129話 海上決戦
カブラカンの予想は、七割方当たっていた。
カブラカンが『龍族は互いの【ゼーレ】が感知出来ることをかんがえると、下手したら次元の穴の出入り口で待ち伏せされるかもしれない』なんていうから、不安になって大急ぎで次元の穴を抜けてみれば……そこには誰もいなかった。
ドラゴンどころか、トカゲもカエルもいなかった。
爬虫類も両生類も何もいなかったのだ。
取り越し苦労かと安堵し、俺たちは特に警戒することなくブレンドレルへ向かうことにした。
パルヴィの『眼』があれば、フランカやテオドラの動向も把握できる。
ブレンドレルのそばにさえ来てくれれば、すぐに迎えに行ける。
それまでは王城で待機でもしていよう。
そんな風に余裕をかまして、飛べる喜びを満喫しながら、俺はトシコをお姫様抱っこしたまま飛行していた。
が、それが間違いだった。
ブレンドレルへ向かう途中、一頭のドラゴンがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
【ゼーレ】を感知したドラゴンがやって来たのだと思った。
ただ単に、行動が遅く、たった今たどり着いたのだと……思い込んだ。
集結される前に倒しておかなければ、また数千のドラゴンがやってきてしまう。
数をそろえられると厄介だ。
そう思った俺は、そのドラゴンに接近した。
が、そのドラゴンはすぐさま踵を返して逃げ出してしまったのだった。
偵察だったのかもしれない……そう思った俺はそのドラゴンを仕留めることにした。
そしたら、そいつが速い速い。
トシコの弓も、俺にお姫様抱っこされているせいで本来の速度が出せないし、俺はトシコをお姫様抱っこしているせいでトップスピードが出せないでいた。
まったく、お姫様抱っこはいいところなしだ。
夢中でドラゴンを追いかけ、気が付くと、俺は海へ出ていた。
そして、海上には数十匹にも及ぶドラゴンが待ち受けていたのだ。
まずい!
この状況は非常にまずい!
「お婿はん。どんどん増えとぉよ!」
「分かってる! とりあえずどこかに降りるぞ!」
「けど、下ばぁ、み~~~~~~~~~んな海だべなぁ!」
「それも分かってるっての!」
そんなわけで、俺たちは懸命に逃げた。
とにかく地面のあるところへ。
両手がふさがっているため、俺は魔法が使えない。
トシコも屈むような姿勢では弓が射れない。
反撃は無理だ。
おまけに、ずっと飛び続けていたせいで、そろそろ魔力が尽きそうだ……
ドラゴンどもの魔力を吸収しようにも、どちらかの手が自由にならなければままならない。
「トシコ、今後お姫様抱っこは禁止な!」
「えぇ~! なしてぇ!? オラが悪かわけでもかなやろにぃ!」
おんぶにしておけばよかった。
そうすれば、つるぺたなトシコでも多少の膨らみは……もとい、両手が使えたから多少はまともに戦えたはずだ。
「手が使えないのは致命的だ。次からはおんぶにするからな!」
「そがんこと言うて、ホンマはオラのおっぱいさ押し付けて欲しかぁち思いよるとやろ?」
「そんなこと、これっぽっちしか考えてねぇよ!」
「これっぽっちは考えとぉやんか」
まぁ、これっぽっちくらいはな。
「……マズイ。これ以上は飛べなくなる」
冗談抜きで魔力切れだ……
見上げれば、さっきよりも数を増やしたドラゴンが空を覆い尽くしている。
このまま海へ落ちれば、濡れた衣服が錘となって身動きが取れなくなってしまう。
「お婿はん。オラの魔力ば使ってくんろ」
「それしかないか……けど、両手がふさがってるから胸を揉むわけにも…………っ!?」
いきなり、トシコが俺にキスをしてきた。
あまりに驚いてトシコを落としそうになった。
「ちょっとぉー! お婿はぁーん!?」
あ、落としちゃった。
「落ちるだぁ! 落ちてるだぁ! 今まさに、オラが物凄い速度で落ちて行ってるだぁ!」
貰った魔力を使って、すぐさまトシコを拾いに行く。
間一髪、海への墜落だけは避けられた。
「…………し、死ぬかち思いよっただ……」
トシコは小さく震えながら俺の背中にしがみついてくる。
