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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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118話 揃い踏む

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「……バスコ・トロイ」


 口の中が乾き、おかしな音を立てて生唾が嚥下されていく。

 なぜ、こいつがここに……


 バスコ・トロイの高速詠唱は魔導ギルド随一。

 四天王たちならば対抗出来るかもしれないが……今の私では、到底敵わない速度だ。


 こちらが詠唱を終える前にシレンシオ・ジュラメントを使われれば……私は魔法が使えなくなってしまう。


 くそ……

 ここにきて、何故……

 ウルスラが捕らえられ、ただでさえ手出しが出来なくなっているというのに……


 いや、考えている暇はない。

 何はなくとも、シレンシオ・ジュラメントを防がなければ!


 私は神経を集中し、もっとも早く発動できる魔法を選ぶ。

 やはり、ゴヌーン・タァークルか……それで、バスコ・トロイを抑えられるだろうか?

 ダメだ。考えている暇はない……

 やるしかない……っ!


「やめておけ、フランカ『さん』」


 口を開きかけた私に、バスコ・トロイは静かな声で言う。

 言葉が、脳に直接侵入してくるような、そんな不気味さを覚え、悪寒が走る。


 たった一言で、私の動きは封じられてしまった。

 ヤツに……バスコ・トロイに対する恐怖が、こんなにも根深いだなんて……

 本物を知り、強くなったつもりでいても…………結局、私自信がまだ本物になれていない証拠だ。

 …………私は、自惚れていたのだ。


「ふふふ……」


 ゲイブマンが不意に笑いを漏らす。


「バスコ・トロイか……よい所に現れたな」


 ゲイブマンの表情が心もち和らぐ。

 それはそうだろう。ヤツにしてみれば、勝利の確率がさらに上がったのだから。

 バスコ・トロイは王国の命令には忠実な魔導士だ。

 これ以上ない頼もしい援軍を得て、ゲイブマンは歓喜していることだろう。


 ……こっちは、絶望しか湧いてこないけれど。


「あのオッサン、何モンか知らんけど……相当強いな」


 スコルがバスコ・トロイを見て呟く。

 一度は敗れたとはいえ、魔導ギルドのトップに君臨した男だ。

 魔力以外にも、気迫や精神という、戦いにおけるスキルは一級品だろう。


「王国に刃向かう逆族がここまで入り込んできおったのだ。ただちに始末しろ、バスコ・トロイよ」


 ゲイブマンの言葉に、私とスコルは身構える。

 バスコ・トロイに五人の高位魔導士。

 おまけに、ウルスラが人質に取られているこの状況で……私に勝機はあるのか……いや、勝てなくてもいい。何か、私に出来ることは…………


 思考が回転を始めるが、うまくかみ合わず空回りしているようでもどかしい。

 考えろ。

 私に出来ることを……

 考えろ。

 この状況を脱する方法を……

 よく見るのだ。

 この状況を。この戦況を。

 味方を、敵を、守るべき者を、倒すべき存在を……


「………………えっ」


 よく見て……

 よくよく観察した結果……

 私はあり得ない物を目撃してしまった。


 バスコ・トロイが……


 あの、バスコ・トロイが…………


「…………ウィンク?」


 私に向かってウィンクしたのだ。

 ……意味が、わからない。


「なるほど。王国に刃向かう逆賊ですか……それはただちに排除しなければいけませんな」

「そうだ! やれ! 今すぐにだ!」

「では……」


 深く頭を下げ、慇懃に礼をする。

 そして、顔を上げた時、バスコ・トロイの腕から光の矢が放たれ――ゲイブマンの肩を貫いた。


「ぎゃあっ!?」


 痛みに驚き、ゲイブマンがウルスラを突き飛ばす。

 体が拘束され、身動きできないウルスラは、その勢いに押され王女パルヴィが座る椅子へと接触する。

 王女を包む純白の光に触れた瞬間、激しいスパークが起こり、ウルスラを拘束していた粘着生物がはじけ飛んだ。


「ベイクウェル! すぐにどくのだ! 体が吹き飛ぶぞ!」


 バスコ・トロイが叫び、ウルスラは無茶苦茶なフォームながらもなんとかその場を飛び退いた。


「……ウルスラ!」


 思わず駆け出した私に、五人の高位魔導士たちが一斉に魔法を放つ。


「させへんでっ!」


 スコルが私の前に立ちふさがり、すべての魔法を呑み込んでくれた。

