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幕間③ ある昼の楓

「円君…… かえってるかなぁ」


ある昼下がりの事である。


都市部から電車で数駅はなれた、とある田舎のあぜ道を歩く一人の美少女がいた。


オレンジ色の美しい髪と目を夏の日差しにきらめかせながら、ニコニコとして道を歩くその少女の名前は吉名楓。


学園指定の下宿所、伊浦荘に暮らす癒しのブレイカーであり、学園一の美少女である。


「えへへ…… 今日はバイト休みだし、ゆなちゃんは部活だし、ミーちゃんは買い物行くっていってたし、みっちゃんは先生に用事があるって言ってた」


楓は坂道をゆっくりと登りながら、ひとりにまにまとしてそう呟く。


あぜ道から続く、やたらと急な坂道。


高台にある伊浦荘に行くには、いつもこの坂道を通らねばならない。


それは初夏の昼下がりに上るにはいささかしんどい斜度の坂道である。


しかし……


「えへへ…… 二人っきりかな? もしかしてこれ二人っきりなのかなぁ?」


ふわふわとした浮かれ気分の彼女には、まったく気にならないようであった。


――――


「た、ただいまぁ」


伊浦荘の門をくぐり、敷地内にはいった楓はちょっとだけ強張った大きな声で帰宅を示す。


どうやら彼女は二人っきりと言うのを意識してしまい、若干の緊張を始めてしまったようだ。


まだ、円と顔もあわせてもいないというのにである。


「お~ 楓かぁ~?」


楓が声をかけると、中庭の方からどこかリラックスしたような円の声が聞こえる。


「あ、はいっ、そうです円くん!」


円の声をきくなり、嬉しそうな笑顔を作り、そして声のしたほうへとぱたぱた走り出す楓。


まるで、飼い主に呼ばれた犬である。


「おー、お疲れ…… 暑かったろう?」


「は、はいっ! 暑かったです!」


楓が中庭に行くと、そこには灰色の髪と銀色の瞳の少年が縁側でくつろいでいた。


薄手の甚平を着て、手には団扇、足元には木桶に入った氷水…… 涼をとりながらにこりと笑う、自然体の伊浦円であった。


「えへへ…… ただいまです」


「おう、おかえり」


楓はそんな円を嬉しそうに見つめて、はにかみながら微笑む。


そして幸せそうにただいまと言う。


学校では決して見れない、円の人間味あふれる笑顔。


どこか人好きのするような、可愛いと思える笑顔。


そして、そんな笑顔と共に、自分の目をみて優しく言ってくれる円の「おかえり」。


それを見て聴ける…… 思い人のそばで、それらを感じながら生活が出来る。


「はぅぅ……」


自分に両頬を押さえて、すこし興奮気味に息を吐き出す楓…… その緩みきった幸せそうな笑顔は、この下宿生活を満喫している証であった。


「なんか顔が赤いけど大丈夫か? もしかして熱射病?」


そんなトリップ気味の楓を見つめて、円が心配そうにして立ち上がる。


「え!? あ、いやそう言うのじゃないです! はい!」


楓はそんな円の気遣いに、なんだか申し訳ないと思いながらもどこか嬉しそうにしてそう言う。


「……………………よし、着替えてこいよ」


「え………?」


円は、そんな楓をしばしみつめたあと、不意にそう言う。


「楓にも、水桶用意してやるからさ、私服に着替えてきな?」


「え! そ、そんな! 悪いです!」


楓は手を振って、そんな円の誘いを遠慮した。


バイトの紹介、朝の髪の手入れ、服のクリーニング出し、毎日のおいしいご飯、バイトが遅くなってもご飯を食べないで待っててくれる優しさ…… 数えればきりが無い程に、楓は円に色々としてもらっている。


