21話 私もおいてください
「ここに、私もおいて下さい」
そう言って、上目使いに潤んだ瞳を向ける楓。
まるで捨てられた子犬が「拾ってください」と言っているかのような視線で円の事を見つめる。
「う……」
まるで「くぅ〜ん」と子犬の鳴き声でも聞こえるのではないかというその視線。
その瞳は最早凶悪と呼べるレベルであった。
「はぁ、わかったよ……」
軽くため息をつき楓の下宿を許可する円。
「ほ、ほんと?」
その円の承諾に不信げな声をあげる楓。
「ああ」
それに再度頷いてみせる円。
「ほんとにほんと?」
まだ不安げに尋ねる楓。
「ほんとだよ」
ちょっと苦笑いを浮かべて答える円
「いいの?迷惑じゃない?」
それでも不安な楓。
「なに?じゃあ迷惑だったら断っていいの?」
ちょっとだけ意地悪そうに微笑む円。
「ふえぇ!?それはこまる」
途端に泣きそうな顔を浮かべて……いやちょっと泣いている楓。
「ちょっ、冗談だよ楓さん」
ちょっとだけ泣き出した楓に驚く円。
「うぅ……」
何とか涙を止め、再び潤んだ瞳で見つめる楓。
「はぁ……迷惑なんかじゃないよ楓さん」
そう言って優しく微笑む円。
「いいの?」
子供の様に呟く楓。
「ああ、いいよ」
楓が子供っぽかったからだろうか、ただ何となく楓の頭をなでる円。
「あ……」
その優しい円の手つきに、顔を赤くして驚く楓。
「これから宜しくな、楓さん」
楓を撫でながらもう一度微笑む円。
「うう……」
頭を撫でられている事に照れながら、だけどとても嬉しそうにしている楓。
「よろしくおねがいします」
楓はちらりと円を見上げ小さく呟いたのだった。
————
伊浦家の居間。
そこに円と楓が座っている。
楓は円の方を見つめ、円は楓の携帯を使って誰かに電話をしている。
[あらあら〜、じゃあ置いて貰っていいのかしら〜]
「あ、はい私としては構いませんが」
[じゃあ、お願いするわぁ〜]
「え?いいんですか?」
[ええ〜、だって夕凪ちゃんもいるんでしょ〜、私もそのうち挨拶にいきます〜]
「はあ、わかりました」
[ごめんなさいねぇ〜、だけどお父さん楓に怒っちゃてるし、それに何事も経験だからねぇ〜、ウチの娘を宜しくお願いしますわぁ〜]
「あ、はい」
[それじゃあ楓に宜しくねぇ〜、それではまたぁ〜]
「はい、失礼します」
ピ!
円は携帯の電源を切り楓へ渡す。
「なんて言ってました?」
楓は円に電話の内容を尋ねる。
「ああ、お母さんは下宿していいっていってたよ」
円は楓に答える。
「よかったぁ」
ホッとした顔を浮かべる楓。
二人は玄関での一幕のあと、円の提案で楓の母に連絡を入れる事にしたのだ。
さすがに家出のままでは警察に連絡されかねないとの考えで、楓も円に迷惑がかかっては困るとそれを承諾した。
さすがに、簡単にはいかないだろう意気込んだ円であったが、結果は正に拍子抜け。
頑固な楓の父親に対し、楓の母は豪放磊落な人間だったようで、あっさりと許可が下りたのだった。
「さて」
円は楓の方へと向き直る。
「じゃあ改めて宜しくな」
円は楓に少しだけ微笑んで伝える。
「は……はい!!」
楓はそれに満面の笑みで答えたのだった。
————
「本当に下宿代2万でいいんですか?食費込みでですか?そんなの悪いです」
申し訳なさそうな顔をして円を見つめる楓。
「いいって、夕凪にもそれでいいっていってるしな」
それに軽く笑いながら答える円。
「でも……」
「いいって、いいって、本当はタダにしてやりたいんだけどな……まあ下宿って銘打っている以上な」
「でも、そんな」
「それに、そんくらいなら放課後にバイトでもすれば楽に稼げるだろ?」
「……はい」
「一応、家出って形だからお父さんにお金出してもらえないんだろ?まあ気にするな」
「はい、ごめんなさい」
「あやまんなよ」
「でも……」
「俺たちは友達なんだろ?気兼ねなんてする必要ないぜ」
自然な微笑みで、その銀色の瞳を向ける円。
「あ……ありがとう、伊浦くん」
その円の笑顔に、本当に嬉しそうに微笑む楓だった。
「さあ、じゃあ飯の用意するよ」
「え、そんな悪いですよ!?」
「なにいってんだ、こっちは金をもらうんだぞ、飯はこれから全て俺が用意する」
「え?」
「勿論、栄養のバランスだってしっかり考るからな、好き嫌いはゆるさないぞ?」
「は、はい」
「よし、じゃあ夕凪をよんでくる、今日の夕飯は豚キムチ丼だ」
「はい、手伝います」
