116話 王女のもとへ
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城内には無数の魔導士と騎士たちがいた。
けれど……
「……全員、あのクモの糸にやられて動けないのね」
城内には、ラ・アル・アナンというあのクモのバケモノが吐いたと思われる糸が所狭しと張り巡らされていた。
城の防衛にあたっていた者も、ゲイブマンに付き従いここへきていた者も、みなクモの糸によって拘束されている。
口や鼻から糸が体内に侵入しており、話すことすら出来ないようだった。
意識があるのかは分からないが、辛うじて生きてはいるようだ。
「なんということだ……っ!」
ウルスラが唇を噛みしめる。
「城内が、あんなバケモノの巣に変えられているなんて…………陛下は、ご無事だろうか」
「……行けば分かることだわ。急ぎましょう」
「あぁ、そうだな」
おかげという言葉が適当かは分からないが、私たちは無駄な戦闘をすることなく城内へと侵入することが出来た。
このことからも、ゲイブマンはあのラ・アル・アナンを操ることが出来ていないと分かる。
操ることも出来ない魔神を召喚するなんて……諸刃の剣もいいところだ。気がしれない。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
私たちが城内を進んでいると、突然氷の矢がこちらに向かって発射された。
……こんなもの!
「待て! 何もするな!」
私が魔法で迎撃しようとした矢先、ウルスラが私の前に踊り出て氷の刃をレイピアで打ち落とした。
「こんなくだらない相手に、魔力の無駄遣いをするな。君には、宰相を討ってもらわなければいけないのだからな」
「……そう」
ウルスラは、王女パルヴィを救出することで頭がいっぱいだ。
ゲイブマンは、私が討つしかない。
なるほど。確かに魔力の無駄遣いは出来そうにない。
それにしても……
魔法を発動させたのは、クモの糸に体の八割ほどを侵食されている魔導士だった。
どこかで見たことがあるかもしれないが、思い出せない。凡庸な顔をしている。
ゲイブマンに付き従いここまで来ているのだから、魔導ギルド内では相当高位な魔導士なのだろう。
「これ以上、先へは進ませんぞ……」
「……どうして?」
クモの糸が口を塞いでいないため、身動きこそ取れないが、魔法は使えるようだ。
……どうして、そんなになってまで?
理解が出来ない。
「……あなたをそんな目に遭わせたのは、他でもないゲイブマンでしょう? どうして私たちの邪魔をするの?」
「くだらぬ!」
魔導士は私の問いを一喝のもとに断じた。
「貴様らの目的は知っている! 魔法陣がなくなれば、我々魔導士は生きて行けなくなる! 殺してでも阻止してやるぞ!」
「……魔法がなくても、生きていくことは可能よ」
「黙れ! 魔導士こそが世界の頂点に君臨する! それが、この世界の理なのだ! 正しい姿なのだ!」
つまり……
「……己の権力のために、王女や国民が犠牲になっても構わないと?」
「笑止なり! 国民は我らが魔導士の実験動物に過ぎず、王女など、この世界を維持するための人柱ではないか!」
「……そう」
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
「ングッ!?」
私が発生させた拳大の岩が、魔導士の口内を塞ぐ。
口を閉じることも開くことも出来ない、口のサイズにピッタリの岩だ。
これでもう、くだらないことはしゃべれない。
「フランカ……」
「……今の魔力は無駄ではないわ…………うるさかったもの、この外道は」
「……あぁ。同意する」
もごもごと、目を血走らせて何かを叫んでいる魔導士。
……レベルが低い。【搾乳】なら、口を塞がれたくらいで無力化はしない。無詠唱は、言葉の力に頼らないから。
