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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
122/150

122話 夜明け前

 目が覚めた時、俺はベッドに寝かされていた。

 見覚えがある天井……ここは、王城か?


 体を起こすと、そこは広く……殺風景な部屋だった。

 高価そうな調度品が並んでいるが、そんなものには何の価値もない。


 家ってのは……温もりのある場所なんだ。



 隣が……いやに寒かった。



「…………ルゥシール」


 不意に漏れた声は、みっともないくらいに弱々しくて、微かに震えていた。

 脳裏にルゥシールの微笑みが浮かぶ。

 最後の瞬間、無理をして作った……まるで泣いているようなあの微笑みが。


 頭が痛む。

 右手で押さえ、そのまま顔を覆う。

 指に力が入り……髪を、掻き毟る。


 …………ルゥシールが、いなくなってしまった。


 あの後、俺たちがどうなったのか……ドラゴンどもがどうなったのか……さっぱりわからない。

 なのに……


 ルゥシールがここにいないことだけは、嫌になるほどはっきりと分かった。


「…………ぅっ! ぁっぁぁああああああああああああああああっ!」


 喉が裂けるほどに咆哮する。

 シーツを引き剥がし、ベッドから駆け下り、床を踏み鳴らして、ドアを蹴り開ける。

 廊下に出るも、辺りはしんと静まり返り、まるで廃墟の様だった。

 辺りが薄暗い。

 今は夜なのか。

 他のみんなはどこにいるんだ?


 ……まさか。


「助かったのが俺だけだなんて……言わねぇよな?」


 得体のしれない恐怖に飲み込まれそうになる。

 いや、待て! そんなはずがない。

 もしそうだとしたら、誰が俺をここまで運んだというのだ。

 きっと、目覚めない俺を置いて、みんなで作戦会議を開いているのだ。

 ドラゴンと戦うための…………エンペラードラゴンをぶっ飛ばすための、その、作戦を………………


 そんなの、考えてどうするんだ?


 途端に膝が震え始める。

 ヤツの強さは圧倒的だった。

 勝てるとか勝てないとか、そんなレベルの話ではないのだ。


 何故死ななかったのかが不思議なくらいなのだから。


 きっと、俺たちは全員、ルゥシールに守られたのだ。

 ルゥシールがいたから、俺たちは生かされたのだ……


 生きていようが死んじまおうが……

 やつらにとってはどうでもいいことなのだ。

 とるに足らない……些末な…………矮小な存在なのだ、人間など。


 ……住む世界が、違うってのかよ。


 じゃあ、もう…………ルゥシールには…………


「……【搾乳】」


 背後から声をかけられる。

 この声は……


「フランカ」

「……もう起きても平気なの」

「みんなは?」

「……無事よ…………」


 そう言って、視線を落とす。「無事よ」の後に続く言葉を飲み込むように。

 ……「ルゥシール以外は」という、言葉を。


「……ドラゴン軍がいなくなったあと、王女パルヴィが目を覚まし、ウルスラと二人で私たちを回復してくれたのよ」

「パルヴィとウルスラが……そうか」


 あの二人なら、それくらいのことはやってのけるか。


「……今は会議室にみんないるわ」

「そうか……やけに城の中が静かだな」

「……粛清に離反……王国の体制は崩壊するかもしれないわね」


 フランカが言うには、宰相ゲイブマンの謀反に加担した者がすべてこの城を去ったらしい。

 ゲイブマンは、ラ・アル・アナンの子供が大量発生した際のごたごたの内に姿をくらませたらしい。

 今、ポリメニスの手の者が全力で捜索している様だ。

 捕まった後、ヤツがどうなるのか……ポリメニスとウルスラが判断するだろう。

 ウルスラの配下だったベイクウェルの諜報部員たちも、ゲイブマンと共に姿をくらませたようだが……こちらは、ゲイブマンに付いて行ったのではなく、ウルスラを裏切ったことを恥じて姿を消したのではないかと思われる