 ふらつくウルスラを抱きとめると、ウルスラが低く唸り声を上げた。

 ウルスラの衣服は破れ、肩と背中が大きく露出している。

 露わになった肩と背中は焼けただれ、血にまみれて、とても危険な状態だった。

 早く処置しなければ、命が危ない。


「……すぐに回復を」


 防衛はスコルに任せる。

 バスコ・トロイのことは、今は考えない。

 とにかくウルスラを治療したい。

 その一心で……私は、戦場のど真ん中ということには構わず、瞼を閉じる。精神を集中させ、全神経を回復魔法へと費やす。


 ウルスラ……戻ってきて。


 まばゆい光に包まれ、痛ましい有様だったウルスラの体が癒されていく。

 けど、もう少し時間がかかる。


「どんどん撃ってこいやぁ! 姉さんには、火の粉一粒触れさせへんぞぉ!」


 スコルの叫びが、心強い。


「貴様っ! どういうつもりだ、バスコ・トロイ!?」

「どうもなにも……貴公の命令だったはずであろう? 逆賊を排除せよと」

「わ、私を逆賊呼ばわりするのか、貴様っ!?」


 叫ぶゲイブマン。が、それを押し黙らせるほど、バスコ・トロイの魔力が跳ね上がる。

 夥しい殺気が溢れだしてくる。

 バスコ・トロイが、本気で怒っているのが、ありありと感じられた。


「先王の遺した麗しき王女様を捕らえ、魔神のエサにし、その命を危険にさらす不届き者を、『逆賊』以外のどんな言葉で呼べというのだ!?」


 怒号が部屋全体を震わせる。


「ブレンドレル王家の血を汚す愚か者め! 貴様には、地獄の業火ですら生ぬるい!」


 バスコ・トロイは、王家の命令には忠実だ。

 時に冷酷に、人の心を捨ててまで、その命に従い、背くことなどあり得ない。

 けれど、それは……彼の唯一無二の親友であった先王との絆がそうさせていたのだ。

 バスコ・トロイにとって、守るべき王家というのは、先王の血を引くブレンドレル家以外の何ものでもなかったのだ。


 それ故に王女パルヴィに危害を加えた宰相ゲイブマンは、バスコ・トロイにとっては敵でしかなく、その怒れる牙は容赦なくゲイブマンへと向けられる。


 ……頼もしい援軍を得たのは、私の方だったのだ。


「おのれぇ…………悪魔の子に敗北した旧時代の魔導士め! やれ! 貴様らなら、決して後れをとる相手ではない!」


 ゲイブマンが叫ぶが、五人の魔導士はスコルを相手にしている。

 バスコ・トロイに戦意を向けている暇などなさそうだった。

 もっとも、余裕がないのはスコルも同様なようで、五人もいる高位魔導士相手に、かなりの苦戦を強いられているようだった。


「おのれっ! 目障りなバケモノめっ!」


 ゲイブマンが魔法陣を展開し、スコルに向かって闇の矢を放つ。

 触れれば全身の神経を侵され、体の自由が利かなくなる呪いの矢だ。


「……スコル、逃げて!」

「いや、そないなこと言われても! こっちかて、五人もいっぺんに相手して、手一杯やねんて!」


 どうする?

 ウルスラの治療を中断してスコルを助けるか?

 でも、ウルスラは一刻を争う危機的状況だし……


 などと考えている間に……呪いの矢がスコルを捕らえる……


「……誰か、あの矢を止めてっ!」

「「「「了解です、姉さん!」お姉ちゃん!」お姉さま!」お姉たま!」


 土と風と水と炎が四方から飛来し、入り乱れ、吹きすさび、呪われた矢を粉砕した。


「…………え?」


 そこに現れたのは、見慣れた四つの人影。


「……四天王」

「姉さんのピンチを救うべく、ただいま見参しやしだぜ!」

「お姉ちゃんに酷いことするなんてぇ、許さないんだからねぇ!」

「醜い……それだけで十分死罪に値するというのに……美しいお姉さまに穢れた手を向けるなど……万死に値する!」

「姉たまに危害を加えるでない! オッサンの分際で!」

「「「いや、お前もオッサンだろ!」」」


 息の合ったコンビネーション。見慣れたやり取り。


 四天王が、砲台の間の窓から飛び込んできたのだ。

 そして、私を守るようにして整列する。


 そして……彼らの肩には不気味な容姿の蟲がしがみついていた。


「……それは、【魔界蟲】?」

「ポリメニスのヤツがくれたんでさぁ!」

「なんかねぇ、もともと【魔界蟲】ってぇ、ポリのオジサンが造った物なんだってぇ」

「かつて、人造魔獣を量産して魔界とのコンタクトを取ろうとして失敗したのだそうですよ。……それで、大量の【魔界蟲】が魔界へ放逐され……それを、僕の華麗な召喚魔法が引き寄せたということらしいです!」

「しかも、この【魔界蟲】は改良型とのことで……我ら、姉たまのためにパワーアップして舞い戻ってまいりました! あと、ジェイル。貴様が召喚したわけではないからな」


 改良型の【魔界蟲】?

