102話 謁見の間にて パルヴィの『眼』 ※100話突破記念SS(その2)付き!
「宰相ゲイブマンはあと一月は戻らないはずです。どうか、城でゆっくりしていってくださいです」
パルヴィは玉座に腰かけると、にこりと笑みを浮かべた。
尖塔でお茶を飲んだ後、俺たちは謁見の間へと移動していた。
どうも、最初は寛いだ気分で話がしたかったらしい。……結果、ギッスギスな空間になっていたが…………怪我人も出たし。まぁ、怪我をしたのは舌を噛んだパルヴィだが。
お尋ね者の俺は、城内を堂々と歩けないだろうな、なんて思っていたのだが、そんなことは全然なく、むしろ拍子抜けするくらいだった。
誰も、俺たちに反応を示さない。
まるで、ここにいるのが当然のような扱いなのだ。
その理由が、宰相がいないから……らしいのだが。
「宰相が一月も城を空けるのか?」
仕事しろよ、と言いたい。
「陛下の『眼』を恐れてのことだ。もっとも、何かと理由をつけては外出に正当性を持たせるような小癪な真似はしているようだがな」
ウルスラが、ここにいない宰相を鼻で笑う。
こいつらの力関係が分からん。
「あの、ご主人さん。『眼』というのは?」
「ん? あぁ、俺の目と似たようなヤツだよ」
「ご主人さんの目というと…………まさか、巨乳センサーが王女パルヴィにも!?」
「魔力が見える目だよ!」
巨乳センサーは目じゃねぇ、心の中にあるんだよ!
ちなみに、『王女様』という呼称は、パルヴィ自らがやめてほしいと辞退していた。
俺が様付けを嫌がったように、俺の連れには様付けをされたくないのだそうだ。
しかし、仮にも一国の王女を呼び捨てにするわけにもいかず……ウルスラが超怖い目で睨んでくるし……妥協点として、「王女パルヴィ」というところに落ち着いた。
俺以外のメンバーは今後パルヴィをそう呼ぶらしい。
「……では、王女パルヴィも魔力が見えるということ?」
「いいえ。私の『眼』は、おにぃたんの目とは少し異なるんですよ」
フランカが俺に投げた質問に、パルヴィ自らが答える。
「おにぃたんは魔力を視ることが出来ますが、私は魔力ではなく『生命』が見えるのです」
「『生命』ということは……その人の寿命とかが分かるということか、王女パルヴィよ?」
「いいえ。そういうところまでは……ただ、命の火が弱まっている、というようなことは分かりますです」
年老いたり、重い病に冒されると『生命』は弱くなるらしい。
ただし、活力に満ち溢れている人間が突然命を落としたりもするようで、『生命』からその人物の寿命を判別するのは難しいようだ。
生命力の大小を見極めるくらいしか出来ないのだという。
まぁ、俺も、魔力の大小と核を見つけるくらいしか出来ないけどな。
「便利なことがあると言えば、私の『眼』の範囲は相当に広いということと、それから、その『生命』が誰のものかも判別出来ることにありますです」
つまり、パルヴィは王城にいながらにして、誰がどこにいるのか、どこで誰と会っているのかが分かるのだ。監視にはもってこいの能力だ。
「陛下の『眼』の有効範囲はブレンドレル王都を取り囲む外壁の外側までだ」
俺たちが入門するために並んでいた付近までが範囲らしい。
相当広いな。
王都内の人の動きは、すべて把握出来るということか。
パルヴィを敵に回すと、この王都では逃げることすら出来なくなるわけだ。
「けれど、宰相たちには、私の『眼』の有効範囲は郊外にまで及ぶと言ってありますです」
郊外と言えば、俺たちが徒歩で三日ほどかけて歩いてきた距離だ。
広大なんてものじゃないな。
「なんでそんな見栄を?」
「見栄ではないわ、馬鹿者が! この変態! 死んだ魚のような目! 腐敗臭! そこでハゲているがいい!」
「言い過ぎだろう!?」
ウルスラが俺に容赦ない。
尖塔でパルヴィが俺にべったりだったもんで、ヤキモチを焼いているのだ。
「餅みたいに、焼いて膨らめばいいのにな、お前の胸も」
「よし、上等だ。表に出ろ、ハゲ候補!」
「やめろ、その呼び名! なんだか心が抉られる!」
大丈夫、大丈夫!
