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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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12話 六年前、王宮の中庭で……

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「悪魔の子じゃ! この国を亡ぼす魔の者じゃっ!」



 ブレンドレル王国の宰相、ゲイブマン・ムホルトワが俺を指さし糾弾する。

 ゲイブマンの指示により、王宮を守護する王宮騎士団が一斉に俺に向かって槍を突きつける。

 つい先ほどまで、俺は彼らの保護対象であったはずだ。


 ……それが、一瞬でこうなるとは。


 俺を取り囲む無数の王宮騎士団。

 一級の騎士に高位の魔導士がずらりと並び、俺に敵意のこもった視線を向ける。

 そんな騎士団に護られるように、一人の美しい少女が中庭に横たわっていた。

 つい先ほどまで俺と会話をしていたこの国の王女。



 パルヴィ・ブレンドレル。――俺の妹だ。



 長く続くブレンドレル家の中でも屈指の、強大な魔力を持って生まれた現当主。

 おそらく、今現在、この世界でもっとも多くの魔力を持つ人間。


「悪魔がパルヴィ様の魔力を奪ったぞ!」

「パルヴィ様を守れ!」


 騎士団の中から怒号にも似た声が上がる。


 類稀なる魔力量に【奇跡の聖女】と称され、生まれながらに愛され、優遇されてきた妹。

 片や、生まれ落ちた瞬間から侮蔑を込めて【不良品】と呼ばれた兄。


 その待遇が決定的となった瞬間だった。

 この時から、国の者は俺への態度を隠さなくなった。

 これまで微かに残されていた『それでも一応は王家の血を継ぐ者だから』という配慮すらも完全に消え失せていた。


 こいつらは、俺を殺す気だ。


 目の前に立ち塞がる最強の王宮騎士団が、全勢力をもって俺を排除しようとしている。


 くそったれ……

 俺なんか、生まれてこなければよかったってのかよ…………


「王女様を守れ!」


 騎士団長の声が上がる。

 そして――


「悪魔を殺せぇ!」


 無数の魔法陣が展開する。

 色とりどりの光に彩られ、殺意のこもった瞳がいくつもいくつも俺を睨みつけている。


 俺はただ、認めてほしいだけだったのに――

 俺の力を――

 俺の、存在を――


 一斉に魔法が放たれ、具現化した凶器が俺に襲い掛かる。

 どれもこれも知っている。俺の知識にある魔法ばかりだ。

 そのすべてが超ド級の高威力を持つ魔法で、それらを扱える魔導士は文句なしの超一流だ。


 けど残念だな。

 この程度の魔法なら、俺にだって使える。



 ある、条件さえ満たされればな。



 そして、今はその条件が満たされている。


 迫りくる殺意の塊。必殺の威力を持つ魔法の群れ。

 飲み込まれれば確実に命を奪い取られるであろう、それらの力に対し――


 俺は、それ以上の力を叩きつける。


「 悪ぃ、力貸してくれ。………………全力でだっ! 」


 それが、俺が唱えた【詠唱】。

 それを合図に、暴力的な力が溢れ出す。

 いや、破壊的な力が、だ。


 妹から奪った、世界最大と言われる魔力をすべて解き放つ。



 その日、魔法王国として世界に君臨するブレンドレルは、壊滅寸前にまで追いやられた。

 その国の第一王子、マーヴィン・ブレンドレルの手によって。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「……それは、誰の話ですか?」


 話を聞き終わったルゥシールが、真顔で尋ねてきた。


「俺だよ、俺! 俺の身に起こった何とも悲しい出来事だよ!」

「ご主人さんが、そんな過去を…………?」


 明らかに怪しんでいる。いや、訝しんでいる。っていうか、まるっきり信じていない。


「なぜ疑う?」

「だってですね、そういう重い過去を背負った人というのは、こう、どこか陰のある、クールで、無口な、寂しげな雰囲気になると思うんですが…………じぃ~……」


 ルゥシールの目が俺の体を上から下から右から左から、舐め回すように観察する。


「言いたいことがあるなら、はっきり言えばどうだ、ん?」

「少なくとも、ご主人さんのようにちゃらんぽらんな……いえ、楽しげな?……お気楽な……軽薄な………………ちゃらんぽらんな性格にはならないと思うんですが?」

「散々悩んだ挙句にちゃらんぽらんに戻しやがったな、コノヤロウ」


 厳選に厳選を重ねた言葉がちゃらんぽらんか?