 パワーアップ……


「さぁ、皆のもの! 姉たまを守るために我らが力を示そうぞ!」


 グレゴールが叫ぶ。


「っしゃあ! めったに来ない晴れ舞台だ! キバるぜぇ!」


 バプティストが手を打ちならす。


「でもでもぉ、ちょ~っとばかり強くなりすぎちゃったからぁ……手加減できなかったらごめんねぇ」


 メイベルが小悪魔の様な笑みを浮かべ舌を出す。


「本来なら、こんな雑魚……僕一人でも十分なのだが……」

「では任せたぞジェイル」

「なら俺は姉さんを護衛するぜ」

「ずるいぃ! お姉ちゃんはあたしが守るの!」

「いや、ちょっと待って! 流石に高位魔導士五人は……いや、いけるよ? いけるけどさ! 折角だからみんなでやろうぜ!」


 そして、ジェイルがいじられる。


「きっ……貴様ら…………何者だ?」


 ゲイブマンが、突如現れた四天王を見て顔を引きつらせる。

 その反応に、バプティストが舌を打つ。


「……覚えてもいねぇのかよ」

「まぁ、我らは所詮高位魔導士の中では下層の者だったわけだからな。仕方あるまい」

「でもさぁ~あ? 今日を境にぃ、……一生忘れられない名前になるんじゃないかなぁ?」

「そうだな……僕たちの恐怖を……体に刻み込んであげようじゃないか」


 四天王が揃って、ゲイブマンへ視線を向ける。

 そこへ、もう一人の男がすっと歩み寄る。


「そうだな……我々、五人で」


 バスコ・トロイが四天王の真ん中にその体を割り込ませる。

 ……どういうこと?

 四天王とバスコ・トロイが協力するというの?


「おいこら、勝手に真ん中に入るな、ロリコ・トロイ」

「バスコ・トロイだ!」

「幼女ばかりを侍らして鼻の下伸ばしてたオッサンなんて、ロリコ・トロイで十分ではないか」

「誰の鼻の下が伸びていたというのだ!?」


 バプティストとグレゴールに言われ、バスコ・トロイがムキになって反論する。

 ……なんの話?


