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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
111/150

111話 無口と関西弁

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 私は、軽薄な口調の影に誘われるまま、街の奥へとやって来た。

 入り組んだ裏路地。

 町民はすべて避難している為に、どこもかしこも静まり返っている。

 けれどここは、普段から人があまり来そうにない。

 寂れた場所。そんな印象を与える場所だった。


 そんな薄暗い路地裏に、ゆらゆらと揺らめく、真っ黒な影が一人……佇んでいる。

 まるで、幽霊でも見ているようだ。


「う~ん、ナイスやねぇ! 入り組んだ立地。隠れる場所多数。追いかけっこにはもってこいやな。な? そう思わへん?」


 ただし、軽い口調が薄気味悪さを帳消しにしているが。


「……追いかけっこ?」

「せや。これからワイがあんさんを追いかけ回すさかい、捕まらんようしっかり逃げてぇな」


 影がニヤニヤと言う。……もっとも、その表情は漆黒のマントによって隠されて窺い知ることは出来ないが。


「……遊んでいる暇はないわ」

「もっちろんや。これは真剣勝負やで」


 などと、一切真剣みの感じられない口調で言う。

 しかし、直後にこちらを向いた眼は――


「死ぬ気で逃げな、殺してまうで?」


 ――本気で私を殺そうとしている、獣のような眼だった。


「……私は逃げながら、あなたを攻撃すればいいのね」

「せやせや。物分かりよぅて助かるわぁ。姉さん、頭えぇなぁ」


 先ほどの殺気を微塵も感じさせないような、屈託のない笑い方をする。

 掴みどころのない影……それがかえって不気味だ。


「……本気で、いいのね?」

「もちろんや。姉さんも、その若さで死にとぅはないやろ? それも……生きたままバリバリ喰われるような、無残な死に方はな……」


 ぺろりと、影が舌なめずりをする。

 不快感が体の奥から湧き上がってくる。

 私を食べていいのは、こんな男ではなく世界でただ一人…………何を考えているのやら。無し無し。今のは無し。


「どないしてん? なんや顔、赤ないか?」

「……気のせいよ」


 照れ隠しに、私は特大の炎を影にお見舞いする。


「ちょっ!? まだスタートしてへんやん……っ!?」


 業火が影を直撃する。

 一瞬で燃え広がり影を飲み込む。


 スタートなら、あなたと出会った時にすでに切られている。

 悪かったわね……私は融通の利かない、可愛げのない女なのよ。


 しかし……


「う~ん……イマイチやなぁ」


 燃え盛る業火の中で、苦しさを一切感じさせない気の抜けるような声がする。

 まるで何事もなかったかのように……


「姉さん、魔力使い切ってもうてるやろ?」


 荒れ狂う業火の中で、飄々とこちらに向かって声をかけてくる。

 煌々と燃える赤の中で、その影は一層暗さを増している。


「しゃ~ないなぁ。まぁ、これもハンデっちゅうことでえぇかぁ。ほな、とりあえず……」


 影は大きく息を吸い込むと……自身を包み込む夥しい量の炎を『喰らい』始めた。

 吸い込むのではなく、噛みつき、頬張り、バリバリと咀嚼して、あっという間に炎はかき消されてしまった。……いや、喰い尽くされてしまった。


「うん。味はまぁまぁやな」


 ぺろりと舌を出し、唇を右から左へと舐める。


「……魔力を、食べた…………」


 一瞬、嫌な考えが脳裏をかすめた。

 この影が、【搾乳】と同じ能力を有しているのではないかという、そんな予想が。


「あぁ、心配せんでも大丈夫やで。ワイには魔力を吸収する能力はないさかい。ただ、おいしゅういただくだけや」


 私の顔を見て、影がそんなことを言った。


「せかやら、そんな『私の大好きな人と同じ能力を持つ相手と戦うなんて出来ないわぁ~』みたいな顔せんでろぼぅふぁひっ!?」


 顔面を爆発させてやった。

 いざという時のために残しておいた最後の魔力だったが、バカは黙らせなければいけない。

 これで魔力が尽きたわけだが、後悔はしていない。


「か……かなんなぁ……冗談やんかぁ」

「……仲も良くない相手と冗談を言い合うほど、気さくな性格はしていない」

「お堅いなぁ~……そんな堅いと、モテへんで」

「………………」

「…………ちょっ、その眼やめてくれません? 謝りますさかいに……なぁ、やめてて……メッチャ怖いから、お願い! やめて!」


 無言で見つめているだけで、影は私に土下座をしてきた。

 頭でも踏みつけてやろうか?


