100話 だって女の子なんだもの!
「イカーッ!!」
ブレンドレル王都の巨大な門の前で、エルフが鳴いた。
「珍しい生き物がいるな」
「なんね、お婿はん! オラんこと田舎もんちバカにしゆうと!?」
トシコが頬を膨らましてぷりぷりと怒る。
その姿だけを見ていると可愛いんだけどなぁ。どうにか音声カット出来ないだろうか?
「っていうか、フランカよ。お前、翻訳魔法どうしたんだよ? かけといてくれよ」
「……【搾乳】。会話とは聞くものではないわ。感じるものよ」
「いや、ちゃんと聞いて、的確に返すのが会話だろ」
「……Don’t listen! Feel……」
「なにその悟った達人みたいな理屈……」
どこかの偉人の言葉か?
とにかく、面倒くさくなったんだということだけは理解出来た。
まぁ、翻訳の性能もあんまよくないしな。まぁ、いいか。
俺たちは郊外を突っ切り、ブレンドレル王都の前にまで来ていた。
入門を待つ者が列をなしている。
馬車をひいた業者の列と、俺たちのように冒険者の列があり、それぞれに専用の入り口が設けられている。といっても、同じ門から入ることには変わりないのだが。検問する兵士が別なのだ。業者の方は荷物の検査と税金の支払いがあるからな。冒険者は入門料だけ払えばOKだ。
「わぁ……近くで見ると、本当に大きいですねぇ」
「うむ。カジャの町の門よりも大きいな」
俺とフランカ以外のメンバーはその門の大きさに驚愕しているようだった。
口をぽかんと開け、門の天辺を見上げている。首が完全に上を向いていた。隙だらけの喉にチョップとかすると「ごふっ!」ってなりそうだ。やらないけど。
俺はもちろんだが、フランカも魔導ギルドに所属していた関係で何度かブレンドレルを訪れていたらしい。この門も見慣れたものらしい。
「イカーッ! イカか~ぁ!」
「はい、とってもイカですね!」
「うむ! イカだな!」
「いや、意味変わってないか、それ?」
「……このサイズのイカは、もはや魔物レベル」
トシコの方言が変に伝染しているルゥシールとテオドラ。
なんというか、田舎者丸出しでちょっと恥ずかしいな、あの三人。
「……【搾乳】、これからどうするつもり?」
「あぁ。実は、王都の中には膝枕をしてくれるお店があってだな……俺は一度そこに行ってみたいと……」
「……入門審査の話よ。あと、そんないかがわしい店には近付けさせない。この命に代えても」
「決意が重いよ……あと、目が怖ぇ」
何がフランカをそこまで駆り立てるのか……膝枕なら胸無いコンプレックスを発動させる必要もないだろうに……
「まぁ、なんとか正体を隠して潜入するしかないだろうな」
「……【搾乳】の顔は知られているはず。すぐにバレる気がするけど……」
「どがんしたと、お婿はんにナインちゃん」
「……誰が教えたのかしら、そんな古い話……」
トシコの不用意な一言でフランカの全身に暗黒のオーラが発生する。
そういや、フランカと出会ってもう随分経つよなぁ……そんなこともあったよなぁ。
で、誰が教えたかって? 俺じゃないぞ。
「あ、あの……先ほどトシコさんにですね、わたしたちの出会いやこれまでのことを色々聞かれましたので、事細かにお話ししている中で……わたし的に割とインパクトのあるセリフだったもので……その、悪意は微塵もないんですが…………あの、あのっ、ごめ、ごめんなさいっ! フランカさん、近い! 近いです! 無言でにじり寄ってくるのはやめてください! 顔が凄く怖いですっ!」
ルゥシールがフランカに詰め寄られずんずんと郊外の方へと後退していく。
お~い、二人して森へ帰るつもりか? 戻ってこ~い!
