺の腕を包む。
血気盛んな風が俺の腕を取り巻くようにまとわりつく。
準備は出来た……
俺の取って置き……それが決まれば、エンペラードラゴンに勝てる。……はずだ。
「ルゥシール」
俺はルゥシールだけに聞こえる様な声で言う。
「最高速度でエンペラードラゴンに接近してくれ。顔面の前が好ましい」
そんな注文を出すと、ルゥシールは「きあ」と短く鳴いた。
エンペラードラゴンのブレスはかなり厄介だ。
あんなもんにいちいち構っていたら、いくら魔力があっても足りない。
奇襲による先制攻撃! これっきゃない!
『塵と化せぇぇええっ!』
「今だ、ルゥシール!」
「きぁぁあああっ!」
一瞬で、ルゥシールがエンペラードラゴンの眼前へと接近する。
『……なっ!?』
「驚いてる暇はないぜぇ!」
俺は、魔力を込めた右腕を大きく振りかぶる。
しかし、俺が拳を打ち出すよりも早く、エンペラードラゴンがこちらに向かって大きく口を開けた。
……マズい
ブレスが来るっ!
何とかして、阻止しなければ!
この距離で喰らうと、マジで死ぬ!
こいつを黙らせるには…………
「エンペラードラゴン、知ってるか!?」
俺は自分の左胸……丁度心臓のすぐそばを指さして、早口で言った。
「ルゥシールは、おっぱいの谷間の、ちょうどここら辺にホクロがあるんだぜ!?」
『見たのか、貴様ぁぁぁああっ!?』
よし、ブレスは阻止したぞ!
その隙に、俺は魔力をこれでもかと籠めた右の拳を、エンペラードラゴンの横っ面に叩き込んだ。
『ど……………………っ!?』
エンペラードラゴンが体勢を崩す。
俺の持てるすべての魔力を込めた右ストレートを喰らったのだ、流石のエンペラードラゴンといえどたまったものではなかったのだろう。
グラリと頭が揺れた。
だが……
『ふっ…………ふははは! この程度か、貴様の必殺技とやらは!? 全力を込めた一撃がこの程度では、私の【ゼーレ】は止められぬぞっ!』
ダメージは与えたが決定打にはならなかったようで、エンペラードラゴンは勝ち誇って高らかに笑った。
その笑い声が、不意に止まる。
『…………ルゥよ。あの男はどこに行った?』
「きあ~?」
すっとぼけるルゥシール。
よかった、言葉がしゃべれない状態で。
あいつ、しゃべれていたら盛大に嘘くさい棒読みをさく裂させていただろう。
「ふ~、ひゅ~ふぅ~」
ほら、吹けもしない口笛とか吹き始めた。
『くっ!? どこだっ、マーヴィン・ブレンドレル!?』
俺を探すエンペラードラゴン。
ならば、その呼びかけに答えてやろう。
「ここだ!」
俺は胸を張って高らかに言う! ……エンペラードラゴンの背中で!
『どこにいるんだ、貴様はぁ!?』
「言ったろう? 必殺技を食らわせてやるって」
『なっ!? ま、まさか!?』
そのまさかだ!
俺の取って置きの必殺技。
龍族の【ゼーレ】にだって負けない、究極の必殺技。
その名も……っ!
「存分に喰らいやがれっ! マーヴィン・エレエレ!」
俺は、エンペラードラゴンの逆鱗に手を触れ、思うままにもにゅもにゅしてやった!
『ふ…………ふにゃぁあああああああ~~~~~んっ!』
エンペラードラゴンが可愛らしい悲鳴を上げ、ルゥシールが渋い顔をしている。
「にゃん」と鳴く父親に、娘ドン引きの図。
しかぁし!
そんなことは知ったこっちゃないっ!
「喰らえ! 食らい尽くすがいい! 俺の必殺技! マーァァァアアヴィンンン・エ~レエレェェェエエエエエ~ィッッ!」
『にゃぁぁぁぁああああああ~~~~~~~~~~~んっ!』
ウブな少女のような声を響かせて、エンペラードラゴンは地面へ墜落する。
身もだえ、逃げようとするエンペラードラゴンの体を押さえつけ、俺は執拗なまでに逆鱗をもにゅもにゅもにゅもにゅし続ける!
