101話 だって大好きなんだもの ※100話突破記念SS(その1)付き!
レンガ敷きの広い道を、豪奢な馬車が駆けていく。
「速かぁ! ジロキチん三倍は速かね!」
そんなわきゃない。
あの三倍で動かれたら俺ら全員気絶してるわ。
馬車の客室は広く、俺たちは全員でゆったりと椅子に腰掛けていた。
馬三頭が縦で引く超高級馬車だ。
しかも、ほとんど揺れないという優れもの。まぁ、道がいいのもあるのだろうけど。
「全然揺れなくてよかったなフランカ」
「…………振動があれば私の胸も少なからず揺れている。肉眼で確認出来ないだけ」
「胸の話じゃねぇよ。馬車の話だよ。……で、肉眼で確認出来なきゃ、それはもう揺れてねぇだろ」
「……揺れている。むしろ、積極的に揺らしている」
とりあえず、こうやってムキになって反論出来るほどは元気らしい。乗り物に弱いフランカが元気なのだ、この馬車がいかに快適か分かってもらえただろう。
「おぉー! アレば見て!」
「え、どれですか?」
「あぁーん、もう見えんくなってもただわ!」
「えぇー!」
大きめの窓から外を眺めて、トシコとルゥシールが大はしゃぎをしている。……田舎者め。
「ところで、青髪の女……ウルスラ、と言ったか?」
「なんだ、二刀流」
「テオドラだ」
「うむ、覚えておこう」
「うむ」
「うむ」
「…………」
「…………」
いや、うむじゃなくて!
会話終わったの!?
「何か言いたかったんじゃないのかテオドラ?」
「おぉ、そうであった」
この娘、大丈夫か?
テオドラはコホンと咳払いをしてウルスラを見つめる。
そして、視線はウルスラの胸を素通りして、腰へ向かう。
「今、視線が胸をつる~んと素通りしただろう?」
「擬音がおかしいだろ、この変態!」
「おいおい、いつまで変態呼ばわりなんだよ? 昔みたいに『おにぃたん様』って呼んでいいんだぞ?」
「バッ!? き、貴様! そんな古い話を……誰が呼ぶか!」
ウルスラが赤く染まった顔を背けるが、その場にいた全員がこの話題に食いついた。
「……『おにぃたん様』?」
「そんな風に呼んでいたのか、ウルスラよ?」
「おめぇさも、案外お婿はんのこと気にいっちゅうがと?」
「う、うるさい! 貴様らには関係のない話だ!」
「ご主人さん。そんな風に呼ばれていたんですか?」
「あぁ。俺が城を追い出されるまではずっとな」
「えぇい、貴様も黙れ変態!」
「変態、変態って……ここは変態だらけだから誰のことか分からなくなるだろうが」
俺の発言を受け、全員の声が止んだ。
馬車の中は静寂に包まれる。
あれ? なんで黙るの?
「この馬車の中にいる変態は、ご主人さんただ一人だ、と思う方~?」
ルゥシールの問いに、俺以外の全員が挙手をする。
「ちょっと待てよ!? お前ら、自覚ないのかよ!?」
俺は驚くやらあきれるやらで言葉が出てこなかった。
「まったく……開いた口が塞がらない……いや、膨らんだ胸がしぼなまいとはこのことだな」
「なんで言い直したんですか!? 言い直す前が正解だったのに!?」
「……ルゥシール。膨らんだ胸は、しぼまないのよ!」
「フランカさん、しっかりしてください! ご主人さんと同じ位置まで降りてはいけません!」
えぇ、ルゥシール……お前、俺より上位にいるつもりだったのぉ!? 無いわぁ……
「俺の匂いを執拗に嗅ごうとしたテオドラ。胸のことばっかり考えているフランカ。田舎者のトシコに、おっぱいルゥシール」
「に、匂いに執着するのは、女子としての本能というか……女子はみんなそういう一面を持っているのだ!」
「……その言い方は、私と【搾乳】が同類に聞こえる。訂正を求める」
「田舎もんと変態は別物だべ!?」
「っていうか、わたしの扱いが一番酷いですよね!? 雑な上に、まるで説明になっていないじゃないですか!?」
やいのやいのとやかましい。
要するに、お前らも人のことは言えないってことだ。
「……ろくな仲間がおらんのだな、貴様は」
ウルスラが、少し同情したような瞳で俺を見てくる。
おぉ、分かってくれるか?