 事情があるにせよ、一度裏切った主のもとへ帰ることなどできはしないだろうからな。


「明らかな敗戦のあとでも、ゲイブマンに付いていくものは多いんだな」

「……それだけ魅力があるのでしょう」

「ゲイブマンにか?」

「……まさか。権力によ」


 やつらには、王国を乗っ取れると確信できるほどの力があった。

 世界を仕切っているのは魔導士で、その魔導士が集結している魔導ギルドは、誰にも手出しできない組織になっていた。

 だからこそ、ゲイブマンは暴走したのだ。

 魔法の力を、己の力と見誤った。


 人間は、魔法が使えないというのに。


「……どちらにせよ、ゲイブマンに残された道は破滅しかないわ」


 吐き捨てるように放たれたフランカの言葉が、きっと真実なのだろう。


 もう、元の場所には帰れないのだ。

 逃げ続けるか、裁かれるか……精々もがくがいい。


 そんなわけで、王城に残ったのはパルヴィ直属のわずかな騎士と官吏のみだった。

 そいつらは今、パルヴィの傍に張り付き、警戒に当たっているのだという。

 城に避難していた住民たちの対応に当たっている者もいるのだそうだ。


「城の中に入れてやればいいのに。これだけガランとしてるんだから」

「……バカね。人手が不足している時に城に民間人を入れたりしたらどうなると思うの?」


 まぁ、略奪が起こり、パルヴィの命を狙う者が忍び込み……ろくなことにはならないな。


「……それで、さっきの叫びは何だったの?」


 …………聞こえていたのか。


「…………別に。悪い夢を見ていたみたいだ……」


 そして、その夢は……今もまだ覚めてはいない。


「……【搾乳】…………」


 何かを言いかけて、それをやめる。

 フランカは視線を外し、静かな口調で言う。


「……みんなが待っているわ。行きましょう」


 俺に背を向けて、歩き始める。

 会議室へ向かうのだろう…………だが。


「俺が行ってどうなる?」

「………………え?」


 振り返ったフランカの顔は、訝しげなものだった。

 多少の驚きが見て取れる。


「何を話し合うってんだ?」

「……何って……どうやってあのドラゴンを倒すかって……」

「無理だぞ」


 ほんの数分対峙しただけではっきり分かった。

 あいつは……エンペラードラゴンにはどんな奴だって勝てない。


「可能性があるとすれば、お袋がこっちに出てきてサシで戦うってことくらいか……だがな、もしそんなことになってみろ……この世界は吹き飛ぶぞ」


 魔神ガウルテリオの魔力は人知の及ぶものではない。


 お袋の魔力は、世界を壊すほど強力なのだ。


「……可能性なら、あるわ」


 フランカが、真剣な目をして言う。

 可能性がある……

 まさか。

 そんなもの、どこに……


「……魔界へ行くのよ」

「……は?」

「……あなたがそうしたように、私たちも魔界へ行って修行をするの」

「あのなぁ……どれだけの時間がかかると……!?」

「……三ヶ月よ」


 ピシッと、伸ばされた三本の指を突きつけられた。

 ……三ヶ月?


「……シルヴァネールが言っていたわ。ルゥシールは絶対に殺されない。結晶に閉じ込められ、龍族の城に幽閉されるだろうって」


 ……あの、抗う力を根こそぎ奪い取る結晶か。


「……三ヶ月……ルゥシールには辛い時間になるでしょうね…………けど、何もしなければルゥシールは一生幽閉されたままなのよ」

「仮にそうだとして……三ヶ月魔界に行ったくらいで……」


 エンペラードラゴンを超えるほどの急成長など、見込めるとは思えない。


「…………無理だ。ヤツには、勝てない」

「……勝てるわ」

「無理だ」

「……勝つのよ」

「どうやってだよ!?」

「……方法なんてどうでもいい!」


 フランカの腕が俺の襟をつかむ。

 背の低いフランカが俺の襟を掴んでもひねりあげることなど出来るはずもなく、結果的に引き下ろす格好になる。

 けれど、フランカの瞳は真剣そのものだった。


「……私たちは…………いいえ、『あなた』は勝たなければいけないの! 何が何でも! どんな手段を使ってでも!」


 お前の気持ちは分かる……俺だって、そうできるならそうしたいさ……

 でも…………


「…………無理だよ。感情論でどうこうなるレベルじゃないんだ。次元が違うんだよ、アイツは……」

「……【搾乳】の…………バカッ!」


 フランカが右腕を振り上げる。

 殴られると思い、歯を食いしばった瞬間――直径1メートルの鉄球が俺の顔面にめり込んだ。


「いや、強ぇよ!? 平手だろ、そこは普通!?」

「……そんなもの、あなたにはなんのダメージも与えられない」

「肉体的ダメージよりも精神的ダメージを重要視しろよ! そこで『ハッ!?』となるとこだろう!?」

「……私は、何事にも手を抜かない!」

「俺じゃなかったら死んでたからな、今の!?」


 首の骨がおかしな方向に曲がったわ!

