137話 天へ昇る流星群
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黄金色に輝く黄金のブレスと、白銀に煌めく氷のブレスが激突する。
「……くっ!」
凄まじい衝撃に体が煽られる。
立っているのもやっとだ。
ドラゴン同士の戦いを目の当たりにしたのはルゥシール対シルヴァネールの時以来二度目だけれど……今回は本気同士のぶつかり合いだから迫力が桁違いだ。
この二頭の争いに私が参戦したところで、何も出来はしないだろう。
私は私に出来ることをやる。
戦いは、まだ中盤戦なのだから。
「……シルヴァネール、そいつのことは任せたわよ」
私は、吹き荒れる突風をかいくぐるように空へと飛び立つ。
……魔力を随分と消費してしまった。
こんな時、心底【搾乳】が羨ましく思える。魔力の吸収能力。私も欲しいものだ。
「……ない物ねだりを言っても始まらないわね」
気を引き締め直して、私はその場を離れる。
まるで歯が立たなかったアイスドラゴン。
そいつに私は、背を見せて逃げるのだ。
けれど、恥ずかしくはない。この撤退で、得られるものもあるはずだから。
手に出来るものを確実に手中に収める。今の私には、そのことの方が何倍も重要だと思える。
負けず嫌いで、卑怯な手を使ってでも『勝つこと』にこだわっていた私が……随分と代わったものだと思う。
無鉄砲で無計画で無神経な【搾乳】といたせいか……
そんな時間を悪くないと思ってしまった私のせいか……
目的のためになら、いくらでも負けても構わない。
どこまでもみっともなくあがいて見せる。
私は、私と私の大切な物を守るために、いくらでも格好悪くなってやると決めたのだ。
それから私は、仲間に頼ることを覚えた。
頼られることの嬉しさも、同時に覚えた。
「……トシコ、待っていなさい。すぐに行くわ!」
二頭のドラゴンが生み出す衝撃を利用して、私はさらに加速する。
私たちが戦っていた場所より、さらに外へ進んだ場所で、トシコとグリフォンが孤軍奮闘していた。
「鳥さぁ~ん! もっと魔力ば貸してくれろぉ~!」
「これ以上魔力を使ったら飛べなくなるわ! こっちも限界だよ!」
「こぉんの、根性無しぃ!」
「お互い様だろう!?」
元気そうで何よりだ。
空に浮かぶドラゴンは、いまだ数百頭……七百くらいか……
恐ろしい光景ではあるが、アイスドラゴンの闘気を嫌というほど浴びた後だからだろうか、全然大したことがないように見える。
ふふ……完全に感覚がマヒしている。
まるで、【搾乳】になったみたいだ。
恐怖や絶望といった感覚がマヒしているようにしか見えない、頼れる背中。あの背中に、何度助けられたことか……
今の私は簡易版【搾乳】なのだ。
この背中で、トシコたちを助けてあげたい。
もし、【搾乳】なら、こんな時はどうするだろうか…………とりあえず…………登場のインパクトはド派手にっ!
「……燃え尽きなさいっ!」
解放し拡散させた魔力に、炎の魔法を引火させ火炎流を巻き起こす。
大きくうねる大蛇のように、巨大な火炎流が辺りにいたドラゴンを次々飲み込んでいく。
ここにいる千十八頭のドラゴン全部と、アイスドラゴンは同等の強さだと感じた。
なら、ここのドラゴンは全員、アイスドラゴンの千分の一の強さでしかないのだ。
……そう考えると、全然大したことがないように思えるから不思議だ。
これも、【搾乳】式の思考に感染した結果なのだろうか。
「フランカッ!? 助かっただ!」
「もう! もう! なによ、あんた! 助けに来るならもっと早く来なさいよねぇ!」
「……助けに来たわよ、トシコ!」
「……………………………………………………私はぁぁああっ!?」
長い沈黙の後、グリフォンが泣き叫ぶ。
まったく、騒がしい魔神だ。
……ふふ。
【搾乳】と出会うまでは、魔神なんて畏怖の対象でしかなかったというのに。こうして冗談を交わせるようになっているなんてね……
「……トシコ、残りの矢は?」
「あと十二本だべ。一本で三十本分の攻撃ばぁ出来るだ」
「……あと二本でケリをつけましょう。テオドラの相手がもっとも危険な相手だから、十本は残しておいて」
「分かっただ!」
「……グリフォン」
「なによ!? 私はもう限界だからね! これ以上魔力を使ったら死んじゃうから!」
「……じゃあ、死ぬ直前までは魔力を使って」
「鬼なの、あんたっ!?」
「……あと、口調が凄くオネェっぽくなってるわよ」
「私は女! 女子なのっ!」
おそらく、これがグリフォンの素なのだろう。
これまでの固い口調は、自身に威厳を持たせるために無理をしていたのだ。
「……今の口調の方が、私は好きだと思える」
「ぅえっ!? な、なによ、急に!?」
「……力を貸してほしい。仲間として、頼むわ」
「仲間………………し、しょうがないわねぇ! もうこうなったら乗りかかった船よ! とことんやってやろうじゃないのっ!」
乗りかかった船……
【搾乳】なら「揉みかけた胸」とか言いそうね…………と、何を考えているの、私は?
