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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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11話 ギルドのボスとご対面

今回からしばらく説明が多くなります。

なるべく読みやすくなるよう心掛けてはいますが……



是非ご笑覧くださいませ

「国を、追われた…………って、それは一体……」


 ルゥシールが不安げに口を開く。が、その言葉は近付いてきた複数の男たちの声によって遮られることになった。


「全員そこを動くな!」


 やってきたのは、全身に鋼の鎧をまとった厳つい顔のオッサンが四名。

 ギルドに所属する職員たちだ。職員といっても、見た目は戦士そのものだが。

 ギルドの支部がある関係で、この村の守衛を兼任しているのだ。村でのトラブルの対応や、森で暴れる魔物の討伐などを請け負っている。


「全員に話を聞かせてもらう。ギルドへ来てもらおうか」


 こちらの都合も考えずに一方的な物言いだ。

 話し合いなど出来そうもない、力による解決しか能がないと宣伝して回っているも同然の顔つきと筋肉だ。まともな事情聴取など期待出来ないだろう。

 とはいえ、無碍にすればこちらの立場が悪くなる。

 もうしばらくはこの村に滞在しなければいけないし、ギルドはどんなに末端であってもすべてが繋がっている。ここのギルドと揉めれば、世界中のギルドを敵に回すことになる。

 行く先々で素材の買い取りを拒否されては死活問題だ。

 ここは大人しく従っておこう。


 ギルドの職員たちは、やじ馬も含めて全員をギルドの支部へ連れていくつもりらしい。

 当然、村人からは不満の声が上がる。そりゃそうだろう、見ていただけでまったくの無関係なのだから。

 しかし、そんな訴えが聞き入れられるほど、ここの職員どもは柔軟ではない。

 大方、「関係者を全員連れてこい」と上から言われて、それを実直に守っているのだろう。

 脳みそまで筋肉で出来ていそうなタイプだしな。


 俺は、不満を漏らす村人たちの間を縫って、ルゥシールへと歩み寄る。

 こいつは人間の世界に慣れてないだろうから、あらかじめ釘を刺しておく必要があるだろう。


「ルゥシール」

「はい、なんでしょうか?」

「あのオッサンどもは見た目通りの脳筋で話し合いという文化的行動が取れないサル以下の生き物だが、小物だからこそ性格がねちっこくて敵に回すのは厄介だ。刺激するような言動は慎めよ」

