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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)
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103話 国家機密

 俺たちがブレンドレル王城に滞在するようになって、早くも一週間が過ぎようとしていた。

 トシコは毎日のように街へ繰り出しては「ほが~! すごか~!」を連発し、ルゥシールは「甘い食べ物が沢山です! 幸せです!」と食い道楽を満喫していた。

 テオドラは王女直属の騎士団の稽古に交ぜてもらい、毎日腕の立つ騎士たちをバッタバッタとなぎ倒していた。一部では、無敗のテオドラに心酔する者まで現れ始めたとか何とか。

 フランカは……なんか、変な体操にハマっているようで、いつも城の中庭で不思議な体操をやり続けている。

「……偽パイに頼らない膨らみ作り……日々の精進が肝心……」とかなんとか、ぶつぶつ言いながら、凄まじい集中力で周りの者を寄せつけないオーラを振りまいている。まぁ、そっとしておこう。


 そんなわけで、俺はもっぱら暇をしている。

 パルヴィも、ずっと遊んでいるというわけにはいかないらしく、公務に就くことも多い。「ただ座って人の話にうんうんと頷くだけなんですけどね」と、自嘲気味にそんなことを言っていたが、なんだかんだと忙しそうだ。

 仕方がないので、ウルスラに遊んでもらおうと思ったのだが……

「誰がお前みたいな変態と! そこでハゲてろ!」と、物凄い剣幕で怒鳴られた。……なぜあいつは俺の頭皮を必要以上に憎んでいるのか……あ、もしかして俺の頭皮が見たいのか? 頭皮フェチか!?

 ……なんか怖ぁ~い。

 今後、接し方を考え直そう。


 さて。

 暇と言っても、やることがないわけではない。実は王城内の図書室の使用許可が下りるのを待っていたのだ。でなければ、ルゥシールやトシコと一緒に街へ遊びに行っている。……まぁ、街のジジイどもは俺の顔を覚えているだろうから、あんまり街をうろつきたくないっていうのもあるんだけどな。

 攻撃されることはないだろうが、わざわざ相手に不信感を与えて回る必要もないだろうし……かつて街を壊した悪魔がうろついている……なんて、平和な街には似合わない話題だしな。

 そんなわけで、面倒くさい手続きを終え、俺はようやく図書室への入場を許可された。王女直々にOKをもらったにもかかわらず、司書官の許可がなかなか下りなかったのだ。

 昔からここのセキュリティは厳しい。まぁ、知られたくない書物が山ほど保管されているからな。その隠ぺいに時間がかかったのだろう。……もう全部読んだ後だけど。


 今回俺が調べたいのは、マウリーリオの遺跡の場所だ。

 おそらく、そこの地下には魔法陣が設置されていて、召喚魔法の研究が行われているに違いない。何箇所くらい存在して、どこにあるのか、それくらいは把握しておきたかったのだ。

 最悪、全部ぶっ壊して回らなきゃいけないかもしれないしな。


 そんなことを考えつつ、図書室の重い扉に手をかけた。その時、不意に背後から声をかけられる。


「おにぃたん」

「パルヴィか。どうした?」


 向き直ると、パルヴィは嬉しそうな顔で俺の目の前までやってきた。

 パルヴィの手には、大きな輪っかが握られており、そこには鉄製の大きな鍵と少し小さめの鍵が一つずつぶら下がっていた。


「実は、おにぃたんに一つお願いしたいことがあるです」


 これから図書室で調べものをしようと思っていたところなのだが……まぁ、急ぐこともないだろう。何より、妹直々のお願いだ。兄として、断ることなど出来ん。


「なんだ? 言ってみろ」

「ありがとうございますです! 実は、ある部屋へ行って重要機密の記された書物を持ってきていただきたいのです」

「それを、部外者の俺に頼んでいいのか?」

「部外者ではないですよ。おにぃたんは、私のたった一人の大切なおにぃたんですから」


 血縁者というのは事実だが、ブレンドレル城的には追い出した王子など部外者以外の何者でもないはずだが。

 あまり変な行動は慎むべきだとは思うんだけどなぁ。


「ダメ……ですか?」

「ダメなわけないだろう、可愛い妹よ!」


 そんなうるうるした目で見つめられたら、断れるわけないじゃないか!

 むしろ断るなんて選択肢、最初からなかったさ!