 よく生きてたこと!


「……私は、ルゥシールを助けたい」

「そりゃ俺だって……」

「……そして、きちんと決着をつけないと気が済まないのよ」


 ……決着?


「……不戦勝なんて、私は望んでいない」

「なんの話だよ?」

「……あなたの話よ」

「…………は?」


 フランカは、深夜の海のように静かで深い色をした瞳で俺を見つめる。

 その向こうに隠された心など、微塵も晒さずに。


 だから、それはまさに不意打ちだった……


 フランカは、大股で俺に近付いてきて……そっと唇を重ねてきた。


「…………好きよ、【搾乳】」

「……………………え?」

「……ルゥシールにも、負けないくらいに、私はあなたが好き」


 頭の中が真っ白になった。

 ……フランカが、俺を……好き?


「……あぁ、ダメね…………自己嫌悪だわ」

「え、何がだよ?」

「……告白の時に、恋敵の名を出すなんて……自分で負けていると認めているようなものよ……今のは無し。忘れて」

「わ、忘れられるかよ!?」

「……また後日、きちんと言い直すから」

「いや、そういうことじゃなくて……!?」

「今度は、ちゃんとムードのある場所で……」

「いや、待てって……」


 再び、唇を塞がれる。

 今度は、人差し指で。

 フランカの指が、俺の唇を優しく押さえつける。


「……あなたが、ルゥシールを好きでも、私は諦めない」


 そんなことを、真剣な顔で言うのだ。


「……けれど、このまま……ルゥシールが戻ってこないままであなたを手に入れたとしても、私は絶対幸せにはなれない」


 唇を押さえつけていた指が離れていく。

 フランカは俺から半歩離れて、襟元を正す。そして、背筋を伸ばして真っ直ぐに俺を見つめる。


「……彼女の代わりだなんて、御免だもの」

「代わりって…………俺はそんなこと……」

「……じゃあ、好き?」

「…………」

「……私のことが、好き?」

「………………ひ、貧乳の中では、一番……」

「………………そう」


 ……あれ、気のせいかな?

 なんだか、気温が2℃ほど下がった気がする……


「……今の言葉、トシコとウルスラに伝えておくわ」

「ちょっと待って! なんでか知らないけど、よくないことが起こりそうだからそれはやめてくれるかな!?」


 一気に汗が拭き出した……何故だ?


「……とにかく、行くわよ。魔界に」

「魔界に何があるっていうんだよ?」

「……この世界には無いものよ」


 たしかに、魔界にはこちらの世界に無いものが沢山ある。魔獣も沢山いるし、修行にはなるかもしれない……でも、それだけでは……


「主よ」


 フランカの後ろからテオドラがやって来る。


「主のルスイスパーダを見つけておいた」


 そして、ルスイスパーダを俺に向かって差し出す。

 たしか、戦闘中に落としたんだっけな。探してくれたのか。

 ……だが。


 俺は、受け取れなかった。


「どうしたのだ? いらないのか?」

「…………いや」

「ならば、しばらくの間貸してはくれまいか?」

「……お前の剣は?」

「使い物にならなくなってしまったのでな。オイヴィが打ち直してくれるのだそうだ」


 そう言って、ぴんと三本の指を立てる。


「三ヶ月で完成させてくれるそうだ」

「また……三ヶ月か」


 こいつらの中では、もう魔界に行くことが決まっている様だ……


「主よ。ワタシはもっと強くなるぞ」


 ルスイスパーダの柄を握り、悔しさを表情に滲み出させるテオドラ。


「…………不甲斐ない自分は、もう嫌なのだ……っ!」


 目じりがほのかに紅く染まっている。

 テオドラが……泣いていたのか?