「して、なんの話しよったが?」
「いや、俺がこのまま門を通るのはちょっと難しいなって話だよ」
「な~んちゃ、そがんことね!」
トシコが胸を張り、ぷるん、ドンと胸を叩く、ぷるん。すげぇ、ぷるんぷるんしてるっ!
「触ったら、お婿はん決定とよ?」
胸をガン見されていることを悟ってか、トシコがいたずらな笑みを浮かべる。
う~む…………悩ましいところだな。
「それで、何か上手い手でもあるのか、トシコよ?」
テオドラが会話に参加してくる。
まぁ、ルゥシールとフランカは2キロほど離れて行っちゃったし、暇なのだろう。……あいつら、もう一回並び直す気なのかな?
「変装ばすればええでねぇか!」
「変装かぁ。なるほど、それは名案だな」
「んだべ? オラたちエルフは擬態が得意っちゃもんね。お婿はんば別人に見せるくらい朝飯前だべや!」
そう言うと、トシコは肩にかけている鞄から様々な道具を取り出した。
それらは、女性が化粧をする際に用いる道具たちだった。
「さぁ、お婿はん。どえりゃあキレーになろうねぇ!」
「ちょと待てこら!」
なんで女装だ!?
もっと他にあるだろう! 修道士とか商人とか!
「お婿はんの好きなおっぱいもあるだべなぁ!」
そう言って、ぷるんぷるんの半球状の物体を俺に見せる。
偽乳……偽パイだ!
全男の敵だ!
「そんなもん、絶対に付けんぞ!」
「もぉ~、恥ずかしがってからにぃ」
「いや、羞恥心ではなく、憎悪に近い感情なのだがな」
そもそも、俺が化粧をしたところで女に見えるわけがない。
「なぁ、テオドラからも言ってやれよ。無理があるって。むしろ逆に怪しまれるだけだよなぁ?」
「主…………何事においても、挑戦することが尊い!」
「はぁ!?」
「いや、別に主の女装を見てみたいとか、割と可愛くなりそうだなぁとか、そういうことを考えているわけではないぞ!? ワタシはただ、トシコが折角提案してくれたものを挑戦もせずに却下するのはあまりに忍びないというか、前から主の肌が綺麗だなと思っていたというか、化粧の乗りもよさそうだし行けるんじゃないだろうかというか、つまり、見てみたいのだ!」
「結局見てみたいが勝っちゃってんじゃねぇか! 最後まで隠し通せよ、そこは!」
ダメだ。テオドラはちょいちょいおかしな趣味を露見させやがる。
こいつ、変態の父親との二人暮らしのせいで、幼少期に相当毒されたに違いない。
放し飼いにしちゃいけないタイプなんじゃないだろうか?
「トシコよ。是非、ツインテールでお願いしたい!」
「よかよ~! 『うぃっぐ』ば用意しとうけん、どがん髪型も思いのままだべ!」
「あぁ、でも! それなら縦ロールも見てみたいかもしれん……っ! 主、どっちがいいかな!?」
「どっちも却下だ! 女装はせんぞ!」
「偽パイが揉み放題だぞ!?」
「そんなもんで俺が喜ぶと思ったら大間違いだ! どうせなら女装の代償にお前の乳を差し出せ! 揉み放題としてな!」
「そ、それは………………いや、しかし…………」
悩むのかよ!? どんだけ見たいんだ、俺の女装!? やっぱり変態の素質持ってるんだな、こいつは。
「………………い、一時間限定……では、どうだろう?」
「ん~…………一時間かぁ………………いや、でも…………」
「悩むんだな、主よ。どんだけ揉みたいのだ……」
「女装と天秤にかけてまで揉みたいっち、やっぱり変態の素質持っとるんだべなぁ」
蔑まれるべき変態どもに、蔑みの視線を向けられた。不愉快にして不可解だ。
「……何をくだらない話をしているの」
気が付くと、フランカと青い顔をしたルゥシールが戻ってきていた。
「……フ、フランカさん…………あんなところにあんなものを…………酷いです……」
「お前、何したの?」
「……ひ・み・つ」
フランカはふふふと怪しい微笑を浮かべる。……まぁ、ろくなことじゃないだろう。
「だいたい、ご主人さんがいけないんですよ……初対面のフランカさんにナインちゃんなんて的確なあだ名をつけるから……」
「……ルゥシール…………生卵……」
「わぁ! ごめんなさいです! 全然的確じゃなかったです、ごめんなさい!」
「いや……だから、フランカ。何したんだよ、マジで?」
「……女子の秘密を知りたがるのは無粋よ、【搾乳】」
頭を抱えてうずくまるルゥシール。これはトラウマが増えたな。可哀想に。
……俺も、フランカを怒らせないように気を付けよう。…………生卵、何に使ったんだろう?