こいつらをまとめている俺の苦労を。
「……同性に惚れているあなたも、十分変態」
「わ、私のことはどうでもいいだろうが!」
ウルスラが真っ赤な顔でフランカを睨む。こいつは打たれ弱いなぁ……
「それで、テオドラよ。私に何か言いたいのではないのか?」
「おぉ、そうだった。少しそのレイピアを見せてはくれまいか?」
「私のレイピアを?」
「うむ。ワタシは剣の修業をずっと続けてきている関係で、刃物に興味があってな」
「そういうことなら……」
ウルスラが腰に手を伸ばしレイピアの柄を握る。
「頬ずりしたり、抱きしめて寝たりしてみたいのだ」
「そんなことされると分かって貸せるかぁ!」
「なぜだ!?」
「説明が必要か!?」
ウルスラはレイピアを隠すように体を傾ける。
テオドラが手を伸ばすが、それを押さえつける。
うん、やっぱり変だよな、テオドラ。
「くそ……まさか貴様の言うことの正しさが証明されるとは……変態が複数いては、変態と呼称するには問題があるようだ……」
ウルスラが眉間にシワを寄せて言う。
っていうか、俺を変態と呼ぶことに問題がないとマジで思ってたのか、こいつは?
「だから、昔みたいに『おにぃたん様』って……」
「それだけは死んでもお断りだ!!」
ウルスラは頑なだ。
昔から頑固な部分はあったが、ここまでとはな。
「貴様の呼び方は追々考えておく。それよりも、陛下の前で無礼を働くなよ、貴様ら」
「だそうだぞ、みんな」
「一番心配なのはご主人さんですよ!?」
ルゥシールが不可解なことを言う。
俺とパルヴィは兄妹だぞ? 兄妹の間に無礼なことなど何一つとしてありはしない。
「たとえ、再会と同時に胸を揉んだとしても、兄妹ならセーフだ!」
「セーフじゃないですよ!?」
「仮に本気でそんなことをすれば、ブレンドレル有史以来最大の問題行動だぞ」
ウルスラが怖い顔で俺を睨む。
いや、しないから。例えばだから。
だから、レイピアの柄に手をかけるのをやめろ。
「とにかく、もうすぐ城に着く。馬車を降りたら大人しくしていることだな」
俺に釘を刺すようにウルスラが言う。
「『偶然』ゲイブマンたちがいないので、大人しくしていれば騒ぎにはならないだろうからな」
そう言ったウルスラの瞳は、何か含むものを感じさせた。
そうか、ゲイブマンは今いないのか。
……まぁ、おそらく俺を迎え撃つための策を練るために魔導ギルド辺りの連中と会議でもしているのだろう。
それが裏目に出るとは、つくづく間抜けなヤツだ。
まぁ、おかげですんなりと街にも入れたし、妹にも会えるってわけだ。
「ご主人さん、お城が見えてきましたよ!」
窓の外を見て、ルゥシールが声を上げる。
ルゥシールの言う通り、窓の外には高い尖塔を持つ巨大な城が姿を見せていた。
「あぁ~っ!?」
城を見て、トシコが絶叫する。
なんだ!?
何かあったのか!?
「クレープ食べとらんと!」
クレープ?