「…………そこまで分かっていて、どうして刺激するような言動をと取るんですか?」


 ルゥシールの顔が物悲しそうに歪むと同時に、俺は暑苦しいオッサン四人に取り囲まれていた。


「詳しく話を聞かせてもらおうか…………ゆっくり、たっぷり、ねちっこくな」

「おぉうっ!? なんだ、なんで俺に四人がかりで……他にも関係者いるだろうが! おい、こら、引っ張るな! 平等に扱えよ! こら、人の話を聞けよ!」


 俺は両脇を固められ、ズルズルと引き摺られていく。

 オッサンたちは嗜虐的な笑みを浮かべたまま乱暴に俺を連行していく。

 そんな俺の後を、不安げな表情をしたルゥシールがパタパタと足音を鳴らし追いかけてくる。ハラハラしたあの表情は、きっと俺の身を案じているのだろう。

 心配するな、ルゥシール。こんなオッサンなど、その気になれば一撃で吹き飛ばせるのだ。


「心配です……『その気になれば一撃で吹き飛ばせる』とか思って、また不用意な発言をしなければいいんですが…………あぁ、不安ですっ!」


 それからしばらくして、俺とルゥシールはギルドの応接室へと押し込められたのだった。







 応接室に現れたのはこの冒険者ギルドの支部を任されている老齢の職員、ドーエン・バーグマン。テーブルを挟んで向かい合うソファの、上座の方へと腰を下ろす。

 元冒険者だったらしく、ジジイのくせに無駄にガタイがいい。座った拍子に微かに床が振動した。

 実力と人望共に申し分のない絵に描いたような親分肌で、老若男女を問わず多くの者に慕われているらしい。

 そんなドーエンは、この村の者たちに支部長と呼ばれてるのだ。

 まぁ、それはいいとして……


「おい、ジジイ」

「ご主人さん、支部長と呼ばれていると理解していながら、なぜジジイ呼ばわりするんですか!?」


 ルゥシールは細かいことを気にし過ぎる。

 そんなもん、見た目がジジイだからに決まっている。人間は目からの情報が八割を占めるのだ。で、あるならば、俺にとってこの目の前のジジイは八割以上がジジイであり、支部長などという目に見えない残り二割は考慮するに値しないのだ。


「全取引停止にしちまうぞ、クソボウズ」


 ジジイが怒れる笑みを浮かべて俺を脅してくる。

 とんでもないジジイだ。

 権力を笠に着て横暴な態度を取るなどと……人間のクズと言ってもいい。


「俺は、ブレンドレルの第一王子だぞ?」

「ご主人さん。『権力を笠に着て云々』が見事にブーメランです……」


 宥めるような手つきで俺の腕を優しく叩くルゥシール。

 さりげないボディタッチ……なに、ワザとやってんの? 俺をドキドキさせて寿命を擦り減らすつもりか?


「ふん。ガキが、色気づいてんじゃねぇや。キレーな姉ちゃんに触られて締りのない顔しおってからに」

「はぁっ!?」

「ふへっ!?」


 ジジイの言葉に、ルゥシールの顔が赤くなる。指摘されて驚いたのか、慌てた様子で腕を引いてしまった。

 俺の顔も、若干温度を上げる。


「あ、あの、ご、ご主人さん?」

「やっ、違うぞ! 別に俺はニヤケてなんか……」


 戸惑ったような顔でこちらを見てくるルゥシールに、俺の鼓動は加速度的に収縮を繰り返す。

 ヤバい…………さっきまで触れ合っていた場所が熱を持っている気がする。妙に、熱い……


「ほぅれ、上書きじゃ」


 そう言って、さっきまでルゥシールが触れていた場所に、ジジイの手が触れる。「ぬたぁ……」と音がしそうな、ムカつく触り方で。

 上書きされたぁ!


「テメェ、上等だ! 微塵斬りにして、大きなお鍋でじっくりことこと煮込んでやるっ!」

「やれるもんならやってみろ、小童が! 言っとくがな、この支部の中では支部長であるワシがトップじゃ! 神じゃ! 王族だろうが枢機卿だろうが、敷地を出るまではワシに逆らうことは許さんぞ!」

「何が神だ!? 今すぐ仏さんにしてやるぜ!」

「ハッ、コゾーがっ! 素手でミノタウロスをぶちのめし、【暴走原始人】の二つ名を世界に轟かせたこのワシに勝てるつもりか!?」

「楽勝だね! 圧勝だ! 【搾乳の魔導士】の恐ろしさ、見せてやんよ!」

「お二人とも、二つ名が非常に残念ですよ!? 誇らしく語っていい二つ名じゃないですからね!」


 睨み合う俺とジジイの間に割って入り、ルゥシールが声を上げる。

 顔を近付けてガンの飛ばし合いをしていた俺とジジイの間に割って入ったもんだから、ルゥシールの巨大な胸が俺たちのすぐ目の前でゆっさりと揺れた。それはもう、すぐ目の前で!

