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31話 優しいね

「くふぅ…… ぅ…… ひぅ……」


美里が円の腕の中でふるふると震えながら、軽くえずいている。

円はそんな彼女を、優しく丁寧に慈しみを込めて抱きしめていた。


不安を感じさせない様、彼女の細い腰を力強く抱き。

心から安らげる様、うなじの辺りから優しく背中をさすり。

吹き付ける風で寒く無い様、体と足で彼女の体をそっと包みこみ。

怖く無い様、「大丈夫だよ」と暖かみのある声をかける。


円は真剣だった。

そして全力だった。


か弱い女の子を泣かせてしまった…… その贖罪だと言わんばかりに円は自身の全てを持って美里を慰めた。


優しく、優しく、優しく、ただただ優しく。


全身全霊を持ってして、自身の力を余す事無く、ただ美里を慰める事に集中させていた。


「ごめんな…… 本当に悪かったから……」


円はそう呟きながら少女をキュッと抱きしめ、優しく撫で続ける。


「ふ…… ふぅ………」


そのかいあってか段々と美里は、円の腕の中で鎮静して行く。

円は、腕の中で少しずつリラックスして行く彼女を感じ、小さく胸を撫で下ろすのであった。


しかし、彼は気付いていなかった。

そして、わかっていなかった。


自分と言う存在の事を。

そして美里と言う存在の事を。


高位のブレイカーである自分がいかに他人に対して強い影響力をもつのかを。

感受性の高いブレイカーである美里が、いかに他人に影響されやすいのかを。


円が全身全霊の優しさで美里の背中をさする。

うなじの辺りから背中を優しくさする。


そして、背中をさする時に美里が……


「ん…… ふ…… ぅぁ……」


体をゾクゾクとわずかに震わせている事に……

恐怖とは種類の違う震えをしている事に……


「大丈夫…… 震えなくていいんだよ……」


円は気付いていないのであった。


————


………よし


何とか落ち着いて来たみたいだな?

もう泣いてないみたいだし


雰囲気でも、緊張や恐怖が静まってるのがわかる……

だけど、たまにぶるっと震えるのは何でだろうか?


でも恐怖感は感じられないしな?

体も強ばってないのにな?


ん〜?

ああ

寒いのか

下半身が濡れてる訳だしな……


参ったな……

この子落ちた時に自分のリュックも落としちゃってるみたいだしな

代えの服とか持ってないだろうなぁ


俺のリュックのハーフパンツを貸すしかない…… よな?

今は夏だけど、この山は結構涼しいし

風も強いから冷えそうだしな

下半身びしょ濡れでこのまんまだと風邪とか引きそうだな


だけど……

参ったなぁ

それ…… どうやって伝えよう?