今度はおんぶだ。
俺はトシコを背負い、上空へと戻る。
「なしてオラのこと落としただ!?」
「お前が急にとんでもないことをするからだろうが!」
「だども! みんなしてもろうとる言うやねぇだか! オラだってしたかぁ!」
……女子が、あんまりそういうことを言うんじゃない。
けど、その気持ちは……まぁ、ありがたい、けどな。
「両手ばあいたら、あんドラゴンども蹴散らすんは簡単だべか?」
簡単……か、どうかは微妙だが……負ける気はしない。
「まぁ、なんとかなるだろう」
「ほだら、ここはお婿はんに任せるだ」
そう言って、トシコは俺の首に腕をまわし体を密着させてくる。
バランスを取り、俺の支えがなくても落ちないように体重を移動させている。
ぎゅっぎゅっと、何度も胸が押し付けられる。
………………膨らみは……………………微かに……いや、ないか…………ないのかぁ……
悲しい気持ちが胸を満たし、俺は涙をこらえてドラゴンの群れの中へと飛び込んでいく。
忘れてしまおう、悲しいことなんて。
戦いに身を投じれば、些細なことなど忘れられるさ。
「トシコ……今度一緒に、ゴッド・モー様にお参りしに行こうな」
「なんやようわからんだども、とりあえずお断りだべ」
ご利益あるかもしれないのに。
くそぉ……
ルゥシールのおっぱいが感染するタイプのおっぱいだったらよかったのになぁ。
切ない気持ちとやるせない気持ちが入り混じり、目尻に涙が溜まり始めた時、不意に声が聞こえた。
『ダークドラゴンは、渡さない』
そんな声に顔を上げ辺りを見渡すと、ドラゴンの群れが俺を取り囲み一定の距離を保ってこちらを窺っていた。
話しかけてきたのは、翼が三対あるライムグリーンのドラゴンだ。
「しゃべれるってことは、お前も複数の【ゼーレ】を持ってるってことか?」
『いかにも。私は、エンペラードラゴンより力を与えられし者。選ばれし戦士なり』
「そういう変な自尊心、無くした方がいいと思うぜ」
魔界に乗り込んで来た三つ首ドラゴンは、その自尊心に足元をすくわれたようなもんだからな。
しかし、六枚翼のドラゴンは落ち着いた雰囲気で余裕の表情を浮かべている。
驕りの無い者なのか……それとも、仲間に囲まれて気が大きくなっているだけか。
『私に、驕りなどはない』
あ、ダメだ。
こいつもダメなタイプだ。
胸を張り、堂々と言ってのける六枚翼のドラゴンを見て、俺はがっくりと肩を落としたい気分にかられた。
「エンペラードラゴンに【ゼーレ】を与えられたと言ったな?」
『いかにも』
「ってことは、エンペラードラゴンは【ゼーレ】を自在に操れるってことか?」
『そういうわけではないが、そうであるとも言える』
回りくどい物言いだ。イライラする。
「つまり、エンペラードラゴンは俺たちを恐れて、己の身可愛さに仲間のドラゴンを次々と殺戮し【ゼーレ】を奪い取ったってわけだ」
『違う!』
軽く挑発してやると、まんまと乗ってきやがった。
ギャアギャアと、周りのドラゴンどもも声を荒げて威嚇してくる。
周りにいるドラゴンも、翼や腕、尻尾や頭が複数生えている者ばかりだ。
と、考えるなら、こいつらもみな【ゼーレ】を複数持っていると考えた方がいいか。
「何が違うってんだよ。【ゼーレ】は、決まった数しか存在しておらず、一頭のドラゴンが死ぬと同時に別のドラゴンの中に目覚めるんだろ?」
だとするなら、【ゼーレ】を複数持っている者が現れたということは、その数だけ【ゼーレ】を無くした……もっと言うならば、奪われた者がいるはずだ。
「エンペラードラゴンは、仲間を犠牲にして戦力を強化した。違うか?」
『違う!』
六枚翼のドラゴンは、今にも喰らいついてきそうな勢いで吠える。
『エンペラードラゴンは我々の持つ【ゼーレ】を無の力により隔離することが出来るのだ。エンペラードラゴンだけが、ドラゴンを殺さずに【ゼーレ】を体内より取り出すことが出来るのだ!』
だから、犠牲者を出さずに強化ドラゴンを生み出せたと、そういうわけか。
「じゃあ何故、闇の【ゼーレ】を隔離しない?」
