9話 誓え!!
夕凪は放課後・・・
円に一時間の待ちぼうけをくらった後、部活の練習へと参加をした。
その日の夕凪は酷く荒れており、険悪な雰囲気のまま・・・
まるで憂さ晴らしでもするかの様に練習へとうち込むのであった。
くそ、練習が終わっても全然気が晴れない!!
むかつく!むかつく!!むかつくっ!!!
あいつ!!楓を騙すどころか・・・私をコケにするなんて許せない!!
西條寺夕凪はプライドが高い。
美里の絵画、光秀の高速思考、楓の癒し・・・
彼らのリミットブレイクとは違い、夕凪のリミットブレイクが発揮されるのはあくまで勝負の世界。
サッカーという明確に勝負の明暗が分かれる世界で、敵を倒し、味方に頼られ、勝利へと導く。
そしてブレイカーである彼女がいるのといないのでは試合の運びが全く異なる。
それこそ、劇的な程に。
それほどまでに彼女の存在は重要であり、必要とされる。
そういった中で育まれ、築き上げられた彼女の実力と信頼と自信。
そしてそれがそのまま彼女のプライドなのである。
そのプライドを傷つけられた事に・・・彼女は何より怒りを感じていた。
彼女は気付いていないが・・・楓が騙されている・・・ということよりも・・・だ。
夕凪は練習後、汗を拭いたタオルを苛立たし気に地面へと叩き付ける。
そこに一人の男が歩みよる・・・
「どうしたんだい?夕凪君?随分とご機嫌斜めのようだね?」
軽薄な笑顔を浮かべたその男を一瞥した夕凪は露骨に嫌そうな顔をうかべる。
「伊集院・・・先輩・・・」
そんな嫌そうな夕凪の表情など気にしないとばかりに伊集院は彼女に語りかける・・・
「そんな日は僕と共に遊びに出かけようじゃないか!!きっと楽しいさ!!そうだな先ずはイタリアンに食事に・・・」
「うるさい!!」
彼女は怒鳴る様に伊集院に向って吠える。
何時もならぶ愛想ながらも一応形式的な受け答えはしていた夕凪。
しかし、平常時でもそれなのだ・・・
極めて気が立っているこの状況で短気な夕凪がまともに返せる筈がなかったのだ。
夕凪はこの男が嫌いだった・・・
親の金に飽かして、あちこちの女性に手を付ける軽薄で愚劣な男。
品性の欠片も無い、下半身に従って動いている様な男。
それが夕凪の彼に対する認識であり、それは概ねあっていた。
そして、夕凪はそう言った軟派な男が大嫌いであり嫌悪していた。
誰それかまわず手を付けようとするその姿勢・・・
いつ見ても虫酸がはしる!!
虫の居所が今極めて良く無い夕凪はそのまま伊集院を睨みつけ早足でその場を立ち去ったのだった。
そして、後に残され呆然と佇む伊集院。
その顔は次第に険悪な顔へと変わっていく。
「こ・・・この僕に向って・・・うるさい?」
あの女ぁ・・・
何様だっ!!
こ・・・この僕が・・・
ブレイカー何ぞより更に選ばれし物であるこの僕を・・・
こ・・・ここまでコケにするなんて!!
・・・ああいう勘違いした女には、一度しっかり教えてやらなくちゃ、ならないなぁ!!
自分がただの女だって事をなぁ!!
・・・それにはきついお仕置きが必要だなぁ
伊集院はおもむろに携帯を取り出し電話を掛ける。
「・・・ああ、僕だ、アレ・・・また用意をしておいてくれ」
そう言って伊集院は携帯を切る。
電話を切った彼は・・・
いやらしくそして酷く歪んだ笑顔を浮かべていた・・・
————
翌日、夕凪は学校へと着くと共に円の教室へと向う。
バァンッ!!
険しい顔を浮かべ、乱暴に円の教室の扉を開ける夕凪。
激しく開け放たれた教室の扉の音に驚き、その方向をクラスの全員が注視する。
夕凪は睨む様に教室全体を見回す。
伊浦円は・・・くそっ!!
やっぱりいないかっ!!
「おい!!そこのお前!!」
「は、はいぃ!!」
夕凪は先日声を掛けた男子生徒を再び呼ぶ。
それにその男子生徒は少し怯えた様子で応じる。
「伊浦円にこう伝えろ!!昼休みに中庭の噴水前に来いと!!」
「はいっ!!」
「他の奴らも聞いたな!!ちゃんと伊浦円に伝えろ!!」
夕凪は教室内で大声で用件を伝えると、そのまま荒々しい足取りで教室を後にした。
後に残された生徒達は呆然とその後ろ姿を見つめ、少しの間の沈黙のあと、囁き声が漏れ始める。
「・・・おい、伊浦の奴なにしたんだよ」
「・・・西條寺さんめちゃくちゃ怒ってたぞ!?」
「昨日も呼び出されたんだろ?」
「行かなかったのか!?」
「それとも・・・もっと怒らせる事でもしたのか!?」
生徒達は突然の状況に困惑するのであった。
そして・・・
この事態は噂となって全校内を駆け巡るのであった。
————
うおお・・・
またあの女、俺の教室にきてやがる・・・
しかも・・・
怒ってるっぽいな・・・
くそっ・・・
なんでだ?