「オラ、クレープさ食うの、どえりゃあ期待しとったがやのに!」
トシコは窓に駆け寄り、通り過ぎていく街の風景を覗き込むように見つめる。
クレープくらい後でもいいだろうに。
しかしトシコはそう思わなかったようで……
何を思ったのかおもむろに弓を構え、それを御者台へと向ける。
「今すぐ引き返すだ! さもなくば御者を射る!」
「騒ぎを起こすんなっつってんだろ!?」
くそ、俺の周りにアホの子ばかりが増えていく……なんとかしないと、そのうちとんでもないことを引き起こしそうだ。
俺はトシコから弓を奪い取り、きつく叱ってやった。
「馬車内の平均バストを引き下げてるくせにわがまま言うな!」と。
……フランカとウルスラの目が怖かったが……そこは触れないように徹した。
そうこうしているうちに……俺たちを乗せた馬車はブレンドレル城へと入っていった。
俺たちが通されたのは謁見の間……ではなく、パルヴィのプライベートルームだった。
公的な場所に俺を招くのは、各所に摩擦を生みかねないという理由で、俺たちの訪問は秘匿扱いらしい。
ウルスラに連れられて訪れたのは、城の中でも特に高くそびえ立つ尖塔の最上階だった。
その昔、よく俺と妹が遊んでいた部屋だ。
大きな木製のドアをノックするウルスラ。
返事はすぐに返ってきた。
久しぶりに聞く妹の声だ。少し、落ち着いた感じの声になったかな。
「……入るぞ」
「おう。久しぶりだな、ここも」
「失礼の無いようにな!」
「分かってるって」
「後、なるべく見るな。陛下の神聖な何かが減る」
「なんも減らねぇよ……俺が見たくらいじゃ」
こいつは、俺を何だと思ってやがるんだ。
ウルスラは最後に俺を一睨みした後、ゆっくりとドアを開いた。
開かれたドアの向こうに、一人の美少女が立っていた。
美しく均整の取れた、やや小柄な体。
ふわりと軽やかな印象を与える美しい金髪に、小さな顔。その中で存在感を発揮する大きくくりっとした瞳。
そして、七年近く前別れた時にはなかった、豊かでたわわな胸元の大きな膨らみっ!
「妹よっ!」
両手の指をわにょわにょさせながら駆け出そうとしたら、その場にいた全員に取り押さえられた。
「おっぱいに一直線ですか!?」
「……その指の動き、やめて」
「主よ、相手は血を分けた実の妹だということを自覚してはくれまいか!?」
「王女様ん胸ば、気安く触ったら怒られるでよ!?」
「駆除するぞ、この害虫がっ!」
なんなのだ、こいつらのこの団結力!?
お前ら、いつの間にここまで固い絆を結びやがったんだ!?
「お久しぶりです、おにぃたん」
「「「「おにいたんって!?」」」」
ルゥシール、フランカ、テオドラ、トシコが声を揃えて突っ込む。
なんだよ?
いいだろう、妹が兄を『おにぃたん』って呼んだってよぉ!
「さぁ皆様、どうぞおかけくださいです。美味しい紅茶を用意させますです」
にこやかに、俺たちを招き入れるパルヴィ。
所作がふわりと柔らかく、それでいて洗練された上品さが滲み出している。
その立ち居振る舞いは完璧なレディ。王女の姿そのものだった。
別れた時はあんなに幼かった妹が、今では国を背負う王女なのだと改めて思い知らされた気分だ。
俺がいない間に、随分と大きくなってしまったものだ。
そんな、嬉しさとほんの少しの寂しさを感じつつ、俺は窓辺のソファへと腰を下ろした。
他の面々も、適当な場所に腰を下ろしていく。
俺の隣にはルゥシールとトシコが座り、向かいにテオドラとフランカが座った。
パルヴィが座るまで待つべきかどうか迷っていたようだが、俺が座ったので全員それに従ったようだ。
けれど、一応上座は開けてある。
そして、俺たちが座るのを笑顔で見つめていたパルヴィは、全員が着席したのを確認するとゆっくりと動き始め、足音もさせずに俺に近寄ると、ストンと、俺の膝の上に腰を下ろした。
「ん?」
「えっ!?」
「なっ!?」
「ちょっ!?」
「あんれまぁ!?」
「……なにごと?」
ちなみに、俺、ルゥシール、テオドラ、ウルスラ、トシコ、フランカの順だ。
「おや? どうかされましたですか、みなさん?」
パルヴィは不思議そうに小首を傾げて、目を丸くしている一同を見渡す。
俺の太ももに、小ぶりな尻の感触が伝わってくる。
「昔はよくこうして、絵本を読んでもらっていたのですよ? ねぇ、おにぃたん?」
