ゾッコン9
文化祭も終わり、京野は約束通りに東雲の酒に付き合うことになった。
「うぃ〜、リンくんも飲めばいいのに〜」
「もう梨々香さん酔ってるんですか?」
「……ごめんね京野くん、こんなのに付き合わせて」
望月は謝ったが、京野は目を瞑り首を横に振った。
「問題ないです。梨々香さんも満足気でしたし。……まあ初デートとしては色々トラブルがありましたけどね」
「……ふーん、優しいんだね」
「それだけが取り柄なんです」
京野はそう言って、笑った。
「梨々香さんはどうするんですか?車で来たんですよね」
「私が送るよ。梨々香の車、元々私のお古だし。京野くんも乗って行く?」
「そうですね、じゃあ遠慮なく……」
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車内でも東雲は京野に絡みついて離れなかった。
「リンくぅん……」
「や、やめてくださ……ヒャッ!み、耳咥えないでくだしゃい!」
「もう、梨々香ーっ!やめなさいよ!?」
東雲は唸りながらも口を離した。
「むぅ……リンくぅん、らぁいすきぃ……」
「はいはい、僕も愛してますよ。……キャアッ!だから耳に舌入れないでくださいっ!」
「梨々香ぁっ!!」
「失礼ですっ!」
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京野の家に着く頃、東雲はようやく眠りについた。
もう時間は夜の9時だ。
「ごめんね、遅くなっちゃった。……お家の人に良かったら謝るけど」
「大丈夫ですよ、門限までには帰ってますし。片付けを手伝っていたとでも言っておきます」
「そっか、じゃあ私も片付けしないとなぁ」
望月はそういいながら東雲の背中をぽんぽんと叩いた。
「東雲さんに明日も仕事あるんだから早く寝てくださいと伝えてくださいね」
「言わずもがな……かな?」
こうして何度見た光景か、京野家から東雲を乗せた車はブロロと音を立てて去って行った。
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「……ヴァ?」
「……なに変な声だしてるの、ほら、梨々香起きなさい。着いたっての」
東雲は痛む頭を抑えながら起き上がった。
「えっと……あれ?リンくんは?」
「もう帰ったわよ。あんたに散々絡まれながらね」
「えええぇっ!?」
すっかり酔いの覚めた東雲は慌てて携帯を見た。
既に時刻は24:10。流石に電話をするわけにはいかない時間である。
東雲は再び額に手の甲を当てて座席にもたれた。
「……先輩、ありがとうございます。……これでタクシー代払ってください」
そう言うと東雲は5000円札を渡して、車から降りた。
「あ、ちょっと。車のキー渡してないでしょ」
そう言って望月も車から降りて、ロックをかけてから東雲にキーを渡した。
「あんた、京野くんも明日の仕事のこと心配してたんだから早く寝なさいよ〜」
「あ、そういえばそんなこと言われてたような……まあいいや、明日もリンくんお店に誘おっと」
望月は呆れた顔で手を振った。
「大概にしときなさいよ」
「しても体外ですよ。出すのは」
「そんな話してないわよ」
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次の日、京野は登校中、平塚に声をかけられた。
「きょ、京野くん。おはよう」
「あ、平塚先輩。おはようございます、昨日はお疲れ様でした」
「いやいや、そちらこそ」
平塚は京野に笑顔を見せた。
「そういえば昨日も朝一緒でしたね、一昨日も」
「そ、そうだね。すごい偶然」
もちろん偶然ではなく、平塚が京野が来るまで待っているのだが……
「そういえば、昨日の会った今日のくんのお姉さん、綺麗な人だねー。……あれ?でも苗字が違ったような……」
「あー、それはえっと……い、従姉妹のお姉さんなんですよ!彼女は叔父の子で……」
「あーなるほど!」
京野は平塚が納得したことで安堵した。
「梨々香さんってどんな仕事してるの?」
「え……あー、その……だ、大学生?」
なんとか京野は絞り出した。
流石にソープ嬢だとは言えない。
「そっかー、そういえばそのくらいに見えるね」
「そ、そうですかね」
その後、2人は何ということもなく学校に着いた。
「それじゃ、先輩」
「うん、ばいばい」
別れを告げ、平塚は教室に向かった。
……顔をにやかせながら。
その途中、名も知らぬ1年生の会話が耳に入った。
ーー知ってる?隣のクラスの京野くん、彼女出来たんだって。
ーーえーっ?あの草食系の代名詞みたいな京野くんが!?
「…えっ?」