119話 アポリト・クスィフォス
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シルヴァネールが輝くブレスを吐き出し、ラ・アル・アナンを吹き飛ばした。
凄まじい力だ……
「勝負、あったがかね。これは」
カブラカンの背に乗ったトシコがジロキチの隣にやって来る。
そのジロキチに乗っているのはワタシとオイヴィだ。
「分からない……魔力の供給が止まれば……あるいは」
そして、もう一つ気になるのは……
シルヴァネール、おヌシはそんなに力を使って大丈夫なのか?
「むっ! 見よ、城が!」
オイヴィが王城を指さす。
城の頂上付近が眩く輝きを発していた。
何があったのだ?
フランカは……無事か?
ジャシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
突然、シルヴァネールの絶叫が轟いた。
振り返ると、ラ・アル・アナンがシルヴァネールへと猛スピードで激突したようだ。
あの巨体のタックルは相当強烈なはずだ。
シルヴァネールが空中でぐらりと揺れ、墜落してくる。
「カブラカン、頼むだべ!」
「まかせろじゃあ!」
カブラカンの肩から飛び降り、トシコがジロキチの背へ着地する。
カブラカンは真っ直ぐにシルヴァネールの落下点へと向かう。受け止めるつもりだろう。
カブラカンよりもシルヴァネールの方がはるかに大きいのだが……カブラカンに迷いはない。真っ直ぐに全速力で駆けて行く。
しかし、ラ・アル・アナンがそれを黙って見ているはずがない。
駆けだしたカブラカンを、不気味な目玉が捉える。
「させねぇべやっ!」
トシコが、弓を構え渾身の力で矢を射る。
矢が纏う魔力は、脚を貫いた時と遜色ない、フルパワー状態だった。
唸りをあげて魔力を帯びた矢がラ・アル・アナンを強襲する。
見事に胴体を捉えた矢は、遠雷のような低い音を響かせてラ・アル・アナンの硬い外殻に弾き返される。
しかし、同時に、ラ・アル・アナンの体も弾き飛ばされる。
カブラカンが落下地点にたどり着き、墜落してきたシルヴァネールを無事受け止めた。
「よくやったぞ、トシコ!」
「……ふふん! どないな…………もん……だ…………べ」
だが、トシコは相当無理しているようで……ジロキチの背にうつ伏せに倒れ込んだ。
「も…………小鼻、ひとつ…………膨らまんがぁ…………」
「指一本でいいだろう、そこは…………よく頑張ったな。しばし休むがいい」
「んだな…………ちょっと…………寝…………る…………べ……」
魔力欠乏症とかいうものだろうか。
トシコは意識が朦朧としていたようだが、やがてすっと眠りへ落ちて行った。
「ト、トシコさんっ!?」
戻ってきたカブラカンがトシコの姿を見て声を上げる。
……なんというか、朴訥で不器用なモテないオジサンのような言い回しだ。
本当はいい魔神なのかもしれないと、その純朴そうな瞳を見て思った。
「ワ、ワシのために……無理して…………申し訳ないっ!」
「……いや、ドラゴンの……ため…………だで……」
寝言で否定するトシコ。
……カブラカン、めげるな。
遠くで激しい衝突音がする。
ポリメニスの魔石ゴーレムがラ・アル・アナンを取り押さえようとして飛びかかっているのだ。
だが……力の差があり過ぎるようで……魔石ゴーレムは次々と破壊されていく。
最初十数体いた魔石ゴーレムが、今では三体。その三体も、瞬く間に破壊され尽してしまうだろう……
ポリメニスが主の救出に向かったのであれば、ゴーレムの増援は望めない。
こちらも、いよいよ正念場だ。
「んん……」
カブラカンの腕の中でシルヴァネールがうめき声を漏らす。
カブラカンが抱き留めた時、シルヴァネールは随分と縮んでいた。
今は完全に人間の姿に戻っている。
「シルヴァネール。大丈夫か?」
「…………ん……少し、力を使い…………すぎ……た…………」
「おかげで助かった」
ワタシはカブラカンからシルヴァネールを引き取り、羽織をかけてやる。
シルヴァネールは全裸だったから。
「……あり……がとう……」
「こちらこそだ」
こんな小さな子が無理をして、あんなバケモノを引き付けていてくれたのだ。
ワタシも、ただ休んでいるわけにはいかないな。
「シルヴァネール、君はここで少し休んでいてくれ。ルゥシールは……まだ、無事を確認出来てはいないが、きっと大丈夫だ」
ポリメニスに、魔神ガウルテリオ……それになにより……
「主がついているのだ。きっと無事に決まっている」
「…………うん。おニィちゃん……信じてる……から……」
シルヴァネールをジロキチの背に寝かせ、前髪を軽く撫でてやると、シルヴァネールはゆっくりと瞼を閉じた。……相当辛そうだ。これは、ダメージを受けたせいか……それとも、力を使ってしまったためか…………
なんにせよ、これ以上シルヴァネールに戦わせるわけにはいかない。
「エアレー。もう一度力を貸してくれ……」
ワタシが、出る!