「あぁ。そうだったな」
「いや、でも……昔と今では……」
「何も違いませんですよ」
ルゥシールが言いかけた言葉を、パルヴィの柔らかい声が遮る。
柔らかくも、鋭い声が。
「それから、ルゥシールさんにトシコさん、でしたですか? 少々……おにぃたんに近過ぎるのではないですか?」
俺の両隣に陣取っている二人へ、パルヴィの敵意が向けられる。
笑顔から発せられる圧力に、ルゥシールとトシコは怯み、拳一つ分、俺から遠のいた。
「はい。よく出来ましたです」
それに満足したのか、パルヴィは機嫌のよさそうな声で言う。
と、パルヴィが俺の膝の上で体を回転させてこちらを向く。
横座りになり、上半身が向かい合う。
俺の顔を覗き込むようにニコリと笑うと、そのまま体を俺に預け抱きついてきた。
「会いたかったです、おにぃたん……とってもとっても、会いたかったですよ」
その甘え方や甘えた声は、あの頃の妹と何一つ変わらず、俺はなつかしい感覚を味わっていた。
ただ一つ違うのは、あの頃にはなかった大層立派な膨らみが胸に押しつけられていることか。
「おにぃたんがいっぱい触ったから、こんなに大きくなったんですよ?」
頬を朱に染め、パルヴィが俺の瞳を覗き込んでくる。
さらに胸を押しつけるように密着してきて、鼻の頭が触れそうな距離に顔が近付いてくる。
「魔力も、おにぃたんが限界を壊してくれたおかげで、どんどんその量を増やしているんですよ」
確かに、パルヴィの魔力は以前とは比べ物にならないほど大きくなっていた。
幼いころでさえ史上最大と言われたパルヴィの魔力だったが、現在のパルヴィと比べればまさに大人と子供の差があった。
パルヴィの魔力量は、魔神をも凌駕する凄まじいものだった。
俺が限界を壊したってのは、どういうことだ?
「あの日……おにぃたんがいなくなってしまったあの日……私は夢を見たのです。私は、私の中にいて、私の魔力がおにぃたんに吸収されていく様を眺めていたです」
俺の胸を人差し指で押しながら、パルヴィは嬉しそうに話す。
胸をなぞる指の感触がくすぐったい。
頬にかかる息が、時折背筋をぞくりと粟立たせる。
幼さと妖艶さを併せ持つ不思議な表情が、愛おしげに俺を見つめている。
「私の中の魔力がついに無くなる……その時、私は確かに感じたのです。私の中の壁が……限界というリミッターが破壊されるのを……です」
リミッターが破壊……
俺が、まだ制御出来なかった力で根こそぎパルヴィの魔力を奪い取ってしまったせいなのだろうか。
パルヴィの中で、普通では考えられないことが起こったらしい。
そして、今現在、パルヴィの中には前以上の魔力が宿っているのだ。
「リミッターが解除された私の魔力は、時間と共に増え続け……回復ではなく、際限なく増え続けているのです……ご先祖様の神器をも超える魔力を人間の器の中に実現させたのです」
魔力が半永久的に回復していくマウリーリオの神器。
しかし、神器は上限が決まっており、それ以上の魔力は何年寝かせておいても神器には宿らない。
しかし、パルヴィにはその上限がないのだという。
つまり、時間が経てば経つ分だけ魔力が増加していくのだ。
「おかげで、私は歴代最高の魔力を誇る王女となりましたです。おそらく、今後も塗り替えられることのない、最高の魔力を有していることでしょうです」
すぐ目の前で向かい合っていたパルヴィの顔がふっと近付き、俺の肩へアゴを乗せる。
ギュッと抱きつき、パルヴィは俺の耳元で囁く。
「私とおにぃたん、二人で生み出した記録なんですよ」
パルヴィの驚異的な魔力と、俺の特殊なこの力。その二つが合わさることで誕生したのが、今のパルヴィだというのだ。
過去も未来も含めて、最高の魔力を持つ王女。
「だから、もうどこにも行かないでくださいです。ずっと……ずっと私のそばにいてくださいです、おにぃたん」
すがるように、切実な願いを口にする。
俺の背に回された手が、微かに震えていた。
どうやら、随分と寂しい思いをさせてしまっていたようだな。
俺はパルヴィの頭を撫で、背中をぽんぽんと叩いてやる。
世界中が許さなかった俺の愚行を、こいつだけは恨んでいなかった。
それが知れただけでもよかった。
「甘えん坊……」
「はいです。ダメですね、私。全然成長してませんです」
おっぱいは驚異的に成長したけどね!