「丁度いいところに戻ってきてくれたな、フランカよ。お主からも言ってやってはくれまいか?」
「……なんの話?」
「実は、ケツケツかいかい――というわけなのだ」
かくかくしかじかだからな、テオドラ。
ケツが痒くても女子的には口に出すな。な?
「……【搾乳】に女装を?」
……伝わっちゃうんだ、ケツケツかいかいで…………
「んだ。化粧さして『うぃっぐ』ば付けて、で、これば胸に入れとけばバッチリだべや!」
「これ」と、偽パイを差し出すトシコ。
その時、フランカの目がきらりと輝いた。
しかし、フランカは凍りついたように動かない。
視線は偽パイに固定されているにもかかわらず、何のアクションも起こさない。いや、違う、あれは葛藤しているのだ!?
偽パイは欲しい! 凄く欲しい! 今すぐ奪い取って胸に詰めてやりたい!
けど、それでいいのか私!? 女子として、それは逃げではないのか!?
逃げ? 笑わせないで! 化粧もお洒落な服も、所詮は他人の視線を欺くためのもの。偽パイだけが非難される世の中の方が間違っているのよ!
でも……これを受け入れてしまうと…………私は…………
ほら、どうするの? 体験したくない? ……あぁん、胸が邪魔で下が見づら~いって……
グラグラ……グラグラ…………
いかん! フランカの心が悪魔のささやきによってぐらつき始めている! しっかりしろフランカ! 心を強く持つんだ! 偽パイに負けるな!
「……【搾乳】、勝手な回想を思い浮かべないで」
なぜバレた!?
って、そういやあいつには俺の考えてることが伝わるんだっけか?
「……私は、こんな紛い物を必要とはしない」
平然と言い放ち、フランカはトシコの手から偽パイを二つ奪い取る。
「……没収」
そして、ポケットへしまう。
っておい!
「……後ほど有効活よ…………処分しておく」
「有効活用って言いかけてたし! むしろ、もう言っちゃってたようなもんだし!」
俺はフランカのポケットから偽パイを取り上げる。
確かに悪しきものではあるのだが、持ち主に返却しないわけにはいくまい。
トシコに返すのだ。このぷにぷにした、妙にリアルな感触の偽パイ…………むにむに…………なんだこれ……マジで、本物の感触に近い、いや、これはもはや本物!? いやいや、本物よりも本物、本物を超えた理想の揉み心地だっ! ……むにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむにむに……
「ご主人さん、揉み過ぎです!」
「……私の偽パイを返して」
「お主の物ではないぞ、フランカよ」
「ほ~っんに、お婿はんはおっぱいが好きだべなぁ」
「俺はおっぱいが好きなわけではない! おっぱいが俺を呼んでいるのだ!」
いつもならここで、ルゥシールが「そんな奇妙なおっぱいありませんよ!?」とか言うところなのだが……今回はそれよりも前に、違う声が割り込んできた。
「相変わらず最低だな、悪魔の子」
聞き覚えのある、棘のある声。
俺は声のする方へと振り返る、懐かしい顔に出会う。
「……ウルスラ。お前、ウルスラか?」
「ふん。残念ながらその通りだ。再び貴様に会うことになるとは……陛下の命でさえなければ、こんなこと……」
眉間に深いしわを刻み込むこの長身の美形ウルスラは、見違えるほどに成長していた。……胸以外が。
「……【搾乳】、こちらのぺったんこは誰?」
「なっ!? き、貴様も人のことが言える胸ではないだろう!?」
「……私は、生卵ほどはある」
「ひぃっ!? 生卵!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
乳のない二人が睨み合う後ろで、桁違いの巨乳が頭を抱える。
つか、フランカのその生卵に対する信頼と自信はなんなんだよ?
