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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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14話 これはセクハラでしょうか? いいえ、司法取引です

「お断りだ、馬鹿っ!」

「……死ねばいいのに」


 極めて友好的にお願いをしたというのに、酷い言われようだ。


「エロい気持ちやスケベ心で言ってるわけじゃないんだ。頼む、胸を揉ませてくれ!」

「このエロやろう!」

「……ドスケベ!」


 おかしい。まるで話が通じない。


 牢屋の鉄柵越しに対面しているジェナとフランカは、汚物を見るような視線をこちらに向けている。


「爽やかな気持ちで揉みたいと言っているんだ!」

「黙れ、変態!」


 ジェナが手のひらをこちらに向ける。が、地下牢では魔法は禁じられている。

 魔法防止の結界が働いて、ジェナの魔法陣は展開する前に封じられた。


「くそっ! 発動しろよ、私の魔法! あの変態を丸焼きに出来るなら、もう二度と魔法が使えなくなってもいい!」


 ジェナが涙ながらに自分の右手に訴える。

 ……そんなにか? ちょっと傷付いちゃうぞ、おい。


「ここでは魔法陣が展開出来ないようになっているんだ。諦めろ」


 一歩近付くと、ジェナは一歩下がる。

 怯えた少女のような顔で俺を見る。


「まるで俺が極悪人のようじゃないか」

「極悪人だろ!? 人の弱みに付け込んで、む、むむ、胸を、も、揉ませろとか! 最低だ、馬鹿!」

「弱みって……犯罪者との交渉と弱みを握っての脅迫は違うだろう」

「犯罪者に人権はないのかぁ!?」


 涙をちょちょぎらせつつ訴えてくるジェナ。

 しかし……犯罪者に人権などないだろうに。

 国によっては、軽微な罪で命を奪われることも、奴隷に落とされることもある。

 ブレンドレルはまだ寛大な方だぞ?


「乳揉まれ十八年の刑だと思え」

「長いわよ! これ以上育ったらどうしてくれるのよ!?」

「……育つの?」

「なんで興味深そうな目で見るのよ、フランカ!?」


 食い入るようなフランカの視線にジェナが自身の胸を隠す。

 お? これは説得の余地ありか?


「よし、じゃあフランカ!」

「断る」


 早い。

 食い気味で拒絶された。

 フランカよ。お前はいつもしゃべり始めに「……」って入ってたろう? なぜ今に限って即答だ?


「利害が一致しているだろうが!」

「……それとこれとは別。お前に揉まれるくらいなら一生まな板の方がマシ」


 言い切られてしまった。


「………………誰がまな板ですって?」

「お前が言ったんじゃねぇか!」

「……目玉焼きくらいはある」


 誤差じゃねぇか。

 ……まぁ、本人には重要なところなんだろうな。触れないでおいてやろう。


「とにかく。俺は魔力の提供を頼みたいだけだ。胸がダメなら他の方法をとっても構わない」


 俺の言葉に、ジェナとフランカは幾分か表情を和らげる。


「まぁ、それなら……」

「……考えなくもない」


 ようやく色よい返事が聞けた。

 そこで俺は、他の方法を提示する。


「チューさせろ」

「死ね!」

「足の裏を舐めるのでもいい」

「……消滅しろ!」

「胸を揉むのがダメなら吸わせてくれるだけでも……って、こら! 小石を投げるな! 石壁から崩れてきた石を投げるんじゃない!」


 ちょっとだけ、地下牢の壁が石で出来ていることを呪った。

 古くなるとボロボロ崩れるんだよ、これ。

 囚人に武器を与えるとは、けしからんな。


「何をやっているんですか、ご主人さん……」


 飛び交う石礫を回避していると、ルゥシールが姿を見せた。

 交渉は俺に任せろと、上に置いてきたはずなのだが……


「まぁ、こうなるだろうなとは思っていましたけども……」


 なんてヤツだ。

 俺を信用していなかったというのか。

 その後ろからドーエンと、ギルド所属の騎士が二人姿を見せた。


「お前ら。ちったぁ、自分の立場を弁えたらどうじゃ?」


 鋭い眼力でジェナとフランカを睨む。

 歴戦の戦士の威圧に、ジェナとフランカはわずかに怯む。

 が、それでも納得出来ずにドーエンを睨みつけた。

 しかし、文句を言おうと開きかけた口は、鉄柵越しに突きつけられた二本のランスによって封じられた。騎士二人が一糸乱れぬ動きでジェナにランスを向ける。


「こんな横暴が許されると思ってんの!?」

「許されるんじゃよ。ワシがここの法律じゃからな」

「…………変態」

「ふん。ご褒美じゃ」


 ふてぶてしく言い放つドーエンを見て、ルゥシールが「さすが。メンタルの強い方ですね」と感想を漏らす。が……たぶん、あれは本当にご褒美だと思ってるんだろう。重症だな、ジジイ。