「ロリコ・トロイだったらさぁ、可愛らしく略して『ろりこん』でいいよねぇ?」

「まんまじゃないか、メイベル!」

「ほら、メイベルだけは絶対名前で呼ぶんだよね、このオッサン」

「そっ、そんなことはないぞ、ジェイク! あ、ジャイブ……だったか?」

「ほらみろ! 僕の名前覚えてないじゃないか!」

「あ~ぁ、ロリ巨乳贔屓が露呈した」

「ロリにしか興味のない魔導士め」

「ちょっとぉ、バプティストにグレゴール! ロリって言うなぁ!」


「なんや、賑やかなお仲間が一気に増えたみたいやな、姉さん」

「……そうね」


 スコルが私の隣にやって来る。

 魔導士たちの攻撃は止んでいる様だ。四天王とバスコ・トロイを警戒しているのだろう。


「おい、そこの犬!」

「狼や!」


 バプティストがスコルを指さし、険しい顔をする。


「何を勝手に、姉さんを姉さん呼ばわりしてんだよ!? 姉さん、その犬はなんなんスか!?」

「犬やない! 狼や言うてるやろうが!」

「……二人とも黙りなさい」

「はい、姉さん!」

「了解や、姉さん」

「「あぁんっ!?」」

「……やめなさい」


 どうも、呼び方が被っているのが気に入らないようだ。

 ……どうでもいいのに。


 それよりも、バスコ・トロイの方が気にかかる。


「……バプティスト。バスコ・トロイは今、どういう立ち位置にいるの?」

「あぁ、こいつは今、新しい魔導士の組織に入ってるんですよ」

「……新しい、魔導士の組織……? バスコ・トロイがそんな組織を?」

「いやいや。作ったのは別の魔導士で、こいつはそこの相談役というか……まぁ、主に幼女を見てニヤニヤするポジションで」

「ニヤニヤはしていない!」

「なんでだよ!? お前この前言ってたろう!? 『これからの時代は、あの幼い少女たちが中心となるだろう』って、ドストライク宣言してたろうが!?」

「私の守備範囲の中心ではないわ、たわけが! この世界の、魔導士の中心ということだ!」


 柄にもなく、大口を開けて叫ぶバスコ・トロイ。彼も、少し変わったのかもしれない。

 あの敗戦を機に……


「本当は、もう少し組織にいたかったのだが、王子が魔法陣を破壊するつもりだという話を聞いてな……一応、行く末を見届けようと王都へ戻って来たのだ」

「……見届けて、どうするつもり?」

「分からん」

「……分からない?」

「私はもう…………時代の流れを、自分の思い通りに変えようなどという驕りは捨てた」


 そう言った、バスコ・トロイは、清々しい表情をしていた。


「私たちは所詮、時代の中に生きる小さな存在。時代を支配しようなどということそのものが愚かな考えだったのだ」


 すべてを抑えつけ、世界の頂点に君臨し続ける王国を否定するような発言だ。

 事実を捻じ曲げ、世の理を跳ね除けて、頂点であり続けようとする王国。それを乗っ取ろうと画策する宰相。そのすべてを、バスコ・トロイは否定しているのだ。


「そんな折、こやつらと出会い、共にここまでやって来たというわけだ」

「……うるさかったでしょう?」

「それはもう、な……」


 渋い表情を見せるバスコ・トロイに四天王はまた噛み付く。

 なんとなく、上手く馴染んでいるような気がした。


 四天王が超えたいと願っていた魔導士の頂点が、自らその頂点を放棄し合流した。

 実力だけならば、辛うじてバスコ・トロイが上か……

 けれど、そんな差は些末なことで……重要なのは、同じ方向を向いている仲間が増えたということだ。


「……フラ、ンカ…………」


 腕の中で、ウルスラが声を漏らす。


「……気が付いた?」

「あぁ……すまない、助かった」

「……そういう時は、謝罪ではなく感謝をするべき」

「…………そうだな。ありがとう」

「……どういたしまして」


 ……私も、少しだけ変わったと思う。

【搾乳】に出会ってから……少し世界が明るく感じるようになった。


「バスコ・トロイ……助かった。礼を言う」

「立って大丈夫なのか、ベイクウェル」

「あぁ……ゲイブマンを始末出来るくらいには回復したさ」


 ウルスラがレイピアに手をかける。


「……いや」


 しかし、バスコ・トロイは微かに頬を染め言い難そうにしながらも、口を開く。


「服の背中が破れているせいで、少しでも動けば『おっぱいぺろ~ん』ってしそうなのだが、……大丈夫なのか?」

「うゎあああああああっ!?」


 ウルスラが両腕をクロスさえ胸元を隠して蹲る。


「み、みみみ、見たか!? 見たのか!?」

「いや、ギリギリ見えなかった……ちぇ」

「お、おま、おまえ!? そんなキャラじゃなかっただろう!?」

「……王子と深くかかわると、感染するのだよ」


 バスコ・トロイの言葉に、四天王が全員「うん、うん」と力強く頷く。

 ……【搾乳】…………あなたという人はどこまで……


「フン! なにを女みたいな声を出しておるのだ!?」


 ゲイブマンが汚いものを見る様な目をウルスラに向ける。

 この状況に戸惑っているのが表情からも見え見えで、それを払拭したいがための虚勢だとすぐわかる。

 ゲイブマンは、攻めやすいところを攻めたて、士気を上げるつもりなのだ。


「貴様の、男と見紛うような薄い乳など、誰も見たがらんわ! いや、むしろ目障りだ、見苦しい!」


 その声に、五人の高位魔導士が同調する。


「…………あ~ぁ。ワイ、知らんでぇ」


 そんな、スコルの呟きが聞こえたような気がする。

 けれども…………今、私の周りには濃密で濃厚で高濃度な殺気が渦巻いているのでよく聞こえなかった。


「…………男と見紛う薄い乳………………ですって?」


 そんなことを言う口は……この世から抹消しなくてはいけないわね?


