表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/42

幕間② ある朝の夕凪

「ん!! 今日もいい天気!!」


伊浦邸にある東側の一室、その中で一人の少女が自室の障子を開け、部屋の中に朝日を取り込む。


「さぁ、今日も頑張るか!」


学園指定の下宿所である伊浦荘で暮らす少女、名を西条寺夕凪と言った。


「さて、今日も朝練だなぁ」


夕凪はそう一人呟くと、すぐにジャージへと着替え、洗面台の方へと向かう。


夕凪が部屋のふすまを開けると、初夏の早朝の涼やかな風が、気持ちよく鼻をくすぐる。


林と田園に囲まれた伊浦邸は、土と木と水の匂いがして、何とも爽やかである。


「んんーー!! いい天気!!」


夕凪は一つ伸びをして、縁側を歩く。


「やぁ、おはようございます夕凪さん」


すると、一人の金髪の少年が爽やかに声をかける。


一週間ほど前に、この伊浦荘に仲間入りをした相原光秀だ。


「おはよう、光秀… 随分早いのね」


そんな光秀を見て少しだけ不思議そうにする夕凪。


「ええ、実は円君があなたの為にいつも早起きをしていると知りましてね、僕もチヤホヤしてもらおうと思って早起きすることにしたのですよ」


「そ、そうなんだ」


夕凪は光秀の言った「あなたの為に早起きしている」と言うところに反応して少しだけにやけてしまう。


「ところで円は?」


「ええ、実はさっきまでそこで庭の掃除をされていたのですがね、あなたが起きる時間が近づいて来たら向こうに行ってしまいました」


「え……」


夕凪はそんな光秀の話を聞いて、「もしかして避けられてるのでは」と言う考えが頭をよぎり、少し顔を不安にさせる。


「なんでも、”寝起きの女の子の顔を見るのはデリカシーに欠けるだろ?”って言ってました」


「そ、そうなんだ」


夕凪はそのことを聞いて再び顔をにやけさせてしまう。


少なくともいつも円に起こされてる楓よりは女の子として見てもらえているようだ…… 夕凪は少し上機嫌で顔を洗いに行くのだった。


――――


「おはよう円!」


洗面台で顔をしっかり洗い、この後運動でどうせ乱れるのに、髪を簡単にだがセットしてしまった夕凪は、元気な声で円に声をかけた。


「おう、おはよう夕凪、今日も元気だな」


台所で調理をしていた円は、ゆっくりと振り向いて、ニカッとした笑顔を見せる。


「うん、元気だよ!」


学校では決して見せない、一緒に暮らすようになって最近見せ始めた、円のこの少しだけ少年っぽい可愛い笑顔。


夕凪はその笑顔で「今日も元気だな」といわれるだけで、何となく頬が緩んで元気になってしまう。


きっと円が毎日「元気だな」と言ってくれたら、自分はそれだけで元気でいられる…… そんな事を夕凪は思った。


「もうすぐ弁当できるからな、ちょっとまってろ」


「うん! いつもありがと」


いつもの様に甚平とエプロンに三角巾と言う、夕凪にとって何となくツボな姿に彼女はまたもにやけてしまう。


「部活の後は腹減るだろうからな…… しっかり食べろよ?」


「うん! 私円のお弁当は残したことないよ! おいしいもん」


「ああ、お前はいつも綺麗に食べてくれるからな、俺も嬉しいよ」


「えへへへ」


にこやかに笑いあって、会話する二人。


夕凪は、この早朝の爽やかな時間にする二人だけの時間がとても大好きだった。


「はい、これスポーツドリンクな? マメに水分は取れよ? もし頭がくらくらすると思ったら俺に連絡しろよ? 熱中症は馬鹿にできないからな?」


「うん、ほんとありがとね」


円が大きな水筒を渡しながら、そう言ってくる。


夕凪は、円が自分を心配してくれるのが嬉しくてついニマニマしてしまう。


「円の作ってくれるスポドリって本当に美味しいから大好きだよ! もう他の奴とか飲めない」


円お手製のスポーツドリンク。


円が自分の弁当を作るようになってから、台所にある円の本棚に「スポーツ選手に適した食事」「健康的で美味しいメニュー」「最高のパフォーマンスを支えるご飯」などと言う料理本が並んでいるのを見かけた。


円はどうやら、凝り性のようで、こういうのはちゃんと勉強してしっかり作るのが好きらしい。


しかもその円が作るご飯やドリンクは本当に美味しくて、「もしかして円って料理のブレイカーなんじゃ……」と疑ったほどである。


そして……


「本当にいつもありがとね!」


こんなに自分のことを考えてくれている…… もちろん自分だけ特別だという事ではないのだが、それでも自分のことを考えてくれているのがすごく嬉しい。


「じゃあ、部活いってきます!!」


夕凪はそう感じながら、今日も笑顔で伊浦邸の玄関を出る。


「あ、そうだ夕凪」


「ん? なに?」


「ちょっと後ろ向いて?」


「え……? こう?」


「そうそう…… うん、よし!」


「これ…… シュシュ?」


「おう、そうだよ、スポーツタイプだけど可愛いだろ? 夕凪に似合いそうだなって思って買ってきたんだ、邪魔だったら別にはずしていいぜ?」


「これ…… え? くれるの?」


「ああ、あげるよ」


「ほんと!!」


「298円のセール品だから気にしなくていいぞ? いらなかったらはずしてくれていい」


「ぅ………」


「う?」


「うれしぃッ!!!!」


「ぬわぁっ!?」


円に思い切り飛びつく夕凪。


「ありがとう円!! これ大事にするね!!」


「お、おう」


「えへへへへへへ!! うわぁ!! うわぁあ!! 嬉しいなぁ!! えへへへへ!! ぅう!!」


興奮してはしゃぐ夕凪。


「えへへ!! まどかぁ!! 帰ってきたらお礼するね!! それじゃあ部活行ってきまぁす!!」


「お、おう…… 別に礼なんていいぞ? いってらっしゃい」


「うん!! 行ってきます!!」


夕凪は笑顔で走りだす。


幸せそうに、にまにましながら走り出した。


「今日は良い日だなぁっ!!」


夕凪は今日も元気であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