第1話 問答無用
プロローグ
人には必ず何かしらの使命がある。
けれど、それが何であるかはわからない。
“今は”わからないだけ。
わかる時がかならず来る。
それはきっと自らが自覚するときだ。
「鳴月、お前が作ったこの企画、会議で通ったから来週プレゼンな。よろしく!」
「ほ、本当ですか!? わかりました! 頑張ります!」
嬉しい表情を少し抑えながら、俺は部長にそう答えた。
俺、鳴月信彦は、どこにでもいる普通のサラリーマンである。
大学卒業と同時に今の会社に就職して早3年。
先輩社員の下でコツコツ自分の企画を考え、失敗を繰り返すも、ついに自分の企画が陽の目を見る機会に恵まれた!
部長からの通達があってから、頑張ること1週間。
本日行われるプレゼンに、俺の緊張はピークを迎えていた。
――うぁああああああああ。ききき来ちゃったよ!!プレゼン来ちゃったよ!!チクショォオオ!
テンションはいつもの3割増し。
朝はそれほどでもなかったのだが、会議は午後一。
現在、お昼の休憩中。場所は自社ビルの屋上。
今日はここ一人で昼食をとっているが、別に友達がいないわけじゃない。
今日のプレゼンのため、“一人になって心の準備をしたい”と自分から言い出したからだ。
しかし…………それは失敗だった。
自前で用意した弁当は、いっこうに減らない。
――だ、だめだ…………メシが喉を通らない……腹は少し空いてるけど、食欲がまったくわかん……。
弁当を凝視しながら、何か方法はないかと考える。
……そういえば、こういう時は意識をずらすと緊張がほぐれるって友人Aが言ってたっけ?
俺はそのことを思い出し、視線を上へと移した。
――空は快晴。雲ひとつ無い青空。
「う〜〜〜ん。 いい天気だ。 こんないい天気の日はどっか行きてぇなぁ〜〜。遊びてぇ〜〜」
腕を空に伸ばし、深呼吸すると心地よい感覚を覚える。
そして、しばらく何も考えずに眺めていると、不思議と気持ちも落ち着いてきた。
「プレゼンの準備は出来るだけの事はしたし……あとは――やるしかないな!」
俺は止まっていた箸を動かし、勢い良く弁当を食らった。うまかった。
弁当を片付け、屋上から自分のデスクに戻ると、俺は椅子に腰掛けた。
デスクの上にはプレゼンに使う資料が積んである。
最終確認のために、再度資料に目を通す。
「……これ、これ、これ。………………よし」
作成された文章や資料に誤字脱字がないかチェックを終えると後ろから声がかかった。
「おぅ鳴月。どうだ今日のプレゼン? 大丈夫そうか?」
「あ、部長。……はい。なんとかわかりやすいよう、まとめたつもりなんですけど……後はやってみないとわかんないですね」
「そうか。まあ、会議には俺も参加するし、…………準備もしてるみたいだし、お前ならなんとかなるだろ! 頑張れ。」
「はい。ありがとうございます」
俺が元気良くそう答えると、部長は満足そうに自分のデスクに戻っていった。
視線を再びデスクに戻す。デジタルで表示されている置き時計が不意に目に入る。
「あと15分か……」
――このぐらいの時間なら先に行って待機してもいいかもしれない。
俺はそう思うと、椅子から立ち上がり、資料に手をかけた。
「あ、先にトイレ済ませとくか……」
やはり緊張するとどうしてもトイレには行きたくなる。それがいざ発表直前では大変だ。
掴んだ資料から手を放し、俺は気持ち早めに男子トイレへと向かった。
男子トイレには誰も居なかった。
俺は無事に用を済ませ、洗面台で手を洗い、ポケットに入っていたハンカチで手を拭く。
そして、鏡に映る自分を見つめた。
「よし、信彦。いいかお前は出来るやつだ。これからやるプレゼンは絶対成功する。必ず成功する。自信を持て!勇気を出せ!出来る!出来る!出来る!」
俺は自分の顔に向かって呪文のように自分を激励した。
これは誰もいないトイレだから出来る芸当である。……でも、誰もいなくてもちょっとは恥ずかしかったりする。
……まあ、それはいいとして、俺は鏡の前から離れ、決意を新たにし男子トイレの扉を開けた。
「うわ! 眩しい!?」
いきなり強烈な光が視界を覆った。
一瞬にして目の前が白くなり、俺は光を遮るように腕で顔を隠した。
な、何何!? 無茶苦茶眩しい!!?? え!!??
俺は急なことに焦りながらも光の方向に背を向ける。
……すると、足元の感触、周囲の音、肌に触れる温度――。
自分がさっきまでいた空間とは全く異なる――強い違和感を感じた。
――地面が柔らかいし、何だか無性に……………………熱い! なんだこれ!?
俺の眼は次第に光に順応していき、自然と視界が戻っていく。そして目の前に広がる景色に驚愕した。
…………。
人間、本当に驚いたときは声が出ないと聞いていたが、本当だったようだ。
仕方がない。本当に仕方がない。だって理解ができないし、したくない……。
自分の脳味噌が目の前に映る景色を認識するのを拒むのだから、しょうがない。
俺はゆっくりと左右を確認するように振り向くが、まったく同じ景色が広がっている。
「す……砂???」
――砂だ。砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂――――。
周り一面、みんな砂! 砂しか無い!
――そう、俺の目の前には尋常ないほど広大な《砂漠》が広がっていた。
「へ!? え!? お……えぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!???」
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