「よかったです。さすがおにぃたん。頼りになるです」


 パルヴィがパッと表情を輝かせる。

 まぁ、書類を取りに行くだけだ。

 さっさと済ませてしまえば、大きな問題も起こらんだろう。

 俺は鍵を受け取り、目的の部屋の場所を聞いた。

 指定された部屋は、城で働く者が寝起きをする部屋が集まった居住塔の一室だった。


 なぜ居住塔に重要書類が?

 疑問には思うが、何かわけがあるのだろう。

 巨大な金庫は、「ここにお金がありますよ」と宣伝しているのと同じだ。バカ正直に保管場所を分かりやすくする必要はないのだ。

 重要書類だからこそ、意外な場所に保管してあるのかもしれん。


「分かった。じゃあ取ってくるが、何か気を付けることとかないか?」

「気を付けること…………では、ないかも知れませんですが、仲良くしてほしいです」

「仲良く? お前とか?」

「もちろん、私とは仲良くしてくださいです。誰よりも、どんな生物よりも! 微生物や無機物よりもです!」

「微生物や無機物と仲良くするつもりはねぇよ……」


 何が言いたいのか、いまいちよく分からんかったが、とにかく俺はパルヴィの頼みを聞くことにした。

 簡単なお使いだ。


 ――と、思っていたんだけどなぁ…………







 居住塔は静まり返っていた。

 この時間はみんな起きて城での仕事に従事しているのだろう。

 夜間勤務の者は、今頃夢の中だろうしな。


 石の階段を上り、俺は目当ての部屋へとたどり着いた。

 石を積み上げて造られた重厚な塔の中に、木製のドアが並んでいる。その一つ一つが個室となっているのだ。部屋の中は、ベッドと机があるくらいで、きっとどこも大きく違いはないだろう。居住塔の部屋はどこも簡素な造りなのだ。

 目の前のドアも同じような物で、防犯に優れているようには見えない。普通の部屋だ。

 本当に、こんな所に重要書類が保管されているのかと疑いたくなる。


 とりあえず、俺は預かった鍵でドアを開ける。

 慎重にドアを引くと、カチャリという軽い音と共に木製のドアが開いた。

 閉じ込められていた空気がドアの隙間から流れ出てくる…………あ、なんかいい香り。少し甘い……花のような香りがした。


 中を覗き込むと、そこにはベッドと机、そして洋服をしまうのであろう大きな長方形の木箱と、古びた大きな本棚があった。

 書類は、あそこか…………


 俺は部屋へと入り、床に置かれている大きな長方形の木箱を観察する。

 このような、蓋の付いた木箱に、自分の衣類や貴重品をまとめて入れておくのが普通だ。

 そして、このほのかに甘い香り……


 俺は、そっと手を伸ばし、木箱の蓋を持ち上げた。

 中には、俺の予想した通り……


 女物の衣服が入っていた。


 少し漁ると下着がざっくざっく出てきた。

 これは、宝箱だったのだ!!

 白やピンクといった、明るめで可愛らしいパンツが多い。

 きっとこの部屋の持ち主は可愛らしい趣味の可愛らしい女の子に違いない。


 よし、このお宝を持ってパルヴィのもとへ戻れば………………殺されるかもしれないな。


 いかんいかん!

 目的を見失っていた。

 ここがパルヴィの部屋であるわけがないし、だとすれば、他の女の下着を漁っていたなどと知れればパルヴィの『ヤン』スイッチが入ってしまいかねない。

 非常に心苦しいが……名残惜しいが……腸が引き千切れてしまいそうだが…………俺は下着を諦めた。小さく「くるん!」と丸まる柔らかな布を、元あった場所へと返却する。……うぅ、涙で明日が見えない…………


