第6話 掌返転落
ここに来て気づいたことが三つある。
一つは、空の色が元いた世界・日本の空と同じ青い空だということ。
寝室のバルコニーからは、澄み切った空を楽しそうに鳥が高々と飛翔している姿は清々しい。
……清々しいはずなんだけど、俺の心境は晴天には程遠かった。
二つ目は、人の心情って結構天気に左右されるってこと。
仰向けになって空を眺めていると、少しばかりか気が楽になるのがわかる。
これが、もし曇り空で、しかも雨が降ってたらと考えるとゾッとする。
鳥が気持ちよさそうに、空中で旋回しているのをぼぉーっと見ていると、「ノブヒコ様、お食事をお持ちしました」とグレイスが部屋に入ってきた。
俺は、彼女の言葉が耳に届いていたが、答えることすら億劫になっていたので、聞こえていないふりをすることにした。
コツッコツッ……と彼女の足音近づいてくるが地面から伝わってくる。
正直、今はほっといて欲しい。
今、人と対面すると羞恥心で死にそうになる。
でも、そんな自分の感情は、親しい間柄ならともかく会って日も浅い関係の人には、言葉で伝えないとわかってもらえないのは当たり前。
当たり前なので、当然、グレイスは俺の側に近寄り、「温かいうちに召し上がってください」と太陽にも負けないまばゆい笑顔でそう告げるのだった。
「ん……あぁ、後で頂くよ」
そっけない言葉で答える俺。今はこれが精一杯……。
明るい笑顔は本来、人を元気づけたり、勇気づけたりするはずなのだが――この場合、自己嫌悪に溺れている俺にとってはナイフに等しい。
……あ、そうそう三つ目の気づいたことは――自分が英雄なんかじゃないってこと。
俺の意識が戻った時、身体全身に亀裂が走り、身体がガラス細工のように割れてしまったかのような痛みに襲われた。
あまりの激痛にも驚いたが、その痛みが素早く引いていったことにも驚いた。
ベッドからゆっくりと身体を起こしてみると、全身に包帯が巻かれ、包帯には所々に蛇のようにニョロニョロと見たことのない文字が青白く光っている。
俺は周囲を見渡すと、何やら作業中のメイドさんが一人いた。
メイドさんは俺のことに気づくと優しい笑顔で素早く駆け寄り、熱の有無や手首を掴んで何かを確認している。
……脈拍かな?
介護してくれたメイドさんの話によれば、この包帯には治癒力を高める魔法が付与されており、そのおかげでまだこの程度の痛みだけで済んでいるという。
――どんだけ重症なんだよ俺。
包帯ミイラ状態ではあるが、なんとか食事もできる。
そして、俺は看病してもらいながら、メイドさんに“あの後”の話を聞いた――。
試合開始早々、一撃で瀕死の重傷になった俺は、救護班の素早い応急処置のお陰で一命を取り留めることが出来た。
会場にいた観衆はあまりの呆気なさに声を失ったようだ。
それはこの国のお偉いさん方も同様であり、試合後、緊急会議が行われた。
――これでは話が違う! 彼は英雄ではなかったのか!?
――英雄どころか、あれはもう素人ではないか!
――この不始末、どうするおつもりですか? 女王陛下!
会議では、大臣たちの期待を裏切られたことに対する不満が飛び交った。
そんな愚痴の渦となってしまった会議に、さっそうと試合の勝者・リオスが扉から入ってきた。
彼はこの試合での証明されたことを告げ、早急に部隊強化を図ることを進言し、早々にその場を立ち去ったそうだ。
目が覚めてから一週間ぐらいたった頃、俺の身体はすっかり癒えていた。
癒えていたのは身体だけで、未だにもやもやしたものを引きずっている。
朝起きて、ご飯を食べて、バルコニーでゴロゴロして、またご飯を食べて、寝る。
そんな生活をして、部屋から一歩も出なかった。
でも、さらに数日たって、さすがに引きこもりじゃ何も進みそうにないことに嫌でも気付かされる。
俺はとりあえず、久しぶりに扉のドアへと手を伸ばし、廊下へと出た。
なんだか、いろいろと気が進まないことが多い気がするが、一番最初に行くべきところは……
「……女王の部屋だよな」
今、どういった状況になっているのか――れが知りたかった。
治療中も何も連絡がなく、メイドさんも治療に専念してくださいとしか言わなかったし……。
これは直接聞きに行くしかないと思うのだが……。
――あああああ、気が重い……重すぎる。なんて言ったらいいんだ? “ごめんなさい。やっぱり英雄じゃなかったでしょ? んじゃ、そういうことで元の世界に返してね。”でいいのか? でもなんかもやもやするぞ! くそ!勝手に連れて来られて、勝手に祭り上げられて、それで調子に乗って、このザマ――恥ずかしくて言えるか!
