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2話「神を騙るもの」

 冷たい風が、森の中を吹き抜けていく。山から流れてきた小川は涼やかな音を立て、澄んだ水面には雲の切れ間から差し込む陽光が白く反射していた。

 

 俺とアテナは、その水辺で服と体に染みついた汚れを必死に洗い流していた。

 

 「おいアテナ。さっきは威勢のいいこと言ってたけどよ。これからどうするつもりなんだ。金はない、行く当てもない。結局あの街には入れなかった。……このままじゃ、本当に野垂れ死にだぞ」

 

 水をすくいながら振り返ると、アテナは濡れた金髪をかき上げながら、胸を張っていた。どれだけ悲惨な状況にあっても、その態度だけはやけに堂々としている。

 

 「心配しなくてもいいわ、シンジ。こういう時は頭の回る者が勝つのよ。私は神に選ばれた存在、というより女神そのものよ。多少の苦境、どうということもないわ」

 

 いや、さっき衛兵の前で泣きそうになってたのは誰だよ。喉元まで言葉が出かかったが、俺は飲み込んだ。怒らせると余計めんどくさい。

 

 アテナは濡れたドレスの裾を絞り、くるりと振り向く。

 

 「とにかく動くわよ。ここでずっと水浴びしていても、何も解決しないわ。街の周りにはたいてい農村があるはず。ああいう田舎の人ってね、信仰心が強いのよ。神の名を出せばコロッといくわ」

 

 何の悪びれもなく言い切るアテナの顔は、根拠のない自信と傲慢さで輝いている。

 

 俺は顔をしかめて、生渇きの服を着た。まだ完全に匂いも取れておらず気持ち悪いが、背に腹は代えられない。日が暮れるまでには寝床を見つけたい。

 

 「さっき、川の上流の方向に煙が立ってるのが見えた。人の集落があるかもしれない。行くぞ」

 

 

 俺たちが農村に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。木造の小さな家々が固まるように並んでいて、木の柱に小さな槍の形をした彫り物が打ち付けられている。夕餉の煙が立ち上がり、どこか懐かしさすら感じる景色だった。

 

 家の前の軒先で、一人の少女が木造りのおもちゃを抱えて遊んでいた。明るい茶色の髪を三つ編みにして、無邪気な笑顔を浮かべている。

 

 アテナは、まるでランウェイの上のモデルのように堂々と、少女へと歩み寄った。

 

 「そこのあなた、ちょっとよろしいかしら?」

 

 少女はきょとんとした顔で頭を上げる。

 

 「わ、わたしですか……?」

 

 「そうよ。私たちは神の使い。疲れた体を癒すために食料と寝床が必要なの。あなたの家にある慎ましいもので構わないわ。敬虔なるあなた方なら……当然、神の御心に従ってくれるでしょう?」

 

 アテナは顎を少し上げ、まるで当然の権利を要求しているかのような態度だった。俺はもう結末が予想できていた。これは絶対トラブルになるやつだ、と。

 

 少女は目をぱちぱちさせながらも、素直にうなずく。

 

 「お母さんに聞いてきます!」

 

 ぱたぱたと走り去る少女を見送りながら、アテナは胸を張って俺に得意顔を向けた。

 

 「見た? これがわたしからあふれ出るカリスマってやつよ。ちょっと口を動かすだけでね、飯と寝床がタダで手に入るの。純朴な田舎の人にはね、これが利くのよ」

 

 「お前のその態度、いつか絶対しっぺ返しをくらうぞ……」

 

 しかし、アテナは鼻で笑うだけだった。そして、数分後。村の奥から現れたのは、母親でも父親でもなく、村人全員だった。農具、斧、槍、鎌。ありとあらゆる武器を手にした大人達が十数人、血相を変えて俺の前へと押し寄せてくる。

 

 「な、なんで武器持ってんだよ!?」

 

 俺は反射的に後ずさった。アテナは一瞬固まったが、すぐに顔を引きつらせながら言い返した。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 私は神の使い――」

 

 村人たちは俺たちを取り囲むと、一斉に怒鳴り散らした。都会と比べて信仰に篤いぶん、怒りのエネルギーもすさまじい。

 

 「クラトス神の名を騙る不届き者め!」

 「こいつら、村の者をたぶらかす気よ、異端者め!」

 「子供を使って嘘を吹き込むとはどういう了見だ!」

 

 怒号と正論が一斉に飛ぶ。アテナの顔から血の気が引き、俺の手は小刻みな震えが止まらない。安易な嘘をついて、窮地に陥る。もうお馴染みのパターンだ。

 

 「おい、アテナ。どう見ても詐欺がバレてるぞ! ご自慢のカリスマでなんとかしやがれ!」

 

 「待って、待って! まだ巻き返せるわ! わたしは本物よ! 本物の神の……神の……えっと、なんだっけ?」

 

 声は震え、目は泳ぎ、いつもの高慢さは見る影もなかった。それもそのはず、俺たちはこの異世界に転生してきたばっかりだ。この村で信仰されている宗教のことは知る由もない。村人を説得する材料など持っているはずがなかった。

 

 村の長老らしき人物が前に出て、険しい表情で告げる。

 

 「お前たちを冒涜の罪で拘束する。抵抗すれば腕の一本では済まんぞ」

 

 「ちょっと待って! 聞き間違いよ! 私はただ――」

 

 「こいつらを街へ連れていけ。ケーガン様に報告し、宗教裁判にかける必要がある」

 

 その瞬間、数人の村人が俺たちに飛びかかった。

 

 アテナは必死に暴れたが、農民たちの怪力にあっという間に押さえつけられる。

 

 「いやよ! 離しなさい! 私は選ばれし、選ばれし、きゃああああっ!」

 

 「ちょっと待て。なんでいつもオレまで巻き添えになるんだよ!」

 

 泣き叫ぶ俺たちを引きずりながら、村人たちはエルフェンウッドへと行進を始めた。夕焼けが赤く空を染める中、引きずられる俺たちの影は細く長く伸び、悲惨な運命を予感させていた。

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