34話 眠たくないのに……
「落ち着いたか…… 美里……?」
円は美里の頬を撫でながら、少しだけ苦笑気味に微笑む。
「うん…… ごめんね……? まどか」
美里は頬を撫でる円の手に、自らの手をそっと添えて、少しだけ申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうにそう言ったのだった。
————
美里が大泣きしながら円に謝罪をした一幕から数分が起った。
今二人は、また最初と同じ様に狭い岩場で抱き合いながら救助を待って居る。
しかし…… その二人を包む雰囲気は…… と言うより、美里が放つ雰囲気は最初のそれと大きく違っていた。
最初はただ、娘が母に甘える様に無邪気に寄り添っていた美里。
しかし、今は恥ずかしそうに少しだけ頬を染めながらも、愛おしそうに円の胸元に甘えている。
美里は、口元に小さく微笑を作り、目を細め、本当に幸せそうな、そして柔らかい表情をしていた。
大好きな人に、優しく抱かれている。
それは恋愛未経験にして初恋である美里にとってとても恥ずかしい状況ではあったが、美里は最早そんな恥かしさなど物ともしない程に円が好きなのであった。
円が好きで、好きで、好きで、一緒にいたい。
恥ずかしさなどで、円に触れ合えないのは、いやだ。
円に触れたい、甘えていたい、撫でてもらいたい、関わっていたい。
美里は少しだけ蕩けた笑みの中でそんな事を思う。
それは、聞く人が聞けば「こんな短い間に抱く恋なんてのはただの勘違いだ」などと言うかも知れない。
しかし、そん物は最早美里には関係無い。
彼の優しさに触れ、恋をした。
彼に嫌われるかも知れないと思い、涙した。
彼に身の回りの世話をして欲しいと言われ、一生してあげたいと思った。
思った。
そう思ったのだ。
そして…… それが全てなのだ。
時間や、経緯は関係ない。
今美里は、円に優しく抱きしめられて、今こう思う。
嬉しい、嬉しい、大好きだ……
それが、嘘偽りの無い今の美里の全てなのだ。
美里は、円の胸元に顔を埋めて、円の臭を小さく吸い込む。
「……お日様のにおい」
美里は、ゆっくりと顔を上げて円の顔を見る。
「………あぅ」
「………ん? なんか言ったか?」
「……ん ……なんでもない」
美里は再び円の胸元に顔を埋める。
「……………へへ」
美里は胸をドキドキさせながら小さく顔を綻ばせたのであった。
辺りはすっかり暗くなり、また、風が強いと言うことも有り少し肌寒い。
二人は無言のまま、寄り添う様にして互いを暖め合い救助を待つ。
しかし、そんな二人に……
「くそ……… 雨か………」
自然は優しくはないのであった。
————
「美里…… 寒いだろうから俺のジャージの中に入れ」
円は自分のジャージの前を開き、突如そんな事を言う。
「え…… えぇ…… そんな…… なんで?」
美里はそんな円の提案に戸惑いながらも、ちょっと嬉しそうに答える。
「えっと…… 俺が寒くてさ…… 悪いけど美里をカイロ代わりにしたいんだ…… 汗臭くてイヤだとは思うんだが我慢してくれないか……?」
少しだけ苦笑いを浮かべながら、円はそう言う。
「う…… うん…… まどかが寒いなら…… えっと…… お…おじゃまします」
美里はそんな円の提案におずおずとしながら、少しだけ笑みを浮かべて円に寄り添うのであった。
こうして速やかに美里を雨風に曝さない様保護した円は、自らの鞄から昼に食べるつもりであった握り飯を取り出す。
「ほら…… 美里もたべろよ」
円は、自分の首元から顔だけを出す美里の口元に握り飯を持って行く。
「え…… いいよ…… まどかが全部食べて……?」
美里は少しだけ顔を赤くしてそう言う。
「ほら…… 飯食えば体温上がるだろ? 美里が食べてくれればその分俺も温かいからさ」
「え…… う…うん…… なら…… いただきます」
美里はそう言って前顔に突き出されたお握りをパクリとついばむ。
円はそんな美里に、握り飯を食べさせながら「雛みてぇ」と思いつつ微笑み、自らも握り飯をぱくつくのであった。
————
ザァァァァァァァァァァ
割と雨が本降りになって来た頃。
二人は夜の闇の中で、変わらず救助を待つ。
基本的に二人とも、自ら進んで会話するタイプではないので、二人は無言のまま寄り添い続けた。
「…………むぅ……」
そんな中で円のジャージの中に密着する形で収まっている美里が不意に小さな声をあげる。
「どうした?」
円がそうして美里を見やると、そこには眠そうに視線をトロンとさせた美里がいた。
「眠かったらねていいぞ?」
円はそんな美里を見て、「微笑ましいな」と思いつつそう言う。
「まどかは…… ねるの?」
美里はぽやぁ〜とした目線を円に向けつつ、小さくそう呟く。
そんな美里に円は少し微笑んで目を合わせながら語りかける。
「ん? 俺はこのまま朝まで起きてるよ?」
「むぅ…… なら…… わたしも…… おきてるぅ」
「くく…… めっちゃ眠そうだぞ? 無理しないでねちまえよ?」
「や……ぁ…… まどかがおきてるのに…… わたしだけねるの…… やぁ……」
「いやいや、無理すんなよ」
「むり…… してなぃ…… ねむ……く…ない」
「くく…… いや、無理があるから…… ほらほら、さっさと寝ちまえ」
「ふぁ…… やぁ… あたまぁ…… なでない…でぇ…… ねむく…… なっちゃう…よぅ」
「いい子だから…な? ほら、おやすみ……」
「やぁぁ…だめぇ…… めぇ…… うぅ…… ねむく…ないのにぃ……」
「はいはい…… また明日な?」
「むぅ…… やぁ…… まどか…… ばかぁ…… う〜……」
「おやすみ、美里」
「う……ぅ…… ば……かぁ…… ぅ…… すぅ… すぅ…」
「寝たか… うん、美里はナデナデに弱いねぇ」
円はそう言って美里の寝顔を見て微笑む。
「さて、今日は久しぶりに徹夜だなぁ……
はぁ、しかしこんなになるんなら簡易野営セットでも持ってくんだったなぁ…… 平和ボケはするもんじゃないねぇ」
円は雨の降りしきる空を見上げ、愚痴をこぼす。
「まぁ、この程度の気候ならそんなん必要ないけどねぇ」
円はそう呟き、美里を起こさぬ様、そっと抱き直すと、彼女をしっかりと抱え、雨から守るのであった。
夜はまだ……長い。
次回 夜が明けようやく救助が……!!
35話 夜明け