殺さずに【ゼーレ】を取り出せるのなら、闇の【ゼーレ】を強大な魔力を持つルゥシールではない誰かに移してしまえばいいのだ。
いや、そもそも、ダークドラゴンが龍族の脅威というのであれば、その【ゼーレ】を永遠に封印してしまえばいいではないか。
『【ゼーレ】は、一つとして失うことは出来ぬ、我らが守り受け継いできた龍族の宝なのだ』
「だから、闇の【ゼーレ】を消し去ることは出来ない……か。にしても、【ゼーレ】を取り出せるなら、最初からそうしてればよかったんじゃねぇか」
何もギリギリまで粘る必要などなく、ルゥシールの力が目覚めた時に……いや、もっと前の、先代ダークドラゴンの時代にでも封印しておけばよかったのだ。
そうすれば、ルゥシールが闇の【ゼーレ】の力に悩むことも、シルヴァネールの体が縮むこともなかったのだ。
「職務怠慢だな、エンペラードラゴン」
『たわけが! 闇の【ゼーレ】は特殊なのだ! 貴様にエンペラードラゴンの悲哀が理解出来るのか!?』
ふん!
したくもねぇな、そんなもん。
一族のためだなどと抜かして自分の娘を結界に閉じ込めるようなバカ親父の考えなど、一生理解出来なくて結構だ!
ごちゃごちゃと格好ばかりつけやがって……要するにだ……
「エンペラードラゴンと言えど、闇の【ゼーレ】にだけは手出しが出来ないってことなんだな?」
『……アレは、すべてを飲み込んでしまう……無の【ゼーレ】でさえ、その例外ではない』
つまり、俺の言っていることは正しいと解釈していいよな。
無と闇【ゼーレ】同士をぶつけると闇の【ゼーレ】が勝ってしまうというわけか。
「それじゃあ、どうやって闇の【ゼーレ】を抑えてんだよ? その理屈じゃ、エンペラードラゴンには、ダークドラゴンを抑えることは出来ないだろうが」
『それは、貴様が知る必要のないことだ……』
しかし、六枚翼のドラゴンがそう言い放った直後、他のドラゴンから声が上がる。
『串刺しにしてやるのよ!』
それは、嘲るような声色で。
『過去にくたばったダークドラゴンどもの牙を、あの女に突き刺して魔力を奪うのさ!』
他のドラゴンが言う。
『忌まわしい力は、忌まわしい力によって封じる』
次々に、俺たちを取り囲むドラゴンが言葉を重ねていく。
『魔力がなくなれば【ゼーレ】の力は発動しない。魔力を与えられぬ【ゼーレ】はただの象徴にすぎず、脅威はなくなる』
それは、どれもが憎しみを込め、どれもが嘲笑を含み、どれもが、くだらない自尊心に満ちていた。
『力を無くした闇の【ゼーレ】を、無の【ゼーレ】で肉体ごと結界に閉じ込めておしまいさ!』
『肉体が弱り、精神が死ねば、龍族を脅かす者はいなくなる』
『間もなくだ! もう間もなく、我らの悲願が達成される!』
『数千年の平和が訪れるのだ。貴様らにその邪魔はさせんぞ!』
ドラゴンどもが、一斉にギャアギャアと声を上げる。
『どちらにせよ、貴様ら人間ごときが口をはさむことは出来ない。我らの力の前では、貴様らなど無力な存在』
六枚翼のドラゴンが口角を上げる。
ドラゴンの笑みは、とても邪悪に見える。
ホント…………吐き気がする。
『エンペラードラゴンは言っていた……平和のためには、どんな些細な障害も排除しなければいけないと』
六枚翼のドラゴンが首を低くし、翼を一度バサリと羽ばたかせる。
戦闘体勢へ移行しているようだ。
『たとえ、どれほど非力で、無価値で、矮小な存在であったとしても、平和の崩壊を望む者は殲滅するべきなのだと』
「へぇ、そんなことを言ってやがったのか、あのクソドラゴンは……」
俺たちを取り囲む数百の強化ドラゴンが、みな臨戦態勢へと移行する。
周りの空気が張り詰めていく。
不用意な一言で、即戦争が始まる。そんな空気だ。
だから……
「気が合うじゃねぇか。俺もまったく同じ意見だぜ」
俺は……
戦争を始めてやる。
「テメェらクズみてぇなドラゴン共も、一匹残らず排除してやるよ。俺たちの平和のためにな!」
力で誰かを押さえつけて、何が平和だ。
誰かの未来を奪っておいて、何が平和だ。
俺からルゥシールを奪った口で何をぬかしやがる!
