2話 探す
「はあ・・・」
学校の帰り道、大通りを歩きながら楓は物憂気にため息をつく。
あれから三日・・・
彼女は一度も円に会う事ができていなかった。
彼と会ったあの日から、楓は円への興味は尽きるどころか増すばかりだった。
知り合いの女生徒や男子生徒から彼に関しての情報を聞いたりもした。
それで解ったのは彼が最近編入してきたばかりで1年J組の生徒だと言う事だけだ。
なぜこんな一年生の夏の時期に編入などするのかという疑問があったが、それに関しては「家の事情」という事しかわからなかった。
それ以外の事は本当にたいした事はわからなかった。
誰に聞いても「普通」と言う答えしかかえってこなかったのだ。
特に癖がなく誰とでも気軽に話す普通の性格、優れている訳でも劣っている訳でもなくちょっとだけ素早いくらいの普通の運動能力、真面目に授業を受けそこそこの点数をとる普通の学力、その程度の情報。
具体的に、どんな人間であるのかという事は一切知る事ができずにいた。
ならば、人に聞かず本人に直接聞けばいいと思うかもしれない・・・
が、それを楓は出来ずにいた。
なぜなら、楓が円のクラスに行くともう既に円の姿がないからだ。
楓のクラスはA組、円のいるJ組とは最も離れているクラスなのだ。
だからなのか楓が彼のクラスに行くと必ず円は既にいなかった。
しかも休み時間のたびにこっそり見に行ったり、帰りに正門でそれとなく待ち伏せしたりもしたのだが・・・
結果はそれでも全滅、円の後ろ姿すら見れずにいた。
[でも引き止めといてって他の生徒さんに頼んだら円くんに迷惑かけちゃうしな・・・]
楓は円にいわれた「こういうのは迷惑なんで」という言葉をがしっかりと頭に残っており、あまり積極的に聞き回る事が出来ずにいた。
しかしそれでもこんなに探しまわっているのにあれから一度も会えないというのは不可解でしかなかった。
[はぁ・・・私、避けられてるのかなぁ]
すこしだけ寂しくなる楓、今までに感じた事の無い個人に対する強い好奇心、そしてそれに伴う迷惑なのではないのかと言う不安。
楓の脳内は今、ほとんど円の事で埋め尽くされていた。
[なんか私ストーカーみたいだ・・・やっぱ迷惑だよね]
そんな泣きそうな顔をする楓を心配し、一緒に帰っていた夕凪が声をかける。
「どうしたかえ・・・またその伊浦円とかいうやつのことか?」
西條寺夕凪は親友のここ数日の異変に心配をしていた。
元々、抜けている所の多い楓であったがここ数日の彼女の状態は正直目に余るものがある。
なにをしていても、なにを話していてもどこか上の空なのだ。
素晴らしき美貌をもち、ゆるいようで実は強い芯を持つ尊敬できる親友。
惚れられる事はあっても、まさか惚れることがあるなどとは思っていなかった親友。
その親友が伊浦円なる男子生徒に夢中になっている。
親友の変わりように夕凪は少し戸惑いをおぼえていた。
「そんなに・・・その、そいつが好きなのか?」
夕凪は少しだけ怪訝な表情を浮かべ楓に目を向ける。
「そ!そんな!!す、好きとかそんなんじゃないよゆうちゃん!!」
それに、楓は激しく動揺しながらも否定する。
「じゃあなんなんだ!最近お前は様子がおかしいぞっ!!」
夕凪は少しだけ語気を強くし、楓に問いつめるようにいう。
美しく気高く、それでいて優しい楓は親友として夕凪の密かな自慢であった。
その楓が変わってしまうのではないかと思い、夕凪は少しだけ寂しさを感じていたのだった。
「そ、そんなの・・・私にもわからないよ・・・」
楓はその夕凪の問いに思わず目をそらす。
「ただ、なんでか凄い気になっちゃ・・・・て」
楓は目をそらした先に何かを見つけ、目を見開き息をのむ。
夕凪もその視線につられ楓と同じ方向を向く。
そこには・・・
「い・・・た」
灰色の髪の少年が、遠くに見えていた。
ーーー
ったく・・・
本当に最近は散々だぜ・・・
なんかこの前会ったブレイカーの女が俺の事聞いて回ってるみたいだし・・・
その上なんか休みのたびに俺の教室に来てるみたいだし・・・
「こういうの迷惑なんで」ってしっかり言ったのになぁ。
くそっ・・・でもあんな可愛い娘にそんな強く言えないしなぁ・・・
可愛い女ってずりぃな・・・
かあちゃんの言ってた通りだ・・・
まあクラスの男子使って引き止める様な真似はしてないみたいだから逃げ切れるけどな。
クラスの男子に「ブレイカーの人が呼んでるから残ってろよ」なんて言われて、それをぶっちぎって逃げるのは普通じゃないもんな・・・
まあ、それさえなけりゃあブレイカーの気配なんて300メートルは離れててもわかるもんな、逃げるのなんてたやすいぜ。
なんかさっきも校門ではってたみたいだし・・・つかれるなぁ
はぁ・・・
あんな可愛い娘に興味持って貰えるのは正直すごい嬉しいけど・・・
あれでブレイカーじゃなければなぁ・・・
俺はブレイカーだからオーラの影響は受けないけど、オーラ抜きにしてもあの子は可愛い。
スタイルもいいし正直、高一の俺にはたまらない存在だ。
だけどブレイカーに関わってたらまともな人生なんて送れないしなぁ・・・
まあ、こういう疲れる日はマンガの立ち読みでもしよう。
本当に日本のマンガはすげぇよ。
戦場では娯楽に飢えてたからなぁ・・・
確かこの裏通りの本屋は何故か三日も前に週刊少年シャンプーが入荷してんだよな。
お、あったあった!
