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16話 その後の夕凪の気持ち

カナカナカナカナ………



ヒグラシがなく音が聞こえる……

この匂い……

畳と、木と、土と、森の匂い……


なんだろう……

凄く懐かしい……


おばあちゃんの家に泊まったときみたいな……

優しくて……

安心する感じ……


これは……


夕凪はうっすらとその濃紺の瞳をあける。

まず目に入って来たのは天井の木目……

そしてゆっくりと上体を起こし、周囲を見やる……

周りはふすまと障子に囲まれ、床は畳……

その畳の上に一式の布団が敷かれてあり、その上に夕凪はいた……


趣のある日本家屋。

恐らく客間と思しきその部屋は障子越しの夕焼けで仄かに紅くそまっていた……


「ここ……どこ?」

夕凪は呆然と辺りを見回す……


なんで日本家屋?

えっと……


伊集院に襲われて……

伊浦円に助けられて……

安心して……


そこまでは覚えてる……

まだ後頭部が痛いから、多分現実だってのも解る……


でも……

なんで日本家屋?

ここはどこだろう?


夕凪はとりあえず状況を把握するため、立ち上がり回りを探索する事にする。


「………っ」

立ち上がる時に体がまだふらつく……

そして胸元が破られすこしはだけている……


やっぱり現実だ……

てことは……この家は……


夕凪は先程あったことの出来事を、再び思い出す……


すると段々とその頬が赤くなる……

それは大泣きした事を見られた恥ずかしさのためでもあるが……

勿論それだけではない……


違う……

違う!!

確かに……

カッコ良かったけど……

だって、楓の好きな人だし……

それに、私が恋なんて……

確かに凄く格好良くて……

奇麗で……

ゾクゾクして……


って!!

違う!!違う!!


違うよ……

そんなんじゃなくて……


夕凪はふらふらしながら障子をあけて縁側を歩き出す……

外には木々が生い茂り、どこからか小川のせせらぎも聞こえる……

ヒグラシの声が物悲しく心に響き、夕暮れの涼しい風が火照った頬を優しく撫ぜる……


夕焼けに染まった美しい風景の中を、同じ色をした頬の少女がゆっくりとあるきだす……

おぼつかない足取りは、果たして先の事件のせいか……はたまた熱に浮かされているせいなのか……


「違うよ……」


————


少しだけ広い日本家屋……

その縁側をゆっくり進む夕凪……


少し歩くとその先に一人の少年が見えた……


少年は縁側の柱に背を預け、夕日に照らされたまま気持ち良さそうに寝ている。


どうやら夕涼みをしている間に寝てしまったのだろう……


思いのほか似合っている甚平を身にまとい、右手に団扇を持ち、すやすやと寝ている……


「あ……」

その姿をみて、思わず声を出してしまう夕凪……


夕日に同化して解らないが……

彼女は円を見ながら確かに頬を紅くしていた……


「ん……」

その声に反応し目を開ける円……


夕日に染まる灰色の髪と銀色の瞳……

しかしそのオレンジ色の世界の中でも円の銀色の瞳だけは……

他の色に犯される事なく美しく輝いていた……


円と夕凪の目が合う……


「……っ!?」

その瞬間、夕凪は自身の体の異変を感じる。

息が詰まり、心臓が高鳴り、背骨から痺れる様に快感がはしる……

そんな異変を感じていた……


また……

自分の体の奥がゾクゾクする……

これ……なんなんだろう……

いや……わかってるけど……

でも……でも……

違くて……

でも……


何やらモジモジとする夕凪を見やり、円は声をかける。


「体はもういいのか?」

とてもとても自然な笑顔……

夕凪はその笑顔に思わず見とれてしまう……


「………うん、だ、大丈夫」

惚けながら答える夕凪。

「そっか、よかったな……」

先程とは全く違う、円の瞳をただ見つめる夕凪。


うう……

さっきまでのあの………

怖い瞳も……

凄く奇麗だったけど……

凄く優しい瞳も……

うぅ……


「ブレイカーなんでしょ……」

あまり目を見ない様に、視線をそらして問いかける夕凪……

「ああ、そうだよ……」

それに、穏やかに答える円……


その穏やかな声に少し安心した夕凪は、ゆっくりと円を見据えて小声で会話を始めた。


「あの……」

「なに……?」

「親御さんは……?」

「ああ……いないんだ……」

少し寂しそうな顔で笑う円……


「え……?」

その笑顔に胸が締め付けられる感覚を覚える夕凪……


「じゃあ……この家は?」

「ああ、ここは最近俺が買った……良いとこだろ?」

「え!?……う、うん」

円が購入したという事実に驚きを見せるも、円のブレイカーとしての技量を目にしていた夕凪はそれに妙に納得をする。


「だから……別に気兼ねしないでゆっくりしてっていいぞ?」

「え?……い、いいの!?」

戸惑いながらも嬉しそうに微笑む夕凪。


「ああ、別に構わないぞ……それよりあんたこそ親に連絡とかしなくて大丈夫か?」

「う、うん……私、今一人暮らしだから……」

「そっか……じゃあゆっくりしてけよ……まだ体ふらつくだろ?」

「う……うんっ!ありがとう!!」

円の優しさに安心し心の底からの笑顔をみせる夕凪……

しかし、その安心感が腹部までにおよんでしまったのか……


グウゥゥゥゥ………


夕凪の腹の虫が元気に音を立てたのだった……


「………」

「………ぅ」


見つめ合い、しばし沈黙するふたり。

夕凪は激しく赤面し、自らの腹部を押さえ、「やってしまった」と言う表情を浮かべる。


「く……っくく!」

「………うぅっ!」

「あはははっははは!!」

「うぅ……わ、笑うなぁ!!」

腹を抱えて笑う円、それを睨み赤面する夕凪。


「っく……くふ……悪い悪い……」

ようやく笑い声を落ち着ける円。

「………ぅぅ」

言葉を失い俯く夕凪。


「でも、そんだけ元気なら体も大丈夫だな……よし!飯喰ってけよ!」

円は楽しそうに立ち上がり台所へと向おうとする。

「えっ!?そ、そんな……わ、悪いよ!?」

それを、遠慮して引き止めようとする夕凪……


その時……

「きゃっ!?」


夕凪はいきなり動こうとしたため、まだ体がそれについていかず転びそうになるが……


ガッ!!

「………大丈夫か?」


それを……

素早い動きで受け止める円……


夕凪は円にもたれかかる形で、あわや転倒するのを回避する……


だが……


「う……うん……」


か……顔が近い……


前眼に迫った円の顔……

触れ合う体……

そして沈みかかった太陽の紫色の光と共に、なんとも美しく輝くその瞳……

最高潮以上に……

限界を突破して高鳴る、夕凪の鼓動、そして気持ち……


夕凪は目の前の……

円の銀色の瞳の前に……


何かが壊れ……何かが生まれるのを確かに感じた……


壊れた物は、夕凪のプライド、友達への遠慮……


そして生まれた物は…………


————


夕日が落ちようとする……

一日でもっとも美しい時間……


そこで……

同じ様に、一生で一番美しい……

きっと一生で一番の恋をしている少女が……


少年へともたれ掛かったままにそれを口にする……


「あ……あの!!」

「な……なに?」

「あ、あのぉっ!!」

「う……うん」


「私を……」

少女は一度息を飲み……

真っ赤な顔で少年に精一杯それを言葉にした……






「私を彼女にして下さいぃっ!!」


その声は大きく周りの大自然へとこだましたのだった……







次回 円の答えは………


17話 円は……

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