「お、お詫びに、ええモンあげるさかいに!」


 そう言って、影は私に向かって手のひらを向ける。

 身構えるより速く、影の腕が淡く輝き、そして、その光が私を飲みこんだ。

 ……不覚をとった。これは、どんな魔法!?


「あぁ、心配せんでえぇよ。ワイの有り余る魔力をちょこっと分けてあげただけやさかい」


 その言葉の通り、私の体内に魔力が流れ込んでくる。

 魔力欠乏症で倒れそうだった体に活力がみなぎる。脳が活性化し、思考がハッキリとしてくる。

 故に、混乱した。


「…………どういうこと?」

「なぁに、乙女の恥ずかしい恋心を暴いてしもぅたお詫びと…………ちょぉっと待って! 今あげたばっかりの魔力でそんなデカイ魔法使わんといて! 話は最後まで聞こう! な!?」


 頭上に超特大の魔法陣を展開させた私を見て、影は両手をバタバタとさせ制止を訴えてくる。

 ……まぁ、今は話を聞くとしよう。


「ワイはな、強いヤツと全力で戦いたいだけなんや。弱ってる相手を簡単に殺しても、ちぃ~っともおもんないやろ?」

「……戦闘が面白いと思ったことは、一度もないわ」

「それは、ホンマに強いヤツと戦ったことがないからや」

「……あるわ。この世界で最も強い男と戦ったことが」


 脳裏に、【搾乳】の顔が浮かぶ。

 最初は敵同士だった。戦いもした。

 今では、考えられないことだけど……


「ほら見てみぃ! その時の戦いを思い出して、そんなえぇ顔しとるやないかい!」

「……私は、別に……」


 と、自分の頬を触って驚いた。

 ……私、笑ってる?


「その戦いが、姉さんにとって、ごっつぅ重要やっちゅう証拠や。えぇ想い出が詰まっとるんやろ?」


【搾乳】との戦い……あの時の、思い出…………


『ナインちゃん』などと呼ばれ、魔法を使おうとしたら胸を遠慮なく揉まれ……その後、村の地下牢でも、これでもかと揉まれ…………


「……何ひとついい思い出はないけれど」

「あかんよ、姉さん。また顔怖ぁなってるで。その苛立ちは、ワイのせいやないからな? 矛先間違えたらあかんで?」


 影が慌てふためいて私を諭す素振りを見せる。

 ……別に、怒ってなど、いないけれど?


「……あなたは一体何者なの? それほど、悪い者のようには見えないけれど」

「それは光栄やな。ほんなら、仲良ぅなれるかもしれんなぁ」

「……それはどうかしらね」

「厳しいなぁ」


 影はおなかを抱え、くつくつと笑う。


「さっきも言うたけど、ワイらは純粋に戦いを楽しみたいんや。国も世界もどうでもええ。ただ純粋に、今を生きていたいんや」


 影が全身を覆うマントに手をかける。

 頭を覆っていたフードを引き、一気にマントをはぎ取る。


「せやから、正体隠すんも、ホンマは嫌やったんやけどな」


 マントの下から、大きな狼が現れた。

 二足歩行で、前足が腕になっている。五本の指は人間と同じ形だが、指先に鋭い爪が生えている。

 後ろ足は狼の特色を色濃く残し、関節の形やモモや足回りの筋肉は狼そのものだった。だが、器用に二足歩行をしている。

 お尻では、ふっさふさの大きな尻尾が揺れている。

 上半身は裸で、下半身だけを七分丈のズボンで覆っている。上半身は分厚い筋肉と白銀色の体毛で覆われていた。

 スッと鼻筋の通った狼の頭が、ニヤニヤとした表情を浮かべてこちらを見つめている。


「ワイの名は、スコル。人狼やないで? もっと凶暴な、魔狼や」


 ニカッと笑うと、鋭い牙が口元から覗く。

 全身が凶器のような魔物。それが、目の前にいる。


「なぁ、姉さん。これから、鬼ごっこに付き合ってもらうで」

「……鬼ごっこ?」

「せや。ルールは簡単。ワイが鬼で、姉さんを捕まえに行く。姉さんは逃げながらワイを攻撃して、ワイに『参った』言わせるんや。ワイが降参したら姉さんの勝ち。ワイが姉さんを捕まえたらワイの勝ち。負けた方は……せやな…………勝者の『犬』になるっちゅうんはどうや?」