「それで、主よ。こちらの御仁はどなたなのだ?」
「こいつはウルスラといって、俺の幼馴染だ」
「『陛下の』幼馴染だ、私は」
鋭い目つきで睨み、俺の言葉を訂正するウルスラ。
「俺ともよく遊んでいただろうが」
「『陛下と』遊んでいるところに貴様がしゃしゃり出てきただけのことだ」
「お前、本当にパルヴィが好きだよなぁ」
「んなっ!? ふ、不埒なことを口にするな! 私と陛下は……そ、そういう関係では……っ!」
「いやいや、友達としてな」
「…………っ!? き、貴様ぁ!」
「なんで怒るんだよ!? 普通そうだろう、今の流れだと!」
ウルスラが頬を染め、憤怒の表情を露わにする。
昔からこいつは、パルヴィに優しく俺に厳しいヤツだったのだ。
絶対パルヴィに惚れていると思っていたのだが……
「風の噂で聞いたのだが……お前、女なんだってな?」
「ずっと気付いていなかったのか、貴様ぁ!?」
「いや、だって。背はデカいし胸は小さいし、腕っぷしは強くて、ケンカしても俺と五分くらいで強いし、パルヴィのことをいやらしい目で見ていたし、総合的に判断して男だと認識した俺を責めることなど出来まい?」
「陛下のことをいやらしい目で見たことなどない! 私はただ純粋に、『可愛いなぁ、すりすりしたいなぁ、持って帰って一緒に寝たいなぁ』と思っていただけだ!」
いや、それをいやらしいっつうんだよ、世間ではな。
「やはりダメだ。いくら陛下の頼みといえど、貴様のような悪魔を王都へ入れるわけにはいかん。今すぐ立ち去……」
言葉の途中でウルスラは動きを止める。
そして、じっと一点を見つめる。
その視線の先にいたのは…………
「これ以上ご主人さんを貶める発言をするならば…………容赦しませんよ」
アキナケスを構えたルゥシールがいた。
赤い瞳が殺気を放つ。
「おい、ルゥシール。落ち着け。古い知り合いの悪態だ。俺は気にしてねぇから」
「それでも…………ご主人さんを悪魔と呼ぶ者は許せません」
「ほぅ……やると言うのか? 面白い……」
ルゥシールの殺気を浴び、ウルスラもスイッチが入ってしまったようだ。
腰にぶら下げていたレイピアを抜き、右の肘を高く上げる独特の構えをとる。
「剣を抜いた以上、『冗談でした』ではすまんぞ、青髪の女よ」
レイピアに反応したのか、テオドラまでもがカタナを抜きやがった。
何やってんだよ、もう!?