俺はきっと大丈夫!
三十年後もふっさふさ!
「『眼』の有効範囲を偽っているのは、宰相たちを王都から遠ざけるためなんです」
にらみ合う俺とウルスラを見つめて、パルヴィが疑問に解をくれる。
なるほどな。
『眼』の範囲内でこそこそと悪巧みは出来ないというわけか。
もし宰相が、表立っては言えない人物と密会したい時は、ブレンドレル郊外よりも更に向こうまで行く必要があるというわけだ。
「マウリーリオ様の遺跡調査を、宰相の管轄にしたこともあり、宰相は頻繁に城を離れるようになりました。一月二月戻ってこないこともザラなんですよ」
「宰相がそんなに城を空けていいのかよ?」
「実質、宰相が実権を握っているブレンドレル王国ですが、お飾りの王女が玉座に座っているだけで済んでしまう仕事の方が多いんですよ?」
「おいおい。王女自らそんな発言すんのかよ……」
「事実ですから。表向きはそうなっていますし、皆さんそうであると信じておいでですから」
パルヴィは柔らかい笑みを、その愛くるしい顔に湛える。
しかし、その笑みの向こうに獲物を狙う獣のような野性味あふれる鋭い眼光が煌めいていた。
「私は、宰相がどこで、誰と、何を行っているのか、概ね把握していますです。ですが、それに気付かないのが、この国の王女の役目なのです。私は、職務を全うしているのです」
「自分が不利益を被らない間は、だな?」
「はいです」
宰相ゲイブマンの野心を知りながら、今は泳がせている状態というわけか。
「おにぃたんがカジャの街に現れたという知らせが届いたのが一月ほど前……ブレンドレルにおにぃたんがたどり着くのは、そこから四カ月から五か月ほどかかるだろうというのが宰相たちの導き出した結果でした」
「けど実際は二カ月ほど早くついてしまった」
「はいです。馬車や船には、宰相の息のかかった見張りが張りついていて、おにぃたんを目撃し次第連絡が来るようになっていましたです」
「けれど、馬車乗り場にも、船着き場にも、俺は現れなかった」
「はいです。さらに、オードゲオルの渓谷にて馬車が谷底に落ちた形跡が発見され、それがカジャの街の最長老タルコット・イーガンの持ち物であることが判明し、そこからおにぃたんは馬車と共に谷底に落下したのではないかという憶測が飛び交い始めたのです」
まぁ、確かに馬車は谷底に落ちたな。
ルゥシールが落としたんだが。
それがいい具合に目くらましになっていたのか。
実際は、ポリメニスのゴーレム馬車に乗って倍以上の速度で渓谷と運河を超えたのだがな。……ポリメニスのヤツ、流石にそこまでは計算に含んでないよな?
そして、さらに俺たちの幸運は続き、ブレンドレルの森の中でトシコと出会い、ジロキチに乗って三倍の速度でここまでたどり着いたというわけだ。
「さすがに宰相がオードゲオルの渓谷まで出向くことはないと思うが、宰相を支持する者たちは情報収集に躍起になっていることだろうな」
ウルスラが不愉快そうに呟く。
こいつは、心底宰相ゲイブマンを嫌っているように見える。
まぁ、ゲイブマンはパルヴィを利用する人間だからな。気に入らない気持ちは分かるが。
「そんなわけで、あと二~三ヶ月はおにぃたんに追手がかかることはないと思うです」
俺が死んだ場合と、生き延びていた場合。そのどちらにも手を打つ必要があるのだろう。
大変だな、悪だくみをする方も。
その間、ターゲットの方は悠々と王城での生活を満喫出来るってわけだ。
「けど、城の中には他にも宰相派の人間もいるのではないのか? その者が宰相へ知らせを出したらどうなるのだ?」
「それはありませんです」
テオドラの疑問を、パルヴィはきっぱりと否定した。
「今、この城内にいるもので、私やウルスラさんに敵対する者は一人として存在しませんから」
パルヴィが言うには、ゲイブマン派の人間は、みなゲイブマンに駆り出されブレンドレルを離れているらしい。
王室の仕事も、ゲイブマンが不在では進まない。そこで、ゲイブマンに追従する方が得策だと判断したらしい。……いや、そうなるようにパルヴィが仕向けたらしい。
「ですので、今、この王城は開店休業状態です。実際のお城を使った、お城型リゾートホテルなのです」
我が妹ながら、末恐ろしいヤツだ。
「……しかし、よく『眼』の範囲を勘違いさせることが出来たわね」
「私の部下が郊外に数名待機していてな。情報を瞬時に伝達出来る仕組みを構築してあるのだ」