「……あなたはすでに犬」

「あほぉ! 犬ちゃうわ! 狼や!」

「……その返しがもう犬っぽい」

「どこがやねん!?」

「……『お手』って言ったら『しまった、体が勝手に!?』ってなりそう」

「うっ!? た、確かになるけども! なんやったら、さっきの『お手』の時にも腕ちょっと動きかけてたけども!」

「……なるんだ」

「冷めた目で見んなや! ええか、敗者は勝者に絶対服従や! 分かってんのか、この意味が!?」

「……命を差し出せと言われれば、素直に従う。そういうことでしょう?」

「まぁ、それもそうやけど…………」


 スコルの顔がいやらしく歪む。


「大好きな彼の目の前で、『ワイにチューせぇ』っちゅうたら、せなアカンねんで?」


 ………………イラ。


「そうそう。そ~んな怖い顔しながらも、絶対服従するんや! どや? ゾクゾクするやろう?」

「……そうね。嫌悪感で吐きそうだわ」

「ひゅ~…………ナイスな眼ぇや。姉さん、獣に向いてるんちゃうか?」


 視線で射殺せるのなら、すでにそうしている。

 軽薄でおつむの軽そうなスコルだが、やはり魔族なのだ。思考回路が理解出来ない。


 怒りに飲まれそうになりながらも、私は冷静に状況を判断する。

 譲ってもらった魔力を、スコルにダメージが与えられるレベルの魔法に換算すると…………五発。それが私の持ち弾。

 この五発で決着をつけなければ。


「逃げてええ範囲はこの裏路地のみ。表通りと大通りには出ないこと。時間制限は無しにするけど、あんまりダラダラするんは好かんさかい、持ち弾五発、さっさと使いきってな」


 ……お見通し、か。

 いや、そうなるように計算して魔力をよこしたのだろう。

 …………バカっぽいのに鋭い。やはり、犬のようだ。……あんなにバカっぽいのに。


「ホンマは、このマントをごっつぅ重い素材で作って、『ズシーン!』『な、なんやて!? 今までそんな重たいモン着て戦っとったんかいな!?』みたいな展開にしたろぉ思てたんやけど……肩凝るさかいにやめてもたんや。やっぱ仕込んどいたらよかったかなぁ。姉さんノリ悪いし、もうちょっとテンション上げて欲しかったわぁ」


 よく分からないこだわりを朗々と語るスコル。 

 幼き日の兄を見ているようだ。自分自身に変な縛りをつけて『限界突破ごっこ』にふけっていた。

 己に枷をはめることで力を制限し、解放した時に『限界突破』をするのだとか……もっとも、一度たりとも成功はしていなかったようだが……


 ただ…………理論は間違っていなかったようだ。


 私は、両腕にはめた長い腕輪の留め具を外す。

 ガシャリ――と、重い音を立てて腕輪が地面へ落下する。……まったく、腕が疲れた。


「なんや? その腕輪を外してスピードアップしよういうんか? ぎゃははっ! 姉さん、冗談きついで!」


 それは、自分がやろうとしていたことではないのだろうか?