と、そこへ……
「……【搾乳】っ、無事!?」
「主、遅くなってすまない!」
「お婿はん! 助けにきたべっ!」
フランカにテオドラ、グリフォンに跨ったトシコに、シルヴァネールまでもが駆けつけてきた。
「…………は?」
「…………え?」
「…………なんだべ?」
「…………どいうことなの、これ?」
「…………きあ?」
フランカもテオドラもトシコもグリフォンもシルヴァネールも、俺に逆鱗をもにゅもにゅされて「にゃあにゃあ」鳴いているエンペラードラゴンを見て表情を凍り付かせる。
と、さらにそこへ……
「エンペラードラゴン! 我々も及ばずながら加勢を…………えぇぇええっ!?」
全裸のアイスドラゴンとヤマタノオロチがやって来て、同上の光景を目の当たりにして素っ頓狂な声を上げる。
まぁ、そんなことより……
「全裸のド巨乳リタァーンッズッ!」
「……テオドラ、何か着るものを」
「ワタシの上着を貸そう」
「ほだら、そっちの人にはオラのを貸すべ」
「ちょっと待て、おまえらぁ!?」
俺がエンペラードラゴンとの死闘で手を離せないのをいいことに!?
抗議したいところだが、俺と、俺たちと、そして世界の命運をかけた死闘の最中だ。とてもそんな暇はない!
『にゃあ~ん!』
「暴れんなっ!」
『にゃぁああ~!』
そう、俺たちは今、死闘の真っ最中なのだっ!
「……これまでの苦労が報われないフィナーレね」
「まぁ……主らしいと言えば、そうなのだが……」
「オラ、もうつかれたからアッチさで休んで来るだ」
「私も~。魔力スッカラカンだわよ、ホント」
「……きあ」
「きあ……」
「……ヤマタノオロチよ……ここで見たことは、他言無用だぞ」
「…………(こくり)」
周りの連中が好き勝手言っている間も、世紀の激戦、世界の頂上決戦は続いていた!
『にゃぁぁああ~!』
歴史に残る、大決戦っ!
…………これ、残すのかなぁ?
そうして、その後俺のもにゅもにゅは実に一時間に及び……その間満タンになった魔力は適当に放出させつつ……たっぷりの時間が流れた後、エンペラードラゴンは魔力を完全に失い、魔力欠乏症で意識を失った。
魔力がなくなれば【ゼーレ】は機能を停止する。
俺は、十個もの【ゼーレ】を同時に抑え込んでやったのだ。
見たか、この頭脳プレイ!
華麗なる戦略!
俺の、作戦勝ちだ!
きっと、みんなが俺を褒め称え、崇め奉り、ちょっとしたラッキースケベくらいはプレゼントしてくれることだろう。
……と、思ったのだが。
颯爽と立ち上がった俺を出迎えたのは、全員の冷た~い目だった。
なんだろう。
責められているわけではなさそうなのだが…………誰も目を合わせてくれない。
そんな中、たった一人、俺を見つめているヤツがいた。
ルゥシールだ。
ルゥシールは俺をジッと見つめた後、静かな声で鳴いた。
「…………きあ………………きあきあ」
なんとなくだが、今の言葉は……
「ご主人さん……残念です」
――に、聞こえた。
……くっそぉ。
何故だ?
何故か俺は、物凄く頑張った時ほど褒めてもらえない……
もう、金輪際頑張るのやめようかなぁ。……いじいじ。
「……【搾乳】、いじいじしているところ悪いのだけれど」
フランカが俺の傍までやってくる。
そして、伸びているエンペラードラゴンを見つめ、顔をしかめる。
「……勝った、のよね?」
「あん?」
いや、どう見ても完全勝利だろう。
エンペラードラゴンはピクリとも動かない。なんなら、顔に落書きでもしてやるか?
「……じゃあ、何故……」
軽い気持ちでイタズラなんぞを計画している俺とは対照的に、フランカの表情はどんどん曇っていく。
……なんだ?
何が言いたいんだよ?
『何故』……?
『何故』……なんなんだよ?
「……エンペラードラゴンは人間の姿に戻らないの?」
言われて、視線を下に向ける。
俺は今、エンペラードラゴンの背に乗っている。
すなわち、エンペラードラゴンは現在、ドラゴンの姿なのだ。
……意識を失っているにもかかわらず…………
「あ、いや……ほら、ニヒツドラゴンだってドラゴン形態が楽みたいだったし、こいつも…………」
言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
フランカだけでなく、シルヴァネール、アイスドラゴン、ヤマタノオロチ……そして、ルゥシールまでもが表情を強張らせていた。
…………え。
なんだよ…………
もう全部終ったんだろ?
