30話 四つ目の特徴
「さて、どうしたもんかなぁ」
断崖絶壁の中腹、飛び出た岩の上、目の前に広がる絶景を見ながら円は美里を抱えて座り、小さくぼやく。
円の足の間には意識のない美里がちょこんと座り、円に腹部を抱かれながらうなだれていた。
そんな状態のまま数分ぼやけていると、不意に美里がもぞもぞと動き始める。
「ん…… んん」
「おぉ?」
どうやら意識を取り戻したらしい美里は、ゆっくりと頭を上げ、そしてうっすらと目を開く。
「ふぇ?」
目を覚ました美里はぼんやりとした様子で辺りを見回す。
「や、やぁ……」
そして、そんな惚けた目線の美里に円が声をかける。
すると……
「ぇ?」
と、美里は小さくあっけにとられた声を放ち、振り返りながら自分の体を後から抱きしめる円をみやる。
そして、その声の主と自分を抱きしめているのが先程まで自分を追って来た男子生徒だと目端で捉えると。
「っぁ!」
声にならない悲鳴を上げ、その腕から逃れようとする。
「ちょ、馬鹿っ!!」
しかし、逃げようとした先は断崖絶壁。
円は勢い余って落ちそうになる美里を、強引に引き寄せる。
「きゃ、きゃぁああああああああああああ!!!!」
すると美里は、目の前の断崖絶壁と、円に無理矢理抱きしめられた事のダブルで恐怖してしまい、つんざく様な叫び声をあげる。
「ちょ、うっせっ!!」
「ん、んんゔぅッ!!」
その小さい体のどこから出たのかと言う大声に円は驚き、思わず美里の口に手をのばしそれを塞いだ。
「んんゔゔっ!!!」
「が、いったぁッ!!」
しかし、美里は口を塞がれた事により更に取り乱し、暴れながら自らの口を塞ぐその手に思い切り噛み付く。
円は力一杯に噛み付かれた痛みに顔を顰めながら焦り、そして考える。
やべぇ!
ただでさえ足に踏ん張りきかねぇのに
こんな狭いとこで暴れられたら落ちちまう
てか、手ぇ超いてぇ!!
くそ……
ちょっと強引だけど
悪く思うなよ!!
ガッ!!
「ひぃ……!!」
次の瞬間、美里の細い首裏が大きな手に鷲掴みされる。
その手は冷たく荒々しく、それでいて痛く無い程度に強い力が込められており、そしてその手とともに……
「動くな………」
まるでナイフの様に鋭く、つららを喉元に突き刺したかの様に冷たい。
そんな純粋な殺気が込められた言葉が、美里に突きつけられたのだった。
「は…… はぁ……」
まるで、過呼吸の様に呼吸を途切れさせ、青ざめた顔のままぶるぶると震えて停止する美里。
人の急所である首と、そして同時に恐怖心を鷲掴みにされた美里は暴れる事を完全に停止したのだった。
「ふぅ……」
ようやく落ち着けた円は、殺気と美里の首元に置いた手を解放し、一息つく。
「ん……?」
しかし、一息ついたのもつかの間、円は直ぐに異変に気がつく。
「な…… これ……」
そこで円は自分の臀部を濡らす、生暖かい感触に気付く。
始めは、ふくらはぎから流れた自らの血かと思い、その濡れた部分に手を当てれば、その手についたのは透明の液体。
それも、仄かにアンモニア臭が漂う……
「これって……」
そう、言わずもがな…… な液体であった。
円は驚いた様に美里の方を見やる。
そこには……
「うぅ…… ひっぐぅ…… うゔぁ…… ああぁ……」
小さい肩をガタガタ震わせて、大粒の涙を流し、嗚咽を漏らす。
小さい、か弱い、女の子の姿があった。
円は、後から見てもハッキリわかる程に怯える少女の姿を見て驚愕の表情を浮かべる。
な、なんで!?
そ……
え!?
た……
確かに殺気は放ったけど……
あの程度の殺気だったら
感覚の疎い一般人は
せいぜい戦慄を覚える程度だろ!?
えぇっ!?
なんで?
なんで、こんなに…… 怯えてんだ!?
ん?
………………って、ああッ!!