ただ素直に“元の世界に返して”と言えばいいのだが、アリのように小さなプライドみたいなものが妙に邪魔をしている。
そう、単純に負けて悔しいのだ。
負けるのは悔しいし、何より面白くない!
直接相手と対面し、勝負をすることがなくなった生活で、忘れていたことを思い出した。
――俺って負けず嫌いだったんだ。
このまま簡単に引き下がったのでは面白く無い。
何か他のことであのリオスってヤツに勝つことは出来ないだろうか?
リベンジのことに頭を回転させていると、ふとあることを思い出した。
「あれ? そういや女王の部屋ってどこだ?」
広い回廊を第三者から見れば怪しいと思われても仕方がない程、キョロキョロしながら歩いていると、メガネをかけたメイドさんを見つけた。
「あ、すいません」
俺は彼女に声をかけた。
「はい? なんでございましょうか?」
「すいませんが、女王様の部屋ってどこにあるかご存じないですか? ちょっと大事なお話があって、どうしてもお会いしたいのですが」
「女王様のお部屋ですか? あの~、失礼ですがどちらの所属の方でしょうか?」
「あ、失礼しました。私は…………あの……異世界からやってきた――」
「あぁ! あのリオス様と試合をされた方ですね?」
「あ、はい。そうなんです」
名前や顔を知らなくても、存在が有名になることってありますよね。
「かしこまりました。私から女王様に直接お尋ねすることはできませんが、お部屋のところまではご案内いたします」
「お願いします」
俺はメガネメイドさんの後をついていった。彼女は俺よりも身長が低くて、丁度妹ぐらいの感じがした。
――俺、一人っ子だけどね。
しばらくすると、通路の端に見張りの兵士が立っていた。
――なるほど、ここから先が女王の部屋ってことか。
メガネメイドさんはその兵士に事情を話してくれた。
しかし――、
「申し訳ありません。どうやら女王様は現在お部屋にはお戻りになっていないようです。公務でお城からお出になっているいたいです」
「そうですか……わかりました。わざわざありがとうございます」
俺はメガネメイドさんに御礼を言うと、とりあえず自室に戻ろうと足を向けた。
またしばらくして、一人で部屋に戻ろうと回廊をあるいていると、あることに気づいた。
「あれ? 俺の部屋ってどこだっけ?」
道に迷ってしまった。
このお城は広い。というより、自室と女王と謁見した広間以外ほとんど知らない。
「あのメイドさんに自室まで案内してもらえばよかった……」
と、後悔してもしかたがないので、再び案内してくれそうな人をキョロキョロと探すのであった。
……
………………
日がだいぶ傾き、空の色がオレンジ色になってきた。
「着いた……」
俺は長い時間をかけ、自室にたどり着くことができ、ちょっとした達成感を感じた。
あぁ、ベッドに横になりたいと考えながら扉を引こうとしたら、横から声をかけられた。
「ノブヒコ様」
さっき女王の部屋へ案内してくれたメガネメイドさんだった。
メガネメイドさんは軽くお辞儀をすると「急なことで大変失礼なのですが、ノブヒコ様の部屋が変更となりましたので、私がご案内いたします」と言って俺を先導するように前を向いて歩き出した。
俺は「ああ、お偉いお客さんでも来たのかな」と思い、素直にメガネ侍女の後をついていった。
しかし……。
メガネ侍女の後を付いて行くこと数分――まだ着かない……。
あれ? そんなに距離あるの?
