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水底の記憶


――あの時の自分に足りなかったものは、一体何だったのだろう。


一度終わりを迎えたものが、再び甦るなど奇跡の中の奇跡。

そんな事が起こるはずなどありはしないのだ。


ましてやそれが、命であるならば尚更。


今更どれだけ嘆こうと、どれほど懺悔しようとも、失われた命は未来永劫決して戻る事などない。


けれど――だからこそ、夢想してしまうのだ。

『有り得ないはずのもう一つの現在』を。


もしもあの時、自分が足りなかった何かをちゃんと持ち合わせていたのなら。

そうしたら、彼女は今も隣で笑っていてくれたのだろうか。


くるくる。

くるくると。

記憶は廻る。


思い出は遠く、水底に沈む硝子片のように本当に其処に在るのかどうかすら解らない程あやふやな姿をしている。


その存在を確かめようと手を伸ばしても、指先を傷つけるだけですくい上げる事など出来はしない。


あの日々が本当に在ったのか。

その存在すら疑ってしまいそうになる。


けれどそれは決して、夢などではないのだ。


彼女の声も、笑顔も、温かさも。総てをありありと思い出す事が出来る。


どんなに目をそらして、記憶を心の奥深くにしまい込んでしまおうと、自らが犯した罪もその重さも、冷たさも――総ては現実だ。




くるくる。

くるくる。


空が。

記憶が。

少女が。

世界が。


廻る。





*****





ピィ――――……


どこか遠くから、鳥の声が聞こえた。

見上げた空の先では、大きな鳥がその立派な翼を広げて悠然と虚空を旋回している姿が見える。


「雪鷲か……」


雪鷲とは、この国をはじめとした雪深い地域で多く見られる大鷲だ。

大きさも気性も通常の鷲と大差は無い。しかし通常の鷲が黒とも茶ともつかぬ濃い色をしているのに対し、雪鷲は真っ白なのだ。

環境に合わせてその姿に保護色を取り入れて進化して来たのか、彼らは雪に溶け込むような美しい純白を纏っている。


大きく広げた翼で風を斬るその姿は、まさに王者と呼ぶに相応しい。そんな風貌だ。



「――其処から、あの城と街はどのように見えるのだろうな……」


ピィ―――……


グラスの独り言とも問いかけともつかぬ呟きを突き放すように、雪鷲は一声鳴いてバサバサとその美しく力強い翼を翻し空の彼方へと消えていった。


「……応えぬか」


自嘲気味に笑いながら、グラスは再度独りごちた。


きっと空から見ようと、地上で見ようと、何ら変わりはないのだろう。

何処から見つめようとも、あの城の現実が覆される事があるはずもなく、ただありのままの――凄惨な光景が其処に存在しているだけなのだ。


きっと、これから先何年、何十年も、永劫変わることなく――……




クスクス。

笑い声が聞こえる。


誰だろう。

自分はこの声を知っている。


紅い髪。

紫水晶の瞳。

抱えた赤い花束。

舞い落ちる真白い雪。


モノクロの銀世界に鮮やかな色彩が華開くようにゆっくりと灯る。


忘れかけていた景色――否、忘れた事など一瞬たりともありはしなかった。

都合良く、記憶の破片を心の奥底へ沈めようともがいていただけなのかもしれない。


しかしそんな事をしても、破片がつけたきずは、痛みは決して消えはしないのだ。

むしろ知らず知らずのうちに更なる疵が出来上がり心を蝕んでゆく。



そう。

彼女はいつも傍に居た。

あの日も、そして、今も尚――……




――あなたは本当に、考えても仕方のない事ばかり考えるのね。そんなに一生懸命考えた所で、私たちが出来ることは『受け止める』事だけなのよ。


――受け止める……?受け入れるのではなく?


――受け入れるというのは、なんだか保守的な感じがして好きじゃないわ。受け止める、の方がなんだか立ち向かってる感じがして私は好き。


――その二つに、それ程の大差はあるのか……?