本物を知ると、途端に分かるようになるものだ。
これまで恐ろしいと思っていた紛い物たちが、本当にくだらない存在であったということに。
魔導ギルドなど、もはや敵ではない。
「……急ぎましょう」
「あぁ」
いまだ醜く叫ぶ魔導士を放置して、私たちは城内を進む。
謁見の間の上に存在する、砲台の間へ向かって。
砲台の間には、強力な結界が張られていた。
「ラ・アル・アナンの糸は魔力の塊やさかいな。それ以上に強力な魔力で防いどるんやろ」
とは、スコルの弁。
なるほど。どうりで禍々しいまでに強力な結界だ。
ミーミルとのコネがなければ、解除出来なかったかもしれない。
「 ――ミーミル。力を貸して……請求は、【搾乳】宛で……――」
これが、ミーミルと交わした封印解除の詠唱。
魔神と直接契約を交わし、詠唱を決めるなど、これまでの常識では考えられなかった。そんな発想すらなかった。
ちなみに、ミーミルとは、古の遺跡からオルミクル村へ帰るまでの間に話をつけておいた。
このことを【搾乳】は知らないだろう。……なので、ミーミルからの請求が、ある日突然【搾乳】のもとへといくのだ。うん、大丈夫。問題ない。
ミーミルの魔法が発動し、淡い光が結界を覆う。
最初に結界の種類や構成を読み取り、それに適した解除方法を自動で検出、実行してくれるのだ。
こんな魔法、どの文献にも載っていなかった。
【搾乳】の強さの理由が分かった気がする。
本を読んだだけでは、魔導士は強くなれない。たとえ、この世界でナンバーワンになれたとしても。
魔界を旅した【搾乳】には敵わないだろう。
「フランカ、結界が解けるぞ」
「……それは向こうにも知られているわ。何が出てくるか分からないから、迎撃の準備をしておいて。スコルも」
「了解だ!」
「任しとき!」
ウルスラがレイピアを構える。
結界が解けたと同時に騎士が飛び出してくるかもしれない。魔法の一斉総射があるかもしれない。
私も、結界の準備を始める。
結界が解かれる……が、反応はない。
こちらから踏み込むしかないようだ。
視線を交わし、ウルスラが突入する意思を示す。
私はそれに頷き、後方から援護する構えを取る。
ドアを蹴破り、ウルスラが砲台の間へと突入する。
「陛下っ! ご無事ですか!?」
そこにいたのは、ゲイブマンと、五人の魔導士。
そして、砲台に設置されている宝玉の前に、王女パルヴィが座っているだけだった。
「陛下っ!」
ウルスラの眼の色が変わる。
王女パルヴィの全身が白く発光し、王女の魔力が宝玉へと吸い込まれている。
毎秒、夥しい量の魔力が奪い取られ、その濁流に王女パルヴィの精神がついて行かなかったのだろう。王女パルヴィは意識を失っているようだった。
「宰相っ、貴様っ!」
激高したウルスラが、ゲイブマンに向かって猛然と駆けだす。
が、後ろに控えた魔導士が魔法を発動させ、それを阻止する。
火球や土槍が飛び交い、ウルスラは後退を余儀なくされた。
それでも執拗に追いかけてくる火炎の渦は、スコルが一呑みにする。
「ほぅ、バケモノをよく手懐けているではないか……」
ゲイブマンがイヤミったらしく私に言う。
「……あなたには、どの魔物も懐かなかったようね」
ガウルテリオを始め、魔神の影たちも、ラ・アル・アナンも、誰もゲイブマンの支配下には置かれていない。
「どうも、神聖なるブレンドレル王国の宰相という立場からか、不浄なる者には嫌われてしまうようでな」
「……よく言う」
その【不浄なる者】を利用し、【神聖なるブレンドレル王国】とやらを滅茶苦茶にしている張本人が。
ゲイブマンは、スコルを睨むと鼻を鳴らした。
「女に尻尾を振るとは……魔神も地に落ちたものだな」
「いやいや。魔神は昔っから自由奔放に生きとるんや。ジジイに手ぇ貸したる理由がないだけやで」
スコルは軽薄な口調でそう言う。
「ふん、犬風情が」