「……【搾乳】。騎士団がこちらに向かってくる。……迎撃は任せて」
「いや、迎撃って!?」
「んだら、オラもフランカさ手伝うべ。弓矢は得意っちゃもんね!」
騒ぎを聞きつけてこちらに向かってくる兵士に向かって、フランカが魔法陣を展開し、トシコが弓を向ける。
……こいつらは…………
騒ぎを起こすんじゃねぇよ。戦争しに来たわけじゃねぇんだぞ。
「…………全員、お仕置きが必要だな」
俺の呟きと同時に、全員がその場から動いた。
ルゥシールとテオドラがウルスラに向かって走り出し、ウルスラもそれを迎え撃つ。
ナイフとカタナ、そしてレイピアが空を裂き、激突せんと刃を唸らせる。……が、させない。
「にゃっ!?」
「んなっ!?」
走りながらルゥシールとテオドラのおっぱいを揉み、返す両手でウルスラのぺったんこな胸を撫で回す。
「いやんっ!?」
ウルスラの口から想像外の可愛らしい声が出て、思わず目を丸くしてしまった。
が、今はそれどころではない。
奪った魔力でフランカの魔法をキャンセルさせ、トシコの矢を爆風で吹き飛ばす。ついでに騎士団が向かってくる方向に結界を張って進行を妨げる。
で、改めて可愛らしい声を上げたウルスラを見る。
「こ、こっちを見るな、変態! し、仕方ないだろう、他人に触られたことなど初めてで……お、驚いてしまったのだから!」
「すげぇ可愛い声出るんだな」
「う、うるさい!」
「でも、悲しいほどに胸無いな」
「……うるさいよ」
二回目のうるさいの方は静かなトーンだったのに、一回目の比じゃなく怖かった。……泣くかと思った。
「……【搾乳】、どうして?」
「どうしてじゃねぇよ。戦争吹っ掛けてどうする? 怪我なんかさせたら取り返しのつかないことになるぞ」
「…………でも、向こうは【搾乳】に奇襲をかけてくる可能性がある」
「そん時はきっちり方をつけてやるさ。とにかく、こっちから仕掛けるのはなしだ」
「…………そう」
フランカは何とか納得してくれたようだ。
ルゥシールとテオドラも、胸を押さえて地面に座り込んでいる。闘争心はもうすっかり抜け落ちているようだ。
「悪い子は『めっ!』だぞ、二人とも」
「一番悪い子はご主人さんです!」
「……うぅ、またしても…………嫁入り前だと言うに……責任問題だ……」
大人しくなった二人はそっとしておくとして。俺はウルスラに視線を向ける。
「お前も、穏便に俺を連れてくるように言われなかったのか?」
「…………その通りだ」
「パルヴィの言うことくらい聞いてやれよ」
「貴様と陛下を会わせたくなかったのだ!」
「パルヴィは俺の妹だぞ?」
「その妹に何をしたのか覚えていないのか!? この、悪…………っ!」
『悪魔』と言いかけて、ウルスラは言葉を飲み込む。
きっと、ルゥシールに対する配慮だろう。
こいつ自身も騒ぎを起こしたいわけじゃない。それに、一度ヒートアップした感情が落ち着いた今、ルゥシールが激怒した理由にも気が付いたのだろう。
基本的に悪いヤツではないのだ。それで、自分を曲げることを選択したというところだろう。
「…………この、変態!」
「おいおい。悪魔じゃなきゃいいってもんでもないだろよ」
チラッとルゥシールを窺って見ると…………満足げに頷いていた。
あ、変態はOKなんだ? 悪魔が許せないだけなんだな。あ、そう。
「言いたいことはいろいろあるが…………まぁ、今回の件に関しては…………その……助かった。ありがとう」
「立派なツンデレさんに育っちゃって」
「うるさい! 貴様にデレたりするか! 私はパルヴィ様一筋だ!」
「宣言しちゃったよ」
「うっ…………うるさい!」
ウルスラが顔を真っ赤に染める。
純情なんだなぁ…………相手、同性だけど。
「それより、あいつをなんとかしろ! ツレだろう!?」
ウルスラが指さす方へ視線を向けると…………
「あっれぇ? なんで真っ直ぐ飛ばんがぁ? なんか、変な風の吹きよるっとねぇ?」
トシコが、俺の発生させた風を無視してビュンビュン弓を射っていた。
放たれた矢はもれなく突風に煽られて外壁に突き刺さっている。
「よぉし! ほだら、残りの矢ば一斉掃射だべっ!」
「やめんか、訛りっ娘エルフがっ!」
「ほにゃぁぁあああああっ!?」
俺は、トシコの背後から腕を伸ばし、脇の下を通って両乳を鷲掴みにした。後、全力揉み揉みを開始した。
戦争を止めるにはおっぱいが有効! これ、マメな!
