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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
136/150

136話  圧倒的な差

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 突如現れた九つ首のドラゴンによって、私たちは来た道を押し戻されてしまった。正確には『飛んで来た空を』だけれど。


「……止まって【魔界獣】、根性を見せてっ!」


 翼を懸命に動かし、ようやく停止出来たのは、切り立った岩山を越えた先……丁度、ブルードラゴンと戦っていた付近だった。

 ……戻って来てしまったわね。


「いやぁ、おったまげただなぁ。とんでもねぇバケモンだべな、あのドラゴン」


 トシコがグリフォンに跨って私の傍へやってくる。

 グリフォンは目を回したのか、少し顔色が悪い。


「もぅ……これだから外の魔獣は嫌なのだ……いきなり出てきて吹き飛ばすとか……レディに失礼だとは思わないか!? ねぇ!?」


 まぁ、元気は有り余っている様なので、スルーしておく。


「……テオドラは」

「あそこにおるべ」


 トシコが指差したのは、最初私たちが徒歩で進んでいた細い山道だった。

 そこにガーゴイルが停められており、テオドラがその上に跨ったまま体を丸め蹲っている。

 どこか負傷したのかもしれない。


「フランカ! ドラゴンの大群がお出ましだべ!」


 トシコが叫ぶ。

 後方のテオドラから、里の方角へと視線を向けると、アイスドラゴンを筆頭に千十八頭のドラゴン軍が山を越えてこちらへ向かってくるところだった。

 笑えない光景だ……


「……トシコ、しばらくの間ドラゴンを牽制しておいて……テオドラの様子を見てくるわ。怪我をしている様なら治療しなければいけないし」

「分かっただ。ただ、あんまり長くはもたんで、急いでくれるとありがたいべ」

「……善処するわ」


 言って、私たちは二手に分かれる。


「よぉし、まずは鳥さん! 捨て身の特攻を見せてやるだ!」

「捨て身とか、冗談じゃないわっ! 数と状況と力関係見てから言えっ! あと、鳥さん言ううなしっ!」


 ……大丈夫かしら、あのコンビで。


 私は加速して、テオドラの隣へ降り立つ。

 駆け寄ると、テオドラは自分の両肩を抱いてぶるぶると震えていた。


「……テオドラ、どうしたの? どこか怪我でも……」


 言いかけて、言葉が出なくなった。

 顔を上げたテオドラの眼が…………殺意と怒りに染まっていたから。


「あいつは……あの多頭のドラゴンは…………かつてワタシの故郷を壊滅に追いやったヤツだ…………」

「……あのドラゴンが?」

「あぁ……ヤツは、数千年前より、ワタシたち一族を度々襲っていた。何度撃退しても蘇り、何度でもワタシの故郷を襲った…………そして、ワタシが三歳の時……ワタシの故郷はほぼ壊滅させられた……」


 テオドラの唇から、細く血の滴が落ちる。

 唇を噛み締めたせいで切れてしまったのだろう。


「ワタシの一族は、ヤツに滅亡寸前まで追い詰められたのだ…………」


 テオドラが、鉄製のガーゴイルに拳を打ち付ける。

 鈍い音がして、テオドラの拳が赤く染まっていく。


「……バカね。自分を傷つけてどうするのよ」


 切れてしまった唇と拳を、素早く治療する。

 これで、少しは落ち着いてくれればいいのだけれど。


「すまない、フランカ」

「……いいえ」


 深く……とても長い息を吐く。

 テオドラの呼吸は、まだ微かに震えていた。


「最後にワタシの故郷を襲った多頭のドラゴンは、父によって討ち滅ぼされたはずなのに……っ」

「……ドラゴンは絶命すると【ゼーレ】を次の者へと受け継ぐ……おそらく、あなたの父親が倒したドラゴンの【ゼーレ】を別のドラゴンが受け継いだのね」


 翼や眼など、体の一部が複数存在するドラゴンは複数の【ゼーレ】を有していた。

 もしそうなら、あの九つ首のドラゴンは【ゼーレ】を九つも持っているということなのだろうか……五つでも大変だったのに……


「おそらく、ワタシの一族が【ドラゴンスレイヤー】の血筋だから、ヤツに狙われたのだろう」


 テオドラの読みは正しいと思う。

 龍族にとって危険な要素を、ドラゴンは看過しない。だからといって複数のドラゴンを差し向けても、【ドラゴンスレイヤー】相手では分が悪い。犬死にする者が多くなるのだろう。