「なんやと、ジジイ? 噛み殺したろか?」
牙を剥くスコルに、ゲイブマンは挑発するようなイヤらしい笑みを向ける。
「対価も貰わずに尻尾を振る者を犬と言って何が悪い?」
「対価……か」
スコルが腕を組み、頭をひねる。
……くだらないことを考えていると、手に取るように分かる。
「なぁ、姉さん。ワイがこいつら全部叩きのめしたら、ワイのお腹メッチャわっしゃわっしゃしてくれへんか?」
「……変態」
「や、違うで!? 下心とか、エロイこととか、そういうんやないで!? ワイら狼はな、心を許した相手にお腹をわっしゃわっしゃされんのが大好きなんや。気っ持ちえぇんだでぇ~」
「……変態」
「せやから! そおうやのぅてな!? 性的な気持ち良さやないんやって! なんちゅうの? こう、家族愛、ちゅうの? ファミリーラブ、っちゅうの?」
「……変態」
「…………あの、頑張って戦いますんで、変態呼ばわりやめてもらえへんやろうか? このとーりやさかいに」
「……なら戦いなさい、変態」
「くっそぉ! ジジイ! お前のせいやからな! 姉さん、意固地な人なんやさかい、言い出したら全っ然聞かへんねん! これ、もう、変態以外言わへんパターンやからな!? ずっと続くねんからな!?」
スコルが怒りの矛先をゲイブマンに向ける。
牙を剥くスコルに、魔導士の何人かが身を引く。
「ゲイブマン。貴様の計画は失敗だ。大人しく投降しろ」
ウルスラがゲイブマンにレイピアの切っ先を向ける。
しかし、ゲイブマンは余裕の笑みを崩さない。
「私が一声命令すれば、陛下の命は無くなるのだということを、失念してはいないか? えぇ、ベイクウェル殿?」
「……それはないわね」
一瞬ひるんだウルスラに代わり、私が口を開く。
「……今、王女パルヴィを殺害すれば、ラ・アル・アナンへの魔力供給が止まってしまう。そうなれば、【搾乳】と魔神ガウルテリオを止める術がなくなることくらい、あなたには分かっているはずよ、ゲイブマン」
「ふむ……つまり、陛下が健在である以上、悪魔の子はこちらに手出しできないと……これはありがたい。賊の戦力をその仲間から直接窺えるとは。クズにも使い道はあるものだなぁ」
「ゲイブマン、貴様っ!」
「……ウルスラ、落ち着いて。悪態くらい好きなだけ吐かせておけばいいわ。これが最後ですもの」
そう。
この戦いが終われば、ゲイブマンは宰相ではいられない。
王女パルヴィに表立って反旗を翻したゲイブマンには、後戻りという道は残されていないのだ。
「……早まったわね。魔神の影の裏切りが、そんなに痛手だったのかしら?」
「確かに、アレは予想外だった…………だが」
ゲイブマンの顔に、満面の笑みが浮かぶ。
「神は私を見離さなかった! 神が使わせし魔神が、アレだ! アレは、私の理想を実現させるために使わされた使徒なのだ!」
「その使徒の名前すら分からへんのやろ、自分?」
ラ・アル・アナン。
確かに、一度聞いたくらいでは覚えられないか。
己の名すら知らぬ者にいいように使われて……ラ・アル・アナンはどんな気持ちなのかしらね。
「言うとくぞ? ラ・アル・アナンは誰かの言うことを聞くような大人しい魔神やない! 今、一時的にお前の言うことを聞いてるように見えるんは、そこのパイオツカイデーな姉ちゃんが魔力を与えとるからや!」
「陛下に向かって下品なことを言うな、この犬!」
「……スコル。今の発言に込められた真意について、聞かせてくれるかしら?
「ちょ、待て待てて! なんで姉さんらが怒んねんな!?」
たじろぐスコルは、くるっとゲイブマンの方へと向き直り、誤魔化すように捲し立てる。
「とにかくや! 今はよくても、必ず後悔するで! ラ・アル・アナンの凶暴性は魔界随一や! 人間ごときが支配者ぶっとったら、あっちゅう間に世界は破滅や!」
そんなに危険な魔神なのか……【搾乳】たちは無事だろうか?