 けれど、私は違う。

 この程度の重りで速度が上がるわけがない。

 私が抑制させていたのは…………魔力。


「…………解放」


 回復しようとする魔力を感知しては抑えつけ、放出しようとする魔力を感知しては魔力を体内へと押し戻す。そんな、非常に意地の悪い腕環をくれたのはポリメニスだった。

 この腕輪をはめて一月生活するだけで、魔力の上限が驚くほど上昇するからと。

 付け始めた当初は、ただ座っているだけで魔力欠乏症になって大変だったが……ポリメニスの言っていたことは事実だったようだ。

 自分の魔力が大幅に底上げされているのが分かる。

 少ない魔力での生活を強要されたおかげで、魔力の効率化も身についていた。


 これなら、持ち弾を十発にだって出来そうだ。

 もしくは、もっと強烈な五発の弾にするべきか……


「ず、ずるっこいなぁ! ワイかて、そういうんしたかったのに!」

「……すればよかったのに」

「余裕かましてからにぃ…………見とれや!」


 スコルは先ほど脱ぎ捨てたマントをもう一度拾い上げ。肩の高さから落とす。


「『ズシーン!』『な、なんやて!? 今までそんな重たいモン着て戦っとったんかいなぁ!?』」


 口で言った。

 ……何とも空しい光景だ。


「憐れんだ目ぇで見んなや!」

「……十数えなさい」

「あん?」

「……さっさと始めるわよ」


 これ以上、このお調子者に付き合っているわけにはいかない。

 さっさと片付けて、仲間を助けにいかなければ。

 特に……【搾乳】たちの相手は、ケタ違いの化け物みたいだから。


「おっしゃ! ほな、眼ぇ瞑って十数えるさかい、その間に逃げぇや!」


 宣言と共に、スコルは私に背を向け、近くの壁にもたれかかるようにして顔を伏せ、大きな声で数を数えはじめた。


「い~ち、にぃ~、さんまのしっぽ~、ゴリラのむすこ!」


 おかしな節が付いている。……イラ。


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 ドンッ! と、スコルの背中で爆発が起こる。


「ぎゃあああああっ!」


 焼けた背を両手ではたきながら、……体が硬いのか、背中に手が届いていない……スコルは地面を転げ回った。


「あ、あほかぁ!? 数数えてる間に攻撃してくるヤツがどこにおんねん!?」

「……ここにいるわ」

「数数えてる間、鬼は無敵なんや!」

「……なら、問題ないじゃない」

「物理的に無敵なんやのぅて、心もち無敵やねん! 精神的にや! 一般常識的に!」


 そんな常識は知らない。


「あぁ、そうかい! 姉さんがその気なら、ワイも本気でいくで!」


 地面を蹴り、真っ直ぐこちらに向かってくるスコル。

 速いっ!?

 けど、真っすぐなら……!


 私は真正面に氷の刃を放つ。


「甘いわっ!」


 スコルは、高速移動の途中で、急に軌道を変える。

 物理法則に反するような、到底生き物の動きとは思えないような変則的なカーブだ。


「ほい、もろたっ!」


 地面すれすれを凄まじい勢いで進んできたスコルが、私の足元まで来て腕を伸ばす。

 五指を目一杯広げた手が、私の胸へと伸ばされる。


「これで……タッチやぁ!」


 が、スコルの腕は私に触れる直前におかしな方向へと曲がった。……曲げてやった。


「ぎゃあああ!?」


 関節がおかしな方向に曲がり、スコルは悲鳴を上げる。

 私は体を覆うように、目に見えない結界を纏っていたのだ。

 この結界は、触れると高速で回転を始め、触れた物体を左右のどちらかに吹き飛ばす性質がある。

 スコルの手は、無防備にこの結界に触れたせいであらぬ方向へと強制的に曲げられたのだ。


「いっだぁ~…………けど、姉さん、ホンマにおもろいわ! 俄然、燃えてきたでぇ!」


 スコルの眼が爛々と輝く。

 正直に言えば、私は焦りを感じていた。


 今の結界も、ずっと展開しておくわけにもいかない。一度その実態を見せてしまうと、もうこの次には引っかかってはくれないだろう。そんな物を維持するのは魔力の浪費に他ならない。


 ここは、一度逃げる!


 私は、裏路地の細く入り組んだ道に足を踏み入れ、適当に右折左折を繰り返し、スコルを撒こうと試みる。

 おそらく無駄なのだろうが……少しでも姿を隠した方がいい。

 そうすれば、奇襲を……


「奇襲は無理やで、姉さん」


 突然、頭上から声が降ってきた。

 見上げると、二階建ての家屋の屋根にスコルがいた。


 私は急ブレーキをかけ、後方へと飛び退く。

 無理な運動のせいで心臓が悲鳴を上げる。


「狼は狩猟のプロやで? そんな可愛らしい走り方で逃げ切れるかいな」


 接近されたことにまるで気が付かなかった。

 先ほど痛めたはずの腕も、もう何ともないようだ。

 体力に差があり過ぎる。

 ……魔力の無駄遣いになるけれど、小細工をしてどこかに身を隠さないと。


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 魔力を少しずつに小分けして、小さな火球をスコルに向けて放つ。

