107話 宰相の企み 忍び寄る影
「つるつるぺたぺた」
「「「「カクカクしかじか!」」」」
一斉に突っ込まれた。
フランカとトシコの目が怖い……
俺たちは一度合流し、大通り脇の食堂に身を潜めている。
みんなの意見を聞くに、町民はみんな避難したようだ。もちろん全員が城に入れるわけがないので、どこか国が所有している施設に分割されて避難していることだろう。
以前より、ブレンドレルは何度も魔獣の襲撃を受けている……というか、ゲイブマンが襲わせているのだが……そのために、町民の避難や迎撃態勢など、襲撃の対応は手慣れたものだった。
ゲイブマンがこれまで行ってきた魔獣襲撃は、一種のデモンストレーションのようなものなので街への被害は最少にとどめられている。復興特需を見込んである程度は破壊するようだが、死者はなるべく出さないようにしていたようだ。
『国民を守れる王国』を宣伝するためには、死傷者は限りなくゼロに近い方がいい。
魔物に演技を求めるなど不可能なので、避難誘導等の訓練は相当積んでいるのだろう。あざやかなものだった。
しかし、今回の一件に関しては、これまでのデモンストレーションとはわけが違う。
なにせ、ゲイブマンの目的が町民へのアピールではないのだから。
いや、アピールには違いないか。その内容が『国民を守れる王国』ではなく、『王国に仇成す元王子』と、『それを迎撃出来る頼れる宰相』というところだ。
おそらく、うまく国民を誘導してパルヴィを王の座から引きずり下ろすところまで計画に入っているのだろう。
……王位なんぞはくれてやればいいと思うが、パルヴィが危険な目に遭うのは何としても防ぎたい。
ったく、交渉してくれりゃいつだってくれてやったのに、王位なんて。
もっとも、『完全な形で奪い取ることに意味がある』とでも考えているのだろうが、あの古だぬきは。
英雄に向けられる羨望のまなざしは、そっくりそのまま支持へと変わる。信仰心と言っても過言ではない。
ゲイブマンは、完全なる王としてこの国に君臨したいようだ。
そのための『俺』であり、そのための『悪魔の子』ってわけだ。気の長い計画だこと。
というわけで、ゲイブマンに動きがあったため、一度集まって状況を確認し合っていたというわけだ。
ついでに、食堂の食いものを勝手に拝借して腹ごしらえも同時に行う。
「まぁ、そんなわけで、ゲイブマンが非常にウザいことになっている」
「……アレがウザいのは今に始まったことじゃない」
魔導ギルドに所属しているフランカは、ゲイブマンに接する機会もあったのだろう。あのシワだらけの顔を思い出してか、あからさまに不愉快そうな表情を見せる。
「……あの悪あがきハゲ」
フランカの言う通り、ゲイブマンの頭は薄い。しかし、まだ微かに生き残っている毛髪を必死にかき集め少しでも頭皮を覆い隠そうと躍起になっているのだ。残された毛根は左右の耳の上を始点終点とした頭部後ろ側半週のみ。
いっそ、ツルッパゲの方が潔くて見ていて清々しい気分になる。
その上、顔には深いシワがいくつも刻まれており、……いつもしかめっ面をしているのだろうなとはっきり分かるようなしわの入り方だ……パッと見れば百歳にも二百歳にも見える。実際は四十いくつだったと思うが。先王よりも少し年上な程度だったはずだ。
「つまり、ハゲを殲滅すればいいんですねっ!」
「うん、ちょっと違うかな! ルゥシール、お前は少し落ち着け」
頭髪の薄さを理由に襲われたのではたまらない。泣きっ面に蜂もいいとこだ。
「話を聞くに、ワタシたちはまったく裏をかけていなかったというわけだな?」
「……かけていなかったどころか、裏をかかれたようなものね」
「ふぅむ……」
テオドラが腕を組み、瞼を閉じる。
そして、再び開いた目を俺へと向けて問いかけてくる。
「ならばなぜ、ワタシたちが街に着いたと同時に仕掛けてこなかったのだ?」
「気付かんかったばぁのことじゃろ?」
「いや。ウルスラの部下たちが向こうの手中に落ちていたなら、ワタシたちの行動はずっと筒抜けだったはずだろう?」