「せやから、悪いことは言わん。素直に降参して、あのバケモンを仕留める算段考えた方がええで」
「ふふふ……犬風情が生意気な口を……」
「……ジジイ。人間ごときが魔神を舐めんなっちゅうとんのんじゃ。調子こいとったらイテまうど、ボケェ!」
スコルが牙を剥き、吠える。
同時に、五人の魔導士がスコルに向けて鉄の茨を放つ。
「これやったら喰われへんとでも思うたか!? 残念やったのぉ!」
大口を開け、スコルが鉄の茨に噛みつく。
……バカ。
途端に、鉄の茨はスコルの全身に巻き付き、凄まじい力で締めあげる。
「なんやっ!? 痛っ!? イデデデデデデデデデデデデデッ!」
ぐいぐいと締めあげる鉄の茨。スコルの全身から真っ赤な血が滲み出してくる。
「……それは拘束の鉄薔薇。その茨に触れた者はがんじがらめにされ、動きを封じられるのよ」
「先言うてぇや、そういうことは!」
「……おまけに、捕らえた者から魔力を奪い自身のエネルギーへと変換するため、その茨が外れるのは捕らえられた者の魔力が尽きた後……つまり、死ぬまで離れないのよ」
「めっちゃ怖いやん、これ!?」
外す方法があるとすれば……強烈な魔法でこの茨を断ち切るのみ。
「……スコル、口を開けていなさい」
「な、なにすんのん? 先言うといてんか!? 心の準備するさかい!」
「……ご飯を食べさせてあげるだけよ」
「……ワイ、好き嫌い激しいんやけどなぁ」
私は、スコルの意見を完全無視して、構える。
狙うは、スコルの口に絡みついた鉄の茨。
「させると思うか? やれ!」
ゲイブマンの合図で、魔導士たちが、今度は私に魔法を放ってくる。
が、その詠唱は、流れるような斬撃によって妨害される。
ウルスラが、電光石火の剣裁きで五人の魔導士を斬り刻む。
「させると思うか……そっくりそのまま返してやるぞ、ゲイブマン」
ウルスラの足元には魔導士が五人、腹や肩、切られた場所を抑えて蹲っている。
レイピアがゲイブマンの喉元に突きつけられる。
「油断、か……」
ゲイブマンがぽつりと呟く。
油断して、ウルスラの接近に気が付かなかったと、自責しているのだろうか…………いや、違う。
ゲイブマンの表情は陰ってなどいない。
むしろ、勝機を確信して輝いているほどだ。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
ゲイブマンが高速詠唱を行い、魔法陣から粘着生物が召喚される。
「その油断が命取りだぞ、ベイクウェル殿!」
「なにっ!?」
不意をつかれたウルスラは、粘着生物を全身に浴びる。
粘着生物は己の体を伸ばし、ウルスラの全身を覆うように広がっていく。
ウルスラが抵抗するも、腕も足も思うように動かせないようだ。
そうしてウルスラは、完全に動きを封じられてしまった。
「姉さん、早よぉ!」
「……スコル、あーんして!」
「あーん、や!」
私は特大の火球をスコルの口にめがけて放つ。
微かな抵抗を見せた鉄の茨は、濃密な炎の熱によって焼き切れ、切断された。
燃え盛る火球は、そのままスコルの口の中へと消えていく。
「おおきに! 美味しかったで!」
炎によって切断された鉄の茨は動きを止め、スコルを解放する。
最初に噛みついたおかげで、五人の魔導士が放った五本の鉄の茨は、口の周りに密集していた。そこを断ち切ったために、五本すべてを一撃で断ち切ることが出来た。
魔力によって生み出された鉄の茨は、一か所でも破壊してやれば、魔力の伝達エラーを起こし機能を停止させる。
拘束系の魔法は初期の段階でかなり勉強したのだ。