「……フランカ。私の獲物も残しておいてくれよ? 服を直したら、……スグに行くから」


 ウルスラの全身から凄まじいオーラが発せられる。

 立ち昇るオーラが死の門を守るケルベロスのように見える。

 ……怒りを共有する者よ……その願い、聞き届けた。半分こしましょう。


 しかし……


「…………なぁ、あのハゲ、今なんつった?」

「……すまんな、よく……聞こえんかったよ」

「僕もさ……是非とも、もう一度言ってもらいたいものだねぇ……」

「ならば、問えばよいではないか……後ろに控える魔導士共々……あの、恐れを知らぬ愚か者にっ!」


 バプティスト、グレゴール、ジェイル、そしてバスコ・トロイの魔力が爆発的に膨れ上がる。


「「「「ツルペタをバカにする者には、死、あるのみっ!!」」」」


 そんな叫び声と共に、四人の超高位魔導士が一斉に魔法を放つ。

 高速詠唱のレベルを優に超え、無詠唱と並ぶほどの速度と完成度で、高度な魔法を発動させる。

 土、水、炎で出来た巨大な龍が出現し、高位魔導士たちを飲み込む。

 バスコ・トロイは全長5メートルはあろうかという巨大な剣を出現させる。誰も触れていないその剣は空中で静止し、バスコ・トロイの意志に従って巨大な刃を振るう。

 横薙ぎに一閃された巨大な刃は範囲内にいた敵を容赦なく薙ぎ払い、裂傷の代わりに黒いイカズチを敵の体に刻み込む。激しくスパークして、ゲイブマンや高位魔導士たちの体がはじけ飛ぶ。

 ほんの一瞬のうちに、その場にいた敵が一掃されてしまった。


「…………私たちの怒りの納めどころは?」

「……まったくだ。どうしてくれるのだ」


 そんな私たちの呟きには気づきもせずに、大暴れをした四人の男は得気な顔でこちらを向く。


「姉さんのツルペタをバカにするヤツは、俺たちが許しやせんぜ!」

「薄い胸を嘲ることは、姉たまの素晴らしいツルペタのもとに結束した我らに対する宣戦布告に等しい」

「お姉さまは美しい! 故に、つるぺたは美しい! そう、お隣のつるっとぺたんなあなたも、もっと誇りに思っていいのです!」

「うむ、ベイクウェル。ナイスツルペタだ! 私は支持するぞ!」


 バプティスト、グレゴール、ジェイル、バスコ・トロイがやりきった感満載の笑顔を私とウルスラに向けて来る。


「「…………怒りの納めどこを、見つけた」」


 私が特大の鉄球を出現させると、ウルスラがレイピアでその鉄球を打ち出した。


「「「「なんでぇーー!?」」」」


 鉄球は見事に、アホ四人組へと直撃した。

 ……そこでぺったんこになっているがいい。

 ……………………誰がぺったんこだって?


「と、とにかく! 王女はん助けて、早よこっから出よか!? な? な!?」


 スコルが、何故か取り乱して私を諭すように言う。

 私、別に怒ってないけれど?

 変なスコル。


「あかんあかん。姉さん今、殺人鬼の目ぇしてるで! 戻ってきて! ガウ姉さんとこの息子助けに行くんやろ!?」


 ……【搾乳】!?


 そうだ。早く王女パルヴィを救出してラ・アル・アナンへの魔力供給を止めなければ!


「ふふ、やっぱ女の子やな。好きな男の名前でコロッと恋する乙女の顔に戻っとりゅぼふっ!?」


 王女パルヴィを救出に向かう傍ら、余計なことを口走っているスコルの顔面を軽く爆破しておく。

 ……いちいち言わなくていい。……あぁ、顔が熱い。


「陛下、今お助けします!」

「待て、ベイクウェル! この光に触れれば先ほどのように爆発を起こすぞ!」


 王女パルヴィに駆け寄ろうとしたウルスラを、鉄球の下から這い出してきたバスコ・トロイが止める。


「魔力の供給は宝玉を介して行われている。ならば、その宝玉を破壊するのみ!」


 バスコ・トロイが先ほどの巨大な剣で宝玉に斬りかかる。が、宝玉に触れた途端、バスコ・トロイの魔法は消失し、宝玉へと吸い込まれてしまった。


「なら、俺たちで一斉に魔法を叩き込んで……」

「……待って、みんな!」


 宝玉に向かって腕を伸ばした四天王を、私は止める。

 これは、威力の高い魔法でなら破壊出来るとか、そういうものじゃない。


「……おそらく宝玉に触れた途端、魔法は魔力に還元されて吸収されてしまうわ」

「じゃあ、やはり私の剣で!」

「……それも無理よ。軽く触れただけであの爆発よ? まともにぶつかれば命が消し飛ぶわ」

「じゃあ、どうすればいいんだ!? ……陛下っ」


 もどかしそうに、ウルスラが唇を噛む

 ……どうすれば?

