ゾッコン18
京野がホストとして働き始め、ついに三日が過ぎた。
「響、三日間お疲れ様」
「はい、今までありがとうございました」
京野が一礼すると、谷口は相変わらずの鍛え上げられた笑顔で肩をポンポンと叩いた。
「最初はホストとしては不安だったけど、最後の方はだいぶそれっぽくなったからね。70点くらいは行ったんじゃないかな?」
「いや、そんな僕は……」
「謙虚になる必要はないよ。これ、三日分の給料」
谷口は京野の手にポンと封筒を置いた、中には3万円ほどのお金が入っていた。
「こ、こんなにもらえませんよ!」
「いや、ホストクラブでは妥当だよ。初収入だし、それにホストクラブは歩合制なんだ。8000×3で
24000円。プラス6000の初日収も加えて3万円」
京野は谷口の説明を聞き、なるほどと納得すると頷いて封筒を受け取った。
「このスーツは預かっておくよ。でもまた手伝って欲しいときは助けてよ? 響はここのメンバーなんだから」
「……はい!」
*
帰宅後、京野は封筒とにらめっこして悩んでいた。
(もらったはいいけど、何に使おう……)
京野は基本的に物欲がない故に、息を詰まらせて窒息しそうになりながら深く考えていた。
(……そういえば、梨々香さんのソープランドって3万円だったよな)
京野はそんなことを考えた直後壁に強く頭を打ち付けた。
「何考えてんだよ僕は!!」
「おにいちゃーん? どうしたのー?」
「な、なんでもないよ!!?」
突然ドアの前にいた愛里琉に驚き、京野は仰け反った。
「おにいちゃん。あそぼ?」
愛里琉は疑問符をつけながら頼み事を行った。
「あ、うん。何する?」
「おえかきしたい」
(一人でもできそうだけどなぁ……)
*
翌日、京野は学校へ向かった。もちろん給料袋は引き出しにしまってある。
定期的に部屋の掃除を行うタイプである京野は、親に掃除をされることはないのである。
「京野。よお」
「津田くん、おはよ。羽場くんは?」
「また遅刻だろ」
京野は津田に挨拶を返すと一緒に並んで歩き出した。
「東雲さんとはどうなんだ?」
「いきなりそれ? ……まあボチボチかな」
「そうか……。進展はないのか……」
「うっ……」
京野は津田の言葉に貫かれたような衝撃を受けた。
「……悪い。そんなに痛がらせる言葉だとは思わなかった」
「……いや。間違ってないから。 でもデートはしたよ」
「おお! どうだった?」
「姉弟みたいだって言われた」
……一瞬の沈黙。
「な、なんか悪い」
「謝られると余計悲しくなる……」
すると、突然学校の方から聞いたことのある怒号が聞こえた。
「だからスカートを下げろと言ってるんだっ!!」
「もうダルい! 朝からうっさいなぁ!」
どうやら沢野が服装を崩している女子生徒に注意をしていたらしい。
「……津田くん」
「おう、なるべく気づかれないようにするか」
二人は互いに頷きあうと隠れるように校門をくぐる……が
「おい! 京野からもなんか言ってやれ!」
「ギクッ!? な、なんで僕に振るんですか!?」
「あ、キョーノじゃん」
「……お、おはよう篠崎さん」
京野は怯える様子を見せながら、偶然にも知り合っている耳にビアスをつけているかなり日焼けした肌の女子に挨拶する。
理由は二つ。
一つは篠崎が京野の知り合いで一つ上の先輩であるため。
もう一つは、中学時代に彼女からちょっとした嫌がらせを受けていたからである。
「なに? キョーノもこの風紀もどきに味方すんの? ウケるわ」
「つ、津田くん、ごめん先に行ってて」
京野は目に涙を浮かべながら津田に伝えた。
「京野……分かった。悪いな」
津田が離れたあと、京野は篠崎に向かって言った。
「別にそれでいいと思います!」
京野は篠崎の下僕なのだった。
…………
……
教室に戻った京野の姿を見て津田はぎょっとした。
額にはたんこぶ、首元には湿布が見えたからである。
「……どうしたんだ?」
「……沢野さんに怒られた」
「……お前、無理すんなよ」