「おにぃたん」
「ん?」
「久しぶりに……一緒にお風呂に入りたいです」
「「「「「ストォーップっ!!」」」」」
パルヴィの発言に、その場にいた他の女子五人からストップがかかった。
「どうして止めるのです? 昔は毎日一緒に入っていましたですよ?」
「陛下! それは子供の頃の話であって、今のご年齢でそれは許されないことです!」
「そそそ、そうですよ! そ、そういうのは、将来結ばれる方とするべきですよ!」
必死の形相でパルヴィを止めるウルスラとルゥシール。
「それなら大丈夫です。私はおにぃたん以外の方と結ばれるつもりはありませんですから」
「……全然大丈夫ではない」
「うむ。潔いくらいに突き抜けたブラコンだな、主の妹君は」
「さっきから、イチャコライチャコラ……目ん毒か! どえりゃー目ん毒かとぞ!」
フランカにテオドラ、トシコも参戦してパルヴィに詰め寄る。
うむ……なんとなくだが…………雰囲気を察するに…………
「妹とイチャイチャちゅっちゅするのは普通のことではないのか?」
「違いますよっ!?」
「……今気付いたの?」
「主、真顔ではないか……」
「お婿はん、それはなかよ……」
「……いいから陛下から離れろ、菌類!」
みんながマジ顔だ。
妹のおっぱい目当てでお風呂とか入っちゃいけない空気が流れている……
「兄妹でお風呂が問題であるならば、夫婦になってしまえばいいのですね」
「それもダメですよ、王女様っ!?」
「では、おにぃたんを私の愛玩動物として……」
「どんどんダメになって行ってますよっ!?」
ルゥシールは誰にでも突っ込むなぁ。
あと、パルヴィ。……愛玩動物はちょっと…………
「もう! もうもうもう! なんなのですか、あなたは!? どうしてパルヴィとおにぃたんの仲を邪魔するですか!?」
「邪魔というか……一般的な常識として……」
「常識など、おにぃたんがいれば必要ないのです!」
「……いや、常識は必要」
「うむ。特に主は常識がないからな」
「歩く非常識だけんなぁ」
おいお前ら、酷いな。泣いちゃうぞ?
「酷いです、みんなさん! そうやって私とおにぃたんの仲を引き裂いて、ご自分がおにぃたんの伴侶となろうと画策してるですね!?」
パルヴィの発言と同時に、その場にいた全員が一斉に顔を背ける。
「いや、わたしは別に伴侶というか……そういうのではなくてですね……ただ、ずっと、……一緒にいられればいいなぁ、と……」
「……私はそういう邪な動機ではなく、ただ純粋な興味として……いや異性としてではなく、特異な魔導士として……」
「ワ、ワタシなどがそんなことを考えるなどおこがましいのは、重々承知の上だ……だが、もし……可能性があるのなら…………」
「オラ、お婿はんをお婿はんにもらえるなら、畑さ広げてレッサードラゴンもう二頭ばかり飼うて、あと、騎士団作れるくらい子沢山で…………やんだ、もう!」
「……私は、陛下と…………陛下と…………一生……っ!」
なんとなく、部屋全体がピンクに染まった気がする。
なんだ、この甘ったるい空間は?
みんなー! しゃべるならもっとはっきりー! 全然聞こえませんよー!
はい、こっち向いて! 会話しよう! 会話!
おい、無視すんな!
もうちょっと俺に興味持って! ねぇ、お願い!