 私にもわからない…………どうすれば止められる?


 と、その時。

 王都の向こうで大きな爆発音が轟いた。


 窓の外に視線を向けると、そこにはゴールドドラゴンがいた。


「……シルヴァネール?」


 シルヴァネールがラ・アル・アナンと対峙している。

 状況が見えないが……私たちが王女パルヴィからの魔力供給を止められれば、決着するだろう。

 何とかしなければ……


「お、お姉ちゃんっ!?」


 メイベルの叫びに振り返ると……


「…………うそ」


 そこには、大きなクモがいた。

 体高が2メートルほどもある、不気味なクモだ。

 ラ・アル・アナンを小さくしたような真っ黒いクモが、クモの糸が張り巡らされている城内から姿を現したのだ。

 …………子供?

 じゃあ、この城は…………ラ・アル・アナンの…………巣?


「喰らいやがれ! アルド・ルーフ!」


 バプティストの土龍が巨大なクモに襲い掛かる。

 が、クモは大きな口を開け、その龍を飲み込んでしまった。

 ……魔力を、食べた。


「くそっ! 全員で一斉攻撃だ!」


 バプティストの号令に、四天王が身構える……が。

 クモの糸が張り巡らされた城内の、あちらこちらから、巨大なクモがぞろぞろと姿を現した。

 ……何匹いるの?


「……二十や三十では済まなそうだな、これは」


 バスコ・トロイの頬を汗が伝い落ちていく。

 自然と、全員が一箇所に身を寄せるように集まって来る。

 背中を合わせ、私たちを取り囲むクモの群に対峙する。


 そんな中、一匹のクモが壁に張り付いていたクモの糸を噛みちぎり、口にくわえた。

 そこから、輝く光がクモへと流れ込んでいく。

 あれは……


「……王女パルヴィの魔力を、吸っているの?」

「こいつら……まだまだ育ちざかり……ちゅうんかいな?」


 スコルの声が上ずる。

 確かに、悪い冗談だ。

 でも……


「……おそらく、その通りね」


 これがすべて、ラ・アル・アナンと同じサイズに育ってしまったら…………世界は滅びてしまう。


「逃げるで……王女はんの救出は諦めるんや!」

「そんなことが出来るか!」

「せやかてなぁ、ここにおったら、全員クモのエサにされてまうんやで!?」

「だからと言って陛下を残してなど行けん!」

「ほな、どないするっちゅうんじゃ!?」

「なんとかする!」

「なんともならへんから言うとんのやろうが!」

「なら、貴様たちだけで行け! 私は一人になってもここに残る! もう二度と、陛下のもとを離れるもんか!」

「こんの…………強情っぱりっ!」


 スコルの案に、ウルスラは猛反発する。

 当然ではあるが、どちらの考えも分かってしまう。

 この場合、どちらを取るべきなのか……


 答えが出せずにいると、おもむろにスコルが歩き出す。

 ……まさか、本当にウルスラを見捨てて逃げる気なのだろうか?