「なるほど。パルヴィが城にいながら、郊外の情報を得ていると思わせられれば、それが『眼』の力のものだと錯覚させることが出来るってわけだな」
「あぁ、そうだ。ちなみに、郊外に常駐している者以外に、外へと放っている諜報員も数十名存在する。そやつらには、主にマウリーリオの遺跡について調査に当たらせている」
そういえばウルスラの実家、ベイクウェル家は諜報活動を生業としている一族の長を務める家柄だったっけな。
闇にまぎれ、音もなく忍び寄り、様々な工作を行う隠密集団だったはずだ。
こいつがパルヴィのそばにいるのは単に仲良しだから、というわけではないようだ。
「ですから、私は知っているのですよ。おにぃたんがオルミクル村付近にある『古の遺跡』を攻略したことも」
にこりと、無邪気な笑みを俺に向けてくるパルヴィ。……こいつは、随分前から監視されていたと思った方がいいかもしれんな。いつから見られていたのやら……まるで気が付かなかった。
「ですから、ですから、私は知っているのですよ………………そこの胸女がおにぃたんを膝枕していたことも……ね」
「ぴぃっ!?」
パルヴィの暗黒色の瞳に見つめられ、ルゥシールが変な声で鳴いた。
「あ、ああぁぁぁあ、あの、あのっ! ……もしかして、遺跡内部のことや、カジャの街の宿屋のことや、オードゲオルの渓谷の馬車の中のことなんかも……」
「残念ながら、室内へ潜入しての調査は行っていないのです。一度感付かれると、それ以降二度と諜報員を向かわせることが出来なくなるですから。おにぃたんの場合は特にです」
「よかった! 本当によかったです!!」
ルゥシールが渾身のガッツポーズを決めている。
あぁ……ドラゴンに変身する時のアレな…………室内でやっといてよかった。
「でもですね…………そこの胸無し真っ黒シスターがカジャ近郊の砂漠で私のおにぃたんの唇を汚したことはちゃーんと知っているです」
「……ごふぅっ!」
突然、フランカが盛大にむせた。
背中をさすってやろうかとしたのだが、「……い、いいっ! いいから!」と全力で拒否られてしまった。
「……な、なぜ、そこだけ…………よりによって、その時に……」
むせた時に床へ倒れ込んだフランカは、そのまま四つん這いでうなだれている。
体がプルプルと震え、つむじからほのかに湯気が昇っている。
「へぇ……そがんことばあったとね?」
「そう言えばあったなぁ、そんなことも……」
「そうですね。まぁ、仕方のなかった場面ではありましたけどもねぇ」
「……ルゥシール、あなただけには責める権利がないはず」
「いえ、別に責めていませんよ? 仕方のなかった状況でしたしねぇ」
「……言い方に悪意がある。いや、悪意しかない……ルゥシールはもっといい娘だったはず、目を覚まして。出来れば味方について」
「どうしましょうかねぇ……」
なんだか、全員でフランカをいじめているような構図になっている。
よくないな、これは。
俺は、蹲るフランカの隣まで行き、庇うようにその隣に立つ。
「あのなぁ。パルヴィも、お前らもちょっとは落ち着けよ。命のかかった戦闘中のことだぞ? 極限の場面で最適な行動をとっただけだろうが。しょうがなかったことに関してあとからどうこう言うんじゃねぇよ」
「……【搾乳】…………ありがとう」
俺が庇うと、フランカは嬉しそうな笑みを浮かべた。
まぁ、俺にも責任の一端はあるからな。これくらいはしてやらんと。
「戦闘中の仕方なしはノーカウントだ。戦闘じゃないところで、俺の意志でそういうことをした場合はどうこう言われても仕方ねぇかもしれねぇけどな」
「ごふぅっ!?」
俺が言い終わると、今度はルゥシールが盛大にむせた。
床へとへたり込み、心臓を両手で押さえつけ、泳ぎまくる視線をさまよわせて額から汗をだらだら垂れ流しながらひっくり返った声で言葉を発する。
「そ、そそそそそ、そうですよね、戦闘以外の時に、ご主人さんの意志で、仕方なしじゃなく、そういう行為に、およんだりした、ば、ばばば、ばあ、場合、場合でも、なな、ない限りは、せ、責められ、られませせせせせんよねよねよねよねっ!? ま、まぁ、わたしは、そんな行為とは、む、むむ、無縁ででででですですですけどもももももっ!」
そんなルゥシールの様子を見て、俺はある出来事を思い出す。
…………俺、ルゥシールと…………その、まぁ、いわゆる、そーゆーこと? 的なことを……………………した、なぁ。戦闘中の仕方なしじゃなく、まぁ一応、俺の意志で…………
で、でで、でもぉ!