 二発、三発四発、五発……と、緩急をつけて、数十発の火球をスコルに向けて発射する。


「ぎゃはっはぁ~! なんやのん、これ? 何企んではりますのん?」


 スコルは楽しそうに、飛んでくる火球を次々叩き落としていく。


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 風を起こし、裏路地に積もり積もった埃を巻き上げる。


「目くらましなんか、効果あるかいな!」


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 その埃に引火するように、火球を放つ。


「うぉっ!? ちょ、ちょっとビビってもたやないかい……やるなぁ、姉さん」


 まるで効果はないが。スコルが一瞬体を固くした。


「んで? 何を企んではりますん?」

「……さてね」


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 もう一度、無数の火球を発生させ、一斉にスコルを襲わせる。


「いくらやっても、こんなもん、ぽぽぽぽ~ん、やで!」


 ぽぽぽぽ~んと、火球を次々叩き落としていくスコル。

 その火球の中に、ウニのような刺を持った魔法生物を忍ばせておいた。

 下級召喚魔法で呼び出した、ただトゲトゲしただけの生き物。それを、スコルは気付かずに叩く。


「痛ったっ!? いったぁ!? なに、これ!? 何混ぜてくれてんのん、自分!?」


 とげが刺さり、手のひらにふーふーと息を浮きかけるスコル。

 目尻に涙の粒が浮かんでいる。


「ちょっと、悪ふざけはいい加減に……!」


 スコルはやや不機嫌そうに、手のひらからこちらへ視線を向ける。

 そのタイミングを狙って、まばゆい光を放つ光球を発生させる。

 これまでわざとゆっくり行ってきた高速詠唱とは違い、本気の速度、刹那と呼ぶにふさわしい一瞬のうちに詠唱を終える。

 完全に油断していたのか、スコルは発生した光球を直視した。

 光の届かない洞窟内を煌々と照らす、光の魔法だ。

 それが目の前で発光し、スコルは両目を押さえて悶絶した。


「んのっぅっ…………………………! アカンアカンアカン! アカァーン! これ、アカンやつや!」


 今だ。

 視界を奪われたスコルに背を向け、私は全速力で裏路地を駆け抜ける。

 足元に風の魔法を発生させ、人間の限界を超えた速度で移動する。

 あっという間にスコルとの距離が広がり、私は手近な建物に飛び込んだ。

 ……この時間を稼ぐために二発分の魔力を使ってしまった。けど、これで時間が稼げる。


 そこは木製のボロ屋で、酷くカビ臭かった。

 さっと室内を見渡すと……朽ちた教会のような場所だった。

 息をひそめるようにひっそりと、見たこともない化け物を模した像が飾られている。

 密教の隠れ教会だろうか。

 あの化け物が信仰の対象だとすれば、悪魔信仰の教会なのかもしれない。


 体の半分から骨が露出し、獣の顔を歪めた化け物が十字架に張りつけられている像。

 その周りには、人間と思しき頭蓋骨や、獣の骨などが無造作に積み上げられている。

 ボロボロの黒い布が天井からぶら下げられ、壁のあちこちには不気味なペイントが施されている。まるで鮮血のように、赤く、おどろおどろしく……


「……悪趣味な建物」


 しかし、この際贅沢は言っていられない。

 とにかくスコルを一撃で仕留める方法を考えなくては。


 先ほどの目くらましは見事に成功した。

 けれど、そんな不意をつかれた状態でも、スコルに隙はなかった。

 あそこで魔法を放っていても、スコルはそれを喰らい、そして私に反撃してきただろう。


 数十メートルという距離は、スコルにとって無いにも等しい。射程圏内なのだ。


 もっと遠くから、確実に仕留められる魔法を……

 中途半端な魔法ではスコルの前進は止められない。ほんの数秒間で距離を詰められ、次の魔法を放つ前に私は負けてしまうだろう。


 何か、スコルの動きを完全に封じる魔法が必要だ。


 氷漬けにする?

 いや、全身を焼かれても行動が抑制されなかったのだ。氷にも期待は出来ない。


 速度でいえばイカズチか光だが……速いだけではスコルは止められない。


 爆発、氷の刃、結界、魔力を分散させての火球と目くらましの光球、それに移動の風……もう半分も魔法を使ってしまった。これ以上無駄には使えない……


 その時、ドスッ! と、屋根の上から音が聞こえた。

 木造のボロ屋が軋む。

 屋根の上に、誰かが着地したのだ…………スコルだ。

 もう見つかった。


 ……ならっ!