京野と津田は遅刻して校門で沢野に怒られている羽場を見ながら呟いた。
*****
昼休み、突然ドアから大きな声が入ってきた。
「キョーノ!! いるーっ!?」
「……し、篠崎さん」
「あ、キョーノ!! あのさぁ、パン買ってきてくんない? 中学校のときみたいにさ」
沢野が高学年のクラスからわざわざ京野の教室まで来て伝えたそれは、要約すればパシリだった。
その様子を見たクラスメイトはボソボソと騒ぎ出す。
「だれだ、あの黒ギャル……?」
「また京野の関係か? あいつどんだけ女と絡みがあんだよ」
「絡みっていうか今度はただのパシリっぽいぞ」
「中学校のときって、同じ学校だったのかよ」
「何してんのキョーノ、早く行ってきてよ。じゃ、あたし屋上で待ってるし」
「え、あ、は、はい……」
*****
数分後、京野は篠崎の待つ屋上にパンの袋を持ってきた。
「おっそーい。罰として、代金減少ー」
「……すいません。とりあえず今の好みわからないので、ミルクパンにしました」
「……まあそれは好み変わってないからいいけど。ってか覚えたんだ、ウケる」
篠崎はパンを受け取ると、適当に袋をポイと捨て食べ始めた。
京野は篠崎の捨てた袋を拾うと、訪ねた。
「……あの篠崎さん。なんで今頃また僕と?」
「……だってアンタ友だちいないでしょ。構ってやってんだからマジ感謝しろよ」
「いや、でも僕充分に友だちいますし……」
「……ふぅん、生意気」
篠崎はそれだけいうと再びパンを齧る。
「……えっとそういえば篠崎さん1人でいるなんて意外ですね」
「……キョーノ……次それ言ったらマジで殺す」
「……え?」
ふと見ると京野は篠崎の濃いアイラインの入った目つきが鋭くなっていることに気がつき、急いで黙り込んだ。
「……なんでもねえよ。……ところでさキョーノ、お前彼女いんの? せっかくなら、あたしと……」
「いますよ。 ……あれ?」
京野の答えを聞くや否や、篠崎は京野を平手打ちして倒した。
「……嘘言うなよ……」
「うそ……じゃ、ない……です」
京野は篠崎に恐怖しながら、途切れ途切れで言うと篠崎は京野の髪をつかんで前を向かせた。
「お前マジ死ねよ! 消えろ! もう来るんじゃねえ!!」
「……し、篠崎さ……」
「うっせえ! 死ね!!」
京野はビクビクしながら屋上から逃げるように降りていった。
残された篠崎は1人、染めた金髪を泳がせながら「……くそぉ……」と小さく呟いた。
*****
放課後、京野を後ろから見つめる影が一つあった。
「……」
「……篠崎。どうした」
「のわぁっ!? ア、アンタ」
「アンタじゃない、沢野だ」
沢野は篠崎が京野を追っているのに気がつくと、あー……と声を出した。
「篠崎、京野のことが気になるならついていかない方がいいぞ」
「な、なんでさ」
「なんていうか……幻滅する」
「はぁっ!?」
すると京野が校舎を出たので、篠崎は急いで追いかけていった。
沢野は仕方ないと小さく溜息をつくと後をつけていった。
…………
……
「おい篠崎、お前、まさか京野のことが好きなのか」
「……悪い? だって、あいつ素直だし。……ちっとだけど可愛い顔してるし……」
「……アンタそういうやつだったのか。意外だな。しかしお前のことだ、酷い仕打ちしたんだろ」
「 うっさい! ……それにこっちは謝りたくてしてんの。悪いのはあたしだったし」
篠崎は京野が繁華街に入るのを見てギョッとすると、抵抗なく入っていった。
「……私は帰るからな」
そういうと残された沢野はため息をついてその場を立ち去った。
篠崎はそれに気がつくも、気にすることなく京野の後を着いて行く。
ここら辺が一番騒がしくなるのは夜中よりも夕刻である。
夕刻までは僅かにしか時間がないが、夜遊びに慣れてる篠崎にとってはどうでもいいことであった。
(……あいつ、どこに行くんだ?)
すると、京野はソープランドの前にいる東雲に気がつくと嬉しそうに駆け寄って行った。
(な、な、なんなんだ!? あの女!?)