身内に一人、度し難いシスコンがいたため、夜中安心して眠れるようにと、自己防衛本能が私にその知識を与えたのだろう。どんどん頭に入ってきて、すぐに覚えられた。
なので、あの粘着生物にも覚えがある。
あれは召喚などではなく、魔力の塊だ。
あれもまた、強力な魔力をぶつけることで消滅させられる……けれど……
「おや? どうしたのかな? 助けてやらんのか、ベイクウェル殿を?」
ゲイブマンが厭味な顔で私に言う。
……ウルスラに魔法をぶつけるなんて、出来ない。
「ふむ……これは好都合」
ゲイブマンが、身動きが取れなくなったウルスラを片腕で抱き寄せる。
「死んでも構わない人質が手に入った」
粘着生物に顔まで覆われ、ウルスラの顔ははっきりとは見えない。
だが、悔しがっているのは手に取るように分かる。
そして、自分のせいで戦局を悪くするくらいなら殺してくれと、そう言うであろうことも容易に分かる。……私が逆の立場なら、そう望むだろうから。
だが……だからこそ、ウルスラを傷つけることは出来ない…………
魔導士が、ゆっくりと起き上がる。
回復魔法をかけたのか、傷が癒えている。
全員、額に青筋を浮かべてウルスラを睨んでいる。……もし、ウルスラに危害を加えたら…………私が始末してやる。
「姉さん。どないする? ワイが魔導士かハゲジジイ、どっちか始末しよか?」
「……あなたが動いた瞬間、ウルスラの命がなくなるわ。彼らの詠唱は、あなたの一歩よりも早いのよ」
「ほな、どないしますのん?」
「……どう、しようかしらね……」
私の魔法で同時に仕留められるのは、せいぜい二人まで。
スコルと合わせても、六人同時は無理がある。
誰か一人でも仕損じれば、ウルスラは殺される…………
「勝負、あったな」
ゲイブマンがにやりと笑う。
「ふふふ……どうやら、貴様らに相応しい結末が向こうからやってきたようだぞ」
ゲイブマンの言葉に、私は背後を振り返る。
部屋の入り口から、ラ・アル・アナンの糸が床や天井を這うように侵入してきていたのだ。
あれに絡め取られれば、その魔導士たちと同じように身動きが取れなくなってしまう……
「……姉さん、どないしよう?」
「……捕らえられたふりをして、後で魔法で振り払う……」
「……あかん、無理や。ラ・アル・アナンの糸に捕らえられたら、抗う力はのうなってしまう」
「…………だったら…………だったら……」
焦る。
考えがまとまらない。
こんな時、【搾乳】ならどうする?
考えて!
彼に任された大切な任務を……失敗するわけにはいかない……考えて!
「ほぅ……変わった顔ぶれですなぁ、これは」
その時、砲台の間に新たな人物が現れた。
聞き覚えのある……嫌な声。
背筋に悪寒が走る。
まだ、苦手意識が消え去っていないというの?
その男は、ラ・アル・アナンのクモの糸が密集する入口から姿を現した。
あの男なら、クモの糸を振り払うのも容易だろう……
「ご無沙汰しております、宰相、ベイクウェル殿……そして…………」
その男は、以前見た時と同じ、うすら寒くなるような笑みを浮かべて私の名を呼んだ。
「フランカ……『さん』、と、付けておくか、一応な」
「…………バスコ・トロイ」
私の目の前に、バスコ・トロイが現れた。
……何をしにここへ………………
一体、何が起ころうとしているの?
いつもありがとうございます!
えっ!?
ご主人さんは!?
と思われた方。
もうしばらくお待ちを。
今回は、別のシーンです!
というわけで、
フランカさんが頑張る回です!