 そこで、絶大な力を持つあの九つ首のドラゴンを派遣していたのだ。

【ドラゴンスレイヤー】が滅亡するその日まで、何度も、何度でも。


「フランカ……一つ頼まれてはくれまいか」

「……なにかしら?」


 不意に、テオドラが私の名を呼ぶ。

 真剣な表情が、私の心をザワつかせる。


 嫌な予感がする。


 テオドラがとんでもない無茶を言い出して……しかもそれを止められないという、嫌な予感が。


「多頭のドラゴンをワタシに任せてくれまいか? 必ずや仕留めて見せる!」

「……待ちなさい、テオドラ。単純に魔力の大きさだけで見た結果だけれど、あの九つ首のドラゴンはアイスドラゴンよりも強いわよ」

「分かっている」

「……下手をするとアイスドラゴンと千十八頭のドラゴンを合わせるよりも強いかもしれないわよ?」

「……それでも、ワタシはヤツを倒したい! いや、倒さねばならないのだ!」


 いつになく真剣な瞳で、テオドラは言う。

 私に、懇願するように。


 容認は出来ない。

 何故なら、客観的に見て、今のテオドラにはまるで勝機がないからだ。

 私たち三人でかかれば……もしくは…………けれど、そんなことを他のドラゴンが見過ごすはずがない。


「……テオドラ、気持ちは分かるけれど…………」

「ヤツのせいで、…………ワタシの父は、母を失ったのだ……」

「…………え」


 衝撃を受けた。

 そんなこと、考えてもみなかった。


 そして、「ワタシは」ではなく、「ワタシの父は」と、自分の想いを濁したテオドラに、私の胸は堪らなく締め付けられた。


「その時、ワタシは何も出来なかった。……何も出来ないのは、もう嫌なのだっ!」


 不甲斐なかったおのれを責めて、テオドラはここまで強くなったのかもしれない。

 ……私にも、譲れない思いはある。

 テオドラのこの気持ちを、私は尊重してあげたい。


「フランカー! テオドラー! 早くしてくれだぁー! さっきのデッカイのまで来てしもぅたでなぁ!」


 トシコの叫び声が谷にこだまする。


『さっきのデッカイの』…………?