「お前がそんなこと言うとやなぁ……」


 ズンズンと歩を進め、糸から魔力を吸っている一匹のクモの前で止まる。


「お人好しの姉さんも、絶対残るって言うに決まってるやろうが!」


 スコルは、目の前のクモを掴み、抱え上げると、全身のバネを使って宝玉へと放り投げた。


「直接吸うてこいやぁ!」


 クモが宝玉に衝突すると激しいスパークが起こり、巨大なクモの体は一瞬ではじけ飛んでしまった。

 木端微塵だ。


「やっぱなぁ。そんなチマチマ吸いよるから、絶対そうやと思ったんや。……こいつら、魔力の吸収速度に限界あるんやろうなって」


 スコルがにやりと笑う。

 そうか、このクモは宝玉から流れ込む激しい魔力に耐えられないのだ。


「なら、そいつらを宝玉にぶつければ……!」

「無理やな」


 ウルスラの言葉を、スコルが遮る。

 そして、こちらにゆっくりと振り返り、自身の腹を見せる。


「さっきのヤツにやられた……」


 スコルの腹部は、真っ赤な血に染まっていた。

 脚に貫かれ、あの大口で噛み付かれたのか、一部が抉り取られている。


「こんだけの数、全部始末するのは物理的に不可能や。ワイのお勧めは、あくまで撤退一択や…………ごふっ!」


 スコルが盛大に吐血する。

 駆け寄ろうとした私を、スコルは片手で制する。


「…………逃げる、準備しとき」


 口元を拭き、無理矢理に笑みを浮かべて見せる。


「ワイが、王女はん、あの椅子から引っぺがしたるさかいに……それ連れて、こっから逃げぇ…………そんでええやろ、レイピアの姉さん?」

「……貴様、何をする気だ?」


 ウルスラの問いに、スコルはニカッと犬歯を見せただけだった。

 そして、私の方を見て、嬉しそうに言う。


「なぁ、姉さん? ワイが、王女はん助け出せたら……ワイのお腹わっしゃわっしゃしてくれるか?」


 ……スコル…………あなた。


「大丈夫、この体はただの影…………魔界には、もっとイケメンでごっつぅ強い本体がおるんや。せやから、魔界にまで会いに来て、ほんで、わっしゃわっしゃしたってんか?」


 涙が……溢れそうになる。

 けれど、今はそんなことをしている暇はない。

 私は、しっかりと首肯した。

 ……声は、出せなかった。


「ホンマに? わぁ……嬉しいなぁ…………ほなら、頑張らななっ!」


 途端にスコルは駆け出し、壁や床に張り付いたクモの糸を引き剥がす。

 両手に掴んだクモの糸を、部屋を取り囲むクモの体に巻き付けて、強引に背負い込む。


「あいつ……何匹まとめて相手にするつもりだ!?」

「……バプティスト、気を逸らさずに、逃げ出すために意識を集中させて」

「……は、はい!」

「……みんなも」


 スコルが命がけで作ってくれるチャンスを、無駄にするわけにはいかない。


「回復くらいはしてやる」


 バスコ・トロイがスコルへ向けて魔法を放つ。


「余計なことせんでええわ! 姉さんを無事に連れ出すために魔力残しとけ!」

「おヌシこそ、余計なことを気にせず王女の救出に集中せよ!」


 返事を返したのはグレゴールだった。


「こっちのオッサンが気絶したら、ワシが担いで逃げてやるわ! だから、バスコ・トロイ! 死ぬ気で犬っころを援護するのだ!」

「命令されるまでもない!」


 バスコ・トロイから、スコルへ魔法が何度も放たれる。

 スコルは、担いだクモたちから総攻撃を受け、今にも絶命しそうな雰囲気だ。

 それを、懸命に延命する。

 …………こんな辛い時間は、早く終わって欲しい。


「ほな、ありがとさんって言うといたるわ! 行くでぇ!」


 スコルが二十匹ものクモを抱え、宝玉へ向かって走る。

 担がれたクモは必死の抵抗を見せ、スコルの体を突き刺し噛み付き、その歩みを阻止しようともがく。


「じゃかぁああしぃいんじゃ、ボケェエエ! 大人しく、バラバラに吹き飛ばんかぁぁいっ!」


 床を蹴り、スコルが宝玉に突っ込んでいく。

 大量のクモを宝玉へ押しつける。

 尋常ではないスパークが起こり、世界が激しく明滅する。

 王城が振動し、倒壊しそうな程揺さぶられる。


「一瞬でええねん! 止まれやぁ!」


 次々にクモが破裂し、スコルの体が宝玉へ接近していく。



 そして、ほんの一瞬――光が、途切れた。



「今やぁ!」


 スコルが宝玉を蹴り、王女パルヴィの体に体当たりをする。

 王女パルヴィの体が椅子から離れ、床へと倒れ込む。


「陛下っ!」


 ウルスラが駆け出し、王女パルヴィを抱き起した。

 その瞬間――



 鈍い音を発して、スコルの肉体がはじけ飛んだ。

 ……木端微塵だった。


 ………………スコル。

 …………………………ありがとう。


 約束は、必ず守るわ。


「……みんな、脱出よ」


 私の声に、四天王が一斉に動き始める。

 室内にはまだ無数のクモが残っており、脱出できるのは窓からのみ。


「レイピアさんは王女様を、グレゴールはロリコ・トロイをしっかり抱えて落とさないように! 俺とジェイルでクモを蹴散らすからみんな窓から飛び出すんだ! その後はメイベルの風に任せる! 出来るか!?」