――気持ちの問題よ。とにかく。何事も受け止める事しか出来ないのよ。私たちは。逃げたり目を逸らしたりしないで、まずは現実を受け止める。そして初めて自分に何が出来るのか、何をするべきなのかが解るの。


――何をすべきか……


――そうよ。確かに逃げ出したくなることも、目をそらしたくなるような出来事も沢山あるでしょう。逃げてどうにかなるのなら、誰だって逃げるに決まってる。面倒な事なんてご免だもの。


――それはそうだろうな。


――アナタは、受け止める前に考えてる。現実を受け止めずに済む方法を。それは逃げるのと同じよ。


――確かに……そうかもしれないない。


――でもね。逃げてもそれは単なる時間稼ぎ。どうせいつかまた同じ事で悩むわ。問題の対象が同じものであるかどうかは解らないけど、必ずツケは回ってくる。


――つまりはきちんと解決しなくては、いつか必ずそれを清算する時が巡ってくる、と?


――そう。だから、現実を現実として在るがままに〈受け止める〉の。〈受け入れる〉のはただ流されるだけだからダメよ。受け止めて初めて本当の姿が解るわ。そうして理解して、その中で改めて自分に出来る事を考える。気に喰わない現実なら、それを受け止めて跳ね返す手段を見つけるのよ。


――全く以てお前らしい考え方だな。


――えぇ、そうでしょう。


――けれど、俺はそういう考え方は嫌いではない。


――ふふふ。素直じゃない言い方。


――俺らしいだろう?


――そうね。でも、私も嫌いじゃないわ。グラスのその性格。



言いながら、10にも満たぬ幼い少女はおよそ年齢にそぐわぬ不敵な笑みを見せた。


コロコロと、鈴のように響く笑い声。


小さく華奢で、羽のようにふわふわと駆ける体。


妙に大人びた……けれど年相応の無邪気さも持った不思議な少女。


無邪気故に危うい少女を、自分が守ってやらねばと思った。


いや。『守りたい』と、思った。




けれど、その願いは―――……



記憶の回廊を抜け、グラスが再び空を見上げると、遥か遠くで先程の雪鷲がゆったりと旋回しているのが見える。


時折聴こえる雪鷲の鳴き声。

それ以外の音は無く、絶対の静寂が辺りの空気を支配している。


音もなく降り続ける雪。

ただしんしんと、世界から色を奪ってゆく。

そのどこまでも穢れの無い純白の舞をじっと見つめていると、まるでスノードームの中に入ってしまったかのような錯覚を感じる。


いや。本当はとうにスノードームの中に閉じ込められていたのかもしれない。


音も、時間も無い。ただ舞い落ちる雪だけがきらきらと光を乱反射する、美しくも冷たい牢獄。


いつ終わるとも知れぬ、永遠の―――……




チリン……




閉ざされたドームに響く、小さな音の破片。


その音は限り無くか細く、まさに水の中の硝子片の如く余程神経を研ぎ澄まさなければ気づかないような音だった。


チリン


再び聴こえた確かな音。


音の方に目を向けると、やや離れた場所に小さな赤い影が二つ見える。

先を歩く小さな影に導かれるように、たどたどしく歩むもう一方の影。


短くない時間、グラスはその影を見つめていたがやがてすくっと立ち上がり、影の方へと向かって緩やかな坂を下り始めた。




*****





「――良い品は見つかったか?」


チリン、チリン、と可愛らしい音を立てながら先を歩くシャルルに導かれるようにして、グラスと別れた林へと向かう途中。

クルミナは唐突にそんな声を聞いた。


「……え……と……グラセアス王……?」


「そうだが……何故疑問系なんだ」


クルミナの記憶が確かならば、グラスと別れてから街に着くまでの時間に比べ、街を出てからここまでの時間というのは遥かに短い。


しかも林から街にかけては緩やかな斜面になっていて、斜面を登ってくる形になる帰り道はむしろ行きよりも時間がかかるはずなのだ。

つまり、まだ林にすら辿り着いていない。

そんな場所でグラスの声が聞こえる理由はただ一つ。


「……グラセアス王……もしかして、迎えに来てくださったんですか?」


「……ついでだ」


クルミナの問いかけに帰ってきたのは、ぶっきらぼうにも程がある一言。


「ついで……とは……なんの……?」


「………………」


沈黙。


この世には、沈黙に勝る肯定の意思表示はないのだと言うことを知らないらしい一国の王たる男は、ようやく開いた口からもぞもぞと、まるで呪詛でも吐くかの如く弱々しい声でぽそり、と呟いた。


