ゾッコン5
篠田高校、文化祭当日。
天気は梅雨明けの晴れでステンバイも完璧である。
しかし、一人の少年。京野 輪朽は少し違っていた。
「おーい、京野!仕込み出来たか?」
「……夏草や……」
「……京野?」
「……蛙飛び込む……」
「……。」
「……蝉の声……」
京野の心の一句であろうものを聴き終え、改めて羽場は京野に声をかけた。
「おい!仕込み!」
「へっ!?あ、羽場。うん出来たよ」
すると羽場は目を細めて告げた。
「……さっき、芭蕉が夏休みになっていたんだが」
「……なにそれ」
京野は自分で言ったにも関わらず身に覚えがないらしい。
「と、とにかく仕込み頼むぞ!俺は表の仕事だから、じゃ!」
そういうと羽場は去って行った。
しかし、この仕込みこそが問題なのである。
もし東雲が来たとしても、自分は仕込みの担当である故に、東雲は京野を見ることがないのだ。
それどころか探すために手段を選ばなくなるかも知れないのである。
東雲は、口外しない方が良いと言っていたが、ただでさえ口の軽い彼女のことだ。
もし京野の彼女が風俗嬢だなんて噂が広まってしまえばお終いである。
だから、京野は仕込みながら外をチラチラと見ていたのだ。
「……京野、どうだ?」
「……うん、来てない」
すると聞いてきた津田は頭を抱えた。
「仕込みのことだ。……羽場から京野の様子が変だと聞いていたが、彼女のことか?」
「……うん」
すると津田は少し考え「……少し待ってろ」と言って去って行った。
5分後、津田は何の変化もなく帰ってきた。
「京野、仕込みの代理を立てた。彼女が来たらフロントに立ってもらうからな。」
「そ、そんなことしてたんだ。まあいいやありがとう」
京野がそういうと津田は少し顔を下げて謝っている風なことを呟いた。
「……え?津田くん、どうしたの」
「い、いや、なんでもない。それじゃあ、仕込み頼むぞ」
こうして、放送の開会宣言とともに文化祭がスタートした。
*
一方、東雲は有給を利用して文化祭に行く準備をしていた……が、問題が出来た。
……服が無いのだ。
もちろん一張羅というわけではない。
ただ、風俗を仕事にしている彼女は学校に来て行くに合った服を持ち合わせていないのである。
「……こ、これなら、まだマシ……?」
下はジーンズがあったので履いているが、彼女が手にとったのは、背中に大きな穴が空いており、胸が強調されるVネックのブラウスだった。
考えた結果、東雲は現在大学で家に同居している弟に助けを求めることにした。
「浩二!来て!」
「なに?ねぇちゃん」
扉を開けて入ってきたのは天然パーマで眼鏡をかけた理系の男だった。全く東雲には相似していないが、しっかりと血の繋がった姉弟である。
「この服でさ、高校行けると思う?」
「……ダメでしょ。もしかして、高校生の彼氏のこと?」
「……そ、今日文化祭なんだって」
すると、東雲 浩二は自室に戻り、白いカッターシャツを手に持ってきた。
「これ、着てって。俺、これでも応援してんだよ?かなり」
「え!そうなの!?」
「うん、面白そうだし」
そう言うと、浩二は軽く微笑んで部屋から出て行った。
「……確かに面白そうだよね」
東雲も釣られる様に微笑した。
そして、胸が大きくて届かないために仕方なくシャツ上のボタンの二つ以外を留めて出て行った。
*
東雲は車を飛ばして、篠田高校に5分で着かせた。
「へえ!こんな大きいんだ!」
「ってかさ、私も来て良かったの?」
傍でそう言ったのは東雲の友人であり、高校時代の先輩でもある望月 恵里子だった。
「いーですって。それにこれ、ペアチケットみたいですし。高校のくせにませたマネしますよね、本当」
「……で、なんで私なの?」
すると、当たり前のことを言う様に東雲は告げた。
「だって、他の人仕事ですし」
もっともな理由のため、望月は逆に呆れてため息を着いた。
「アンタ、他に知り合いいないの?」
「いますけど、殆ど風俗と関わってるホストの男ですし」
「……そう。そりゃ、高校に連れて来れないか」
「そこじゃないですよ、わかりません?彼氏いるとこに他の男連れてくるんですよ。非常識です。まさに輪姦学校になりますよ」
「……そこで、下ネタ混ぜるんだ」
勢いに蹴落とされ、望月は対した感想が言えなかった。
「……それにしても、まともな格好で来たんだね。私はてっきりチャイナドレスみたいな、胸とか足とか丸見えのやつ来てくるんだと思ってた」
