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32話 美里の中の「円」

ヒュゴォォオォォオ!!


風が強く吹き付ける崖の中腹。


そこにある岩の出っ張りに一組の男女が抱き合って座している。


「あ〜…… えっと寒く無いか? 貴崎さん?」


一人は灰色の髪に銀色の鋭い眼光の男、伊浦円であり……


「美里って呼んで……? お願い、まどか…… 大丈夫…… 寒く無いよ?」


もう一人は赤茶の髪と赤茶の目の小柄な美少女、貴崎美里である。



二人が滑落し数時間がたった。


始めはぎこちなかった二人も(主に円がぎこちなかった)、辺りも薄暗くなり円が「今日中の救出はやはり無理か」と思い始めた頃には(美里が円にすりよる形で)とても親密になっていた。


二人は男女が抱き合って丁度という絶妙な幅の岩の出っ張りに座り、互いのぬくもりを感じながら静かに救助を待つのであった。


————


美咲の腰に手を回し、彼女の腹の前で手を組み、彼女を抱える様にして座る円。


そして円に抱えられながら、穏やかな笑みを浮かべ、円の胸元に頬を寄せ、甘える様にしなだれ掛かる美里。


円はそんな状況の中、美里を抱きしめながらふと考える。




うーん?


なんかきさ…… 美里…… いきなり俺になついたな……


まぁ、この状況で落ち着いてもらえるのは勿論良い事だし、人間関係的にも解り合えるのは良い事だけど…… 


なんでこんなになついた?


まあ、演技でなついてる振りをしてる様には見えないから良いんだけど……


なぜ?




円は、自身の胸元で甘える様に頬をすり寄せる美里を見ながらそんな考えが頭をよぎる。


戦場で助けたレイプされた娘を慰めた時は、もっと時間が掛かった。


勿論、美里をレイプした訳ではないので、彼女がすぐ立ち直ったのが理解不能とまではいかないのだが、それでもレイプされた娘レベルで怯えていた美里が、短時間でここまで自分になついているのが不思議でならなかったのだ。


