6話 この気持ちに名前を付けるのならば
「・・・・・かっこいぃ」
楓は恍惚の表情で思わずそんな台詞を漏らしてしまう。
「・・・・・え?」
その楓の台詞に驚きの表情を見せる円。
「・・・って、ええ!?」
その驚きの表情に驚き、自分が今しがた何を口走っていたのかを思い出して我に返る楓。
そして我に返った楓は、今現在自分が円の腕に抱かれているという状況だという事も思い出し慌てて離れる!!
「わっ!!ふえっ!!ごっ、ごめんなさい!!」
楓は円から離れ、数歩さがり円を再度見つめる。
そこには先程自分を助けてくれた、灰色の髪と銀色の眼光を放つ瞳の少年がたっていた。
楓はその姿を見て、再び顔を熱くする。
そして楓は気付いてしまった。
先程自分が漏らしてしまった本音、今までの自分の異常なまでの彼への好奇心、そして今彼の顔を改めて見つめての率直な感想。
それらが全てを物語っている・・・
わ、私・・・円くんのこと・・・好きだったんだ・・・
今ようやく確信をした自分の気持ち。
今まで恋をされる事はあっても恋をする事はなかった楓。
むしろ、幼い頃から沢山の好意をよせられて来た彼女にとって、好きや恋や愛などといった感情は別段特別な物と感じていなかった。
告白される事の多い楓は、恋や愛という物はきっとどこにでもありふれている様な自然な物なのだろうと・・・
彼女はそう考えていた。
彼女は何時も一緒にいるブレイカーのグループの一人で唯一の男性である相原光秀の事が好きだ。
勿論これは友達としての好きであるのだが、楓はこれを恋だと少し勘違いを今までしていた。
それは今まで恋愛感情という物を知らないでいたからだった。
しかし、今日、彼女は恋をしった。
そしてその感情は、熱量は、彼女が今まで認識していた恋という感情とは別格のものであった。
初めて彼と話した時に彼に興味を持ち、その後三日間も恋いこがれ、彼の悲しみの表情に胸を痛め、どうしても会いたくなって彼を捜し、そしてピンチを助けてもらって、なおかつ抱きしめられた・・・
これ以上はないときめきの数々に、楓は生まれて初めて恋愛感情を知ったのだった。
そして、自分が恋をしていると自覚した瞬間、楓の中に強烈な感情が芽生える・・・
は・・・恥ずかしいよぉ!!
顔が熱く、視線を受けているだけで凄く恥ずかしい、だけど、なのに彼から目が離せないのだ。
う、わ、私今変な格好じゃないよね!?
うあ!?
さっき抱きしめられたとき、私汗臭かったかも!?
走ってきてたし!!
うわぁ!!
どうしよう!?
汗臭い女って嫌われたかも!?
やだやだ!!どうしようぅ!?
楓は円に目を離せないままテンパる。
円に見ないでと思いながらも、もっと自分を見つめて欲しいという複雑な感情に身悶えしながら。
楓は自分の中に現れた、初めての感情に完全に翻弄されるのであった。
しかし、そんな楓に円が声をかける。
「家まで・・・送ってくよ」
ーーーー
いってたな・・・
俺の幻聴でなければ俺の事かっこいいって・・・
こんな可愛い娘が?
俺の事を?
カッコイイ?
ふむ、なるほど・・・
つまり幻聴だ!
まあでもせっかく助けたんだし・・・
家まで送っていってあげるか・・・
その途中でこの娘が俺と何を話したかったのか聞いてあげよう。
ここまで俺の事探してくれたんだ・・・
自分の都合だけであんまり人を無下にするのはもうやめよう・・・
それにしてもこの娘・・・
・・・ん?
この娘?
・・・はっ!?
俺・・・
この娘の名前・・・
知らない・・・
や、やばい・・・
何となく今更名前とか聞けない!!
ーーーー
夜の道を一組の男女が歩く。
一人は灰色の少年、もう一人はオレンジ色の美少女だ。
二人は少し気まずい雰囲気を漂わせながら歩いていた。
円はまっすぐ前を向いて歩き、楓はチラチラと円の様子を伺って歩いている。
楓は本当は円に色々聞きたい事があるのだが、恥ずかしさが影響しなかなか切り出せずにいた。
そんな中、円が歩きながら楓を一瞥する。
よ、よし!!
こ!こうなったらあの作戦でいこう!!
「な、なあ!?」
「は、はい!!」
「あんたの名前って・・・なんだっけ?」
「えっ!?あ、はっ、はい!!楓!!楓です!!」
楓は円が話しかけてくれた事にテンパりながらも喜び、答える。
円はそれに続けて問いかける・・・
「や、やだなぁ、それは知ってるよ、下の名前の方だよ!!」
それに楓は更にテンパる。
初恋の相手に話しかけられただけでも一杯一杯な彼女にとって、上とか下とかの質問は混乱を招くだけであった。
「えっ!?う??あ、よ、吉名です!!」
精一杯答える楓、最早彼女は今自分が何を言っているのか理解していない。
対して円はその楓の返答に小さく頷く。
なるほど、カエデヨシナって名前か・・・
カエデって名字は珍しいけど、ヨシナって名前の女の子ならまあいない事はないか・・・
「そっか、じゃあこれからは楓さんって呼ばせて貰うよ」
そう言って楓を一瞥する円。
その円の言葉に楓は目を見開いて喜びの色を見せる。
下の名前で呼んでくれるなんて!!
