4話 きになるこの気持ちは
はしゃぎ回る楓を見ながら、夕凪は思考を巡らす。
あんなに嬉しそうな楓を彼女は見た事がなかった。
本人は違うと言っていたがやはり、この男に対して好意かそれに近いものを持っているのだろう。
夕凪は次に伊浦円なる男を見据え更に思考をする。
正直、金で解決するようなやり方は好きではない。
この男は正直、ひ弱そうに見えるし頼りなさそうで好感がもてない。
だが、楓はこの男が良いようだし実際、あの場に力も無いのに飛び込んで来た勇気だけは賞賛できる。
勿論、自慢の親友の恋人としては不満が残る。
残るが、今回、私も含めて無事でいられたのはこの男のおかげに寄る所が大きい。
だから私だって大人げない対応をする訳にはいくまい。
ここは感謝の意を示しておこう。
夕凪は楓が横で騒ぐ中、円を見据え手を差し出す。
「伊浦とかいったか今回はほんとに・・・」
と、夕凪が言おうとしたのを遮って円が放った言葉に・・・
周囲の空気は氷つく。
円は二人を見据え・・・
「じゃあ、100万円の分二人には体で払ってもらいますか」
と、言い放ったのだった。
「・・・え?」
しばしの沈黙のあと楓が呆然とした表情で呟く。
「・・・は?」
それと、ほぼ同じ頃に夕凪もまた呟く。
ただその表情は極めて険悪だ。
そして二人を見据え悪そうな表情を浮かべた円が語り出す。
「は?まさかただで助けて貰えるなんて思ってたんですか?僕は始めからお二人の体がめあ・・・ぐふぁっ!!」
円はその台詞の全てを言い終わる前に思い切り夕凪にその顔面をはたかれる。
「ま、円さん!!ちょっ!!ゆなちゃん!!」
地面に伏した円を気遣いながら、夕凪の方を見る楓。
しかし問答無用に楓の手を引き歩き出す夕凪。
「いこう!!かえ!!こんなクズは相手にするな!!」
つかつかと歩き出す夕凪とそれに手を引かれる楓。
「で、でもユナちゃん!!」
「いいからっ!!」
夕凪はどんどん進んで行く。
楓は円と離されて行く中、最後に円の方を振り向き小さく呟く。
「円・・・さん」
その声と表情は混乱と悲しみと様々な気持ちが混ざりあった、とても切ないものだった。
そして、その時丁度目があった円が・・・
その切ない楓の表情をみた円が・・・
一瞬。
申し訳なさそうな悲しい表情をした事を・・・
楓はとらえたのだった。
「円・・・さん?」
ーーー
ってぇ〜!!
あの女全力ではたきやがって、信じらんねぇ!!
・・・まぁ、俺が悪いんだけどな。
あの娘・・・すげー悲しそうな顔してたな。
今にも泣きそうな・・・
なんだよあの顔・・・
あんなの反則だろ・・・
くそっ・・・
頭から離れねぇ・・・
軽はずみにやるんじゃなかったな・・・
でも・・・俺はもう平和に暮らすんだ・・・
ブレイカーは・・・やめるんだ・・・
くそ・・・顔殴られたのに・・・
胸がいてぇ・・・
ーーー
日が暮れる頃、自宅近くを歩く二人の美少女。
一人はピリピリとした空気を放ち、もう一人は落ち込んだ表情を浮かべている。
ビリピリとした方、西條寺夕凪は憤慨していた。
伊浦円と言う男の言動に、そしてそんな男に好意を寄せていた親友に、とにかく腹を立てていた。
「いいか!?かえ!!解ってると思うけどもうあの男に関わるなよ!!」
語気を強くしてそう楓に言うも、楓に返事は無く、どこか上の空でなおかつ非常に落ち込んだ顔をしていた。
「・・・かえ」
その表情を見て夕凪は少し怒りを落ち着ける。
思えば今日は悪漢に囲まれたり、好きな男がクズだったりと、楓にとってはショックの多い一日だったはずだ。
今日責め立てるのは酷なのかもしれない。
そう思った夕凪は、怒りを飲み込み、無言で歩く事にした。
やがて、帰り道の二人の別れる地点につく。
「じゃあ、かえ、今日は家でゆっくり休むんだぞ・・・」
夕凪は心配そうに楓を見つめる。
「・・・うん」
楓はそれに小さく頷いた。
そう言葉を交わし二人は別々の道に別れた。
そして・・・
別れて数歩・・・楓は立ち止まる。
きに・・・なる。
今日はショックだった・・・
円くんが体目当てで近寄って来たと言っていたのもショックだったのだが、それと同じ位に・・・
最後に見せた・・・
彼の悲しそうな表情がとてもショックだった・・・
彼のあの悲しそうな顔・・・
正直、今直ぐにでも抱きしめたくなる様な・・・そんな・・・
とてつもない感情が体を走った・・・
彼は・・・
本当に体が目的で近寄ったのだろうか・・・
なら何故あんな悲しそうな顔を?
うまく行かなかったから?
でも・・・そんな感じには見えなかった・・・
きになる
きになる!
きになるっ!!!
・・・ダメだ!!
私は彼の事をもっと知りたい!!
今すぐに知りたい!!
彼ともっと知り合いたい!!
私は・・・
私は自分を抑えきれない!!
楓は走った。
一心不乱にもと来た道をもどる。
円がいた裏路地の方へと・・・
ーーー
さーってと・・・
さっきの男達はどこにいっかなぁ・・・
百万取り返さないとなぁ・・・
お?
あった!この気配だ・・・ん?
・・・え?
・・・・ええ!?
な・・・
なんで、あの娘の気配もするんだ!?
帰ったんじゃ・・・
って、そんな場合じゃない!
また、囲まれてるぞ!?
っ着いた!!
この角の向こうか・・・
っつ!!
なんで・・・なんでまたいるんだよ!!あのくそ女!!
「さっきの!!さっきの男の人に会いませんでしたか!!」
「なにいってんだ!?てめえみてぇにのこのこまた来る馬鹿が他にいるかよ!!」
っは!?
まだ・・・まだ俺のこと探してんのか!?
あ、あの女・・・本当に馬鹿なんじゃないのか!!
なんで・・・俺に・・・そんな・・・
「私!!会いたいんです!!もう一度あってお話したいんです!!」
「うるせえ!!こっちこい!!もう逃がさねぇからな!!」
・・・ほんと馬鹿だな・・・あいつ。
・・・くそっ。
なんか、色々小賢しく考えるのが馬鹿らしくなってきた・・・
馬鹿の前・・・ではな・・・
ーーー
暗闇の中、一人の男がカラーコンタクトを外し、何やら揉めている集団にゆっくりと近づく。
その男の髪の色は・・・灰色であった。
「離してくださいっ!!」
男達に腕を掴まれ必死に抵抗する楓。
あまりに抵抗をみせる楓にしびれを切らした男の一人が、手を高く振り上げる。
「うるせぇんだよぉぉ!!」
男の拳はそのまま楓の頭部目がけ思い切り振り下ろされる・・・
事はなかった・・・
何故なら直撃寸前に背後から現れた男に、その振り下ろされる腕を掴まれたからだ。
「なっ!!」
男達は突然現れた謎の男に驚愕をする。
「・・・え?」
楓はその突如現れた男を見据えると目を大きくしその姿を見つめる。
男は楓と同じくらいの身長をした、灰色の髪をした少年で・・・
その灰色の瞳は鋭い眼光を放ち・・・銀色に輝いていた・・・
「まどか・・・円くん!?」
楓は今日一番の歓喜の表情を見せるのだった。