「さて……涙のお別れも済ませたことだし…………一番怪しい場所を調べるか」


 俺は、古びた本棚の前に立つ。

 俺の背丈ほどもある本棚の前面にはガラスのはめ込まれた扉が付いており、その扉はきっちりと施錠されている。

 扉の周りには見事な飾り彫りが施されており、古いがかなり高級な本棚であることがうかがえる。

 ここで、もうひとつの鍵の出番ってわけか。


 俺は、部屋の鍵と一緒に付いていた小さい方の鍵で本棚の扉を開ける。

 兵法や魔術関連の本が並んでいる。どれもこれも小難しい感じの本ばかりだ。……が。


「奥に何かあるな……」


 綺麗に整列されている本。しかし、その奥に俺はある物を発見した。

 本棚の背板に、小さな蓋が付いていたのだ。

 隠し扉だ。

 俺は、隠し扉の前の本をどかし、隠し扉に手を伸ばす。

 ここには鍵がかかっていないようで、取っ手を引くと、隠し扉はすんなりと開いた。


 中に入っていたのは、一冊の書物。

 硬い二枚の皮に、数枚の紙が挟まれている。背の部分に紐を通して結んであることから、後からページを追加出来る作りなのだろう。


 重厚な獣の皮で出来た表紙には『最重要機密 門外不出 観覧不可』と烙印が押されている。

 こんなものがあったとは……

 ふと表紙の隅に目をやると、そこにはベイクウェル家のエンブレムが刻み込まれていた。

 ブレンドレル王国の諜報を任されているベイクウェル家。その諜報の要が記した重要機密。これは、王国のトップシークレットに違いない。


「まさか、パルヴィのヤツ……」


 パルヴィは、俺が図書室の使用許可を出していることを知っていた。

 そして、認可が下りる前に重要書類が隠されてしまうであろうことにも気が付いていたのかもしれない。

 だからこそ、俺にこのお使いを頼んだのかもしれない。

 厳重に隠され、管理されている、王国の最高機密文書を俺に見せるために。

 ここなら、誰にも気付かれずに文書が読める。今、この居住塔で活動している者は、俺以外にはいないのだから。


 パルヴィは、この機密文書を俺に託すことで、何かを訴えようとしているのだ。


 ……まさか、宰相ゲイブマンたちがパルヴィに出し抜かれているってのは嘘なんじゃないか?

 そして、パルヴィは常に監視されているのではないか?


 だから、こうやって俺一人にメッセージを伝えようとしたのではないか?


 そう考えると色々合点がいく。

 まず、どう考えても今の王城は俺たちにとって都合が良過ぎる。

 ゲイブマン派の人間が一人も城におらず、街にも、俺たちの存在をリークしたりどうこうしようという連中がいない。……それは、この状況こそがゲイブマンの罠だから。そう考えるとしっくりくる。

 それに、こんな居住区の……しかも、誰かが普通に寝起きしている部屋の中に重要機密を隠しているのにも頷ける。

 この部屋だけが、唯一ゲイブマンの監視の目を逃れられた場所なのだ。


 だとすれば、俺はこの機密文書を読まなければいけない。

 パルヴィが俺に何を訴えようとしているのか……

 ゲイブマンが何をたくらんでいるのか……


 俺は、知らなければいけない!


 俺は腹を決め、分厚い皮の表紙を開いた。

 中には、少し丸みを帯びた丁寧な文字でこんなことが書かれていた。



『恋はいつでもロンリネス』



 ………………は?


 意味が分からず、俺は先を読み進める。



『 恋はいつでもロンリネス

  今日もあなたはカインドネス

  私の心はハピネス

  ときめくハートはプライスレス

  私はあなたにメロメロです……  』



 …………………………寒いっ!?

 なに!?

 なんか、急に気温が下がった気がするんだけど!?

 なんだよこの雑な韻の踏み方!?

 最後の一行が特にひどい!


 これが……最重要機密だってのか?


「貴様…………そこで何をしている?」


 機密文書に夢中で周囲への警戒を怠ってしまったようだ。

 背後から、殺気の籠った声が聞こえてくる。


 俺は前方へ飛び、距離を取りながら振り返る。


「私の部屋に勝手に入るな、変態っ!」


 そこに立っていたのは、ウルスラだった。

 ウルスラ……?