「テオドラよ。ちょっと待つのじゃ」
立ち上がったワタシを、オイヴィが呼び止める。
「いや、しかし……敵が……」
「なんぞ、話があるんなら、ワシがあのバケモノの足を止めておいてやるわぁ!」
「うむ、頼めるかの?」
「まかせろじゃあ!」
カブラカンが再び駆け出す。
そして、ラ・アル・アナンへタックルを食らわせる。
巨大な魔神が激突し、大地が揺れる。
「ふむ、なかなかやりおるわの。……けど、長くはもたんか」
カブラカンの勇士を見つめオイヴィが呟く。
そして、こちらへとゆっくり振り返った。
ワタシをじっと見上げてくるその顔は真剣そのもので、自然と背筋が伸びる。
「ワには、ヌシらのように強い魔力はない。ただ、精霊の力によって特殊な能力を持っておるにすぎぬ」
オイヴィの小さな手が、ワタシの剣――エアレーの角に触れる。
両手に一本ずつ。
ワタシと向かい合う格好になる。
「じゃがの、その能力というのが、割と有用での……」
そして、春に咲く花のように柔らかい笑顔を向けてくれる。
「ヌシらの一助くらいにはなれるのじゃ。微力じゃが、この力を持っていってくりゃれ」
オイヴィの手が熱した鉄のように紅く輝き、その紅がエアレーの角に広がっていく。
凄まじい熱気を感じる。
……オイヴィが、剣を鍛え直している…………初めて見た。
巨大でアンバランスだったエアレーの角が、激しい熱により凝縮されていく。
紅く発光する角は引き締まるように形を変えていき、一振りの剣に姿を変える。
それはちょうど、元の剣とカタナに紅い魔力を纏ったような、そんな外観になった。
「この角は非実在物質……魔力の塊じゃ。ムラのあった魔力を鍛え直し、使いやすいサイズにしておいたゆえ、存分に振るうがよい」
「オイヴィ……ありがとう」
「ただし、魔力の残りからしても、ヌシの剣の耐久性をみても、あと一度が限界じゃろう」
あと、一度……
「すべての力を込めて……あのバケモノを滅せよ」
優しい言葉で背を押してくれる。
ワタシが弱れば庇ってくれる。
ワタシが挫けそうな時は励ましてくれる。
いつでも、ワタシを守ってくれるオイヴィ。
そんなオイヴィがワタシの背を押してくれる時は……ワタシを信用してくれている時だ。
その思いに、応えなければ。
「はい! 行ってまいります!」
ジロキチの背を蹴り、着地と同時に全速力で駆け出す。
カブラカンの巨体が、まるでオモチャのように弾き飛ばされ、振り払われ、蹂躙されている。
足元には、魔石ゴーレムの残骸が散らばっている。
あの魔石ゴーレムをこの短時間で全滅させるとは……ラ・アル・アナンは、真にバケモノだ。
だが……
「エアレーとオイヴィ……そして、ワタシの三人がかりでなら……っ!」
主やルゥシール。トシコやカブラカン……ガウルテリオ……そして、ゴーレムたちも。
みんなの力が集まれば……負けるはずがない!
「ワタシは…………勝つっ!」
体重を後方にかけ、急ブレーキをかける。
ラ・アル・アナンの目の前で両腕をクロスさせ、すべての力を刃に集中させる。
最後の一撃。
この一撃にワタシのすべてをかけるっ!