今週の少年シャンプー!
抹殺教室はどうなったかな?
ふむふむ。
なるほど・・・
そ、そんな秘密が!!
ぜ、全員瞬殺だとぉ!!
・・・・・・・・・ん?
こ、この気配は・・・・げ!?
あのブレイカーの娘だ!!
やべぇこっち見てるし!!
くそっ!!
嬲り殺し先生に夢中で接近に気付かなかった!!
畜生!!
日本の生活で平和ボケしたか!?
と、とにかく逃げよう!!
ーーー
円の存在を認識した楓は、彼に向って一目散に走り出した。
まるで他には何も見えないとばかりに。
[円くんだ!!い・・・いた!!三日ぶりに見つけた!!]
この三日間、会いたかったのに会えなかったという欲求不満が一気に爆発し、楓はまるで救いの手を差し伸べられた子供の様に、無邪気にそして可愛い笑顔で走り出したのだった。
「ちょ、楓!!そっちは裏路地だよ!!」
走り出す楓を止めようと夕凪は声を上げ手を伸ばすが、笑顔の楓に目を奪われ足を止めた人が邪魔になり止まってしまう、そして声は彼女に聞こえていないようであった。
円に走りよる楓。
しかし接近する楓に対し、円は裏路地深くへと歩き始めたのだった。
[なんで!?またどっかいっちゃう!?やっぱり気付いているの?]
泣きそうな顔になりながらも円を追いかける楓、前の様に叫んで止める事は出来ない。
「こういうのは迷惑なんで」という円の言葉は意外と楓にとってショックだったのだ。
円を追い、裏路地深くへと入り込む楓、しかしその途中でやはり円を見失ってしまったのだった。
[なんで?なんでなの!?]
泣きそうな顔で辺りを見回す楓、姿が見えない、しかしどうしても諦めきれない。
楓は再び円を探そうと走り出したその時・・・
「ちょっと待ちなさいよかえっ!!」
険しい顔をした夕凪が楓の肩を掴んで止めたのだった。
「ゆ・・・ゆなちゃん?」
ハッとして夕凪の方を見つめる楓。
「裏路地はブレイカーにとって危ない所だって知ってるでしょう!!特にあんたは戦えないブレイカーなんだから!!」
凄まじい剣幕で楓を怒る夕凪、その瞳は楓への心配が強く映し出されている。
「っ・・・ご、ごめんゆなちゃん・・・」
我に返り、シュンとする楓。
その瞳は申し訳ないと言っていた。
「・・・・・・わかればいい、さ・・・いくよ」
落ち込んだ様子の楓の手を取り、表通りへと続く道を歩き始めようとする夕凪。
しかし・・・
その二人を囲む様に数人の男達が現れたのだった。
ブレイカーは普通の人間にとって崇拝すべき対象であり、手に入れたい宝石である。
ほとんどの人間はブレイカーの魅力に焦がれ手に入れたいと思いつつもかなわず、羨望の眼差しを向けるだけで終わる物が多い。
しかし、中には力ずくで手に入れようとする者もいる。
ブレイカーとは身体能力の高いものだけではない。
中には楓や美里の様にまるで運動と関係ない能力のリミットブレイクを起す者も多い。
そう言った者たちは、腕力は一般人のままに強い魅力を持つのだ。
そして、そういったブレイカー達を法を犯してでも欲する者たちは、実は少なくないのである。
これはブレイカーのオーラが引き起こす社会問題の一つと言える。
そのためブレイカー達は普通は、人の多い表通を通り裏通りは決して通らない様にしている。
今楓達を取り囲んでいる様な殺気だった男達に絡まれない様にするために。
「おう、おネーサン達ブレイカーだよね、凄くかわいいなぁ・・・俺たちと遊んでいこうよ」
男達のリーダー格と思しき男が楓をかばう様に前に出でいる夕凪に近づいて声をかける。
男はいやらしく、そして下品な目つきで二人を見回す。
男の視線を不快に感じながら夕凪は考える。
[くそ、私一人だったら逃げ切れるけど楓をかばいながら逃げるのは私じゃ無理だ・・・私が戦闘タイプのブレイカーだったら・・・]
夕凪は焦りの表情を浮かべながら後ずさりをする。
その夕凪の様子を見て、本当に申し訳ないといった表情で見つめる楓。
「なにそんな怖い顔してんだよ、怖がんなって・・・なぁ」
男が近寄り夕凪の手首を掴む。
二人は表情に焦りと恐怖を色濃く滲ませる。
「くっ、離せぇ!!」
夕凪は険しい表情を浮かべ男の手を振り払おうとするが、その男の腕は太くとても力強い。
運動タイプとはいえ、腕力には特化しておらずなおかつ戦闘タイプのブレイカーではない夕凪では振り切る事はできなかった。
「るっせんだよぉ!!ごちゃごちゃ言ってねぇでついてきやがれ!!」
抵抗をみせる夕凪に、途端に怒鳴り始め無理矢理連れて行こうとする男。
「や、やめてください」
男に恐怖しながら楓は、夕凪の手首を掴む男の手を離そうとするのだった。
[私が、私が馬鹿だったせいで・・・ゆなちゃんが、ゆなちゃんが!!]
楓が涙を浮かべながら男に抵抗しようとした・・・その時。
裏路地の更に奥から一人の男が現れた。
「あ、あのーすみません・・・ちょっとよろしいですか?」
腰の低い感じで現れた一人の少年。
彼の頭髪は・・・灰色であった。
ピンチに現れた円、果たして円は二人を助けてくれるのか?
次回
3話 助けは・・・