「魔界で修行して、ワタシは大きくなる。主よりも強くなって見せるぞ!」


 迷いのない瞳が俺を見つめる。

 その真っ直ぐな煌めきに、心が締め付けられる。


「……ところが、【搾乳】は魔界に行くことを躊躇っているようよ」

「なんだと!? 本当なのか、主!?」

「え? あ、いや……躊躇うというか…………」

「なんなのだ!?」


 勢いに任せて距離を詰めて来るテオドラに、自然と体が後ろに下がる。


「……魔界に行ったところで……ドラゴンに勝てるようになるとは……」

「主のたわけぇ!」


 ルスイスパーダが神速で振り抜かれ、王城の壁と床に深い溝を作る。


「だから! 強いんだよ! こういう時は平手!」

「それでは、主の息の根を止められないではないか!?」

「止めようとしてんじゃねぇよ!」


 こいつら、俺に恨みでもあんの!?


「先のことなど、考えている場合ではないだろう!?」

「はぁ!?」


 先のことを考えずに行動してる場合でこそないだろう!?


「主は! ワタシの知っているマーヴィン・ブレンドレルという男は、理由や過程など気にせずに、己の信じるものに向かってひたすら全力で突き進む向こう見ずで、出鱈目で、情人離れをした……無茶苦茶に格好のいい男だ」


 テオドラの拳が、俺の胸をドンと叩く。

 澄んだ瞳が俺を見つめる。

 頬を持ち上げ、勇ましい笑顔が俺を見上げて来る。


「そして、……ワタシが生まれて初めて、本気で惚れた男だ」


 勇ましい剣士の頬に、花が咲いたように可愛らしい薄紅が広がる。


 ……って!


「えぇっ!?」


 テオドラも!?


「ははっ! やはり、まったく気付いてすらいなかったか」


 可笑しそうに、でも少しだけ悔しそうに、テオドラが笑う。


「しかし、胃袋はしっかりと掴んでいる自信があるぞ」


 そう言って、俺の腹を指さす。

 ……確かに、テオドラの作る飯は美味い。

 テオドラの飯を食ってからというもの、俺は一度たりとも外食をしていない。

 なんなら、今後、テオドラの飯が食えなくなると思うと絶望感すら覚えるほどだ……だが。


「いや、おかしいだろ!? なんで、今……こんなタイミングで!?」

「死ぬかもしれんからな」


 さらりと、とんでもないことを口にしやがった。

 ……死ぬ、だと?


「魔界に一人で乗り込むのだ。生きて帰れる確率の方が低い」

「一人でって……」

「一人にならねば、ワタシは強くなれん。まぁ、まず最初にエアレーに会いに行くつもりだから、まったくの一人というわけではないのだがな」


 こいつら……命がけで強くなるつもりなのか……


「けど、ワタシは必ず戻って来るぞ。強くなってな。そうしたら……一緒にルゥシールを迎えに行こうではないか」


 テオドラが手を差し出してくる。

 これを、握れというのか……

 けど、この手を取れば……俺は…………


「お婿はん!」


 廊下の向こうから、トシコの声が飛んでくる。


「話は聞かせてもろうただ!」


 鼻息荒く言い、足音荒く近付いてきて、おもむろに弓を構える。……おいおいおいおいっ!?


「お婿はんの…………うつけものぉ!」


 魔力を纏った矢が放たれ、俺の頬を掠めて、テオドラが空けた壁の亀裂から外へ飛び出し、真っ直ぐ外壁へと向かって飛んでいった。……そして、窓から外を見ると…………30メートル超の外壁が吹き飛んでいた。


「ラ・アル・アナン張りの破壊力見せつけてんじゃねぇよ!」

「黙るだ!」


 ぴしゃりと言い、トシコは腰に両手を添えて、怒ったような仕草で言う。


「オラを嫁にもらいたければ、魔界さ言って男上げてくるだ!」

「…………は?」

「弱か男ば、オラ好かんべや!」

「いやいや……」

「ちなみに、オラ、床上手(予定)!」

「床上手ってなに!? しかも、(予定)なの!? で、なんでちょっと照れてるの!? 照れるなら言わなきゃいいじゃん!?」


 トシコも……まぁ、そういうこと…………なのか?

 にしてもこいつのこの自信はどこから来るんだろうか?