「あったま来たぜ、クソヤロウ」
ルゥシールを、勝手に破壊神に仕立て上げやがって。
人間が非力だと言ったな?
無価値だと言ったな?
矮小だと抜かしやがったな?
その人間の力がどんなもんか、テメェらの体で味わいやがれ!
「心優しい俺は、一度だけ猶予をやる。まぁ、どうせ聞きゃしねぇんだろうが、念のためだ」
両腕を広げ、代表して六枚翼のドラゴンに視線を向ける。
「痛い目見たくないヤツはさっさと逃げ出せ。尻尾を巻いてな」
ガァァァァァアアアアアッ!
その咆哮が、開戦の合図となった。
数百のドラゴンが一斉にブレスを吐き出す。
全方向から各種、さまざまな属性のブレスが襲いかかってくる。
トシコは……
「ん? どがんしたと? おっぱいの催促と?」
そんなことを言って、ありもしないおっぱいをぎゅむぎゅむ押し付けてくる。
まっ平らだけどな。
「余裕だな」
「そら、お婿はんが余裕ち言うたもんで、オラが慌てる理由がねぇだよ」
凄い信頼だ。
その信頼を裏切らないためにも……
いっちょ、頑張らなきゃな。
「マーヴィン・エレファンーーーートッ!」
俺たちを包み込むように分厚い結界を展開させる。
何百のブレスが浴びせかけられ、激しい光の渦に世界が明滅する。
世界という名のバケモノが悲鳴を上げているような轟音の中、俺たちは涼しい顔でその光景を見つめていた。
俺の結界には、ヒビ一つ入っていない。
いくら複数の【ゼーレ】を有していたとしても、その一つ一つが大した強さではないのだ。
雑魚は寄せ集めても所詮雑魚。
これなら、ダークドラゴン単体の方がよっぽど手強い。
エンペラードラゴンの足元にも及ばない。
こいつらは所詮、余り物の寄せ集めにすぎないのだ。
多少強くなったとしても、所詮たかが知れている。
魔界で魔神ども相手に修行してきた俺の敵じゃない。
夥しい量のブレスを浴びながら、俺は両手を広げ、魔力をガンガン吸い取っていく。
ルスイスパーダがあれば一瞬でフルチャージ出来そうなほどの魔力が惜しげもなく世界へと放出されていく。
人に与えられた力だからって、おしみなく無計画に使っちまうのはどの種族も同じか。
かつての俺も、そういう部分があった。
半人前の証拠だな。
そんな雑に扱うくらいなら、俺が貰って有効活用してやるよ。
これまでは、触れた手のひらから『勝手に』魔力が流れ込んできていたが……これからは、『意識的に』その量を調節できるのだ。
シャットアウトだって出来る。
おっぱい触る度にバインしていたあの頃の俺ではないのだ!
……キスは、まだちょっと操作出来ないけどな……くそ、トシコに不覚をとった…………
「お前らの魔力、根こそぎいただくぜ! 喰らえ、マーヴィン・エレファント!」
広げた手から魔力が大量に流れ込んでくる。
その魔力を結界へと流用し、守りを固める。
ヤツ等の攻撃は、めぐりめぐって俺たちを守ってくれているのだ。
自分たちの魔力で自分たちの攻撃が防がれている……哀れな生き物だな、こいつらは。
こいつらが、利用される側の生き物だって証拠だな、これは。
行き場のないほどに埋め尽くされ、空を覆い隠していたブレスが、次第次第に薄れていく。
何頭かのドラゴンがブレスをやめたのだ。
魔力を相当消費したのだろう。
だが、休ませてなんかやらねぇぞ。
こっからは、俺のターンだ!