 いい度胸だ。覚えていろよ、こんちきしょう。


「けれど、妹さんが王女様でご主人さんが王子なのは、どういう……?」

「簡単な話だ。親父が死んだあとで妹が王位を継いだ」

「なぜ、ご主人さんではないんですか? 長男が継ぐのが普通なのでは?」

「ブレンドレルの王位は、魔力の高い者が継ぐと決められているんだ」

「だったら尚のことご主人さんが……!」

「まぁ、嬢ちゃん落ち着け。そこら辺はいろいろ複雑な事情があるんだろうよ」


 やや興奮気味なルゥシールを、ドーエンの落ち着いた声が鎮める。

「あんまり聞いてやるな」と、柄にもなく気遣うような表情を浮かべている。

 それで納得したのか……納得した表情ではないが……ルゥシールは背もたれに身を沈める。両手を握って口元を隠すような仕草を見せる。

 言いたいことを喉の奥に飲み込んでいる、そんな感じだ。


「しかし、その事件は聞いたことがあるのう」


 ルゥシールを横目で見やって、ドーエンが声の調子を変えてこちらに視線を向ける。


「確か、六年ほど前の話じゃったか?」

「あぁ、そうだ。俺が十二歳のころだからな」

「十二歳で王国を壊滅させたんですか!?」


 目を見開き、やや青ざめるルゥシール。


「いや、違う。壊滅『寸前』だ」


 というか、それは他者の目からそう見えたというだけのことで、本当は違う。


「あの王国が一度の事故で壊滅などするものか。王宮は酷くダメージを負ったが、あれしきのことなら三日も待たずに復元させる力がブレンドレルにはある」


 それを知っているから、俺も全力を出したのだ。

 一人の死者も出ていない。出ないことは初めから分かっていた。

 むしろ、十二歳の子供一人にやられるような王宮騎士団では話にならないだろう。

 俺は、ある一定のところであの国を高く評価している。


「しかし、かの大国の王宮が吹き飛ばされたんじゃ。噂が大袈裟に広まるのは仕方ないことじゃろう」


 ドーエンの言う通りで、壊滅寸前という言葉は誰かが勝手に流布したものだ。

 今では、そっちの方が事実として定着しているようだがな。


「しかし、あの事件の犯人が、まさか自国の王子だったとはのう……」

「情報は厳しく統制されたからな。どさくさで、俺を死亡したことにしようとしたみたいだが、その前に俺が各地で好き放題暴れたせいで、今は『王位継承権を失い放浪の旅に出た無能な王子』ということになっているな」