それはその通りだろう。
少なくとも、パルヴィが得ていた情報はすべてゲイブマンに渡っていたと考えて間違いない。古の遺跡のことや、カジャ近郊の砂漠のことまでもだ。
「それなのに、ワタシたちが街に入って二週間以上も動きがなかった…………何かの準備に手間取っていたと考える方がしっくりくるのだが、どうだろうか?」
「考え過ぎやなかと?」
「……いや。ゲイブマン相手なら、考え過ぎても足りないくらいよ。あの男は、そういういやらしい男なのよ」
「ハゲのくせにいやらしいなんて……ハゲの風上にも置けない腐れハゲなんですね!」
ルゥシールよ、お前はハゲを憎んでいるのかちょっと敬っているのかどっちだ。とりあえずハゲの風上には置かれたくないぞ。
「一斉攻撃の準備に手間取ったんじゃないか」
これだけの魔獣をどこかに隠しておくなんて不可能だしな。おそらく複数の魔法陣を使って一斉に召喚し、王都に向けて放ったのだろう。
にしても、タイミング的には遅過ぎるか……
テオドラの言う通り、俺たちが王都に来ると同時に魔獣に襲わせた方が、より『悪魔の子が魔獣を引き連れて襲撃してきた』という印象を植えつけられただろうに……
何か……絶対的な勝利を確信するに足る『何か』を隠していやがるのか?
「……ゲイブマンの手のひらに乗ることは既定路線。なかなか尻尾を出さなかった敵が向こうからきてくれたと思えば幸運」
「そうだな」
ゲイブマンが派手に動いたのは今回が初めてだ。
今までは己の影をチラつかせる程度にとどめていたのに、今回は前面に出てきやがった。
いよいよ、『次期国王』になるべく、国民へのアピールを始めるつもりだろう。
そのための第一歩だ。きっとヤツは切り札を隠し持っているに違いない。絶対に落とせない一戦だからな。
「ほだら、そのハゲ散らかした爺さんば、どがん作戦で来る思う?」
トシコは、一国の宰相を『ハゲ散らかした爺さん』呼ばわりである。
まぁ、いいけどな、事実だし。
「この程度の魔獣ばいくら掻き集めても話んならんべや? ザコやもん」
今街を襲っている魔獣はカラヒラゾンと遜色ないレベルのものたちなのだが……トシコにすればザコなのか。
とはいえ、苦手な特性に当たらなければ、このメンバーなら対処出来ることは間違いない。トシコの力だけは未知数だったが、問題なさそうだ。
「魔獣を沢山集めて、わたしたちを疲弊させるつもりでしょうか?」
「……それはない」
ルゥシールの意見をフランカが即否定する。
「……魔獣と私たちの戦闘が長引けば、これらの魔獣を引き入れたのが私たちではないということが町民にバレてしまう」
「うむ、確かにな。ワタシたちが引き入れた魔獣とワタシたちが戦っているのはおかしいからな」
「ほだら、魔獣は最初の印象付けするが為だけに集められたがと?」
「ふむふむ、なるほど…………で、どういうことなんでしょうか、ご主人さん?」
なるほど、ルゥシールだけが話についていっていないようだ。
この娘の将来が心配だ。
「魔獣で俺たちをどうこう出来るとは、考えていないだろう。消耗してくれればラッキーってところか。なんにせよ、この後が本番だ」
疲弊したところを魔導ギルドと騎士団の混成軍に討たせる……いや、それなら魔導ギルドの連中を投入するタイミングが早過ぎる。
さっき、魔獣との戦闘中に魔導士が何十人もやって来て、あっさりと逃げていったのだ。
『悪魔の子に傷を負わされた』という宣伝のためだけに奇襲の目を摘んでしまうのは愚かとしか言えない。
おそらく、ゲイブマンは魔導ギルドにも騎士団にも期待はしていないだろう。
もっと、直接的な……魔獣の大群よりも確実に俺たちに勝利出来る方法を用意してあるに違いない。
「とにかく、町民の避難が完了しているなら、俺たちはもう離れない方がいい。いっしょに行動するぞ」
「……えぇ。私はもう、あなたから離れない」
「む!? ワタシだって、一生離れないぞ!」
「ほだらオラは1ミリも離れやんと!」
トシコが飛びついてきて、負けじとテオドラも俺の腕を取る。
が、違う。そうじゃない!