「マーヴィン・エレファント! エレファント! エレファント! エレファントォーーー!」
奪った魔力で魔法を乱発する。
折角苦労して使えるようにしてきた魔法だ。一度もお披露目しないなんて、なんかもったいない。
火球、氷柱、紫電、竜巻、鉄塊、猛毒と、ありとあらゆる魔法を叩きこむ。
「お婿はん、お婿はん!」
景気よく魔法をぶっ放す俺に、トシコが声をかける。
なんだ、トイレか? 少し我慢しろよ。
「なして全部『エレファント』なん?」
「ん?」
「結界も、魔力吸収も、攻撃魔法各種も、み~んな『マーヴィン・エレファント』ちいう名前だべか?」
『俺の編みだした魔法形態=マーヴィン・エレファント』なのだが?
魔法自体は、これまで通り魔神たちの魔法だ。
「ほだら、『マーヴィン・エレファント』ちいうんは、『剣士』や『魔導士』とかの分類でなくて、『オッサン』や『ジイサン』とかの大きな括りってことだべか?」
「……その例えだと、物凄くかっこ悪いものみたいじゃねぇか……」
「『鯉のあらい』や『鯛の活き造り』やのうて、『生食い』ちいうこと?」
「お前の例えには悪意を感じるぞ」
「何にせよ、攻撃も防御もみんないっしょくたに『エレファント』ち言うんは、ちぃ~っと分かり難かもんね」
俺が折角考えたカッコいい必殺技名にケチをつけるとは…………
「一緒じゃねぇよ! 攻撃は『エレファント』で、防御は『エレファントゥ』だよ!」
「ほだら、魔力奪うんは?」
「え…………『エレファン…………チ』?」
「エレファンチ!?」
「う、うるさい! わかったよ! 魔力奪うのには別の名前つけるよ! えっと……エレ…………エレ…………」
「『エレ』は決まりなんだべか?」
「えれ…………『エレエレ』!」
お、これはいいかも!
「魔力を奪う技の名は、『マーヴィン・エレエレ』だ!」
「………………」
無反応!?
「オラね……お婿はんのそういうところも、割りかし好きやでな」
なんだ?
褒められてるのか?
ちょっとだけ慰められているようにも感じるのだが……
まぁ、きっと褒められているのだろう。
直訳すれば『キャー、めっちゃかっこいい!』だ。そうに違いない。
「よぉし、ドラゴンども! テメェらまとめて、エレエレを食らわせてやるぜ!」
「言葉だけやと、何されるか想像も出来んけぇ、怖かやろねぇ」
背中でトシコが漏らした呟きは放っておいて、俺は『マーヴィン・エレエレ』を全方位に向けて展開する。
吸引力の落ちないこの技で、ドラゴンどもの魔力を根こそぎ吸い尽くしてやる。
『グッ…………ガァアアッ!』
ドラゴンのうち何頭かが苦しみ、そして海へと墜落して行く。
こいつらが自分で言っていたことだ。
『魔力がなければ【ゼーレ】は発動しない』
『魔力がなければ【ゼーレ】は脅威ではない』
――とな。
ドラゴンの特色である【ゼーレ】が脅威でないのなら、こいつらなどただの魔獣と同じだ。
百頭いようが千頭いようが……
「俺の敵じゃねぇ!」
俺の気迫に、逃げだすドラゴンが続出する。
恐れをなしたドラゴンが向かう先は、安住の地に違いない。
ドラゴンどもに安らぎを与える存在といえば、ヤツ等を束ねる絶対的強者……エンペラードラゴンしかいない。
逃がしてやるよ。
……逃がさねぇけどな。
ほとんどのドラゴンが海へと墜落し、何頭かのドラゴンが離脱したあと、最後に残ったのは六枚翼のドラゴンだった。
『貴様、何をした!? 我らは、魔法の攻撃に耐えられるよう、鱗を強化したのだぞ!? 【ゼーレ】の力を守りに費やしたのだぞ!? なのに何故貴様の魔法は防げんのだ!?』
【ゼーレ】の力を守りにか……
その守りすらも、起点になるのは魔力だ。
ならば……
「そんな守り、俺の前では無意味ってことさ」
俺は魔力を奪うことが出来る。
そして、魔力を失ったドラゴンは【ゼーレ】の力すら失って無力化する。
どう転んでも、お前たちに勝機はない。
『私はっ! 選ばれた戦士なのだ! 貴様等に……人間ごときに負けるはずがないっ!』
「だからよぉ……」
牙を剥き、吠える六枚翼のドラゴンに向かって、俺は腕を突き出す。
「そういう変な自尊心を持ってっと、足元すくわれるって教えてやったろうが」
対魔力用に強化した鱗だと?