 表面上、王国は俺を無視している風を装っている。

 王位を継承出来なかった王子は、もはやただの部外者であると。


 だが。

 本当は違う。


「そういう状況なもんで、俺は現在、王国から命を狙われている」


 俺の発言に、室内の空気が張り詰める。


 ルゥシールに至っては、呼吸を忘れてしまったかのように口を開いて固まっている。

 ドーエンは瞼を閉じ、ゆっくりと深い息を吐いた。


「ギルドには、そんな情報は入ってきておらんがなぁ」


 ドーエンが渋い表情で唸る。

 王国が特定の人物の命を狙うのならば、それは指名手配ということになり、冒険者ギルドにも討伐依頼が送られるはずなのだ。

 しかし、現在俺は指名手配されているわけではない。だから、こうして村でのんびりとしていられるし、冒険者稼業をしてギルドからお金をもらうことも出来るのだ。


「当然だろ。俺を殺したい理由を公に出来ないんだから」

「まぁ……そもそも、王国が第一王子を抹殺しようということ自体が、大っぴらに出来ないことか……」

「俺の暗殺を一手に引き受けているのは魔導ギルドの方だ。だから、魔導士どもには割と手を焼かされている」

「なるほどのぅ……魔導ギルドか」


 魔導ギルドは魔導士のみが加盟出来るギルドで、冒険者ギルドの中の特別枠のような扱いになっている。そのため、魔導ギルドは冒険者ギルドよりも深い情報が集められ、より高度な依頼を任されたりしている。

 そうなればもちろん、ふたつのギルドの仲は険悪化するわけだ。

 また、魔導ギルドは下位組織である冒険者ギルドを見下す風潮があるため、親切に情報を提供するなどということは間違っても有り得ない。

 ドーエンが渋い顔をするのは、この案件が魔導ギルドで止まっていることへ不満を抱いたからだろう。


「なんにしても、きな臭ぇ話じゃのう」


 ドーエンは冒険者を経て地方のギルドを任されるに至っている人物だ。王国の暗部を少なからず見てきたのであろう。

 俺の話を、鵜呑みにしないまでも、ある程度は理解したようだ。


 しかし、ルゥシールは違った。


「どうしてですか? なんで、ご主人さんが命を狙われなければいけないんですか!?」


 ルゥシールは眉を怒らせて、でも目には憂いを帯びさせて、俺に詰め寄ってくる。

 行き場のない憤りに体を震わせているようだ。


「まぁ、落ち着けよルゥシール」

「これが落ち着いていられますか!?」


 声を荒げ、駄々っ子のように腕を振り回す。

 ムキーッ! と、食い縛った歯の間から荒々しい息を噴き出させる。


「ご主人さん悪くないじゃないですか! だって、勝手に【不良品】とか【悪魔】とか言って、そっちが先に攻撃を仕掛けてきたのに、反撃されたからってそれ以降もずっと命をつけ狙うなんて……あんまりじゃないですか!」


