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幕間④ ある夜の美里

「すずしい………」


土と、木と、水の香りが漂う伊浦荘の縁側。


そこにちょこんと腰をかけ、あしをぷらぷらとさせながら空を見上げる少女がいた。


伊浦荘に下宿する絵画のブレイカー、貴崎美里である。


「ん………?」


ずーっと空を見つめていた美里だが、不意に背後に気配を感じてそちらを見る。


「あ……… まどか…」 


美里が首を傾けたその先には、灰色の髪と銀色の瞳の少年…… 伊浦円の姿があった。


「おう、美里」


円は紺色の甚平を着た姿で廊下を歩いており、そしてそのまま美里を見やり微笑む。


月明かりに淡く照らされた、円の柔らかい笑顔。


「まどか……ぁ」


美里はそんな円の笑顔に、ふにゃりとした笑顔で返す。


円が笑いかけてくれる、それだけで美里は嬉しい。


「まどか…… どこ行くの……? お風呂?」


美里は縁側の廊下に寝転がりながら、前を歩く円の足元にじゃれ付く。


引き止めるように円の足をひっぱる。


「そうだよ、風呂」


円はそんな美里を微笑ましく眺めながら見下ろす。


「お風呂あがったら…… 一緒にテレビ見よ……?」


美里もまた楽しそうにしながら、そんな円を見上げるのであった。


「わかった、じゃあ後でな」


円はそう言ってまた優しく微笑むと、そのまま伊浦荘に自慢の離れの風呂場へと消えて行くのであった。


「今日は…… 映画をみようかな……?」


美里は円を見送りながら、しばらく風呂場をじっと眺めていた。


そして……


「あ………」


不意に何かを思いつく。


「まどかの背中…… 流そう……」


美里は妙案だとばかりに一人頷き、そして楽しそうに風呂場へとかけていくのであった。


――――


美里は円を追って風呂の脱衣所へと入る。


美里が中に入って見れば、脱衣所においてあるかごの中には先ほどまで円が着ていた紺色の甚平がおいてあった。


きちんと畳んでおいてあるあたりが、実に円らしい。


「私も…… はいる……」


ガラスの引き戸の向こうから、湯船につかり、お湯があふれ出て流れる音がしている。


美里はいそいそと服を脱ぎだした。


「美里? お前何やってるの?」


美里が服を脱いでいると、ガラス戸越しに円が声をかける。


どうやら円は美里の気配を察知し、その行動のおよそを感じ取ったようだ。


「円の背中…… ながすの…」


「え……!? い、いいよ、そんなの」


ちょっとだけ慌てたような円の声。


しかし美里は……


「やだ…… 流す……」


そんな円の遠慮など聞きもせず、あっという間にバスタオル一枚の状態になって浴室に入ってきたのであった。


「お、おい…… 美里!?」


「なに……?」


慌て、驚いて目を逸らす円。


崖から落ちても冷静だった男が、今正に取り乱している。


「ね…… 洗ってあげる」


大胆なのか、はたまた純粋なだけなのか……


円とは対照的に、美里は落ち着きながら楽しそうに微笑む。


「だ、だからいいって!」


だが、そんな美里を見ないようにして手を突き出す円。


「遠慮…… しなくていい……」


しかし美里は、そんな円の手を取って引っ張る。


「ちょ!? 遠慮とかじゃないから!!」


円は慌てながら、その手を振り払った。


「あ……」


しかし、そのときアクシデントが発生する……


「え………?」


振り払った際、偶然にも円の中指が美里の体に巻かれていたバスタオルの繋ぎ目に触れる。


「はい……?」


ストン…… と、円の前顔で美里のバスタオルが落ちる。


円の目の前で、美里の裸体が晒される。


「ぇ……」


「ぁ……」


絶句する二人。


美里は顔を真赤にして停止し、円はそんな美里を凝視しながら固まる。


「ぁ……ぅ」


流石の美里も全裸を見られては恥ずかしいらしく、全身を朱に染めながら羞恥に震える。


しかし…… 円はそんな美里を唖然としながら凝視していた。


「ぅ…」


困った様に…… しかし、どこか熱っぽく苦しそうに息を吐く美里。


円に裸を見られている。


円に体を凝視されている美里は耐えがたい恥ずかしさと同時に…… 言いようの無い高揚感を感じていた。


別に美里自身に、そういった類の特殊な趣味があるわけではない…… と言うか知らない。


だが……


(私の体…… 見たいの……… かな………?)