「もちろんだよぉ!」

「退ける程度、僕には造作もないこと!」

「……では、みんな行動に移して!」

「「「了解!」」」


 一斉に魔法が発動し、室内が騒音に包まれる。

 クモの襲撃が緩んだ隙をついて、私たちは窓から外へと飛び出した。

 メイベルが風龍を出現させ、私たちを乗せて空を飛ぶ。


 なんとか、王女の救出と脱出には成功した。

 ……スコル、あなたのおかげよ。


「姉さん! これからどうしやすか!?」

「……【搾乳】と合流するわ」

「了解! メイベル、全速前進だ!」

「分かってるわよぉ~だ!」


 飛ぶ龍の背に乗り、私は王城を振り返る。

 ……あそこに蠢くラ・アル・アナンの子供たち……あれをどうすればいいのか、私にはまったく考え付かなかった…………








いつもありがとうございます。



四天王、パワーアップです!

ここぞとばかりにバスコ・トロイにため口を利く四人衆。

肩を並べたと思っているのでしょう。


ま、本気を出すとバスコ・トロイの方が強いのですが……

それ故の余裕ってヤツなのでしょう。


ただまぁ、四対一では勝てませんが。


強さで行くと、


バスコ・トロイ > グレゴール > バプティスト > ジェイル > メイベル 


というところでしょうか。


フランカは一時期グレゴール以上の力を得ましたが、

パワーアップした四天王に再逆転されているような感じです。

【魔界蟲】もいますし。


しかし、地位で行けば、ダントツでフランカがトップです。



フランカ(ツルペタ神)


バプティスト(なんだかんだでリーダーポジション)


メイベル(ロリ巨乳)


―――― 壁 ――――


グレゴール(髭オッサン)

ジェイル(ヘタレキモ男)

バスコ・トロイ(ロリコンM字開脚)




こんな感じです。




なんだかんだと言いながら、

ツルペタ信仰は広がりつつあるようです。


カジャの街はもとより、

オルミクル村でもロリ菌をまき散らすギルド所長ドーエンがいますので、

陥落も時間の問題でしょう。……バスコ・トロイも感染したようですし。


ちなみに、

バスコ・トロイが、

服が破れて乳を露出しかけていたウルスラ・ベイクウェルに対して

「おっぱいぽろ~ん」ではなく「おっぱいぺろ~ん」と言ったのは、

「ぽろ~んするほどないからぺろ~んにしておこう」という配慮からでした。

えぇ、良かれと思っての「ぺろ~ん」です。



王国の関係者はウルスラのことを「ベイクウェル」と呼んでいますが、

ウルスラ・ベイクウェルがフルネームで、ファミリーネームの方で呼ばれているからなのです。

今作中、名字で呼ばれてるのって、ウルスラだけかもしれませんね。



一応、みんなにもファミリーネームは付けてあるんですよ。

全然出てきやしませんが。



ちなみに、皆さんの名前はこんな感じです。




マーヴィン・ブレンドレル(ご主人さん)


ルゥシール・ディアギレフ(アホの子巨乳)


フランカ・モルターラ(ツルペタ神)


テオドラ・ジシス(臭フェチ)


トシコ・ヤコイラ(訛り女王様)




オイヴィ・マユラ(永遠の幼女)


ウルスラ・ベイクウェル(くまさんパンツ)


ドーエン・バーグマン(ロリコンマスター)


ゲイブマン・ムホルトワ(シワdeハゲ)


ヨシュア・レイフォード(ブレンドレル王国騎士団長「冗談はヨシュア・レイフォード」)




で、ファミリーネームを決めていないのがこちらの面々。



ジェナ(フランカの幼馴染のボインちゃん)


エイミー(ツンデレ暴力少女)

ナトリア(知的な大人系少女)

ルエラ(おにぃたん大好き国民的妹)

他、子供たち。


四天王

炎のグレゴール(ツルペタ教新入門生)

土のバプティスト(姉さんの舎弟)

風のメイベル(ロリ巨乳)

水のジェイル(キモ男)


魔神たち

ガウルテリオ(諸悪おっぱいの根源)

スコル(おなかわっしゃわっしゃ)

エアレー(ラムちゃん口調)

カブラカン(デカいだけ)


エルフのトミオ(ジロキチの飼い主)



こんなところでしょうか。


ヨシュア・レイフォードにすら苗字があるというのに、

これだけ物語に関わる人物にないとは……


そんなに大事か、ヨシュア・レイフォード!?



まぁ、言いたくなる語感ではありますけどね、ヨシュア・レイフォード。

口に出して言いたくなる日本語、ヨシュア・レイフォード。


あ、日本語じゃなかったや……






次回もよろしくお願いいたします。



とまと

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