「なんだよ。脅かすなよ」

「驚いているのは私の方だ! 貴様、ここで何を…………んなぁぁぁああああああああっ!?」


 ウルスラが、俺の手元を見るなり大声で叫ぶ。


「きっ、き、貴様! そ、そそそ、それを、それをどこで!?」

「ん? これか? この本棚の裏の隠し扉にあった」

「何してくれてるんだ、貴様は!」

「待て待て! 俺は何もしてないぞ。ちょっとそこの木箱を漁って可愛らしいパンツを拝見したくらいだ」

「何してくれてんだぁっ!?」


 ウルスラが部屋へと駆け込んできて木箱の上に「ダン!」と、片足を乗せる。まぁ、はしたない。貴族の娘様ともあろうお方が。


「そ、そ……それを、…………見たのか?」


 片足を木箱に乗せたウルスラが、震える指で俺の持つ書物を指さす。


「ん? この詩集か? 読んだぞ」

「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!?」

「なんだ、これ、お前が書いたポエムなのか?」

「ポエム言うな! それは、そういうんじゃなくて……そう! 業務日誌だ!」

「『恋はいつでもロンリネス』がか? どんな業務だよ」

「声に出すなぁ!」


 ウルスラがベッドに飛び込み頭を抱えてゴロゴロと転がる。

 すげぇもだえている。

 あぁ、そうか。こいつもベイクウェル家の人間だったっけな。エンブレムが入っていても不思議じゃないか。

 それにしても、盛大に暴れ回っているな。

 なんだか面白いので、俺は詩集を開き、別のページを朗読する。



『 あなたと二人、見つめ合い

  手と手がそっと、触れ合い

  変わる関係が、ちょっと怖い

  嫌われないかと、気が気でない

  だから準備は、怠れない

  体に振りまく、消臭剤      』



「やめろぉぉおおおおっ!?」

「つか……消臭剤振りまくなよ……」


 こいつ、韻踏むの好きだなぁ……


「私がこれほど取り乱しているのだから、貴様も少しは自重しろ! 己の行為を自嘲しろ! そうでなければ自害しろ!」

「取り乱し過ぎて、自然と韻踏み始めちゃってるぞ!?」

「うるさい! 恥ずかしさで頭がどうにかなりそうなのだ! 察しろ! 殺っするぞ!」

「韻踏んで怖いこと言ってんじゃねぇよ!」


 ウルスラが腰のレイピアに手をかける。こっちは丸腰だ。城内では不穏な印象を持たれないようにルスイスパーダを携帯していないのだ。

 今やり合えば、やられる!

 クソ……何か武器になりそうな物は…………そうだ!



『 ゆらゆら揺れるヤジロベー

  私に向かってアッカンベー  』



「やめてくれぇー!」


 効果絶大だな、この飛び道具。

 マインドをガスガス削り取っていってくれる。


「……分かった! 交渉しよう! 何が望みだ!? 貴様の言うことを一つ聞いてやる! だから、そのマイポエムノート……もとい、書類を渡せ!」

「しかし、このマイポエムノートはパルヴィに持ってくるよう頼まれたものだから……」

「マイポエムノートという呼称も忘れろぉ!」


 どうやら、これは、アレだな。

 パルヴィに担がれたようだな。

 おそらく、パルヴィはこのマイポエムノートを必要とはしていないだろう。

 イタズラのつもりだろうか?