 振り返ると、山の向こうに九つ首のドラゴンがその巨体を覗かせていた。


「わがままを言っていることは、分かっている……しかし……っ!」

「……わかったわ」


 どう考えても、私にはテオドラのこの真っ直ぐな思いを邪魔することなんて出来ない。

 たとえ、危険だと分かっていても……


「……好きなようにやりなさい。ただし、気を付けてね」

「フランカ……すまない。恩に着る」


 いつものように大袈裟で、いつものようにさっぱりとした笑みを向けてくれる。


「それじゃあ、行ってくる」

「……えぇ」

「おヌシも十分気をつけろよ」

「……分かっているわ」

「アイスドラゴンは強敵だ。油断するなよ!」

「………………え?」


 そこで、私はようやく気が付いた。

 当初は、テオドラがアイスドラゴンを抑え、私とトシコで千十八頭のドラゴンを倒す予定だった。

 しかし、テオドラが九つ首のドラゴンと対峙するのなら、私かトシコのどちらかがアイスドラゴンを相手にしなければいけない。

 そして、トシコは『個』より『群』相手の方が得意だと断言していた…………


「では、行ってくる!」

「……あっ! 待って、テオドラ…………っ!」


 …………これは、本当に…………私がアイスドラゴンを相手にしなければいけないということなのね。


 ……正直、荷が重い。

 ブルードラゴンと戦ってみて痛感したのだけれど、私の今のレベルでは、ブルードラゴンに引き分けるのが精一杯だろう。

 それ以上の力を持つドラゴン相手に、それも一人で、どこまで出来るのだろうか……


「……やるしか、ないわね」


 泣き言を言っても始まらない。

 私は気を引き締め、トシコの隣へと舞い戻った。


「テオドラはどうだっただ?」

「……怪我はないようよ」

「そうだか! いや、よかっただなぁ」

「……その代わり、私たちだけでアイスドラゴンと千十八頭を相手にしなければいけなくなったわ」

「なんでだべっ!?」


 私は、ブレスを吐きながら飛び交うドラゴンを避けつつ、事のあらましをトシコに伝えた。


「……と、いうわけよ」

「いんやぁ、気持ちはわかるだども…………」


 ぼやきながらも、トシコは矢を射る。

 一度に十二もの矢が放たれ、そのどれもが高速で空を翔ける。

 唸りをあげる矢が、次々にドラゴンを貫き撃ち落としていく。


「矢も無限じゃねぇだで……千頭は辛かぁ」


 そう言えば、トシコはどれだけ矢を持っているのだろうか?