「あの、すみません。少し、わたしに話をさせていただけませんか?」


 遠慮気味に挙手をして、ルゥシールがドーエンに向かって進言する。

 ドーエンはルゥシールを見ると、「ふん」と鼻を鳴らし、顎で騎士二人に合図を送る。それを受けて騎士はランスを引き、ドーエンの後ろに付き従うように牢屋の前から身を引いた。


 ドーエンたちが退いたのを見て、ルゥシールが俺へと視線を向ける。

 問いかけるようなその視線に、俺は黙って頷く。

 すると、ルゥシールは表情をパッと明るく輝かせて、こくりと頷きを返してきた。


 ルゥシールは胸を張って牢屋の前へ進み出る。

 そして、ジェナとフランカに対し柔らかい笑みを向けて話し始めた。


「大変無茶な要求であることは重々承知しているのですが……なんとかお願い出来ませんでしょうか?」


 丁寧に話すルゥシールに対し、ジェナは棘のある声で反発する。


「無茶が分かってんなら、こんなふざけたこと頼むんじゃないよ!」

「本当に軽く触れるだけで、いやらしい触り方はさせませんので、ご協力をお願いします」


 ルゥシールが諭すような口調でジェナに頭を下げる。


「あんたなぁ……」

「ここはひとつ、鳥の糞が服についたのだと思って我慢を!」


 ルゥシール。ホント、さらっと毒吐くよな。


「あんたもさ、大変だよな。そんな変態のフォローさせられてさ」

「言われてるぞ、ジジイ」

「変態と言えばお前じゃろうが、ガキ」

「……お前らはどっちも変態」


 ジェナの発言の押しつけ合いをしていると、フランカに両成敗されてしまった。

 失礼な。俺ほどの紳士を掴まえて変態呼ばわりとは。


「愛想尽かしたりしないのかい?」


 ジェナはルゥシールに問いかける。

 その問いに、ルゥシールは静かに首を振って答えた。


「いいえ。ウチのご主人さんは、確かに少しだけ……その……はっちゃけた部分がないではないですが」


 うまく言葉を濁したな。


「……けど」


 チラリと、ルゥシールが俺を見る。

 俯き加減で。

 上目遣いで。

 微かに頬を朱に染めて。

 俺を見つめる。


 そして。


「とても素敵な方ですから」


 そう言って、ほほ笑んだのだ。


 俺とルゥシールの間に無音の世界が広がる。

 何かを言うべきなのかもしれないが、何を言うべきなのかが分からない。

 周りの音が遠くなり、ここだけ空間が切り取られたのではないかと錯覚を起こす。

 ただ耳には、聊かはしゃぎ過ぎている俺の鼓動が聞こえるのみだった。


「ふん。その『素敵な方』が他の女の胸を揉もうとしてるって、分かってんの?」

「えぇ……そこはもぅ、いかんともしがたいと言いますか」


 俺がボーっとしている間に、牢屋を挟んだ女子二人の会話は再開されていた。


「一応、村のために行動を起こそうというわけでして。方法は最低ですが、目的は崇高なんです」

「ふ~ん。……で、あんたはいいわけ?」

「わたしは……」


 ジェナが意味ありげな視線をルゥシールに向け、それを受けたルゥシールは本当にわずかな時間だけ口を閉じた。

 そして、すぐに閉じた口をほころばせ、いつもの柔らかい声で答える。


「ご主人さんのお役に立てることが幸せですから」

「…………分かった。あんたには負けたよ」


 盛大に息を吐いた後、ジェナは両腕を広げて肩をすくめた。


「で、では!?」

「協力してやるよ」

「ありがとうございます!」


 ルゥシールが勢いよく頭を下げる。

 そして、視界が開けると、俺とドーエンのジジイを睨むジェナと目が合った。


「でも、絶対軽くだからな!」


 ジェナが眉を吊り上げて吠える。

 しかし、微かに頬を染めているあたり、女の子らしいところもあるようだ。


「そうやって睨まれるのもまたご褒美じゃ」

「黙れよジジイ」


 本当に、そろそろ討伐を考えた方がいいんじゃないか、このジジイ?