 俺、一度でもこいつにそんな素振り見せたかな? なんか、俺が是非とも嫁に欲しがってる設定になってるけどさ……


「いやぁ、お婿はんは果報者じゃねぇ。こがん美女三人に言い寄られてっからに」

「……急過ぎて戸惑うばかりだよ」

「小っさか男だべなぁ! そがん時は、ドンと構えて来るもんば受け止めるだけの度量ば見せてみやんね!」

「いやいやいや……」


 だから、お前のその「受け入れられて当然」ってスタンス、なんとかなんないのかって……


「だけん、もっともっと強うなって、オラたちのこと、安心させてくれんね?」

「…………安心?」


 俺が強くなって、お前らを守る…………ってことか?


「オラたち、お婿はんの元気ん無かが、いっとー心配なんだべ」

「俺の元気がないのが……心配?」

「ルゥシールば、そばにおらんと、な~んちゃ味気ないがやろ?」

「――!?」

「ほら見んさい! 図星だべな?」


 トシコがくすくすと笑う。

 フランカも、テオドラも笑っている。


 こいつらは……俺が落ち込んでいるのを、心配して……


「……助けに、行くんでしょ?」


 フランカが尋ねてくる。


「無論だな。行かずにはいられんよ、主は」


 テオドラが決めつけて来る。


「んだんだ! 顔に書いてあるがよ。『今に見とれよ、アホドラゴン! こん次ば会うたら、ぼっこぼこにしちゅうがぞ!』てな」


 トシコが「にしし」と笑う。


 ……まったく、こいつらは。

 人の心を簡単に見透かしやがって。


 ルゥシールがいないと思い知らされた時、俺は部屋を飛び出した。

 飛び出して、どこに行くつもりだったのだ?

 ……決まってる。

 取り返しにだ!


「三ヶ月…………それがタイムリミットなのか?」

「……そう。それ以上長引けば、ルゥシールの精神に影響が及ぶ危険があるそうよ」

「オイヴィも、剣を仕上げるのにはそれくらい必要だと言っていた」

「あと、ガウルテリオが、シルヴァネールば三ヶ月預かるち言うてたべ」


 お袋が? ……何を企んでいるんだ?


「主っ!」


 テオドラが、ずっと差し出したままの手をもう一度差し出してくる。

 ……まったく。しょうがねぇな。


「分かったよ!」


 乾いた音が鳴り響く。

 叩き付けるように手を取り、力任せにテオドラの手を握る。


「行ってやるぜ、魔界へ!」


 テオドラの手を握る俺の手に、フランカの手が重ねられる。


「……そのためには、次元の穴の魔法陣を破壊しないとね」


 握り合う三つの手を包み込むように、トシコが両手でそれらを覆う。


「んだ。一方通行の魔法陣は、オラたちには邪魔だでな」


 魔法陣を通過して魔界へ戻ることは出来る。

 しかし、魔界からこちらに出ることは出来ない。

 行くなら、魔法陣を破壊しなければ。


 だが……


「分かっているのか、フランカ?」


 魔法陣を破壊するということは……


「魔法が使えなくなるってことなんだぞ」


 魔法は、次元の穴の魔法陣を経由して発動している。

 その魔法陣がなくなれば……世界中の魔導士が、魔法を使えなくなってしまう。


 いくら修行を積んで強くなったとしても……魔法陣がなければ……


「……心配はいらないわ」


 フランカが左腕をすっと肩の高さに上げる。と、そこに一羽の鳥が飛んできて停まった。

 ……なんだ、この鳥は? 

 今、どこから現れやがった?


「……これは、四天王が使用している【魔界蟲】の進化型……【魔界獣】よ」

「【魔界獣】……?」

「……魔法陣を介さなくても魔法を発動できる、ポリメニスの虎の子よ」


 あいつ……そんなものを隠し持ってやがったのか。

 完全に、魔法陣消失後の世界で覇権を握るつもりだな。


「……あなたは、別の方法で魔法を使えるようにしてきて」

「俺にはその【魔界獣】ないのかよ?」

「……これしかないそうよ」

「あ、そう……」


 魔法を使えるようにったって…………

 千年続けられてきたシステムを三ヶ月で変えろって?

 無茶苦茶だぜ。


「魔法陣をぶっ壊したら、俺は魔法を捨てるつもりだったんだけどな……」


 魔法のない世界で、普通の人間として生きて行こうと、そう思っていたのに。


「……【搾乳】、あなたから魔法を取ったら、一体何が残るの?」


 俺から魔法を取ったら……

 俺が思案しているとテオドラとトシコが先に口を開く。


「おっぱいだな」

「おっぱいだべな」

「おいこら、お前ら」


 俺は魔法とおっぱいだけで出来てるのか?