 ルゥシールは俺に向かって怒声を飛ばす。

 けれど、その怒りは、俺のために発せられているもので……怒鳴られているのに、なんだか温かい気持ちになった。


「落ち着け、嬢ちゃん。国っていうのは、そういうもんなんだよ」

「そういうもんってなんですか!?」


 宥めようと口を開いたドーエンに、ルゥシールは勢い任せに反論する。


「気に入らぬことは多々あるじゃろうが、それが王族貴族が作り上げたこの世界の常識なんじゃよ」

「だとしたら、その常識こそが間違っています! おかしいのは世界の方です!」 


 叫ぶと、ガバッと俺に覆いかぶさるようにルゥシールが接近してくる。

 鼻先が触れそうな至近距離で見つめられ、両手をしっかりと握られる。


「わたしは、ご主人さんの味方ですからね!」


 真っ直ぐに俺を見て、真っ直ぐな言葉を投げてくる。


「何があっても、わたしがご主人さんを守ります!」


 その言葉はあまりに真っ直ぐ過ぎて、あっさりと心の中まで浸透してしまった。

 胸の真ん中がじわりと温かくなる。


 なんだか、その目を見ていられなくなって、そっけなく顔を背けてしまった。


「お前に同情されるいわれはない」

「同情なんかじゃないですよ」

「だいたい、お前より俺の方が強い」

「それは知っています。けど……」


 握っていた手を放し、すぐそこにあった顔をがゆっくりと離れていく。

 立ち上がったルゥシールは、座ったままの俺を見つめて、柔らかい笑みを浮かべた。


「そばにいるだけで救われる。……そんな時だって、あるじゃないですか」


 思わず視線を向けてしまい、軽く後悔した。


 なんて顔してやがるんだ。

 反則だ。

 …………ときめくなって方が無理だろ、その顔。


 微かな熱を帯び始めた顔を振って、深い息を吐く。


 こいつも同じなのだ。

 あの時。同族の金ぴかドラゴンに襲われた時、孤独を味わっていたのだろう。

 そこに俺が現れた。

 ルゥシールはそれで救われたと言っていた。

 おそらく、今度は自分が俺に対して同じことをしようとしているのだ。


 ……だから、俺は別にお前に同情したわけではない。


「お前が一人旅をしていた理由は、それなのか?」


 ドーエンが俺に向かって問いかけてくる。

 この村に来た当初、俺は一人だった。

 初めてドーエンに会った時に「仲間はいないのか?」と聞かれ、俺は「一人だ」と答えた。

 その時のことを思って言っているのだろう。


「お前と一緒に旅をする者は、等しく王国に目をつけられる。命を狙われる危険もあるじゃろうの。それで、お前は一人で旅をしていた。……というところかのぅ?」

「そのドヤ顔はイラッとくるが……まぁ、概ねそんなところだ」


 事実。

 王国の中でも極少数、俺に力を貸してくれた者たちがいた。

 ……が、彼らはみんな、国を追われてしまった。家族を守るために、おのれの命を守るために、生まれ故郷を捨て他国へ亡命せざるを得なかったのだ。

 俺への協力は国家に対する反逆とみなす。

 それが、宰相ゲイブマン・ムホルトワの下した決定だった。


「それよりも、もっと厄介だったのが、魔導ギルドの圧力により魔導士の協力が得られなくなったことだな」


 この村の南にある古の遺跡もそうだが、多くの史跡や迷宮には魔力による結界が施されている。それを解除するのが、とにかく骨が折れるのだ。

 魔導士が協力してくれればちょちょいと解ける結界であっても、魔法が使えないと歯が立たない。


「お前さんは魔法が使えるんじゃろう?」

「だから、条件が揃えばだっつってんだろう」


 俺が魔法を使う条件。それは。


「誰かから魔力を奪えば、魔法は使える。ジェナやフランカから奪った魔力で魔法を放ったようにな」


 そうしなければ、俺は魔法が使えないのだ。

 なぜなら。


「俺には、魔力と呼ばれるものが欠片もないからな」

「えっ!?」


 ルゥシールが声を上げる。


「……で、でも、でもでも。魔力が欠片もないなんて……そんなこと、有り得るんですか?」


 魔力があふれるこの世界において、どんな生物も多少の魔力は体内に有している。

 それはごく当たり前のように存在し、生命をこの世界に縫いつけている。と、考えられている。

 体をめぐる血液と同じように、あって当たり前の存在。それが魔力だ。

 魔力を扱えるかどうかは別として、まったく無いという者はいるはずがない。


 いるはずがなかった。


 けれど、俺には魔力がなかった。

 それも、まったくだ。