「お、お婿はん!? さ、触ったらお婿確定ち、言うとったろう!?」
「やかましい! 人の話を聞かないお前が悪い!」
「客観的に見たら、百人が百人、お婿はんが犯罪者やぁ言うはずだべ!」
いまだ口答えをするトシコ。お仕置きが足りないらしいので、揉み揉みを加速させる。
揉み揉みマックスだ!
――と、その時。
ぽろり…………と、おっぱいがもげた。
「……っ!?」
トシコが声にならない悲鳴を上げる。
けれどそれは、痛みや羞恥心からではなく…………ある一つの事実が露呈することへの恐怖か………………
「トシコ…………これって……」
俺の手の中には、つい先ほど堪能した本物よりも本物っぽい揉み心地の偽パイが二つ、左右の手にそれぞれ握られていた。
「……さ、さっきも言うたち思うけんども…………」
ゆっくりと振り返ったトシコの胸には、あの夢のような膨らみはなく、ストーンと、ペターンとしていた。
「エルフば、擬態さ得意なんだべ」
「擬態じゃなくて偽パイじゃねぇか!」
思いっきり偽パイを地面に叩きつける。ぽい~んと、二つの偽パイが弾む。ムカつくほどにいい弾力だ。
つか、どうりで俺が最初気付かなかったわけだぜ!
いくら分厚い服を着ていたって、ついさっきまでのトシコみたいな、あれほどの巨乳を隠し通せるわけがないんだ! まして俺が気付かないなんてありえない!
つまりは、トシコのよそ行きの装いってのは、偽パイまで込みだったのだ!
「偽パイ触って婿とか、ふざけんなぁ!」
「んだども、オラだって女の子やで、可愛く見られたりおっぱい大きいって見栄張ったりしたがやもん!」
「バカヤロウ! 大きな偽物は小さな本物にも劣る! フランカとウルスラを見ろ! こんなにぺったんこなのに己を偽ることなく強く生きているだろうが! 心が折れそうなのをグッと堪えて!」
「……【搾乳】。とりあえず歯を食いしばって」
「鈍器か鈍器のようなものか、好きな方を選ぶがいい……」
トシコを説得しているというのに、フランカとウルスラが割り込んでくる。
今忙しいからまた後でな!
「ぅう……申し訳ねぇだ……オラ…………オラ、つまんねぇ見栄さ張っちまって……自分が恥ずかしいだ!」
「反省したなら、ぺったんこの二人に謝れ!」
「……【搾乳】。遺言を用意して」
「鋭利な刃物か寂びた刃を選ぶがいい。どちらでも確実に仕留めて見せよう」
「申し訳ねぇだっ! ぺったんこのお二人に申し訳ねぇことしちまっただ!」
「…………これは、【搾乳】が悪い」
「よし分かった。私のすべてをかけてあの変態を灰塵に帰してやる!」
突然フランカとウルスラが襲い掛かってきた。
なぜ俺に!?
こんなに平和的に争いごとを鎮めたというのに!?
「二人とも、ちょこ~っと待つだ!」
トシコが殺気立つフランカとウルスラに待ったをかける。
そして、足早に駆け寄ると手に持った何かを二人に手渡す。
「コレは、もうオラには必要なかけん、よかったら使うてくらっさい」
そう言ってトシコが二人の手に持たせたものは……偽パイだった。
トシコが付けていたものと、俺に付けようとしていたものの2セットだ。
いや、いくらなんでも……それは火に油じゃないか?
流石にこの二人でも怒るだろう……
「「………………」」
黙っちゃった!?
なんか二人してジッと見つめちゃってますけど、偽パイを!
