120話 目覚める者
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「クソッ!」
ガウルテリオはうずたかく積み上がった瓦礫の山の中で吐き捨てる。
30メートル超の巨大な石壁の崩落は想像以上に凄まじく、探し人がどこにいるのか、その特定すら出来ないのだ。
「マー坊! ドラゴン娘! どこだ!? 返事をしろ!」
返事はない。
魔法で瓦礫を吹き飛ばそうかとも思ったが、どこにいるのかもわからない以上下手なことは出来ない。
この瓦礫全体に回復魔法を掛けられるほどの魔力は、もう残ってはいない。
「そんなに苛立っても状況は好転しないよぉ! もうちょっと冷静になりなってば」
ポリメニスがガウルテリオを窘める。が、それは火に油だった。
「なら、貴様がさっさとマー坊を見つけろ! もうどれだけの時間が経ったとおもっているんだ!? ゴーレムを使って瓦礫をすべて撤去しろ! 二秒でだ!」
「無茶言わないでよ! これでも全力なんだから!」
「見かけ倒しのゴーレムめ!」
「下手に動かすと新たな崩落を招いちゃうの! ちゃんと計算してやらないと、今生きてても、どうなるか分かんないんだよ!?」
「マー坊に何かあったら、貴様を殺すぞ!?」
「そうならないように鋭意作業中なんだから、もうちょっと協力してってば! それが出来ないなら少し黙ってて!」
ポリメニスも焦っていた。
外壁の崩落は想像以上の規模で、自身の言葉のとおり下手に手出しが出来ない状態なのだ。
魔力を使い果たしたのだろうが、ルゥシールの魔力も感知できない。
二人の居場所さえ掴めない状況で、時間だけが刻一刻と過ぎていく。
もしかしたら、瓦礫を突き抜けて別の場所に飛ばされているのかもしれない……いや、今は捜査の範囲を広げるべきではない。
これだけ派手にゴーレムが動き回り、ガウルテリオも騒いでいるのだから、彼らが無事なら何かしらのアクションがあるはずだ――と、そうポリメニスは考えていた。
しかし――これだけ騒いでも反応が皆無だということは…………もしかしたら、もう…………
ポリメニスは頭を振って、今浮かんだ考えをかき消す。
有り得ない。
そんなこと、あるはずがない。
自分はただ、残された可能性にかけて全力で捜索を行うだけだ。
ポリメニスは自身の頬を打ち、気合いを入れ直す。
「……かくれんぼしてる場合じゃないだろ、マーヴィン君。早く……出てきてくれ」
顔さえ見えれば……いや、体の一部でも見えれば、たとえどんな瀕死の状態でもすぐに回復できる用意はしてある。
死んでさえいなければ、助けられるのだ。
ガウルテリオも、その分の魔力を大切に残している。
あとは発見するだけなのだ…………
「待つだけというのはもどかしいな……あたしに何かできることはないのか?」
「じゃあ祈ってて」
「魔神が神に祈れと言うのか!?」
「好き嫌い言ってる場合じゃないでしょ!? マーヴィン君のために、神様に頭下げてお願いしといてよ」
「ちっ…………しょうがない」
ガウルテリオは、息子のために天を仰ぎ、手を組む。
「おい、神よ。あたしの息子に何かあったら、テメェのはらわたを八つ裂きにしてやるからな!」
「ケンカ売ってどうすんのさっ!?」
「これがあたし流の祈りなんだよ!」
「そのあたし流、今すぐ封印して!」
そんなやり取りをしていると、突如、ゴーレムが一体吹っ飛んできた。
「なんだっ!?」
ポリメニスを抱え、ガウルテリオは素早くその場から飛び退く。
直後、二人の立っていた場所に魔石ゴーレムが激突し、土をまくり上げる。
「一体何が……っ!?」
瓦礫の山を見上げたガウルテリオは、そこに嫌な生き物の姿を発見する。
「……ラ・アル・アナン…………だと?」
それは、黒く巨大なクモ。
ただし、ラ・アル・アナンと比べれば極端にサイズが小さい。
それでも体高は2メートル程度もある。
「あいつが私のゴーレムを?」
「いや…………」
ガウルテリオが顎をしゃくり、ポリメニスの視線を瓦礫の山の向こうへと向けさせる。
「あいつ『ら』だ……」
瓦礫の山の上に、巨大なクモがわらわらと姿を現した。
その数は、ゆうに二十を超え、まだまだ増えていくようだった。
「…………勝てるんでしょうね、魔神さん?」
「……さぁな。それこそ、神にでも聞いてくれ」
「神様が魔神よりも有能だと言うのなら、そうしますけど……?」
「じゃあ、答えてやろう………………無理だな」
絶望が、ガウルテリオとポリメニスに接近してくる。
「……こんなことを、してる場合じゃないってのにっ!」
ガウルテリオが奥歯を軋ませる。
時間は刻一刻と過ぎ…………いまだに、マーヴィン・ブレンドレルとルゥシールの安否は確認されていない。
「邪魔…………するんじゃないよぉ!」
咆哮と共に、ガウルテリオが駆け出す。
その体内に魔力は、もうほとんど残っていないというのに……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……暗い。
…………痛い。
……………………温かい。
「……ご主人……さん……?」
わたしは、一体どうしたのでしょうか?