正直…… 円の世話になりっぱなしの楓にとって円にこれ以上何かをしてもらうのは気が退けるのである。


「いいから…… 一緒に涼もうぜ? な?」


しかし円はそういって少年のような笑顔で微笑む。


一緒に暮らしてみて、最近になって知った、円が親しい人にだけみせる笑顔。


面倒見が良くて、実は意外と人懐っこい。


そんな円の…… 楓にとって、心がふにゃりとしてしまう笑顔である。


「ぁう………」


その笑顔を見せられた楓は、思わず顔を赤くして言葉に詰まる。


そんな顔をされては何もいえないとばかりに黙り込む。


「じゃ、じゃぁ……… ぉねがいします」


「おう、じゃあ着替えてきな」


「はい…」


円は自分の足を水桶から出して、手ぬぐいで拭くと台所の方へと消えていく。


楓はそんな円の後姿を見ながら……


「これも惚れた弱みっていうのかなぁ……? なんか違うかな?」


などと呟き、「ほぅ」と息を吐くのだった。


――――


「えっと……」


キャミソールにデニム地のホットパンツ、長い髪をポニーテールにした、非常に夏らしい格好で楓は縁側へと向かう。


いつもより露出の高い服を選んでしまったことに、若干の後悔をしながらもおずおずと円の元へと近づく楓。


「お、楓、用意できたぞ、足入れなよ」


「は、はい……」


そんな楓の格好を見ても、特にリアクションを見せずにスルーをした円に若干がっかりしながらも、楓は水桶に足を入れる。


「ぁ………ふぁ」


氷が入った水桶に足を入れると、冷たい感覚が足元から広がって、なんともいえない爽快感を感じる。


じーんとした冷たさが、足もとからひんやりと染み入る。


「な……? いいもんだろ?」


「はい……」


二人は縁側でとなりあって座り、一緒に足を水桶に入れて涼をとる。


縁側の日陰の中で、土と水のにおいを感じながら、暑い日差しに輝くみどり達を眺める。


白くて、緑で…… そして青い。


美しい夏の彩りを感じながら、二人は同時に息をゆっくりと吐き出した。


「すずしいなぁ」


「はぃ……」


伊浦邸を囲む林からは蝉の声が聞こえ始め… 日差しは初夏だというのに既に大分暑い。


だが、そんな中でこんなにも涼しく、穏やかで、そして幸せな時間を過ごせるとは…… 


なんと…… なんと贅沢な時間なのだろう。


楓は目をゆっくりと瞑って…… そう思ったのだった。


「え……?」


楓が目を瞑っていると、不意にそよ風が頬を撫でた。


楓が目を開けて、自分の真横を見ると、そこには穏やかな微笑を浮かべて団扇を扇ぐ円の姿があった。


「ま、円君! そ、そんな、扇ぐがなくていいですよ!」


楓はそんな円に恐縮とばかりに慌てて言う。


「いいって…… 楓は最近バイトがんばってるだろ? だから今日はゆっくりするといい」


「えぇ…… そんなのは、家出してるんですから当たり前ですし……」


「でも、頑張ってるじゃないか…… な?」


「で、でも……」


「いいから…… な?」


そういって微笑みながら、楓の頭をぽんと撫でる円。


楓は「そんなことないんです…」と思いながらも、円にそんな顔で撫でられては言葉が出ない。


完全な子供扱い…… これはそれに近いものなのだと楓も理解はしている。


だが…… 円にこんなにも優しくされてしまうと、何もいえなくなってしまうのが楓である。


「ゆっくりしな……」


円はそう言ってまた楓を扇ぎ始める。


「はい…… ありがとう、円君」


「いいよ…… こんくらい」


楓はそんな円の優しく光る銀色の瞳を見つめながら…… 頬を赤くして黙り込む。


夏の日差しと、冷たい水桶、暑い頬と、涼しいそよ風。


楓は、キュッと目を瞑って夏の音を聞く…… そして円の優しさを感じる。


「はぅ…… なつだなぁ」


楓は小さくそう呟いて、幸せそうに困惑しながらため息を吐く。


彼女はこうして夏を満喫するのであった。












「なぁ楓……」


チリンと言う風鈴の音と共に、不意に円が楓に声をかける。


「はい?」


それに顔を向けて答える楓。


「その服、夏らしくていな…… 似合ってるよ」


そういって、ふふっ、と微笑む円。


そんな円に……


「ぇう……」


やはり……


楓は何も言えなくなってしまうのであった。


この話の夜、楓、自室にて。


楓「お、女の子としても見てくれてる…… のかな? え、えへへへ……」




どうも、楓さんムッツリ回でした。



次回 幕間④


ある夜の美里


※多分今回はタイトル変わらないw

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