 私は屋根に向けて特大のイカズチを放つ。

 木造の屋根を突き破りイカズチが外へと飛び出していく。

 あと四回……


「危なっ!? はい、外れ~!」


 開いた穴からスコルが顔を覗かせる。

 そのタイミングで、もう一回イカズチを放つ。あと三回……


「ぅおっ!? っぶなぁ!? 姉さん、ホンマ意地の悪い攻撃してくんなぁ!?」


 もう一度、穴からこちらを覗きこんでくるスコル。

 そこで、床に向けて魔法を放つ。――アースクエイク――

 ボロ屋が倒壊しそうなほど激しく揺れる。あと二回……


「ぅわっ!? ちょっと!?」


 大穴から、スコルが落下してくる。

 私の目の前に落ち、床を突き破る。


「いたたた……もう、滅茶苦茶しますなぁ、ホンマ……」


 と、顔を上げたところへ、光のレーザーお見舞いする。……あと一回。

【搾乳】が使ったリュゼアンジュの簡易版のような、聖なる光線だ。

 簡易版とはいえ、威力は絶大。岩山の形を変えるくらいのことは可能な威力を持っている。


 しかし……



「う~ん! ……デリィ~シャスや」


 スコルの大口が、凶暴な光線を丸呑みにしてしまった。

 大きな口を、長い舌がペロリと撫でる。


「惜しかったなぁ、姉さん。色々工夫を凝らしたみたいやけど、もうおしまいやな。残りの魔力はあと一発分。どんなに小細工をしようとも、ワイを降参させる…………のは…………無………………」


 勝ち誇っていたスコルの言葉が急にとまる。

 眼を見開き、口をあんぐりと開け、小刻みに震えながら、私を……いや、私の後ろを凝視している。


「な…………んなぁ………………んなじゃぁああ、こりゃあぁあ!?」


 スコルの絶叫が轟き、危うくボロ屋が吹き飛びそうになる。

 私は背後を振り返り、スコルの視線の先になるものを見る。

 そこには、先ほどの不気味な化け物の像があった。


「き、きき、気っ色わっるぅ~! なんやねんな、この不気味な場所!? ぎゃああ! 血っ! 血ぃや! 壁にめっちゃ血ぃ付いてるやん!?」


 スコルが大声で叫ぶと、古い家屋が軋みを上げる。


「いやぁぁああ! 今、なんか音聞こえへんかった!? 絶対聞こえたよな!? 聞いたやろ!?」


 スコルが騒ぐせいで、天井から垂れさがっていた黒いボロ布が揺らめく。


「ぎゃああああああああっ! い、今、なんか動いた! なんかいたて、絶対! 視界の端っこに黒いの横切ったもん!」


 スコルが半泣きに…………いや、完全に泣いている。号泣だ。


「アカン! アカンて! ここ絶対やばいとこやって! 出よ! ここ出て、もう一回やり直そ! な!? そうしよっ!」


 涙目のスコルが私に向かって訴えかけてくる。

 そう言えば、呪いのようなものが『ごっつぅ苦手やねん』と言っていた気がする。

 腰が抜けたのか、腕を伸ばして私に差し出している。……立たせろというのか?


「……あっ、アレは何?」

「ぎゃあああああ!」


 何もないところを指さして思わせぶりな発言をすると、スコルが悲鳴を上げた。


「やっ、やめぇやあ! そういうの、茶化したら、ホンマに怒りはるんやで!」

「……何が?」

「な、なにて……決まったぁるやんか! そ、その、ゆ、ゆ、ゆう……」

「……幽霊?」

「あかんて! 口に出したら集まって来はるんやから!」


 みっともなく取り乱すスコルは、ついには頭を抱えて完全に俯いてしまった。

 …………勝機。


「……それはそうと…………」

「な、なんやんねんな? ワ、ワイ、もう見ぃひんで? ここ出る言うまで、絶対顔上げへんからな!」

「…………それはいいけれど…………あなたの後ろに……」

「後ろとか言うなやぁ!」

「……でも、あなたの後ろに…………今……」

「だ、騙されへんぞ! そんなこと言うて、ビビらせよう思ぅてるだけや! 分かったぁんねん! バレバレや!」

「……なら、別にいいけれど…………」

「……けど、なんやねん? そんなとこで切られたら、続きメッチャ気になるやん!? 言いやぁ!」

「………………」

「なんで黙んねんって!?」

「……あなたの、後ろに…………」

「わぁかったわぁ! 見たらええんやろ、見たら! どうせ何も無いんは、分かったぁるけどな!」


 勢いに任せてスコルが顔を上げる。

 そして、極力他のものを見ないように、素早く後方へと顔を向ける。

 スコルの背後には…………何も無い。


「ほ、ほらみろや! 嘘やったやんけ! しょ~もないことすんなっちゅうねん、ホンマ!」


 勝ち誇って、スコルがこちらへと振り返る。

 そのタイミングで、私はゴヌーン・タァークルを発動させた。


『…………んぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっ!』

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 漆黒の怨念が姿を成し、恨みの声を上げてスコルへと襲いかかる。