そのことは二人だけの秘密だし!
俺とルゥシールが黙っていれば決してバレないことだし!
誰も知らなければ、それはなかったのと同じことだし!
よし、誤魔化そう!
俺は知らない!
何も知らない!
「だ、だだ、だよな!? そ、そーゆーことが、もし仮に、万が一にでもあったとしたら、そのときは、ほら、まぁ、あれだ! な? アレだけどな? でも、そんなこと、なぁ? 別に、全然、そんなんじゃないっつうか、なぁ!?」
「そっ、そそ、そうですよっ! もう、急に何言い出してるんですかご主人さん!」
「いやぁ、悪い悪い!」
「ヤですよぉ、もぉ~!」
「あはははは!」
「うふふふふ!」
よし、誤魔化せた!
と、一同の方へと視線を向けると……
「…………そう。そんなことがあったんだ」
「しかし、いつの間に……主とルゥシールが二人っきりになった時など、数えるほどしか……」
「な~んなん? な~んちゃ、ヤ~な感じさねぇ……デレデレしくさってからに」
……冷た~い視線が俺たちに集中していた。
みんな、顔……怖いよ?
「それは……私も初耳ですよ、おにぃたん?」
「もう一度、諜報員からの情報を精査してみましょうか、陛下?」
パルヴィも不機嫌顔で俺を睨み、ウルスラが余計なことをしようとしている。
バカ、ウルスラ! やめろ! 不幸になるぞ! ……俺が。
「おにぃたん。宰相が戻るまでの間、この城でゆっくりとしていってくださいねです。……その間に、そのクソ胸女との関係を徹底的に調べ上げるですから」
「ちょっ!? 私に対する敵意が凄まじいですよ!? な、仲良くしましょう!? ね? 王女パルヴィ!」
「だ・ま・れ・です。腐れ乳女」
「酷っ!? 酷いですよ、ご主人さん!? 腐れ乳って!」
「待つんだ、パルヴィ! おっぱいに罪はない!」
「わたし本体にも罪なんてないですよっ!」
「ウルスラさん、調書の洗い直しをお願いするです」
「かしこまりました、陛下!」
「待ってください、ウルスラさん! 話し合いましょう!? ね、ねぇ!?」
謁見の間を出て行くウルスラを、ルゥシールが追いかけていく。縋りつくように。
「いかんがよ! ルゥシール、逃げるつもりだべ!」
「うむ! ここで取り逃がすとうやむやにされてしまうかもしれんな!」
「……逃がさない」
そのルゥシールをトシコ、テオドラ、フランカが追いかけていく。
……あのぉ、俺、どうしたら?
「おにぃたん」
広い謁見の間には俺たち兄妹しかいない。
パルヴィの命令で兵士や大臣たちも立ち合いを禁じられているのだ。
久しぶりの兄弟二人だけの時間。
…………なのに、なぜだろう?
