26話 芸術タイプのブレイカーって……
「えぇー……え?」
伊浦円は目の前の少女がとったあまりにも自然すぎる逸脱行為に、思わず惚けながら見送ってしまう。
そして、ぽかんとした円の視線に見送られた赤茶の髪の美少女はてふてふと(蝶だけに)歩きながら目の前の蝶を追って森の中へと消えていったのであった。
おお?
え?
なに?
すごい自然にどっか行っちゃったけど?
はい?
どういうこと?
って!?
いやいやいや、一人で森に行っちゃまずいでしょ!?
「ちょっ、皆! 一回とまっ……」
と、言いかけて円は前を歩くメンバー達を見やる。
その声に反応したグループのメンバー達はゆっくりとした、どこかゾンビを思わせる緩慢な動きで振り返る。
「………………何」
しばし無言で見つめ合ったあと、メンバーの一人が力なく呟く。
彼は肩で息をしながら、死にそうな目でこちらを見る。
そして、同じくして振り向いた彼以外のメンバーもまた、似たり寄ったりの悲惨な状況であった。
「な、何でも無いです……」
そんな状況の彼らを見た円は苦笑いを浮かべたまま、思わずそう口走ってしまう。
それにメンバー達は「チッ、疲れてんのに話しかけてくんじゃねーよ」と言う視線を(というか実際に舌打ちした奴もいた)円に一度送ると再び前を向いて歩き始めるのであった。
円はそんな彼らの視線を見て思う。
あ、コイツらダメだわ色んな意味で……
自分の事だけでいっぱいいっぱいすぎる
てか、あの子がいなくなったのにも全然気がついてないし
「はぁ……」
円は小さくため息をつくと、美里が入って行った森の方を見やる。
「しょうがねぇなぁ……」
円は彼らを気遣い、一人で美里を連れ戻す事に決め、森へと足を踏み入れる。
少しだけ離れて直ぐに美里を連れて帰りまた何事も無かった様に合流すればいい。
何かあっても、この程度の山なら対応出来るだろう。
そう考えて行動だった。
だが、このときの円の判断が、後に円に取って予想外の事態へ発展する事になろうとは……
彼はまだ知る由もなかった。
————
「えーと…… あ、いた」
円が森に入ってから10分程走ったところで、ようやく彼は美里を発見する。
一度見失ってしまい、見落とすまいと慎重にゆっくり走ったとはいえ、円が走って10分の距離。
二人は既に登山道から大きく外れた森の深くへと来ていた。
やっと見つけた美里は、子犬の様に目を輝かせながら、相変わらず青色の蝶を追っていた。
その表情は若干無表情ではある物の、とても楽しそうな微笑みを滲ませており、正に夢中といった感じで蝶を追いかけていた。
しかもその追いかけるスピードはなかなかの物で、やはりそこもワンコを思わせる物があった。
なかなか速えなぁ
ホントに文化部なのか? この子?