これ以上、なんもない…………よな?
「主、エンペラードラゴンがっ!?」
突然テオドラが声を上げ、全員の視線がエンペラードラゴンへと集中する。
「……なっ!?」
俺が視線を向けると、エンペラードラゴンがこちらを向いていた。
首を持ち上げ、振り返り…………眼球のすべてが真っ黒に染まった、死霊のような表情で。
一体……
何が起きようとしてるってんだ……
いつもありがとうございます!
エンペラードラゴン、しょっぼっ!?
…………と、思いきやっ!
というお話でした。
次回へ続く! です!
さてはて、
父親というものは、
なかなかに悲しい生き物なのかもしれません。
娘に「ハンバーグの匂いがする!」とか言われ、
彼氏を認めないって言ったら本気で叩っ斬られ、
「唾をつけておけば治るだろう」とか言われ……
本当に、大変ですよね。(某テオドラさん家の事情)
エンペラードラゴンも、
娘大好きパパりんだったようです。
これまでは龍族の長としてあまり娘に甘く出来ていなかったのです。
ルゥシールが「父上」と呼んでいることからも、
躾けはかなり厳しく行われていたと分かります。
そんな家庭で育ったルゥシールが、あんなぽわぽわしたアホの子に成長したのは、
ひとえに母親の影響が大きかったからなのでしょう。
きっと、厳しい父とは対照的に、
温かくて、柔らかくて、いつだって優しく包み込んでくれるような乳……もとい、母だったのでしょう。
しかし、ルゥシールの中に闇の【ゼーレ】が生まれてから状況は一変しました。
テオドラの父、ディエゴ・ジシスがエルフの森を強襲したダークドラゴンを討伐したのが十五年前。
そして、ルゥシールが闇の【ゼーレ】を受け継いだのもその頃です。
その後、当時ゴールドドラゴンだったルゥシールの母、ラミラネール・ディアギレフが、
我が子の、底知れない魔力に気付いて、闇の【ゼーレ】を相殺しようとし、
失敗して命を落とします。
それが三年前――ご主人さんと出会う二年前です。
一年間逃亡し続けたルゥシールが、シルヴァネールに追いつかれ、
グレンガルムの丘へ逃げ込んだのが二年前。
そこでご主人さんと出会い、人生を変えるような衝撃を覚えます。
そして、一年前にご主人さんのもとへ恩返しという名目で現れ、……現在に至る。
ずっと厳しく接していた娘に、優しくする暇もタイミングもないまま、
エンペラードラゴン――ロッドキール・ディアギレフは今日まで過ごしてきました。
本当は、母を失った娘に優しい言葉のひとつでもかけてやりたかった。
けれど、交わした言葉は――『闇の【ゼーレ】ごと眠りに就け』と、いうものでした。
悲しいですね。
父親として何も出来なかった娘に対し、
一族の長として残酷な決定を下さなければいけなかった。
その心境たるや…………
で、
そこに現れたのが、
娘の彼氏こと、マーヴィン・ブレンドレル。
通称【搾乳の魔導士】です。
私が父親で、娘の彼氏がそんな名前で呼ばれていたら……まぁ、叩き出しますよね。
娘が巨乳ならなおさらね!
ロッドキールが、親バカ全開になってしまうのも無理からぬことです。
当然です!
ですから、たとえ、逆鱗をもにゅもにゅされて「にゃあにゃあ」言ってたとしても、
そんなことくらいでは、全っ然、
父親としての威厳は損なわれませんよねっ!?
ねっ!?
…………う~ん、やっぱりこのフォローは強引過ぎるか……
初登場時は威厳たっぷりで、
「こいつ、強ぇ!?」
「こんなヤツに勝てるの!?」
みたいな感じだったはずなのですが…………どうしてこうなった。
やっぱり、ご主人さんと関わるとみんなこうなっていっちゃうようです。
なの、ですが……
何やら不穏な影が……
どうなるエンペラードラゴン!?
そしてその時、ご主人さんとルゥシールは!?
次回もご期待ください!!(← 70年代の次回予告風に)
次回もよろしくお願いいたします。
とまと