「お漏らししたんだろ? 俺のハーパン使えよ!」

とか言えねぇしなぁ……


…………う〜ん


はぁ……

でも、他に言いようがないか……



円は美里をさすりながら考えをまとめる。

そして軽くため息じみた深呼吸をすると、さする手を止め美里に声をかけた。


「なあ」


警戒させない様に優しく落ち着いた声で美里に話しかける円。


「………………?」


そんな円の声かけに反応しゆっくりと顔を上げ円を見つめる美里。

彼女の瞳はどこかトロンとしていて、その表情は「どうして撫でるのやめるの?」と言っている様にも見える。


「えっと………… 俺のハーフパンツ貸すからさ…… その、えーと…… 代えろよ、下…… な?」


円は若干引きつった笑みを見せながら、美里に微笑みかける。

美里は、そんな円の笑顔に一瞬ポカンとしたあと「何を言っているんだろう?」といったような表情を浮かべる。


そして、少しばかりの間が空いた後……


「っえぇぅ……………ッッ!!!???」


自分の下半身を意識した美里は途端に、烈火のごとく顔を赤くして慌てふためく。

どうやら彼女は、今の今まで自分が失禁した事実に気がついていなかった様だ。


「きゃっ!?」


動揺した美里は思わず仰け反り、崖へと再び落ちそうになる。


「あぶないッッ!!」


円はそんな美里を無理矢理抱き寄せ、再び自分の胸元へと抱え込む。


「ひぅっ!?」


美里はまたも強く抱きしめられ、それに驚き体をびくんとさせた。


「ふぅ…… まぁ、落ち着け…… な?」

「う…… うぅ〜……」


円は再び美里を強く抱きしめ、優しく背中をなで上げる。

美里はそれに顔を赤くしながら俯き、円と目線を会わせない様、彼の胸元へと顔を埋める。


どうやら先程までの献身的なフォローが功を奏したようで、今回も前回同様に 無理矢理抱きしめたのにも関わらず、前回と違い美里は円の腕の中で大人しくしていた。


「よし……」


円はそんな大人しい美里を見て一呼吸おくと、身を捩りながらおもむろに自分の背中のリュックに手を伸ばす。

そして円は片手でごそごそとリュックの中を探すと、自分のハーフパンツを取り出す。


「じゃあコレ使っていいからさ、着替えなよ」


円はそう言って美里へと、自分のハーフパンツを渡す。

そのハーパンツは明らかに美里が着るには大きいが、腰元を紐で締め上げるタイプなので着るだけであれば問題は無いであろう。


「………ん」


美里は円に声を掛けられると、上目遣い気味にその真っ赤な顔を向ける。

そして、円からおずおずとハーフパンツを受け取るのであった。


「お、おし、じゃあ俺は手で目を塞いでるからさ、ささっと着替えてくれよ」


そう言って円は美里の腰に回している手を離す。


「きゃッ…… だ、だめぇ!!」


美里は円が手を離した瞬間に、小さい悲鳴をあげて円にすがりつく。

美里の小さいからだと小さい手が、円にしなだれ掛かりプルプルと震える。


「こ、怖い…… て、離さないで……」

「わ、わかった」


さっきまでの赤い顔とは打って変わり、青白い顔で瞳を潤ませ、円に懇願をする美里。

どうやら美里はある程度落ち着けた事で、逆に崖から落ちた事のショックを強く意識してしまった様であった。


円は再び美里の腰に両手を回し、しっかり抱きかかえると、目を瞑って顔を反らす。


「じゃあ、絶対に見ないからさ、さっと着替えちゃえよ」

「ん……」


円がぎゅっと目を瞑ったままそう言うと、美里は小さく相槌をうち体をもぞもぞと動かす。

腰から手を回して腹部の前で手を組み、美里を支える円。

円は組んだ手のすぐ下で、もぞもぞと身を捩る美里の動きを感じながら、じっと待つ。

目をつむると体越しに伝わる美里の体温や、少しつんとするお漏らしの臭が何とも生々しく、鮮明に伝わって来る。


やがて、「ペチャ……」という湿った布を置く音と、「シュルリ」という何かを履く音が聞こえたあと、美里から小さく声が掛けられる。


「終わった……」

「おお…… そうか……ってええ!?」


円が目を開き反らしていた顔を正面に向けると、彼の前眼に美里の顔があった。

その顔は少しだけ頬を朱に染め、そしてキスが出来る程間近に迫り円を見つめていた。


「な、なに?」

「ちゃんと目…… 閉じててくれた……」

「え? ああ…… ずっと顔近づけて見てたの?」

「うん……」


そう呟きながら、美里はわずかに口元を緩ませる。

美里はどうやら、円が本当に着替えを盗み見たりしないかどうかをずっと監視していた様だ。

そしてその結果、円が自分で言った通りに覗いたりしなかっため、それが少し嬉しかったのだろう。


「君は…… 信用出来る?」

「いや…… 疑問系で聞かれても……」

「信用…… できそう……」

「…………そうなの?」

「うん……」

「なんで?」


美里は円をまじまじと見つめる。

円もそんな美里をなんとなく見つめる。


「……なでて?」

「え?」

「さっきみたいに…… もういっかい」

「う…… うん、いいけど」

「……ほんと?」

「うん」

「…………へへ」


美里はそう言ってほにゃっと小さく顔を緩めると、「お願いします」といった様な顔で円の胸元に頭をこすりつける。

犬であったら、恐らくしっぽでも振っているであろうその様子に円は思わず笑みをこぼす。

円は要望通り、再び美里の背中をさすった。

そして今度はたださするのではなく、より気持ちを込めて優しく撫でる事を意識し、頭から首筋、そして背中へと手を這わせる。

円は一定のリズムで、優しく、慈しむ様に彼女を撫でて行く。


「ふぁ……」


美里はそんな円の手つきに、ほわりとした表情を浮かべ、切な気なため息を吐く。


「どうした?」

「すごい…… なんで?」

「なにが?」

「君の手…… なんでこんな…… 優しいの?」


美里は撫でられたままトロンとした瞳を円に向ける。

その表情は、まるで庭先で日向ぼっこをする子犬の様に、とても幸せそうな顔であった。


「ママみたい…… 安心する」

「ママって…… せめてパパに……」

「ううん…… ママだよ…… 臭もママみたい…… お日様のにおい……」


美里はすんすんと円の胸元の香りをかぎ、ほんわかと嬉しそうな顔を浮かべた。


「君は…… 怖いけど優しいね……」

「あー…… さっきのはほんと悪かったよ」

「君は良く解らないね…… でも……」

「……でも?」

「君は凄く居心地がいい…… だから…… 信用できそう……」

「うん?」

「助けてくれて…… ありがとう…… 君のおかげだよ……」

「あ、ああ…… どお致しまして」


美里は再び顔を上げ、円に顔を近づける。

二人の顔はまたキスが出来る程の距離にまで迫る。


「私は…… 貴崎美里きさきみさと…… あなたは?」

「伊浦円だよ……」


美里は円の名前を聞くと、円の顔をまじまじと見つめめる。

まるでその顔と名前を自身の中に刻み付ける様に、真剣に見つめる。

そして、美里は自身の吐息が円の唇にかかる距離でそのまま円に小さく声をかける。

美里は……


「宜しくね…… まどか……」


そう言って美里は、はにかむ様に小さく微笑んだのであった。




次回! 美里の過去が……


32話 なんで逃げたの?


※タイトルは多分大体変わります。

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