 まぁ、こんなに真っ赤な顔をしたウルスラなんか、滅多に見られるもんじゃないだろうしなぁ。

 あんなに照れて、あんなに怒って、まるで子供のようだ。

 あの頃を思い出すなぁ。


「何を和んでいるのだ、貴様はぁ!?」


 ウルスラが目に涙を浮かべながら吠える。

 腕を振り回し、半ばヤケクソに声を張り上げる。


「いいから、早く望みを言え! なんでも一つ聞いてやるから、その書類を返せ!」

「なんでも…………?」

「う………………………………あ、あぁ! なんでもだ!」

「男に二言はないか?」

「私は女だ!」

「……そうか………………なんでも、か…………くっくっくっ」

「ひっ!?」


 ウルスラが息を漏らし、己の体を守るように抱きしめる。

 じりじりと後ずさり、そして、後方を確認していなかったためにベッドに足を取られて、どさりとベッドへ倒れ込む。


「う…………こんな男に…………けど、あのノートが世に出るのはマズい…………くそぉ! 好きにするがいい! 宣言通り、何でも言うことを聞いてやる!」

「そうか……じゃあ」


 俺は、ベッドに横たわったまま、固く瞼を閉じるウルスラを見下ろして、願いを……いや、命令を口にする。

 絶対に抗えない、強制力を持った、命令を……


「昔のように呼んでくれ」

「…………へ?」


 瞼を開けたウルスラは、ポカンという表情をしていた。

 まったく、何されると思ってたんだよ。

 俺がお前に酷いことをするわけないだろう。幼馴染なのに。


「折角再会出来たのに、どうもお前とはギスギスしっぱなしだ。だからよ、昔みたいに呼んでくれねぇか? で、出来るなら、昔みたいにバカ騒ぎを一緒にしたい」


 パルヴィを除けば、ウルスラは幼少期の俺に付き合ってくれた唯一の友人なのだ。

 出来ることなら、あの頃のようにもう一度笑い合いたい。


「……そんな、ことで、いい……のか?」

「そんなことってなんだよ。俺にとってはかなり重要なことなんだぞ」


 上半身を起こし、ベッドに腰掛けるような体勢になったウルスラに、俺は言ってやる。


「俺は、お前と仲良くしたいんだよ。悪いか」

「いや…………まぁ…………」


 ウルスラは視線を落とし、居心地が悪そうにもぞもぞと肩をゆする。

 そして、少し困ったような雰囲気の混ざる顔をこちらに向け、微かに、笑った。


「それくらいなら……お安い御用だ」

「じゃ、交渉成立だな」


 俺は、ウルスラにマイポエムノートを手渡す。

 ノートを腕に抱くと、ウルスラはギュッと強く抱きしめた。よほど大切なものなのだろう。


「じゃあ、ウルスラ。仲直りの証に、一度呼んでみてくれないか?」

「今か?」

「あぁ、今だ。『全裸で急げ』と言うだろう?」

「どこの変態だ、貴様は!?」

「『全裸は善』だっけ?」

「だから、どこの変態だと聞いている!?」


 ウルスラは盛大に嘆息し、ノートを枕の下に隠し、立ち上がる。

 前髪をかき上げ、少し赤くほてった頬に風を送り、腰に手を当てて俺を見た。


「まったく、しょうがないヤツだ。今だけは、貴様のわがままに付き合ってやろう」

「マジで!? じゃあ、さっきのパンツもう一回見せて! クマさんのヤツ!」

「……物事には、限度があるのだぞ?」

「ごめん! 超ごめん! だからレイピアしまって!」


 ちょっと柔和な表情を見せたかと思うとすぐ鬼の形相に戻る……絡みにくいヤツだなぁ。


「ごほん」と、盛大に咳払いをして、ウルスラは真っ直ぐに俺を見つめてくる。

 少しだけ、照れが表情に出ている。


「で、では……呼ぶぞ……よ、よく聞いておけよ!」

「おう。頼む」

「お………………」


「お」と言ったまま、ウルスラが固まってしまった。

 あれ? どうした? 壊れたか?


「お…………おに………………おに…………おにぃぃぃぃいいっ!」


 鬼のような形相で「おにおに」言い始めた。

 なにこれ? 鬼の鳴き声?


「『おにぃたん様』などと呼べるかぁ!」


 そんな雄叫びと共に、俺はウルスラに部屋から蹴り出されてしまった。

 いや、今、言えたじゃん!

 もうちょっと可愛らしい感じで呼んでくれれば完璧だったじゃん!


「もう一回!」と、言おうとしたのだが、それよりも早く木製のドアが勢いよく閉じられてしまった。

 ノックをしても「うるさい! 帰れ!」という言葉しか返ってこない。

 ……も~ぅ。




『 恋はいつでもロンリネス

  今日もあなたはカインドネス……  』



「それを今すぐ辞めていただけませんでしょうか、『おにぃたん様』っ!? これでいいかっ!?」


 ドアの向こうから魔神のような怒声が飛んでくる。

 うん、まぁ、最初はこんなんもんだろう。


「じゃあ、これからも昔みたいによろしくな! ウルスラ!」

「さっさとお帰りくださいやがれ、『おにぃたん様』っ!」


 ウルスラの声に押されるように、俺はその場を後にした。

 離れる際、ドアの向こうからしくしくとすすり泣くような声が聞こえたような気がしたが……ま、人生色々あるさ。







 夕飯のあと、パルヴィは今回の一件の目論見を、俺に話してくれた。


「おにぃたんとウルスラさんの関係が少し良好には見えませんでしたので、差し出がましいとは思いつつも、このような行動をとらせていただきましたです。御不快に思われたのでしたら申し訳ありませんです」