「そういうことじゃなくて! 一緒に行動するという意味だ!」
「……テオドラ。私の発言もそういう意味ではない」
「わ、分かっているのだが……どうも反射的に、『負けてはいけない』と……」
「テオドラさは、早とちりさんだべな」
「……あなたも離れなさい、トシコ」
フランカが、俺にべったり張りつくトシコの腹に手を突っ込み、てこの原理で引っぺがす。
なんか岩牡蠣みたいだな、トシコ。
「……まったく」
といって、フランカがたった今空いた俺の背中にもたれかかる。
「……何してんだ?」
「……少し疲れただけ。他意はない」
なら、そっちで横にでもなってろ。……重い。
「……そう言えば、ルゥシールが大人しい」
「確かに。こういう時は人一倍負けん気を発揮するはずだが……」
「んだな。なんか怪しかね……」
「えっ、ぅえっ!? な、なんですか、みなさん!?」
三人がルゥシールをじぃっと見つめる。
ルゥシールは慌てた様子で三人を見回し、両手をパタパタと振ってあわあわと口を動かす。
「わ、わたしは、えっと…………さ、さきほど、十分いただきましたので!」
その瞬間、三人の首が一斉に「ぐりんっ!」とこちらに向いた。
ひぃっ!? 軽くホラー!
「…………この一大事に…………何をしていたのかしら?」
「やはり、二人きりにしたのは間違いだったか……」
「お婿はん、節操無さ過ぎだべや……」
「待て待て! なんもない! なんもないから! な、ルゥシール?」
「え!? あ、はい!」
そう言って、ルゥシールはそっと自分の後頭部に手を添える。控えめにゆっくりと撫で、細めた目を潤ませながら「……何も、ありませんでしたよ」と、呟いた。
「……なるほど、頭を撫でられたのね」
「後頭部ということは、抱きしめられた状態での可能性が高いな」
「そやね。縦に並んで後頭部撫でるとか、滅多くたないもんね」
お前らは名探偵か!?
「とにかく! ゲイブマンが動き出すのはこれからだ! 気を引き締めてかかるぞ!」
「……頑張った者には、『【搾乳】のいいこいいこ独占権』をプレゼント」
「なにっ、本当か!? これは是が非でも武勲を上げなければな!」
「オラも、俄然やる気ば出てきたべ!」
妙に盛り上がる三人娘……
いや、あのさぁ……
「そんなもん、ほしいか?」
「……欲しいのではない、譲れないだけ」
「うむ。独占というところに価値がある」
「んだ! オラ、生まれてこのかたいいこいいこされたことなかけんね!」
「トシコよ、お前の両親には愛情というものがなかったのか……?」
なんだかトシコが可哀想に思えてきた。
が、そんなことよりもだ。
「俺にいいこいいこしてもらうのが嬉しいとか……お前ら、俺のこと好きなの?」
「「「っ!?」」」
俺の発言に、三人は一斉にこちらを見た。
大きく目を見開いて、三人とも驚いたような表情をしている。
……なに?
もしかして、俺ってそんなあからさまにアプローチされてたりするの?
気付いてなかったことに驚かれてるとか、そういうこと?
つか、俺ってモテるの?
見つめ合うこと数秒。
フランカ、テオドラ、トシコの三人は同時に俺から視線を外し、斜め下を見つめながら、同時に言葉を発した。
「「「…………別に」」」
……だよね。そうだと思った。
ただ、なんとなくチヤホヤされたいだけなんだよな、お前らは。
まぁ、一応、俺リーダーだしな。
分かってたよ、別に俺がモテてるわけじゃないってことくらいはな!
