序章 ~相手は大嫌いな~
ようこそ。ごゆっくりとどうぞ。
歴史を思い描けるほど、古びた大きな城の一角で。大きく開け放たれた窓から、一人の女性が澄み切った春先の空を見上げている。
見上げる先には一面の青空。
そんな良い空色とは反対に、錆色の長い髪を揺らして彼女は溜め息を零している。立派に成人した彼女が少女のような溜め息を零しているのには、しっかりとした理由がある。
窓から空を見上げる彼女の名前は、ミシェル・ケアード。大国、グアリン国の姫君である。成人をとうに超えた彼女は、いわゆる嫁ぎ遅れというやつだ。
しかし、彼女にとってそんな事はどうでも良い。城の中は非常に快適だし、毎日読書に耽ったり、散歩や絵を描いて日々を過ごしているから。
そんな幸せな日常が突然、父、国王の一言で終わりを告げた。
「嫁いではくれんか?」
すっかり老いた彼の顔を見れば、嫌だとは言えなかった。しばらく見ない内に頬はすっかり痩け、目下にはくっきりと隈が。自らとは似ても似つかない銀色の髪は少なくなり、額が非常に広くなってこちらを向いていたのだから。
「わかりました。私のような年増の女でよろしいのでしたら、頭が寂しい殿方でも、余生の短い方でも喜んでお受け致します。」
年も年だし、仕方がない。
王家に生まれた定めだろうから。
そんなふうに盛大に溜め息をついて答えた言葉は、隣に座っていた義母、現王妃に眉をひそめられただけで済んだ。
「そりゃあ、良かった。」
あからさまにほっと肩を落とした国王は、淡い橙色の目を細め微笑んだ。
「で、お相手の殿方は、どんなお仕事をされているのですか?」
彼女が尋ねた何気ない一言。
その一言が、和やかな空気を一瞬にして凍らせた。
「いやぁ、実はその……だな。」
「は?聞こえませんわ、お父様。はっきり仰って下さい。」
もごもごと口ごもる国王に、眉間に皺を寄せて促した。
「魔法使いさんなんだよ―!」
そんな国王の代わりに答えてくれたのは、脇から飛び出して来たまだ幼く金髪に青い瞳を持つ、義母によく似た弟。次代を担う小さな王子を腰に受け止めて、頬を引きつらせる国王を見やった。
「…なんですって?」
「職業は、魔法使い。なんだな…。」
国王夫妻、青白い顔で静かに佇む宰相、数人の騎士という少数人だけが佇む謁見の間に、国王の乾いた笑いがやけに響いて聞こえた。