さっきから脂汗が止まらない…………
「何もしゃべらなくてもいいですよ。…………全部、調べ上げるですから」
「いや、しゃべらせて! ちゃんと説明するから!」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないのは俺の方!」
「平気です」
「いや、だからね!?」
「黙れです」
「……怖い。目が超怖いよ、パルヴィ…………」
そんな、賑やかな感じで俺たちの王城滞在は始まった。
宰相が次の行動を起こすまではここで待機することになる。
宰相の動きは常にウルスラの部下が探ってくれているらしい。
俺としては、魔族の召喚をやめさせ、パルヴィの身の安全を確保出来ればそれでいいのだが……なかなか難しそうな問題だ。
とにかく、相手の出方が分からない限りこちらから動くことは出来ない。
ゲイブマンたちを殲滅するわけにも、いかないからな。
と、その前に……
「パルヴィ!? ねぇ、パルヴィ! お兄ちゃんと話をしようじゃないか! ねぇ! パルヴィー!」
すぐそこに迫った身の危険を回避することが先決なようだ……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ブレンドレルより北へ500キロほど進んだ深い森の中。
そこに、古い遺跡が一つ建っていた。
みすぼらしい外観とは裏腹に、その内部は複雑かつ強固で、いかなる侵入者も寄せつけないダンジョンになっている。
最新の技術を惜しみなく使い、近代化された地下遺跡の最奥に、巨大な魔法陣が描かれている。
かつて、ブレンドレル王城地下に先王とバスコ・トロイが完成させた魔法陣をさらに改良させた、現存するものの中で最高のクオリティを誇る巨大魔法陣。
その魔法陣を見渡せる研究室に、一人の老人がいた。
地下遺跡には似つかわしくない、高級感あふれる革張りのソファに深く腰掛けているその男の名はゲイブマン・ムホルトワ。ブレンドレル王国の実権を握る宰相である。
「ふん……小娘が……」
琥珀色の上等な蒸留酒が入ったグラスを傾け、一気に呷る。喉を鳴らし、気管を焼き尽くすような度数の強い酒を飲み込む。
空のグラスを見つめ、ゲイブマンはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「いまだにこのワシを嵌めておるつもりであるわ……まんまと嵌められておるのが自分だとも気付かずにのぅ……」
くつくつと、喉を鳴らして下卑た笑みを漏らす。
ゲイブマンの足元には傷だらけの一人の兵士が横たわっている。全身が血に染まり、手足があらぬ方向へ四度五度と折れ曲がっている。
瀕死のその兵士の胸には、ベイクウェル家の家紋が刻まれている。
「ウルスラ・ベイクウェル共々、新たな王国の礎にしてくれるわ……」
手に持ったグラスを、足元に横たわる瀕死の兵士目掛けて叩きつける。
甲高い音を響かせてグラスが割れ、ガラス片が飛び散る。
「このワシ、ゲイブマンが国王となる、新たな王国のなぁ!」
高笑いをするゲイブマンの背後には四つの影が並び立っていた。
漆黒よりも暗い影…………
魔界から召喚した、『魔神の影』たちが不気味に、ゆらゆらと揺らめいていた。
いつもありがとうございます!
というわけで、本日はSSその2です!
どうか、最後までお楽しみくださいませ。
次回もよろしくお願いいたします。
とまと
『え、1ダースって10個じゃないんですか!? の巻』
「ご主人さんの理想の女性……ですか?」
テオドラさんが、突然そんなことを言い出しました。
「うむ。何か心当たりはないか?」
「おっぱい、ですかね?」
「それは知っている。それ以外で、だ」
「……………………横乳?」
「なんというか、お主もすっかり毒されておるな、主に」
テオドラさんがわたしを、残念な娘を見るような目で見てきます。心外です。
しかし、ご主人さんの理想の女性ですか……考えたこともありませんでした。
もし、ご主人さんの理想の女性に近付くことが出来れば、ご主人さんとずっと一緒にいられるでしょうか?
うん。きっとそうなる気がします。
ご主人さんの方から「一緒にいてほしい」と言われたり……そんなこともあるかもしれません!
これは、なんとしてもご主人さんの理想の女性にならなければ!