…………ふんだ。
「あげなこと、面と向かって聞くがか、普通?」
「普通ではないのが主という男だ」
「……距離を測るのが非常に困難。無自覚なのが特に罪深い」
俺に背を向け、三人娘がこそこそと言葉を交わす。
「ぷぷぷ。あの人、自分がモテてるとか勘違いしてるわよ」とか、笑われてないだろうな?
やめてくれよ。そういうタイプの嘲笑を受けると、俺は平気で三日ほど寝込むぞ?
「とにかく、油断はするなよ。確実に厄介なことになる」
パルヴィに対し、明確に反抗心をうかがわせたゲイブマン。
あいつにはあるんだ、パルヴィに対抗しうる手段が。
俺を確実に倒せるという自信が。
「……任せて。何が来ても迎え撃つ」
「そして、返り討ちにしてみせる」
「んだ。泣かしちゃるべ!」
頼もしい限りだ。
ふとルゥシールに視線を向けると、アゴを摘まむようにして黙考していた。珍しく頭を使っているようだ。
「ルゥシール。お前も、油断するなよ」
「はい!」
真っ直ぐに俺を見て、迷いのない澄んだ瞳で言う。
「いいこいいこは渡しません!」
「まだそこにいたのか、お前は……」
もうみんな次の話に移ってるぞ。ついて来い、な?
――と、その時。
俺の背筋がぞくりと粟立つ。
強烈な魔力が凄まじい勢いで接近してくる。
顔を上げ、窓の外に視線を向けた時、世界が真っ白になった。
鮮烈な光が辺りを包み、視界のすべてが光に飲み込まれる。
マズい!
そう思った時には、魔力の渦はすでに俺たちを取り囲んでいて……俺はルスイスパーダの魔力を全解放して結界を張ることしか出来なかった。
守りに徹し、身をすくめるのみ。
敵の居場所も、何者かも分からずに攻撃に晒され、やり過ごすしか出来なかった。
「ヤバい……結界がっ!」
「……任せて!」
俺の張った結界に亀裂が走る。
眼が開けられないので感覚で悟るしか出来ないが、フランカが結界の重ねがけをしてくれなければ破壊されていただろう。
天の怒りを一身に浴びせられているような、理不尽な破壊力に晒され続ける。
このままじゃ、フランカの結界もすぐに破壊されてしまう。
「ご主人さん」
耳元で、ルゥシールの声がした。
「敵は四人います。この建物を……あ、といっても、建物はもう崩壊していますが……ここを囲むように東西南北に一人ずつ、上空に浮いています」
「お前、見えるのか?」
「はい。ダークドラゴンは、光に耐性がありますので」
それは凄いな。
魔力の濁流に飲み込まれて、敵の魔力すら感知出来ない状態では非常に助かる。
四人か……ってことは、この魔法はその四人の合作か…………分散させれば対処出来るか。
「ご主人さん。…………わたしをドラゴンに戻してください」
耳もとで囁かれた言葉は小さくて、俺にしか聞こえなかっただろう。
ルゥシールが囁いた際に、唇が耳に軽く触れた。柔らかい感触に撫でられ、耳が熱を帯びる。
「え、いや、おまっ……ここでか?」
自然、俺の声も小さくなる。
なにせ、ここには、みんないるのだ……
「だ、大丈夫ですっ……眩しいですし……それに…………こそっとやればバレません」
「――っ!?」
ドキッとした。
……俺、今、一回心臓が口から出たんじゃないか!?
だって、お前、耳元で……『こそっとやればバレません』だぞ!?
なに、このドキ胸ワード!?
『こそっと』とか『バレません』とか…………魅惑的過ぎんだろ!?
「そ、それに……時間もありませんしっ」
取り繕うように、ルゥシールが言葉を追加する。
そ、そうだな。時間、ないもんな。
敵が上空に浮いてるなら、ダークドラゴンに活躍してもらうしかないよな。
このまま防戦一方じゃジリ貧だしな。
うん、そうだ、仕方ない。
「じゃあ……いくぞ」
「……はい」
「…………こそっとな」
「そ、そこは、別に……強調しなくても…………いえ、はい。こそっとです」
フランカの魔力がどんどん削られていく。
俺はやや焦りつつも、……正直言うと、あんまり他のこと考えてる余裕なくてルゥシールのことばっか考えてたんだけども……、ルゥシールの胸に手を触れた。
「にゃんっ!?」
バッ!?