「…………ちょっと……見たい景色があって、な……」


「…………」


丘を登ろうと坂を下ろうと、何処までも広がる雪景色しか見えないこの地に対して明らかすぎるその言い訳。

二人の間に微妙な沈黙が続くが、それはすぐにクルミナの笑い声でかき消されてしまう。


「な……何がおかしいのだ」


恥ずかしさなのかむくれているのか……ほんの少し頬を赤くしながらグラスはクスクスと笑うクルミナに詰め寄る。


「ふふふ……すいません。だいぶ面白くて」


「は?」


「いいえ、ただの独り言です」


そう言いつつまだクスクスと笑い続けるクルミナを前に、バツが悪そうにガリガリと頭をかきながらグラスはボソボソと語り出した。


「……いくらシャルルが道案内をしてくれるとはいえ……お前は目が見えぬのだから……心配もするだろう……」


悪戯をした子供がむくれながら謝るような話し方。

そんなどこまでも不器用過ぎる優しさに、クルミナはただ笑い、ありがとうございます。と応えた。


「……それで、その髪はどうした?」


どことなくふてくされた声のまま、先程別れた時とは異なるクルミナの髪型の理由を尋ねるグラス。


「あ。そうなんです!街でとても優しくして下さった女性に頂きました。このほうが長時間歩くには楽だろう、と」


「みゃうー」


それまで大人しく二人の足元でちょこんと座っていたシャルルだったが、まるで自分のリボンも見てくれとでも言っているかのようにチリンと可愛らしい音を鳴らしながらグラスを見上げてウロウロと歩き回っている。