「みなさんのお気持ちは、よく分かりましたです……」
俺とは違い、何かを感じ取ったらしいパルヴィが、ゆらりと立ち上がる。
そして、俺に背を向けるようにして立つと右腕を真横へとのばす。
「ようやく再会出来たおにぃたん…………奪おうとする者には、容赦しないです!」
パルヴィが叫ぶと、部屋中に無数の魔法陣が展開される。
半径50センチ程度の物から半径10メートル級の巨大な物まで、部屋に入りきらない物は尖塔の外にまで飛び出して、夥しい数の魔法陣が辺り一帯を埋め尽くす。
「……何、この数…………」
フランカがごくりと喉を鳴らす。
魔法陣は大きさに比例して威力が増し、その分魔力を大量に奪われる。
これだけの魔法陣で、さらに10メートル級の巨大な魔法陣が無数に展開されているなど、本来は有り得ないことなのだ。こんな状況で、魔法を使えば一瞬のうちに魔力は枯渇し、最悪生命に危機を及ぼす。
俺が以前、バスコ・トロイの目を欺くために無数の魔法陣を展開させたことがあったが、あれだって精々半径50センチ級の物ばかりだった。
それに、あれはフェイクだったしな。
しかし、パルヴィならこれだけの魔法陣に対応することが可能なのだ。
それだけの魔力を、こいつは持っている。
10メートル級の魔法陣といえば、小さな村を吹き飛ばせるほどの威力を持った魔法を発動させることが可能だ。
そんな災害みたいな魔法を乱発してもなお、パルヴィの魔力は尽きることはないだろう。
つまり、部屋を埋め尽くす夥しい量の魔法陣は、死刑宣告に等しいと言えるのだ。
パルヴィの胸を揉んで魔力を吸い尽くすのも……今となっては不可能に近いだろう。やろうとしても一週間くらい揉み続けないと吸い尽くせそうにない。
「パルヴィ、落ち着け!」
「おにぃたん……大丈夫ですよ」
優しい声と共に振り返ったパルヴィの瞳の奥には……暗黒色の光が揺らめいていた。
「邪魔者は、み~んな消し去ってあげるですから」
こいつは、マジだ……
「フランカさ、オメさまの魔法で防ぎ切れっだか?」
「……正直、無理」
「ルゥシール、お主の突撃で王女を気絶させるのだ!」
「え、で、でも! 王女様ですし、それに、ご主人さんの妹さんでもありますし……っ!」
止める方法はないのか?
出来れば、俺もパルヴィは傷付けたくない……
すがるような気持ちでウルスラに視線を向けるが……ウルスラは平然とした表情で成り行きを見守っているだけだった。
くそっ!
こうなったら、説得するしかないか!
「いいか、よく聞けパルヴィ。あいつらには手を出すな」
「では、一生パルヴィのそばにいてくださると、パルヴィだけのものになってくださると約束してくださいますですか?」
「いや……それは…………」
「では、邪魔者には消えてもらうです」
「違う! あいつらのせいじゃなくて、俺は……」
「大丈夫です。すぐに済みますですから。私が、詠唱を終えた時、すべてが終わっているです」
ダメか…………こうなったら仕方ない……すげぇ痛いだろうが、一発殴って……
俺がそんなことを考え、ルゥシールたちが打つ手を模索している中、パルヴィが魔法の詠唱を開始する。
「 ま、まぁ~どるく…………えっと…………ぶ、ぶぃ、ぶぃ、ぼ……あ、違うです……びぃるちゅりゅぶっ! ………………ひたひれす……舌、噛んらっちゃれす…………」
うわぁ~……
「「「「「なに、この可愛い生き物……」」」」」
パルヴィは、魔法の詠唱がちょっと苦手な女の子だったらしい。
最大の魔力を持っているにもかかわらず、発動は出来ない。……俺とは、真逆だ。
「おにぃたぁ~ん……舌、噛んらぁ~よぉ~……!」
しくしくと泣くパルヴィを抱きしめ、パルヴィが満足するまで頭をよしよしと撫でてやる。
魔法陣は霧散し、完全に消滅していた。
ルゥシールたちも、どうしていいのか分からない様子でぽかーんとしている。
ウルスラが平然としていたのは、こうなることが分かっていたからだったんだな……
とにかく、グダグダとしつつも、とりあえず衝突は避けられたようだ……
ホッとするべきか、ゾッとするべきか……
我が最愛の可愛い妹が、見事なヤンデレさんに育ってしまっていた。
いかんともしがたいなぁ、これは……
いつもありがとうございます!!
前回、テキトーに書いた、
いや、書いてしまった嘘予告が、
紆余曲折あり、
本当にショートを書いちゃいました!
というわけで、今回は、こちらをお楽しみください!!
もう一つは次回!