 とんでもない迫力だった。


「あー……こほん。取り乱してすまん」


 ジジイが背もたれに深く沈むように座り直し、咳払いをする。

 急接近してきたド迫力ウェポンに面喰らったようで、シワの刻み込まれたカサカサの頬を微かに染めている。


「エロジジイ……」

「しょうがなかろう! あれは卑怯じゃ!」


 俺たちの会話から事態を察したルゥシールが慌てて胸を両腕で隠す。

 ……だから、隠れてないって。


「ゥオッホンッ!」


 わざとらしくデカい咳払いを挟んで、ジジイ――ドーエンは真面目な声で話を始めた。


「事情は、村の者と武器屋からの聞き取りでおおよそ理解出来ておる」


 エイミーや武器屋のオヤジ。それから現場にいたやじ馬たちが事情を説明してくれたようだ。

 特に武器屋のオヤジは事のあらましを正確に伝えてくれたようで、今回の騒動の原因が破砕の闘志デリックたちにあると、目の前のジジイは判断したようだ。

 もっとも、デリックは行く先々で問題を起こしていたらしく、随分前から目を付けられていたらしい。

 ただ、高レベルの戦士にこれまた高レベルの魔導士が二人のパーティーは強力で、なかなか手が出せなかったらしい。


 ちなみに、真っ黒シスター・ナインちゃんことフランカは、職業的にはシスターなのだが魔導士という括りに入る。

 そもそも、魔法が使える者は全員【魔導士】と呼ばれるのだ。

 騎士や武闘家、アーチャーや海賊、盗賊、山賊など、武器を駆使して戦闘を行うものを一様に【戦士】と呼び、【魔導士】と【戦士】を含めた、戦闘を生業としており尚且つ冒険者ギルドに所属している者たちを全部ひっくるめて【冒険者】と呼ぶ。


 そんなわけで、フランカを例に出すと、あいつは【冒険者】の中の【魔導士】の中の【シスター】ということになる。


 こういう呼び方をするのには理由がある。

 職業という概念が曖昧過ぎるのだ。

 あの、全身真っ黒で呪術を使うフランカが【シスター】なのだ。職業の定義の曖昧さがよく分かるというものだ。


 かくいう俺も、明確な職業というものを持たない。

 基本的な戦闘スタイルは剣がメインなので【戦士】なのだが、かなり高レベルの魔法が使えるために【魔導士】と言われることが多い。何より、単純に職業でいうならば【王子】がそれにあたる。