そして、さらにしばらくすると「こちらの部屋になります」とメガネ侍女はドアノブを握り扉を開けた。
俺はただ言われるがまま、部屋へと入った。
「…………」
しばしの沈黙が流れる。
俺は言葉が何も思い浮かばなかった。
そんな俺の心境など関係なく、目的を果たしたメガネメイドさんは「何かありましたらこちらのベルを鳴らし、お呼びください。それでは失礼します」とあっさりと部屋を後にした。
そして、また部屋が静になる。
「…………な」
やっと言葉が思いつきそうだった。
「な……ななななな……なんなんだよこれ!」
俺は素直に感想を述べた。
「この部屋…………絶対来客用じゃないだろ! え? なにこれ? 俺が英雄じゃないとわかった途端にこれですか!? 扱いが極端すぎやしませんか?? それにしても酷い! 部屋の変わり具合もだけど、その対応の速さが酷すぎる!」
せきを切ったような独り言が部屋に響く。
壁にかかっている2つのランプだけが、薄暗く部屋を照らしている。
そこは6畳ぐらいの広さに小さな木造のテーブルと椅子。そしてちょっとほこりっぽそうなシングルベッドがあった。
部屋の周りはレンガで固められており、若干湿っぽい。
小さな窓を見つけるが、3本の鉄格子がついていた。
以前の部屋のきらびやかさは微塵もなく、ただただ暗かった。
そんな露骨さに、なんだか気力を根こそぎ取られ、立ってるのが辛かったので、俺はベットに腰を下ろした。
後ろに倒れ、薄暗い天井が目に映るが、若干視界がぼやけている。
――もう…………泣いていいかな……。
腕で視界を遮ると、さっきまで小さかった感情が大きくなっていく。
べつにあからさまにココの態度が変わったことが悲しいわけじゃない。
なにもわかっていないのに有頂天になり、挙句の果てに醜態を晒したことが悔しかった……悔しくてたまらなくなった。
コンコン……。
扉をノックする音にとっさに身体が反応した。
どうやら少し寝ていたらしい。少し寝ぼけた感覚がある。
さっきの音が寝ぼけて聞き間違いかと思ったが、コンコン……と再びノックする音が聞こえたため、ベットから身体を起こし、ゆっくりと扉へ歩み寄った。
「ど、どちらさまですか?」
「ノブヒコ様……私です。エルガルトです」
俺はベットから飛び起きると、ドアへかけより、開けた。
するとフードを深くかぶった小柄な人が、エルガルトの後から部屋に入ってきた。
――ん? 誰だ?
俺の視線がその怪しげな人に向けられると、その者はフードを取り払った。
「じょ……女王陛下?」
言い慣れない言葉と予想外の来訪者に発音がぎこちなくなる。
彼女と目が合うと「こんばんは……ノブヒコ様。夜遅くに失礼します」とペコロリと頭を下げた。
「どうぞ、こちらにお掛けください」
俺は女王をベットに座らせるわけにもいかないと思い、この部屋にある唯一のくたびれた椅子を勧めるしかなかった。
「……ありがとうございます」
彼女は申し訳なさそうに、その椅子にゆっくりと腰掛けた。
そして、俺も彼女と対面するようにベットに腰を落とした。
「あの……」
「ノブヒコ様……」
「はい!」
「この度は、私の力が及ばず、このような場所に移させてしまい、本当にごめんなさい」
「……」
俺は驚いた。
一国の女王が目の前で頭を下げている姿に驚いた。
驚いたことで声が出なかったと思ったが、腹の中で沸々と湧いてくる感情のおかげで声を出すことを忘れた。
「あの試合以降、緊急会議が行なわれました。その結果、英雄召喚計画の凍結。並びに、軍備増強への予算編成が決定され、私も先ほどまで、視察に行って参りました。それから、大臣たちとの――」
女王は悲しそうな顔をして淡々と事情を俺に説明するが、正直頭に入ってこないし、どうでもよかった。
俺が確認したいことは1つだけ。
俺は片手を上げ「あの……ひとつ確認したいんですが?」と女王の話を遮った。
「はい……なんでしょうか?」
「俺は、元の世界に帰れるんですよね?」
――そう、元の世界に帰れること。それが一番知りたいと。