次回もよろしくお願いいたします。
とまと
『フランカ、これ見よがしにバストアップ体操を始めてみる の巻』
……凄いものを、手に入れてしまった。
「んじゃ、フランカ。おやすみ~」
「……おやすみなさい、【搾乳】」
そんな挨拶を交わし、私は私に宛がわれた部屋へと入った。
王女パルヴィの計らいにより、私たちは一人一室を与えられた。……もっとも、これは「大好きなおにぃたん」が他の女と仲良く同じ部屋に泊まらないように仕組まれたことなのだろうけれど。
あのブラコンは、早急に何とかする必要がある。…………そうきゅう……双丘……おっぱい。
そう、話を戻すが、私はおっぱいを手に入れたのだ。
「……まるで本物の質感…………エルフの技術、侮りがたし」
ブレンドレルに入る直前のごたごたで、何の因果か私の手元に回ってきた、いわゆる偽パイ。しかし、私がこれを愛用するようになればこれはやがて私のアイデンティティとなり私自身となる。よって、これは決して偽物ではなく、「取り外せる私」に他ならないのだ。
これさえあれば……もう悩む必要はない。
ただ一つ、問題があるとすれば…………いきなりこれを付けると『バレる』ということだ。
あくまでこれは私の一部であり、私自身でなければいけない。
多くの人間は知らないことかもしれないが…………おっぱいは一晩で急に膨らんだりはしない!
なので、さりげなく、あくまで「遅い成長期が到来して育った」のだと思わせる必要がある。
ではどうするか………………実はもう手は考えてある。
明日の朝から実行だ。
そうと決まればと、私は早々にベッドへと潜り込む。ふかふかのベッドはたいへん心地よく、すぐに眠りに落ちていった。なんだか、とてもいい夢を見られそうな、そんな気分だった。
朝。
私は誰よりも早く食堂へと訪れる。
本日、私たちの朝食を用意してくれる料理人に交渉して、キャベツとリンゴと大豆をふんだんに使ってもらえることになった。
これだけあからさまに仕掛けをしておけば、きっと【搾乳】が食いつく。【搾乳】でなくとも、トシコあたりが食いついてくれるだろう。……細工は流々仕上げを御覧じるといい。あとは待つのみだ。
「おい、フランカ。お前料理人に何かしただろ?」
「……なんのこと?」
朝食の席で、さっそく【搾乳】が食いついた。よし、偉い、【搾乳】!
「あんれまぁ。見事におっぱいば大きゅうする食材ばっかりやねぇ! これはありがたかぁ!」
「……身におぼえがないわ」
「しらばっくれるな。おっぱいを大きくしたいのはお前とトシコだけだし、トシコはこんな手の込んだ根回しが出来るような頭脳を持ち合わせちゃいない!」
「ちょっと、お婿はん!? 今サラッと、オラんこと小バカにしやんかったがか!?」
「……料理長の気まぐれなんじゃないかしら?」
「料理長が気まぐれで作るのはサラダだけだ!」
「……とにかく、私は知らないわ」
最後まで白を切り通し、私は料理長自慢の大豆のスープを口に運ぶ。
これでいい。白々しいまでに白を切り通すことで、逆に【搾乳】の記憶に残るはずだ。
私が、「バストアップのために血の滲むような努力をしている」という記憶が。
食事が終わり、私たちは個々に時間を過ごすことになった。
私は、中庭に陣取り、体操を始める。
朝食の席で、【搾乳】が王女パルヴィと共にこの中庭に来ると話していた。
あくまで私はそれを知らない体で、人気のない中庭でこっそりと体操を行うのだ。
もちろん、偶然【搾乳】に発見されるような場所で。
両手を胸の前で合わせ、肘を可能な限り前へ出し、内側に向かって力を入れる。まるで両手を合わせて拝んでいるような格好だ。これで大胸筋を鍛えるのだ。
次に、拝んだ状態から、左腕を前に突き出し、大きく弧を描くように頭上を通って斜め後ろへ移動させる。腕を大きく回すことで肩甲骨と脇腹の筋肉をほぐす。これで、筋肉が突っ張って胸の肉が散らばるのを防止する。左が終わったら、再度拝むようにして大胸筋を鍛え、こんどは右手を同じように頭上を通って後ろへ。
筋トレとストレッチを同時に行う、バストアップ体操だ。
「あれ? あそこにいるのはフランカじゃないか?」
体操を始めて十分後、予想通り【搾乳】が中庭へとやって来た……けれど、私は気付かないフリで体操を続ける。
「何をやってるんだ、あれ?」
「さて……体操か何かではないのですか?」
「いや、まて、あの動き…………そうか! 分かったぞ!」
「おにぃたん、教えてくださいです」
「よく見てろよ……まず胸の前で手を合わせて……『神様、お願いします。私の抉れ気味のおっぱいが大きくなりますように』……そして、腕を大きく振り上げて神様に向かってツッコミを入れる!『って、誰の胸が抉れとんね~ん!』……と、いうわけだ!」
「まぁ! 一人ボケツッコミですね!」
「そして、もう一回、……『神様、おっぱいがいっぱい出来ますように』……『って、ワンセットでいいわ~い!』」
「フランカさんって、ユニークな方なんですね」
「邪魔しちゃ悪いな。向こうへ行こう」
「はいです、おにぃたん」
そう言って遠ざかっていく【搾乳】と王女パルヴィ。
………………全然違うわよ、アホ兄妹っ!