 しかし、今の俺は全然【王子】としての仕事をしていない。


 そういう人間が多いので、わけが分かんなくなったらとりあえず【冒険者】を名乗っていれば間違いではないのである。


「冒険者同士のトラブルは両成敗が慣例なんじゃが……」


 ドーエンが目を細めてこちらをチラリと見る。

 ドーエンの視線は俺の腰付近、ミスリルソードに向けられているようだ。


「武器を破壊させろと襲い掛かってこられりゃ、ぶっ飛ばすわな、普通は」


 俺の正当性を、ドーエンは重々承知しているのだろう。

 当然だ、俺は被害者なのだから。


「しかしじゃ。村で騒動を起こした輩に対して処罰なしでは示しがつんじゃろう?」

「いや、待て。騒動を起こしたのはあの筋肉だるまの方だろう?」

「何を言っておる。村の真ん中で巨大な魔法ぶっ放すわ、公衆の面前で美人な姉ちゃんの乳を揉みしだくわ」

「う……」

「実際のとこ、『あの羨ましい男を処分してほしい』って声の方がデカいくらいじゃったぞ? 主に男どもからの要望じゃがな」

「……村人共め」

「そんなわけでじゃ、お前も村のためにちょっくら働いてくれや」


 ドーエンがニカッと白い歯を覗かせる。

 ジジイの笑顔など、不気味以外の何物でもない。……嫌な予感しかしない。


「何をやらせる気だ?」

「大したことじゃない。ちょっと、魔法を教えてほしいんじゃよ」

「はぁ!?」


 魔法は、個人の素養と必要な知識があれば誰でも使うことが出来る。

 まぁ、その【素養】がないヤツがほとんどなので『誰でも』という表現は語弊があるが。

 しかし、可能性はすべての人間が平等に持っているのだ。

 そのため、魔法を教える学校や施設がいくつも存在する。

 王都に行けば、通りの両側にずらりと並ぶほどだ。魔法が使えるようになれば、人生安泰だからな。

 強力な魔法を覚えれば冒険者として稼ぐことも容易になるし、治癒系の魔法を覚えれば教会で聖職者になることも可能だ。

 そして、魔法の素質のあるものは王宮に士官することも可能なのだ。

 スラム出身者が魔法の才能のみで伯爵にまで上り詰めたという話もあるほどだ。

 そんなわけで、魔法を教わりたい者は後を絶たない。それゆえに、魔法を教える者も多数いる。需要が増せば供給も増えるのだ。

 だが、いくら供給が増えたとはいえ現状はまだまだ不足しているため、学べる者は限られている。需要は常に過多なのだ。

 そうなれば、当然魔法学校へ支払う授業料は高騰していく。

 何万Rb支払ってでも魔法を習いたい者は多数いるのだ。

 そういう意味でも、魔法を習得すれば安泰といえる。どんなにレベルが低くとも、魔法さえ使えれば学校が開けるのだ。食うに困らない収入が約束される、美味しい商売だ。


 それを、タダでやれというのか?


「そんな顔をするな。表向きにでも罰を受けておけば、今後もこの村に滞在出来るんじゃぞ。お前、何か目的があってここにおるんじゃろう?」


 騒ぎを起こした者への懲罰。それは、見せしめという意味でも必要なものだ。

 理由を付けて処罰を保留にすると、その前例を盾に悪さをする輩が出てきてしまうからだ。

 下手に線引きはするべきではない。


 それは分かるのだが……


 ドーエンの不敵な笑みが気に入らない。

 分かりやすく足元を見られている。俺にそう感じさせているのもワザとだろう。

 何か裏がある。それを暗に示すことで俺に村の事情でも聴いてほしいのだろう。そして、村の事情を聴けば、俺がその頼みを断れなくなる確信していやがる。

 ほら見ろ、何かを話したくてうずうずした顔をしている。

 見せしめ的な罰だの、示しがつかないだのはあくまで建前だ。


「幸運にも二つ名持ちの魔導士が村にやってきたから、うまく利用してやろう……って、顔に書いてあるぞ」


 俺の指摘に、ドーエンは悪びれるでもなく、戸惑いもせず、悠然と笑みを浮かべている。

 これだから年寄りは嫌いだ。何でもかんでも「想定の範囲内だ」みたいな顔しやがって。

 だいたい、罰で魔法を教えろというのなら、ジェナやフランカにやらせればいいのだ。あいつらだって、高レベルの魔導士なのだから。


「あの二人は拘束して王都へ強制送還じゃい。王都からギルドの護送部隊が到着次第引き渡す。……奴らは罪を犯し過ぎたからのう」

「だったら尚のこと、強制労働させればいい。安くあがるぞ」


 ドーエンが一瞬顔をしかめ、深く沈んだ表情を見せた。瞼を閉じ、深い息を吐く。


 ジェナとフランカは、デリックと共謀し多数の冒険者を襲撃した。中には、冒険者生命を絶たれた者もいたそうだ。奴らが人を殺めたかどうかは、言葉を濁されたが……まぁ、察しはつく。