 微かにもない。微塵もない。容赦なくすっからかんだったのだ。


「けど、お前は……ブレンドレルの王子、なんじゃよな?」

「あぁ。世界を魔界から救った魔導士の末裔。生まれながらに他人より多くの魔力を有する一族の血を受け継いだ、魔導士のサラブレッドだ」


 事実、ブレンドレルの血を引くものは精霊の加護を受け常人よりもはるかに多い魔力を有している者が多かった。

 父も、祖父も、妹もそうだ。

 初代以降、俺たちのもっとずっと先の先祖まで、みんながそうであった。


 ただ、俺だけが何も持っていなかった。

 一般人よりも、生まれたての赤ン坊よりも、そこらに生えている雑草よりも。

 俺の持つ魔力は少なかったのだ。


 それ故に、俺は生まれ落ちた瞬間に【不良品】と呼ばれた。


 ブレンドレルは魔力の大きさで王位が決まる。魔法の力で君臨する王国故に、当主がもっとも優れた魔導士である必要があるからだ。


 だから、俺は誰にも必要とされなかった。


「そんなお前が、なんでそこまでの魔導士になれたんじゃ?」


 そこまでの、というのは二つ名を持つまでに至った俺の魔導士としての力のことだろう。

 ルゥシールには説明してあるが、改めて伝えておく。


「魔力を持たなかった俺は、代わりに特殊な力をふたつ持っている」

「魔力を視る眼と、魔力を奪う能力……ですね?」


 俺の言わんとすることを、ルゥシールが言葉にする。


「そうだ」

「それで、【搾乳の魔導士】か……」


 ここで、先ほど話した【魔力伝導率】の知識が活きたのだろう。ドーエンは眉間に深いしわを刻みながらも、何とか理解したようだ。

 魔力を奪うなら胸か足の裏。もしくはチューだ。


「正直、理解が追いつかんな…………こんな話は聞いたことがない」


 ドーエンは背もたれに体を沈め、深く考え込むように瞼を閉じた。それから指でぐりぐりと押すように瞼を揉む。


 この世界に、二人といないであろう特別製の魔導士。それが、俺だ。

 魔力を眼で捉え、それを奪う。

 使い勝手は悪いが、ある意味では最強ともいえる。


「ただまぁ、人から奪った魔力は俺の体に馴染まないのか、異物感が半端なくてストックしておけないんだがな」


 体内へ取り入れた途端吐き出したい衝動が後から後から突き上げてくるのだ。

 キャッチ・アンド・リリースしか出来ないのが、この能力の弱点と言えるだろう。


「で、魔法を無詠唱で発動出来るのはなんでだ?」

「それは……努力の結果?」

「努力って、……お前なぁ」


 ドーエンが呆れたような声を上げるが、そうとしか言いようがないので仕方ない。


「魔力がなくて『いらない子』扱いだったからな。健気なお子様だった俺は必死に努力をしたんだよ。この世に存在するありとあらゆる魔法の詠唱を覚えたり、剣術をマスターしたり……結局、そんなもんは何の意味もなかったんだけどな」


 魔力の大きさ。

 それがブレンドレルにおけるすべてだった。


「…………」


 さっきからずっと黙っているルゥシールに視線を向けると、ルゥシールは沈んだ表情で首元に手を添えていた。

 指先が首元の魔法陣に触れている。


 魔力を封じられた者として、その心細さに共感したのかもしれない。

 初めからないのと、あったものを失うのとでは、感じ方も違うと思うのだが。


 しかし……

 話すんじゃなかったかな。

 俺としては、もう過ぎたことでもはやどうでもいい過去の話なのだが……


 ルゥシールは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 同情か?

 いや、なんとなくだが、違う気がする。

 もっとこう…………いや、まぁ、さすがに『俺のために泣いてくれている』とまでは言わないが……それに近しいものを感じる。


 なんなんだよ、お前。なぁ、ルゥシール。

 俺はな、このギルドの爺さんを利用して、利害も一致するし、向こうが条件を出してきたんだからこっちも相応の条件を出して目的を完遂させようと思ってだな、で、そのためにこの話をしておけばそのあとの交渉がスムーズに進むだろうと、そういうことを考えて割と気楽に話したんだよ。

 過去のことだ、過去のこと。

 もう済んだ話で、別に俺がそれで傷付いたとか、トラウマとか、そういうつもりもないし。

 ただ、現在進行形で命を狙われているのが煩わしいなくらいのことでさ。

 けど、王族なんてだいたいそんなもんだぞ? 多かれ少なかれ命は狙われる運命なんだよ。


 …………あぁ、もう! そんな可哀想な子を見るような目でこっちを見るな!