【搾乳】に対するお仕置きは後で考えるとして……目的はこれで達成されたはず。
これだけ努力している姿を見せたのだから、明日あたり私の胸がボインになっていても不思議には思うはずがない。
……これで、明日から私もボインの仲間入り……ふふふ…………
その日はそのまま何事もなく終わり、あっという間に夜になった。
私は再び私に宛がわれた部屋へと向かう。
「よぉ、フランカ」
その途中で、【搾乳】に出会った。
片手を上げて、【搾乳】がこちらに歩いてくる。
……しまった、この段階で少しくらい膨らみを持たせておいた方が自然だったかもしれない……食堂にあったオレンジとかリンゴを持ってきておけばよかった!
「なんか今日は随分と忙しそうだったな、朝から」
「……私は、努力を惜しまない女だから」
「今、朝の仕込みは自分だったと自白したな?」
「……っ!? …………誘導尋問は卑怯……」
私が睨むと、【搾乳】は嬉しそうに笑った。
その笑顔が……憎らしいほどに……私の胸を高鳴らせた。……明日、明日になれば、私はあなた好みの…………
「けどまぁ、あんまり頑張り過ぎるなよ」
「……え?」
「まぁ、お前の気持ちも分からんではないが……お前はお前らしくいてほしいっつうか、悪くないと、思うからさ。今のままでも、全然」
【搾乳】が何を言っているのか、一瞬理解出来なかった。
言葉が脳を素通りして、心の中に入り込んでくる。
その一言一言が実感となり、体に浸透していくまでの間、私はただぽかんとして、【搾乳】を見つめていることしか出来なかった。
【搾乳】は今、なんと言った?
それは、どういう意味?
屈託のない笑顔が今……少しだけ照れたように見えたのは、……私の気のせい?
「でもまぁ、お前の頑張りを否定するつもりはないから、適度に頑張れよ。大きくなるんならなったでめでたいことだからな。そん時は、是非一揉みよろしく頼むぜ」
「…………あ…………考えて、おく」
「じゃあな」と、手を振って、【搾乳】は自分の部屋へと戻っていった。
【搾乳】の背中が見えなくなった後も、私はしばらくそこに立ち尽くしていた。
私に宛がわれた部屋へ戻ったのは、随分経ってからだった。
ベッドに腰をかけると、一気に疲労感が襲ってきた。
心臓が、有り得ない速度で活動している。呼吸の仕方を、少しの間忘れていた気がする。
私はベッドに倒れ込み、勝手に熱くなる顔を布団に押しつける。
「………………~~~~~~~~~っ!!」
言葉にならない音が喉から漏れ出て、それでも収まらずに体が勝手にバタバタと身もだえる。
散々もだえた後、パッと顔を上げて息継ぎをする。
少しクラクラした。
ふと、枕元に目をやると、明日を待ち侘びるように二つの偽パイが並んで置かれていた。
「………………」
私はそれを眺め、少し考える。
…………今のままの私でいいと、言ってくれた…………そう解釈していいのだろうか?
だとするなら…………嘘をついて、世界を欺いてまで、私は私を変える必要はないということ……だろうか?
「…………とりあえず、今は」
私は、丁寧に置かれていた二つの偽パイを手に取り、そっと鞄へとしまい込んだ。
「…………保留」
捨てるのは流石に忍びない。
けれど、今は……保留でいい。
これ以上起きていると心臓が暴れ過ぎて破裂しかねない。
私はふかふかのベッドに潜り込み、強引に瞼を閉じた。
全然眠れる気がしなかった。けれど、私は頑張った。
だって、今眠ればきっと、昨日よりももっとずっといい夢を見られるだろうから……