「なぁなぁ、フランカ。『乗りかかった船』ばぁ言うたら、お婿はんやったら『揉みかけた胸』ち言いよるやろうねぇ」
「……ぶふっ!」
「ど、どがんしたと!? そがん面白かったと!?」
「……いや…………違…………」
私とまったく同じことを考えていたようだ。
まったく……【搾乳】は、つくづく【搾乳】だ。
「……行きましょう。私たちの乗りかかった船が沈まないように」
「んだな!」
「よぉし! 私、頑張っちゃうんだからぁ!」
短い話し合いの後、私は、トシコとグリフォンを残し上空へと昇っていく。
逆にトシコたちは下降を始める。
だが、ドラゴンを二手に分けるつもりはない。
すべてのドラゴンを私の方へ引きつけるのだ。
「……余所見している者から順に叩き落とす」
紫電が翻り、ドラゴンの首元を的確に撃ち抜いて行く。
逆鱗と呼ばれる鱗のある付近だ。
そこに狙いを定め、威力を抑えたイカヅチを放ち続ける。
仕留める必要はない。私は、注意を惹きつければそれでいいのだ。
ルゥシールに聞いたのだけれど、逆鱗に触れられることは龍族にとって最大の恥辱なのだそうだ。……【搾乳】は何度も触っていたようだけれど……
その逆鱗を的確に狙い撃ちにされれば、龍族は激怒して私に狙いを定めてくるはず。
その読みどおり、すべてのドラゴンが目の色を変えて私に襲いかかってきた。
下降したトシコ達を追いかける者は誰もいない。
これでいい。
これでトシコは、地上に降りて矢に魔力を込めることが出来るだろう。
魔力が込められた矢は、威力を増し、そして三十本の矢として空へ放たれる。
その三十本の矢にグリフォンがさらに魔力を送り込む。それにより、三十本の矢が各々三十本ずつに増える。これでトシコの放つ矢は九百本になる。
既に七百にまで数を減らしたドラゴンなら、九百の矢で十分対応出来る。
ただし、そのためには、トシコとグリフォンが十分に集中できる時間と、標的のドラゴンを一か所に集めておくことが必要になる。
その囮役を、私が引き受ける。
危険は百も承知。
ドラゴンの攻撃に加えて、乱れ飛ぶトシコの矢もかわさなければいけない。
だからこそ、これは私にしか出来ないことなのだ。
さぁ、来なさい。
怒りに我を忘れたドラゴンたち。
そして、遠慮なく全力を放ちなさい、トシコ!