 いつも軽装に見えるのに、バンバン矢を射っては拾っている素振りもない。

 そう思ってよく見てみると、魔力を矢に変換しているのだと分かった。

 トシコが射っている矢は一本だけなのだ。その一本に込めた魔力が放出され、数十本もの矢に変換されているようだ。

 けれど、そのためには必ず一本、普通の矢を射る必要がある。


 千頭は厳しいかもしれない。


「……トシコ。アイスドラゴンと千十八頭、どちらがいい?」

「二百頭!」

「……私に負担を押し付けないで」

「残りは鳥さんがなんとかしてくれるべ」

「はぁっ!? 私がっ!?」


 そういえば、グリフォンは魔神だった。

 ならば少しくらいは戦力になるだろう。


「……分かった。トシコが二百、鳥が八百ね」

「ちょっ! ムリムリムリ! トシコを乗せて飛ばなきゃだし! あいつら、普通のドラゴンよりなんか強いし!」

「……魔神としての矜持はないの?」

「誇りや矜持でどうこう出来るレベルではないであろう!? 私、瞬殺される自信があるぞ!?」


 なんとも堂々とした敗北宣言。……ある種、清々しいわ。


「けんど、アイスドラゴンばぁ、フランカにお任せして、残りはオラと『魔界の空の覇者』でなんとかするしかなさそうだべな」

「ちょっ!? おまっ!? こんな時だけっ!? あぁそう!? そうなんだな、貴様たち!?」


 トシコの言う通り、出来る出来ないの話ではない。


 ……やるしかないのだ。


「……それじゃあ、トシコ、それから『崇高なる魔界の空の創造主』、千十八頭は頼んだわよ」

「もぅ! ホンット! 外の世界なんか来るんじゃなかった! わかったよ! わかりましたよ! やればいいんでしょう、やれば!」

「任せるだ! 魔神グリフォンも、この通りものすっげぇやる気だで!」

「……それじゃあ、幸運を祈っているわ」

「オメェさもな!」


 迫りくるブレスをかわすように、私とトシコは左右に分かれた。


 話している間も、無数のドラゴンは攻撃を仕掛けてきていた。


 ただ……アイスドラゴンだけは微動だにせず、成り行きを見守っていた。


「……気をつかわせたかしら?」

『ふふ……なに、ただの高みの見物だ』


 薄く笑みを浮かべるアイスドラゴン。

 ……やはり、強い。

 放出される魔力が濁流のように私の体に浴びせられる。

 気を許せば、一瞬で飲み込まれてしまいそうだ……


『あの剣士一人で、ヤマタノオロチを倒せるつもりか? 貴様も加勢に行った方がいいのではないのか?』

「……その間、あなたが大人しくしていてくれると言うのならそうするわ」

『保証は出来んな』


 楽しそうに呟く。……気に入らない。

 気に入らないほど、力の差が大きすぎる。


『もう一つ、質問をしてもよいか?』

「……どうぞ」



『貴様一人で私を倒せるつもりか?』



 世界が凍ったかのような錯覚にとらわれた。

 全身の血液が凍り付いたのかと思った。


 凄まじい冷気で固められたように、心臓が縮み上がる。


 殺気?

 ……いや、これはそんなものじゃない。

 獣がエサを前にした時に見せる本能……余裕すら感じられる、抗いがたい惨殺の確約……


 ……私では勝てない。


「……なら」


 勝てないのなら……

 可能な限り時間を稼ぐ。

 無様でも情けなくても、逃げ回って、一秒でも長く時間を稼いでみせる。


 ドラゴンどもは、私たちを足止めしている気になっているのだろう。

 エンペラードラゴンと【搾乳】の戦いに、私たちが加勢しにいかないように。


 けれど、それはまったくの逆だ。



 私たちが、ここにいるドラゴンすべてを足止めしているのだ。



 エンペラードラゴンを倒すことが、私たちの目的じゃない。

 ルゥシールを取り戻せれば、私たちの勝利なのよ。


 私たちは、『戦うこと』を放棄できる。

 倒す必要はないのだ。

 それならば……


「……私にも、出来る」


 魔力を解放する。

 たまに【搾乳】が行っている戦法だ。

 魔法陣を介して魔力を具現化していただけの魔法から、あらかじめ展開させた魔力に伝達させるようにして、魔法を連鎖的に発動させる。これにより、魔法の威力と有効範囲が飛躍的に伸びる。

 当然、その分魔力の消費は激しいけれど……


 今は、出し惜しみしている時ではない。


 対峙しているだけで気が触れそうな恐怖を与えられる。

 絶対的に格上の生物を前にして、手加減できるほど私は肝が据わってはいない。

 そんなことが出来るのは、きっと【搾乳】くらいのものだろう。


 小心者の私は、最初からフルパワーで行く。

 ……一瞬の隙を突かれて、命を無くさないために。


『ほぅ……なかなか』


 こちらは限界まで魔力を放っているというのに、アイスドラゴンは涼しい顔をしている。

 確かに、この程度の魔力ではアイスドラゴンを追い詰める様なダメージは与えられないだろう。アイスドラゴンもそれを分かっているのだ。


 それでも、私はやらなければいけない。

 ……このまま、膠着状態が続いてくれるのが一番の理想だけれど……きっとアイスドラゴンはそんなに甘くない。


「……氷には…………炎っ!」


 拡散させた魔力へ炎の魔法を伝達させる。

 次々に引火していき、私の生み出した炎は瞬く間に巨大な炎の塊に……爆発と呼ぶに差し支えない勢いで燃え広がった。

 天空を焼き払う灼熱の業火がアイスドラゴンを包み込む。


 しかし……


『ふむ……この程度か』


 次の瞬間、アイスドラゴンの口から氷のブレスが吐き出され、炎に熱せられていた空気が一瞬で氷点まで冷やされる。


 ほんの一瞬で、すべてかき消されてしまった。

 私の全力が……


 自分の体内にある魔力を、一度に根こそぎ放出出来る者など、【搾乳】以外には存在しない。

 普通は、一度で使える上限というものがある。それを超えると体が自然にブレーキをかけてしまうのだ。

 著しい魔力の消耗は生命をも脅かすから。

 魔力欠乏症は、その警告のようなものだ。


 ……じゃあ、今私を襲っているこの激しい眩暈は一体なんの警告なの?