懐かしい方も再登場です。
そんな裏では、こんなことも……
~ある日の収録現場~
AD「じゃあ、休憩の後、ラストシーンの撮影に入りま~す! みなさんスタンバイお願いしますね~」
ウルスラ「あぁ……また粘着生物か……折角シャワー浴びたのに」
フランカ「……これもお仕事。頑張って」
スコル「せやで~。それにウルスラの姉さん、粘着生物めっちゃ似合てまっせ! これはもう、あれやな、ネバネバ萌え~っちゅうやつやね!」
フランカ「……セクハラ」
スコル「なんでやねんな!? ウルスラの姉さんを元気づけようという、共演者の心遣いやん!」
ウルスラ「いらぬ世話だ」
スコル「ワイ、まさかの踏んだり蹴ったりやん!?」
AD「バスコ・トロイさん、入られました~!」
スコル「ん? 誰やて?」
ウルスラ「バスロマン?」
スコル「それバプティストの仇名やん!」
フランカ「……バプティストの仇名ではないわ」
ウルスラ「で、誰だ、あのオッサンは?」
フランカ「……どこかで見たことあるような…………CanCan?」
スコル「絶対ないわ!」
フランカ「……anan?」
スコル「ファッション誌で攻めても辿りつけへんと思うで!?」
ゲイブマン「お~! バスコちゃん、おげんこ~?」
バスコ「ゲイブマン! ごぶさた~!」
ゲイブマン「最近どうよ、アッチの方は?」
バスコ「いやもう、コレがアレでコウなもんで」
ゲイブマン「うっしゃっしゃっしゃ!」
ウルスラ「……オッサンどもが生き生きしているな」
フランカ「……昭和の匂いがプンプンするわね」
スコル「おいおい、傘でゴルフのスウィングし始めよったで!?」
ウルスラ「フランカの知り合いか?」
フランカ「……シリーズの初めの方で、ちょっと一緒だったかも……」
スコル「それが、なんでファッション誌で見たと勘違いすんねんな?」
フランカ「……なんとなく、ファッション誌っぽいイメージが……」
スコル「どこがやねん!?」
フランカ「……でも、雑誌の…………表紙……いや、グラビア…………グラビア!?」
スコル「ど、どないしたんや?」
フランカ「…………M字開脚!」
スコル「どないしてん、急に!?」
フランカ「……思い出したわ。あの人、M字開脚の人よ!」
ウルスラ「M字開脚マニアか?」
フランカ「……いいえ。M字開脚の人よ!」
スコル「まるで話が見えてこうへん……」
AD「じゃあ、撮影開始しま~す! バスコ・トロイさん登場のシーンです! 本番5秒前…………4…………3………………」
<本番中>
「ほぅ……変わった顔ぶれですなぁ、これは」
その時、砲台の間に新たな人物が現れた。
聞き覚えのある……嫌な声。
背筋に悪寒が走る。
まだ、苦手意識が消え去っていないというの?
その男は、ラ・アル・アナンのクモの糸が密集する入口から姿を現した。
あの男なら、クモの糸を振り払うのも容易だろう……
「ご無沙汰しております、宰相、ベイクウェル殿……そして…………」
その男は、以前見た時と同じ、うすら寒くなるような笑みを浮かべて私の名を呼んだ。
「フランカ……『さん』、と、付けておくか、一応な」
「…………バスコ・トロイ・オブ・ジョイトイ」
AD「カーット!」
<カメラ停止>
AD「フランカさん、セリフ違いますよ!」
フランカ「……ごめんなさい、M字開脚のイメージが強過ぎて……」
バスコ「名前くらいちゃんと言ってちょんまげ」
ウルスラ「え、今のはなに?」
スコル「ワイに聞かんとって!」
フランカ「……バスコ・トイジョイ?」
AD「ジョイトイ残り過ぎですね!? 一回忘れてください」
フランカ「……忘れたわ」
AD「ではセリフをどーぞ!」
フランカ「……インリン・オブ・ジョイトイ」
AD「バスコ・トロイさんの方忘れてどうするんですか!?」
フランカ「……彼は、何ジョイトイなの?」
AD「ジョイトイ付きませんって! バスコ・オブ・トロイですよ!」
バスコ「それも違うってばてば! 失礼ぶっこいちゃうわねっ!」
ウルスラ「え、今のはなに?」
スコル「だから、ワイに聞かんとってって!」
フランカ「…………このシーン、カットできないかしら?」
AD「次回に続く大事なシーンですから! 無理ですよ!?」
フランカ「……そこを何とか」
AD「どんだけ言いたくないんですか!?」
と、こうして数十回のリテイクを繰り返して、
今回のシーンは完成したのです。
いやぁ、一度はまっちゃうとなかなか抜け出せない役者さん、いますよねぇ。
信じるか信じないかはあなた次第……って、信じてる人は……いませんよ、ねぇ?
次回もよろしくお願いいたします。
とまと