どれほどのもんか見てやろうじゃねぇか。
手のひらに魔力を集める。
特大の一発を…………お見舞いしてやるぜ!
「お婿はん、ちょっとそのままね」
不意に、トシコがそんなことを言って、俺の背中をよじ登り始めた。
え?
え、えっ?
このタイミングで何やってんの、この娘?
あれよあれよという間に、トシコは俺の首にまたがり、肩車の格好になる。
ってぇ! 何してんのっ!?
そんな当たり前のことを聞こうかとした矢先、トシコは神速の矢を放った。
空を切り裂き、真っ白な空気の尾を引いて、神速の矢は六枚翼のドラゴンを貫く。
ガァァアアアアアアアアアッ!?
凄まじい悲鳴を上げて、六枚翼のドラゴンは海へと落下していった。
水しぶきが上がり、やがて水面が穏やかになり……ドラゴンは浮かんでこなかった。
「対魔法用ば言うとったでな。物理攻撃にはどんくらい耐えられるか思うただが……こりゃアカンがねぇ。オラとテオドラだけで一掃出来るかもしれねぇべや」
俺の首にまたがり、そんなことを言うトシコ……で、俺の手のひらに集まったこの魔力はどうしてくれるんだよ?
一度ならず二度までも、一番美味しいところを持って行きやがって…………振り落とすぞコノヤロウ!
睨んでやろうと顔を動かすと――
「ひゃんっ!」
――などと、トシコらしからぬ可愛らしい声をあげやがった。
「もう、くすぐったかよぉ! お婿はのエッチィ!」
そう言って、太ももでギュッと俺の頭を挟む。
モチモチすべすべした感触が頬に触れる。
トシコは、動きやすさ重視の、ちょっと露出の多い格好をしているのだ。健康的な太ももは外気にさらされ、現在は俺の頬にぺったりとくっついている。
…………ま、まぁ、いいかな。美味しいところくらい、くれてやっても。
仲間なんだし。
ドラゴンを倒せたんだし。
太もも気持ちいいし。
「今回だけだからな」
ここは俺が、大人の余裕で折れてやろうじゃないか。
「今回だけって、何がだべ? 肩車がだべか?」
「いや、肩車はもうちょっと定期的にやろう! ブレンドレルの風習にしよう!」
これは、いいものだ。いい文化だ。
俺、この戦闘が終わったら、色んな女の子を肩車するんだ。
そんな希望を胸に、俺は逃げたドラゴンを追いかける。
この目で直接見たヤツ等の魔力は、遠く離れても識別することが可能で……もう絶対に逃がしはしない。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「えっ!? このままいくだか? 流石に肩車で飛ぶんは怖かだで、おんぶかお姫様抱っこにしてくれんがと?」
「さぁ、行くぞ! しっかり挟んどけよ!」
「ちょっ!? お婿はん!? オラの言うことは無視だか!? 挟んどけっち、『掴まっとけ』の間違いでねぇだか!? お婿はん!? お婿はぁぁぁあーーーん!?」
速度を上げると、トシコの太ももがギュッと締めつけてきた。
俺、これを商売にしようかな?
肩車で人を運ぶ仕事(美少女限定)。
うん。未来は明るい気がしてきた。
未来への希望とトシコの絶叫を引きつれて、俺はドラゴンどもの住処へ向かって飛んでいく。
大切なヤツを――ルゥシールを連れ戻すために!
「飛ばすぞ、トシコ!」
「ダ、ダメだべ! 絶対ダメだべっ!」
「最高速度っ!」
「お、お婿はぁぁぁぁあん! あ、後で絶対…………お仕置きだべぇぇええええええっ!」
ご来訪ありがとうございます。
「お前は、あの人か!?」
――と、仰りたいのでしょう?