「……ご主人さん」

「な、なんだよ?」

「………………ごめんなさい」

「だ、だから、何がだよ?」

「わたし……」


 ルゥシールの瞳にどんどん涙が溜まっていく。

 今にも決壊しそうだ。


「なんで泣くんだよ? お前が泣くようなことじゃないだろう?」

「わたし…………これまで、ご主人さんに酷いことを……」

「別に、酷いことなんかしてないだろうが」


 何とか宥めようとするのだが、ルゥシールは首を振ってそれを拒否する。


「わたし、ずっと……ご主人さんが『ぼっち』なのは、性格に難があるからだと思ってました!」

「酷いヤツだな、お前は」


 一瞬で冷めたぞ、コノヤロウ。

 俺の心配を返せ。


「性格に難がある以外にも理由があったんですね」

「お前の中では、性格に難があるってのは揺らがない事実なのか?」


 ズビーッと、ルゥシールが鼻をかむ。

 鼻のかみ方ひとつとってもアホ丸出しだなこいつは。

 もう、こいつとは真面目な会話はしないようにしよう。


 鼻をじゅびじゅば言わせているルゥシールを尻目に、ドーエンが身を乗り出してくる。


「お前が【悪魔】と呼ばれたのは、王女様の魔力を奪い取ったから、なんじゃよな?」

「いや、それ以前からそう言われてたぞ」


 親父が自ら【不良品】の俺を捨て、自力で俺が生還したあたりから【悪魔】と呼ばれ始めていたはずだ。

 俺が戻ってきたことで、親父が具合を悪くしてぽっくり逝っちまったのもそれに拍車をかけたのだろう。


「でも、決定的なのはそれかもしれんな」

「生命とも深くかかわる魔力を人から奪い取れるんじゃ……仕方ないかもしれんのう」

「根こそぎ奪っちまったからな」


 俺に魔力を奪われた妹は、それからしばらく目覚めなかったらしい。俺の協力者がまだ城にいたころに色々教えてくれたのだ。

 数日で目を覚まし、命に別条はなく、魔力も完全に回復していたらしいから、俺もホッとしていた。


「あの……」


 鼻の頭を赤くしたルゥシールが遠慮がちに声を発する。

 目が合うと、気まずそうに一度視線を外し、再びこちらを見る。

 次の言葉が出てこないようで、ルゥシールはためらいがちに俺を見つめるに留まっていたが、しばらく悩んだ後で、結局続きを話す気になったようだ。


「……ご主人さんが、王女さん――妹さんから魔力を奪ったのは…………その…………魔力を持つ妹さんに嫉妬したから……なんですか?」


 世界最大の魔力を持つ妹。

 その魔力を奪って、俺が王位を継ごうと画策した。

 と、そんなことを思ったのだろうが、それは違う。


「俺と妹は、あの頃まではとても仲が良かったんだ。妹は俺を慕っていたし、俺は俺で妹を可愛がっていた。嫉妬なんてなかったよ」

「じゃあ、どうして妹さんの魔力を奪うなんてことに…………【悪魔】と呼ばれるほどに恐ろしいことを?」


 随分と踏み込んだ質問をする奴だ。と、思った。

 だが、ルゥシールの目は真剣そのもので、興味本位で聞いているのではないことが窺える。

 知らなければいけない。そう思っているのだろう。

 まぁ、ルゥシールが知りたいというのなら教えてやってもいいだろう。

 俺の過去に共鳴して、涙まで流してくれたルゥシールだからな。


「当時俺は十二歳。妹は十歳だった。あの頃は毎日一緒に風呂に入るのが習慣だった」

「そのところをもっと詳しくじゃ!」

「身を乗り出すな、ロリコンジジイ!」


 鼻息を荒げるジジイを押し戻して、俺は話を再開させる。


「あの頃の俺は【魔力伝導率】について詳しくは知らず、自分の能力に関してはただ漠然と『何かに触れると魔力が体に流れ込んでくるなぁ』くらいにしか思っていなかったんだ」


 今更弁解しても無駄だろうが、あれは事故だったのだ。

 俺は決して、妹から魔力を奪い取るつもりはなかった。

 妹に危害を加えようなんて、考えたこともなかった。



 なのに――あの事故は起きた。



「あの日俺は、妹と中庭で花を摘んでいたんだ。日差しの熱い日だった。妹は白い薄手のワンピースを着て、つばの大きな白い帽子をかぶっていた。よく似合っていたし、可愛かったぞ」

