天使の歌
歌が聞こえた。
綺麗な声だった。透き通った声が風に流れて聞こえてきた。
立ち止まって聞いてみる。歌詞は英語で自分には何を歌っているのかわからない。それでもどこか楽しげに聞こえるその旋律は心地のよいものだった。
(誰が歌ってるんだろう?)
僕はその歌が気になり、声のするほうに向かう。特に理由があって出歩いていたわけでわないし、暇つぶしになるだろうと思った。
声に向かって歩いているうちに自分の知っている町並みは消えていった。黙々と歩いてただその声を探した。自分の知らない場所に着たら普通は焦るものだけど、声のおかげか不安なるようなことはなかった。
そして声の主を見つけた。
金色の髪に白い肌、顔は驚くくらい整っており、人形のようにさえ見えた。体つきは小柄で小学生くらいに見える。
歌が終わり、静寂が訪れる。
少し間をおいて僕は拍手をする。
「いやぁ、とても綺麗な声だね。すごくよかったよ」
いつもならこんな風に声をかけたりなんかしないんだが、素敵な歌を聞かせてくれた彼女に御礼の一つも言わないと失礼な気がしたのだ。
「あなた…だれ…?」
少女は見ず知らずの僕に警戒しているようだ。まあいきなり声をかけられたら誰だって警戒するものだが。
「ただの通りすがりだよ。あまりにも君の歌が素敵なんで聞き入ってしまったよ」
僕はにこやかに彼女の質問に答えた。
少女は歌を褒められたことが嬉しかったらしく、頬を朱く染めながら答える。
「ありがと… でもどうしてこんなところにいるの?普通の人は入ってこれないはずなんだけど…」
彼女は不思議そうに僕に尋ねる。ふらふらしているうちに私有地にでも入ってしまったのだろうか?
そう思い僕は周りを見渡してみる。…見たことも無い風景になっていた。あたりには木が生い茂り、森のようになっていた。そして目の前には真っ白な木造住宅が建っていた。
「あれ…ここどこだろう…こんな森みたいなところに入ったつもりはなかったんだけど…」
自分の周りを改めて見渡すが、やはり見覚えのない風景しかない。
そんな風にキョロキョロしていたら、少女に質問される。
「お兄ちゃん迷子なの?」
…いやいやこの年になって迷子って、さすがにかっこ悪すぎるだろ…
そう思い少女に少し見栄を張って答える。
「いやいや、お兄ちゃんは迷子じゃないよ?ちょっと見知らぬ場所に来てしまっただけで…」
「そういうのを迷子って言うんじゃないの?」
意外と賢い子だったらしい…僕の華麗な会話術が避けられてしまった…
「迷子になっちゃんたんなら、私と遊んでよ!」
少女はニコニコしながら、僕に言った。
まあ特に用事があるわけでもないし…少しくらいならいいか…
「う~ん、まあいっか。何して遊ぼうか?」
そう答えると少女は、嬉しそうに答えた。
「遊んでくれるの!?やった!!じゃあねぇじゃあねぇ私の歌を聴いてよ!!」
少女は元気よく僕にそういった。僕としても彼女の綺麗な声を聞けるというなら、喜んで聞こうと思った。
「いいよ~なんだって聞いてあげようじゃないか!」
「じゃあじゃあ、私の一番得意なの歌ってあげるね!」
よっぽど彼女は歌が好きらしく、とても嬉しそうにそう言った。そして彼女は綺麗に礼をして歌い始める。
綺麗な声だった。澄んだ音色は心地よくて天使の声のようだった。
彼女が歌い終わり、僕は拍手をする。いろいろな歌を彼女は知っていて、僕は飽きることなく彼女の歌を聞いていた。
どれくらい時間がたったのだろうか。空が茜色に染まってるのをみるにずいぶん時間がたっているらしい。
「そろそろ夜になっちゃうね…帰らなくても大丈夫なの?」
僕は少女に尋ねた。
「私の家すぐそこだし」
そう言って目の前の白い家を指差す。
そういえばそうか…そうじゃなければこんな森の奥に彼女はいないだろう。
「そっかそっか。じゃあお兄ちゃんはそろそろ帰るね」
「え~!!もっと私の歌聴いてってよ!!」
そういって少女は僕の服の裾をつかむ。
「ごめんな~明日も仕事があるんだよ」
そういって少女をなだめる。
「ううぅぅ~!じゃあじゃあ最後に一曲だけ!」
そういい彼女は服を引っ張ってくる。
まあ一曲くらいならいいか…
「わかったわかった!じゃああと一曲だけね」
そういうと彼女はにこやかに笑いはしゃぎだした。
「やったやった!!頑張って歌うからちゃんと聞いててね!!」
そう言って彼女は歌う準備をする。最後だから気合を入れているらしい。
僕も気合を入れて聞くとしよう。
少し時間がたち、彼女が歌い始める。
どこかで聞いたことのある歌だと思ったら、ここに来る途中に聴いた歌だった。
彼女の綺麗な声が森に響き、今まで聞いた中で一番言い歌だと僕は思った。
歌が終わり、あたりがシンッと静まる。
少しの間が空き僕の拍手の音が森に響く。
「すごくよかったよ。そういえばその歌ってなんていう曲なんだい?」
ふと疑問に思ったことを彼女に尋ねる。
「えへへ~ありがとう。この歌に名前なんてないよ?私がつくったんだもん」
それを聞き僕は驚く。こんな小さな少女が歌を作るなんて、それもここまで素晴らしい歌を…
彼女の言葉を聴き僕は提案をする。
「じゃあ、僕が名前をつけてあげるよ。とびっきりのやつ」
「ホント!やったー!!」
僕がそういうと彼女はとても喜んだ。僕もうれしくなりいい名前を思いつこうと頑張る。
ネーミングセンスのかけらもない僕が必死で考えて思いついたのはやっぱりありきたりな名前だった。
「天使の歌。こんなんどうかな?」
「天使の歌!!すっごくいいよ!!」
たいしてひねりのある名前じゃなかったが、それでも彼女は喜んでくれたみたいだ。
「じゃあ、それできまりね!君が作った天使の歌、また聞かせてね」
「うん!!また聞きにきてね!!お兄ちゃん」
そういって彼女に手を振り、帰ろうとする。
そこで気がついたのだが、帰り道がわからない。彼女に道を聞こうと振り返ったとき突風がふく。
「うおっ!!」
いきなり吹いた風に驚き目をつぶる。すぐに突風はおさまり、目を開ける。
すると自分の見知った風景になっていた。
「あれ…?さっきまで森の中にいたのに…彼女は…?」
振り向いて少女を探してみるが見知った風景が続くだけだった。
「なんだったんだろう…」
さっきまで会っていた少女は幻だったのか…?それでも彼女の歌はしっかりと覚えている。夢のような感じはしたが、現実にしっかりあったはずだ。
「まあ深く考えても仕方がないか…」
そう思い深く考えるのをやめる。なんでもいいじゃないか、良い事があったんだから。そう思い彼は自宅に帰る道を歩く。
「もしかしたら、本当に天使だったのかもなー」
また会えるといいな…いやきっとまた会えるだろう。約束もしたんだし。
どこか清々しい気持ちで彼は自分の家に帰っていく。
「天使と人間第一章より」