「ちゃんとTPOくらい理解してますよ!……まあ、足じゃなくて背中になりかけましたけど」
すると、望月を目を細めて「その格好も、それはそれでエロいけどね」と呟いた。
「マジですか!?」
「うん、体のラインくっきりだもん」
東雲の格好は、カッターシャツにストレッチジーンズ。
露出を気にするあまりに「見えないエロス」に感づけなかったのである。
実質、周りからもかなり視線を集めている。
「それに、暑いでしょそれ」
「はい。すっごいです。胸の谷間に水溜り出来てます」
「……それも、エロいな。」
こうして2人は京野のクラスを確認して校舎に入って行った。
*
そして、一方。
「きょ、京野!しの、東雲さんが!」
「えっ!嘘!早っ!」
慌てて代理の女子高生と交代をした京野は教室内で設置された更衣室に飛び込む。
すると、京野はようやく津田の謝った意味がわかった。
「……冗談ですよね、これ」
*
2人は京野の教室を見つけると、内容を確認した。
「あー、此処だ此処。へえ、召使喫茶か。粋ですな」
「ほう、どれどれホストクラブに通いつめた私に確認を……」
2人が入ると、そこに居たのは
「い、いらっしゃいませ!ご主……お嬢様っ!方っ!」
噛み噛みで挨拶をする京野のメイド服姿だったーー
数分前
「……え?きょ、京野くん?」
「……\\\\」
「嘘っ!メイド服とウィッグだけだよ!……可愛い」
メイド服にミドルショートの京野は、女子に囲まれて顔を赤くしていた。
「い、言わないでください!」
ちなみに、京野が女子に対して敬語なのは生まれつきのヘタレだからである。
「……京野……だよな?よし、じゃあフロントに行け」
「ええーっ!?せ、背広は無かったの?」
背広というのはもちろん男性用制服ーー執事服のことであるが……
「無い。むしろお前の代理が立っただけでも感謝して欲しい」
「……」
京野は白い目で津田を睨みつけたが…
「それに、一般女子よりも可愛いぞ。」
返された答えは心ないものだった。
「それ余計だよっ!?フォローになってないよ!?」
*
「……プフッ、リ、リンくん……」
「……うぅ……お、お席に案内します!」
京野は二人を席に座らせたのち注文を取り始めた。
「こ、こちらメニューとなっています。」
「……ふぅ落ち着いた。……うちの店にも欲しいな男の娘枠」
東雲はからかうように言ってから京野の手からメニューを受け取った。
「……ほー、意外と沢山種類あるんだ。文化祭とはいえ侮れないね」
「あ、ありがとうございます」
望月の言葉に京野は感謝を告げる。
東雲はメニューを読んで、つい吹き出した。
「『メイドの蜂蜜入りカナディアンコーヒー』とか『とある執事のトロッとシチュー』とかすごっ!面白いね、リンくん狙ったの名前?」
「……し、知りません!ただ梨々香さんが言うとエッチに聞こえるのでやめてほしいですっ!」
東雲は京野に厭らしい目でからかった。
「あははごめんごめん、じゃあ普通に『コーヒーフラペチーノ』頼めるかな?」
「私は『アイスコーヒー』」
「は、はい!か、畏まりましたっ!」
そう言うと、京野は簡易な厨房に戻って行った。
「……どうです?我が彼氏」
「……釣り合わないんじゃない?見てる分には面白いけど、俗嬢と純粋ヘタレ君だし」
「だから、期待出来るんですって!それに、彼……リンくんは私を体じゃなくて性格で好いてくれたから……」
そう言うと、東雲は自分で言ったくせに顔を赤らめた。
その様子を見て望月はなかなか彼もやるなと思うのだった。
「……お、お待ちしました、梨々香さ…お嬢様、こちらアイスコーヒーとアイスフラペチーノでございます」
「……プフッ、アイスフラペチーノってそれ言葉可笑しいよ?」
言葉に気づいた京野は顔を赤くしながらも黙って二つを置いた。
「……ねーリンくん!」
「ちょ、大声はやめてくださいっ!勘付かれちゃいますっ!」
「ああ、ごめんごめん」
東雲は懇願するように手を合わせて謝った。
「……でさ、ミルク欲しいと思ってね」
「ミルク……はい、畏まりましーー」
「そうじゃなくて……リンくんの……ね」
東雲はわざとであろう、京野の手を取って虚ろな目で下から上を舐め回す様に見た。
「ひ、ひえあっ!し、失礼です!……と、とにかく!12時ジャストに仕事終了ですので、学食で待っていてください」
「あはは了解」
一方、望月は始終苦笑いでどうして私来たのかなと思うのだった。