「いいですか、ご主人さん。絶対揉まないでください。軽く触れるだけですよ。それで必要な魔力が溜まったらすぐに手を放してくださいね!」


 俺の目を見つめ、一言一言を強調するようにルゥシールが言葉を発する。

 そんな、出来の悪い子に言い聞かせるみたいに……失敬な。


「ちょっとでも変なそぶりを見せれば、ドーエンさんにチューしてもらいますからね!」

「なんだよ、それ!?」


 想像しただけで吐きそうだ。


「ドーエンさんも魔力を持ってはいるんですから、それでもいいわけですよね?」

「いいわけあるか! 断固拒否だ!」

「でしたら、協力してくれるジェナさんを怒らせないように、細心の注意を払ってください」

「…………ちょっとくらいなら揉んでも……」

「ドーエンさん。申し訳ありませんがご協力を……」

「分かった! 言う通りにする! 細心の注意を払うことを誓うから!」


 全身から吹き出す嫌な汗を振り払うように大声で宣言する。

 ……おのれ、ルゥシール。なんという策士…………っ!


「…………で。いつの間にか対象から私が外されている理由は何かしら?」


 ジェナの隣からどす黒いオーラが立ち昇ってくる。

『胸を触る=巨乳のジェナ』という方程式が出来上がっていた俺たちに、完全に無視されていたフランカだ。

 いや、でもほら……


「フランカの場合、軽く触れるのもガッツリ触るのも、設置面積は同じだろう?」

「……よし、分かった。決闘しろ、コノヤロウ」


 フランカが鉄柵を握りガシャガシャ揺らし始める。

 細い腕からは想像も出来ないようなパワーが発揮され、鉄柵が軋みを上げる。

 ……こいつの底力は計り知れないな。


「分かった! あとでたっぷり揉んでやるから!」

「……そういうことじゃない!」


 すげぇ冷たい目で見られた。

 どうすりゃいいんだよ。


 とりあえず、ジェナが了承してくれたのだから、気が変わらないうちに魔力をいただいてしまおう。


「軽く触れるだけでも、まぁ、十秒もあれば十分だろう」

「十秒……十秒の我慢…………」


 ジェナが拳を握りしめ、唇を固く結ぶ。


「じゃ、じゃあ………………どうぞ!」


 腕を横におろし、拳を握り、顔を横に背けて、ジェナは鉄柵に体を密着させる。

 ジェナのはち切れそうな巨乳が鉄柵の間からむにゅんと突き出してくる。


「ごちそうさまです!」

「余計なことは言わなくていい! さっさとやれよ、馬鹿!」


 女盗賊みたいな乱暴な口調も、頬を赤く染めてなら可愛いもんだ。


「ツンデレの良さが、少しだけ理解出来た気がする」

「余計なことは言わなくて結構ですので、さっさとしてください、ご主人さん」


 一切表情のない顔でルゥシールに言われた。……怖ぇ。声が、超冷てぇ。


 ルゥシール監視のもと、俺はゆっくりと手のひらをジェナの胸に近付けていった。


「っ………………んっ!」


 手が触れた瞬間、ジェナが可愛らしい声を上げる。

 思わず揉みたくなる!


「ご主人さん。ドーエンさんのスタンバイは出来ていますよ?」

「わ、分かってるって」


 その衝動をグッとこらえ、俺は触れるか触れないかの瀬戸際で手を止める。

 つか、ドーエンも明確に拒絶しろよ。なに満更でもなさそうな顔してんだよ!


「ま、まだなの!?」

「もう少しだ……」


 接地面が小さいと、流れ込んでくる魔力の量も少ない。

 もう少し……もう少し…………よし、これくらいあれば十分だろう………………けど、あとちょっとだけこの感触を……


「ドーエンさん、スタンバイを……」

「よし、もうオッケーだ! ありがとうな、ジェナ!」


 慌てて手を放す。

 ……俺の表情を完璧に読めるようになったというのか…………ルゥシール、恐ろしい子。


「では、さっそく遺跡の結界を解除しに行きましょう!」


 ルゥシールが俺に頷きかけ、俺もそれに応える。

 手にした魔力を逃がさないように拳を握りしめ、遺跡を目指して走り出そうとした時――


「あ…………無理」


 バインッ!