分かります。
「お仕置きだべぇ~!」
が、あえて触れずに行きましょう。
さて、
『126話 待ち合わせ場所にて』に登場した
三つ首のドラゴンの別バージョンが大量に登場です。
複数の【ゼーレ】を持つ強化ドラゴンということなのですが、
仲間の死を何より嫌うエンペラードラゴンは生きたままドラゴンから【ゼーレ】を取り外し、
別のドラゴンへ移植する術を持っていました。
ただし、
闇の【ゼーレ】は、エンペラードラゴンの無の【ゼーレ】よりも強力であるため、
移植や取り外しが出来ません。
そこが、エンペラードラゴンの悩みどころなんですね。
闇の【ゼーレ】を取り出し、単体で封印出来れば、
みんなが安全に暮らせるのですが、それが出来ない。
そこで選んだのが、
実の娘の封印――だったのです。
方法は単純で、
ダークドラゴンの肉体に魔力を奪う無数の牙(死亡したダークドラゴンの牙)を刺し、
魔力を奪って【ゼーレ】の機能を停止させるというもの。
しかし、闇の【ゼーレ】は驚異的な速度で周りにある魔力を飲み込んでしまうため、
本体(肉体)の機能を同時に停止させる必要があり、
そのため、弱った状態のダークドラゴンを肉体ごと無の結界へと閉じ込める必要があります。
これだけのことをやってもなお、闇の【ゼーレ】を停止させるには三ヶ月程度の時間を要するのです。
およそ三ヶ月で結界に閉じ込められた者の精神は死に、
『生きながらにして死んでいる』状態。すなわち、闇の【ゼーレ】の『器』となるのです。
しかし、精神の死は不確定要素があまりにも大きくて……
封じた者の精神力が無の【ゼーレ】を上回れば、三ヶ月以上も正気を保ち続けたりなんてことも。
……と、いうように、闇の【ゼーレ】は非常に取扱いの困難な物なのです。
なので、
そこらの雑魚どもを束ねてちょっとはマシな雑魚を作っちゃおう大作戦が決行され、
強化ドラゴンが誕生したのでした。
まぁ、結果は残念なことになってしまいましたが……
ご主人さん : 戦闘力 180000
ドラゴン1 : 戦闘力 416
ドラゴン2 : 戦闘力 408
ドラゴン3 : 戦闘力 710
これではダメージすら与えられません。
そこで!
『複数の【ゼーレ】を委嘱してパワーアップだ!』(♪テーレッテレー!!)
その結果!!
ご主人さん : 戦闘力 180000
ドラゴンの首1 : 戦闘力 416
ドラゴンの首2 : 戦闘力 408
ドラゴンの首3 : 戦闘力 710
…………と、このような散々な結果になってしまったのでした。(変わってないっ!?)
『×』でも『+』でもなく、
各々の力がただ一つの体に宿っただけという……
それが、三つ首のドラゴンや今回の強化ドラゴンの実態です。
しかし、
いつしか成功例が出て来ることでしょう……
トシコ「お婿はん。強化ドラゴンち戦闘力ば、いくつんなっただか?」
ご主人さん「オーバーナインサウザァーン!」(←欧米版)
みたいなことが、あるやも、しれません。
そんなわけで、
☆☆☆ まとめ ☆☆☆
・エンペラードラゴンは闇以外の【ゼーレ】を自在に操れる『らしい』んだぞ!
・ダークドラゴンの牙は、本体が死んだ後も魔力を奪い続けるんだぞ! 強力なんだぞ!
・【ゼーレ】は魔力と混ざり合ってドラゴンの力になっているんだぞ! ねるねるねるねと一緒なんだぞ!
・魔力がなくなると【ゼーレ】は無力化するんだぞ! バッテリー切れしたスマホみたいな存在だぞ!
・マーヴィン・エレファントは、魔法名じゃなくて方式の名前なんだぞ! 『肉じゃが』ではなく『和食』みたいなもんなんだぞ!
・トシコは「ふっくら」すらしてないんだぞ! でも、果敢に攻めこむ強いハートを内蔵してるんだぞ!
・太ももに挟まれたいんだぞ! 挟まれたいんだぞっ!
次回もよろしくお願いいたします。
とまと