円はそこで思い出した。
かつて母が言っていた芸術タイプの特徴。
その忘れていた四つ目の特徴を。
円の母いわく芸術のブレイカーは……
突然よくわからない行動をする
集中すると周りが見えない
興味を持つとそれに対する執着がすごい
そして……
「あいつらさぁ、感受性ってやつ? 豊なんだろうなぁ…… 殺気とかちょっと放っただけで気がつくやついるんだよ、ハハ、笑える!」
母の暢気な声と共に思い出した四つ目の特徴。
「感受性が…… 豊…… 笑えねぇ……」
円はやってしまったと言う顔をしながらそんな事を呟いたのだった……
————
「うぇ…… ひぃっく…… ゔぁあ…… ぅああぁん」
号泣、と言う程ではない物の、プルプルと縮こまってぽろぽろと泣き続ける美里。
ギュッと閉じられた両目からは大粒の涙が次々と溢れ出し、わなわなと歪められた口元からは喘ぐような泣き声が漏れる。
その様は、まるでどうしようもない現状にたたき落とされた子供の様で「なす術が無い」と言わんばかりにただ恐怖に泣いていた。
円はそんな美里を見て、途方も無い罪悪感に襲われる。
そんな事は一生しないし、したくは無いが、きっと幼女をレイプしたらこんな現状になるのではないかと思わせるような光景だった。
うおぉぉ!
やっちまったぁ……
そうだった
芸術タイプのブレイカーって者によっては感受性がメチャクチャ高い奴いるんだった
そう言えば、殺気を絵に描いて表せる絵画のブレイカーとかもいたっけなぁ……
つ、つまりあれか
俺の殺気に含まれた「死の気配」をもろに、そして余す事無く理解しちゃったってことか
それも……
戦場どころか喧嘩すらした事のない女の子が
か弱い女の子が
リアルな殺害のイメージを突きつけられたってことか
素人相手にガチ殺気を放ったのと同じ事したって事か……
う……
うああぁぁっ!!
すっげー罪悪感!!!
べ、別に俺が全部悪い訳じゃ無いんだど……
緊急とは言え俺が悪い所も有る訳で……
ああああ!!
でも小ちゃい子泣かして、失禁までさせるとかっ!!
サイテーだ、俺!!
か、母ちゃんが生きてたら殺される……
と、とにかく俺が落ち込んでる場合でもないか
慰めないと!
だ、大丈夫
落ち着け
レイプされた娘を慰めた事だってあるんだから
お、俺ならできるさ!
まぁ……
泣かせたの
俺だけど
……う、うん!
とりあえずそれは置いておこう!
確かこの子は一般人嫌いなんだっけか!?
た、たぶんそうだったよな……
よし、まずそこから攻めるか!
円はわたわたと動揺しながらも考えをまとめる。
落下時に見せた冷静な様は最早見る影も無い程に慌てている。
どうやら円にとって「弱者を嬲る」様な行為は最大の禁忌であるようで、それに近い事をしてしまった今回の事態に相当テンパっている様だ。
そんな円は狼狽えたまま美里の肩を掴む。
「ひぃ!!」
美里は突然肩を掴まれた事に、目を見開き飛び上がる様に怯える。
しかし、余裕の無い円はそんな美里の様子などお構いなしに、自分の方へと向かせる。
美里は上半身を捻る様な形で円の方を向きその目を見る。
そして、彼女と目を合わせた円は、乱暴にとりあえずこう言い放ったのだった。
「俺の目!!」
「ふぇ!?」
「目っ!!」
「え?」
「わかるか!? 俺はブレイカーだ!!」
「…………………あ? ……ああ」
美里はそんな円の目を見てあっけにとられた様な表情をする。
どうやら、円がブレイカーだと言う事は何となく理解出来た様だが、それより遥かに混乱している様だ。
「よ、よし!」
「ふ、ふぇ!?」
しかし、円はとりあえず美里が泣き止んだ事を僥倖とし無理矢理抱きしめ彼女の頭を撫でる。
「わ、悪かった…… 怖がらせて…… すまなかった」
「…………………ぇ?」
円は美里の暖かくそして滴る下半身も抱き寄せ、小さな体と頭を抱え込む。
小さな美里は円の鍛えられた体の中にすっぽりと治まり、そしてその逞しい体からは想像出来ない程優しい手つきで背中をさすられる。
そして先程言葉に乗せてはなった殺気と同じだけ優しさが込められた言葉をかける。
円は戦場で自らが子供にしてあげた様に、全身に優しさを込めて美里を抱きしめたのだった。
「う……………ううぅ」
「お?」
「うぁぁああああああああああんッ!」
「おぉ……」
美里はそんな円の優しさに、今までとは違う泣き声で答えるのだった。
「ふぅ………… 誤摩化せた……… か?」
円は美里をさすりながら、小さくそうぼやくのであった。
次回 多分デレる!!
31話 ごめんなさい
※タイトルは気分で変わります。




