第5話 周囲染色
「うわ……でかっ……」
広い回廊をエルガルトの後に付いて行くと、目の前に大きな扉が現れた。
「ノブヒコ様、こちらが女王陛下の謁見の間です。あまり緊張なさらなくてもノブヒコ様なら大丈夫ですよ」
と、こちらの心情を察してか、やさしく微笑む彼女。
――どんな確信ですかそれ!
彼女の希望みなぎる眼差しが眩しくて直視できません。溶けてなくなりそうです。
俺は内心大きく動揺していた。せっかく風呂に入ったのに、額に変な汗が流れる。
そんな俺の状況なんてお構いなし。大きい扉は重い音をたてながら開かれた。
堂々と前に進むエルガルトとは反対に俺は恐る恐る中に入ると、そこには映画でも見ているかのような景色が広がっていた。
部屋のあちこちに巨大な石の柱が何本もそびえ立ち、煌びやかな装飾品が部屋の端に陳列されている。
エルガルトの後に続いて足を進めると、目の前に玉座らしきものが見えた。
――何だあれは!? …………って、玉座ってやつですね。わかります。………………帰りたい! すごく帰りたいです!
女王に会うということに了承はしていたけど、さっきまで現実味がなかったが、ここに来て自覚することになった。
俺は初めて上京した人のようにキョロキョロと周囲に目がいった。
玉座の前には、俺と彼女以外の人たちがいる。結構いる。数十名ぐらいいる。これも予想外。
俺達の入室に気づくと物珍しそうな視線が一気に俺に集まった。
何やらひそひそと談笑しているようだ。
「…………」
俺は見世物じゃない!と叫んでやろうかと思ったが、今は見世物なんだとこの状況に甘んじることにした。――ああ、足が震えてくるぜ……!
玉座を目前にエルガルトが歩みを止めると、俺の方を振り向いた。
「ノブヒコ様……女王陛下が色々ご質問されると思いますが、出来る範囲でかまいませんのでお答えしていただけないでしょうか?」
「え? あ、はい……。大丈夫だけど……」
「他に何かございますか?」
「いや……、俺がここにいるのが場違いな気がしてならないんだよね……」
「そんなことはありません! ノブヒコ様なら大丈夫です。ここはノブヒコ様の世界と違い、戸惑うかもしれませんが、女王陛下はとてもお優しい方なので、色々と便宜を図って頂けると思います」
「そ、そうかな? まあ、俺もわからない事だらけだから、俺からも女王陛下に質問してもいいの?」
「はい。大丈夫ですよ」
「わかった。それじゃあ――」
と、少し安堵しようと思えば、間髪を入れず――。
「レリア女王陛下が御入場されます!」
臣下らしき人が女王陛下の来場を知らせた。
俺の視線は反射的に玉座に向かい、一気に身体が緊張し、硬くなる。
――コツッコツッコツッ…………。
静まり返った部屋に、ヒールが床を叩く音が響きわたり、目の前に銀色で細やかな模様が印象的なドレスを身にまとった、一人の美少女が現れた。
俺は一瞬にしてその少女に釘付けになる。
女王としての威厳。……なるほど威厳とは、これを言うのだろうと、見た目年下の女の子によって俺は初めて知ることになった。
女王は玉座に腰を下ろすと、不意に俺と目が合い、ニッコリと微笑んだ。
俺はハッとした!
周りは皆女王を前に跪いていているではないか!?
俺は慌ててその場に跪いた。
――しまった! いきなりドジ踏んだ! って女王の謁見なんてしたことないから、作法とか知らねぇよ! 事前にやること教えてくれたって良かったじゃないか!
はじめから躓いた感が否めない俺だったが、そんなことは些細な事だったのか、誰も気にしてなかった。
「皆さん、顔を上げてください」
女王の言葉に皆が顔を上げ、皆の視線が一人の若い女王に注がれる。
「日々、我が国のために従事して頂き、皆さんには本当に感謝しております。この度、皆さんに集まっていて頂いたのは他でもありません。今日は我が国にとって重大な発表があるからです」
女王の口調は優しかったが、言葉には決意のようなものが含まれていた。
「現在、我がフェルミエ王国はカパタース帝国と戦争状態にあります。現状はなんとか持ちこたえていますが、国の規模から、長期戦は我が国にとって大変不利な状況にあります。この状況を打開し、戦争を早期終結させるためにはどうしても決定的なものが、私達には必要とされました。それを可能にするため私は極秘裏に“英雄召喚計画”を実行いたしました」
――ん? 戦争? 英雄召喚計画? なにそれ? 美味しいの??