 ――と、俺の手のひらから魔力があふれ出した。

 地下牢の中に紅蓮の炎が広がる。


「うわぁっ!?」

「ちょっ!?」

「きゃあっ!」


 様々な悲鳴が飛び交い、直後、ドーエンのデカい拳骨が俺の後頭部に振り下ろされた。


「なにしとんのじゃ、お前は!?」

「ってぇな! しょうがないだろう!? 耐え難い異物感を、俺の体が拒絶するんだから!」


 もう、気持ち悪くて気持ち悪くて。

 思わず魔力を魔法として吐き出してしまったのだ。


「っていうか、なんでお前はこの中で魔法が使えるよの!? 私は封じられるのに!」


 ジェナが眉を吊り上げて抗議してくる。

 折角の魔力を無駄にされた分も上乗せされたクレームのようだ。


「ここの中は、魔法陣の展開が封じられているだけだろ? 俺は魔法の行使に魔法陣を必要としないからな」

「そんな非常識な!?」

「非常識と言われてもな…………努力したんだよ」


 俺の回答にジェナは閉口するが、呆れたという表情は隠しもしない。


「とにかく失敗だ。もう一回頼む」

「軽々しく言うな、馬鹿! 私の胸をなんだと思ってるのよ!?」

「……いい乳だと思っているが?」

「嬉しくないわよ!」


 胸を腕で守りながら、ジェナが吠える。

 褒めたのに。…………分からん。


「ご主人さん。余計なことは言わなくて結構ですので」


 ルゥシールの声が冷たい。

 なんだろう、今日のルゥシール、ちょっと怖い。


「と、とにかくだ。もう一度協力をしてくれ。今度はちゃんと我慢するから」


 俺が真摯に頼むと、ジェナが心底嫌そうな顔をした。

 ……そこまで嫌がらなくても。泣いちゃうぞ?


「なんで私ばっかりなのよ!? 今度はフランカがやればいいでしょ!」

「……なぜ仲間を売るの?」

「あなただって、私のこと見捨てたじゃない!」

「……見捨てていない。…………関わりたくなかっただけ」

「それを見捨てたって言うのよ!」


 ついには醜い仲間割れが始まってしまった。 


「まったく……どうしてこんなことに」

「なぜ自覚がないんですか、ご主人さん……?」


 ルゥシールが目頭を押さえて首を横に振る。

 なんとなく不愉快なジェスチャーだな。


 ジェナとフランカが言い争っている間に、騎士たちが消火活動を終えていた。

 全面石壁に囲まれた地下牢では燃える物が少ないのが幸いし、被害は軽微なものだったようだ。


「じゃあ公平に。次はフランカに頼む」

「……そんな公平はいらない」


 文句を言いながらも、フランカはジェナがしたように鉄柵へと体を押しつけた。

 の、だが…………

 胸がまったく前に出てこない。

 ジェナのように、鉄柵のこちら側に来ることはもちろん、鉄柵の直径にすら到達していない。


「…………もうちょっと、出ないか?」

「……チッ!」


 激しい舌打ちの後、フランカは俺の腕を掴み、強引に鉄柵の中へと引き摺りこんだ。

 そして、自分の胸へと押し当てる。


「……揉んだら、承知しない」


 ジッと睨みつけられながら、手のひらに触れる温もりを感じる。

 先の戦闘では気が付かなかったが、こうして落ち着いて触ると……なるほど、微かに、本当に微かにだが、柔らかいものがそこに存在していた。


「思ってたよりかは、あるみたいだな」

「っ!?………………そんな褒められ方は……別に、嬉しく……ない」


 口ではそう言いつつも、フランカの口角が微かに持ち上がり、抑えきれない笑みがこぼれていた。

 ドSのはにかみとは、貴重なものを見た。


「もういいでしょうか、ご主人さん?」


 突然、ルゥシールが俺の前に体を割り込ませてくる。

 言われてみれば、もう十分な魔力は手に入っていた。

 ちょっともらい過ぎなくらいだ。


「お、おう! ちょうど今終わった」


 なのに、なぜか誤魔化しの言葉が口をついて出ていった。

 ……なに、ルゥシールのこの不機嫌そうな顔。俺、何かした?