好きな人に見つめられている、興味を持ってもらえてる、異性として見られている、そしてなにより……… 円の視線が、自分の裸を見ることを望んでいる。


円に求められている…… その嬉しさが、美里の中にある羞恥心を大きく凌駕していたのであった。


「はぅ………」


美里は、苦しそうに息を吐き出し、そして煩いほどに高鳴る自らの鼓動を感じながら、自分の両の腕を後ろに回し、グッと胸を突き出す。


顔を真赤にして、涙目になりながら…… 


円が良く見やすいように……


「ん…」


自らの体を差し出した。


「ッ……!」


円はごくりと息を飲む。


そして、円はそれに誘われるように…… それを凝視しながら…… ふらふらと手を伸ばす。


「ぁ……」


美里はそんな円の動作に何かを察したように、小さく声を出す。


すこし怯えたように声を出す。


そして円を見つめる。


「み…… さと…」


円もまた美里を見やる。


熱く熱く、滾る円の視線。


熱を帯びた円の視線。


それに美里は…… ふるふるとした泣きそうな視線で返す。


そして……


「ぅ………」


美里は覚悟を決めた様に…… ぎゅっとその瞳を瞑った。




































ゴンッ!!!


「うぇ……ッ!?」


まるで鈍器で思い切り殴りつけたかの様な打撃音が、突如浴槽に響く。


美里はその音に驚いて目を見開く。


するとその視線の先には……


「まど………か?」


浴槽の淵に頭をめり込ませた円の姿があった。


「た…… タオル…… ちゃんとまけよ」


顔を下に向けたまま、痛みに耐えるかのよう声を曇らせ、円はそう言う。


どうやら円は自制の為に、自ら浴槽に頭突きを行ったらしい。


「ぁ……… う、うん……」


美里もまた、その円の一言により正気に戻る。


顔を真赤にして、タオルを拾い上げ自らに巻く。


「……………………」


「……………………」


気まずい沈黙が流れる。


円は顔を伏せたまま、美里は赤面して視線を円からそらしたまま…… 互いに無言となる。


「…………ぅ」


「…………む」


しばし沈黙が続いたあと……


「…………………と、とりあえず、風呂に入れよ ………体が冷えるだろ?」


円が視線を逸らしたままにゆっくりと顔を上げる。


顔を赤くしながら、そう美里に声をかける。


「ぅ…… ぅん」


美里は気恥ずかしそうに小さく頷いて、そしておずおずと浴槽に入り、円の隣に腰掛ける。


旅館と遜色ない伊浦荘自慢の露天風呂。


二人で入っても十分すぎるほどの余裕がある広さである。


「………………」


「………………」


顔を真赤にしたまま、視線を前に向けて沈黙をする二人。


辺りには、ちゃぷちゃぷとお湯の流れる音と、近くにある田んぼから聞こえるかえるの大合唱が聞こえている。


そして……


バクバクと鼓動する、互いの心臓の音も……


「はぁ………」


美里は熱いため息を吐き出す。


美里は思わぬ展開に、緊張し硬直していた。


美里は、ドキドキとしながら横目で円は見やる。


そこには…… 自分と同じく緊張して硬直した円の姿があった。


「ぅ………」


美里は、普段冷静な彼がこんなにも取り乱している事に新鮮さを覚える。


そしてそれと同時に、そんな円を「可愛い……」と感じた。


美里はゆっくりと、円により近づく。


そして……


「ん………」


「ッ…………!?」


突如、円が驚いたように息を飲む。


円はびくりとして、飛び上がらんばかりに驚く。


「え!?」


突如感じた、肌と肌が触れ合う感触。


熱く湿った…… 美里の肌の感触。


円が固まったまま横目を動かせば、そこには肩を寄せて頭だけコツンと預ける美里の姿があった。


「なっ………」


「ん………?」


絶句する円と、沈黙する美里。


やがて、美里はすこしだけ上を向いて、上目使いに「文句ある……?」と問いかける。


「ぅ…………」


何か言おうとして、しかし言葉を詰まらせる円。


「ああ……!! もうっ!!」


円はやけくそ気味にそう言って、空を見上げる。


そして美里もまた、円と一緒空を見上げる。


二人で温泉につかり、肩をよせあって、空を見上げる。


そして……


しばし空を眺めて、二人同時に…… 小さくため息をついた。


「きれい………… だね、まどか」


不意に美里が、小さな声で円にそう言う。


空を見上げたままに、楽しそうにそう囁く。


その日の夏の空は雲ひとつなく澄んで晴れ渡り、田舎にある伊浦荘の星空は……


「…………………………うん」


ため息が出るほどに…… 美しかったのだった。



































「ねえまどか……」


「……………なに?」


「これから毎日…… いっしょにお風呂はいらない………?」


「……………かんべんしてくれ」


二人はそれから、しばらく湯船につかったのであった。

…………もう、お前ら付き合っちゃえばいいじゃん。






次回!!


新章突入!?


37話


彼が帰ってきた。


乞うご期待!!


※ タイトル変わらないといいですね、そう願っています。

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