 言われなくても、答えは分かっている…………これは、恐怖。

 ……少しは、手応えを感じられると思っていたのに。

 無傷どころか、歯牙にもかけられないレベルだなんて。


「……悪夢ね」


 それでも、諦めるわけにはいかない。

 私は、ルゥシールを連れて、帰るのよ。【搾乳】と一緒に。


「……そう。ルゥシールはこんな所にいるよりも、私たちといる方が似合っている」

『ダークドラゴンは渡せぬのだ。貴様らの事情がどうあれな』

「……アイスドラゴン」

『ん?』

「……それは、こっちのセリフよっ!」


 紫電が翻る。

 速度で言えばピカイチ。

 音よりも速く目標物を捉え、激しい電撃で撃ち抜く。イカヅチの魔法。


 いくらドラゴンといえど、数千ボルトの電流を喰らっては無事では済まないはず。


『ふふ……今のはいい一撃だったな』


 ……ダメージ『小』、といったところかしら?

『無』でないだけマシだわ。


「……勝つのが不可能、ってわけではなさそうね」

『そうだな。百年くらいかければ可能性はあるかもしれぬぞ』

「……舐めないで。九十年くらいでなんとかして見せるわ」

『ふははははっ! 面白い娘だ』


 アイスドラゴンは、笑い声までもが冷たい。

 透き通る女性の声……それがなお一層冷たく感じさせる。


 ……嫌になる。さっきから、全身の震えが止まらない。


『少しだけ見せてやろう……龍族の力というものを』


 アイスドラゴンが口を開く。

 ブレスかと身構えるが、吐き出されたのは白い靄だった。

 ブレスではない。

 だが……


「…………寒っ!」


 気温がぐんぐん下がっていく。

 吐く息が白くなり、カチカチと奥歯が勝手にぶつかり始める。

 耳が痛くなり始め、指先がかじかみ始める。


『いつまで動けるかな?』


 アイスドラゴンは、吐息だけで相手を凍らせることが出来るのか……

 立ち止まっていては、本当に氷漬けにされてしまう。


「……炎よっ!」


 魔力を拡散し、炎を引火させ爆発を起こす。

 しかし、燃え広がった炎は一瞬の内に鎮火してしまう。

 魔力が減少し、体温が著しく低下する。……体内から何かが抜け出てしまった感覚だ。


「…………はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 寒さが限界に達してきた。

 トシコは……大丈夫だろうか?