「あぁ……お前も貰えたのか。親切な者と出会えて幸運だったな……――どちらも……良く、似合っている」


「ありがとうございます!」


――そういって口元を綻ばせるクルミナには、見えない。

視えないから、解らない。


グラスがどんな表情で、その言葉を口にしたのか。


グラスが、いつもと違う髪型のクルミナのその向こう側に、誰の面影を見たのかを――……


「王様からお褒めの言葉を授かりましたよ!良かったですねぇシャルル」


「みゃあ」


まるでそうだね、とでも言っているかのように、シャルルは歩みを止めてこつんと自らの頭をクルミナの足にすり寄せた。


「あっ!」


「どうした?」


唐突に声を上げたクルミナ。

グラスが慌てて振り向くと、「危うく忘れてしまうところでした……」などとブツブツひとりごちながら、クルミナは手持ちの籠の中をゴソゴソと漁り始めていた。


「………どうした?捜し物なら俺が見てやろうか?」


「いえ、そんなに捜しにくいモノではないので大丈夫で――あ、ありましたありました!」


目当てのものをようやく見つけたらしいクルミナは、グラスを呼んだ。


「はい、どうぞ。王さま!」


クルミナの前に立ったグラスの眼前にずいっと差し出されたのは、紙に包まれた何か。


「お待たせしてしまいましたから、せめて何かお土産をと思いまして」


手に取ると、それは手袋越しにもほんのりと温かく、冷え切った指先にじんわりと染みるようだった。


「……パン……?」


カサカサと包みを開けてみると、現れたのはパイと呼んだ方が近いかもしれないような、丸いパンだった。


「体、少しは暖まると思いますよ」


寒空の下、一人待つグラスを気遣って買ってきたもの。


それは確かに冷えた体を暖める効果があるかもしれない。しかし、小さなたった一つのパンが暖めるのは恐らく体だけではないだろう。


「――……ありがとう……」


パンの温かさを手のひらで感じながら、グラスは言われるままにパクリと一口かじってみる。


「なんでも食べた相手を意のままに操る事が出来るという、世にも珍しいパンだそうです」


「ゴホッ!!!」


パンを飲み込む瞬間を見計らったかのように、唐突かつ衝撃的すぎるパンの効能解説がクルミナ先生の口から告げられ、思わず咳き込むグラス。


「すみませんウソです」


「……お前……」


咳込みながら恨めしそうに呻くグラスに、クルミナはクスクスと笑いながら「すいません、つい……」と、もはや謝罪なのか言い訳なのか、それともただ単純に馬鹿にしているのか解らない言葉を口にする。


あまりにもタイミングの良すぎる悪戯によって、グラスは咳き込むだけにとどまらず、よく見ればうっすらと涙目になっていた。


「それは今日お買い物に付き合って下さった方に教えて頂いたお店のパンですよ。なんでも街で一番の人気だとか」


「そうか……確かに味はなかなかのものだな……」


あんな冗談の後では素直にその味を楽しむどころの心境ではない――と思っていたのだが、パリパリとした食感に、じわりと染み出る温かいクリームシチューのようなソース。それに溶かされたたっぷりのチーズによる濃厚な旨味が口内に広がると、むしろ先程の悪戯の方こそどうでも良くなってしまう程だった。


「お買い物に付き合って下さった方は本当に、とてもとても優しくて親切な方でした。初めてお会いしたのに、目が見えなければ買い物も不自由だろうからと言って下さって……」


「大きな街には特に色んな人間がいるからな、中にはそういった奇特な者も居るのだろう」


パンを食べ終え、その包みを簡単に折り畳んでいると、その音に気付いたらしいクルミナがすかさず手を伸ばして包みを預かり、手元の籠の片隅へとしまい込んだ。


「――人と会話をする事も、グラセアス王にお会いするまで久しくありませんでしたが……同性の方とお話どころか、連れ立って歩くなんて本当に驚く程久しぶりで……」


「……楽しかったか?」


「はい……とても」


「そうか。では城に戻ってゆっくりと今日の土産話を聞くとしよう」


いつになく饒舌なクルミナの様子に、微笑みながら尋ねるグラスに、同じく微笑みながら応えるクルミナ。

その言葉に満足したように、グラスは城の方へと足を向ける。


「……今日が……あまりにも楽しくて――」


ピィ――……


遠くで再び雪鷲の声が聴こえる。

山にこだましたそれはまるで、叫び声のようにも聴こえた。


「――だから……少しだけ、哀しくなりました」


「え……?」


チリン――……




クルミナの方へと振り返ろうとしたグラスの足元を、小さな鈴の音が通り過ぎる。


そしてふわりと眼前で紅い髪が揺れた。


紅い――深紅の薔薇の花で染め上げたような紅い髪。

上部から中部にかけてをリボンで簡単に束ねられたそれは、記憶の向こうに眠る少女に良く似ている。


あぁ。確かあの日もこんな風に紅い髪がふわりと眼前を舞ったのだ。


無邪気に笑いながら、薔薇の花を手にした幼い少女は羽のようにふわりとグラスのもとへと駆け寄り――そして――……




「――さぁ、あまりのんびりしているとすぐに暗くなってしまいますね。陽が落ちてしまわないうちに帰りましょうか」


「にゃーん」


グラスがふと我に帰ると、クルミナはいつの間にかグラスを追い越し、たどたどしい足取りのままシャルルと共に城への帰路を歩き出していた。


「ここまでの帰り道は、シャルルが鈴の音で導いてくれたんですよ」


足にじゃれつくシャルルを撫でながらクルミナは楽しそうに話す。

そんなクルミナを追いながら、グラスはちらりと小さな猫を見つめた。


狐のようなフサフサとした尻尾をピンと立て、まるで胸でも張るように堂々と歩く小さな猫。



「――……そうか。シャルルもお前の役に立てて嬉しそうだな」


「にゃあーん」


「……しかしここから先はまた俺が先導役になろう。クルミナはシャルルを抱いていた方が良い」


グラスはクルミナの前に出ると、空を見上げやや緊張した声でそう告げた。


ピイ―――……


グラスが見上げる上空に、再び雪鷲の姿があった。

先程虚空へと飛び去ったものなのか、それとも別の雪鷲なのかは解らないが、相変わらずその姿は雄大で、翼を広げた状態で近くに来たならば恐らくグラスが両手を広げたのと同じ程の大きさはあるだろう。