「(しーっ! しーっだろ、しーっ!)」
俺は可能な限り声を絞って絶叫する。
なにデカい声出してんの、こいつ!?
バカなの!?
バレたらどうすんの!?
「す、すすす、すみません……い、いきなりだったもので……!」
「いくっつってんだろ」
「は、はい。そうですよね! もう、だだ、大丈夫です!」
いきなりで驚かれるならばと……俺はまずルゥシールの腕を手探りで掴み、そこからゆっくりと指を這わせるようにして胸へと手を近付けていった。
「ふぁぁぁあああああっ!」
だからっ!?
「(え、なに!? お前、バカなの!?)」
「(す、すすすすす、すみませんっ! だって、だってなんだか、ご主人さんの触り方がやらしくて、背骨がぞわぞわしたんですもん!)」
「(いきなりだとビックリするって言うから!)」
「(も、もう、大丈夫ですので、思いっきり来てください!)」
「(見えないんだよ、俺は! お前が俺の手を掴んでおっぱいに押し当ててくれ)」
「(そんな!? 自分でなんて……そんなはしたない真似出来ません!)」
「(いいからやれよ! 時間がないんだろ!?)」
「(わ、…………分かりましたよ…………)」
ルゥシールが両手で俺の右腕を掴み、そして、ゆっくりと誘導する。
「(い、いきますよ!)」
そんな合図と共に、俺の手が弾力のある柔らかいものに押し当てられた。
「んぉうっふ!」
「(ご主人さん、声漏れてますよ!? ワザとですか!? ワザとですよね!?)」
違う。そうじゃないんだ。
なんというか、こう……自分からじゃないと、予想外の方向からパンチが飛んでくるというか……思わず声が出てしまうのだ。
とにかく、これ以上時間を浪費は出来ない。
俺はもう片方の手もルゥシールの胸へと当て、可能な限りの高速で揉みしだく!
「(時間短縮のためだ、我慢しろ)」
「(んにゃ…………は、はぃ……っ! 頑張ります……っ!)」
ルゥシールの魔力が濁流のように流れ込んでくる。
もう少しだ……
その時、フランカの結界が小さな軋みを上げる。
「……ダメ…………破られるっ!」
時間がない!
どうする!?
……咥えちゃうか?
いっちゃいますかっ、俺!?
「……ふぁ」
と、思ったらルゥシールが脱力した。
魔力が空になったようだ。…………ちっ、もう少しだったところを。
「……みんな、攻撃に備えて!」
何かが割れる音がして、結界がひび割れていく。
おぉっとマズい!
あと五秒もってくれ!
俺は急いでルゥシールと唇を重ねる。
借りた魔力を一気に送り返す。
間に合え……っ!
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールの咆哮が世界を震わせ、羽ばたきが聞こえたかと思うと突風が俺たちを飲み込んだ。
ガラスが砕け散るような甲高い音を鳴らし、フランカの結界が崩壊する。
が、それと同時に、辺りを埋め尽くしていたまばゆい光は霧散していた。
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
見上げると、ルゥシールが上空にいる四つの影の間を飛び回っていた。
上手くかく乱出来たようだ。
えらい、ルゥシール!
俺に続いて、フランカやテオドラ、トシコも空を見上げる。
ヤツらが、今度の敵か……
みんなの視線も険しさを増す。
「ルゥシールがドラゴンに……ということは」
「……人があんなに苦労をしていた隣で…………」
あ、そうだよね。
ルゥシールがドラゴンに戻れば、何やってたかはバレるよねぇ……
「オラ、眩しいのは平気だもんで、お婿はんたちが何しよったか、この目で、間近で、はっきりたっぷり見せてもろうたけぇの」
トシコの目がジト~っとしている。……あ、見てたのね。
三人の視線が空から俺へと移る。
いやいやいや!