たしか、ご主人さんと共にラ・アル・アナンに突撃をして……残っていた四本の脚を、ご主人さんの魔法で吹き飛ばして…………勝った……はず…………
「うっ!?」
体を動かすと激痛が走りました。
肩の骨が……折れているようです。
ここはどこなのでしょうか?
いやに狭く、そして重い……
目を開けてよく観察すると、どうやら瓦礫に埋もれているようでした。
そうです。たしか、わたしたちはラ・アル・アナンの反撃に遭い、王都の外壁へ叩きつけられたのです。
ということは、これは外壁の瓦礫でしょうか?
高さ30メートル超の石壁が崩壊したのなら、相当な量の瓦礫に埋もれていることになります。……よく、生きていられたものです。
と、わたしは、自分の肩に置かれた『手』に気が付きました。
わたしの肩を抱くように、優しく触れるその手は、見間違えるはずもない、ご主人さんの手……
「……ご主人さん?」
視線を落とすと、わたしを抱きしめるような格好でご主人さんが倒れていました。
わたしは、ご主人さんの胸の上に倒れていたのです。
……ご主人さんが、わたしを守ってくれたのだと、すぐに分かりました。
途端に、曖昧だった意識が覚醒し、脳がフル稼働を始めました。
「ご主人さん!」
息は? ……微かですが、あります。
体温は? ……温かいです。
意識は? ……今は気を失っているのでしょうか? 細い呼吸が不安を掻き立てます。
怪我は? ……残念なことに、体が動かせずに細かいところまで確認が出来ません。
「……くっ! こんな、瓦礫…………なんて……っ!」
強引に体を起こすと、わたしの背に乗っていた岩が微かに持ち上がり、その反動で他の場所が崩れ始めました。
……下手に動けば、押しつぶされてしまうかもしれません。
ならば……
わたしは、せめてもと、ご主人さんの顔にかかった砂を払い、邪魔な石をどけました。
やっと、ご主人さんの顔がはっきりと見え………………
「………………ご……主人…………さ…………」
全身をめぐる血液が凍り付いたのかと思いました。
体が、ガタガタと震え始め、止めることが出来なくなりました。
……恐怖?
……動揺?
いいえ……
怒りです。
ご主人さんの頭から、夥しい量の血液が流れていました。
額を赤く染め、いつも元気よく外に撥ねている愛くるしい髪を濡らし、笑った時に持ち上がる頬を汚し…………いつもわたしの名を優しく呼んでくれる口からも、血が…………
「………………許せない……………………」
いや……………………許さない。
自分の中に、感じたことのない感情が湧き上がっていくのを感じました。
どす黒く、どろどろとしていて……でも、不快感はなく、むしろその感情に身を委ねてしまいたい衝動に駆られる…………
首元に激しい痛みが走りました。
ズキリと、一度激しい痛みを発したあと、ずっとジクジクと疼く……
わたしは首元に手を添え……肩の骨が折れているせいで酷い痛みが走り、さらには思うように動かせなかったけれど……左手は、ご主人さんに触れているから……離せない。離したくない。折れた右腕を動かし、首元に指を這わせる。
痛みのもとは『ここ』にある…………
「…………邪魔をするものは、排除する…………」
わたしは、爪を立て『そこ』を抉り取る。
今さら、こんな痛みなど、なんとも思わない。
心は、何も感じない。
胸に温かいものが広がり、喉の奥に不快な味がこみあげて来る。
けれど……それ以上に、体の奥底から湧きあがってくる荒々しい感情がわたしの意識を支配して…………
「…………ご主人さん」
わたしは…………笑った。
最高の笑顔を、ご主人さんに見せたかったから。
「あなたに危害を加える者は…………わたしが排除しますね……………………すべて」
空になったはずの魔力が、凄まじい勢いで体内に満たされていく。
回復ではない。感覚で分かる……
これは、覚醒――
わたしは、わたしの望みをかなえるための力を得たのだ……わたしの意志で。
もう少し、子供でいたかったけれど…………子供のまま、ご主人さんと遊んでいたかったけれど……
抉り取った『楔』を、己の肉片ごと握りつぶす。
ご主人さんを、こんな狭い場所にずっと閉じ込めておけない……
すぐに、助けてあげますからね……
だから、どうか…………
「変わってしまったわたしを見ても…………嫌いに……ならないでください……っ!」
喉が詰まった。
一番怖いのは、あなたがいなくなること……
二番目は、あなたに嫌われること……
あなたが、今のわたしの、すべてだから。
体が大きく膨れ上がっていく。
以前よりも黒く、硬く、強靭な鱗が全身を覆う。
「…………ガ…………ッ……!」
瓦礫が持ち上がり、崩落する。
ご主人さんには、小石一つぶつけない。
小石とて、ご主人さんを傷つけるものは粉砕してくれるぞ!