もう、自分が英雄ではないことが証明されたのだから、用済みなのはこの部屋が証明してるし、何よりさっき女王も計画は凍結されたって言ってたしね。
しかし、俺の期待はどうやらハズレのようだ。
「……そ、それは……」
「……え?」
「現段階の研究によると、こちら側の召喚は可能なのですが、帰還の方法はまだはっきりと分かってはいないんです」
「な、な……」
「私の計画だと、戦争終了後までには帰還方法も見つかり、無事にお返しできる予定でした」
「そ、それじゃあ、俺は……帰れないのか?」
こくん、と女王は頷いた。
「そ、そんな!」
とっさにベットから立ち上がり、女王を見下ろす。
「で、でも、今は帰れる方法が確立できていないだけで、可能性はあります! 必ずノブヒコ様を元の世界にお返しいたします! 必ずです!」
「……」
彼女は決意がある眼差しで俺を見つめ返すが、俺はその言葉に対する答えがなく、無言で返すしかなかった。
そして、すこしばかり部屋に静寂が訪れると、コンコン――、と無言を嫌うかのようにドアがノックされ、ドアの隙間から「女王様、そろそろお時間です」と、この時間の終了をつげるメイドの声がかかった。
女王は退室し、再び俺はベットに腰を下ろし、そのまま大の字に倒れこんだ。
なんだか、頭のなかがぐるぐるしてきた。
とりあえず、もうまぶたを閉じて眠りにつこうと思った。
すると、女王の会話で視界から外れていた人の気配に気づき、半身を起こす。
「ノブヒコ様……本当に申し訳ありませんでした……」
いままで無言で佇んでいたエルガルトが絞りだすように声を出した。
エルガルトは俺に謝罪した。
「私が勝手に押し付けたせいで……ノブヒコ様に酷いことをしてしまいました……」
彼女はその場で膝を降り床に手を付け、地面にぽたぽたと水滴落ちた。
「私は……私は…………うぅ……」
エルガルトは肩を震わせながら、嗚咽をこらえ、流れる涙は床を濡らしていく。
俺はそんな彼女が健気で、ほんとに優しい人なんだと心から思い、不謹慎だけど、泣いてる彼女が可愛いと思えた。
「いいよ。エルガルト……。気にしなくていいよ。僕は大丈夫だから……ね。もう泣かないで」
俺は彼女の肩に手を置き、エルガルトを許した。
というか……俺は彼女に対して元々怒ってなどいない。
確かに、こんな状況になったのは理不尽すぎて泣けてくるが、彼女が原因であるとは思っていないからだ。
「ゆ……許して頂けるんですか…………? あんなにひどい思いをしたのに? ……許してもらえるんですか?」
そう言って、エルガルトは顔を上げた。彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃで、眼は赤くなっている。
俺は彼女の頭に手を置き、「別に最初から怒ってなんて居ないよ? 大丈夫だよ」と撫でながら言うと
、安心したの嬉しそうな顔をして――。
「あ……ありがとうございます……うぅぅ……」
と、また泣かせてしまった。
――あ~! もう! ちきしょう。可愛いなぁ!
「大丈夫、大丈夫」
優しく諭すように頭を撫で続けると、彼女は次第に泣き止み、「もう、大丈夫です」と涙をふき、ゆっくりと立ち上がった。
「気にするなっていっても難しかもしれないけど…………まあ、僕は大丈夫だから……ね。そもそも、エルガルトが悪いわけじゃないんだし、俺にに謝る必要なんて無いんだよ? だから、エルガルトはいつも通りでいいんです」
そう微笑んで言うと、「はい」と彼女も笑顔で返してくれた。
少し元気が出たみたいで、俺は少しホッとした。
それから、エルガルトは「恥ずかしいところをお見せしました。今日は失礼します」と部屋から静かに出ていった。
彼女が出ていって、部屋に一人になると、ちょっと空気が冷たくなった気がしたのは気のせいだろうか?
俺は小さくなったベッドに腰を下ろすと、そのまま後ろに倒れ、寝っ転がった。
「はぁ…………これからどうしよ……」
そう――今後のことが全くわからないのが一番の問題だった。
よろしくお願いします。