今はそれどころじゃないから!
敵!
超強そうな敵がいるから!
上見て、上!
キシャァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!
ルゥシールの咆哮が聞こえると同時に、俺たちに向かって魔法が飛んできた。
ルゥシールが知らせてくれたおかげで、難なく迎撃出来た。
ルスイスパーダで両断だ。おかげでちょっと魔力も回復したぜ。
「……【搾乳】たちの件は、後回しにして」
「まずは、あの者たちを何とかするとしようか」
「んだね。さっさと終わらせて、どういうつもりか、問い詰めねばいかんが」
全員の視線が再び上空へと向けられる。
ルゥシールが空を旋回する中、俺たちと上空に浮かぶ四つの黒い影の視線がぶつかる。
上等だ。
叩き潰してやるからかかってきやがれ!
俺は、ルスイスパーダを構え、黒い影どもに手招きをしてやった。
ご来訪ありがとうございます!
さぁ、ゲイブマンが大々的に動き出し、
ブレンドレルVSご主人さんたちという構図が明確になりました。
戦闘が激化して、おっぱい率も下が………………ってないのはなぜだろう?
むしろ、ぐんぐん上がっているような気すらする…………
あれですかね?
人間は、生命の危機に瀕するとエロくな……子孫を残そうとするとかなんとか。そういうことなんでしょうか?
とはいえ……とにもかくにも、主人公の鈍感さよ。
この男、気付いていません。何も、気付いてなどいないのです!
モテる男は、得てしてそういうものです。
…………あれ?
じゃあもしかして…………
今まで「全然モテないなぁ」と思っていたのは……私が気付いていなかっただけ?
そんな可能性が!?
よく思い出してみるんだ、これまでの私の人生において起こった『なんかそれっぽいシーン』を!!
本当はバレバレなくらいアプローチされていたのに、
私が鈍感だったばっかりに見落としていた、
青春の甘酸っぱいエピソードがそこに潜んでいるかも………………
………………
……………………
…………………………うん。ないな。
クラスの女子との会話なんて、八割くらいが、
「え? ……あぁ、うん」
って返しだったもんな。
ないない。
………………ないんだよぅ。
ルゥシールみたいな娘がクラスにいたらなぁ……
修学旅行で女子の部屋とか遊びに行ってさ、
ワイワイやってると「ヤバい! 先生来た! 隠れろ!」ってなって、
慌てて布団に潜り込むとたまたまその娘(仮に『流宇 椎瑠』さんとしましょう)と同じ布団に入っちゃってさ、
先生が部屋の中を確認してるから息を殺してなきゃいけないのに、
そんなのどうでもよくなるくらいに胸がドキドキして、
自分の鼓動が外に聞こえてんじゃないかって思えるほどドキドキして、
見たら、なんか流宇さんもちょっと赤い顔してて、
「うっわ、顔近っ! いい香り!?」とか思ってたら、流宇さんが耳元で、
「こっそりすれば、バレないですよ」って、瞼をそっと閉じて……
そんな青春送りたかったなぁ!?
え、修学旅行ですか?
徹夜で「おいちょかぶ」やって、翌日のバスの中で爆睡でしたよ、ははっ!
女子の部屋に遊びに行くなんて都市伝説ですよ。
修学旅行の夜に一緒になって遊んでくれる女子なんてね、人面犬より数が少ないんですよ。(私調べ)
でも決していないわけではない。
私はそう信じます。
もしかしたら、この先、変な科学者に出会って体が子供に戻るとか、過去に飛ばされるとか、そんな出来事に遭遇するかもしれません。
無いとは言い切れません。ゼロじゃない。
そうなった暁には、修学旅行でそんな展開にならないとも言い切れないわけで。
そうであるならば、私にだってまだチャンスはあるということになりますよね!?
いつの日か、ルゥシールのような、
眩い光の中で、
仲間たちがすぐそこにいるのに街中で素っ裸になるような彼女が欲し………………いや、そういう彼女はいらないかなぁ……
うん、もう少し考えてみます。
今後ともよろしくお願いいたします。
とまと