手加減をして勝てる相手でないことは理解しているでしょう。
私に遠慮などしたら……容赦しないから。
しかし、そんな心配が杞憂であることはすぐに分かった。
地上から湧き上がってくるトシコの魔力は轟々と渦を巻き、うるさく飛び交う獲物を一飲みにしようとしている……トシコの本気を窺わせる凄まじい魔力だった。
地上からの魔力に、何頭かのドラゴンが反応を示す。
しかし、そういう者には漏れなく逆鱗へイカヅチを落とし、ドラゴンどもを挑発し続ける。
【搾乳】に例えるなら、余所見をしている巨乳美女のおっぱいを揉んでは逃げ、揉んでは逃げしている状態…………【搾乳】で例えると、途端にバカバカしくなる。
「……そろそろ頃合いね」
私は、両腕を天高く掲げ、盛大にイカヅチを放った。
無軌道に暴れ狂うイカズチが空を覆い尽くす。遠くへ行くほど無軌道に激しく。
そして中心部は比較的穏やかに……
広がっているドラゴンの群れを、私のもとへと集めるようにイカヅチを張り巡らせる。
さながら、ドラゴンを捕らえる檻のように。
そして、ドラゴンが一ヶ所に集まったそのチャンスを、トシコは逃すことなく、確実に突いてきた。
それはいきなりだった。
地面が低く唸ったかと思うと、高速の矢が一斉に襲いかかってきたのだ。
逃げ場などないほど密集し、その一本一本に強烈な破壊力を纏って。
触れた者は漏れなく貫かれ、貫かれた者は例外なく地面へと墜落して行く。
そして、その恐ろしい矢の群れは、私をも容赦なく飲み込んでいく。
鼓膜に、風を切り裂く音が響く。
私の結界と、ドラゴンの結界に大差はない。
そのドラゴンが貫かれているのだから、直撃すれば私もただでは済まないだろう。
それでもいい。
それはただ、私の力が至らなかったという結果だから。
ドラゴンの群れを殲滅出来る『私たちの切り札』の一翼を担えたことを、私は誇りにすら思える。
あとは、運を天に任せて…………
「……え?」
私は、その光景に見とれ、しばらくの間身動きが取れなかった。
呼吸も忘れていたかもしれない。
魔力を纏った矢が、『私を避けるように』天へと昇って行く。
流星群が空へと帰っていくような、幻想的な美しさに魅入られた。
矢が空を斬る音だけが耳に響き、それ以外の音は何も聞こえてこなかった。
足元では、ドラゴンどもが悲鳴を上げているはずなのに。
そんな些末なことには気を向けていられないほどに、私はその光景に魅せられていた。
数分間世界を覆っていた美しい光景は、やがて静かに終焉の時を迎える。
心の中で拍手喝さいを送る。
そして、意識を切り替える。
「……トシコ」
私は、トシコたちが待っている地上へ、ゆっくりと下降していく。
地面には、無数のドラゴンが横たわっていた。
完全に脱力している者もいれば、ふらつきながらも立ち上がる者……諦めたように寝転がって不機嫌な表情を晒す者。
こちらの任務は完了したようだ。
「フランカぁ! 無事だったべや?」
「……あなたが上手く外してくれたんでしょう?」
「いやぁ、まぐれだべ。鳥さんが仕出かさんち保証もなかっただべなぁ」
「私、そんな信用されてないのっ!? それくらいのコントロール余裕だよ!? 超余裕! むしろ人間なんか足元レベルだよっ!?」
どうやら、あれだけの数のドラゴンを相手にしながらも、トシコもグリフォンも、私に当てないようにコントロールしてくれたらしい。
「……数百のドラゴン相手に、よく手加減なんて出来たわね……全力出しても勝てるかどうかというレベルなのに……」
「何言うてるだ? オラ、めったくそ本気だったべよ」
そうは言うが、本気の一射にそんな微調整をしている余裕などあるはずが……
「本っっっ気で、仲間のことばぁ助けちゃる思うとったべ!」
「………………」
その発想は、無かったわ。
「……そう。確かに本気だったようね、あなたたちは」
「んだ!」
「もちろんよ! 仲間ですもの!」
これも……【搾乳】がくれたもの。
彼に出会えたことで、私が得られたかけがえのない宝物……
「……それじゃあ、もう一度本気を出してもらうわよ」
「んだ! 次はテオドラを助けに行くべ!」
「んんんん~! 私ってば、今ならエンペラードラゴンにも勝てちゃいそうな気がしてるっ!」
「……さすがにそれは気のせい」
「打ちどころばあ悪ぅかったべか?」
「どこも打ってないわよ!? ちょっと言ってみただけでしょ!?」
グリフォンが嘴を限界まで開いて泣きわめく。
この騒々しさが、どことなく心地よく思えるようになってきた。
トシコが愚痴るグリフォンに跨り、私たちは飛び立つ体勢に入る。