 この冷気は、どの範囲まで有効なのだろう……


 世界に影響を及ぼすほどの力を持った者に挑むのは、やはり無謀なのだろうか。

 人間は、ドラゴンには勝てないのだろうか……


 私は、勝てない…………の、だろうか。


「…………はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 炎はかき消されてしまう。

 アイスドラゴンに有効だったものはイカヅチ……


「…………紫電よっ!」


 世界が紫色に明滅する。


「きゃっ!?」


 私の放った紫電は、目の前を浮遊する小さな結晶によって阻まれた。

 小さな氷の結晶が、空気中に無数存在し漂っている。

 それらの結晶はアイスドラゴンの魔力を纏っており、私の魔法を反射、拡散させることが出来るようだった。


 紫電が私の目の前で破裂したように見えた。

 実際は、浮遊する氷の結晶にぶつかり、イカヅチが四散したのだろうが。


 ……まいった。

 完全に手詰まりだ。

 私の持ちうる魔法の、そのどれをもってしてもアイスドラゴンにはダメージを与えることが出来ないだろう。


 寒さも……そろそろ限界にきている。

 意識を保っていることが不思議なくらいだ…………


 私に残された選択肢は、もう、一つしかない……


 逃げる。


 一度距離を取り、体勢を立て直す。

 魔力を溜めて一発逆転を狙うしか……


「…………はぁ、はぁ……行けるところまで、一気に…………飛ぶっ!」


 私は、全速力で飛行する。

 持てる魔力を振り絞り、可能な限りの速度でアイスドラゴンから距離を取る。


 翼を羽ばたかせ、魔力をフル稼働させて、出来る限りの速度で空を突っ切る。


 ……が、アイスドラゴンは、そんな私よりももっと、ずっと、とんでもない速さで私に追いついた。

 余裕で私を抜き去り、私の前へと回り込む。


『逃げるにしては、遅すぎるな』


 そうして、その巨大な体をひねり……大きな尻尾を打ち下ろしてきた。

 振り抜かれた尻尾が直撃して、私は地面へと叩き落される。

 呼吸がつまり、身動きが取れない。


 それでも、懸命に意識を集中させて魔力を解放する。

 放出された魔力が私の体を支えてくれて、辛うじて、地面との激突だけは免れることが出来た。分厚い空気の層がクッションになってくれたのだ。


「…………はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 しかし、もはや限界だった。

 立ち上がる力もなく、地面へと這いつくばる。

 寒さと疲労で眩暈がする。


 テオドラとトシコは、無事だろうか?

 彼女たちだって、決して余裕のある戦いではないはずだ。

 真っ先に音を上げる自分が情けない。


 けれど……もう、私には抗うだけの気力も体力もない。


 助けに行きたかった。

 けれど……もう、無理みたいだ。


 また【搾乳】に会いたかった。

 けれど……もう…………




「フランカ」




 不意に聞こえた声は、聞き覚えのない大人びたものだった。

 私の名を呼ぶ、私の知らない声。


 一体……誰?


 痛む頭を持ち上げ、眩む視線で懸命にその顔を見上げる。


 すらりと伸びた手足に、引き締まったウェスト。その上にははち切れんばかりの大きな胸が存在感たっぷりにその膨らみを見せつけている。

 黄金色に輝く美しい長髪は腰にまで届く長さで、赤い瞳が印象的な美女。


 この人は…………誰?


「助けに来たよ。お義母さんの言いつけ通り、最初は人間の姿でね」

「……お……義母、さん……?」

「そう。ドラゴンの姿で接近すると警戒されるだろうからって」


 ドラゴンの……姿?


「早くこいつらを片付けて、おニィちゃんを助けに行こう」

「……お、ニィちゃん…………」


 その呼び方……それに、ドラゴンの姿…………黄金色の髪…………

 そんな……まさか…………


「…………シルヴァネール?」

「うん。そうだよ」


 にこやかに頷く美女は、私の知っているシルヴァネールとは似ても似つかない姿で……いや、言われてみれば面影が残っているが……でも、決してこんなに大人っぽくはなかった。

 む、胸も……あんなにダイナマイツでは……


「力を使い過ぎて縮んでいた分を、お義母さん――ガウルテリオに治してもらったんだ。魔神の魔力を分け与えてもらってね」

「……そんなことが…………」

「可能だったんだよ。私もびっくりしたけどね」

「……じゃあ、私もガウルテリオに頼めば『ばいんばいん』に……」

「それはないかな」


 きっぱりと否定された。

 魔力の上昇によりバストが上昇した例が身近に二つも存在するというのに?


 いや、今はそんなことなどどうでもいい……


「……シルヴァネール、手伝ってくれるの?」


 龍族を裏切ってまで?