 残りの魔力……ゼロ。


 しかし。


「……降参する?」

「………………」


 スコルは気絶していた。

 軍配は私に上がったと判断するのに、十分な状況だった。








いつもありがとうございます。



『目』と『眼』で通じ合う~


などと申しまして……


今回は『め』の漢字が色々入り混じっておりました。


一応、くりっとした可愛いのは『目』

獣とか、殺気むんむんとか、ちょっと怖いのが『眼』としております。

あまり細かい線引きはされておりません。

なんとなく、画数多い方がかっこいい、みたいなノリです。



そんなわけで、今回はフランカVS関西弁でした。

よくしゃべる関西弁はボケになりやすいかと思いきや、

ツッコミにした方が書きやすいのです。


笑いは、ツッコミから生まれる!


柔軟なツッコミ役は、貴重な存在です。

フランカ相手でも漫才になりますからねぇ。

フランカ、本当に口数が少ない……



そんなフランカがこういう位置づけになったのは…………





~ある日のオーディション~


P「とまとちゃん! タイトルなんだけど『巨乳と始める魔導伝』に決定したよ! これ、どうよ!?」

とまと「いいですね! 今作は、『魔力がない魔導士が巨乳を揉んで魔法を使う』がテーマですので、巨乳ヒロインをいっぱい出しましょう!」

P「パイオツカイデーのかわうぃ娘ちゃんいっぱい採用しちゃえばいいじゃん!」

とまと「出演者全員おっぱいぽい~んですね! いいですね!」


――ドンドンドンッ!


とまと・P「!?」

とまと「……な、なに?」

P「……ノック?」

とまと「あんな、恨みの籠ったノックなんてあります?」

P「じゃあなにさ?」

AD「あ、あの~、最初の方、お見えになったようです」

P「じゃあ、入ってもらって」

AD「はい」

とまと「最初のボインちゃんですね」


――ドンドン!


とまと「!?」

フランカ「……失礼します」

とまと「……あの、今のは?」

フランカ「……ノックです」

とまと「力加減おかしくない?」

フランカ「……いえ、別に」

とまと「そう?」

フランカ「……それはそうと、タイトルを変えましょう」

P「まだ採用も決まってないのに、制作に口挟んできちゃったよ!?」

フランカ「……タイトルはインパクトが大事です。ですので、…………(まぁ、巨乳が抜ければ何でもいいや。あ、最初のセリフでいいじゃない)……『どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです』とかどうでしょう? インパクトありありです」

とまと「た、たしかに、インパクトはある……かな?」

フランカ「……次に。ヒロインに求められるのは個性と愛嬌です。私の知り合いに、とてもチャーミングな美少女が何人かいますので、紹介させていただきます」

P「いや、だから、まだ君の採用は決まってないんだけど……」

フランカ「……私、兄からは『世界一可愛い』と言われております」

とまと「うん、可愛いのは認めるけどね」

フランカ「……あと、『フランカたんぺろぺろ』が兄の口癖です」

とまと「そのお兄さんは、一度大きな病院で診てもらった方がいいかもしれないね!?」

フランカ「……それで、私の知り合いの美少女なんですが」

P「一応、話を聞いておこうかな」

フランカ「……エイミーという、活発で可愛い娘がいます。それから、ウルスラというクールビューティー系の美少女と、オイヴィという個性的なロリっ子がいます。あぁ、それからシルヴァとルエラという、堪らなく可愛らしい美少女も。みんな採用して損はありません」

P「そ、そう? じゃあ、折角だから採用しちゃう?」

とまと「そうですね。美少女なら、みんな大好きですからね」

フランカ「……では、その娘たちには私から連絡を入れておきます。では、失礼します」


――コツコツコツ……ペコリ……キィ……バタン。


フランカ「…………計画通り」




――と、こうして今作の平均おっぱいはフランカの思惑通り引き下げられたのでした。


信じるか信じないかはあなた次第!!




次回もよろしくお願いいたします。


とまと

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