「……おっぱいでは、エンペラードラゴンに勝てないわ」

「分かってるわ!」


 なにを真剣な顔で言ってんだ。


 とにかく、何か手がかりだけでも掴まないとな。

 魔界で探すか……


「そう言えば、主の母君が言っていたぞ」


 テオドラが、お袋からの伝言を教えてくれる。


「『魔界についたら、シルヴァネールと共に一度帰ってこい』と」


 お袋の住処なら知っている。

 そこへ戻ればいいのか。


「『シルヴァネールを可愛がりつつ、お前を殺す気で鍛え直してやる』だそうだ」

「俺が『死ぬ気で』やるのは分かるが、お袋が『殺す気』はマズいだろうが!」


 まったく、とんでもないお袋だ。


「……夜明けとともに出発するわ」


 フランカが窓の外を指さす。

 向こうの方の空が、微かに明るくなり始めていた。


「もう、準備万端だってわけか?」

「……えぇ。【搾乳】は、絶対魔界に行くと、確信していた」


 それは、ある種の信頼というヤツなのだろうか。


「……行くと言わなければ、拷問してでも行かせるつもりだったし」


 ……どうやら違うらしい。

 行くって言ってよかった。


「……向こうも、準備は整ったようね」


 フランカの言葉に、廊下の先へと視線を向ける。

 そこには、お袋にシルヴァネール、パルヴィとルエラ、四天王たちが勢ぞろいしていた。

 ポリメニスの姿が見えないのは、きっと準備をしているのだろう。

 魔法陣へは、ヤツのゴーレムで近付くことになっているはずだからな。


「マー坊。覚悟は決まったかい?」


 お袋が、力強い笑みを浮かべて俺に問う。


「あぁ」


 短く答える。と、お袋は満足そうにうなずいた。

 どちらにしろ、俺にはそれしか選択肢がないのだ。


 ルゥシールをこのまま失うなんて、俺には考えられない。


「お前の中に、魔力が残っているのがわかるかい?」

「……え?」


 言われて、自分の胸に手を当てる。

 ………………本当だ。俺の体の中に、わずかにだが、魔力が残っている。


 これは……ルゥシールがキスした時に流れ込んできたものか…………


「いつもはすぐに吐き出していたお前の体が、その魔力だけは逃がさないように必死に抱え込んだんだろうね」


 ルゥシールが残した、最後の魔力…………いや、これで最後になんかするもんか。


「あたしが、そいつにもう一工夫してやろう」


 お袋が俺の目の前まで来て、俺の胸に手を当てる。

 お袋の体が淡く輝き出し、そして薄く透けていく。


「あたしは魔界でお前たちを待っている。すぐに会いに来な。楽しい地獄を見せてやるから」

「どんな特訓させるつもりだよ」

「細かいことを気にするんじゃないよ。あんたはただ、我武者羅に強くなればいいのさ。前だけを向いてね」


 お袋の体が魔力へと変換され、俺の体内へと入り込んでくる。


「あの娘が、待ってるよ」


 ルゥシールが……待っている。

 そう思うと、体が疼いた…………スグに、迎えに行くからな。


「あの、巨大なおっぱいを揺らしてねっ!」

「待ってろ、ルゥシール! スグ! 今すぐに迎えに行くからな!」


 俄然やる気が出てきた。

 反面、周りの連中が一歩遠ざかって行った。いや、引くなよ。


「あんたに馴染んだ魔力なら、吐き出さずにいられるようになったみたいだね。あの娘のおかげでレベルアップしたのかねぇ」


 これまで、何度となく俺の体はルゥシールの魔力で満たされてきた。

 それで、耐性でも出来たのだろうか?