話の内容からすると…………どうやらすでに置いてけぼりを食らいそうだ。
「我が国の歴史を紐解くと、過去数千年前にも大規模な戦争があり、その戦争に終止符を打った背景には英雄の存在がありました。しかし、今まで私達には英雄の存在以上のことを知るすべはありませんでした。ですが、長年の研究の末、このたび英雄を召喚する方法を発見し――そして実現させることに成功いたしました!」
おお!――と、周りの人達が一同に感嘆の声をあげる。
「この英雄召喚計画により、この度、我々の危機を救ってくださる方を本日お招きしております」
女王は両手を前に突き出し、俺を指し示した。
「お立ちください。ノブヒコ様」
いきなり指名された俺はこわばった脚になんとか力を入れ、立ち上がった。
「この方こそ、ナツキ・ノブヒコ様です。皆さん、ノブヒコ様に盛大な拍手を持って歓迎してください」
女王の言葉により、周囲の人達から拍手喝采が巻き起こった。
何だかよくわからないけど、大勢からの拍手は褒められているみたいで悪い気はしないし、ちょっと照れる。
「研究の報告によりますと、古代に活躍した英雄は、凄まじい力を持っていたことがわかりました。ノブヒコ様……是非とも我がフェルミエ王国、強いてはこの国の民のため、立ち上がってはいただけないでしょうか? 本来なら、国の民でもない、またこの世界にすら関係もない貴方様にこのような重大なことをお頼みするのは大変迷惑な話でしょうが、私達にはもうこれしか方法がありませんでした。本当に申し訳ありません」
女王は俺に向かって深々とお辞儀をした。
「私は、女王である身にもかかわらず、この事態を早急に収める力がありませんでした。ですから、ノブヒコ様。私に出来ることがあるならなんでも致します。どうか、私達の願いを聞き届けてくれませんでしょうか?」
「お待ちください!」
突然、俺の返答を待たずして、一人の青年が前へ躍り出てきた。
金色の短髪にキリッとした目付き。重そうな鎧を凛々しく着こなす姿が堂々としていて、明らかに好青年だとわかる風貌。そんな青年が女王に近づき、跪いた。
「リオス殿! 女王陛下のお話の最中に無礼であるぞ!」
女王の側にいた大臣らしき白髪の壮年がリオスと呼ばれる青年を叱責した。
しかし、彼はそんな言葉を軽く無視し、視線を地面に向けたまま女王へ発言した。
「女王陛下、突然の発言をお許し下さい。このリオス、一言どうしても言わずにはいられないことがございます!」
「リオス殿!」
無視されたことに腹が立ったのか、白髪の大臣は怒気を強めて、青年の行動を止めようとしたが、――スッと女王が大臣の前に手を伸ばし、リオスの発言を許した。
「……わかりました。何でしょうか? リオスさん。どうぞ、何でもおっしゃってください」
リオスは女王の許しが得られると、その場で立ち上がり、女王を真っ直ぐ見つめた。
「無礼を承知で言わせて頂きます。私は、どうしてものこの方が我が国の英雄であるのか疑わしいのであります!」
この発言に、一気に周りが騒ぎ始めた。
「先程の陛下が仰っていた英雄召喚計画……我々ペイシェント騎士団の精鋭においても今の戦況を打開するまでには至らず、未だ女王陛下の御心を煩わせてしまっていること、大変に申し訳ありません……ですが、この方が我々よりも遥かに優れているとは思えないのです!」
このリオスの突然の批判に、エルガルトが黙っていなかった。
「リオス殿! それはノブヒコ様に対して無礼過ぎます! 発言を撤回してください!」
「いいえ! エルガルト殿。私はここで正直に申さなければならないと思っています。おそらくこの事を私以外にもお思いの方がおられると思いますが……」
リオスは、これは自分だけが持っている疑問ではないことを確認するように周囲を一瞥した。
彼の言葉に少なからず同意の気持ちがあるのか、数名ほど彼の視線を避けるように下を向く者もいた。
「リオスさんの言いたいことはわかりました。要するにノブヒコ様が英雄かどうか疑わしいので、それを証明するものを示して欲しい――ということでよろしいのでしょうか?」
「はい。女王陛下。そのとおりでございます。一家臣がこのような場で不躾なことを申し上げましたが、今は国の一大事でございます。どうかお許し下さい」
リオスは誠意を示すように、女王に向かって深々とお辞儀をした。
「顔をお上げください。リオスさん。臣下の者を不安にさせる私にも非があります。ごめんなさい……では、リオスさんはどのようなことなら納得して頂けるのか教えて下さい」
「はい。是非とも私と手合わせをお願いしたいのです」
――この男、俺と勝負をしろといってきやがった! マジか!