「あ、そうだべ、フランカ」
「……なに?」
「もし、こん次……今回みたいに『私はどうなってもよか』っち態度とりよったら……」
美しい瞳が私を射貫く……
「オラん矢ぁば一本、尻っこさ突き刺して反省させちゃるでな。覚悟ばぁ、しときんしゃいや」
諌める様な厳しい表情で私を見つめるトシコ。
改めて思う。彼女は美人だ。
触れる事すら躊躇う様な……神聖なる森のごとき神秘性をもった、澄んだ美しさを湛えた顔立ちは、女の私から見ても思わずため息が出るほどに美しい。
「分かっただな」
ただ、この酷い訛りが玉に瑕だ。
…………いや、それがあるからこそ、トシコはトシコなのだ。
私は、…………うん、嫌いじゃない。
「……心しておくわ」
「そんだら、ええだ」
そう言ってトシコは、私の髪の毛をふわっと撫でた。
……なぜだか、叱られたような気がして…………これもまた何故だか……とても嬉しかった。
その時、里の方角で大きな爆発が起こる。
「……シルヴァネール」
視線を向けると、ゴールドドラゴンとアイスドラゴンが激しい空中戦を演じていた。
ブレスが衝突し、巨体をぶつけ合い、二頭のドラゴンが空中で暴れ回っている。
その度に大地は震動し、空は泣き、空間が圧縮されたように歪みを生じさせる。
それはもはや、想像を超える次元の戦いだった。
「あればぁ、割って入るんは無理だべな……」
「そうね。下手にうろついたら邪魔になっちゃうわね」
トシコたちも、私と同じ解にたどり着いたようだ。
「……私たちは私たちの出来ることを」
「んだな」
「じゃあ、早く行ってあげましょう」
私とグリフォンは揃って飛び立つ。
「……今行くわ、テオドラ!」
テオドラは、ここからさらにブレンドレル側へと移動していった。
龍族の里からは遠く離れている。姿が見えないということは、相当遠くまで行っているのだろう。
急がなければ。
テオドラが相手しているのは、アイスドラゴンなんかよりも、もっとずっと手強い相手なのだから。
いつもありがとうございます。
強さを求める人は、
どんどんレベルアップしていく中で、
いつしか自分の限界に気が付くといいます。
その多くが、
自分には超えられない相手を見つけた時に、
そう感じるのだとか。
どんなに頑張っても超えられない相手。
自分よりも随分と先へ進んでいる相手。
そんな出会いが、
「自分の限界はここなのだ」と、
感じさせるのだそうで……
ですが、
本当に努力をして、
その努力をちゃんと見ていてくれた人がいる、
そんな幸運な方は、きっとそこでは終らない。
自分が「こんなもんだろう」と定めた限界に対し、
ちゃんと見ていてくれた人が、
「お前は、こんなもんじゃないだろう」
「まだまだ出来る」
「もっと遠くまでいける」
と、背中を押してくれるんです。
そうなると、
「ここが限界だ」と思っていた場所から、また前に進めることがあるようです。
そして実際進んでみると、
「あれ? あんなところで立ち止まっていたのか」
と、その時の限界をまるで大したことのない、
全然余裕で超えられる、壁とも呼べない壁だったと、
気が付いたりするのです。
私も、
自分の限界を勝手に決めて、
立ち止まっていた一人でした。
巨乳、
谷間、
貧乳、
スポブラ、
横乳に下乳、
パイスラに至るまで……
ありとあらゆるおっぱいを楽しみ尽くし、
おっぱい観賞に関してはもう打ち止め。
これ以上の可能性などないのだと、そう思い込んでいました。
しかし、
私はある時、こんな言葉を目にしました。
「内乳っていいよね」
う……
うぅ……
うちちち!?
曰く、ぶつかり合い、締め付けることでその魅力を増す谷間を、
あえてかき分けて、
そうしてようやく拝むことが出来る、
それが『内乳』
外部からは決して見ることの出来ない、
乳房と、下着と、インナーと、アウターに守られた、
秘部中の秘部。
例えるならばそれは、深層に佇むお姫様のような儚さで、
または、心の憶測にこっそりしまい込んだ淡い恋心の様で……
おっぱいのなかでもピュアで、シャイな、
穢れを知らない聖域。
真の変態紳士ならば、嗜んでおかなければいけない、
通好みのおっぱい。
それが、『内乳』
私は、まだまだ甘かった。
てんで未熟でした。
こんなザマでは、変態紳士には程遠い。
精々、変態中年がいいところだ! ……いや、変態中年は、なんだか色々アウトだな……
とにかく!
私の限界はまだまだ先だということが分かりました。
私にはまだ、可能性がある!
そう、
おっぱいに、無限の夢と希望があるように……!
次回もよろしくお願いします。
とまと