 力を持つと、その力を誇示したくなる。顕示欲に取りつかれた者は正常な判断力を失うことが多く、罪を犯す者も比例して多い。

 怯える冒険者の視線を浴びることで、自分たちが神にでもなったかのような錯覚を覚えるのだろう。なんにせよ、奴らはやり過ぎたようだ。

 王都へ強制送還された後の処遇は俺に知る由もないが、ろくな扱いは受けないだろう。冒険者ギルドの中にも、奴らに恨みを抱くものは複数いるのだから。


 とはいえ、犯罪者に魔法を教わった者が犯罪者になるわけではないし、逆に聖職者に魔法を教わった犯罪者もいる。あの二人が指南役として不適格というわけでもないはずだ。

 監視でもつけておけば、暴れることもないだろうに。


「犯罪者は、なるべく避けたいんじゃよ。教えるのは十にも満たない子供たちじゃからな」

「子供に教えるのか? 大人は?」

「大人は勉強なんぞしてる暇はないわい。もうすぐキャラバンが来るんじゃ。自分の仕事で手一杯じゃよ」

「それで、手伝いも出来ないようなガキばっかりってわけか?」

「まぁ、そういうことじゃな」


 ガキの相手は苦手だ。まず話を聞かない。そして、落ち着きがない。

 天敵と言ってもいい。


「多感な時期じゃからな、なるべく悪い影響を与えない人物に頼みたいんじゃよ」

「俺なら、悪影響はないと?」

「まぁな」

「いえ、それは買い被りというものですよ、ドーエンさん」


 うるさいよ、ルゥシール。

 いい大人の鑑ともいうべき俺に向かって。


「なぁに。いくら【搾乳の魔導士】とて、十にも満たない子供には欲情せんじゃろう」


 ガハハと笑うドーエンに対し、ルゥシールは深く沈んだ表情を見せる。


「……それが、十二歳の少女に対しては……すでに」

「なんじゃとぉ!?」

「待て待て! 俺がいつ十二歳の少女に欲情した!?」

「足の裏を舐めさせろって言ったそうじゃないですか」

「いや、だから、それには理由が……」

「言ったのか、貴様ぁ!?」


 ドーエンに胸倉を掴まれた。

 ぶっとい腕が俺を締め上げる。強制的に立ち上がらされ、つま先立ちを強要される。

 ……っ、馬鹿力め!


「【魔力伝導率】だ! 足の裏は魔力の流れが激しい部分なんだよ!」


 意味が分からないという顔をしつつも、ドーエンは俺を解放する。

 ……っていうか、何をそこまで本気で怒ってるんだこのジジイは。自分の孫でもあるまいに。


「説明をしてもらおうか」

「わたしも、聞きたいです」


 ルゥシールはドーエンの隣に腰を掛け、二人は俺と向かい合う。

 仕方なく、俺は簡単な魔力の講義を開く。


 魔力は、人間や魔物の体内に存在する。それと同時に、この世界にも充満している。濃度の差があり、中には一切魔力のない場所もあるが、概ねどこにでも魔力は存在している。

 強力な魔物からは魔力が漏れ出し、その近辺の魔力濃度を引き上げることがある。

 また同様に、強力な魔力を持つ人間やアイテムの周りでも魔力濃度は高くなる。

 そして、濃い魔力は強力な魔物を呼び寄せる。そうすることでその付近の魔力はさらに濃くなり、その付近に住む者へ影響を与え、影響を受けたものは強力な魔力を有することになりまた付近に影響を…………と、こういうことを繰り返すことで世界に魔力は満ちていく。

 世界と人間、または魔物は、魔力により繋がっている。人間も魔物も、魔力で繋がる世界の一部なのだ。


「という前提を理解した上で、質問だ」

「えっ!?」


 突然話を振られたルゥシールが目を丸くする。

 質問と聞いて明らかに狼狽している。

 ドーエンは隣でどっしりと構えている。少なからず魔力に関する知識を持っているのだろう。

 よし、いじめるならルゥシールだ。


「人間の中にある魔力が、世界と最も強く繋がっている場所はどこだと思う?」

「え…………っと……」

「人間の体内へ流れ込み、また体外へと流れ出ていく魔力を想像してみろ。もっとも魔力の反応の高い場所はどこだ?」

「…………心臓、ですか?」

「そうだ」


 俺が頷くと、ルゥシールはホッと息を漏らす。


 人間の持つ魔力が最も高まる場所は心臓だ。

 心臓で魔力が生み出されるとも、体外から流れ込んだ魔力が心臓に溜まるとも言われている。人間が魔力を蓄える仕組みはいまだ解明されていないが、集まる場所が心臓であることは間違いない。

 では、その魔力が流れ込んでくるのはどこからか……


「ジジイ。どこだと思う?」

「知らん!」

「……なんで自信満々なんだよ?」

「知識なんぞ無用じゃ! 魔力がそこに存在し、使いこなせれば問題ないわい!」


 ……絵に描いたような脳筋だ。

 こいつの態度は自信の表れではなく、諦めの境地だったのか。


「魔力には、流れやすい場所とそうでない場所がある。これは物質にも言えることだ。その流れ易さや流れ難さを【魔力伝導率】という。伝導率の低い物質で鎧を作れば、魔法防御の高い物になるだろう」