「なぁ美里、さっきまであんなに怯えてたのに…… 俺の事もう怖く無いのか?」


円はその疑問を思い切って美里に直接聞いてみることにした。


「……怖い? まどかが?」


しかし、そんな円の疑問に、美里はどこかきょとんとした顔でそれに答える。


「いや…… だって、さっきまであんなに俺の事怖がってただろ?」


「ん………? ああ…… だって…… さっきまでは円が一般人だと思ってたから……」


「一般人だと怖いのか?」


「うん…… わたし…… 中学生の時に…… 先生に襲われかけたこと…… あるから」


「そうか……」


少しだけ悲しそうな表情を浮かべ円の胸元に頬を寄せる美里、円はそんな美里の頭を再び優しく撫でながら「やっぱり一般人嫌いのブレイカーだったか」と思う。


「ふぁ…… 円の撫で方凄く優しい…… 安心する……」


「そうか、なら良かった」


「それでね…… その先生からは何とか逃げ切ったんだけど…… それ以来ね……

なんか一般人だと怖いの…… 何時襲ってくるか解らなくて……」


「そうだったのか…… なら、本当に悪い事したな」


円はそう呟き少しだけ顔をしかめる。

自分が今さっき美里にした事、非常事態だったとはいえ、それは正に美里の嫌いな「いきなり襲いかかる」事であったからだ。


「ううん…… 落ち着いたからわかるよ…… まどかは…… わたしの事助けようとしてくれたんだよね?」


「まぁ…… そうなんだけどな」


「それにね…… まどかの撫で方…… ママと同じなの……」


「………美里のお母さんと?」


「うん…… ママはね…… 私が10の頃に病気で死んじゃったんだけどね……

ママが元気だった頃…… よく撫でてくれたんだ…… あったかいベランダで…… 私を膝の上に乗せて優しく撫でてくれた…… 凄く優しくて…… 温かくて……」


「そうか……」


円はその美里の話を聞いて、少しだけ優し気に目を細める。

「この娘も、母を亡くしているのか……」そんな思いが円の心に過り、美里を撫でる手をより優しくさせた。


「あぁ…… うれしい…… またママみたいに撫でてくれる人に会えた……

凄く嬉しいよ…… ありがとう…… まどか」


「どう致しまして」


美里は少しだけ目尻に涙をにじませ円に微笑むのであった。


円はそんな美里の顔を見て、静かに納得をした。


美里が急になついた訳が解ったからだ。




なるほどなぁ……


一般人にレイプされかけた事があったのか


女性にとってその手の記憶は一生物のトラウマだ


そう言う経験があるなら、あんなに取り乱したの頷ける



そして「ママの撫で方に似てる」かぁ……


この撫で方は俺が、戦災孤児とかをいやしてやりたくて身につけた一種の「技」みたいなもんだけど


まぁ確かに、母親が赤ん坊を撫でる時の気配を参考にしてるからなぁ


きっと母性を感じたんだろうなぁ


10歳で母親が亡くなったって言ってたし


10っていったら甘えたい盛りだったろうしなぁ


きっと母性に飢えてたんだな


だからこそ俺のこの撫で方にある母性を貪欲に取り入れた


芸術タイプのブレイカーの感受性を用いてそれを積極的に感じ取ったんだ


つまり……


一般人へのトラウマより、母を失った心の傷の方がでかかった……


美里が俺になついたのはそう言う事なんだろうなぁ




「大変だったんだな……」


円はそう呟きながら、一人納得し美里をより優しく撫る。

そして自分と同じく、母を亡くした彼女を優しく見つめた。

その瞳は本当に優しく、そしてどこか切ない銀色で…… 円の心の奥を少しだけ覗かせた悲しい色合いをしていたのだった。


美里はそんな円の視線と目が合うと、ハッとした様に少しだけ息を飲む。


目を合わせた美里は「どうしてそんな悲しい目を……」とでも言っているかの様に、切なげな表情を浮かべていた。










「まどか……」


優しく微笑む円とそれを見つめる美里。


短時間とは言え何度も目を合わせた円が初めて見せた彼の本当の「色」。


美里はその「色」を見た瞬間に何か不思議な感情が内に宿るのを感じる。


そして……


「……どうした?」


その直後にかけられた円の小さな声を聞いた瞬間に美里は小さくその体を震わせた。


低く優しく心地いい…… そんな円の声を聞いた瞬間に美里の中で「きゅぅん」と言う聞いた事の無い様な音が小さく響いたからだ。


そして、その音を脳の奥で聞きながら円を静かに見つめる美里。


すると、今度は美里の瞳に段々と色々な感情の色が灯って行く。


美里は先程の円の本当の目の色から、彼の母性だけでなく、彼の心の芯にある美しくも冷酷な部分や、底知れない力強さ、そして幾多の経験からくる大きな悲しみ感じ取っていた。


美里は彼に、母性だけでなく父性…… そして男性をも感じて行く……



「とくん」と一つ心臓が高鳴る。


美里はその心音と共に自身の内側に確かな変化を感じる。


そしてその変化に気付き「もしかして…… これ……」と思い始めた頃には胸が更に高鳴っていた。


「どくん、どくん、どくん」耳元に心臓があるかの様に大きく聞こえる自らの心音。


美里は自身の体の芯が熱くなって行くのを感じる。


そして、その熱さが「ぁ……」と言う熱い呼吸と共に喉元を過ぎたとき……


美里は確信した……


コレは……


「恋だ……」と。



円の「本気」の癒しと「本当」の心。


それは感受性の高すぎる美里の心に…… 円が思うより何倍もの強い影響を及ぼしていたのだった。









恋に時間は関係ない……


そんな言葉が有るが、それは正に今の美里の為に有る様な言葉である。


刷り込み…… と言うのには生温い。


一目惚れ…… と言うにも生温い。


「まどかぁ……ぁ」


悩まし気なため息を吐く様に、円の名前を呼ぶ美里。


「どうした?」


その頬は円の声を聞いた瞬間、まるで熱に浮かされた様に紅くなる。


「ううん…… なんでも…… ない」


熱く、そしてどこかとろけた様な瞳をして…… 恥ずかし気にその目を伏せる。


「なんでも…… ない」


そう言ってギュッと目を閉じて息を吐く美里……


美里の中で「円」と言う人物が、特別な物へと変わった瞬間であった。

ナデポマスター円くんの回でした。



始めから好きだった楓は「一目惚れ」


吊り橋効果から好きの、夕凪は「刷り込み」


円自ら全力で落としに(慰めに)かかった美里は「洗脳」といったところでしょうかww


でもね…… 恋の始まりに手段なんて関係ないと思うんですよ!(ドヤ顔




次回 うとうとし始めた美里が眠気と…… 戦う!


33話 眠りたくないのに……


※タイトルは変わらないといいですね

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