 そう言外に思いを込めて尋ねると、シルヴァネールはためらうことなく頷いた。


「もちろん」


 そして、すっと空を見上げる。


「ルゥを助けるためだもん」


 シルヴァネールの見つめる先にはアイスドラゴンがいた。

 アイスドラゴンもシルヴァネールに気が付いているようで、明らかに警戒している。


「私がアイスドラゴンを仕留める。フランカはトシコの援護に向かって。苦戦している様だから」

「……平気?」


 アイスドラゴンの強さを身を持って知った私は、一人で挑もうとするシルヴァネールに尋ねずにはいられなかった。

 けれど、帰ってきた答えはなんともあっさりしたもので……


「当然でしょ。私、ゴールドドラゴンだよ?」


 そして、極寒のこの地で、花が咲いたような笑みを浮かべる。

 それは、希望の光のように見えて……私の胸にも小さな花を咲かせる。


 すなわち……「何とかなるかもしれない」という希望の花を。



『ゴールドドラゴン……貴様、一族を裏切るつもりか……?』


 アイスドラゴンが上空から声をかけてくる。

 相変わらず冷たく、平坦な声で。

 それに対し、シルヴァネールはやや不敵な声で返答する。


「裏切る? ……それは、違うよ」


 シルヴァネールが羽織っていた上着を脱ぎ捨てる。

 嘘偽りなく、大きく育っている乳房が露わになる。……本物、だ。


 白く美しい肌を晒したシルヴァネールは、あくまで冷静に言葉を紡ぐ。


「私は、今も、昔も……そしてこれからも、ルゥの味方」


 揺らぐことのない意志を感じさせる、力強い声で。


「私は、私の心を裏切ったりはしない」

『そのために一族を裏切ると言うのであろう?』

「裏切るんじゃないよ…………ただ」


 シルヴァネールの体が大きく膨れ上がっていく――


「『あなたたちは間違っている』と、教えてあげたいだけだよ」


 シルヴァネールの魔力が膨れ上がっていく。

 極寒の地と化していた大地に、温かい風が吹き抜ける。


 眩い輝きを放ち、それは姿を現した。



 ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!



 黄金色に輝く、巨大なドラゴン――


 ゴールドドラゴンが天に向かって咆哮した。


 そして、舞い上がったゴールドドラゴンと、舞い降りたアイスドラゴン……二頭のドラゴンが激突する。








いつもありがとうございます。



なんだか、悟りのフランカさんです。


笑っちゃうほどに力の差を感じちゃうと、

人は新たな感情を覚えるのかもしれません。


「負けたくない」や、

「今に見てろ!」みたいな感情は、

その人と同じ土台にいる人が思うことなんですよね。


あまりに次元の違う人に出会い、

絶対的な差をを目の当たりにした時、

人の心に生まれるのは、


期待


なのかもしれません。



「この人、次は何やるんだろう?」

「どんなものを見せてくれるんだろう」


という、観客の視点になってしまうのです。



「カカロット、お前がナンバーワンだ」


に近い感覚かもしれません。


自分と比べるのを、やめてしまうのです。




フランカ「……以上のことから、ルゥシールのおっぱいは比較対象から外れたわ。次元が違うもの」

トシコ「んだな。アレばぁ、規格外だべ」

ウルスラ「確かにアレは反則だからな。素手の勝負に魔法を持ち出すようなものだ」

フラ・トシ・ウル「「「この、卑怯者」」」

ルゥシール「なんか、いわれのない非難を受けてますよっ!?」


フランカ「……ルゥシール。そういうわけで、私たちの判定勝ち」

ルゥシール「えっ!? そうなんですか!?」

トシコ「ルゥシールもがんばったけんど、残念だったべな」

ルゥシール「わたし、何か頑張りましたっけ!?」

ウルスラ「悔しいかもしれんが、その悔しさがいつか、君の力になるのだ!」

ルゥシール「あ、いえ……特に悔しくは……胸の大きさなんて比較するものではないですし……」

フランカ「……王者の余裕かっ!?」

トシコ「試合に負けても勝負に勝ったばぁ思うてるだか!?」

ウルスラ「パイオツのデカさは心の広さに比例するのかっ!?」

ルゥシール「みなさんっ! 一度落ち着いてください!」


エイミー「見て、シルヴァネール」

シルヴァネール「八つ当たりだね」

シルヴァネール・エイミー「「可哀想に……」」


フラ・トシ・ウル「「「成長した組は黙っていてもらおうかっ!!」」」





と、このように、絶対出来な差からは期待が………………生まれて、ません、かね?

まぁ、そういう時もありますよ。






今後ともよろしくお願いいたします。


とまと

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