 逆に、魔力伝導率の高い物質で武器を作れば、武器に魔力を纏わせることが可能になる。

 ミスリルなどは魔力伝導率の極めて高い鉱物だと言える。


「人体において、伝導率の高い場所は体内……口の中とか目、鼻といった粘膜部分だな……それと、足の裏だ」


 粘膜部分の魔力伝導率が高いのは、皮膚と比較した結果だ。なので、魔力を回復させる薬は塗り薬より飲み薬が圧倒的に多い。

 そして足の裏だが。この部分の皮膚は、他のどの部位よりも魔力伝導率が高い。これは、命の恵みを与える大地と人間を結びつけているのが足の裏であるせいだと推測される。


 以上のことを踏まえ、俺の魔力吸収体質を考察すると……


「魔力を吸収するのに適した行為は、『キスをする』か『乳を揉む』か『足の裏を舐める』のが最適だと言えるわけだ」

「……どれもこれも、清々しいまでに変態チックですね」

「『乳を吸う』というのが最強の……」

「すみません、ご主人さん。ちょっと黙ってください」


 ルゥシールがドン引きをしている。

 無意識なのかなんなのか、自分の体をぎゅっと抱き寄せ、膝を曲げて足の裏を地面から浮かせている。

『わたしにはしないでください』という意思表示か? いい度胸だな、コノヤロウ。フルコースをお見舞いしてやろうか?


「それで、お前は十二歳の少女の足の裏を舐めようとしたのか?」

「あぁ。もちろん、合意が得られればだがな」

「合意の上でも十分犯罪ですけどね……」


 憐れむような目で、ルゥシールが俺を見つめている。

 なんだ、コノヤロウ、乳揉むぞ?

 失礼なルゥシールは無視して、ドーエンに向かって説明を続ける。


「この村にエイミーってヤツがいるんだがな……」

「あぁ。村外れの牧場の娘じゃな。赤い髪を肩口でふたつに結んだ気の強い娘じゃろ? 少々口は悪いが、家族思いの優しい娘じゃ」

「……詳しいな」

「村の守衛責任者として、村人のことは熟知しておる。特に幼い子供たちは最優先保護対象じゃ。なんだって知っておるよ」


 こんな厳ついジジイが幼女に詳しいと言われると、なんとなく犯罪の匂いがしてくるな。

 大丈夫か? 深い意味はないよな? 他意はないんだよな?


「そのエイミーなんだが、十二歳だとは思えないほどの魔力を持っていてな」

「やはりそう思うか?」


 ドーエンの瞳が鋭さを増す。

 微かに空気が張り詰める。どこか、思いつめたような雰囲気だ。


「その子だけでなく、この村の子供たちはみな魔力が高い。他の町の子供たちでは考えられないほどにじゃ。ワシが知る限り、ここ二~三年の間で急成長したようじゃな」

「昔はそうでもなかったんですか?」


 ルゥシールの問いに、ドーエンは首肯する。


「本人を含め、村の者たちは気付いていないようじゃが、子供たちだけがこの数年で体内の魔力量を急激に増やしておる。異常な成長速度じゃよ」

「森の魔物はどうなんだ? エイミーが言うには、この二ヵ月で急にグーロが出没するようになったそうだが?」

「魔物の狂暴化はもっと以前から始まっておったな。顕著になったのは……そうじゃな、それくらいの時期からかのう」

「あのご主人さん……それって、もしかして?」

「あぁ。……おそらく、古の遺跡の影響だろうな」


 古の遺跡には、神器が眠っている。

 そこから漏れ出る魔力の量が多くなったのか?

 ……誰かが介入した?