「なんと無礼な! リオス殿、陛下の英雄召喚計画を疑っておられるのか!」
「いえ、私は陛下のことを少しも疑ったことなどございません。ただ……どう見てもあの身体つき……戦闘訓練を受けたことがある者とはとても思えないのです」
――確かに! そりゃそうだ!
リオスの言ってることに間違いはなかった。俺はそんな訓練受けたことねーよ! あっても高校の時の体育の柔道ぐらいだよ!
「しかし、過去の英雄が屈強な身体つきだったということは限らない。見た目だけで判断されるのは如何なものか?」
「ですが、それではいったい何をもって英雄だと証明されるおつもりですか?」
白髪大臣とリオス青年がぶつかり合ってる中、一人、長身の男性が割って入ってきた。
「まあまあ、二人共。ここは女王陛下の前ですよ。少し落ち着きましょうよ……ね」
「シーグニス殿……」
「む……シーグニス殿もリオス殿と一緒の疑いを持たれるか?」
二人の男を一旦落ち着かせることに成功したこの男、シーグニス。
長髪の青い髪と眉目秀麗さを兼ね備えた、そう――イケメンがそこにはいた。
「いや、私も女王陛下を疑ってるわけではないんですよ。ただ、リオスの言っていることも気になるのは確かなので……ここはどうでしょう? 女王陛下にもご意見を伺ってみてはどうですか?」
「むむ……」
大臣はシーグニスに頭が上がらないのか、渋々女王に尋ねる。
「陛下……このようなことでございますが……如何いたしましょうか?」
女王は少し困った顔をしたが、直ぐに笑顔に戻ってリオス声をかける。
「それなら、リオスさんが納得するのですね?」
「はい。そのとおりでございます」
リオスの強い要望を受け、女王は少し間を開けると、俺に視線を向けた。
「……わかりました。ノブヒコ様、大変急なことで失礼なのですが、どうか私の臣下のこの願い……聞き届けてくださらないでしょうか?」
「え?! ですが……」
ん? それって手合わせしろってこと? あのリオスって人、剣携えてるし……絶対そうだよね?
いやいやいやいや! 無理でしょ! どう考えても向こうのほうが絶対強いって! 何を考えてるんだよここの人たちは!
理不尽さを前にして同様を隠し切れない俺を察してか、エルガルトが俺の手を取り、強く握りしめた。
「大丈夫です! ノブヒコ様ならリオス殿と手合わせしても大丈夫です! 何と言っても、我が国の英雄として選ばれた御方なのですから!」
「でも、俺……剣で戦ったことなんて無いんだけど……」
「そんなの問題じゃありません! 英雄としての血脈がノブヒコ様にも流れています! 剣なんてただの飾りですよ!」
――くっ! ……なんというポジティブシンキング……俺のネガティブを尽く粉砕しにかかってきやがる。
彼女の力強い激励は、不思議な事に俺の低空飛行を続けていた心を、上向きへと上昇させていく力があった。
そして、俺はとうとうこの言葉を口にした。
「そ……そうかな? やっぱりそうかな??」
「そうですよ! 英雄ですよ! 間違いありません!」
嬉しそうな笑顔のエルガルトを見ていると、なんだか何でも出来る気になって来るから不思議だ。
よくあるファンタジー世界の主人公なんかで、絶対的強力な力とか手に入れてることだってあるし……俺の今の状況なんかまさにそうだし…………もしかしたら、イケるんじゃね?