「いや、いいよ。俺も、久しぶりにウルスラとたっぷり話せてうれしかったしな」

「それはよかったです。また、以前のように、三人仲良くしていきたいものですね」

「そうだな」

「お茶をお持ちしました、陛下。『おにぃたん様』っ!」


 頭上から、棘のある声が降ってくる。


「どうした、ウルスラ? 機嫌が悪そうだな?」

「……貴様は…………『おにぃたん様』には記憶力というものがありませんのでございましょうかっ!?」

「俺、何かしたか?」

「…………~~~~っ! 殴りたい……っ!」


 皆目見当がつかず、小首を傾げる俺を見て、ウルスラの額にくっきりと血管が浮かび上がった。


「では、教えて差し上げましょう……」


 そしてウルスラは、『城のどこにいても聞こえてしまいそうなほどの大声』で次のように語った。


「『おにぃたん様』が、私の部屋へ侵入し、私のパンツを強奪しようとし、その後、『私が最も見られたくない一番恥ずかしいモノ』をじっくりねっとりご覧になられ、私に耐えがたい恥辱を与えたことに関して、少しばかり憤懣やるかたない想いを抱いているだけですよっ!」


 鼓膜がキーンとした。

 それほどの大声だった。


 言いたいことを全部言って気が済んだのか、ウルスラは「ふん!」とだけ言ってその場を離れていった。

 ……なんなんだよ、もう。


 まぁ、折角だからウルスラが入れてきてくれたお茶でもいただこうかとカップに手を伸ばしたところ…………肩に、そっと手が乗せられた。…………凄まじく、殺気をまとった手だった。

 それも、よっつも……


「ご主人さん。ちょっと、お窺いしたいことがあるのですが?」

「……【搾乳】、少し顔を貸してくれるかしら?」

「主よ、夜は始まったばかりだ……じっくり話し合おうではないか」

「お婿はん………………今夜は、寝かさんがぁよぉ……」


 え?

 え、なに?

 なんで?

 なんでこうなるの?


 おれ、何かした!?


「パルヴィ……っ!」

「それでは、私はそろそろ就寝させていただきますです。おやすみなさいです、おにぃたん」


 パルヴィに助けを求めようとしたのだが……逃げられた。


「さぁ、ご主人さん」

「……さぁ、【搾乳】」

「さぁ、主よ」

「さぁ、お婿はん」

「「「「ちょっと、こっちへ……」」」」

「ちょっ、まて! 離せ! 話せば分かる! だから離そう! そして話そう!」




 韻を踏んで頼んでみたのだが……効果はなかった。









いつもありがとうございます!


ショートストーリーと併せて、

王国での過ごし方が結構書けたのではないかと思います。


そろそろ、悪者が動き出しそうな予感です。


ゲイブマン「あ、そろそろ主人公たちのイチャイチャ終わった? もう尺OK? じゃあ、そろそろスタンバってもいい感じッスか?」

スタッフ「あ、撮れ高OKなんで、そろそろ襲いかかっちゃってください。派手にお願いしますね~」

ゲイブマン「はいは~い。OK牧場OK牧場! 任せてちょんまげ~!」

スタッフ「じゃあ、お願いしま~す!(あの人、ギャグのセンスが30年前なんだよなぁ……)」


……ゲイブマンの魔の手が、ご主人さんたちに忍び寄る…………


ゲイブマン「ふっふっふっ……本物の恐怖を味わうことになるぞ…………俺がなっ! 違うか!? なんつって!」

スタッフ「(あの人、やっぱギャグのセンスが30年前なんだよなぁ……)」





さて、

ファンタジーの世界は移動に時間がかかります。

飛行機でピューン!

電車でガタゴトー!

車でブッブー!

ムーンウォークでポォーウッ!

というわけにはいかないのです。


お馬さんでパカランヒヒーン!

くらいが関の山です。


何が言いたいかと言いますと、

なんだかんだで、ルゥシールとご主人さんが出会って、ぼちぼち一年(弱)が経過しようとしています。

グレンガルムの丘で会ってからだと二年(弱)。


なのでご主人さんはもう19歳なのです。

誕生日イベントやりませんでしたけども。

そろそろ所帯を持つ年齢です。


感想で言っていただけたことなのですが……


ずいぶん遠くまで来たものだなぁ、と。



1話の頃は「おっぱいおっぱい」しか言っていなかったご主人さんもすっかり成長して、

今では「おっぱいおっぱい」言うように…………ん?


あ、いや、違いました!



1話の頃は「巨乳巨乳」しか言っていなかったご主人さんもすっかり成長して、

今ではちっぱい偽パイなんでもござれに!!

…………変態度が増しているー!?



これもまぁ、一種の成長ということで…………




今後ともよろしくお願いいたします!!


とまと

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