も、もしかして・・・
結構、私のこと気に入ってくれてるのかな!?
この円の一言に気分が上がった楓は、円に聞きたかった事を質問をする事にしたのであった。
「あ・・・あの伊浦くん・・・」
勘違いとはいえ、下の名前で呼ぶ円に対し、今まで下の名前で呼んでいた楓は気恥ずかしさで逆に名前で呼べなくなっていた。
「何?」
「あ、あの・・・質問していいですか?」
「・・・いいよ」
楓は息を小さくのみ、ずっと気になっていた事を話し出す。
「伊浦くんはブレイカーなんですよね?」
「ああそうだよ・・・」
円は事も無げに答える。
「やっぱり・・・昼と目の色が違うのはカラコンですか?」
「そうだよ」
「あ、あのじゃあなんで・・・その伊浦さんはブレイカーのオーラを感じないのでしょうか?」
「ああ、戦闘職のブレイカーでオーラを隠せない奴は半人前だよ」
「そ、そうなんですか!?」
「ああ、そういうもんなんだ」
楓は円に尊敬の眼差しを向ける。
円はその視線に照れて少しだけ目をそらす。
「じゃあ・・・やっぱり伊浦くんは戦闘タイプのブレイカーなんですね!」
「ああ、そうだよ」
「あ、あの、さっきは本当にか、か、かっこう・・・ぅぅ」
楓は顔を真っ赤にして途中で黙ってしまう。
楓は今まで人を褒めるという事を事も無げにして来ていた。
しかし、今、生まれて初めて好意を具体的に示す事の気恥ずかしさを感じていたのだった。
な、なんか恥ずかしいよぉ〜!!
些細な事で胸が高まり、目さえまともに合わせられない、なのに目を離せないというジレンマ。
人生初の一目惚れで初恋で真剣な恋をした三重苦の恋愛小学生は今、凄まじくテンパるのだった。
だ、だめだ・・・
これ以上今日はまともに話せる自信が無いよ・・・
本当はもっと聞きたい事があるが、恋を自覚し、だけどまだ気持ちの整理が出来ていない楓は既にキャパシティをオーバーしていた。
うう・・・
さっきまであんなに積極的にできてたのに・・・
私ってこんなに生地なしだったんだ・・・
楓は自分のあまりの恋愛ヘタレぶりに少し涙を浮かべて自己嫌悪するのであった。
そして二人はおよそ無言のまま楓の家の前へとたどり着く。
楓はやっと緊張感から解放される少しの安堵感とその2千5百倍くらいの名残おしさに表情を悲し気にゆがめる。
頬を赤くし涙を少しだけ浮かべて哀願するようなその潤んだ瞳は円をドキリとさせた。
うわ、なんだよその小動物みたいな瞳は・・・
過去、戦場内で数々のプレッシャーをはねのけて来た円をも怯ませる楓の視線、楓は円を、ドキドキしながら目をそらさないよう、ありったけの勇気をもって一番きかなければならない事を口にするのであった。
う、うう〜!!ゆ、勇気出せ私!!がんばれぇ〜!!
「あ、あの!!」
「は、はい!!」
「い、伊浦さんはその・・・ブレイカーってバレたく無いんですよね?だからあんな嘘もついたんですよ・・・ね?」
「う、うん」
楓はそう聞いて安心する。
今までの円の行動から頑に円がブレイカーである事を隠している事はわかる。
昼にあんな嘘をついたのも自分に対する追求の拒否の為と思えば納得もできる。
そして彼がそうなのであれば、楓は無条件にそれを尊重したいと思う。
それは、楓が彼の考え方に従いたいと思う気持ちがあるからであるが・・・
それ以上にブレイカー全開の円に他の女が言い寄る姿を想像すると、それだけで気が気ではなかったからだ。
だって、円くんあんなにかっこいいから・・・
そして楓は意を決した様にひと呼吸すると、120パーセントの恋する瞳で円に視線を向ける。
円はその甘い瞳に驚き、息をのむ。
そして楓は精一杯の勇気をふりしぼる・・・
「じゃ、じゃあバレない様に私も協力するし、人目のない所だけでいいから・・・」
緊張した空気が周りを支配する・・・
楓は息が止まるのではないかと思う程鼓動を加速させ、楓は精一杯言葉を振り絞った・・・
「わ、私とお友達になってください!!!!」
恋愛ヘタレの楓にとって、告白する勇気など振り絞ったところでありはせず、円に対し友達申請をする事で精一杯であった・・・
次回!! 楓の気持ちに円はなんと答えるのか!?
第7話 アドレス帳の君