4話「無罪か有罪か」
朝の空気は、やけに澄んでいた。牢屋の扉が開き、俺たちは無言のまま外へ引きずり出された。石畳は夜露を含んで冷たく、裸足に近い足裏からじわりと感覚が伝わってくる。
「歩け」
衛兵の声は、必要最低限の感情しか含んでいなかった。
連れて行かれた先は、野外の刑場だった。だだっ広い空間の中央に、低い台座が設えられている。処刑台というほど仰々しくはないが、用途を誤解する余地もない。
台座の脇に、神父のような、いで立ちの男が立っていた。黒い法衣。背筋の伸びた姿勢。年齢は中年だろうか。目は鋭く、感情の起伏がほとんど感じられない。恐らく、村人が言っていたケーガンという神父だろう。
その少し後ろに、白い装束の女性がいた。シスターだ。穏やかな顔立ちで、胸元には小さな槍の意匠。これがクラトス教とやらのシンボルなのだろう。彼女は、俺たちを見ると、ほんのわずかに眉を下げた。
「罪状を読み上げる」
ケーガンの声が、刑場に響く。
「神の名を騙り、我が信徒を欺こうとした罪。これは、信仰と秩序を乱す重罪だ」
アテナが一歩前に出ようとする。
「ちょっと待って!! 無実よ!! 証拠もなしに――」
「証拠ならある。村人全員の証言だ」
アテナの顔色は一気に青ざめ、完全に押し黙ってしまった。俺は声を震わせながら許しを請う。
「す、すみませんでした。ほんの出来心なんです。減刑とか、反省文とか、そういうのはないんでしょうか」
自分でも驚くほど、必死な声だった。
「俺が止めるべきでした。知らなかったとは言え、神の名を軽々しく使ったのは、間違いでした」
横目で見ると、アテナが信じられないものを見るような顔をしている。
「ちょっと、何勝手に――」
「今は黙ってろ!」
俺は歯を食いしばった。
「処刑は――」
ケーガンが言葉を続けようとした、その時。
「ケーガン様」
柔らかい声が割って入った。シスターだった。彼女は一歩前に出て、深く一礼する。
「少し、お時間をいただけませんか」
ケーガンはわずかに眉を動かした。
「……述べよ。マリナ」
マリナと呼ばれた女性は俺たちだけでなく、刑場全体を見渡した。
「この二人が犯したのは、確かに罪です。ですが、これはクラトス神のいう聖なる戦いでしょうか」
空気が張りつめる。
「彼らは魔王軍でしょうか。異端教団でしょうか。それとも、刃を向けるべき敵でしょうか。いいえ違います。ただの愚かものです。無知と貧困が生んだ、過ちです。大方、神の名を騙り、日銭を得ようとしたのでしょう」
完全に当たりだった。彼女は視線をケーガンに戻した。
「ケーガン様。この二人を殺して、私たちは何と戦ったことになりますか?」
広場の空気が冷える。ケーガンは、っくりと口を開いた。
「……神が望む戦いにはならぬな」
マリナはうなずいた。
「クラトス神は槍を振るう神です。ですが意味のない流血を喜ぶ神ではありません。お願いします。どうか彼らに更生の機会を」
その言葉に周囲の村人がざわめく。ケーガンはしばらく考え込むように目を閉じた。
「……わかった。提案を受け入れよう」
俺とアテナの顔がぱっと明るくなる。
「やった……やった! 救われた!!」
「マリナ様!! 愛してるわ!! 私と結婚しましょう!!」
「静かに」
だが、ケーガンが付け加えた一言で俺たちの笑顔は一瞬で凍り付いた。
「ただし、神明裁判で決める。無罪か有罪かは……神の御心次第だ」
神明裁判。その響きからは嫌な予感しかしなかった。衛兵たちが動き出す。マリナが俺の方を見た。その目は優しかった。だが同時に覚悟を問う目でもあった。
「……生きてください」
それだけをぽつりと彼女は言った。