「するってぇと、遺跡の周りをうろうろしていたヤツらが怪しいわけか……」

「なんだと?」


 聞き捨てならない言葉がドーエンの口からもたらされた。

 その遺跡の周をうろうろしていたヤツというのが、俺でないのだとすれば……


「誰かが遺跡を荒らしてやがるのか……」


 マズイな。

 誰かに先を越されるわけにはいかない。

 何せ、遺跡に眠る神器は『魔力を宿した剣』なのだから。

 俺には必要不可欠な物なのだ。


「まぁ、そんなわけじゃからよ。森の魔物は物騒になるわ、怪しい冒険者が遺跡付近をうろつくわで何かと危険じゃろ? だから、子供たちに魔法を教えてやってほしいんじゃ。護身用としてな」

「付け焼刃の魔法なんか、護身術にも劣るぞ?」

「それでもじゃ。ないよりはマシじゃろう。幸い、子供たちの魔力は普通では有り得ないほど成長しておるんじゃし」


 遺跡のそばに暮らしていることで、魔力の影響を受けているのだろう。

 エイミーの魔力がずば抜けて高いのは、あいつが森の中へ狩りに出かけているからかもしれない。

 子供の肌は大人よりも柔らかく、きめ細かい。漂う魔力に対し、大人よりも影響が出やすくなっているのだろう。


「それにな…………まだ幼い子供たちが高い魔力を持つことは危険なんじゃ。【魔力の結晶】は、高く取引されるからな」


 抵抗も出来ない子供の中に大量に宿る魔力。

 なるほど。見るヤツが見れば、それは魔力の結晶と同じなのか。

 利用しやすい魔力の塊……その魔力の入れ物が“生きて”いようが構わないという危ないヤツは……確かにいるだろうな。取り出すことさえ出来れば、な。


「頼む。ワシはな、あんな小さい子供たちが危険な目に遭うのを放っておけないんじゃ」

「ドーエンさん……」


 歯を食いしばり俯くドーエンを、ルゥシールが不安そうにのぞき込む。


「…………ワシは、あの子らが可愛いんじゃよ」


 呟かれた言葉。

 筋肉ムキムキのジジイの口から出てはいけない言葉な気がするのだが……

 正直、まるで似合わない。似合わな過ぎる。

 チラリとルゥシールを窺い見ると、辛うじて微笑みを維持していた。

 しかし、微かに引き攣る口元に、「そういう意味じゃないですよね? 極めて普通の意味ですよね?」という払拭しきれない疑念が見て取れた。


「可愛い……可愛い…………ワシの、ボーイズ&ガールズ……」


 ルゥシールの表情が固まる。


「あの子たちはみんなワシのじゃ! 誰にも渡さん!」


 ドーエンが吠える。

 それと同時に、ルゥシールは音もなく立ち上がり、そそくさと俺の隣へと避難してきた。

 隣に腰を下ろすと、背中に隠れるように身を寄せてくる。

 そうか、そうだよな。怖いよな、あのジジイ。


「おっと、すまんかった。勘違いせんでくれよ、そういう意味じゃない」

「じゃあどういう意味でロリコンをやってるんだ?」

「ロ……ッ!? 馬鹿者! そうではないわ! ワシは、純粋に……っ!」

「……純粋に、幼女が好きなんですね?」

「違うと言うておろうが!」


 俺の背後からルゥシールに突っ込まれ、ドーエンは顔を赤くする。

 暴風のような鼻息を吹き出し、どっかりと背もたれに身を預ける。


「子供たちは未来への可能性なんじゃ。あの無邪気な天使たちが大きく成長し、素晴らしい未来を築き上げてくれる。ワシは、そんな希望に満ちた子供たちを大切に思っているだけじゃ。大人として当然じゃろうが!?」

「……ご主人さん。あの人、言ってることは正論なのに、なんだか怖いです」

「あぁ。俺も『無邪気な天使たち』で鳥肌が立った」

「ワシが子供たちを大切に思って何が悪い!?」


 ドーエンが激怒して立ち上がる。

 目の前のテーブルに足を乗せ、堅くこぶしを握りしめて低く響く声で叫び散らす。


「ワシは子供が好きじゃ! 大好きなんじゃぁー!」

「性的な意味でか?」

「違ぁーう!」

「じゃあ、大好物的な意味でですか?」

「そっちも違ぁーう!」


 俺とルゥシールの冷静な突っ込みに、地団太を踏むジジイ。

 怪獣にしか見えない。

 この歳で「子供が大好き」などと絶叫するとは…………こんなヤツに村の守衛を任せていていいのか?