こりゃ見失う筈だよ……
しかし、どんなに速いと言ってもそれは本気の円程ではない。
円は美里を捕捉すると、途端に走行のスピードを上げ、一気に美里との間合いをつめる。
そして、彼女との距離が10メートル程になった所で速度を落とし美里に声を掛けた。
「おーい、ちょっと!」
「………」
円はそう声を掛けて、美里に呼びかけたのだが、それに対して美里は何の反応も示さない。
「あれ? 聞こえなかったのかな?」
「………おい!! ちょっと!! そこの人ぉっ!!!」
円は反応を示さない美里に再度声を掛ける。
二度目の声かけは絶対に聞こえる様に大声ではっきりと叫んだ。
「………」
「ええー………」
しかし、その声は再度スルーされたのであった。
もしかして無視してるのかもしれないと円は考えるも、まだ接点のほとんどない彼女に無視される謂れも無いので、本当に聞こえて無いのだと判断する。
理由も無く無視されてるという可能性は悲しすぎるため置いておくとしてだ。
「しょうがない……」
円はそう小さく呟くと更に美里との距離を縮め、彼女の真後へと接近する。
そして、彼女の背後から直接彼女の肩に触れ声をかけた。
「ちょっと、君!!」
「……っぇ!?」
突然肩に触れられ、飛び跳ねる様に驚き、そして小さく声を漏らす美里。
彼女は動物の様にビクリとしながら勢い良く振り返り、後ろにいた円を見やる。
「っ!?」
そして、円の茶色い目を見た途端に、何やら体を強ばらせ、一瞬だけ怯えた様な表情をを見せる。
円は一瞬だけ見せたその怯えた様な視線に疑問を感じるも、すぐに彼女の表情が怪訝な物へと変わったのでとりあえず置いておく事にした。
「何?」
美里は訝し気な表情を浮かべ、円を睨む。
「え? いや…… 登山道にもどろうぜ?」
円はそんな美里に「何じゃねぇだろ……」と内心ツッコミを入れながら彼女に登山道へと戻る事を促す。
すると彼女は一瞬だけ「え?」と言う表情を浮かべたあと、周囲をキョロキョロと見回しここが森の奥深くである事を認識する。
「ここ…… どこ?」
美里は周囲を見回したあとぽかーんとした表情を浮かべてそう呟くのであった。
「いや…… はぁ…… とにかく戻ろう、ここら辺は崖になってるみたいだからから危ない」
円はそんな美里に、あきれ顔で小さくため息をついた後に、ゆっくりと周りを見渡しそう伝える。
いつの間にか山の端の方まで来ていたのだろう。
円と美里の周りはゴツゴツした岩が所々に見え、少し先に行ったところは切り立った崖が見えた。
美里はそんな円につられるように崖の方に目線をやる。
「あ!」
するとそこで美里はなにかを見つけ、そして思い出した様な声をあげる。
美里の視線の先、そこには崖に生えた美しい花があり、同時にその花に停まる先程の蒼い蝶の姿が見えたのだった。
「先…… 帰ってて」
美里は再び嬉しそうな表情を滲ませ、崖の方へと歩み始める。
その姿は嬉々としていて、もし彼女に犬のしっぽがあったのならばきっと力一杯左右に振られている事であろう。
「いやいや、ちょっと待て!」
そんな美里を当然止めようとする円。
いくら運動神経が良いとはいえ、何の訓練もしてない文科系のブレイカーを崖に登らせる訳には行かない。
ましてやこの崖はよく見ればかなりの断崖絶壁である。
下手をすれば…… いやしなくても落ちれば死ぬ。
「じゃま」
しかし、美里はそんな円の制止も聞かず再び走り出す、崖に向って。
円はそんな彼女の向こう見ずな態度を見て、昔、母が言っていた芸術タイプのブレイカーの特徴を思い出した。
円の母いわく芸術のブレイカーは……
突然よくわからない行動をする
集中すると周りが見えない
興味を持つとそれに対する執着がすごい
と言っていた。
円はそんな母の言葉を思い出し、げんなりとした表情を浮かべる。
うわぁ……
こいつ、母さんが言ったまんまのブレイカーじゃん
ここまでドンピシャなのは初めて見たよ……
ん?
えーと…… あれ?
確か母さんが言ってた芸術タイプの特徴って4つあった筈だけど……
あと一つなんだったけか?
んー……
だめだ、思い出せない
まぁ、いいか
はぁ……
まぁ、めんどくさいけど
関わった以上、ほっとく訳にはいかんよなぁ……
コレで崖から落ちて死なれても寝覚めが悪いし
それに楓と夕凪の友達だしなぁ
しかたない……
「ちょっと待って」
「何?」
「君はあの蝶欲しいの?」
「そう」
「じゃあ俺が取って来てあげるから、そこで待ってなよ」
そう言って美里を呼び止める円。
それに美里は一瞬足をとめ驚いた様な顔をする。
「よし、じゃあ行ってく…… えぇっ!?」
しかし、美里は驚いた表情をした直後、「ふんっ!!」といった様な表情を浮かべ、円を睨んで一瞥すると、すぐさま振り向き崖の方へとダッシュして行ったのであった。
「え…… ええー」
再びぽかんとして美里を見送ってしまう円なのであった。
次回、円と美里が!!
27話 やばっ!!??
※タイトルとか気まぐれで変わります