「アポリト・クスィフォスッ!」
十字の斬撃が飛ぶ。
大気を貫き、大きく渦を巻き、唸りをあげて巨大なバケモノに襲い掛かる。
ワタシたちの……仲間たちの想いを乗せて、叫ぶように、究極の斬撃がラ・アル・アナンに突き刺さる。
不気味な目と、獰猛な牙を砕き、硬い外殻に深い溝を刻む。……と、次の瞬間、巨大すぎるその体に亀裂が走る。
衝撃が一瞬のうちに全身へと広がり、ラ・アル・アナンの体が崩壊していく。
細かく砕け、巨大だった黒い体がぶつ切りの肉片へと変わる。
斬撃音と衝撃は遅れてやって来た。
激しい突風が吹き荒れ、周りにあるものすべてを吹き飛ばす。
土埃が舞い上がり、ワタシの体も突風に煽られて宙を舞う。
抗う力も残っていない。
されるがままに吹き飛ばされ、やがて叩きつけられるのだろう。
だが、そんなワタシの体を、ごつごつとした巨大な腕が抱き留めた。
「大丈夫か? ぬっしゃあ、やってくれおったのぉ!」
爆発音かと思う様な大声に思わず顔をしかめる。
カブラカンがワタシを受け止めてくれていた。
全身血まみれでボロボロだ。
「……酷い顔だな」
「ぶははっ! 美少女に言われりゃ、ご褒美に聞こえるわぁ!」
「……え…………あ、おヌシもそっちの人なのか……」
「おぉい! 違う、違うぞ! そう言う意味じゃないんじゃあ! 頑張ったなという肯定的な意味で捉えたんじゃという、そういうことじゃあ! じゃから、そんな目でワシを見るなぁ!」
早く降ろしてほしい。早く降ろしてほしい。早く降ろしてほしい。
早く降ろしてほしい。早く降ろしてほしい。早く降ろしてほしい。
早く降ろしてほしい。早く降ろしてほしい。早く降ろしてほしい。
「その、汚物を見る様な目をやめてくれぇ!」
「ほれ、ドMの変態巨人よ。ワの可愛い娘代わりを早ぅ返せ。べたべた触るでない。ウツる」
「何がウツるんじゃあ!? なんもウツりゃあせんわ!」
ジロキチが横付けして、オイヴィが手を差し出してくれている。
ワタシはすがるようにその手を取り、そそくさとカブラカンの腕から逃れる。
「……Mラカン、怖かった……」
「のぉおおいっ! カブラカンじゃ! Mラカンじゃねぇんじゃあ!」
「ドMラカン……」
「や、やめるんじゃあ!」
頭を抱えるカブラカン。……しかし、どう見てもちょっと嬉しそうな顔をしている。
……気持ち悪い。早く魔界に帰ればいいのに。
「んん……なんね、うるせぇだな……」
「おぉ、トシコ! ぬっしゃも言うてやってくれ! ワシはMラカンじゃねぇと!」
「寝起きに耳元で騒ぐでねぇだ、このブタッ!」
「ぶ、ぶひぃ!」
……あぁ、もう手遅れなんだぁ…………
「だから、その目をやめるんじゃああ!」
カブラカンの絶叫がこだまする。
ワタシを抱いて、オイヴィがくつくつと笑っている。
あぁ……ようやく終わったのか。
かなり危なかったが、今回もなんとか勝てた………………
「……【搾乳】ぅーっ!」
その時、空から一頭の龍が舞い降りてきた。
一瞬身構えたが、その背にフランカとウルスラが乗っていたために安堵の息を漏らす。
四天王と……見たこともないオッサンも乗っていたが…………誰だ?
「おぉ、バスコ・トロイよ。無事合流できたようじゃの」
「えぇ。オイヴィ殿」
「王女の救出も成功したようじゃな。こちらも、ワの可愛いテオドラがバケモノに止めを刺したところじゃ」
舞い降りた龍の背には、王女パルヴィが横たわっていた。
ウルスラが膝枕をして献身的に介抱している。意識を失っている様だ。
「とりあえずは、解決というところかの。コゾーたちのことは気になるが……」
「それなんですが、まずいことになりましたぞ」
バスコ・トロイと呼ばれた男が険しい表情を見せる。
そして、視線をフランカへと向けた。どうやらフランカが説明をするようだ。
一体、何があったというのだ?
「……落ち着いて聞いて」
フランカの頬に汗が伝う。
尋常ではないことが起こっている様だ。
背筋がうすら寒くなる。
「……王城は、ラ・アル・アナンの巣にされていたわ…………」
「巣……じゃと?」
オイヴィの腕に、微かに力が入った。
嫌な予感が加速していく。
「……ラ・アル・アナンの子供が無数に生まれているわ。魔力の供給源を失ったやつらは、きっと城を出て周りの者を襲い始める…………何とかしないと!」
「……なん……だと…………?」
知らず声が漏れてしまった。
しかし、それ以外は、何も言えなかった。
あんなに苦労して倒したラ・アル・アナンの子供が…………無数に?