「じゃあ、さっさと行きますよ! ふん!」


 ぷりぷりと怒り、ルゥシールが俺の腕を引く。

 足音荒く地下牢から出る上り階段へと向かい、堅い石段へ足をかける。

 と、そこで――


「あ…………ごめん」


 バインッ!


 ――と、俺の手のひらから魔力があふれ出した。

 地下牢の中に再び紅蓮の炎が広がる。


「うわぁっ!?」

「ちょっ!?」

「きゃあっ!」


 様々な悲鳴が飛び交い、直後、ドーエンのデカい拳骨が俺の後頭部にもう一度振り下ろされた。


「だから、『バインッ!』をするなと言うておるのじゃ!」

「いや、だから! しょうがないだろって!? 異物感が!」


 どうしてもダメなのだ。

 どうしても、気持ち悪くて吐き出してしまうのだ。


「ちょっと歩くだけで気持ち悪さが込み上げてくるんだよ」


 連続で体内に魔力を取り込んだせいで、少し胸やけがしている。


 これは、遺跡まで持ちそうにない。


「分かりました。こうなったら、わたしが一肌脱ぎます!」

「えっ!?」


 ルゥシールの言葉に、俺の口から変な音域の声が漏れてしまった。

 一肌脱ぐって…………まさか、胸を……!?


「ち、違います! ご主人さんが考えているようなことではなくて!」


 俺が何も言っていないのに、ルゥシールは俺の考えを否定して、勝手に顔を真っ赤に染めた。

 まったく、何を想像したのやら。……エロルゥシールめ。


「真っ赤な顔でこっちを見ないでください!」

「はぁ!? 真っ赤な顔なんかしてねーし!」


 言いがかりだ!

 名誉棄損だ!

 俺が王位を継いでいたら、王家侮辱罪で斬首刑だぞ!


 まぁ確かに、ほんっっっのちょっとだけ、顔が熱いけども。


「と、とにかくですね! わたしが言いたいのは、わたしの特技を生かしましょうということです!」


 言いたいことがよく分からず、俺はルゥシールの話を聞くことにした。




 その結果……




「しっかり掴まっていてくださいね」


 俺はルゥシールにおんぶされることになった。

 ……なんだこれ?


 ルゥシールの案はこうだ。

 俺が魔力を吸い上げると同時に、ルゥシールが全速力で遺跡に向かうのだ。

 ルゥシールの高速移動を使って、奪った魔力が『バインッ!』する前に遺跡にたどり着こうということらしい。


 で、おんぶなわけだが……


「乗り心地はどうですか?」

「お、おぉっ! (ぷにぷにしてて)いい感じだぞ!」


 ……これ、すげぇ恥ずかしいんですけど?


 俺の太ももがルゥシールの脇腹に密着してるし、ルゥシールの手が俺の尻に触れている。

 手を置いている肩の柔らかさとか、目の前で揺れるポニーテールとか、そこから微かに漂うルゥシールの香りとか…………いやいやいや。これ、ダメだろう?


「準備はいいですか、ご主人さん?」

「はぇっ!? いや、まぁ、あの、そのっ、わ、わりといい香りだぞっ!」

「……何を言っているんですか?」


 振り返ったルゥシールはきょとんとした顔をしていた。

 お、おぉ……なんか、違ったらしい。

 落ち着け。落ち着け、俺。


「準備はいいですか?」

「お、おぉ!? 準備、準備な! もちろんだ! いつでもいいぞ!」


 冷静に。冷静になれ、俺!


「では、三回目は、話し合いの結果……お二人から同時に魔力をもらってください」

「同時に!?」


 俺の知らないところで話し合いがもたれていたらしい。

 最初がジェナで、次がフランカ。

 そして今回は二人同時らしい。

 ジェナとフランカが揃って牢屋の鉄柵に体を押しつける。


「今回で最後にしろって意味も込めてるのよ!」

「……次は、ない」

「あ、あぁ。善処する」


 ルゥシールはいつでも走り出せるように、階段の方を向いて立つ。その関係で、俺は牢屋に背中を向け、ルゥシールと牢屋に挟まれる格好になる。

 その俺の両サイドにジェナとフランカが立ち、各々が俺の腕を取り自分の胸へと押し当てる。

 三方向を美女に囲まれ、そして各々が俺の体を拘束するように、自身の体に密着させる。


 なにこのハーレム?