「わかったよ! わかりました! …………女王陛下、そのお願いお引き受けします!」
――おぉ!!
周囲が一気に驚きの声を上げた。
《さすが英雄殿だ!》《我々はこの後奇跡を目にするのか……。なんという幸運だ!》《これは名勝負が見られるぞ! ……では、私は英雄殿に!》《それでは私はリオス殿に賭けるぞ!》《なに!……それではわしも!》《あ、私もお願いします!》
外野は各々、この勝負を楽しみにし始めている。……大丈夫なのだろうかこの国は…………。
「ありがとうございます。ノブヒコ様。私からも感謝申し上げます。では、この試合は名目上は親善試合ということしたいと思いますが、リオスさん――よろしいですね?」
「はい。私めの願いを聞き届けて頂き、感謝いたします。女王陛下」
「引き受けて下さったのはノブヒコ様ですので、御礼の言葉は私にではなく、ノブヒコ様に差し上げてください」
リオスは女王からそう告げられると、クルリと俺の方へ身体を向けた。
「試合を引き受けて頂き感謝します。ノブヒコ殿。英雄とうたわれる力、どうか私に知らしめてください」
丁寧な言葉で俺に向けておじぎをするリオス――そんな彼は無表情。
無愛想な顔して感謝されても全然嬉しかねぇよ!
女王陛下! 回りこんで見てくださいよこの表情! こいつ絶対心に微塵も思ってたりなんかしないですよ!
「お……お手柔らかにお願いします」
俺はイライラした気持ちを抑え、なんとか引きつった笑顔で答えることに成功です。ええ、サラリーマンですから!
「では、試合の時間なのですが、今直ぐというのもなんですから……午後のはじめあたりで如何でしょうか? ノブヒコ様?」
「その時間で大丈夫です」
俺は自信をもって堂々と答えた。根拠? そんなのありません! あるなら売ってください――――全力で購入します!
「リオスさんもそれでいいですか?」
「はい。問題御座いません」
俺の時とは打って変わって、微笑みながら女王に答えるリオス。
…………ああ、こいつ人見て態度変えるタイプか…………。
「それでは、午後にノブヒコ様とリオスさんの親善試合を執り行います。シーグニスさんには審判の方をお願いしますね」
「畏まりました。女王陛下」
THE イケメン・シーグニスはその場で、女王に跪いた。
こうして、俺とリオスとの親善?試合が行われることとなった。
こうなってしまってはホント仕方がないし、やるしかない…………
ま!……な、なんとかなるっしょ!
英雄様の力! 見せてやんよ!!
…………
……………………
………………………………
――あっという間に午後が来た。
昼飯を部屋で取ると、そこにいたグレイスが午前中の話に眼を輝かせていた。
――頑張ってください! ノブヒコ様。私も応援します!
両手で小さくガッツポーズを取る姿がなんとも可愛らしい!
ああ……なんか癒される……グレイスの仕草は俺のイチオシだわ……。
などと、のんきにかまえていたら……。
――俺は模擬刀を持ってリオスの前に対峙していた……。
「それでは、両者、構えて――――始めっ!」
審判の掛け声とともに俺は模擬刀を強く握り、地面を強く蹴った!
――――それから、覚えていることが2つだけある。
――1つは、いきなり目の前に現れたリオスの鬼の形相。
――2つ目は、視界に写った青色。ああ……あれは空か……。
この2つだけしか覚えていない。
厳密には、それしか覚えることが出来ないぐらい一瞬だったってこと。
そう――。
一瞬で決着が付いたのだ。
清々しいほどの無力っぷり……。
呆れるほどの戦力差……。
あまりの刹那の出来事に、“試合前の熱気なんてはじめから無かったんだ!”と言わんばかりに凍りつき、場の空気を止めたそうだ……。
主人公補正の効いた不思議で絶対的で強力な力なんて一切出やしなかった……。
俺は無様に負けてしまったのだ…………。
――そして、俺はこの事実は試合から一週間後に知ることになったのだった。
お気づきな点があればお知らせください。
よろしくお願いします。