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
世界を威嚇する。
何人たりとも、ご主人さんを傷つけることは、このわたしが許さない!
翼を広げ、首を伸ばし、体を起こす。
そうしたことで、執拗に覆いかぶさってきていた瓦礫が吹き飛んでいった。
視界に空が広がる。
「…………ダークドラゴン…………ルゥシールかいっ!?」
声の主は、ガウルテリオだった。
視線が合うと、微かに頬が緩んだ。
これで、きっと……ご主人さんは救われる…………もう大丈夫だ…………
視線をご主人さんに戻すと、小型のラ・アル・アナンが三匹、ご主人さんの体に近付いてきていた。
血液が沸騰する。
突き上げるような怒りがこみあげて来る。
触るなぁ!
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
咆哮と共に闇のブレスを吐き出す。
不気味な黒いクモは完全に消滅する。
見渡すと、気味の悪いクモが数十匹……百匹弱程度か……群がっているのが分かった。
わたしがやるべきことが分かった…………
ガウルテリオに視線を向け、あとのことをお願いする。
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
もう一度鳴き、わたしは空へと舞い上がった。
折れた骨も気にならない。
十分に動ける。
なら、あとはわたし一人で十分だ。
わたしは、ゴミを排除する。
ご主人さんを傷つけるものは…………この世界に必要ない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは、壮絶な光景だった。
「…………ルゥシール?」
巨大なダークドラゴンが瓦礫の山から出現し、群がるラ・アル・アナンの子供を次々に消滅させていたのだ。
闇のブレスに触れたクモたちは、雪のように溶けては消えていく。
私たちが、あれだけ苦労した相手を、いともあっさりと……
これが、ダークドラゴンの力…………
「待つのだ、シルヴァネール!?」
私の乗る風龍の隣を走るジロキチの背で、テオドラが声を上げる。
シルヴァネールが身体を起こし、今にも飛び出していきそうになっている。
それを、テオドラが抱き押さえているのだ。
「ルゥがっ! ルゥウーーーッ!」
取り乱したように泣き叫ぶシルヴァネール。
やはり、あれはルゥシールに間違いないようだ。
けれど、以前とは姿が変わっている。
体も大きくなっているし、角も立派になり、顔も少し……
「……まさか、あの娘…………覚醒……!?」
ルゥシールは間もなく成人を迎えると言っていた。
成人した龍族は【ゼーレ】の力を覚醒させると…………そして、闇の【ゼーレ】が覚醒した時は…………
「やめて、ルゥ! 今すぐ元の姿に戻って! でないと……ロッドキールが…………エンペラードラゴンが来ちゃうよっ!」
「……エンペラードラゴン…………?」
数万のドラゴンを束ねる、龍族の……皇帝?