「あたしの魔力で、あの娘の魔力を包み込んでおく。こいつを核にして、周りの魔力を吸い寄せられるようにしておいてやる。……これで、直接触れなくても魔力を奪えるようになるはずだ」


 言い終えるころには、お袋の体は殆ど透けていて……


「マー坊、またね」


 最後にそう言って、消失した。


 俺の中に、魔力反応がある。

 とても穏やかで、静かな……俺の一部となった魔力が。

 生まれて初めての経験だ。


 この魔力、大切にするぜ。


 ありがとな、お袋。



 ありがとう、ルゥシール。



「おにぃたん」


 パルヴィがウルスラを従えて俺の前へと進みでる。


「傷を治してくれたんだってな。助かったよ、二人とも」


 礼を言うと、パルヴィは微笑み、ウルスラは照れたような顔でそっぽを向いた。


「ゆっくりとお話をしていたいところですが……時間がありませんです」

「あぁ、そうだな。あまり待たせるとお袋が魔界で大暴れしちまうからな」

「おニィちゃん」


 シルヴァネールが駆けてきて、俺の足に抱き付く。

 ……こいつ、また小さくなっていないか?


「ルゥシールを助けに行くぞ。ちょっと、遠回りになるけどな」

「うん……私も、出来る限りのことはやるつもり」


 シルヴァネールの頭を撫で、そして仲間の顔をぐるりと見渡す。

 全員が俺を見ていた。

 みんな、同じ気持ちのようだ。


「パルヴィ、ここに残る連中は好きに使っていいから、城と国のことは任せたぞ」

「はいです。ポリメニスさんに押し付ける予定です」

「なるほど。それはいい考えだ」


 その話も、もうすでに伝わっているようだ。

 パルヴィも、王位に執着はないようで、清々しい表情をしている。


「それじゃ、行ってくる」

「はいです。どうか、お気をつけて……そして、無事に帰ってきてくださいです」


 パルヴィの髪をそっと撫でる。

 ……残される者も、辛いよな、きっと。


 必ず無事に帰る。

 そういう思いを込めて、丁寧に髪を撫でた。


「よし……」


 俺は振り返り、仲間たちに向かって宣言する。


「行くぞっ!」


「おぉー!」とか「……えぇ!」とか「んだべ!」とか、各々が返事をする。


 目指すは魔界。



 待っていろよ、ルゥシール。

 待っていて、くれよな……



 窓の外が明るくなっていく。

 夜明けが近い。


 そうだ。明けない夜はないのだ。



 ただ前を向いて、俺たちは歩き出した。








ご来訪ありがとうございます。


好きな人には、いつだって素敵でいてほしい。


男女問わず、それはとても自然な願いであり、

また、最も難しい要求でもあります。



フランカやテオドラ、トシコが好きになったご主人さんは、

ルゥシールを大切にしているご主人さんで、

だからルゥシールがいないなんて考えられなくて、

でも、ルゥシールがいるということは、ご主人さんの隣は……自分は……



なんだか儚い


けど、その苦さが、恋をするということ……



その痛みが、少女を大人へと変えていくのでしょう………………歌丸です。


あ、いえ、違いました。とまとです。






さて、

お城の中はがらんどうな状態になっております。


私も、幼いころに勘違いしていたのですが、

「スペースが余っているなら、人を入れてあげればいいじゃん」

と、考えがちなのですが、


スペースが空く=手が足りていない


ということになって、

だからこそ、人を入れられないのですね。


城(現代で言えば施設や機関ですが)のキャパというのは、

面積の広さではなく、

運営側の人数によって決まるんですね。


同じ会場でも、運営人数の大小によってキャパは変わります。


災害時、

体育館などの広い空間に入りきらないくらい人が押し込まれて、

それでも秩序を保っていられるって、

実は相当凄いことなんですよね。


あってはいけないことですが、

窃盗や暴行……もっと酷い行為が起こっても不思議ではない状況なんですよね、あれって。

そうならないのは、ひとえに『個人の良心』のなせる技なのでしょう。



そこに、確実にあるものだけれど、

提供するわけにはいかない物があり、

そのような状況では、時として「ケチ」「非道」「非情」とのそしりを受けることがありますが、

そうせざるを得ないこともある。

それこそが混乱を避ける唯一の手段だということも。


つまり何が言いたのかというと……


パルヴィやウルスラは意地悪して町民を締め出しているわけじゃないんですよ、

と、そういうことです。





なんだかあとがきまでもがしんみりしてしまいましたが、

今回、何が一番言いたかったかというと……



おっぱいでは、エンペラードラゴンを倒せない。



ということです。

次点で、



ご主人さんは魔法とおっぱいで出来ている。



でしょうか?

そこだけ押さえておいてもらえれば問題ないです。はい。




最後にもう一度、念のため……

歌丸ではないです。とまとです。




次回もよろしくお願いいたします。



とまと

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