「おーい夕凪ぃ、飯できたぞぉ」
「はーい、ご飯なにぃ?って楓がいる!?」
「こんばんは、ユナちゃん」
「本当に許可降りたの?」
「家出したそうだ」
「家出!?」
「えへへ」
「いや……えへへじゃないでしょ……まあ、いいけど」
「よし……じゃあ飯食うか」
「うん」
「はい」
————
夕凪の隣りの部屋。
その二つ目の客間に布団を敷く円。
円はその布団の上にお姫様抱っこで楓を寝かせる。
周りを支配する沈黙。
その沈黙の中、円は布団に寝かせた楓を……
そのままにして、襖をしめて立ち去ったのだった。
「いやぁ、まさか食ってる途中で眠るとは思わなかったな」
それは数分前のこと。
「むにゃ……」
丼を持ちながらこくりこくりとする楓。
「楓さん……」
「カエ……」
そんな楓を見つめる二人。
「む……くぅ」
そのまま完全に沈黙する楓。
「はぁ……寝かせてくる」
ゆっくりと立ち上がる円。
「うん、きっと疲れてたんだね」
円を見上げて語りかける夕凪。
「さ、楓さん、行くよ」
楓の手を引こうとする円。
「いやぁ……」
寝ぼけているのか子供っぽく答える楓。
「いやって、楓さん……」
それに少しあきれ顔で答える円。
「楓さんじゃなくてぇ……楓って呼んで」
とろんとした眠た気な瞳で訴える楓。
「はいはい、楓、行くよ」
それに適当に答えるまどか
「えへへ……これからずっと楓ってよんでね?」
半分目を瞑りながら、むにゃむにゃと答える楓。
「わかったよ」
それを何となく微笑ましく見ながら楓の手をひく円。
楓はゆっくりと立ち上がり、そして両手を円に向ける。
「なに?」
そんな楓を不思議そうに見る円。
「だっこして……」
楓は薄目で円に答える。
「はぁ……」
円は小さくため息をつくと、そのまま楓を抱き上げる。
「えへへ……ありがと、お休みなさい」
円にお姫様抱っこされた楓は満足そうに微笑むと、そのまま円の胸元に頭を預け子供の様にすやすやと寝に入るのだった。
「じゃあ、置いて来る」
円は夕凪にそう言って、楓を寝室に運ぶのであった。
「う……うん、いってらっしゃい」
夕凪はその一連のやり取りを怪訝な表情で見つめる。
楓……あんたって子は……
夕凪は楓が強力なライバルである事を再確認したのであった。
————
円が台所に戻ると夕凪がお茶を入れて待っていた。
「楓はねた?」
「ああ、もうぐっすりだった」
「そう」
夕凪は円の分のお茶も入れて渡す。
「ありがと」
「……こっちこそありがとう」
「え?」
「私たちをこの家に下宿させてくれて」
「ああ……いいよ別にそれは」
「ううん、本当に感謝してる」
「?」
「だって、私は一回円にふられてるんだよ?」
夕凪は真剣な表情を浮かべる
「それは……」
円はその夕凪の真剣な表情に思わず息を飲む。
「だから朝に荷物を持って円の教室に行った時……本当は怖かった」
「凄くドキドキしてた……」
「もう、色んな気持ちが渦巻いておかしくなっちゃうんじゃないかってくらい」
「だけど……」
夕凪はゆっくりと円を見つめる……
「友達だから住まわせてくれてるのは解ってるけど……」
夕凪は、潤んだ、そして熱を帯びた瞳で円を強く、強く見つめる。
「チャンスがあるって……勘違いしてもいいのかな?」
視線と同じく熱を帯びた呼吸を飲み込み、小さく呟いた。
流れる沈黙、そして見つめ合うふたり。
そして……
「な、なんてね」
顔を真っ赤にしたままおどけてみせる夕凪。
「お、おう」
それによくわからない返答をする円。
「あはは、あ、明日は早いから今日はもうお風呂入ってねようかな!!」
顔を真っ赤にしたまま、慌てて席を立ち上がる夕凪。
「あ、ああ、明日は確か登山学習だっけか?」
それに合わせる円。
「う、うんそうだよ、何でも学校の伝統行事なんだってさ」
「へ、へー」
なんとなく白々しい二人。
「じゃあ、先お風呂頂くね?」
「ああ……」
夕凪は台所を出て行こうと扉に手を掛ける。
そこで、ゆっくりと後ろを振り返る。
「あ、あの円……」
顔を赤くして円を見つめる夕凪。
「私、円のこと大好きだからね?」
耳まで真っ赤にしてそう、一言小さく呟くと逃げる様に立ち去ったのだった。
「………はぁ」
残された円は静寂の中で小さくため息をつく。
「これから、大変そうだなぁ」
そう呟く円の顔は、仄かに赤くなっていたのだった。
次回 登山学習で……
22話 なにやってんだ?
※タイトルは変更になることがあります。