「あのっ! テオドラさん!」
「なんだ!? 急に大声を出して、どうした、ルゥシール?」
「ご主人さんの理想の女性って、どんな人かご存じありませんか!?」
「…………知っていたら、お主に聞いておらんよ」
「……あ…………ですよねぇ」
あぁ、やめてください、テオドラさん。とても残念な娘を見るような目で見てくるのは……
「で、では、テオドラさんはどんな人だと思いますか? 予想で構いませんので」
「予想か…………そうだな……主の理想の女性……………………おっぱい、かな」
「…………ご主人さん……残念です」
もう、それ以外のイメージがないようでしたので、私は別の人のところへ向かうことにしました。
フランカさんは、中庭で不思議な体操をされていました。
予想ですが、一人ボケツッコミ体操だと思われます。
『神様、おっぱいが1ダースほど欲しいです』……『って、そんなにいるか~い!』みたいな感じに違いありません。フランカさんはユーモアまでもを手に入れるつもりなのでしょう。女性の鑑です。
「面白い体操をしているところすみません。フランカさん、ちょっと話を聞いていただけませんか?」
「……その前に、そのケンカ、買ってあげるわよ?」
ケンカを売ったつもりはないのですが……フランカさんの目が凄まじく鋭かったです。
……鼻の穴に生卵を流し込むのだけは勘弁してください……本気泣きしちゃいましたよ、アレ。
「……それで、何?」
「実は、――ヨコチチぷるぷる――というわけでして」
「……ルゥシール、あなた……随分毒されているようね、【搾乳】に」
かくかくしかじかだと、訂正されてしまいました。
しかしながら、言いたいことは伝わったようです。
「……【搾乳】の理想の女性………………おっぱい?」
「ですよねぇ。それ以外を考える方が難しいですよね」
ご主人さん……つくづく残念です。
「……ルゥシールは、【搾乳】の理想の女性になりたいの?」
「ふぇっ!? あ、いえ……そういうわけでは、無くもないのですが……た、単純に興味がありまして!」
「……確かに、興味はあるわね。彼がおっぱい以外に興味を惹かれるものがあるのかどうか」
「ちなみに、あると思いますか?」
「……ないと思う」
「……ご主人さん……残念です…………」
つくづく! つくづくです!
フランカさんは引き続き面白一人ボケツッコミ体操をされるということでしたので、わたしは早々にその場を離れました。
それからあちこちを歩き回り、テラスでトシコさんに会いました。
さっそく同じ質問をぶつけてみます。
「なん~? お婿はんの理想の女性ば知りたかと?」
「はい。なにか心当たりはありませんか?」
「そがんもん、おっぱいに決まっとーやろうに」
「……やっぱりですか」
どうにか、そこをなんとか、おっぱい以外で考えてもらうようお願いしてみました。
「ん~、おっぱい以外やと……そがんやねぇ、ほんなこつお婿はんばち~っとくさ掴みんどころばあらんせんけん、ほだなこつ想像ばぁ出来んがやねぇ。だども大抵の男っちゃ女らしい女ば好いとうもんやろう? 女らしかち言うたらやっぱり……おっぱいかのぅ?」
よく聞き取れなくて途中聞くのを放棄していたのですが、散々考えた結果、結局おっぱいに帰ってきたようでした。
おっぱいって、そこまで重要なものなのでしょうか?
「おっぱい以外で、何か思いつきませんか?」
「他ん男ならともかく、お婿はんに限って言うたら、おっぱい一択だべや!」
断言でした。
一辺の迷いもない断言でした。
……ご主人さん……残念です…………
「おにぃたんの理想の女性ですか?」
「はい。身内の方なら、何かご存じなのではないかと思いまして」
壁にぶつかったわたしは、身内の方にお話を窺うことにしました。
おにぃたん大好き、王女パルヴィさんです。
「おっぱいですよ」
「それ以外で、なんとか別の回答を見出せませんかねぇ!?」
もう、おっぱいは分かりました。
みなさん、何の疑いもなくおっぱいを挙げられます。それだけ真っ直ぐな人間だということなのかもしれませんが、不思議と一切羨望の眼差しを向けられる気がしません。
「おっぱい以外だと、妹ですね。おっぱいの大きな妹なら完璧です!」
「あ、すみません。もう大丈夫です。どうもありがとうございました」
そうでした。
この方に話を聞いても無駄なのを忘れていました。
この方は、もはや手の施しようがない、末期のブラコンさんなのでした。
……残念です……ご主人さん。兄妹揃って…………
「と、いうわけで、幼馴染のウルスラさん。お願いします」
「おっぱ……」
「おっぱい以外で、お願いします!」
「なぜ私に聞くのだ? 私があの男のことなど知るわけがないだろう?」
ウルスラさんはお仕事の途中だったのか、少しイライラとしています。
けれど、これだけは教えてほしいのです。
お城の仕事など、後回しでいいと思います。どうせ大したお城じゃないのですから。
ご主人さんを虐げるような人が跋扈する城など、何の価値もないのですから。
ただお布団がふかふかで、ご飯がおいしい宿くらいの価値しかないのですから。
「そんなに気になるなら、本人に聞けばよかろうが」
「ウルスラさん!」
「な、なんだ……?」
わたしがズズイッと詰め寄ると、ウルスラさんは体を後ろへ引き表情をこわばらせました。
わたしはジッとウルスラさんの瞳を見つめて言います。
「その手がありましたか!」
「……気付かなかったのか……今まで?」
「はい! 一切!」
「……お前、残念だな……」
むぅ!