「鳴き声が聴こえるだろう?あれは雪鷲だ。この辺りでは珍しくない鳥だが……あいつらは動物の子などを巣に持ち帰って食す場合がある。シャルルが狙われないうちに早く城に向かおう」


「……!はいっ!」


グラスの言葉に僅かに緊張を感じながら、クルミナはしゃがみ込み、シャルルにおいで、と声をかける。


「その荷物は俺が持とう。シャルルをしっかりと抱いていてやるん

だ」


グラスは籠を受け取ると、クルミナがシャルルを抱き上げるのを見届けゆっくりと歩き出した。


片手に杖を持つクルミナは、残るもう一方の手でシャルルを抱き上げるしかないが、それでもシャルルはまだまだ子供なため、腕にかかる負担はほとんど無いに等しい。


むしろ腕の中でグルグルと喉を鳴らすそれは、生物が元々持つ温もりなのか、それとも道案内の役目を終えた代わりにせめてクルミナを温めてくれようとしているのか、穏やかな熱を放っている。


「シャルルもすっかりお前に心を許しているようだな」


歩きながらも時折振り返って様子を見ていたグラスは、クルミナの腕の中で満足気に目を閉じているシャルルの姿を目にして、そんな事を言った。


「はい。どれくらいの間独りきりでさ迷って居たのかは解りませんが……きっと、寂しかったのでしょう……とても……」


「……そうだな。お前に見つけて貰えて余程嬉しかったのだろう」


城の中庭でシャルルを見つけた時の事を思い出す。


物陰に潜み、何かに怯えながらも何かを求めるように叫んでいた小さな小さな声。





――今日があまりにも楽しくて……だから、少しだけ哀しくなりました……



ふと、先程のクルミナの言葉を思い出す。


楽しい事が哀しいとはどんな意味なのか。

誰かと話すのも、連れ立って歩くのも久しぶりだと彼女は言った。

それならばシャルルや自分のように短くない時間を独りで過ごしていたのだろう。


だから『楽しい』のは解る。

けれど、だからこそ『哀しい』理由が解らない。


よくよく考えてみれば、クルミナが城に来て数日が経っているが、未だに彼女は自分の事をほとんど話してはいない。


ただ、何らかの理由によって死を望んでいる。

それも、普通の死ではなく、城の『凍てつく呪い』による死を。




―――何故――……?




解らない。

解らないが、しかし何故か重なるのだ。


雪の中に独りうずくまっていたシャルルと、杖を失い階段の下でうずくまっていたクルミナの姿が。



「……お前も……ずっと、独りきりだったのか……?」


「え……?」


グラスは全て胸中の呟きのつもりだったのだが、クルミナの声に自分が無意識のうちに言葉を発していた事に気付き慌てて言葉を繋いだ。


「あ――いや、すまない。今のは気にしなくて良い」


それだけを言って、グラスは視線を前方へと戻した。


城から街へと向かう時に踏み固めた雪の道は、この数時間のうちに新しく降った雪が薄く被っていて、踏みしめる度に僅かにキュ、キュ、と小さな鳴き声を上げる。


それがいくつか響いた後、グラスの背後から小さな声が聞こえた。


「――お城に着くまで、まだだいぶ時間がありますね」


「…………?」


唐突に聞こえた声。グラスがその主へと再び目を向けると、主は口元に笑みを浮かべて言葉を続けた。


「――せっかくですから、少しだけ、昔話でもしましょうか……」



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