 毎年何人か、幼女が神隠しに遭ってないだろうな?


「とにかく! ワシは不安なんじゃ! お前が引き受けてくれんというなら、ワシはこの村の子供たちを全員引き連れて安全な街へ引っ越すぞ! ワシは本気じゃぞ!」

「ドーエンさん、落ち着いてください! それは完全な誘拐ですよ!」

「捕まえられるもんなら捕まえてみぃ! 返り討ちにしてくれるわぁ!」

「ご主人さん! ドーエンさんが犯罪者として覚醒してしまいました! 悲劇が起こる前に、魔法の講義を引き受けてあげてください! この村の子供たちのために!」


 暴れるジジイを、ルゥシールが巨乳を振り回しながら押さえ込んでいる。

 ジジイの視線がちらちらそちらに向いているので、このジジイは真正のロリコンではないようだ。まだ救いの道はあるか……


「しょうがねぇな……、引き受けてやるよ」

「ご主人さん!」


 ルゥシールの表情がぱっと明るくなり、暴れていたジジイが動きを停止させる。


「……救うという名目で近付いて、邪な目で子供たちを見るなよ?」

「お前に言われたくねぇよ、ジジイ」


 とりあえず、簡単な魔法くらいは教えてやってもいいだろう。

 ただし。


「その代わり、ギルドも俺に全面協力しろ」

「全面協力? 何をさせる気だ?」

「いいことだ」

「お前が言うと、いかがわしいことにしか聞こえんな」

「だから、お前に言われたくねぇよ、ジジイ」


 子供たちに魔法を教えて自己防衛?

 そんな必要がなくなる方がもっと楽だろう。

 危険な魔物を呼び寄せ、子供たちの魔力を無責任に高めた原因の排除。


 それが、偶然、俺の目的と合致した。


「古の遺跡に眠る神器をいただく手助けをしろ」


 散々厄介ごとに巻き込まれたが、ようやく当初の目的を果たせそうだ。

 俺に面倒事を頼むんだ、相応に面倒くさいことを請け負ってもらおう。


「ただし、俺の手助けをするということは、この国に弓引くことになるが……構わないよな?」

「……とりあえず、話してみろ」


 ドーエンが落ちついた声で説明を求める。

 腹は据わっているようだ。


「まず大前提として、俺は国に追放された王子だ。それを念頭に聞いてくれ」


 俺の言葉に、ルゥシールは短い息をのむ。

 姿勢をただし俺へ体を向ける。

 部屋の中には三人だけだ。

 俺はゆっくりと、自分のことを語り始めた。


 俺がなぜ一人で旅を続けていたのか。

 なぜ、古の遺跡にこだわるのか。

 そこんとこを、ゆっくりとこいつらに説明してやるために。










まとめ

・魔法が使えると将来安心だよ

・誰でも魔法が使える可能性はあるけど、習得は難しいよ

・村の子供たちの魔力が有り得ないくらい成長してるよ

・危険だから子供たちに魔法を教えてあげてちょ

・デリックとボインちゃんとナインちゃんは後日王都へ連行されるんだよ

・魔力の通りやすさを示す【魔力伝導率】というのがあるよ

・おっぱいと唇と足の裏は魔法を吸収するベストポジションだよ

・古の遺跡の周りで不審者が目撃されたよ

・不審者で思い出したけど、ギルド長は危険なロリコンさんだよ


ザックリとこのようなお話でした。


ご高覧いただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。


とまと


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