なんですか、人をご主人さんみたいに! 失礼な!
そんなわけで、忙しそうにしているウルスラさんを残し、わたしはご主人さんを探しました。
「う~む。この女神像は形のいいおっぱいをしているな。揉んでも硬いのが玉に瑕だがな」
「やっぱりおっぱいなんですね、ご主人さんは」
城の中庭を見守る女神像の前で、ご主人さんは腕組みをしつつおっぱいを眺めていました。
……残念です。
「どうしたんだよ、いきなり?」
わたしは、思い切ってご主人さん本人に尋ねることにしました。
「あの、さっきみなさんとお話をしていたのですが……」と、前置きをしっかりして、別にわたしがすごく興味を持っているわけではありませんよということをアピールして……
「ご主人さんの理想の女性って、どんな方なんですか?」
「理想? う~ん…………そうだなぁ……………………ん~………………」
ご主人さんは腕を組み、真剣に、真剣に悩んでいるようでした。
そして、パッと表情を輝かせ、今浮かんだのであろう回答を教えてくれました。
「おっぱい!」
「ご主人さん以外の人はみんな即答でしたよ!?」
なぜ、本人が一番時間を使って、しかも同じゴールにたどり着くのか……もう、もう! 残念です!
わたしがこんなに気になって、歩き回って、聞いて回ったというのに!
結局おっぱいなんですね、ご主人さんは!
じゃあ、もういいです!
「じゃあ、もう、ご主人さんはおっぱいが1ダースくらいある人と結婚すればいいんです!」
「いや、1ダースもいらねぇわ!」
「右に五個、左に五個ついてる人を探してください!」
「……なぁ、ルゥシール。1ダースって、12個だぞ?」
「え? ……なんでそんな中途半端な数なんですか?」
「いや、俺に聞かれても」
なんということでしょう……今、初めて知りました。
「なるほど……ご主人さんは1ダースもいらないと……じゃあ、やっぱり右に五個、左に五個くらいが?」
「あぁ、うん。違うんだ。二個減ったからいいとかじゃなくてな? 分かるよな? 本当は分かってるよな?」
「その十個が全部巨乳ならいいんですよね?」
「いや、俺の話をちゃんと聞け、な? そんなに、いらない。むしろ、無い方がいい」
「おっぱいが無い方がいいだなんて…………さては、ご主人さんの偽物ですね!?」
「違うわ! 右に一個、左に一個、ワンセットボイ~ンっとあるのがいいっつってんだよ!」
「じゃあ、わたしでも…………いい、と、いうこと…………でしょうか?」
「へ……………………」
わたしは、右に一個、左に一個、ワンセットがボイ~ンとあります。
それでいいと言うのであれば……わたしは、ご主人さんの理想の女性に近いということ……なのでしょうか?
「………………ま、まぁ……理論上は、そうなる、……かもな」
「はい……そうですね…………理論上は…………物理的には……はい」
奇妙な沈黙が落ちました。
わたしは何も言えず、ご主人さんも何も言わず、でも決して不快ではなく、居心地も悪くなく……不思議な胸の高鳴りを覚えつつ、私はその奇妙な空間を味わっていました。
それは、何とも静かな時間でした。
夕食の後、お話を聞かせてもらった皆さんにも報告をしました。
フランカさんとテオドラさんとトシコさんです。
王女パルヴィとウルスラさんは食事の後用事で退席してしまったのです。
「それでですね、結局ご主人さん本人に尋ねてみたんです」
「……それで、結果は?」
フランカさんをはじめ、皆さん興味があるのか真剣な表情で身を乗り出してきました。
ですので、わたしは最終結論を発表しました。
「おっぱいでした」
「……【搾乳】…………」
「主よ…………」
「お婿はん…………」
「「「……残念ね」だな」だべ」
三人とも声を揃えて同じ言葉を言っていました。
これはもう仕方がないことでしょう。
だって、ご主人さんは…………とても残念な人なのですから。
「ふふ……ご主人さん。本当に、残念、ですね」
ただ少しだけ……わたしは満たされた気持ちになっていました。