「みんな! お婿はんがおったべっ!」
「……っ!?」
トシコの声に、私は思わず身を乗り出した。
テオドラも同時に立ち上がっていた。
トシコの指さす先に視線を向け、目を凝らす。
そこには、ポリメニスとガウルテリオがいて…………二人に抱きかかえられるように、【搾乳】がいた。
酷い怪我をしている。頭から大量に出血している様だ。
けれど、ガウルテリオが魔法を使用しているし、ポリメニスも何か魔道具を持ち出している。
きっと大丈夫。
きっと助かる。
だから、私は……
「……テオドラ、トシコ」
【搾乳】が目を覚ました時に悲しまないように……
「……ルゥシールを止めるわよ」
「うむ」
「んだ」
メイベルに指示を出し、暴れるルゥシールのもとへと急行する。
カブラカンとジロキチではルゥシールにはたどり着けないため、テオドラはグレゴールの炎龍に、トシコはバプティストの土龍に乗った。
「私も!」
シルヴァネールが立ち上がるが、それをオイヴィが止めた。
「気持ちは分かるが、無理をしてはいかんぞえ」
オイヴィがシルヴァネールの肩を軽く引くと、それだけでシルヴァネールは尻もちをついてしまう。
背後から抱きしめ、オイヴィがゆっくりと言い聞かせる。
「少しでも体を休めて、不測の事態に備えるのじゃ。焦りが生むのは、不幸な事故と後悔だけじゃからの」
「…………うん。わかった」
シルヴァネールは頷き、オイヴィの腕に顔を埋める。
唇を固く引き結び、泣き出しそうなのを必死にこらえているように見える。
「……シルヴァネール。ルゥシールは、私たちが連れ戻してくるから、待っていて」
「…………うん」
シルヴァネールは、以前見た時よりも、少し小さくなっているように見えた。
光の【ゼーレ】を使ったために、縮んでしまったのだろうか……
……これ以上、シルヴァネールには戦わせたくない。
私たちで、なんとかしなくては。
「……メイベル、【搾乳】のもとへ!」
「うん! まかせてぇ!」
私たちは、【搾乳】のもとへと飛ぶ。
頭上でダークドラゴンが旋回して、群がるクモを蹴散らしている。
一方的で、圧倒的な強さだ。
頼もしいはずのその姿に……何故か、不安を掻き立てられた。
【搾乳】の周りに、私たちは集結する。
ポリメニスがこちらに視線をくれ、軽く頷く。
その合図の意味するところは、すぐに分かった。
「…………んっ」
【搾乳】が声を漏らし…………瞼を、開けた。
「…………痛ぇ…………どうなった? ルゥシールは?」
おそらく、その腕でルゥシールを守っていたのだろう……目を開けた【搾乳】は真っ先に自分の腕を確認した。
そこに残る温もりを手繰り寄せるように、手の指を開閉させている。
「……【搾乳】。ルゥシールは無事よ……ただ」
私が頭上を指さすと、【搾乳】は空を見上げ、そして目を見開いた。
「あいつ……どうやってドラゴンに…………それに、あの姿は…………覚、醒……?」
ルゥシールを見つめる【搾乳】の喉が鳴る。
そして、…………次にもたらされた言葉に、わたしたちは戦慄した。
「……きやがった」
全員が一斉に空を見上げる。
まだ何も見えない。
けれど、魔力を視ることが出来る【搾乳】が言うのだから、間違いないだろう……
しばらくして、『それら』は肉眼でも捉えることが出来るようになった。
そして、あっという間に…………
「……これは、また…………暇そうなのが仰山お出ましだねぇ」
ガウルテリオの軽口が、耳を滑っていく。
そんな強がりを言えるだけ、彼女はやはり大物なのだろう。仮にそれがカラ元気であったとしても。
私は、ただ絶望に飲み込まれ…………言葉など、発せなかった。
空一面を、ドラゴンが埋め尽くしたのだ。
旋回するダークドラゴンを取り囲むように、数百……いや、数千ものドラゴンが。
その中心に、真っ白なドラゴンがいた。
他のドラゴンとは明らかに違うオーラを纏う白いドラゴン。
ホワイトドラゴン? …………いや、違う。
あれはきっと……
「……エンペラードラゴン……」
グアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールがエンペラードラゴンに向かって咆哮する。
それ以外の音がすべて消えてしまったかのように、世界は静かで……
無音の世界でルゥシールだけが、懸命に鳴いていた。
それは、助けを求める声に聞こえた。
いつもありがとうございます!!
そろそろ本編が緊迫してまいりました!
で、ですね、
あとがきであまりふざけたことを書き続けてるとなんか色々ぶち壊しそうなので、
ちょっとばかりあとがきを控えめにしたと思います。
っていうか、
あとがきに2000文字も3000文字も書いてるなら、
もっとストック出来るんじゃね?
ということに、今更ながらに気が付きました。
今作は常に、カツカツでお送りしております!
というか、
今、物凄く書きたい話がありまして……その準備も…………もにょもにょ。
それから、
私事で誠に申し訳ないのですが、
もう少ししたら、少し更新をお休みいたします。
仕事関連で一週間ほど書けなくなりそうなのです。
なので、期限までに区切りのいいところまで行けるように、
最近、ちょっと詰め詰めで更新しております!!
ちょっと間は空きますが、
必ず帰ってきますので、そのあたりはご安心を。
エタりません、勝つまでは!
そんなわけで、
とりあえず区切りのいいところまで頑張ります!
今後ともよろしくお願いいたします!!
とまと