「……まぁ、トシコがそこまで言うのなら」
「そうだな。王都の前で見苦しい争いなど、あってはならないことだからな」
退いたぁ!?
そしてさりげなくポケットにしまったぞ、この二人!?
「では、ここでの騒動は私の権限で不問とする。騎士団、退けい!」
ウルスラの一声で、俺たちに睨みを利かせていた兵士たちが持ち場へと戻っていく。
それを確認した後、ウルスラはこちらへ向き直り、先ほどとは打って変わって品の良い所作で一礼してみせる。
「改めてあなた方を我が主のもとへと招待いたしましょう。ついてきてください」
そう言って、俺たちを先導するように歩き出す。
なんだかんだと騒がしかったが、どうやら王都、そして城にまで入れるらしい。
これはラッキーだな。
だが、俺は忘れない。
決して忘れるものか……
今度、フランカとウルスラが「成長した」と言い張っても、その言葉に惑わされることは、この先一生ないだろう。
偽パイを、俺の目の前で処分する、その日までは……きっと。
いつもありがとうございます!
ついに、
100話です!!!!!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
ここまで来れたのも、ひとえに皆様の応援があってこそ。
ありがとうございます!!
で、特に区切りのいい話でもなく、
結局100話目もおっぱいの話でした。
だが、それでいい!
『どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです』は、
今後もずっとそんな話なのです。
さて、フランカがブルース・リーを知っているのかどうか、
それとも独自の修業で同じ境地にまでたどり着いたのか、気になるところですが、
今後、訛り言葉に翻訳は入らない予定です。
みなさん、頑張って慣れてください。 _l⌒(シ_ _)シ ぺこり
そのうち、トシコも標準語を覚えるかもしれませんし。
「なぁ、お婿はん。オラ、ナウいじゃん? 生唾ごっくんモノじゃん?」
みたいな、ね。
そして、
全国の巨乳愛好家の皆様、申し訳ありませんでした。
偽パイでした!!
出会った当初、ご主人さんの巨乳センサーに反応しなかったのも、
「おっぱい」発言したご主人さんをトシコが「猥褻物」といったのも、
みんなこれが理由でした!!
「なんなん、こん人? おっぱいおっぱいて……どうせオラはぺったんこじゃけぇ……」
という思いが「猥褻物」という言葉に表れてしまったのでした。
しかし、エルフには必殺のアイテムがあった!
それが、
本物よりも本物な偽パイだったのです!
本物よりも本物な時点で偽物っぽいんじゃん、というツッコミは無しな方向で……
もしかしたら、
エルフの村には本物よりも本物な偽髪があるかも……
彼らがずっと若々しいのはそのため……?
そして、
エルフの技術の粋を集めて生まれた偽パイが今、フランカの手に……
しかし、いきなりつけるとバレバレだし……
最低でも、数ヶ月から数年はご主人さんと離れて暮らし、
満を持して
「……育った」
と登場するしかその使いどころがない偽パイ。
なんというジレンマ。
大きく見せたいが離れたくない……
離れたくないが寄せて上げてみたい……
フランカの選ぶ道は、果たして……!?
次回、『フランカ、これ見よがしにバストアップ体操を始めてみる の巻』乞うご期待!
(↑嘘予告です)
トシコを加え賑やかになった一行ですが、
ルゥシール
テオドラ
トシコ
一体、誰が一番アホの子なのか!?
話を聞かない上に考えが浅いテオドラか?
真っ直ぐ明後日の方向へ突き進む田舎娘トシコか?
揺るがないアホの子界の絶対王者ルゥシールか!?
今、アホの子の頂上決戦が始まる!
次回、『え、1ダースって10個じゃないんですか!? の巻』乞うご期待!
(↑嘘予告です)
というわけで、
100話まで楽しく書かせていただきました。
あっという間でしたので、きっとこの先もあっという間なのでしょう。
最後まで、楽しんでいただけるよう頑張ります!!
今後ともご贔屓のほど、よろしくお願い申し上げます!!
とまと