楓さんがあの女に俺と友達になったって言ったと聞いてたから・・・
すっぽかせば楓さん経由で用件を伝える様になると思ったのに・・・
やっぱすっぽかしはダメだったか?
読みがはずれたな・・・
まあ、そんなに当たったこともないけどな・・・
・・・ふむ
とりあえずは立ち去ったみたいだな
教室に入るか・・・
・・・ん
案の定皆が俺の事を見つめてくる・・・
「お・・・おい伊浦くん」
昨日と同じ彼が・・・名前は・・・えーと、山・・・なんとか君だ。
「な・・・なに?」
「西條寺さんが・・・昼休みに・・・中庭の噴水前に来いって」
周り全員がその様子を伺っているのがわかる・・・
くそ・・・
今度は皆が行く先を知っているってことか・・・
今度は逃げられないかぁ・・・
くそう、面倒くさがらずに昨日の呼び出しに応じておけばよかった・・・
でも、楓さんと約束もあったしなぁ・・・
「そ・・・そうか・・・どうやら俺はもう・・・生きては帰れないようだ・・・」
とりあえず・・・
なるべく深刻そうな顔をして追求を避けよう・・・
「な・・・何をしたんだ・・・」
「それは・・・聞かないでくれ・・・言えないんだ」
「そ・・・そうか・・・」
はぁ・・・
面倒臭い事になったなぁ・・・
どうしたもんか・・・
————
昼休み、噴水の前で仁王立ちをする夕凪。
彼女は怒りの表情を浮かべて円が来るのをまつ。
今、噴水の広場の周りには、広場を囲む様に遠くから生徒達がその様子を伺っている。
しばらくして、広場を囲む生徒達の一部からどよめきが聞こえる。
来たか・・・
夕凪が睨みつける目線の先に、灰色の少年が遠くから歩いてくる。
少年は灰色の髪に黒い目、中肉中背の普通の少年である。
「ど、どうも」
円は夕凪に近づき声をかける。
「どうして昨日はこなかった!?」
それに夕凪は怒鳴る様にいきなり意見をのべる。
「い、いや昨日はその怖くなって、に・・・逃げたんです」
円は怯えたような表情を浮かべておどおどしながら答える。
「逃げた!?貴様!女に呼び出されて逃げるなんて恥ずかしく無いのか!?」
夕凪はこの様な臆病な男も嫌いである。
夕凪の円を見る目に、蔑みの色も混じる。
「はあ、すみません」
尚も情けなく謝罪する円。
そんな円の様子に夕凪は心底軽蔑し、同時に彼女のイライラは頂点に達する。
「くっ!!女に言われて、謝って!!情けないとは思わないのか!!」
夕凪はそのイライラをそのまま円にぶつける・・・
しかし・・・
「はぁ・・・」
円は怯えたようすのまま適当な相槌を返すだけだった。
「ぐ!!くそっ!!もういい!!こんな奴は相手にするだけ無駄だ!!それより・・・」
夕凪はここからが本番だと、円を睨みつけ話を始める。
「もう、今後一切楓に近づかないでもらおうか!!」
その、夕凪の命令とも言える発言に・・・
「・・・」
円はその日初めて違った反応をみせる。
しばし返答を待っても何も返答しない円に、夕凪はしびれをきらし再度問いかける。
「おい!!ちゃんと答えろ!!もう楓には二度と近づかないと誓え!!」
その問いに円は・・・
————
もう近づくな・・・か
楓さんがなんて説明したか知らないけど・・・
やっぱり、俺が体が目当てだって言ったのをまだ信じてるんだな・・・
まあ普通そうだろうな・・・
ここでどんな説明したって信じないだろうし、何より俺がブレイカーだって知られたくないしな・・・
はあ・・・情けない男演じて、幻滅してもらう作戦だったんだけどなぁ・・・
普通に考えたらここは適当に口約束でもしてやり過ごすのがいいんだろうけど・・・
それは嫌だな・・・たとえ口約束でも・・・
一度友達になったなら、たとえ口約束だとしても裏切りたくない・・・
戦場では仲間に甘すぎるって怒られてたけど・・・
だけどそんな仲間達は決して俺を裏切らなかった・・・
俺は仲間を信じることで生き残ってきたんだ・・・
だから俺は友達を、仲間を裏切らない
そこだけは曲げない
だから・・・
「いやです」
————
「いやです」
夕凪は目を耳を疑った。
目の前の灰色の男が・・・
自分をコケにし、楓を騙そうとする目の前の男が・・・
厚顔無恥に堂々と、拒否の意思を示して来たのだ。
夕凪は瞬間的に頭の奥がカッとなるのを感じる。
そして夕凪は衝動的に・・・
「ふざけるなぁ!!」
バシィ!!
円の頬を思い切り叩いたのだった。
————
凄まじい勢いで叩かれ、よろける円、その顔は痛みに歪んでいる。
それをみた夕凪は、しまったと思いながらもそのまま円を睨みつけ、怒りの余韻に呼吸を荒くさせている。
叩いたことで幾分か頭の冷えた夕凪は、そこで自分たちを囲む生徒達がどよめいているのを感じる。
始めはそのどよめきの原因は自分が円を叩いた事によるものだと思ったが、それは違った。
そして、その原因は丁度夕凪の正面から走って来ていた・・・
そう・・・
吉名楓が二人の元へと走って来ていたのだった。
次回 夕凪の身に・・・危険が?!
10話 ・・・行くか