 え、俺、明日死ぬの?


 頭がパンクしそうになる。

 美女デルタの中心は、くらくらするほどに女性の香りがして…………

 なんか、温くて…………

 柔らかくて………………


 あぁ、やっぱり俺、死ぬんだ。


「ご主人さん、カウントダウンをお願いします」


 何とか意識を集中して、体内に流れ込む魔力の量を感じ取る。

 正直、この嬉しくも恥ずかしい責め苦はこれ以上耐えられそうにない。失敗したからもう一回と言われても躊躇ってしまいそうだ。

 だって、男女の触れ合いってもっとこう甘酸っぱいもんじゃん?


 これはちょっと、刺激が強過ぎます……


 絶対に成功させる!


「もうすぐだ! 5……4……3…………」


 噴き出しそうな鼻血を我慢しつつ、俺はカウントダウンを開始する。

 そして。


「……2……1っ! 行けっ、ルゥシール!」


 俺の号令と共に、ルゥシールが弾丸のように弾け飛ぶ。

 背中に乗って、そう感じたのだ。

 風景が輪郭をなさずに通り過ぎていき、空気が叩きつけるように全身に浴びせられる。

 ほんの一瞬で村を突っ切り、森へと突入する。


 さすがに音速を超えるような速度ではないが、常人離れした超高速に違いない。

 これなら、間に合――


 バインッ!


 ――と、俺の手のひらから魔力があふれ出した。

 森の中に紅蓮の火柱が立ち昇る。


「ひにゃぁっ!?」


 驚いたルゥシールが体を仰け反らせ、背中に乗っていた俺はいとも容易く振り落とされた。


 凄まじい速度で弾き出され、地面へと衝突する。

 ドッ! と、鈍い音がして森の腐葉土が盛大にめくれ上がる。

 クレーター状に地面が抉れ、何本かの木がその衝撃で倒れてくる。

 土埃がもうもうと舞い上がり、湿った土の香りが辺りに充満する。


 とんだ大事故だな、おい。


 全身が痛い。

 つうか、鼻の中が土臭い。

 非常に、不愉快だ。


「ご主人さん、無事ですか?」


 ルゥシールがのこのことやってきて、半分土に埋まった俺を掘り起こす。

 抉れた土砂が雨のように降り注ぎ、俺を埋めていたのだ。

 土から顔を出した俺は、泥まみれのままルゥシールを睨みつける。


 さて、なんといって説教してやろうか……


「もう! びっくりするじゃないですか! ダメですよ、急に魔法を使っちゃ!」


 説教された!?


「ルゥシール……」


 俺は手で「こいこい」とジェスチャーを送り、無防備に近付いてきたルゥシールの顔面に土の中で偶然見つけた巨大なカエルを張りつけてやった。


「きゃあぁぁぁっ!」


 突然のぬめぬめに声を上げるルゥシール。

 これはお前が食用だと言っていた土ガエルだ。よかったな。遠慮せず踊り食えばいい。


「何するんですか!? 理不尽です!」


 土ガエルが分泌したぬめぬめを必死に払いながら、ルゥシールが抗議の声を上げるが、そんなもんは無視だ。


「はぁ………………やっぱ、このやり方じゃむりか」


 手のひらを見つめてため息を吐く。

 魔力は完全に失われていた。

 

 やはり、遺跡の前で魔力をもらうしかないようだな。

 ……最終手段としては、ルゥシールに………………


 ジッとルゥシールを見つめる。

 不服そうに頬を膨らませていたルゥシールは、次第に邪気を薄めていき、何も言わない俺に向かってくりっとした目を向ける。

 何とも無防備。

 まったくの無警戒。


 ……こいつは、男にとっては有毒な生き物だな。

 心がざわつく。


「ルゥシール」

「はい」


 このまま遺跡に向かって、お前の魔力で…………いや。


「一旦帰って、風呂に入るか」

「そうですね」


 ドロドロの俺と、ぬめぬめのルゥシールは互いの姿を見て、苦笑を浮かべた。

 もう一度仕切り直しだ。



 遺跡の結界は、まだ解けない。







いつもご覧いただき、ありがとうございます。


またのご来訪、お待ちしております。

今後ともよろしくお願いいたします。


とまと

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