「よく分かるぞ!」

「勝手に分かってんじゃねぇよ、ジジイ」

「話を続けてください、ご主人さん」


 ぐいぐい身を乗り出すジジイをルゥシールが押さえつけ、俺に続きを要求する。


「妹の着ていたワンピースは袖のないタイプでな、腕を振り上げる度に脇からチラチラと胸元が覗くんだ」

「いえ、服装の話ではなくて……」

「この服装が重要なんだ」

「え?」


 俺は瞼を閉じ、あの時のことを思い出す。


 妹はいつもパタパタ走り回ったり、腕をぶんぶん振り回したり、とにかく元気な娘だった。

 そうする度に、大きく開けられた袖口から、妹の白い肌が覗いていたのだ。

 それを見ながら、俺はふと思ったのだ。


「『そういえば、こいつ……胸ちょっと膨らみ始めてね?』と――」

「……………………は?」


「詳しくぅーっ!」と暴れるジジイを力任せに押さえつけながら、ルゥシールは眉根を寄せる。心底理解出来ないといった表情だ。


 まぁ、聞け。

 聞けば納得だから。


「風呂に入っている時にも気になっていたんだが、デリケートな問題だろ? だから面と向かって聞けなかったんだよ」

「…………それで?」

「で、中庭でこう、ちらちらっと見える横乳を見て、『そうだ、触れてみよう!』って」

「は?」

「いや、ほら。デリケートな問題だから」

「デリケートなところに触れちゃダメじゃないですか!」

「そこまでは頭が回らなかったな。十二歳だったし」

「回ってくださいよ!」

「で、触れてみた」

「何してんですか!?」

「そしたら、びっくりするくらいの勢いで魔力が流れ込んできて」

「それが原因でですかっ!?」

「軽く揉んだら、さらに加速して」

「だから、何してるんですか!? いちいち余計なことを!」

「不幸な事故だったんだ」



 ――そして、悲劇が始まったのだった。



「かっこよく締めようとしても締まりませんよ!?」


 折角の雰囲気をルゥシールがかき消してしまう。

 空気の読めないヤツだ。


「……もしかして、ご主人さんが【悪魔】なんて呼ばれたのは、魔力を奪ったからではなくて、実の妹が気絶するまで胸を揉み続けたからなんじゃないんですか?」

「はっはっはっ。まさか、そんなこと……………………いや、待てよ?」

「可能性あるんですか!?」


 いやいや。

 生命に深くかかわる魔力を奪い取れる俺の能力に畏怖の念を込めて【悪魔】などと呼ばれるようになったのだ。

 きっとそうに違いない。

 だって、妹の胸くらい揉むよな?

 兄として。

 普通だよな?

 な?


 ほんの少しだけ、自信がなくなってきたので、自問自答してみる。

 たぶん………………大丈夫だと、思うけど……

 妹に謝ったら、すんなり国に帰れたりして…………いやいや、まさかな。ははは。


「ご主人さん…………残念です」


 ルゥシールはそう呟いて、首を横に振るのだった。












まとめ


・マーヴィン(ご主人さん)には魔力がありません

・十二歳の時、城から追い出され、現在も命を狙われています


・冒険者ギルドの中に、魔導士だけが加入できる魔導ギルドがあります

・魔導ギルドは冒険者ギルドを見下していて仲は悪いです

・マーヴィン抹殺令は、魔導ギルドのみに伝達された極秘任務です


・マーヴィンの妹、王女パルヴィは十歳のころからおっぱいが膨らみ始めたそうです(ここ、テストに出ます!)




いつもありがとうございます。


ちなみに、どこもテストには出ませんのであしからず。


それではまた。

次回もよろしくお願いします。


とまと

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