「……【搾乳】は? 彼の意見が聞きたい」
フランカはかなり焦っている様だ。
ラ・アル・アナンの子供を直に見たのだろう。その様子から、そのラ・アル・アナンの子供が十分なバケモノであることが容易に想像できる。
「コゾーのところにはガウルテリオとポリメニスが向かっておる。すぐに救出されるじゃろう……」
「……救出!? さ、【搾乳】に何があったの!? どこにいるの!?」
「落ち着け、フランカよ! 大丈夫、大丈夫じゃ! コゾーもルゥシールも、こんなことでどうにかなるような玉ではないわな」
「…………ルゥシールも……」
フランカの表情から色が消える。
……主。あなたは今どこにいるだ?
無事……なのだろうな?
「ワタシたち……も、主の、もとへ……」
声を出そうとしたのだが、全身を酷い激痛が襲いうまくいかなかった。
ワタシも相当無理をしてしまったらしい。
けれど、ここでジッとなどしていられない……
「……そうね。行きましょう、【搾乳】を迎えに!」
フランカの言葉に一同が頷く。
四天王が各々龍を出現させ、……今気が付いたのだが、【魔界蟲】が復活していた……四匹の龍とジロキチに分乗して外壁へと向かう。
距離にして数百メートル。
ガウルテリオが辿りつけていないわけはないから……いまだに戻ってこないのには何か理由があるのだ…………
「…………主っ」
嫌な想像ばかりが脳裏をよぎり、胸を締め付ける。
メイベルの風龍に乗るフランカも、同じような気持ちなのか、両手を胸の前で組んで祈りを捧げている。
「無事に……決まっている」
自分に言い聞かせるように呟いて、ワタシは瞼を閉じた。
ほんの一瞬でもいい、体を休められるときに休めておきたかった。
この後、何が起こるか想像も出来ないのだから……
ご来訪ありがとうござます。
今回のタイトル『アポリト・クスィフォス』は、
テオドラの技の名前なのですが、
日本語にすると『究極の刃』になります。
……まぁ、文法なんて無視してますので、『究極、刃』みたいなカタコトになっているのですが……
とにかく、
随分かかりましたが、ようやくラ・アル・アナンを撃破しました!
書きにくいんですよね、ラ・アル・アナン!
「・」が入る名前は書きにくいです!
バスコ・トロイ・オブ・ジョイトイとか、もう最悪です。
一番書きやすい名前ですか?
トシコ ですね。
名前と言えば、
ペンネームといいますか、
紅井止々 (あかい とまと)
という、この名前。
使用されている方いらっしゃらないんですよね。
検索するとグーグル先生では一番に私がヒットします。
ちょっと意外でした。
なんとなく、どこにでもありそうな名前かなぁと思っていましたので。
だって、みなさん、トマト大好きでしょ?
トマト、美味しいですもんね。
私「トマト」
観衆「おいしそー!」
私「トメィトゥ」
観衆「さいこー!!」
みんな、トマトが大好き☆
最初、『止々 汁助』にしようかと思ていたんです。
トマトジュースが大好きなので。
もしくは、『夏野菜 止々』とか。
でも見た目というか、字面をちょっとよくしたいなと思いまして、
『紅井 止々』というところで落ち着きました。
「とまとま」とか「とまれとまれ」とか「しし」とか「とまれし」とか、
そんな風に読めちゃいますが、
「とまと」です。
名前だけでも覚えて帰ってくださいねぇ~。
さてさて、
本編の中で、徐々にトシコの訛りが軽くなってきています。
酷い訛りは書くのが面倒くさ…………いえ、みんなと一緒にいるうちにちょっとずつ標準語に慣れていっているのです。
ここ最近は、めっきり「こかなく」なっていますし。
下手したら、村に帰った時にカルチャーショック受けるかもしれませんね。
「オラ、こがん訛っとったがと!? そがんわけねぇでねぇが! ウソばっかこいてんでねだぞ!?」って。
まぁ、村に戻ればすぐに元通りになるんでしょうけどね。
私も、実家に戻ると途端に訛りが出てしまいますからねぇ。
母「ヘイ、息子。ちょっと夕飯の準備を手伝ってシルブプレ?」
とまと「ウィ、マム」
母「ニンジンを適当な大きさに切るブプレ」
とまと「ウィ、マム」
母「それでは、後のことはよろしく頼ブプレ」
とまと「ニンジンを適当な大きさに切る、か………………喰らえ、必殺ぅ~……(←溜め)みだれ斬りっ!(切りは斬りに変換、かっこいいから)つって!」
母「らんぎり!」
あぁ、実家のおフランスが懐かしい。
セーヌ川第三中学とか、まだあるのかなぁ~。
もし同中の方がいましたら、お知らせシテブプレ!
あ、いっけねっ! また訛りが出ちった。o( >▽< )oきゃはっ!
またのご来訪お待ちしております。
とまと